はばたけ!みんなと永遠のオーロ島   作:ホンバラ

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10. あこがれとぜつぼう

 淡い想い出が、アクアポットの中で揺らめいた。ランプの灯が海風に揺れる度に、まなつたちの影が小屋の中を踊っていく。

 ローラは、みんなと撮ったシャボンピクチャーを眺めていた。揺らめく記憶の中に、みんなの笑顔が眩しく映っている。この記憶の中にも、今と同じように、時間が流れているんだ……、そう思うと、何だか胸の辺りがむずがゆいような、変な感じがした。

「ローラぁ!」

 まなつの声がした。

「ローラは着ないのー?」

 まなつは、自らの村人の服を示していた。その奥では、あすかたちが慣れないように自らのまとった服を眺めている。

「ちょっときついな、これ……」

「そう? 私はちょうどいい」

「二人とも似合ってる。かわいいです!」

「そ、そうかな」

「さんごもね……」

 ローラは微笑んだ。みんな、真っ白な衣装が似合っている。何故だかそう思えた。

「明日、ヘロンと一緒に着るわ」

 ローラは呟いた。敷物が敷かれた床では、ヘロンが、こくり、こくりとうなだれて、舟を漕いでいた。くるるんが優しい声を上げて、その膝をなでていく。

「……そろそろ寝ちゃおっか」

 まなつが笑った。

 優しい笑顔。輝く瞳。その沈むような夜の光に、ローラたちの頬はゆるんでいった。

 

「……星、きれいだね」

 さんごが言った。

 ヘロンのエネルギーで貫かれた屋根からは、たくさんの星々が顔をのぞかせていた。

「これ、直さなきゃ……」

 さんごは苦笑しながら微笑んだ。

「明日、カブロスさんにごめんなさいしよっか?」

 まなつが頬をゆるませて言う。

「そう? このままでもいいじゃない」

 ローラが余裕そうに目を輝かせた。

「雨が降ったらどうするんだ」

 あすかが吹きだすように呟いた。

「そういう問題……?」

 みのりが呆れるように呟いた。ふふ、と笑うと、眼鏡に優しい光が浮かんだ。

 五人は夜空をのぞきこんだ。吸いこまれそうな、どこまでも黒々とした、迷路のような夜空。そこにたくさんの星々が浮かび、同じように、私たちのこの星をのぞいているのかもしれない。そう思うと、屋根に空いている穴に、さらに白々と輝く、たくさんの穴が開いているような、そんな気分にさせられた。

「……星、きれいだね」

 まなつが呟いた。

 うーん、とヘロンが寝言を漏らす。

 みんなは笑った。

 くるるんが優しく鳴いた。

「明日もまた晴れだといいね」

 さんごが微笑んだ。

「くるる~ん……」

 くるるんが眠そうに呟いた。

 いつの間にか、温かい暗闇が、彼女たちの意識を奪っていった。

 

 

     ※

 

 

 ざざーん、ざざーん……。

 初めは波の音だった。次に汽笛を鳴らすような、低い振動音。

 ぼぉーーー……ん、というような、遠くへと旅立っていくような、微かな歌声。

 村人たちの歌声が聞こえてきた。見えないものへと届けるように、自分たちが踏みしめてきた永い時間を振り返るように、寂しく、厳かに響いている。

 コーン、コーン……。

 乾いた音。

 コーン、コーン……。

 どこへ響くのかわかりもしない。積み重ねられてきたものが崩れ、堆積し、また崩れ、組み直る。その繰り返しの中で、小さな流れのようなものが、黒い粒のようなものをかたどっていった。

 

 

――――――――また、会えるよ

 

 

 温かな声。

 優しい音色。

 はるか遠くまで。はるか過去まで。その二つを繋ぎ止めるように、はるか未来の人びとを讃えるように輝いている。

 

 

――――――――この世界に生きている限り

 

 

 

 

 

