淡い想い出が、アクアポットの中で揺らめいた。ランプの灯が海風に揺れる度に、まなつたちの影が小屋の中を踊っていく。
ローラは、みんなと撮ったシャボンピクチャーを眺めていた。揺らめく記憶の中に、みんなの笑顔が眩しく映っている。この記憶の中にも、今と同じように、時間が流れているんだ……、そう思うと、何だか胸の辺りがむずがゆいような、変な感じがした。
「ローラぁ!」
まなつの声がした。
「ローラは着ないのー?」
まなつは、自らの村人の服を示していた。その奥では、あすかたちが慣れないように自らのまとった服を眺めている。
「ちょっときついな、これ……」
「そう? 私はちょうどいい」
「二人とも似合ってる。かわいいです!」
「そ、そうかな」
「さんごもね……」
ローラは微笑んだ。みんな、真っ白な衣装が似合っている。何故だかそう思えた。
「明日、ヘロンと一緒に着るわ」
ローラは呟いた。敷物が敷かれた床では、ヘロンが、こくり、こくりとうなだれて、舟を漕いでいた。くるるんが優しい声を上げて、その膝をなでていく。
「……そろそろ寝ちゃおっか」
まなつが笑った。
優しい笑顔。輝く瞳。その沈むような夜の光に、ローラたちの頬はゆるんでいった。
「……星、きれいだね」
さんごが言った。
ヘロンのエネルギーで貫かれた屋根からは、たくさんの星々が顔をのぞかせていた。
「これ、直さなきゃ……」
さんごは苦笑しながら微笑んだ。
「明日、カブロスさんにごめんなさいしよっか?」
まなつが頬をゆるませて言う。
「そう? このままでもいいじゃない」
ローラが余裕そうに目を輝かせた。
「雨が降ったらどうするんだ」
あすかが吹きだすように呟いた。
「そういう問題……?」
みのりが呆れるように呟いた。ふふ、と笑うと、眼鏡に優しい光が浮かんだ。
五人は夜空をのぞきこんだ。吸いこまれそうな、どこまでも黒々とした、迷路のような夜空。そこにたくさんの星々が浮かび、同じように、私たちのこの星をのぞいているのかもしれない。そう思うと、屋根に空いている穴に、さらに白々と輝く、たくさんの穴が開いているような、そんな気分にさせられた。
「……星、きれいだね」
まなつが呟いた。
うーん、とヘロンが寝言を漏らす。
みんなは笑った。
くるるんが優しく鳴いた。
「明日もまた晴れだといいね」
さんごが微笑んだ。
「くるる~ん……」
くるるんが眠そうに呟いた。
いつの間にか、温かい暗闇が、彼女たちの意識を奪っていった。
※
ざざーん、ざざーん……。
初めは波の音だった。次に汽笛を鳴らすような、低い振動音。
ぼぉーーー……ん、というような、遠くへと旅立っていくような、微かな歌声。
村人たちの歌声が聞こえてきた。見えないものへと届けるように、自分たちが踏みしめてきた永い時間を振り返るように、寂しく、厳かに響いている。
コーン、コーン……。
乾いた音。
コーン、コーン……。
どこへ響くのかわかりもしない。積み重ねられてきたものが崩れ、堆積し、また崩れ、組み直る。その繰り返しの中で、小さな流れのようなものが、黒い粒のようなものをかたどっていった。
――――――――また、会えるよ
温かな声。
優しい音色。
はるか遠くまで。はるか過去まで。その二つを繋ぎ止めるように、はるか未来の人びとを讃えるように輝いている。
――――――――この世界に生きている限り
まなつたちは、はっと目を覚ました。
いつの間にか、砂浜に立ちつくしていた。
歌声が響いている。村人たちの声。未来を讃えるように、過去を振り返るように響き渡っている。
くじらの骨が残されていた。がやがやと賑わう村人たちの中で、順序良く、時の流れに従うように解体されていく。お祭りの熱気が冷めやるみたいに、その生命の重みが、疲労と連帯を語る村人たちへと行き渡っていく。
その孤独な魂を癒すように。この小さな宇宙を満たしていくように。
コーン、コーン……。
木片を打ち鳴らす音。
コーン、コーン……。
