「みんな――!!」
決意の鼓動。その目が、何かを見据えるように瞬いた。
ローラたちが頷いた。オーライ、と言って、トロピカルパクトを取りだしていく。
きらきらと輝いた。彼女たちの魂。その気高さの、誇らしい瞳。
自由のリングが、高らかに、彼女たちの宇宙を彩っていった。
「プリキュア! トロピカルチェンジ――!!!!!」
力強く照り返す瞳。
「ときめく常夏! キュアサマー!!!」
「きらめく宝石! キュアコーラル!!!」
「ひらめくフルーツ! キュアパパイア!!!」
「はためく翼! キュアフラミンゴ!!!」
「ゆらめくオーシャン! キュアラメール!!!」
五人の少女は、海の底から、温かなせかいへと飛びだした。
「はあああーーーっ!!!」
ざんっ!
「みんな一緒に! トロピカル~ジュ! プリキュア!!!!!」
プリキュアたちが降り立った。
ヤラネーダたちが、ぎろりとにらんだ。
憎しみの目が、凍るように光る。
音もなく押し寄せてくる。
「みんな、離れるなっ!」
フラミンゴが叫んだ。
プリキュアたちは身構えた。集落の盾となるように、扇状に広がっていく。
「ヤラネーダァァ!!」
あっという間に囲まれた。深い憎しみの連鎖が、音を立てて注がれていった。
「プリキュアーっ!!!」
どーん!!!
アニが叫んだ。粉塵が舞った。
プリキュアたちは飛び上がった。続々と飛びこんでくるヤラネーダたちに、五色の光が、ボールのように揺れた。
「みんなっ!」
「オーライ!!」
サマーたちは降り立った。ヤラネーダたちを囲うように、がやがやとざわめく包囲網の外を駆け回っていく。
「でりゃあああっ!!」
めりこむような音を立てて、ラメールとフラミンゴが、殴りつけていった。
「てええええっ!!」
舞うような光――。コーラルとパパイアが、周囲の群勢を払っていった。
『プリキュア! もこもこコーラルディフュージョン!!』
『プリキュア! ぱんぱかパパイアショットっ!!』
どどどどど……っ!!!
ヤラネーダの数は減り、やがて何事もなかったように、元通りになった。
『プリキュア! おてんとサマあ、ストライクっ!!』
『プリキュア! ぶっとびフラミンゴお、スマッシュっ!!』
ずばばばば……っ!!!
堂々巡り。その言葉が似合っていた。
『プリキュア! オーシャンバブルシャワー!!』
ぷかぷかぷか、と、泡がかき消された。多勢に無勢、大量のヤラネーダたちが、怒りの目をうならせながら、サマーたちを見下ろしていく。
「らちがあかない……!」
パパイアが口走る。
「もう、一体どうなってんのよお!」
ラメールがわめいた。
ヘロンは、離れの丘から見つめていた。
「……」
心配そうにその目をゆがめて、村人たちと一緒に、戦いの行方を見守っていた。
うめきだした。
何かが、彼女の呼吸を奪っていった。
擦り切れる。何かが、ぱちぱちと火を立てるように。
ぽっ、と炎が灯った。
黒く染まった柱が、ヘロンの身体を蝕んでいった。
「ヘロン……!?」
アニがのけぞった。
どうすることもできなかった。
「ヤラネエダァァーーーッ!!!!!」
憎悪が迸った。その紅い目が、黒い炎に応じるように、深く、激しく、猛った。
ぶわあ、とオーラが広がった。
自分自身を見失ってしまったような、傀儡のような目。
硬くなっていく肢体。
見えない何かに、抗う意志を食いつくされてしまったような、空ろな声がとどろいた。
誰も救えない。
誰も守れない。
自分たちは、何のために存在しているのか――。
ヤラネーダは、一斉に地団駄を踏み始めた。
子どものような、怒りのやり場を失ってしまったような悲鳴。
何を責めていいのかわからなくなってしまった、哀しいせめぎ合いの果ての、絶望。
もう響かない。
届かない。
心が開くことはない。
俺たちは、どうして、俺たちなんだ。
俺たちは、こうはなりたくなかった。
どうして、お前たちはここに来たんだ。
何故、そうと知りながら、戦い続けるんだ。
このせかいを、壊したいのか?
ゆがめたいのか?
跡形もなく、変えてしまいたいのか?
お前たちに、その自覚はあるのか。
何かを、変えてしまう恐ろしさに、どうして、お前たちは、魅かれるんだ。憧れるんだ。
消えてしまいたいのか?
自らの、言葉を、捨ててしまいたいのか?
どうして、求めるんだ?
どうして、戦うんだ?
俺たちは、
俺たちは――、
どうして、戦っているんだ――?
「ヤラネエダアアアーーーーーッ!!!!!!!!!!」
乱れていく鼓動。
「きゃああああーーーーーっ!!!?」
どどどどどどどどどど……っ!!!!!!!!!!
畳みかける、攻撃、攻撃、攻撃。
俺たちは、何のために。
ここに――。
その答えは、絶望に飲まれ、形をゆがめられ、いつの間にか、自分たちが飲まれまいとしていた『物語』となってしまっていた。
「ヤラネエダァァァァァ!!!!!!!!!!」
どーん……!
