黒く染った純白の彼女 作:灯利
孤児院で一通り話を終えた頃には、もう昼を少し過ぎていた。
そのままマザーとアリスも連れて屋敷へ戻る。
門の前に着いたところで、黒服さん達が一斉に固まった。
そりゃそうだ。
昨日まで敵みたいに警戒していた孤児院のマザーが、シズクと一緒に正面からやって来たのだから。
「お、お嬢……そちらの方々は。」
「客。」
シズクはそれだけ言った。
「通して。」
「しかし。」
「私がいいって言ってる。」
黒服さんは困ったように一度マザーを見て、それから深く頭を下げた。
「……承知しました。」
隣でマザーが小さく息を吐く。
「以前より随分と丸くなりましたね。」
「何か言った?」
「いいえ。」
絶対この二人、相性悪い。
…。
応接間へ入ると、すぐに御影さんが呼ばれた。
襖が開き、いつものように静かに入ってくる。
「お呼びでしょうか、お館様。」
「うん。」
シズクの横。
マザーの姿を見た瞬間だけ、御影さんの足が止まった。
「……お久しぶりです。」
マザーも少しだけ目を細める。
「ええ。御影。」
やっぱり。
この二人も知り合いだ。
何だか僕以外みんな昔から繋がっている気がしてくる。
「御影。」
シズクが机の上へ、北棟から持ってきた帳面を置いた。
「地下を開けて。」
「……。」
「昨日、約束したよね。」
「承知しております。」
御影さんは僕を見る。
「ですが、その前に一つだけ。」
「何?」
僕が聞くと、御影さんは深く頭を下げた。
「昨日申し上げた以上のことは、今ここで言い訳をするつもりはございません。」
「……うん。」
「ただ、地下に何が残っているのか。私自身も全てを把握しているわけではありません。」
シズクが眉を寄せる。
「鍵持ってるのに?」
「封鎖したのは先代です。私は入口を閉じる役を任されただけでした。」
「じゃあ、中に入ったことは?」
「ございます。ただし、収容区画までです。」
マザーが御影さんを見る。
「第七区も?」
「……はい。」
僕の手に力が入った。
木製の笛。
友達が残した、間違いない手掛かり。
「案内して。」
「ミスターマキ。」
マザーが僕を見る。
止めるのかと思った。
でも。
「中へ入ったら、私の指示なしに装置へ触れないでください。」
「……分かった。」
「本当に?」
「分かったって。」
「貴方は好奇心が先に動くので。」
「マザー。」
横でアリスが吹き出す。
「マキにい、信用無いね。」
「アリスに言われたくない。」
シズクが立ち上がった。
「じゃあ行こう。」
御影さんも立つ。
「こちらです。」
…。
案内されたのは屋敷のかなり奥だった。
普段ほとんど人が通らない廊下を抜け、その先の小さな物置まで入る。
「ここ?」
「はい。」
御影さんが棚を横へ動かす。
その奥。
ただの壁。
……にしか見えない。
「何もないけど。」
僕が言うと、御影さんは懐から古い黒色の鍵を取り出した。
壁の端。
言われなければ気づかないくらい小さな穴へ差し込む。
カチ。
低い音。
それから。
ゴゴゴ、と壁そのものが横へ動いた。
「……うわ。」
中。
下へ続く石の階段。
冷たい空気が流れてくる。
シズクも驚いた顔をしている。
「本当にこんなのあったんだ。」
「お館様が屋敷を引き継がれた時には、既に封鎖されておりました。」
「何で私に教えなかったの。」
「先代より、開けるなと。」
シズクの目が細くなる。
少し前なら、ここで怒っていたと思う。
でも。
「……その話も後で聞く。」
それだけ言った。
僕は横顔を見る。
ちゃんと。
変わろうとしてる。
「行こう。」
階段へ一歩踏み出した瞬間。
胸元が焼けるように痛んだ。
「っ……!」
思わず身体を丸める。
「お兄ちゃん!」
シズクがすぐに支えた。
「シルシ?」
「多分……。」
服の上から胸を押さえる。
昨日より強い。
マザーが僕の前へ来た。
「見せてください。」
「え。」
「痣です。」
「……。」
少し迷ってから襟元を開く。
羽のようなシルシ。
でも。
前とは少し違う。
端から。
細い黒い線が伸びていた。
「これ。」
シズクも初めて気づいたようだった。
「私、こんなのつけてない。」
「いつから?」
「分かんない。」
マザーが近くで見る。
触れはしない。
「魔素が混ざっています。」
「シズクのじゃない?」
「少なくとも、同じものだけではありません。」
何か。
地下から。
僕のシルシへ。
繋がっている。
そんな感じ。
「戻る?」
シズクが聞いた。
「……行く。」
怖い。
でも。
ここまで来て。
帰れない。
「分かった。」
シズクは僕の袖を軽く掴んだ。
今度は。
止めるためじゃない。
離れないために。
僕達はそのまま、暗い階段を降り始めた。