振り返ると、厚手の白い衣服をまとった男性が、漁が始まるときと同じように、流木を手にしているのが見えた。
「祈り、なんですよ」
男は言った。
「祖先たちへと捧げる、歌なんです」
そう言って、もう一度木片を打ち鳴らす。
乾いた音。
はるか遠くまで。はるか過去まで。
「祖先の物語を通して、私たちは繋がっているんです」
男は笑った。
見えないものが、彼らの魂を結び付けていた。
「いずれは、私たちもそこへ行くんです」
生命だった。脈々と紡がれてきた生命が、今をかたどっている。
そんな気がした。
※
穏やかな昼下がりだった。なだらかな波音。
ゆっくりと流れていく時間が、人びとの心に、深い余裕と、繋がり合うための孤独を与えていく。
「……めがね」
柔らかな声が響いた。
「あなたたちが奪った」
みのりの声。
木漏れ日に揺れる、二つのレンズの光。
シュレオたちは苦笑した。ヤシの木陰で開かれているにほんご教室には、大勢の子どもたちが集まっていた。
「……うみ」
みのりが砂地に描かれた、波のような記号を指した。
「……むら」
今度は家屋のような記号を、
「しま」
波の上に揺れる大地の記号を、
「めがねどろぼう……」
これは番外編。だが、授業は終わりを告げた。
「しま、ってなあに?」
女の子が手を上げていた。
「うみって……?」「むらって……?」次々と、子どもたちの手が上がっていった。
みのりは答えに窮した。今まで見たものが何であるか、どうしてそうなるのかなんて、よく考えたら、説明できるはずはなかった。
「ぜんぶは……?」
みのりの声が外れた。
「え?」
「この、ぜ~んぶは何て言うの?」
女の子は、わーっ、と手を広げた。目の前のぜんぶを。
空気も、大地も、空も、自然も。もしかしたら、目の前の、私も。その質問に答えるのは、もしかしたら水平線の向こうをのぞくことより、大変なような気がした。
「せかい」
みのりは呟いた。
「せかい」
子どもたちも呟いた。
ざわざわと言葉が湧き立った。
それ以外に、言葉を見つけられそうもなかった。
みのりは呆然と見つめていた。
後ろで聞いていたまなつも、さんごも、その問いに答えるには「せかい」を知らなさ過ぎた。
「何だか騒がしいな……」
あすかが苦笑した。ラウラを抱いて、東屋で働く女性たちを見つめている。
水の入った桶が運ばれていく。野菜や肉が、鮮やかな手つきで処理されていく。
ラウラが楽しそうに笑った。
こら……、と微笑んで、伸びてきた小さな手をとっさに避ける。
「大変なんですね、朝から」
あすかは苦笑した。せっせと動き続けるミネリたちを見て、尊敬の念を新たにする。その大変さは知っているつもりだった。
ミネリは微笑むと、ふふっ、と歌うのを止めた。
「だって、しょうがないじゃない」
屋根から白々とした光が差しこんだ。
ミネリの笑くぼに黒い影が落ちる。
女性たちの織っている布が揺らめいた。見えない何かが流れて、彼女たちの髪をなでていった。
「飽きないわね、あなたも……」
透き通るような目だった。
波打ち際にそそり立つ骨に、ヘロンの視線は向けられていた。
ローラとヘロンは、膝を抱えていた。子どもたちが、海の生き物の骨が埋もれる遊び場を駆けていく。角ばっている骨。柔らかなクリーム色の滑らかなものから、夏の夜を寂しく照らす、外灯のような淡い色まで。その様々な寂しさが、かつては生き物の輪郭をかたどっていたのだ。そう考えると、私たち生き物ってやっぱ変。そういう風に感じて、ふう、とローラは息を吐く。
「……」
ヘロンは海を見つめていた。
ちらちらと瞬く彼方を見つめて、何かを夢見るように、その目を輝かせている。
「せかいは、もっと広いのよ」
ローラがヘロンを見つめた。
「尾びれに触ってみる?」
ヘロンは唇を丸くさせた。その、せかい、という響きになのか、ローラのいたずらな笑みになのかは、わからなかった。
悠然とした海がそこにはあった。
