ある休日の午後。
十二月の青空の下、砂浜に少女たちの笑い声がこだました。
年末をまるで思わせない、じりじりとした日差しが照りついていた。
「はっけよぉい……、のこった!」
勢いよくさんごの声が響いた。
砂に刻まれた土俵の内側で、まなつがあすかへと向かっていった。
「うりゃあああっ!!」
がつんっ!
土俵の外からは、賑やかな声が響いている。
「ほら、びくともしてないわよ! 頑張れ、夏海関ぃー!」
「滝沢関も、ファイト……」
遊び半分に声を張るのは、楽しそうに笑うローラとみのり。
「くるる~ん!」
くるるんは、その楽しげな雰囲気に、ころころと寝転がっている。
「のこった、のこったぁ……!」
「うりゃりゃりゃりゃあ……っ!」
まなつのふんばりは、いくら頑張っても、時間をかけても、足場の砂を蹴っていくばかり。
「どうした、まなつ? その程度かあっ!」
あすかが、にやりと、まなつのベルトをつかんだ。
「どりゃああっ!!」
まなつが勢いよく宙を舞った。
「あっ」
か細い声が漏れた。
「ぁ」
一同の時間が、止まっていった。
どさっ!
まなつは、背中から、黄土色の大地へと帰還した。
「す、すまん……っ! つい力が……! 大丈夫かっ!?」
駆けつけるあすか、さんご、みのりに、ローラたち。
まなつは、堰を切ったように吹きだした。
「あははははは……っ!!」
空を仰ぎ見て、笑い続けていた。お腹を抱えて、何がそんなにおかしいのか、いつまでも笑っていた。
「……」
少女たちは苦笑した。困ったように見つめながら、静かな笑みを浮かべた。
「あ~、面白かったぁ! 一瞬、世界が飛んだかと思ったあ!」
「いや、飛んでたよ?」
「衝撃映像よ……」
「たしかに……」
みのりの隣には、シャボンピクチャーが浮かんでいた。まなつの宙に舞っている姿が、大スクープ(?)のように揺らめいている。
「なに撮れてんのよっ!?」
ローラはツッコんだ。
「くるるんが……」
みのりが言う。
「くるる~ん!」
シャッターチャンスを捉えたくるるんは、誇り高そうだった。アクアポットのボタンを、自慢げになでだした。
「へえ! これ、私? トロピカってる~っ!!」
「さんご……、これ、決まり手は?」
「ええと、『イナズマ地獄落とし』、とか……?」
「やめてくれ……」
「ヘルファイター、滝沢関」
「やめろぉっ!! 大体、これはまなつが軽いから……っ!」
「へえ、重いと強いんだあ」
あすかの動きが止まった。
「きさまあっ!!」
「ひいぃ!? ごめんなさいぃ!?」
「待て、こらあっ!!」
ぎゃーぎゃー、わーわー、走りだしていく。二人の楽しげな鬼ごっこが始まった。
やれやれ……。
さんごたちは苦笑を浮かべながら、その微笑ましい光景を眺めていた。
「ひえぇ、許してくださあい……!」
「いいや、今日は待ったなしだっ!」
「ひいぃ、きびしい~っ!」
裸足で駆けていく少女たち。きらきらと打ち寄せる波が、ぱしゃぱしゃとはねていく。
その揺れる波間に、何かが光った。
たゆたう淀みに、ちらちらと瞬いている。
まなつはいつの間にか、立ち止まっていた。その瞬きが、目から離れなかった。
「よおし、いい心がけだ」
あすかが近づいてくる。不敵な笑みが、海面の光に揺らめく。
「……まなつ?」
行方を追ってきたローラたちも、
「どうしたのよ?」
まなつは揺れる波間を見つめていた。
波にさらわれそうになる何かを追って、海に入っていく。
ちゃぷ、ちゃぷ。
光を反射させている『それ』を、しっかりとつかみ取る。
ぱしゃっ……。
眩しい陽光を受けて、それは水を滴らせていた。
「……瓶?」
あすかが呟いた。
まなつの手には、蓋のついた瓶が握られていた。寂れた銀色の蓋が、鈍い光を彼女の眉間に集めている。
まなつは透明なガラスをのぞきこむように顔を近づけた。
「中に、何か入ってる?」
さんごの呟きが、さらに蓋へと手を伸ばさせた。
「おい、気をつけろ……」
「うん、平気。何だか、紙みたい?」
瓶の中には、巻物のように丸まった紙が入っていた。長いこと海を彷徨っていたのか、紙質は茶色く変色してしまっている。
「……ボトルメール」
みのりがこぼした。その彼方からのメッセージに、期待を寄せる。
まなつは瓶を預けると、その紙を開いていった。海水にさらされていたのか、指にぴたっと吸い付くような湿気が感じられた。
「何よこれ……、何か気持ち悪くない?」
げえ、とローラが呟いた。
まなつは、おかまいなしに、紙を、ゆっくり、ゆっくりと開いていった。
「……これって」
みのりが目を丸くした。
「入部、届?」
さんごが目を細めて言った。
所々、文字がかすれてはいるが、それは、あおぞら中学校公式の入部届であることに間違いなかった。
「ねえ……、ここ、トロピカる部、って書いてない?」
ローラが示す先には、大きな入部希望欄に、トロピカるぶ、と、子供が書いたような字でにじんでいた。
「……どういうことだ」
あすかが言った。信じられないものでも見たような目つきで。
「くるる~ん」
くるるんが鳴いた。そう鳴くだけで精いっぱいのようだった。
「……いるんだ」
まなつが言った。
「え?」
まなつは、瞳をきらきらと輝かせていた。
「この海の向こうに……、私たちの友だちが! それって、めちゃめちゃトロピカってるうっ!!」
「……はああ??」
――そういう状況なの……??
彼女たちは、微笑んだ。
この一年を、繰り返し、巡っていた。
そうだ。
まなつは変わらない。
いつも、今という瞬間を、全力で楽しんでいる。
そんな太陽のような彼女に、私たちは――。
「そうだね」
さんごが笑った。
「だな」
あすかも、ふっと微笑んだ。
みのりとローラも、笑うことしかできなかった。
「えへへっ」
まなつは、本当に小さな太陽のようだった。
「……で? どうするんだ?」
あすかが促すように聞いた。
「そんなの、決まってるよっ!」
まなつは振り向いた。
「海の向こうに、お返事っ!」
太陽の笑顔が瞬いた。
「でも、どうやって?」
ローラの疑問に、
「こうやって!」
海を見つめる。
大きく息を吸う。彼方の水平線めがけて、大きく、大きく、身を反らせて、
「おいでよーーーーーっ!!!!!!!!!!」
大きな波音が、その叫びに答えた。
広大な海は、何の変りもなく、そこにあるだけだった。
まなつは、満足そうに振り返った。
この声が、いつか送り主の元へ届くと、そう信じて。
彼女の手の中では、海の向こうからのメッセージが、波風に揺られて、音もなくはためいていた。