 まなつたちは、はっと目を覚ました。

 いつの間にか、砂浜に立ちつくしていた。

 歌声が響いている。村人たちの声。未来を讃えるように、過去を振り返るように響き渡っている。

 くじらの骨が残されていた。がやがやと賑わう村人たちの中で、順序良く、時の流れに従うように解体されていく。お祭りの熱気が冷めやるみたいに、その生命の重みが、疲労と連帯を語る村人たちへと行き渡っていく。

 その孤独な魂を癒すように。この小さな宇宙を満たしていくように。

 コーン、コーン……。

 木片を打ち鳴らす音。

 コーン、コーン……。

 振り返ると、厚手の白い衣服をまとった男性が、漁が始まるときと同じように、流木を手にしているのが見えた。

「祈り、なんですよ」

 男は言った。

「祖先たちへと捧げる、歌なんです」

 そう言って、もう一度木片を打ち鳴らす。

 乾いた音。

 はるか遠くまで。はるか過去まで。

「祖先の物語を通して、私たちは繋がっているんです」

 男は笑った。

 見えないものが、彼らの魂を結び付けていた。

「いずれは、私たちもそこへ行くんです」

 生命だった。脈々と紡がれてきた生命が、今をかたどっている。

 そんな気がした。

 

 

     ※

 

 

 穏やかな昼下がりだった。なだらかな波音。

 ゆっくりと流れていく時間が、人びとの心に、深い余裕と、繋がり合うための孤独を与えていく。

「……めがね」

 柔らかな声が響いた。

「あなたたちが奪った」

 みのりの声。

 木漏れ日に揺れる、二つのレンズの光。

 シュレオたちは苦笑した。ヤシの木陰で開かれているにほんご教室には、大勢の子どもたちが集まっていた。

「……うみ」

 みのりが砂地に描かれた、波のような記号を指した。

「……むら」

 今度は家屋のような記号を、

「しま」 

 波の上に揺れる大地の記号を、

「めがねどろぼう……」

 これは番外編。だが、授業は終わりを告げた。

「しま、ってなあに?」

 女の子が手を上げていた。

「うみって……?」「むらって……?」次々と、子どもたちの手が上がっていった。

 みのりは答えに窮した。今まで見たものが何であるか、どうしてそうなるのかなんて、よく考えたら、説明できるはずはなかった。

「ぜんぶは……?」

 みのりの声が外れた。

「え?」

「この、ぜ~んぶは何て言うの?」

 女の子は、わーっ、と手を広げた。目の前のぜんぶを。

 空気も、大地も、空も、自然も。もしかしたら、目の前の、私も。その質問に答えるのは、もしかしたら水平線の向こうをのぞくことより、大変なような気がした。

「せかい」

 みのりは呟いた。

「せかい」

 子どもたちも呟いた。

 ざわざわと言葉が湧き立った。

 それ以外に、言葉を見つけられそうもなかった。

 みのりは呆然と見つめていた。

 後ろで聞いていたまなつも、さんごも、その問いに答えるには「せかい」を知らなさ過ぎた。

 

「何だか騒がしいな……」

 あすかが苦笑した。ラウラを抱いて、東屋で働く女性たちを見つめている。

 水の入った桶が運ばれていく。野菜や肉が、鮮やかな手つきで処理されていく。

 ラウラが楽しそうに笑った。

 こら……、と微笑んで、伸びてきた小さな手をとっさに避ける。

「大変なんですね、朝から」

 あすかは苦笑した。せっせと動き続けるミネリたちを見て、尊敬の念を新たにする。その大変さは知っているつもりだった。

 ミネリは微笑むと、ふふっ、と歌うのを止めた。

「だって、しょうがないじゃない」

 屋根から白々とした光が差しこんだ。

 ミネリの笑くぼに黒い影が落ちる。

 女性たちの織っている布が揺らめいた。見えない何かが流れて、彼女たちの髪をなでていった。

 

