黒く染った純白の彼女 作:灯利
北棟を出た後。
僕達はそのまま御影さんを応接間へ連れてきた。
正確には、シズクが連れてきた。
「座って。」
「御意。」
御影さんが正座する。
その向かいにシズク。
僕はシズクの隣へ座った。
何というか。
ものすごく空気が重い。
「お兄ちゃん。」
「何。」
「お茶いる?」
「今?」
「喉乾いてない?」
「……ちょっと。」
シズクが手を叩くと、すぐに別の黒服さんがお茶を運んできた。
この空気の中でも普通にお茶が出てくる。
この屋敷、こういうところだけ妙にしっかりしている。
「では。」
御影さんが静かに話し始めた。
「北棟の保管庫について、お話いたします。」
シズクは何も言わない。
ただ、じっと御影さんを見ている。
「かつてあの場所は、この屋敷へ無断で侵入した者の所持品を保管するために使われておりました。」
分かっていた。
帳面を見た時点で、ある程度は。
でも、はっきり言葉にされると胸が重くなる。
「その中に、孤児院の子達もいたんだよね。」
僕が聞く。
「はい。」
「捕まえた後は?」
「地下区画へ移送されました。」
「地下?」
シズクが初めて反応した。
「私、そんな話聞いてない。」
「お嬢がこの屋敷を預かられる以前のことです。」
「だから?」
御影さんが黙る。
シズクの声は冷たかった。
「私が知らなくていい理由にはならないよね。」
「……仰る通りです。」
シズクが本気で怒っている。
いつもの、笑いながら何をするか分からない怖さとは少し違う。
これは多分。
自分だけ何も知らされていなかったことへの怒りだ。
「御影も関わってた?」
暫くして。
御影さんは小さく頷いた。
「はい。」
シズクの指が僅かに動く。
畳がミシ、と音を立てた。
僕は反射的にその手を掴んだ。
「シズク。」
「離して。」
「まだ話終わってない。」
「でも。」
「最後まで聞こう。」
赤い瞳が僕を見る。
暫くして。
手から力が抜けた。
「……分かった。」
御影さんが深く頭を下げる。
「当時、私は屋敷の警備を担当しておりました。侵入者を捕らえ、地下区画の担当者へ引き渡す。それが私の役目です。」
「子供でも?」
「……はい。」
「おかしいと思わなかったの。」
僕が聞く。
御影さんの顔が、ほんの少しだけ歪んだ。
「思いました。」
「じゃあ何で。」
「命令だったからです。」
嫌な言葉だった。
命令。
それだけで。
子供をどこかへ連れていっていい理由になるんだろうか。
「当時の私は、命令に従うことこそ正しいのだと考えておりました。」
「今は?」
「間違っていたと考えております。」
すぐに返ってきた。
だからといって、起きたことが消えるわけじゃない。
でも。
この人もそのことは分かっているように見えた。
「地下では何をしてたの。」
シズクが聞く。
「私は詳細までは知りません。」
「本当に?」
「はい。私の役目は引き渡すところまででした。」
「じゃあ誰が知ってる。」
「当時の研究員。黒染の一族に関わっていた者。そして……。」
御影さんが一度言葉を止めた。
「現在、孤児院でマザーと呼ばれている方も、当時この地下区画へ出入りしておられました。」
「……え?」
思わず声が出た。
「マザーが?」
「はい。」
シズクも驚いている。
「嘘。」
「お嬢。」
「だって、あの人は屋敷を敵みたいに。」
「私が見たことだけを申し上げております。」
シズクが黙る。
嘘が嫌いだと言ったのは、シズク自身だ。
だからこそ。
簡単に「嘘だ」と決めつけることも出来ない。
「何をしてたの。」
僕が聞く。
「そこまでは?」
「存じません。」
御影さんは首を振った。
「ただ、何度か地下で姿を見た。それだけです。」
敵だったのか。
研究する側だったのか。
誰かを助けていたのか。
それだけでは何も分からない。
でも一つだけ。
マザーが何も知らない人ではなかったことだけは分かった。
「お兄ちゃん。」
シズクが僕を見る。
「孤児院、行く?」
少し驚いた。
ずっと戻るなと言っていた場所。
そこへ。
今度はシズクから。
「行きたい。」
答える。
「マザーに直接聞きたい。」
「分かった。」
意外なくらい、あっさり頷いた。
「ただし。」
「何。」
「私も行く。」
「それは……。」
「置いてかれるの嫌。」
「まだ何も言ってないよ。」
「嫌。」
頑固だ。
「分かった。」
「あは。」
ようやく少しだけ、いつものシズクに戻った。
「その前に一つ。」
僕は御影さんを見る。
「地下は今もある?」
長い沈黙。
「ございます。」
「入口は?」
「お嬢の許可なく開けることは出来ません。」
「許可する。」
シズクが即答した。
御影さんが僅かに困った顔をする。
「……承知しました。」
「でも地下は後。」
シズクが僕を見る。
「先にマザー。」
「うん。」
北棟で見つけた笛を握る。
地下。
そこに友達の手掛かりがある。
でもその前に。
マザーが何を知っているのか、確かめなきゃいけない。
その時。
胸元のシルシがズキリと痛んだ。
「っ……。」
「お兄ちゃん?」
「大丈夫。」
服の上から胸を押さえる。
痛みはすぐに消えた。
ただ。
御影さんが「地下」と口にしてから。
このシルシは、何かに反応しているような気がしてならなかった。