男たちが酒を酌み交わしていた。その平行な宇宙が、漁での反省会や、武勇伝を介して、様々に交わる。この時だけは、村中の子どもも、大人も、そのはるかな過去の贈り物に想いを馳せ、それぞれの未来の姿、淡い希望や、願望に身をゆだねるのだった。
いつも通りの物語だった。
いつまでも変わらない、けして絶えることなく流れる物語。
それはもう、わかりきっていた。
何も変わらないことが、永遠だということが。
どーん……。
大きな音が響いた。
骨の遊び場からだ。
まなつたちは振り向いた。
そこには、海の生き物の骨に憑りついたヤラネーダが、アンバランスな両脚を立てて、むくりと起き上がっていた。
「ぎゃああーーっ!!?」
まなつが叫ぶ。重なるように、村人たちの悲鳴。交錯するように生まれ、粟立つ恐怖。
時間が進みだしたように、村の平穏が奪われていく。
「ヤラネーダァァッ!」
盛り上がった地面から、五体のヤラネーダが姿を現した。ぎょろぎょろと眼窩に目を浮かべ、逃げ惑う村人たちを見回していく。
「またヤラネーダか……!?」
あすかたちが駆けつけた。ヤラネーダたちは散ろうとしていた。散り散りになる生命の輝きを求め、いびつな足部をがらがらとうならせる。
その様子は、まるでゆがんだ兵隊だ。
まなつたちはトロピカルパクトを構えた。
ハートクルリングを空へと掲げ、ありのままのこの村の姿を、守りたいと思った。
「プリキュア! トロピカルチェンジ――!!」
祝福の光が、彼女たちを包んだ。
「ときめく常夏! キュアサマー!!」
「きらめく宝石! キュアコーラル!!」
「ひらめくフルーツ! キュアパパイア!!」
「はためく翼! キュアフラミンゴ!!」
「ゆらめくオーシャン! キュアラメール!!」
暗い水底から、温かくて明るい外の光が爆ぜた。
「はああーーーっ!!!」
ざんっ! と、波をはねる。
「五人そろって! トロピカル~ジュ! プリキュア!!!!!」
プリキュアたちが降り立った。
ヤラネーダたちは一斉に振り向いた。その目をギラギラと光らせ、怒りの目が燃えていく。
「ひいぃぃっ!?」
サマーがのけぞった。
「何ビビってんのよ、ただの骨じゃない!」
ラメールが励ます。本人も、ちょっとビビッていたが。
「来るぞっ!」
フラミンゴが叫んだ。ヤラネーダたちは、カタカタと音を鳴らし、動きだした。
砂煙が揺れる。サマーたちより、一回りも二回りも大きい身体が近づいてくる。
「一人一体……、村には近づけるな!」
フラミンゴが飛んだ。
「オーライ!」
サマーたちも飛び上がる。
「ヤラネーダァァ!」
ヤラネーダが駆けだした。リーチの差に、プリキュアたちはすぐ追いつかれた。
「きゃあっ!?」
ラメールが叩きつけられた。
「ラメールっ!?」
サマーが叫ぶ。
「ヤラネーダッ!」
鋭利な腕が飛んだ。
『ペケ!』
コーラルのバリア。サマーの前に、尖った骨がぎりぎりと動いている。
突端の角が、えぐるように光へと食いこんだ。バリアに、少しずつひびが入っていく。
「きゃあっ!?」
コーラルは吹っ飛ばされた。
「コーラルっ!」
サマーが叫ぶ。
パパイアが、イアリングを構え、発生源が不明なまばゆいビームを放った。ヤラネーダが目を引っこめる。黄色い光線が素通りした。また目が浮かび上がる。どうやら当たるときだけ、骨の姿に戻ったらしい……。
「ずるい!?」
まさしく。ここ最近、この技を当てられていない。そう思ったときには、ヤラネーダに吹き飛ばされていた。
「パパイアっ!?」
フラミンゴが振り向いた。相対していたヤラネーダが飛び上がる。村へと向かっていく。角張った口が、ぐら……、と開いた。
「させるかっ!」
フラミンゴが飛び上がる。ロッドを片手に、ヤラネーダへと突っこんでいく。両者はもつれこんだ。
一人一体、それぞれの戦いが続いていた。
サマーは、目の前のヤラネーダににらまれていた。
「ひええ……」
手足が動かない。感覚が抜かれてしまったようだ。涙がちょちょぎれる。
「プリキュア! くるくるラメールストリーム!!」
ぶわっ!
