マチさんにはすぐに休憩に入ってもらって、私は明け方まで王子の寝室で警護を行った。
リョウジとバチャエムは居間で修行、ゲレゲレは時々寝てたコン畜生。
明け方のシャルナークさんとの交代まで、特に異常と言えるようなことは何もなかった。
「おはようございます」
『キュー』
王子がご起床なされたのと同時にロップも起きてくる……お前しゃべれたんか!
『キュ?』
首をかしげる。可愛い。
可愛いは正義だ。
かなりの回数これでごまかされているような気もする。
けれど可愛いは正義なのだ。仕方がない。
「おはよ。このまま交代でいい?」
シャルナークさんが入室して、そのまま私に話しかけてくる。
「はい。私はこの後朝食の準備をして食べて、それから休みます。あとはよろしくお願いしますねー」
「あっエイラさん、その前に髪がはねてないかどうか見てください!」
ベッドの天蓋から出ないままで、王子が慌てて私を引き留める。
王子はどうやらシャルナークさんのことをかなり気に入っているみたい。
イケメンの優男だものね、黙ってたら。
王子の髪の毛を整えて、準備した着替えをお渡しして、そして私はベッドから離れた。
フウゲツ王子よりもシャルナークさんの方が『王子』っぽいよね。言わないけど。
冠をかぶって白馬に乗ったシャルナークさんを想像して吹き出したところで、私は王子の寝室を出る。
ゲレゲレは置いてきた。
ゲレゲレは基本王子の寝室か居間で、王子と共に過ごしてもらうことにしている。
絶対ではない。ゆるく。たまにトイレとかで出てくることはある。
でも基本的には王子のそばで。頼んだよゲレゲレ。
「じゃあエイラ、また後で」
王子の寝室を出て、そのまま居間も通り過ぎる。
居間は今のところ無人。あとで王子たちがこちらに移動してくるだろう。
今のうちに朝食の準備をしなくては。
王子の分は従事者さんたちが準備してるだろうけど、怪我人続出のせいで私たちの分は自前で用意しなくてはならない。何にしようかな。
……よし、フレンチトーストにしよう。
キッチンに入って早々ポリ袋の中に卵と砂糖とちょっぴりの小麦粉を入れて、卵を潰したあと混ぜる! めっちゃブン回す!
そして出来上がった卵液に食パンを浸す。ほんとは長時間浸してしみしみにしたいんだけど時間がないのでポリ袋の空気を抜いて口を縛る。
それを人数分用意する!
10分ほど置いてひとつずつ、フライパンを使ってたっぷりのバターで焼いていく! おてがる!
一つの鍋でまとめて全員分の煮込み料理とかを作るのとどっちがお手軽かしら。
出来上がったフレンチトーストにちょこっと生クリームとジャムを添えて。
男性には物足りないかもな。朝食だし、まあいいか。
「がう!」
……見張りを放棄してここまで出てきたゲレゲレがフレンチトーストを要求している。
食わせてとっとと追い返した。
あいつ、本当に何でも食べるな。小麦粉好きだな。
でも栄養的には肉食わないといけないと思うのでほどほどにしておこう。虫歯も怖いしね。
リョウジとバチャエムにもあまあまフレンチトーストを食べさせてさっさと寝かせる。
念を使うと炭水化物あるいは糖質が大量に必要になるのです。多分、頭脳使うのと似たような感じ?
筋肉使うわけじゃないからタンパク質はあまり関係なさそうなのよね。知らんけど。
強化系だとタンパク質余計に使うとかあるのかしら。
そして1010号室からの朝の定期連絡を受けて、私も眠りにつくとしよう。
定期連絡も特に何事も変わりはない。
強いて言うなら王子たちの母上、セイコ王妃がこちらのハンター協会員を回してほしいという要望をひたすらガン無視していること。
ハンゾーが来てくれたしシャルナークさんもいるから念能力者の人数的にはもう問題はないんだけど、要望を無視されている点が気になる。
カチョウ王子最優先? 長子の方が大事? それとも何か別の意図がある?
