はばたけ!みんなと永遠のオーロ島   作:ホンバラ

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12. ほしぼしのすむほし

 どくん、と、心臓がいやな音を立てた。見えないものが膨らんでいく。鈍く明るい光を放って、私の何かを支配しようとする。

「……ヤラネーダァァ!」

 どーん!

 くぐもった爆発。村の広場に粉塵が舞って、タコの姿をした超ゼッタイヤラネーダたちが、村の人びとやプリキュアたちを囲んでいく。

 鬼気迫る目。生きながら、生きとし生けるもののやる気を吸い取らなければならない、その肢体。傀儡のような目。意識を失っているのか保っているのかわからないような顔つきで、あまねく生命を見下ろしている。

「みんな、離れるなっ!」

 プリキュアたちは固まっていた。フラミンゴの掛け声とともに、村人たちを守るように、扇状に広がっていく。集落を背に、流れる時に抗うような目を、その顔にごうごうとたぎらせている。

「ヤラネダァッ!」

 ヤラネーダが飛びだした。サマーたちは飛び上がった。それを合図としたように、たくさんのヤラネーダたちが集落へと向かっていった。様々な姿をしたヤラネーダ。カニの姿もあれば、エビの姿もある。よく見ればナマコなんてものも。その全てが、サマーたちが今まで戦ってきたものと同じ姿をしていた。

 どんっ、どんっ……! 粉塵が舞った。サマーたちが避けていく。私はその場に立っていることしかできなかった。ぶるぶると震えるその身体を硬直させて。

「やめろおおーっ!」

 サマーが突っこんできた。私の胸が高鳴った。でもその期待に悶えるほどに、淡い憧れを抱いてしまうほどに、私の中の何かが、どうしようもなく黒いものと隣り合わせであることに気付いてしまう。

「……やめて」

 逃げ惑う人びと。襲っていく脅威。夢の中で、何度も何度も見たことがあったような光景。

 それはもう、どっちに言っているのかわからないくらい苦しくなっていた。

「ヘロンーっ!」

 サマーの声が聞こえた。

 私の声は、その声をかき消すくらいに響き渡っていた。

「やめてえええーーーーーっ!!!!!!!!!!」

 

 

 はっとなった。

 手に汗を握っている。部屋中に木漏れ日が満ちていた。天井を見上げると、破れていた屋根が誰かの手によって修理されていた。

「……」

 まなつたちが眠っている。すーすーと寝息を立てて、透き通るような表情を木漏れ日に浮かべている。

 私は視線を上げた。視界がぼやけていた。大きくなった手が、こぼれてくる涙の受け皿になった。すでに夢を見ているような時は終わったのだ。そう身体の成長が告げている気がした。

 

 

     ※

 

 

「夢だったの……!」

 女の子が言った。

「変身して、こう、やる気を奪うやつらを追い返すの……!」

「それ、どこの話……?」

 母親が答える。

「私も、その夢見た気がする」

 もう一人の母親が答えた。その娘が、女の子と楽しそうに駆けだしていった。

「海の向こうで」

「海の向こうって……」

 熱い砂浜に、子どもたちの声が響き渡っていた。

「夢見た?」

「見たー!」

「面白かったよなー!」などと言って、男の子も女の子も駆けだしていく。「ニンギョと会って、ともだちになるんだぜー!」そんな夢が、嘘を超えて現実になっていく。

「しまって言うんだよ!」まなつたちの世界では、中学生くらいになる男の子が言った。「ぼくたちが生きてるところ!」地面を指して、嬉しそうに小躍りをする。聞いていたその子の父親が、何だかよくわからないように首を傾げた。

「私たちも、変身できるかなあ……?」

 女の子たちが笑った。まなつたちと同じ、中学生になるような女の子たちだ。この世界では朝早くからかごを持って、洗濯に炊事にと精をだす。男たちの範囲には、基本手だしは無用だった。女たちは、村の生活を支え、人びとを支え、家族の生命を支えていた。

 老人たちが、うちわを仰いで海を見つめていた。遠くから、歌声のようなものが、風に乗って聞こえてくる。祈るような声で、モリや綱を持って、来る贈り物が届くのを待っている。

 乾いた木の音とともに、男たちを乗せた小舟が、遠くに浮かんでいるのが見えた。

「……」

 小石がぽちゃん、と海に落ちた。

 まなつは、村人たちの様子を見ながら佇んでいた。子どもたちが石を投げている。自分の願いをその言葉に乗せて、大小様々な石に刻みながら。

「ねがい、ってなあに?」

 子どもが尋ねた。あすかが笑いながら答える。

「こうなりたいな、とかって思うことさ」

「いつもやりたいなって思うことや」

 さんごが言った。

「今、一番大事なこと」

 みのりが呟く。

「どんなことを書いたっていいのよ! ……ね!」

 ローラは振り向いた。まなつは立ちつくしていた。茫洋とする視線が、私たちはここにいていいのか、という不安を掻きたてる。その小さな手に、真っ白な石が握られていた。

「……ねえ」

 アニが立っていた。その滑らかな手に縛られた小さな石を、にこにこと見つめている。

「まなつのねがいは?」

 まなつは俯いた。

「……私の」

 答えられなかった。むくりと開かれたその手には、油性のマジックで書かれた自分の願いが、ひどく遠くに感じるようににじんでいた。

「……まなつ」

 アニは尋ねた。

「トロピカる、って何……?」

 ずっと気になっていたことだった。今までも、たぶんこれからも。この石には、「みんなとまちでトロピカる」というねがいが、いつまでも一緒にいられるように刻まれていた。

「トロピカる、って……」

 まなつは呟いた。言葉が出てこなかった。見えないものが、見えないものを変えていくのが恐ろしく感じた。ここにはそれだけの、変えたくない、変わってほしくない何かがあった。それを曲げていくものは何なのか。それを知ることは、自分自身を見失ってしまうことと同じ気がした。

