黒く染った純白の彼女   作:灯利

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やしきのなかには?
街の大きなお屋敷の女の子


「いいですか。何があっても町一番の大屋敷に近づいてはいけませんよ」

 

 

町外れにある小さな孤児院。

十数人の小さな子供たちが暮らす、その狭い楽園の中。

 

ここで育った孤児たちはみんな大人になるまでマザーやシスター達のお世話になる。

そして最初に教わるのが、大屋敷のこと。

マザーは新しい孤児達が入ってくると、何度もそう何度も言い聞かせてきた。

勿論、不思議に思う子達もいっぱいいる。

 

「なんで近づいたらいけないんですか」

「そこにはおっかないお化けが居るからですよ、ミス.アリス」

「私お化けなんか怖くないもん!」

 

入ったばかりの孤児の子、アリスがそう言う。

幼いながらもその元気な威勢のいい声に、思わずマザーも笑みがこぼれる。

 

「まぁ。じゃあ、今夜から夜のおトイレは一人でいけますね?」

「うっ…」

 

そう言われるとぐうの音も出ないアリス。

母屋から少し離れたはなれにぽつんとある孤児院のトイレは、孤児院の年長者であっても割と夜は近づきたがらない。

ぶっちゃけ暗いし怖い。

 

「それは...ごめんなさい」

「ふふ、よろしい。でも、本当にあそこは恐ろしい人たちがたくさん居るのよ。

私達は貴方達が危険な目にあって欲しくないだけ。それだけはわかって欲しいの。」

「うん!わかった!」

 

アリスの言葉にマザーは満足そうに頷くと、最後に締めくくる。

 

「じゃあ、今日もみなさん元気に過ごしましょうね」

『はーい』

 

パンとマザーが手を叩くと、一斉に子供たちがアリの子を散らすかのように散らばっていく。

孤児院ではありふれた日常。

 

 

 

 

 

 

 

…今まであの言いつけを破った人は居ない。

威勢よく出かけていった子達はみんな帰ってこなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

....。

 

 

 

 

 

『でも...気になるよね…』

 

それを側(はた)からじっと見つめていた一人の子。

その子の名前は、マキ。

 

ボロボロのベレー帽を被り、茶のつなぎを着ている細めで小柄な身体が特徴。

しかもその両目は珍しくも赤目で、髪はざっくばらんに切った黒髪。

マキは孤児院の誰よりも探究心が高かった。

 

 

新しい子が入ってくると必ず聞かされる、あのマザーの言葉。

素直に聞く子も居れば、彼のように逆に探究心が芽生えてしまう子もいる。

当然その目論見はシスター達に未然に防がれてしまうのだが、マキには周到な用意があった。

 

シスター達の巡回経路と時間を暗記し、部屋から抜け道、偽装云々何までみっちりと仕込んだのだ。

今は居ないマキの友達がマキに残した数少ない秘密の遺産。

あの時、元気にいってくると言って出ていった友達は悉くみんなどこかへ消えてしまった。

 

 

今度こそあの屋敷の秘密を暴いて、みんなを取り戻す。

 

 

そうして明くる日、夜更けを待って彼は自らの探究心を満たしに街へと忍び出た。

かくして、彼を変える大きな節目の日を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...。

 

 

 

 

 

街屋敷。

 

周囲をぐるっと一周囲うように垣根で覆われ、

正面には大きくて立派な大門と、よく分からない黒服のおじさんたち。

 

屋根しかよく見えはしないが、その内側には大きな建物が何棟も立ち並んいるように見えた。

 

 

『確かここが壊れてたはず...あった!』

 

 

マキは周囲をこっそり怪しまれないように見回すと、

予め目星をつけておいた抜け道を使ってスルスルと中へと忍び込む。

 

何度もこっそりと下見を繰り返しただけあって、中に入るのにさほど苦労はしなかった。

子供であれ潜り込めるか微妙な大きさの抜け道だったが、マキにとってはお茶の子さいさい。

普段恨めしく感じる小柄な体型だが、こういう時には役に立つものだ。

 

 

垣根を超えて中に入り、小さな藪道をかき分けるように通り抜けると所々灯りが灯る薄暗い庭園へと抜け出た。

月の灯りがゆらゆらと庭園の池へと反射し、池には小さくも立派な太鼓橋が架かっていた。

 

辺りを見渡して誰も居ないことを確認すると、向こう側へ渡るためにマキは太鼓橋を渡る。

すると橋下に居た魚たちがぴちょんと水面へ波紋を広げながら逃げていく。

月光に揺らめく水面に煌めく魚達に、思わず目が奪われた。

 

 

「綺麗だな..」

 

 

見とれて橋から池に覗き込むようにマキが立ち止まると、そこに声をかける者がいた。

 

 

「あの、もし...?」

 

「――!?」

 

 

心臓が飛び出すくらいにビックリした。

それはもうビックリした。

思わず飛び上がって悲鳴をあげそうになるのを口を塞いでなんとか防ぐと、ばっと横に振り向く。

そこにはキョトンとした顔でマキを見つめている小柄な少女の姿があった。

 

(いつの間に...!?)