「飽きないわね、あなたも……」

 透き通るような目だった。

 波打ち際にそそり立つ骨に、ヘロンの視線は向けられていた。

 ローラとヘロンは、膝を抱えていた。子どもたちが、海の生き物の骨が埋もれる遊び場を駆けていく。角ばっている骨。柔らかなクリーム色の滑らかなものから、夏の夜を寂しく照らす、外灯のような淡い色まで。その様々な寂しさが、かつては生き物の輪郭をかたどっていたのだ。そう考えると、私たち生き物ってやっぱ変。そういう風に感じて、ふう、とローラは息を吐く。

「……」

 ヘロンは海を見つめていた。

 ちらちらと瞬く彼方を見つめて、何かを夢見るように、その目を輝かせている。

「せかいは、もっと広いのよ」

 ローラがヘロンを見つめた。

「尾びれに触ってみる?」

 ヘロンは唇を丸くさせた。その、せかい、という響きになのか、ローラのいたずらな笑みになのかは、わからなかった。

 悠然とした海がそこにはあった。

 男たちが酒を酌み交わしていた。その平行な宇宙が、漁での反省会や、武勇伝を介して、様々に交わる。この時だけは、村中の子どもも、大人も、そのはるかな過去の贈り物に想いを馳せ、それぞれの未来の姿、淡い希望や、願望に身をゆだねるのだった。

 いつも通りの物語だった。

 いつまでも変わらない、けして絶えることなく流れる物語。

 それはもう、わかりきっていた。

 何も変わらないことが、永遠だということが。

 

 

 どーん……。

 

 

 大きな音が響いた。

 骨の遊び場からだ。

 まなつたちは振り向いた。

 そこには、海の生き物の骨に憑りついたヤラネーダが、アンバランスな両脚を立てて、むくりと起き上がっていた。

「ぎゃああーーっ!!?」

 まなつが叫ぶ。重なるように、村人たちの悲鳴。交錯するように生まれ、粟立つ恐怖。

 時間が進みだしたように、村の平穏が奪われていく。

「ヤラネーダァァッ!」

 盛り上がった地面から、五体のヤラネーダが姿を現した。ぎょろぎょろと眼窩に目を浮かべ、逃げ惑う村人たちを見回していく。

「またヤラネーダか……!?」

 あすかたちが駆けつけた。ヤラネーダたちは散ろうとしていた。散り散りになる生命の輝きを求め、いびつな足部をがらがらとうならせる。

 その様子は、まるでゆがんだ兵隊だ。

 まなつたちはトロピカルパクトを構えた。

 ハートクルリングを空へと掲げ、ありのままのこの村の姿を、守りたいと思った。

 

 

「プリキュア! トロピカルチェンジ――!!」

 

 

 祝福の光が、彼女たちを包んだ。

「ときめく常夏! キュアサマー!!」

「きらめく宝石! キュアコーラル!!」

「ひらめくフルーツ! キュアパパイア!!」

「はためく翼! キュアフラミンゴ!!」

「ゆらめくオーシャン! キュアラメール!!」

 暗い水底から、温かくて明るい外の光が爆ぜた。

「はああーーーっ!!!」

 ざんっ! と、波をはねる。

「五人そろって! トロピカル~ジュ! プリキュア!!!!!」

 

 