砂煙を裂いて、水流が舞い上がる。ラメールを叩きつけたヤラネーダが、空気の抜けた風船のように舞い上がった。
「何してんのよ! サマー!」
ラメールが叫んだ。
「うう……、よっしゃあ!」
勇気で、恐怖を振り払う。
「ヤラネェダァァ!」
ヤラネーダが腕を振り上げた。
ギンッ!
「ぅわあっ!?」
ロッドがとっさに受け止めた。
ギンッ、ギンッ……!
まるで時代劇のような立ち回り。
ギンッ……!
重い一撃がサマーを捉えた。ぐぐぐ、と押しこまれる。足場の砂がじわじわとすり減っていく。
『……プリキュア』
サマーのロッドが微かに光った。
『おてんとサマあ』
眩しい光が支配した。
『ストライクッ!!』
ぶわっ!
砂煙が巻き上がる。
がんっ!
上空を舞っていたヤラネーダと激突する。
「……ビクトリー!」
「プリキュア! オーシャンバブルシャワー!!」
ぷかぷかぷか、と泡の大群。ラメールのパクトから放たれ、あっという間に、空中の二体のヤラネーダを飲みこんでいく。
「……ビクトリー」
七色の光。
降り注ぐ光。
二人の笑顔が瞬いた。
『ペケッ!』
柔らかい音とともに、鋭い音。
『ペケッ、ペケッ!』
コーラルのバリアは鉄壁の強度だった。だが、その反動に耐えられず吹き飛んでしまう。
「きゃあっ!?」
ヤラネーダの追撃。
その尖った腕が、コーラルに迫っていく……。
『――ペケ!』
ヤラネーダの動きが止まる。
『ペケ、ペケ――!』
どす、どす。
ヤラネーダの身体が揺らいだ。
バリアがあった。
ヤラネーダの右腕、左腕、尾びれ、
それぞれ楔のように、地面へと打ちつけていた。
『プリキュア! もこもこコーラルディフュージョン……!!』
どどどどど……っ!!!
コーラルのエネルギーが、増殖し、瞬き、身動きの取れないヤラネーダを飲みこんだ。
ひゅんっ。
黄色い光線が宙を裂く。
ひゅんっ。ひゅんっ。
裂かれる度、骨の姿に戻るヤラネーダが、復活したり、また俊敏な動きでビームをかわしたりと、忙しなく動き回る。
絶対に当たってやるもんか。
そんな気迫を感じた。
むっ。
口元が結ばれた。これは挑戦状だ。私の執着と、あなたのこだわり。どちらが上回るか……。
どこか趣旨が違っていたが、パパイアの闘志に火が点いた。
そこから繰り広げられた攻防は、数十秒にも満たなかった。飛ぶ、避ける、放つ。そのつぎはぎが、膨張し、破裂して、また現れる。最後の瞬間は、太陽を背にしたパパイアの黄色い光線が切り裂いていった。
「……ヤラネーダァァ!!」
涙がこぼれた。太陽の光にくらんだところに、やられた。
気分は外野フライだ。
太陽のシルエットが、果実のパパイアへと姿を変えた。
『プリキュア! ぱんぱかパパイアショット……!!』
どんっ、ぱぱぱぱぱっ――!!!
地平を滑り、飛びだした種のエネルギーが、ヤラネーダへと弾けた。
すぱっ!
種の一つが、きれいに割れた。
「おわあっ!?」
フラミンゴがのけぞる。振り下ろされたヤラネーダの腕が、フラミンゴのいた虚空を切り裂いていく。
ぶんっ、ぶん……っ!
間一髪で避けていく。ヤラネーダの腕が、フラミンゴの動きを捉え始める。
「フラミンゴっ!」
サマーの声が飛んだ。
「下がってろっ!」
フラミンゴは答えた。バク転し、ヤラネーダの猛追を避けていく。
切っ先が前髪をかすめた。
『プリキュア……!』
足場のヤシの木がぐにゃりとたわんだ。
『ぶっとびフラミンゴお……』
ロッドの先端に豪炎が巻き上がる。
『スマッシュッ!!!』
どんっ!!!
紅い光が瞬いた。フラミンゴの背後に、ばらばらと骨々が散らばった。
「ふう」
村人たちの歓声が響き渡った。サマーたちの表情にも、安堵が浮かび上がる。
「やったあ……!」
駆け寄ってくる。
フラミンゴは微笑んだ。
「みんな……! 胴上げしようよ、胴上げ……!」
集まってくる。フラミンゴの身体を抱えて、持ち上げていく。
「おい!? やめろ……!」
「せーの……っ!」
美しい髪が舞う。
「わー……、っしょい!」
わっ、と身体が浮き上がった。
「わーーっ、しょい!!」
不思議な浮遊感。
昔、誰か大人に抱きかかえられた時のような――。
「わーっしょ……!」
ぼんっ!