 

気配も足音も何も無く突然に意識外から現れた白髪で小柄な少女。

 

暗闇に浮かぶ立派な和装の身なりから見ても、十中八九この子はこのお屋敷に住んでいる女の子だろう。

 

「えっと、僕は怪しいものじゃなくて...」

 

大義名分が自分の中にあるといっても、これは立派な不法侵入。

しかもあれだけ言って聞かされてきた言いつけを破ってまでここまで来てしまってる以上、

それによって孤児院に迷惑がかかることだけは何とか避けたかった。

 

どうしよう。

 

わたわたと脳内であーでもないこーでもないと考えていると、ふと急に少女がマキの手を引いた。

 

「こっちにきて」

 

「う、うぇ!?」

 

グイと結構な力で身体を引っ張っていかれた。

ひんやりとした彼女の小さな手は思ったよりも力強い。

 

彼女に引かれるままにあっという間に建物の側まで来ると、

あれよあれよと気がついたら部屋の中にまで引きずり込まれていた。

 

「ぐえっ」

 

部屋の真ん中にドサッと投げ捨てられたところでハッと我に返り辺りを見回してみる。

 

それなりに大きい畳敷きの部屋にはこじんまりした机がちょこんと壁際に置いてあって、

隣には古い本が沢山入った本棚があった。

 

なにより目に入るのは異様なまでに多い人形たちの数々。

棚に置かれたものからひな壇に置かれたもの、

座布団の上に座っているものなど多種多様。

 

襖には金ピカに光る不思議な刺繍のような模様が浮かんでいて、マキにはこの部屋が

まるで自分の知らない異世界に迷い込んでしまったかのように思えてしかたなかった。

 

ゆらりと光に揺れる人形の影に混じって、一際大きな影が小さく揺れた。

振り返ると、さっきの少女が口元を袖で隠すように笑いながらマキを見ていた。

 

「あは。貴方って面白い人ね。この屋敷に近づくどころか中まで入ってきちゃうなんて。

とっても不思議な人。私これでも色んな人を"見てきた"けど...貴方みたいな人は初めてなの。」

 

さっきまでは暗くてよく見えなかった少女は、それはそれは人形のように綺麗だった。

腰の辺りまで伸ばした亜麻色の髪に、マキと同じか、それ以上に深い赤に染まった瞳。

よくよく映える小さく可愛らしい紅の唇に、スっと透るような陶磁のような白肌。

 

あほ面かまして後ろに倒れるように腰抜けてたマキに四つん這いになったまま彼女が這い寄ると、

彼女の赤い和服の裾が垂れるようにしてマキの身体に触れる。

 

四つん這いになったままマキと向かい合う彼女の唇とマキの唇が触れ合う直前。

彼女の吐息が明確に感じるようなそんな異様な近さ。

 

視線は彼女の目に釘付けになったままだった。

 

クイと彼女が右手でマキの顎を撫でると、その至近でじっと瞳と瞳が交差する。

どこまでも紅い紅い彼女の目にうっすらと映る自分の影。

まるで自分自身ではなく、その心の中を直接覗き込まれているかのような感覚に、全身が鳥肌立つ。

 

 

「その...。」

「…あは。」

 

 

カラッカラになった喉から絞り出したように声をかけると、さっきまでの張り詰めた感覚が

嘘のように弛緩し、ニッコリと彼女はマキに笑って見せた。

 

「言わないで。わかるわ。心配しないでいいの。貴方のことを取って食うようなことはしないもの。

させるようなことはさせないもの。これはそうね...そう。出会いね。私と貴方の記念すべき出会い。

私もすっごく久しぶりにドキドキしてるの。こんな人が居たんだって、今まで信じられなかったもの。

とっても不思議。名前も知らない貴方にここまで興味が惹かれるなんて。」

「ふぇ!?」

 

得体の知れないよくわからないことを言い立てる彼女。

ニッコリと笑いながら、彼女はペタンとマキの投げ出された両足の上に座り込みながら言った。

 

「私は...シズク。黒染のシズクって言うの。…あなたの名前は?」

 

彼女がそう言うと、自然と口が開いていた。

 

「ぼ、僕はマキって言います。苗字は…無いです。ただのマキです」

「マキ...いい名前ね。」

「…友達がいっぱいここに来たはずなんです。でもみんな帰ってこなくて。だから僕も気になって。」

「うん?少なくとも私が初めて外の人と出会ったのは君が初めてなんだけどな。」

 

マキがそう言うと、ハテナと首を傾げるシズク。

 

