黒く染った純白の彼女 作:灯利
「お兄ちゃん。帰るよ。」
「ミスターマキ。まだ話は終わっていません。」
「お兄ちゃん。」
「ミスターマキ。」
右にシズク。
左にマザー。
僕はその真ん中。
何これ。
「ちょっと待って。」
二人とも止まった。
「僕の話だよね?」
「そうだよ。」
「そうです。」
「じゃあ、何で僕抜きで決めてるの。」
二人揃って黙る。
後ろを見ると、アリスはいつの間にか壁際まで避難していた。
「アリス。」
「巻き込まないで。」
「早いなぁ。」
「こういう時は逃げるが勝ち。」
その判断は多分正しい。
僕も逃げたい。
シズクが僕の袖を掴む。
「この人の話、全部信じちゃ駄目。」
「何で。」
「お兄ちゃんのことずっと隠してた。」
マザーの眉が僅かに上がった。
「貴方こそ、この子へ全て話したのですか。」
「話した。」
「本当に?」
「……。」
シズクが止まる。
「零番については?」
「……今から話そうとしてた。」
「それを隠していたと言うのですよ。」
「そっちに言われたくない!」
シズクの足元に、薄い赤色の模様が浮かんだ。
空気が少し重くなる。
「シズク。」
「お兄ちゃんは下がってて。」
「何で。」
「危ないから。」
またそれだ。
マザーも僕の前へ出る。
「術を収めなさい。」
「嫌。」
「ここは他の子供達も暮らしている場所です。」
「じゃあ、お兄ちゃん返して。」
「物のように言うのをやめなさい。」
「物じゃない!」
「ならば本人に選ばせなさい。」
シズクが詰まった。
「私は……。」
「守るため?」
先に言ったのはマザーだった。
「それを理由に、私はこの子から知る権利を奪いました。」
シズクの顔が強張る。
「同じことをするのですか。」
「……。」
赤い模様が濃くなる。
今度はマザーの手元にも淡い光が集まり始める。
何でこうなるんだ。
「やめて。」
二人とも聞いていない。
「シズク。」
「お兄ちゃんは下がって。」
「マザー。」
「危険です。」
「だから!」
胸元が熱くなる。
昨日から何度も感じた熱。
それが一気に広がった。
頭の中まで熱くなる。
「いい加減にしてよ!」
叫んだ。
その瞬間。
パキン。
乾いた音がした。
シズクの足元に浮かんでいた赤い模様が消える。
同時に。
マザーの手元の光も霧みたいに散った。
「……え?」
シズクが自分の足元を見る。
マザーも自分の手を見る。
そして。
二人揃って僕を見る。
「今の。」
「知らない。」
本当に知らない。
「僕だって分からないよ!」
でも。
今はそんなことより。
「僕のことを、僕抜きで決めるな!」
部屋が静かになった。
遠くから子供達の声が聞こえる。
ここだけ時間が止まったみたいだった。
「僕はシズクの物じゃない。」
シズクの肩が揺れる。
「マザーが助けてくれたからって、何も知らなくていいわけでもない。」
マザーが目を伏せる。
「僕が決めたい。」
声が少し震えた。
それでも。
言う。
「どこにいるかも。」
「何を知るかも。」
「誰を信じるかも。」
「僕が自分で決めたい。」
暫く誰も何も言わなかった。
一番最初に口を開いたのは。
「……うん。」
アリスだった。
僕が振り返ると、少し気まずそうに笑う。
「何でアリスが答えるの。」
「何となく。」
シズクの足元から完全に力が消えた。
「じゃあ。」
声が小さい。
「お兄ちゃんは、どうしたいの。」
聞かれた。
ちゃんと。
「全部話して欲しい。」
「全部?」
「シズクが知ってること。」
マザーを見る。
「マザーが知ってることも。」
「……。」
「それを聞いてから、自分で決める。」
マザーがゆっくり頷く。
「分かりました。」
シズクは少し遅れて。
「……うん。」
と答えた。
「それから。」
「まだあるの?」
「地下。」
僕は昨日の帳面の話をする。
第七収容区。
生存維持。
友達の笛。
聞いていくうちに、マザーの顔がまた険しくなった。
「第七区。」
「やっぱり知ってる?」
「はい。」
「何があるの。」
「旧研究施設の収容区画です。」
「収容?」
「実験を行う前の子供達や、長期的な観察が必要な者を置いていた場所です。」
喉が乾く。
友達が。
そこへ。
「今も使ってるの?」
「その筈はありません。」
「その筈?」
「私が施設を離れた時点で、主要な機能は停止していた。」
「でも。」
「はい。」
マザーは苦い顔をした。
「残っている可能性までは、否定出来ません。」
胸元。
また。
ズキリ。
「っ……。」
シズクがすぐに僕の肩を支える。
「お兄ちゃん?」
「大丈夫。」
マザーの視線が僕の胸元へ向く。
「その痛みは。」
「シルシ。」
シズクが答える。
「私がつけた。」
「何のために?」
「屋敷の結界を通るため。」
「それだけですか?」
「……。」
シズクが少し目を逸らす。
僕もシズクを見る。
「シズク。」
「大体。」
「大体?」
「ちょっとだけ居場所分かったり。」
「聞いてない。」
「今言った。」
「そういう問題じゃないよ。」
アリスが小さく笑う。
マザーはため息。
「全く。」
「何。」
「貴方は昔から変わりませんね。」
シズクの目が細くなる。
「昔から?」
「……。」
マザーが言葉を止めた。
まだ。
ある。
この二人の間に。
「全部。」
僕が言う。
「今度こそ全部話して。」
マザーとシズクが顔を見合わせる。
しばらくして。
二人とも。
「分かりました。」
「……分かった。」
ようやく。
同じ答えを返した。
…。
話す場所は食堂になった。
理由。
「お腹空いた。」
アリスの一言。
「今この状況で?」
「マキにいも朝からほとんど食べてないでしょ。」
「……。」
確かに。
マザーがお茶を用意し。
シズクがお菓子を勝手に持ってきた。
妙な四人で机を囲む。
「では。」
マザーが口を開く。
「今度こそ、順番にお話しましょう。」
シズクは僕の隣へ座った。
ただ。
いつもより少しだけ。
距離が空いていた。
それが。
何故だか。
ちょっとだけ気になった。