 プリキュアたちが降り立った。

 ヤラネーダたちは一斉に振り向いた。その目をギラギラと光らせ、怒りの目が燃えていく。

「ひいぃぃっ!?」

 サマーがのけぞった。

「何ビビってんのよ、ただの骨じゃない!」

 ラメールが励ます。本人も、ちょっとビビッていたが。

「来るぞっ!」

 フラミンゴが叫んだ。ヤラネーダたちは、カタカタと音を鳴らし、動きだした。

 砂煙が揺れる。サマーたちより、一回りも二回りも大きい身体が近づいてくる。

「一人一体……、村には近づけるな!」

 フラミンゴが飛んだ。

「オーライ!」

 サマーたちも飛び上がる。

「ヤラネーダァァ!」

 ヤラネーダが駆けだした。リーチの差に、プリキュアたちはすぐ追いつかれた。

「きゃあっ!?」

 ラメールが叩きつけられた。

「ラメールっ!?」

 サマーが叫ぶ。

「ヤラネーダッ!」

 鋭利な腕が飛んだ。

『ペケ!』

 コーラルのバリア。サマーの前に、尖った骨がぎりぎりと動いている。

 突端の角が、えぐるように光へと食いこんだ。バリアに、少しずつひびが入っていく。

「きゃあっ!?」

 コーラルは吹っ飛ばされた。

「コーラルっ!」

 サマーが叫ぶ。

 パパイアが、イアリングを構え、発生源が不明なまばゆいビームを放った。ヤラネーダが目を引っこめる。黄色い光線が素通りした。また目が浮かび上がる。どうやら当たるときだけ、骨の姿に戻ったらしい……。

「ずるい!?」

 まさしく。ここ最近、この技を当てられていない。そう思ったときには、ヤラネーダに吹き飛ばされていた。

「パパイアっ!?」

 フラミンゴが振り向いた。相対していたヤラネーダが飛び上がる。村へと向かっていく。角張った口が、ぐら……、と開いた。

「させるかっ!」

 フラミンゴが飛び上がる。ロッドを片手に、ヤラネーダへと突っこんでいく。両者はもつれこんだ。

 一人一体、それぞれの戦いが続いていた。

 サマーは、目の前のヤラネーダににらまれていた。

「ひええ……」

 手足が動かない。感覚が抜かれてしまったようだ。涙がちょちょぎれる。

「プリキュア! くるくるラメールストリーム!!」

 ぶわっ!

 砂煙を裂いて、水流が舞い上がる。ラメールを叩きつけたヤラネーダが、空気の抜けた風船のように舞い上がった。

「何してんのよ! サマー!」

 ラメールが叫んだ。

「うう……、よっしゃあ!」

 勇気で、恐怖を振り払う。

「ヤラネェダァァ!」

 ヤラネーダが腕を振り上げた。

 ギンッ!

「ぅわあっ!?」

 ロッドがとっさに受け止めた。

 ギンッ、ギンッ……!

 まるで時代劇のような立ち回り。

 ギンッ……!

 重い一撃がサマーを捉えた。ぐぐぐ、と押しこまれる。足場の砂がじわじわとすり減っていく。

『……プリキュア』

 サマーのロッドが微かに光った。

『おてんとサマあ』

 眩しい光が支配した。

『ストライクッ!!』

 ぶわっ!

 砂煙が巻き上がる。

 がんっ!

 上空を舞っていたヤラネーダと激突する。

「……ビクトリー!」

「プリキュア! オーシャンバブルシャワー!!」

 ぷかぷかぷか、と泡の大群。ラメールのパクトから放たれ、あっという間に、空中の二体のヤラネーダを飲みこんでいく。

「……ビクトリー」

 七色の光。

 降り注ぐ光。

 二人の笑顔が瞬いた。

 

『ペケッ!』

 柔らかい音とともに、鋭い音。

『ペケッ、ペケッ!』

 コーラルのバリアは鉄壁の強度だった。だが、その反動に耐えられず吹き飛んでしまう。

「きゃあっ!?」

 ヤラネーダの追撃。

 その尖った腕が、コーラルに迫っていく……。

『――ペケ!』

 ヤラネーダの動きが止まる。

『ペケ、ペケ――!』

 どす、どす。

 ヤラネーダの身体が揺らいだ。

 バリアがあった。

 ヤラネーダの右腕、左腕、尾びれ、

 それぞれ楔のように、地面へと打ちつけていた。

『プリキュア! もこもこコーラルディフュージョン……!!』

 どどどどど……っ!!!