地面から骨々が湧きだした。
「ぎゃああーーっ!!?」
サマーが白目を剥く。円陣はボロボロと崩れ、フラミンゴは背中を強打した。
短い夢だった。
骨々は次々と繋がり、伸びていった。近くのプリキュアたちをさらうように、サマーとラメールへと骨手が伸びる。
コーラルとパパイアが動いた。二人はいつの間にか、突き飛ばされていた。
「コーラルっ! パパイアっ!」
サマーが叫ぶ。
二人は捕らわれていった。やる気パワーが奪われる。二人の表情がゆがんでいく……。
「ヤラネーダァァ……」
大地にくぐもるような声。
大きな眼窩に、怒りの目が浮かぶ。
大きな骨の塊となったヤラネーダが、そびえていた。
ヤラネーダはどんどん肥大化していった。二人のプリキュアのやる気を吸い取り、怒りが、憎しみや、哀しみへと、目まぐるしく移ろっていく。
「やめろおっ!」
フラミンゴが飛びかかる。軽くあしらわれた。太い骨手が、紅い姿を飲みこむ。
どーん!
大きな砂煙が伸びた。
「フラミンゴっ!」
ラメールが叫ぶ。
目の前には、巨大な骨の塊。
ヤラネーダは見下ろしていた。赤い怒りの目が、サマーとラメールをにらんだ。
何か温かいものが、手の中に広がった。
「……ラメール」
サマーの手が繋がれていた。
温かい目。みんなを守るために、ヤラネーダへと向けられている。
「……サマー」
呟くと、サマーは駆けだしていった。
地中から湧き出る骨手を避けて、ヤラネーダの本体へと走っていく。
「ヤラネッ!」
大きな骨が迫った。
サマーは弾かれた。全力で受け身を取った。歯を食いしばり、跳ね上がっていく。
「うおりゃああーっ!!」
ばきっ!
パパイアを捕らえていた骨が砕かれた。
「てええええーっ!」
反対側の骨手。くるくると回るラメールの回し蹴りが、コーラルに巻きつく骨を叩き割った。
「ヤラネッ!?」
増殖が収まっていく。
せっかく捕らえた獲物を逃がされて、怒りの目が燃え上がる。
「……ムチャしすぎっ!」
ラメールが言った。
本当に、いくら心配させたら気が済むのだろう……。
「ありがとっ!」
見慣れた笑顔だった。
もう、本当に子どもなんだから……。
「ヤラネダァッ!」
ヤラネーダの尻尾が迫った。
どーん……!
二人は、全力で受け止めていた。
「うおりゃああーっ……」
そのまま、ぶんぶんと振り回して、
「でやああああーーーっ!!!!!」
ずっどーーーん……!!
砂煙を立てて、ヤラネーダは動きを止めた。
ぜえ、ぜえ……。
何か超疲れた。
フラミンゴたちが、よろよろと集まってきた。
「みんな……」
サマーが呟いた。
「行くよ!」
下手な余力は残っていなかった。
「ランドハートクルリング!!」
新たな技を繰りだすリングが、〈トロピカルハートドレッサー〉から現れた。
「おめかしアップ――!」
リングがその頂端へとはまると、サマーは笑顔を浮かべた。鏡面をなぞる。美しいティアラが浮かぶ。鮮やかな色をまとい、プリキュアたちの身体を飲みこんでいく。
プリキュアたちのコスチュームは、天女の羽衣のような「エクセレン・トロピカルスタイル!!!」へと変化していた。
「五つの力、大地を照らせ!」
大地に鏡面を向ける。ニ度、三度と光をなぞり、カラフルな紋様が浮かぶ。
ばーん!
大地に反射した光から、ぱおーん、と桃色の象が飛びだした。
『プリキュア!』
裸足のサマーたちが、華麗に大地を踏み鳴らす。
『ランドビートダイナミック――!!!』
ぐわっ!
タップダンスに合わせて、象が大きな足を向ける。その相手はもちろんヤラネーダだ。
どんっ!
