黒く染った純白の彼女 作:灯利
「先に申し上げておきます。」
聖堂の奥にあるマザーの部屋。
僕とアリスは並んで椅子に座っていた。
正面。
机の向こうにはマザー。
「本日は三時間では足りません。」
「まだ何も言ってない。」
「貴方の顔を見れば分かります。」
怖い。
何で僕は帰ってきて早々、過去最高記録の更新を予告されているんだろう。
「まず、ミスターマキ。」
「はい。」
「無断で孤児院を離れたこと。」
「はい。」
「しかも行き先は、あれほど近づいてはいけないと申し上げた屋敷。」
「はい。」
「その後、一度も連絡なし。」
「……はい。」
「言いたいことは?」
「ごめんなさい。」
「よろしい。」
よし。
終わった。
「では次。」
終わらなかった。
「ミス.アリス。」
「はい……。」
隣でアリスが小さくなる。
「私が、貴方のことを何も疑っていなかったと?」
「……。」
「潜入ごっこは楽しかったですか?」
「ごっこじゃないです。」
「そこを否定するのですか。」
「……ごめんなさい。」
今度は僕が少し笑いそうになった。
アリスに睨まれる。
おあいこだ。
「いつから気づいてたの?」
僕が聞く。
「最初から、とは申しません。ただ、普通の孤児ではないことくらいは。」
「何で?」
「長く生きておりますから。」
「それ答えになってないよ。」
「女性には秘密があるものです。」
ずるい。
アリスも同じ顔をしていた。
「さて。」
マザーがお茶を一口飲む。
「ここからが本題です。」
部屋の空気が変わった。
さっきまでの説教とは違う。
僕も自然と背筋を伸ばす。
「ミスターマキ。屋敷で何を知りましたか。」
昨日。
シズクと話した。
今回は誤魔化さない。
「僕が、シスターズの一人だってこと。」
マザーの表情は変わらない。
「人工的に作られたクローンで、何故か男として生まれた失敗例。」
「……。」
「それから、異能がある。」
「……。」
「零番。」
その言葉だけ。
マザーの目がほんの少し動いた。
やっぱり。
「知ってるんだ。」
「……はい。」
「僕のこと。」
「知っています。」
あっさり。
その一言が、妙に重かった。
「どこまで?」
「恐らく、貴方が今知っていることよりは少し多く。」
腹の奥が熱くなる。
「何で教えてくれなかったの。」
「守るためです。」
すぐに返ってきた。
また。
その言葉。
「シズクも同じこと言う。」
「ミスターマキ。」
「危ないから。守るから。大丈夫だから。」
自分でも声が強くなっているのが分かる。
「みんな僕に何も聞かない。」
マザーは黙っている。
「僕のことなのに。」
隣のアリスまで小さくなった。
「僕は何なの。」
長い沈黙。
やがてマザーは目を閉じた。
「貴方を、この孤児院へ連れてきたのは私です。」
「……え?」
「まだ貴方が、とても幼かった頃。」
「どこから?」
「研究施設から。」
息が止まる。
アリスも驚いた顔でマザーを見ている。
「シスターズを作ってたところ?」
「はい。」
「マザーも研究してたの?」
「いいえ。」
少しだけ声が硬くなる。
「私は研究者ではありませんでした。子供達の管理と治療。それが私に与えられていた仕事です。」
「管理。」
その言葉。
何となく嫌だった。
「名前ではなく、番号で呼ばれる子供達を。」
マザーは机の上で指を組む。
「当時の私は、それが必要なことなのだと自分へ言い聞かせていました。」
「何で。」
「外へ出せば危険だから。力を持つ子供達だから。守るためには管理が必要だから。」
聞いたことのある理屈だった。
シズク。
そして。
今のマザー自身。
「ですが。」
マザーが僕を見る。
「貴方の記録を見た時、私は初めてそれを受け入れられなくなりました。」
「僕?」
「男性型。計画外。失敗例。」
一つずつ。
「そして、廃棄予定。」
身体が冷える。
分かっていたつもりだった。
失敗例。
そう聞かされていた。
でも。
廃棄。
その言葉は。
まるで僕が壊れた道具みたいだった。
「だから連れ出したの?」
「はい。」
「勝手に?」
マザーは少しだけ目を伏せた。
「はい。」
「……。」
僕を助けた。
でも。
僕に聞いたわけじゃない。
そもそも幼すぎて、聞ける状態じゃなかったのかもしれない。
それでも。
「ミスターマキ。」
マザーが静かに続ける。
「失敗したのは貴方ではありません。」
「……。」
「子供を作っておいて、思い通りにならなかったから捨てようとした大人達です。」
その言葉だけは。
素直に嬉しかった。
少しだけ。
「じゃあ何で、今まで何も教えてくれなかったの。」
「怖かったからです。」
「マザーが?」
「はい。」
意外だった。
「貴方は知れば必ず調べる。」
「……。」
「そして屋敷へ行く。」
否定出来ない。
むしろ、その通りになった。
「私は、貴方を守ることばかり考えていました。」
マザーは苦笑する。
「結果として、貴方自身から選ぶ機会を奪っていた。」
「……。」
「そのことについては、謝ります。」
マザーが頭を下げた。
僕は困った。
怒るつもりだったのに。
こうやって真正面から謝られると、どうすればいいのか分からない。
「でも。」
まだ。
聞きたいことは残っている。
「御影さんが言ってた。」
マザーの顔が上がる。
「昔、地下の研究施設にマザーがいたって。」
「……。」
「僕の友達も、そこへ連れていかれたかもしれない。」
マザーの表情が変わった。
「何を見つけたのです。」
僕は。
北棟。
帳面。
木の笛。
第七収容区。
生存維持処置。
昨日までに分かったことを、順番に話した。
聞き終えた頃。
マザーの顔は、さっきまでよりずっと青くなっていた。
「第七区が……まだ残っている。」
「知ってるの?」
「はい。」
「何があるの。」
答えようとした時。
外から大きな音がした。
ドン。
窓が震える。
「何!?」
アリスが立ち上がる。
僕も椅子から腰を浮かせた。
続けて廊下を走る足音。
そして。
扉が勢いよく開いた。
「お兄ちゃん!」
白い髪。
赤い瞳。
息を切らしたシズク。
「シズク?」
「迎えに来た。」
「ちゃんと帰るって。」
「遅い。」
「まだそんなに。」
「私には遅いの。」
どんな時間感覚なんだ。
でも。
シズクはすぐに僕から視線を外した。
マザーを見る。
さっきまでとは違う。
笑っている。
なのに。
全然笑っていない。
「……久しぶり。」
マザーも椅子から立ち上がった。
「ええ。」
その声も。
冷たい。
「随分とお久しぶりですね。」
「マザー。」
「黒染シズク。」
二人の呼び方だけで。
分かった。
やっぱり。
この二人は。
初対面じゃない。