 コーラルのエネルギーが、増殖し、瞬き、身動きの取れないヤラネーダを飲みこんだ。

 

 ひゅんっ。

 黄色い光線が宙を裂く。

 ひゅんっ。ひゅんっ。

 裂かれる度、骨の姿に戻るヤラネーダが、復活したり、また俊敏な動きでビームをかわしたりと、忙しなく動き回る。

 絶対に当たってやるもんか。

 そんな気迫を感じた。

 むっ。

 口元が結ばれた。これは挑戦状だ。私の執着と、あなたのこだわり。どちらが上回るか……。

 どこか趣旨が違っていたが、パパイアの闘志に火が点いた。

 そこから繰り広げられた攻防は、数十秒にも満たなかった。飛ぶ、避ける、放つ。そのつぎはぎが、膨張し、破裂して、また現れる。最後の瞬間は、太陽を背にしたパパイアの黄色い光線が切り裂いていった。

「……ヤラネーダァァ!!」

 涙がこぼれた。太陽の光にくらんだところに、やられた。

 気分は外野フライだ。

 太陽のシルエットが、果実のパパイアへと姿を変えた。

『プリキュア! ぱんぱかパパイアショット……!!』

 どんっ、ぱぱぱぱぱっ――!!!

 地平を滑り、飛びだした種のエネルギーが、ヤラネーダへと弾けた。

 

 すぱっ!

 種の一つが、きれいに割れた。

「おわあっ!?」

 フラミンゴがのけぞる。振り下ろされたヤラネーダの腕が、フラミンゴのいた虚空を切り裂いていく。

 ぶんっ、ぶん……っ!

 間一髪で避けていく。ヤラネーダの腕が、フラミンゴの動きを捉え始める。

「フラミンゴっ!」

 サマーの声が飛んだ。

「下がってろっ!」

 フラミンゴは答えた。バク転し、ヤラネーダの猛追を避けていく。

 切っ先が前髪をかすめた。

『プリキュア……!』

 足場のヤシの木がぐにゃりとたわんだ。

『ぶっとびフラミンゴお……』

 ロッドの先端に豪炎が巻き上がる。

『スマッシュッ!!!』

 どんっ!!!

 紅い光が瞬いた。フラミンゴの背後に、ばらばらと骨々が散らばった。

「ふう」

 

 

 村人たちの歓声が響き渡った。サマーたちの表情にも、安堵が浮かび上がる。

「やったあ……!」

 駆け寄ってくる。

 フラミンゴは微笑んだ。

「みんな……! 胴上げしようよ、胴上げ……!」

 集まってくる。フラミンゴの身体を抱えて、持ち上げていく。

「おい!? やめろ……!」

「せーの……っ!」

 美しい髪が舞う。

「わー……、っしょい!」

 わっ、と身体が浮き上がった。

「わーーっ、しょい!!」

 不思議な浮遊感。

 昔、誰か大人に抱きかかえられた時のような――。

「わーっしょ……!」

 ぼんっ!

 地面から骨々が湧きだした。

「ぎゃああーーっ!!?」

 サマーが白目を剥く。円陣はボロボロと崩れ、フラミンゴは背中を強打した。

 短い夢だった。

 骨々は次々と繋がり、伸びていった。近くのプリキュアたちをさらうように、サマーとラメールへと骨手が伸びる。

 コーラルとパパイアが動いた。二人はいつの間にか、突き飛ばされていた。

「コーラルっ! パパイアっ!」

 サマーが叫ぶ。

 二人は捕らわれていった。やる気パワーが奪われる。二人の表情がゆがんでいく……。

「ヤラネーダァァ……」

 大地にくぐもるような声。

 大きな眼窩に、怒りの目が浮かぶ。

 大きな骨の塊となったヤラネーダが、そびえていた。

 ヤラネーダはどんどん肥大化していった。二人のプリキュアのやる気を吸い取り、怒りが、憎しみや、哀しみへと、目まぐるしく移ろっていく。

「やめろおっ!」

 フラミンゴが飛びかかる。軽くあしらわれた。太い骨手が、紅い姿を飲みこむ。

 どーん!

