黒く染った純白の彼女   作:灯利

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それはきっと突然のことで

 

 

 

それは突然訪れた。

 

 

聖堂での朝礼を終えると、いつものように子供達がみんなバラバラに散っていく。

それに合わせて自分もさて外に行くかと足を踏み出そうとした時、ふと右肩に手が。

 

 

「…なんでしょう、マザー。」

「いいえ、ミスターマキ。貴方はその答えを知っている筈です。」

 

 

いつものマザーとは違う固い声色に、マキの体は少しばかり緊張した。

そっと後ろへ振り返ると、そこにはいつも通りのニコニコ顔のマザー。

よく見ると目が笑っていない。これは割とキレ気味に怒ってるおっかないマザーだ。

 

たまに外から黒服さん達がやってくると、よくこういう顔をしている。

明らかに怒っていないと言いつつ、心の中ではバキバキに怒っている、そんな感じ。

 

 

「…なんでしょうか。」

「…。」

 

 

明らかにそっぽを向いてしらばっくれるマキを見て、マザーは大きくため息をつくと、

諦めたようにマキへとその罪状を告げる。

 

 

「ミスターマキ。貴方、どこで魔法なんて覚えてきたんですか?」

「…えっ?」

 

 

屋敷に忍び込んだことが、マザーにバレた。…と思っていたのだが、どうにも違うらしい。

 

 

「貴方の体から微細ながらも魔法を行使した後が見られます。魔力を扱う魔法は危険だから

大人が居ない時は使わないようにと、これは前にもお話していますよね?」

「あー…。ごめんなさいマザー。ほんのちょっとだったら大丈夫かと思って。」

 

なんのことだろうと感じつつも、瞬時にこれは真実を誤魔化す好機だと確信した。

マキは素直にぺこりと頭を下げて、とりあえず心にもなくマザーに謝っておくことにする。

 

「そういう慢心から事故は起きるものですよミスターマキ。例え小さな火炎の魔法でも、

少し加減を間違えば大火傷をするかも知れないですし、それが他の人を傷つけない保証はありません。」

「はい。気をつけます。ちょっと興味があっただけなんです。」

「…貴方が他の人に増して好奇心旺盛なのはわかってはいますが、それを心配する身にも………」

「…あー。」

 

 

心の中で、余計なこと付け足さなきゃ良かったなと思った。

マザーの説教はこうなったらとてつもなく長い。

 

少しでも反論しようものなら当たり前のように説教が一時間単位で伸びていくし、

対抗手段はただ耐えるだけ。ひたすらに謝るのみ。

 

誰か助けて。

 

思わずそんな儚い希望を周囲へ求めるも、残念ながら孤児院のみんなはもう中庭へ出てしまって、

更にここには運悪くマザーを止めてくれるシスターも居ない。

残念ながらマザーの気の済むまでお説教は続くようだ。

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局三時間を越えようかという説教時間の過去最高記録を塗りかえて、ようやくマザーから解放された。

マザーもいい歳なのに、どこからあんな気力が湧いて出てくるのか本気で不思議に思えてくる。

 

孤児院の中庭。割と端っこの方で外壁に背中もたれて座っていると、一人の少女がやってきた。

トテトテと小走りできたのは年少組のアリスだ。

アリスはマキの隣にそっと座り込むと、マキの顔を覗き込むようにして声をかける。

 

「マキにい、大丈夫?すーっごいお説教長かったみたいだけど…そんななんかやらかしたの?」

「…僕が説教されてたって、よく分かったね。」

「マキにいってすっごい顔に出るからよく分かるの。」

「…そんなに?」

「うん。」

 

アリスは最近孤児院に入ってきた子だが、もうそんなこと関係ないとばかりに孤児院に馴染んでいた。

なんといっても弱音という言葉を知らない逞しい子。

この適応力は見習いたいものだとマキは思う。

 

金髪小柄で、青色の瞳が綺麗な彼女。ボロの服を着ていてもその金髪はキラキラと輝いていて、

まるで小さな太陽を身近で見ているような錯覚を覚える程に彼女のことは眩しく見える。

 

 

「いや、まぁうん。ちょっとマザーとの約束破っちゃってね…」

「マザーとの?それはダメだよマキにい。マザー、約束事破ることに関してはすっごく怖いんだから。」

 

 

そういうとアリスは両手を指折りながら『例えばあれにー…あとはこれでしょー?』と順に数え始める。

恐らく約束を破った回数なのだろうが、口でいう割に結構やらかしてんな、とマキは内心思った。

 

 

「そう言うアリスも結構お転婆してるじゃない。」

「私はちゃーんと限度ってのを知ってるからいーの。」

 

 

