黒く染った純白の彼女   作:灯利

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第七収容区

 

地下へ続く階段は、思っていたよりずっと長かった。

 

「まだ?」

 

「もう少しです。」

 

御影さんが答える。

 

「さっきも聞いた。」

 

「申し訳ございません。」

 

三回目だ。

 

本当にもう少しなのか少し怪しくなってきた。

 

「マキにい、疲れた?」

 

後ろからアリス。

 

「平気。」

 

「お姉様におんぶしてもらえば?」

 

「しない。」

 

「してあげるよ。」

 

シズクまで乗ってきた。

 

「しないって。」

 

「遠慮しなくても。」

 

「遠慮じゃない。」

 

こんな場所なのに。

 

少しだけ。

 

いつもの調子に戻れる。

 

マザーが後ろで小さくため息をついた。

 

「緊張感というものを持ってください。」

 

「怖いから喋ってるんだよ。」

 

僕が言うと。

 

マザーは少しだけ黙った。

 

「……そうですか。」

 

それ以上は何も言わなかった。

 

 

…。

 

 

ようやく階段が終わる。

 

目の前には錆びた鉄の扉。

 

御影さんが別の鍵を使うと、重い音を立てて開いた。

 

中へ入って。

 

全員が一度足を止めた。

 

白い壁。

 

白い床。

 

細い管。

 

知らない機械。

 

上の屋敷とは、まるで別の場所だった。

 

「……。」

 

シズクの顔から表情が消える。

 

「シズク?」

 

「似てる。」

 

「何に?」

 

「昔いたところ。」

 

小さい頃。

 

シズクが。

 

人ではなく。

 

力として扱われていた場所。

 

僕は何も言えなかった。

 

「お姉様。」

 

アリスがそっとシズクの手を握る。

 

シズクは少し驚いて、それから小さく笑った。

 

「あは。大丈夫。」

 

でも。

 

その目は笑っていなかった。

 

「行こう。」

 

廊下の左右には小さな部屋がいくつも並んでいた。

 

扉に小さな窓。

 

中にはベッドと机。

 

それだけ。

 

壁には。

 

『7-01』

 

『7-02』

 

『7-03』

 

名前じゃなく。

 

番号。

 

「嫌い。」

 

シズクが呟く。

 

「何が?」

 

「こういうの。」

 

僕も番号を見る。

 

昨日。

 

帳面に浮かんだ。

 

零番。

 

「……僕も。」

 

廊下の奥で、御影さんが一つの棚を開いた。

 

「当時の記録が残っていれば、この辺りです。」

 

埃だらけの紙。

 

マザーが一冊ずつ確認していく。

 

僕も横から覗く。

 

収容者。

 

年齢。

 

特徴。

 

持ち物。

 

名前はほとんど書かれていない。

 

まるで人間じゃないみたいに。

 

「これ。」

 

僕の指が止まる。

 

『所持品 木製笛』

 

帳面。

 

北棟。

 

同じ日付。

 

同じ番号。

 

「間違いない。」

 

喉が乾く。

 

「この子。」

 

マザーが記録を追う。

 

「第七収容区から、維持区画へ移されています。」

 

「維持?」

 

「長期間、身体の状態を保つための設備です。」

 

「生きたまま?」

 

「……そうです。」

 

僕は御影さんを見る。

 

「どこ。」

 

御影さんは何も言わず、さらに奥の扉へ向かった。

 

 

…。

 

 

そこだけ。

 

空気がもっと冷たかった。

 

扉が開く。

 

白い霧。

 

大きな硝子の筒が何本も並んでいる。

 

ほとんどは空だった。

 

液体もない。

 

機械も止まっている。

 

一番奥。

 

一つだけ。

 

淡い光が残っていた。

 

「……。」

 

中。

 

人がいる。

 

液体の中。

 

眠ったまま。

 

顔。

 

少し変わった気がする。

 

でも。

 

分かる。

 

忘れる筈がない。

 

「あいつ……。」

 

足が勝手に動いた。

 

「ミスターマキ!」

 

マザーに腕を掴まれる。

 

「触らないでください。」

 

「でも!」

 

「まず確認を。」

 

御影さんが古い装置へ近づく。

 

いくつかスイッチを入れる。

 

最初は反応しない。

 

二回。

 

三回。

 

ようやく一つだけ小さな灯りが点いた。

 

マザーが表示を見る。

 

「……生きています。」

 

「本当に?」

 

「はい。」

 

その言葉だけで。

 

足から力が抜けそうになった。

 

「生きてる……。」

 

ずっと。

 

死んだのかもしれないと思っていた。

 

屋敷へ行ったまま。

 

どこかで。

 

でも。

 

ここにいる。

 

「出せる?」

 

「今は駄目です。」

 

マザーがすぐに言った。

 

「何年この状態なのか分かりません。身体の状態を確認しないまま解除すれば、命に関わります。」

 

「じゃあどうするの。」

 

「装置の記録を読みます。」

 

御影さんが操作する。

 

しかし。

 

途中で機械が止まった。

 

「……。」

 

「御影?」

 

シズクが聞く。

 

「一部が故障しております。」

 

「直せる?」

 

「部品が残っていれば。」

 

「どのくらいかかるの。」

 

「分かりません。」

 

また。

 

分からない。

 

目の前にいるのに。

 

届かない。

 

僕は硝子へ手をつきそうになって。

 

止めた。

 

マザーに言われた。

 

勝手に触るな。

 

今度は。

 

ちゃんと。

 

「僕の力。」

 

全員が僕を見る。

 

「機械なら、戻せるかもしれない。」

 

シズクがすぐに言った。

 

「人には使わない。」

 

「うん。」

 

「装置だけ。」

 

「うん。」

 

マザーはしばらく考えた。

 

「可能性はあります。」

 

「やっていい?」

 

「今すぐは駄目です。」

 

「え。」

 

「どの部分が生命維持に関わっているのか確認してからです。」

 

「……。」

 

焦る。

 

でも。

 

正しい。

 

「分かった。」

 

自分でも。

 

昔なら聞かなかったかもしれないと思う。

 

その時。

 

硝子の向こう。

 

眠っている友達の指が。

 

ほんの僅かに。

 

動いた。

 

「……!」

 

「今!」

 

僕が声を上げる。

 

全員が見る。

 

もう。

 

動かない。

 

でも。

 

見間違いじゃない。

 

生きてる。

 

ちゃんと。

 

ここにいる。

 

「待ってて。」

 

聞こえるか分からない。

 

それでも。

 

「今度こそ。」

 

僕は硝子の向こうへ言った。

 

「連れて帰るから。」

 

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