 大きな砂煙が伸びた。

「フラミンゴっ!」

 ラメールが叫ぶ。

 目の前には、巨大な骨の塊。

 ヤラネーダは見下ろしていた。赤い怒りの目が、サマーとラメールをにらんだ。

 何か温かいものが、手の中に広がった。

「……ラメール」

 サマーの手が繋がれていた。

 温かい目。みんなを守るために、ヤラネーダへと向けられている。

「……サマー」

 呟くと、サマーは駆けだしていった。

 地中から湧き出る骨手を避けて、ヤラネーダの本体へと走っていく。

「ヤラネッ!」

 大きな骨が迫った。

 サマーは弾かれた。全力で受け身を取った。歯を食いしばり、跳ね上がっていく。

「うおりゃああーっ!!」

 ばきっ!

 パパイアを捕らえていた骨が砕かれた。

「てええええーっ!」

 反対側の骨手。くるくると回るラメールの回し蹴りが、コーラルに巻きつく骨を叩き割った。

「ヤラネッ!?」

 増殖が収まっていく。

 せっかく捕らえた獲物を逃がされて、怒りの目が燃え上がる。

「……ムチャしすぎっ!」

 ラメールが言った。

 本当に、いくら心配させたら気が済むのだろう……。

「ありがとっ!」

 見慣れた笑顔だった。

 もう、本当に子どもなんだから……。

「ヤラネダァッ!」

 ヤラネーダの尻尾が迫った。

 どーん……!

 二人は、全力で受け止めていた。

「うおりゃああーっ……」

 そのまま、ぶんぶんと振り回して、

「でやああああーーーっ!!!!!」

 ずっどーーーん……!!

 砂煙を立てて、ヤラネーダは動きを止めた。

 ぜえ、ぜえ……。

 何か超疲れた。

 フラミンゴたちが、よろよろと集まってきた。

「みんな……」

 サマーが呟いた。

「行くよ!」

 下手な余力は残っていなかった。

 

「ランドハートクルリング!!」

 新たな技を繰りだすリングが、〈トロピカルハートドレッサー〉から現れた。

「おめかしアップ――!」

 リングがその頂端へとはまると、サマーは笑顔を浮かべた。鏡面をなぞる。美しいティアラが浮かぶ。鮮やかな色をまとい、プリキュアたちの身体を飲みこんでいく。

 プリキュアたちのコスチュームは、天女の羽衣のような「エクセレン・トロピカルスタイル!!!」へと変化していた。

「五つの力、大地を照らせ!」

 大地に鏡面を向ける。ニ度、三度と光をなぞり、カラフルな紋様が浮かぶ。

 ばーん!

 大地に反射した光から、ぱおーん、と桃色の象が飛びだした。

『プリキュア!』

 裸足のサマーたちが、華麗に大地を踏み鳴らす。

『ランドビートダイナミック――!!!』

 ぐわっ!

 タップダンスに合わせて、象が大きな足を向ける。その相手はもちろんヤラネーダだ。

 どんっ!

 飛び蹴りらしい飛び蹴りがヒット。ヤラネーダの身体が、鮮やかな光に包まれた。

「ビクトリーっ!!!!!」

 どっかーん……!!!!!

 けたたましい大爆発。七色の光が飛び散り、中から骨を宿したシャボンが、ふわふわとあるべき姿へと戻っていった。

 

 

 ふっ、とヤラネーダの結界が消えた。

 サマーたちがへたり込む。

 静寂が澄み渡った。大きな歓声が鳴り渡った。

 うおおおおーーっ!!!