飛び蹴りらしい飛び蹴りがヒット。ヤラネーダの身体が、鮮やかな光に包まれた。
「ビクトリーっ!!!!!」
どっかーん……!!!!!
けたたましい大爆発。七色の光が飛び散り、中から骨を宿したシャボンが、ふわふわとあるべき姿へと戻っていった。
ふっ、とヤラネーダの結界が消えた。
サマーたちがへたり込む。
静寂が澄み渡った。大きな歓声が鳴り渡った。
うおおおおーーっ!!!
大地を鳴らす振動。村人たちの声が響き渡った。大人も子どもも、一緒になって、伝説の戦士プリキュアたちを囲んでいく。
「……」
アニは、呆然と立ちつくしていた。
その憧れの目が、五人の少女たちへと瞬いた。
「プリキュア、やっぱ、カッコいい……!」
「……」
ヘロンは立ちつくしていた。隣のアニを見て、自分の中の仄かな気持ちが、確かに瞬いていくのを感じた。
歓声が鳴り渡った。
村人たちの喜びが、歌になり、炎になり、この世界を熱く囲んでいった。
ぶわっ。
ヤラネーダの結界が広がった。
村人たちが、ばたばたと倒れていった。
サマーたちは振り向いた。波打ち際に立っていたくじらの骨が、巨大なヤラネーダとなっていた。
「ヤラネーダァァ……」
生命の輝きが失われていく。
村中の歌が、炎が、ボロボロと崩れ去っていく。
サマーたちは構えていった。コーラルとパパイアが、うめき声とともに崩れ落ちた。
「コーラルっ!?」
「パパイアっ!?」
わっ、とやる気パワーが舞い上がる。
二人の変身が解けた。
フラミンゴまでが膝をついた。三人は、ゆっくりと倒れていった。
「みんな……!」
フラミンゴの変身が解けた。サマーが駆け寄っていった。
ラメールが膝をついた。
サマーも例外ではなかった。
「……サマー」
ラメールがうめいた。
うっ、と声を上げて、変身が解けていく。
「……ローラ」
息を吐く。一瞬、意識が遠くなると、プリキュアの光が弾けた。
「ヤラネーダァァ……」
ヤラネーダが、むくっ、と足を立てて、村へと歩いていく。村人たちが逃げ惑う。大口を開けたヤラネーダに、やる気パワーを吸い取られていく。
「や、めて」
まなつは立ち上がった。転んでしまう。また立ち上がろうとするが、もう心が動かなかった。
「……」
ヘロンは立ちつくしていた。向かってくるヤラネーダを呆然と見上げて、恐怖を思い出したように顔をゆがめる。
アニがかばうように倒れた。やる気を吸い取られ、ヘロンの足元へと崩れ落ちていく。
空ろな目が、ヘロンを見下ろしていた。
「……」
ヤラネーダは村へと歩いていった。ヘロンから興味を失ったように、まるで何かに駆られるように、村へと足跡を刻んでいく。
村人たちが倒れていく。生命の煌めきが、この小さな宇宙から消失していく。
「ヤラネーダァァァ!!」
ヘロンは震えていた。
その空ろな眼光に、お前の居場所はないと言われているみたいだった。
「やめて……」
倒れていく村人たち。
アニが、みんなが、まなつたちが、壊れていってしまう。
何か見えない、巨大なものに押しつぶされて、ゆがめられて。
「……いやだ」
私のせいで……。
……私のせいで……?
憧れちゃ、いけなかった。
求めすぎちゃ、いけなかった。
「やめてえええーーーっ!!!!!!!!!!」
私はそっち側に行っちゃいけないんだ――。
「ヤラネエダァァーーッ!!?」
ヘロンから生まれたどす黒い霧が、ヤラネーダを包みこんだ。初めからあった、憧れと、強い絶望。その相容れない二つが、永い時間の中で、一つの形を成していったように。
音を立てて、ヤラネーダは崩れ去った。大小様々な骨の中に、苦しそうに息を乱すヘロンが倒れていく。
やる気パワーが戻ってきた。
倒れていたまなつたちが、次々と起き上がっていく。
ヘロンが倒れていた。
まなつは、すぐに駆けだした。
「ヘロンっ!!」
彼女は、眠っているように見えた。
その身体は、光と闇を行き交い、浮かび上がるように透き通っていた。
その胸に、青白い炎のようなものが揺らめいていた。