昨日マザーにトイレ同伴を餌に脅されていたとは思えない開き直りの良さに思わず笑ってしまう。

 

 

「またトイレ一緒に行ってもらえなくなるよ?」

「マキにいもまたそういうこと言うんだから!もう!」

 

 

拗ねるアリスにごめんよと頭を優しく撫でてやると、

わざとらしくプリプリと怒らせていた顔を途端に破顔させた。

今回だけだからね!と。アリスがマキに言って頬をにっこりと膨らませる。

 

 

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

 

そうやって他愛無い話をあーだこーだと暫く話し込んでいたのだが、

突然、アリスが何かを思い出したかのように立ち上がる。

 

「あ。ごめんマキにい。ちょっとみんなが呼んでるみたい。行ってくるね。」

「ん?うん。ありがと。気をつけてね。」

 

スカートを軽く叩いて埃を落とすと、駆け出す前にマキに振り向き指をさす。

 

「マキにいも…ね。あんまり"抜け出して変なとこ行っちゃダメ"だよ。最近色々物騒みたいだから。」

「はいはい。早く行った行った。」

 

 

じゃあ、と颯爽に孤児院に駆けていくアリス。

それを見送っていると、ふと胸のあたりがズキりと痛んだ。

焼き付くような焦げる痛さに思わず体を丸める。

 

やがて暫くすると痛みは止んだが、

それと同じくらいにマキの頭の上に何かがトサリと落ちてきた。

 

 

「…手紙?」

 

 

ハラリと地面に落ちたそれを拾ってみると、

白い封筒に『マキ様へ』と宛名が楷書で書かれた一通の手紙。

おもむろに裏へ返してみると、朱の花押で封をされた左下に差出人の名前が小さく書かれている。

 

 

『黒染シズク』と。

 

 

その日の夜。

 

 

マキは例の屋敷の中へと再び足を踏み入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

黒染シズクは生まれながらの天性を持って生まれてきた。

例えそれが本人の望まぬ力だったとしても。

 

それを一族はこぞって始祖様の再来だと祭り上げ、称えてきた。

 

始祖様以来、徐々に力を落とし続けてきた没落を辿る一族に生まれ落ちた唯一の例外的存在。

いわば神の力の一片であり、それは天から降り注ぐ一族の没落を憂う神の流した涙の「雫」の一滴であると。

 

今思えば、そんなの馬鹿馬鹿しいにも程があった。

…でも当時のシズクは幼すぎた。

 

幼いシズクはそんな大人たちの勝手な欲望を理解出来ず、ただ愚直に稽古や仕事に励んだ。

周りの大人たちに言われる通りのまま作法を覚え、儀式を覚え、勉学に励み、技を磨き、力を行使した。

 

そこにはなんの疑いも思惑もなく、ただただ言われたことを成し遂げるときまって両親が喜んでシズクを褒めて頭を撫でて、時には美味しいお菓子をくれたり、一緒にお出かけをしてくれるのが嬉しかった。

 

そんなことを繰り返していくうちに、シズクは大きく成長する。

自分がやっていることがどんなことなのか、シズクは考えるようになった。

一族のシズクへと抱く狂気の感情に、シズクは少しずつ恐怖を覚えるようになった。

 

 

…両親がシズクのことをあまり見てくれなくなったのを寂しく感じた。

 

 

やがて一族はかつての繁栄を取り戻すかのように再起を始め、途端に腐り始めた。

皆が皆、己の望む欲と権力に溺れていった。

 

 

…そして誰も、シズクのことを人として見なくなった。

 

 

蔵に財貨が貯まるほど、一族はみなシズクの力に溺れるようになり、

一族の中で権力を握った両親も、いつしか欲に塗れた豚に成り果てた。

 

仕事を失敗すれば、それでも誇り高き一族の末裔かと激しく叱咤され、

辛く苦しい仕事をどんなにこなしても、もう誰も見向きもしない。

 

あんなにも仲良かった両親も、もうシズクを一人の子としては見なくなった。

そこにあるのはもはや血縁関係という重く外れない血で出来た鎖だけ。

 

 

どんなにいいことをしても、どんなに自分を犠牲にしようと、そこにあるのは無力感だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに苦しいなら、僕が全部ブッ壊してあげるよ」

 

 

「……………えっ?」

 

 

突然シズクの前に現れたのは、全身を真っ黒い着物で染めあげた一人の男だった。

 

 

 

「僕は君の願いを叶えてあげる。その代わり、君は僕の願い事を一つ、叶えて欲しいんだ」

 

 

 

そう言って彼はシズクに手を差し伸べると、続けてこう言った。

 

 

 

「君をこの牢獄の中から出してあげるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

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