 まなつは俯いた。アニが不思議そうにのぞきこむ。

「……今さらなんじゃないの」

 ローラが微笑んだ。

「何だか、よくわからん時もあったけど」

 あすかが、ふふ、と頭を掻く。

「とっても素敵な言葉だよ」

 さんごが目をゆるませた。

「理屈じゃないんだよね」

 みのりがまなつを見た。そうなんだよね、と確認するように。

「くるる~ん!」

 くるるんが鳴いた。いつまでも変わらない笑顔とともに、まなつを見ている。

 みんながまなつを見つめていた。変わらない笑顔で、夏バテしてしまった太陽を見守るように。

「……私」

 言葉を絞りだす。でも辛くてやりきれない、そんな感じだった。声は震え、目はぶるぶると、目の前のみんなを覆い隠してしまうように揺らいでいる。その温かさと、際限なく広がっていく楽しい心が、何かを少しずつ変えていってしまっていることが恐ろしかった。

「……まなつ」

 ローラは呟いた。

「気合のリップ、貸して」

 ローラはオーシャンプリズムミラーを抱えていた。まなつの目を見て、その気丈な瞳が瞬いた。

「……どう?」

 ローラが鏡面を向けた。反射するまなつの唇に、桃色の灯りがささやいている。あなたはだあれ? どうしてここにいるの? わからなかった。そう思うほどに、まなつの表情は、誰か別の人のもののように思えた。

「……私」

 まなつは呟いた。

 ここにいていいのかな。

 みんなと一緒にいていいのかな。

 私の、いま一番大事なことって――。

「まなつ」

 ローラは言った。

「それでも太陽はひとつでしょ」

 何かが軽くなった。私の中の何かが。今まで渦巻いていた何かが、ぷつんと糸が切れたように、すっと何かが染み渡っていくように、私の中を満たしていった。奥底に光る何かが、そう、その光が満たすうちは、たとえそれが嘘だろうが、本当のことだろうが、どうでもよくなっていた。

 太陽のような熱さが、ふっと息を吹き返した。桃色の曲線が、ふっと鏡にゆがんだ。

「……どう?」

 ローラは呟いた。

「目、覚めた?」

 まなつは頷いた。

 みんなの視線を受けて、太陽のリボンが揺らめいた。

「……」

 ヘロンは膝を抱えていた。ヤシの木陰で木漏れ日を弾く、ふっくらと白んだ自分の肌が、誰か別の人間のように思えた。

 すっと石が差しだされた。

 サラが立っていた。優しい目で私を見つめて、ねがいを託すように。

「……やろうよ!」

 繋がっていく。広がっていく。その小さな輪が、これからどんな未来を示すのか、彼女には見当もつかなかった。そんな未来が、彼女をつかの間自由にさせた。

 ヘロンは受け取った。気弱そうに頬をゆるめて、これから示される未来に、少しでも希望を見出せるように。

 

 

 どーん……。

 

 

 乾いた音とともに、平穏な時が幕を閉じた。

 まなつたちは振り向いた。どこまでも広がる海岸線に、たくさんのヤラネーダたちが並び立っていた。

 水しぶきが降り注ぐ。雨のように被さってくる。怒りの目をぎらぎらと光らせて、どこまでも広がる海から上陸してくる。様々なヤラネーダたち。タコの姿をしているものや、カニの姿のもの、エビの姿のものや、ナマコのもの、他にも、今までにプリキュアたちが戦った全ての姿を、そのヤラネーダたちはしていた。

「ヤラネーダァァァ!!」

 雄叫びが響き渡る。その鋭い目に捉えられた村人たちが、みるみると形相を変えて駆けだしていく。

 狂騒が鳴り渡った。混乱とともに逃げ惑っていく、喧騒、怒号、悲鳴、混沌。夢の中で、何度も何度も見たことがあったような光景。

 その後に登場する、彼女たちの活躍を、今か今かと心待ちにしていた、小さな自分。その姿が、幻のように喧騒に紛れ、形を失い、やがて弾けた。

「みんな……!」

 ヘロンは叫んだ。ヤラネーダたちに駆けだそうとする少女たちに、力の限り。

 行かないで……! そう言いたかった。

 でも言葉が出てこなかった。身体が熱くなった。

 熱い。

 外へ、外へ出たい。

「まなつ……!!」

 ヘロンはうめいた。でも求めちゃいけなかった。憧れちゃいけなかった。私がそうなるから、きっと、このせかいはねじれて、壊れて。

「――大丈夫だよ!」

 まなつは叫んだ。

「私たちは、プリキュアだから!!」

 少女たちは駆けだした。流星のように、そのねがいが胸へと伝わってくる。

 私たちが守る。

 この村を。

 この島を。

 この小さな宇宙を。

 たとえそれが、何かを大きく変えることになってしまうのだとしても。

「まなつ……っ!!」

 ヘロンは身を乗りだした。アニがそれを制していった。ここは危険だ、と言わんばかりに、自分より大きくなってしまったヘロンの手を、精いっぱい引っ張っていく。

「まなつぅ……っ!!」

 ヘロンは叫んだ。ほとんどあえぐように。

 苦しかった。

 この先に何が起きるのか、そう考えただけで、胸が張り裂けそうだった。

 行かないで――。

 私を、こんなところに置いていかないで――。

 ヘロンは追っていた。

 星々のように瞬く、少女たちの後ろ姿を、深い憧れと絶望の狭間で。

 

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