「まぁ、そのことは後で家のものに確認しておきましょう。もしかしたら知ってる人が居るかもだし。」

「あ、ありがとうござい…」

「でも、貴方が…。いいえ、マキがここに来たのはそんな大それた理由からなの?」

 

シズクがそう言ってマキの言葉を遮った。

 

「…その...ここに勝手に入ってきちゃったこと...怒ってますか?」

「あぁ...そのこと。別にいいわ。ちょっと驚いたけど、面白いもの見れちゃったし。特別に許したげる」

 

いかにも今更でどうでもいいことのようにシズクは言った。

 

「えっと、なんて言うか、シスター…孤児院の大人の人たちからここには近づくなって言われてたんだけど…

逆に気になっちゃって...ちょっと探検するつもりで...」

「あは。それで潜ってきたら私にあっという間に見つかっちゃったのか。可愛らしい。いいよいいよ。許す許す。

...でも気をつけた方がいいよ。ここ、私以外の黒服さんたちに見つかるとけっこー面倒になっちゃうし。

多分マキの友達も黒服さんたちに捕まっちゃったんだと思うよ」

「外にいたおっきな大人の人たち?」

「そうそう。彼ら無駄に用心深いというか、信仰深いからさ…あんまり友達のことは期待しないでおいてね」

 

そこで何かを思い出したかのようにシズクはあっ、と声を上げた。

 

「これも何かの縁(えにし)。君に私の"シルシ"をあげる。」

 

シズクはマキの名前を1文字1文字かみしめるかのように何度か口ずさむと、右手をそっとマキの胸元に押し付けた。

 

「あ、熱っ」

 

刺すような、熱い痛みが胸に走りつい声をあげてしまう。

 

 

「あは。男の子なんだからこれくらい我慢我慢。

...これで次からは堂々正面から入ってこられるから。私、楽しみにしてるね。

本当はもうちょっと話してたいけど…今日はこれからちょっと用事があってね…。

また会いましょう、マキ。今日は私が送っていってあげるから、ゆっくり休んでね。」

「それは...どう...いう....」

 

 

シズクがマキの胸元にやった手をそのまま目にかざすと、突如マキの意識が遠くなった。

後ろ手に支えていた手の力が抜けて、ガクリと後ろに倒れ始めて…

 

 

「それか...あんまりにも来てくれないと、寂しくて私のほうから会いに行っちゃうかもね。」

 

 

後ろに倒れそうになる身体を直前でシズクが優しく抱いて止めた。

 

 

「あは...。」

 

 

 

 

沈む意識の中、変わらずに笑っているシズクの顔が見え続けて、やがて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくしてマキの一世一代の大冒険はここで終わった。

順調に行っていたであろう探検はあっという間に少女に見つかってしまい、

あろうことかそのまま見ず知らずの少女の部屋に連れ込まれ、

気が付かない間に全てが夢のよう、嘘のように消えてしまっていた。

 

 

目を覚ますと、そこはマキのいつもの見知った天井が見えて、気がついたら昨夜の出来事は

夢のように消えてしまっていた。

 

 

「こ、ここは…」

「おっ。起きたな寝坊助。昨日は随分と長い厠だったけど、腹でも壊したのかい?」

「ジャック…。そんなに、だったかな?」

「おうよ。出てったっきり一時間くらいかな…そんくらい帰ってこなかったからもう少しで

マザー呼びに行くところだったぜ。よくあんなおっかないとこにそんだけ居れたよな。」

「そうか…」

 

 

 

ふと胸元に手をあてる。

とくんとくんと脈打つ心臓の鼓動を感じながら、昨日のことを思い出す。

 

 

「…夢じゃなかった…?」

 

 

手に残るシズクの手の感覚。

口元に感じた彼女の吐息。

あの吸い込まれるような、自分と一緒の赤い眼。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ一つ、明確に昨日と違っていたことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

(これは…なんだ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マキの胸元には、今まで見たことの無い、羽のような痣が出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん」

「お館様。今日は随分とご機嫌ですね」

「そおー?」

 

 

大きな屋敷の庭園で、縁側に足をぶらつかせながら鼻歌を歌う主人に従者はそう問うた。

ご機嫌そうに笑いながら彼女は昨日あったことを思い出す。

 

 

「ようやく見つけたのよ。」

「…まぁ。」

 

「あれからずっと探して探して探して探して、ようやく見つかった私だけの彼。

ちょっと色々雑音も色々聞こえたけれど、そんなの関係無いわ。」

「我々はお館様のご意志のままに行動するまで。」

「ありがと、御影。期待してるね?」

「御意。」

 

 

 

 

従者はそう言うと忙しそうにどこかへと去り、また1人シズクが縁側に取り残された。

 

足をぶらぶら。

頭もぶらぶら。

 

とってもご機嫌良さそうに鼻歌をうたいつづける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは。見つけた。わたしの"お兄様"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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