いくら考えたって答えが出るようなことじゃないので、何かわかるまでは放っておこう。
寝る前に考え事をすると眠れなくなるので、私は意図的に意識をシャットダウンする。
ひつじがいっぴきーひつじがにひきーひつじがさーんびき。
ゲレゲレが全部まとめて食べちゃったー……グゥ。
そして何の異常もなくぐっすりと、夕方ごろに目を覚ました。
リョウジとバチャエムはまだ寝ている。
シャルナークさんはハンゾーと交代して、引き続き居間の片隅でパソコンをカタカタしている。
マチさんは……ベッドに転がってマンガ読んでるんだけど、彼女の左右に王子から借りたマンガがうず高く積まれている。ハマったのだろうか。あとで私も借りてみようかな。
王子のトンネルの件があるので、私とリョウジとバチャエムのシフトを毎日夜のシフトにぶっ込んでいる。
それ以外を、マチさんとハンゾーとシャルナークさんで三分割している感じ。
ほかの護衛兵の方のシフトは知らない。第二王妃所属のカラムが作成してるらしいけど、リョウジとバチャエムの分を毎晩私と同じ時間帯に入れてもらう以外は向こうに任せてある。
「シャルナークさん、何か新しくわかったこととかありますか?」
「いやー、変わらず。監視カメラは過去の録画も含めて全部見れるようになったけど、それ以外にはまだ侵入できてないよ」
「下層で異常が起こったりもしてません?」
「五層以外では無いね。その五層も、正規国王軍が徐々に鎮圧しつつある」
念能力のない蟻なら、武装した正規兵であれば抑えることも可能なのかもしれない。
けれど念能力を持つ蟻がいたら? 人型であれば今はまだ隠れ潜んでいるのかもしれない。
……見落とさないか。十二支んも相当数降りて行ってるしな。
私はシャルナークさんの隣に座って、テーブルに地図を広げた。
『愚者』を発動して各人の居場所を探る。
団長さんたちのグループは三層。
フィンクスさんたちは二層……なんだけど、確かエイ=イのアジトは二層下部中央って言ってたよね? 今は二層下部、船の後方(くじらの尻尾寄り)に集まっている。
改めて作戦でも立てているのか、シュウ=ウ一家の支部でもあるのだろうか。
ヒンリギも彼らと一緒にいる。
ヒソカは一層下部カジノから動かず。
イルミは一層の一番上にある、一層に滞在している人間ならば誰でも入れる展望塔にいる。
各王子たちやクラピカもそれぞれの部屋から動かず。
カルトちゃんは三層で単独行動。何考えてるのかさっぱりわからない。
ジンとパリストンは二層から動かず。
ビヨンドと数人の見張り、それに医科学特区専従の十二支んは三層、それ以外は五層。
人数が多いと『愚者』でチェックするのにも随分と時間がかかるのよね。
一瞬で切り替えられるとはいえ、それが数十人にもなるとさすがに疲れる。
念能力って、一回効果が固定してしまうと変更ってできないのかしら、無理よね多分。
そもそも私の念能力じゃないから、ますます変更は無理よね、きっと。
同時にせめて三人くらい見ることができればだいぶ楽になるんだけれど。
でも同時に三つの光だとどれがどれだかってなっちゃうか。
やっぱり一つずつ地道に見ていくしかないのか、ああ面倒。
今は木曜日の夕方。
晩餐会は毎週日曜日の夜。それ以外は基本的に各王子とも自由に過ごすことができる。
もっとも、やらかしたカミーラ王子とベンジャミン王子には常時監視がついているし、両王子はV・VIPエリアから出ることはできない。まあ出る必要もないだろうけれど。
ハルケンブルグ王子一行の祈りは数度あったけれど、それで何かが起こった気配はない。
今のところは大量のオーラの発現のみ。あれを意図的に行使できるようになったらと思うと恐ろしい。
イラルディアさんの様子を見る限り、1014号室における念能力修行組の第一陣はすでに念を獲得している(発は別)。今後もどんどん能力者の数は増えていくだろう。
モモゼ王子とサレサレ王子を除いて、今のところ知れる限り王子たちの異変はない。
やはりカキンの礎となるのは生き残る一人を除いた王子たち。棺桶は一つ余る。
あくまで私の想像だがそこにはナスビ=ホイコーロ国王が入るものと思われる。
それが、国王の最後の役割。そしてカキンはさらに繁栄し次代の王に引き継がれる。
……儀式の前提条件を崩す必要がある。一番簡単なのは王子を誰か船から追い出すか逃げ出させる。
それに一番うってつけなのは、やっぱりフウゲツ王子のトンネル、なのよねえ。
何とかあれを外につなげる方法……王子のオーラを増やす?
増やしたところで距離を延ばせる保証はない。
あるいは別の、瞬間移動とか、移動能力の持ち主を探す……こっちの方が非現実的か。
とはいえ念能力者がインフレしつつあるこの船、もしかしたらそういう能力者が現れてもおかしくはない。
一番現れそうなのがエイ=イ一家なのが問題だ。あそこは発を発現できるまでのスピードがほかに比べて早すぎる。
フィンクスさんたちに、もし長距離移動能力者がいたら生かして連れて来いってメールしとこう。無駄な気もするけど。
さてさて、交代の午後11時までまだ少し時間がある。何をしようかな……
軽く私が背伸びをしたその時、部屋の電話が鳴り響いた。
今回のBGM:HIDE『HIDE YOUR FACE』
cali≠gari『再教育(左・右)』
Bang-Doll『刻ークゥー』