黒く染った純白の彼女 作:灯利
それから少しして。
屋敷と孤児院を行き来する生活が、僕の中でだんだん普通になっていった。
地下はまだ全部を調べきれていない。
古い記録も山ほど残っている。
黒い着物の男のことも、マザーが連れ出した子供達のその後も、まだ分からないことは沢山ある。
友達が奪われた時間だって、完全に元通りには出来ない。
御影さんの過去も消えないし、マザーがしてきたことも、全部が綺麗な話になるわけじゃない。
でも。
だからもう駄目だ、とは思わなくなった。
分からないなら調べる。
間違っていたら考える。
誰かに決められるんじゃなくて、自分で選ぶ。
それを、少しずつやっていけばいい。
…。
「お兄ちゃーん!」
朝の屋敷。
嫌な予感しかしない声が廊下の向こうから近づいてきた。
「何。」
振り向く。
大きな包みを抱えたシズクが、ものすごくいい笑顔で立っている。
「お弁当。」
「何でそんなに嬉しそうなの。」
「今日はみんなで庭で食べるから。」
「みんな?」
「孤児院の子も来る。」
「え。」
「マザーも来る。」
「え。」
「アリスも。」
「それは分かる。」
「御影も。」
「何で最後だけ“も”みたいに。」
「御影、最近ちょっと仲間っぽい。」
廊下の端で、お茶を運んでいた御影さんの肩が少しだけ動いた。
聞こえていたらしい。
「で。」
僕は包みを見る。
「何人分?」
「二十五。」
「多いよ!」
「余ったら御影。」
「何故私なのですか。」
ちゃんと聞こえてた。
シズクが胸を張る。
「大丈夫。今回はあんまり失敗してないから。」
「あんまり?」
御影さんがそっと目を逸らした。
その反応で大体分かった。
「シズク。」
「何。」
「今度は何個失敗したの。」
「三個。」
「減ってる。」
「成長した。」
そこを威張るんだ。
…。
昼。
孤児院の子供達と屋敷の庭でお弁当を広げる。
最初の頃なら考えられなかった光景だ。
黒服さん達もまだ少しぎこちないけど、子供達の相手をさせられているうちに諦めたらしい。
池の近くではアリスが子供達に何かを説明している。
友達はまだ完全ではないものの、だいぶ元気になっていて、ジャックと一緒に言い合いを始めていた。
マザーは少し離れたところでその様子を見ながら、お茶を飲んでいる。
「お兄ちゃん。」
シズクが僕の隣へ座る。
「何。」
「手。」
「何で。」
「迷子になるかもしれない。」
「ならないよ。」
「前なった。」
「それは屋敷に来たばっかりの頃でしょ。」
「そんなに昔じゃないもん。」
むぅ、と頬を膨らませる。
仕方なく手を出すと、シズクは満足そうに握ってきた。
別に迷子防止じゃないことくらい、お互い分かっている。
でも。
それでいい。
その時、近くにいた小さな子が僕の袖を引いた。
「ねえ、マキ。」
「何?」
子供が指差したのは、目の前の屋敷だった。
「ここって、何があるの?」
その問いに、少しだけ昔を思い出した。
やしきのなかには?
僕が最初に知りたかったこと。
怖いものがあるのか。
消えた友達がいるのか。
自分の知らない何かが隠れているのか。
あの頃の僕は、答えが一つあると思っていた。
でも今は違う。
この屋敷の中には、秘密がある。
嫌な過去もある。
まだ知らないことも沢山ある。
面倒な黒服さんもいるし、地下には厄介な記録も山ほど残っている。
そのくせ、甘い団子や卵焼きを作ろうとする妹もいて、気づくと誰かが僕の帰りを待っている。
「そうだなぁ。」
少し考えてから、僕は答えた。
「あそこには、秘密があるよ。」
子供の目が丸くなる。
「やっぱり?」
「うん。」
「怖いの?」
「怖いのもある。」
正直に言う。
「でも。」
僕は屋敷を見る。
それから、隣のシズクを見る。
「面白いものもある。」
「例えば?」
子供が身を乗り出す。
「ちょっと変で、すごく面倒で。」
「お兄ちゃん?」
「うるさくて。」
「お兄ちゃん!」
「でも。」
少し笑う。
「大事な妹とか。」
シズクが固まった。
次の瞬間、顔が真っ赤になる。
「あ、あは。」
「何その笑い方。」
「う、嬉しい時のやつ。」
「雑だなぁ。」
子供がきょとんとしている。
「じゃあ、入っていいの?」
「いいよ。」
「ほんと?」
「でも、勝手に忍び込むのは禁止。」
「はーい!」
元気よく返事をして、子供は向こうへ走っていった。
その背中を見送りながら、シズクが小さく呟く。
「お兄ちゃん。」
「何。」
「今の、もう一回。」
「何を。」
「大事な妹。」
「嫌。」
「何で!」
「恥ずかしいから。」
「私だって恥ずかしかったもん!」
「じゃあおあいこ。」
「ずるい。」
本当に面倒くさい。
でも。
こうして騒がしい庭の真ん中にいると、不思議と落ち着く。
屋敷の中にあったのは、怖いものだけじゃなかった。
僕の知らなかった過去。
まだ終わっていない謎。
それから。
帰ってこられる場所と、帰りたいと思う相手。
やしきのなかには?
答えは一つじゃない。
だから多分、これからも増えていく。
その答えを、自分で見つけていく。
今度は、誰かに決められるんじゃなくて。
僕が。
ちゃんと。
おわり