 大地を鳴らす振動。村人たちの声が響き渡った。大人も子どもも、一緒になって、伝説の戦士プリキュアたちを囲んでいく。

「……」

 アニは、呆然と立ちつくしていた。

 その憧れの目が、五人の少女たちへと瞬いた。

「プリキュア、やっぱ、カッコいい……!」

「……」

 ヘロンは立ちつくしていた。隣のアニを見て、自分の中の仄かな気持ちが、確かに瞬いていくのを感じた。

 

 歓声が鳴り渡った。

 村人たちの喜びが、歌になり、炎になり、この世界を熱く囲んでいった。

 

 

 ぶわっ。

 ヤラネーダの結界が広がった。

 村人たちが、ばたばたと倒れていった。

 サマーたちは振り向いた。波打ち際に立っていたくじらの骨が、巨大なヤラネーダとなっていた。

「ヤラネーダァァ……」

 生命の輝きが失われていく。

 村中の歌が、炎が、ボロボロと崩れ去っていく。

 サマーたちは構えていった。コーラルとパパイアが、うめき声とともに崩れ落ちた。

「コーラルっ!?」

「パパイアっ!?」

 わっ、とやる気パワーが舞い上がる。

 二人の変身が解けた。

 フラミンゴまでが膝をついた。三人は、ゆっくりと倒れていった。

「みんな……!」

 フラミンゴの変身が解けた。サマーが駆け寄っていった。

 ラメールが膝をついた。

 サマーも例外ではなかった。

「……サマー」

 ラメールがうめいた。

 うっ、と声を上げて、変身が解けていく。

「……ローラ」

 息を吐く。一瞬、意識が遠くなると、プリキュアの光が弾けた。

「ヤラネーダァァ……」

 ヤラネーダが、むくっ、と足を立てて、村へと歩いていく。村人たちが逃げ惑う。大口を開けたヤラネーダに、やる気パワーを吸い取られていく。

「や、めて」

 まなつは立ち上がった。転んでしまう。また立ち上がろうとするが、もう心が動かなかった。

「……」

 ヘロンは立ちつくしていた。向かってくるヤラネーダを呆然と見上げて、恐怖を思い出したように顔をゆがめる。

 アニがかばうように倒れた。やる気を吸い取られ、ヘロンの足元へと崩れ落ちていく。

 空ろな目が、ヘロンを見下ろしていた。

「……」

 ヤラネーダは村へと歩いていった。ヘロンから興味を失ったように、まるで何かに駆られるように、村へと足跡を刻んでいく。

 村人たちが倒れていく。生命の煌めきが、この小さな宇宙から消失していく。

「ヤラネーダァァァ!!」

 ヘロンは震えていた。

 その空ろな眼光に、お前の居場所はないと言われているみたいだった。

「やめて……」

 倒れていく村人たち。

 アニが、みんなが、まなつたちが、壊れていってしまう。

 何か見えない、巨大なものに押しつぶされて、ゆがめられて。

「……いやだ」

 私のせいで……。

 ……私のせいで……?

 憧れちゃ、いけなかった。

 求めすぎちゃ、いけなかった。

「やめてえええーーーっ!!!!!!!!!!」

 私はそっち側に行っちゃいけないんだ――。

 

「ヤラネエダァァーーッ!!?」

 ヘロンから生まれたどす黒い霧が、ヤラネーダを包みこんだ。初めからあった、憧れと、強い絶望。その相容れない二つが、永い時間の中で、一つの形を成していったように。

 音を立てて、ヤラネーダは崩れ去った。大小様々な骨の中に、苦しそうに息を乱すヘロンが倒れていく。

 やる気パワーが戻ってきた。

 倒れていたまなつたちが、次々と起き上がっていく。

 ヘロンが倒れていた。

 まなつは、すぐに駆けだした。

「ヘロンっ!!」

 彼女は、眠っているように見えた。

 その身体は、光と闇を行き交い、浮かび上がるように透き通っていた。

 その胸に、青白い炎のようなものが揺らめいていた。

 

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