黒く染った純白の彼女 作:灯利
「最初に。」
マザーが机の上で手を組んだ。
「この話を、屋敷が悪で孤児院が正しい、という形で理解しないでください。」
「私は正しいけど。」
シズクがすぐに言う。
「そういうところです。」
「何。」
「話が進みません。」
「……。」
シズクがむすっと黙る。
僕はお茶を一口飲んだ。
長くなりそうだ。
「研究施設については、先程少しお話しましたね。」
「屋敷の地下にあった。」
「正確には、現在の屋敷の地下に施設の一部が残っています。」
「黒染の一族が作ったの?」
僕が聞く。
マザーは首を振った。
「全てではありません。複数の家系。研究者。資金を提供した者。魔術に関わる者。それぞれの思惑が重なって出来たものです。」
「黒染もその一つ。」
シズクが言う。
「はい。」
「私を作った人達も?」
少しの間。
「関係しています。」
シズクは何も言わなかった。
自分の手を見ている。
あの傷をすぐに治してしまう身体。
「シスターズは、最初から兵器を作るための計画だったの?」
「少なくとも、始まりは違ったと私は聞いています。」
マザーの声は静かだった。
「病や傷に耐えられる身体。魔素によって失われた身体機能の回復。そういった研究が出発点でした。」
「でも。」
シズクが続ける。
「力を持つ子が生まれた。」
「はい。」
「それで欲が出た。」
シズクの声が冷たくなる。
「もっと強く。」
「もっと便利に。」
「家を繁栄させるため。」
「人を従わせるため。」
どれも。
シズク自身が見てきたものなんだろう。
「その頃の私は。」
マザーが言う。
「子供達の身体を診る側にいました。」
「シズクとも会ってた?」
「何度か。」
僕は二人を見る。
「じゃあ本当に知り合いなんだ。」
「……残念ながら。」
シズク。
「何が残念なのです。」
マザー。
「全部。」
「子供のようなことを。」
「子供だもん。」
また。
でも。
少しだけ。
さっきより空気が柔らかい。
「それで。」
僕が話を戻す。
「マザーはどうして孤児院を作ったの。」
マザーは少し考えてから。
「逃げたからです。」
「逃げた?」
「はい。」
「研究施設から?」
「正確には、逃げながら何人かの子供達を連れ出しました。」
「僕も。」
「はい。」
「他にもいるの?」
「います。」
孤児院の子供達が頭に浮かぶ。
「全員がシスターズ?」
「いいえ。」
マザーはすぐに否定した。
「研究施設に関係していた子。巻き込まれて行き場を失った子。普通に家族を失った子。様々です。」
「誰がどれなの。」
「今は区別していません。」
「今は?」
「私が最初に孤児院を作った時は、研究施設から子供達を隠す意味もありました。」
なるほど。
だから屋敷を。
研究施設を。
あれほど警戒していた。
でも。
一つ。
気になる。
「じゃあ、僕の友達がいなくなった時。」
マザーの表情が僅かに曇った。
「屋敷へ行って帰ってこなかったって。」
「……はい。」
「本当はどうだったの。」
「全員が同じではありません。」
マザーがゆっくり答える。
「屋敷の周囲を調べる者が増えた時期がありました。研究施設の関係者が孤児院へ近づいていると判断し、一部の子供達を別の土地へ移したことがあります。」
「じゃあ。」
「その子達の何人かは生きています。」
胸が一気に軽くなる。
「本当に?」
「はい。今も手紙を寄越す子もいます。」
「何でそれを今まで。」
言いかけ。
止まる。
もう。
答えは分かる。
マザーも分かったらしい。
「危険から遠ざけるためでした。」
「……。」
「そして、それも私が勝手に決めたことです。」
言い訳はしない。
「貴方達が屋敷へ近づかないよう、帰ってこなかったという話を一つにまとめた。」
「怖がらせるため?」
「はい。」
「それって。」
腹が立つ。
ずっと。
死んだのかもしれない。
そう思っていた。
でも。
「ごめんなさい。」
先に。
マザーが言った。
「私は子供達を守ることばかり考えて、その子達を待つ側の気持ちまで考えていませんでした。」
「……。」
怒りたい。
でも。
マザーの顔を見ると。
この人もずっと正しかったと思っているわけではない。
それは分かった。
「ただし。」
マザーの声が重くなる。
「本当に屋敷へ入って、帰らなかった子もいます。」
胸がまた沈む。
「笛の子。」
「その子について、私は消息を知りません。」
「じゃあ地下。」
「可能性はあります。」
シズクが僕を見る。
「私も知らない。」
少し前なら。
疑ったかもしれない。
今は。
「うん。」
それだけ言う。
シズクが僅かに目を丸くした。
「何。」
「ううん。」
少し嬉しそうだった。
…。
「次。」
僕はアリスを見る。
「はい。」
さっきから、お菓子を食べながら出来るだけ存在感を消していたアリスが固まる。
「アリスの話。」
「やっぱり来た。」
「来るよ。」
「ですよね。」
アリスは食べかけのお菓子を置いた。
「私がお姉様に頼まれてたのは、マザーと孤児院の様子を見ること。」
「何で。」
「お姉様はマザーが何かするんじゃないかって警戒してたから。」
シズクは否定しない。
「だって、お兄ちゃんを隠した人だよ。」
「その時はまだ僕だって分かってなかったんでしょ。」
「最初はね。」
「それでアリスが。」
「うん。孤児として入った。」
「思ったより大胆だね。」
「私、こう見えて結構出来る子だから。」
「さっき自分で潜入向いてないって。」
「それは忘れて。」
無理。
「僕のことを報告したのは?」
「シルシがついてから。」
アリスが申し訳なさそうに僕を見る。
「マキにいがお姉様の探してた人だって分かったから。」
「じゃあ。」
既存本文の。
あの時。
アリスは。
僕が何も知らない横で。
シズクと繋がっていた。
少しだけ。
寂しい。
「ごめん。」
アリスがまた謝る。
「でも。」
「うん。」
「私がマキにいのこと好きなのは任務じゃないからね。」
「好きって。」
「兄みたいな意味。」
「分かってるよ!」
シズクが横から。
「……。」
「何。」
「別に。」
何か。
不満そう。
「シズク。」
「何でもない。」
絶対ある。
マザーがこめかみを押さえた。
「話を進めますよ。」
「はい。」
「はーい。」
「うん。」
何だか。
少しだけ。
いつもの日常みたいになった。
「第七収容区。」
マザーが言う。
一気に戻る。
「地下へ行くのであれば、私も同行します。」
シズクの顔が露骨に嫌そうになる。
「何で。」
「医療設備が残っている可能性があるからです。」
「私がいる。」
「長期生存維持装置についての知識も?」
「……。」
「ありませんね。」
シズク。
むす。
「それに。」
マザーが少しだけ目を伏せる。
「私は、あの場所から逃げたままです。」
「……。」
「残っているものがあるなら。」
顔を上げる。
「私も、自分の目で見なければなりません。」
暫く。
誰も反対しなかった。
「じゃあ。」
僕は立ち上がる。
「屋敷へ戻ろう。」
言ってから。
少しだけ。
変な感じがした。
孤児院にいるのに。
屋敷へ。
戻る。
その言い方が自然に出た。
シズクも気づいたらしい。
ほんの少しだけ。
嬉しそうに笑う。
「あは。」
「何。」
「何でもない。」
絶対に何かある。
でも。
今は。
それでいい。