攻撃が止んだ。
静寂が落ちていった。
砂煙が晴れた。
ぼろぼろになったサマーたちが、絶望の光に埋もれていた。
「ヤラネーダァァ……」
返ってくることはなかった。
「ヤラネーダアアァァァ!!!!!!!!!!」
どうして戦うのか――。その問いに答えてくれるものは、もう動かなかった。
「プリキュア……」
ヘロンは目を覆っていった。
「いやああああああーーーーーっ!!!!!!!!!!」
黒い炎が、ぶわっ、と広がった。
「やらねぇーだぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!!!!!!!」
頓狂な声。
サマーの目。
ヤラネーダたちをにらみつける。ふらふら、よろよろと、立ち上がる。
息が詰まるような、何かを窒息させるような、沸々とした感情がうずまいていた。
「さっきから、怒ってばっか、いるけどぉ」
わっ、といきり立つ。
「わたしの名前は、夏海まなつぅっ!!!!!」
そんなものは関係なかった。
「わたしの名前は、涼村さんごぉっ!!!!!」
そう叫びたかった。
「わたしの名前は、一之瀬みのりぃっ!!!!」
何からも自由に。
「わたしの名前は、滝沢あすかぁっ!!!!!」
囚われることなく。
「わたしの名前は、ローラ・アポロドーロス・ヒュギーヌス・ラメ――」
それは長かった。
「五人そろって! トロピカル~ジュ! プリキュアぁぁぁぁっ!!!!!」
「一人足りないんだけどぉっ!!?」
ヤラネーダたちは見つめていた。
「……」
それでも、ここにいていい。
そう言われたみたいに。
「ちょっと、信じらんない! もう一回やんなさいよぉ!?」
「ああ、ごめんごめん……。何か、無性に腹立っちゃってぇ」
涙がつたうのがわかった。
ヘロンを包む炎が、どこまでも青白く燃え盛った。
「ヤラネエダアァァァ!!!!!」
空ろな叫び。
ヤラネーダの紅い目は、涙に濡れていた。
「行くぞおおおお!!!!!」
サマーは駆けだした。
「ちょっと、まなつ……!?」
ラメールたちが追っていく。
最後の戦いが始まった。
「うおりゃああああっ!!!!!」
どんっ、どんっ……!
サマーが殴りつけていく。我を忘れて、集落へと向かうヤラネーダたちに、精いっぱいの雄叫びを上げていく。
「やめろおおーーーーーっ!!!!!」
ぼんっ、と弾かれた。全力で受け身を取る。ぎっ、と歯を食いしばり、太陽の輝きが、くるくると宙を舞う。
『プリキュア! おてんとサマぁぁ、ストライクっ!!!!!』
どどどどどっ……!!!
「はあああーーーっ!!!!!」
コーラルが両手を固く組むと、大量のバリアが、ヤラネーダたちを囲うように展開された。『コーラルディフュージョン』が膨らんでいく。パパイアとフラミンゴが、それに乗り、大群の外へと降り立っていく。
『プリキュア! ぶっとびフラミンゴお、スマッシュっ!!!』
『プリキュア! ぱんぱかパパイアショットっ!!!』
ずばばばばっ……!!!
数は増え、何事もなかったかのように、元通りになる。いくらでも替えの利く、木偶人形か何かのように。
「ずおりゃあああーーーーーっ!!!!!」
ラメールが、『ラメールストリーム』に乗って、縦横無尽に駆け巡っていく。くるくると回りながら、『オーシャンバブルシャワー』が、辺りの空間を満たしていく。
彼女たちの時間が、闘いが、まるで嘘になったように、いくつもの連なる絵に宿ったように、淡い色彩と、不規則な明度をまとっていった。
「行くわよ!!」
ラメールが叫んだ。プリキュアたちは、〈エクセレン・トロピカルスタイル〉へと変化した。
『プリキュア! ランドビートダイナミック!!!!!』
ぱおーんっ!!!
桃色の象が、大地を鳴らす。ヤラネーダたちが宙に舞い、バランスを失っていく。
「五つの力、海にとどろけ!!!」
〈マリンハートクルリング〉がはまっていった。
『プリキュア! マリンビートダイナミック――!!!!!!!!!!』
ジャアアーーーク!!!!!
ドレッサーに反射した光から、青々としたジンベエザメが飛びだした。プリキュアたちを飲みこむと、宙に舞うヤラネーダたちへと、一直線に突進していく。
「いっけえぇぇぇーーーーーっ!!!!!」
彼女たちの、想い出のバタ足が、ぱしゃぱしゃと響き合った。
「ヤラネェダァァァァァ!!?」
ざばばばば……っ!!!!!
泳ぐようにうねりながら、飲まれていく。弾かれては飲まれ、また弾かれては、飲まれていく。
力強い躍動。青々とした身体が、しなる尾びれが、ごぼごぼと、うなるような音を立てる。
飲みこまれる――。
成す術もなく、飲みこまれていく。
これでいいのか。
お前たちは、それでいいのか――?
「ヤラネエダァァァァァ!!!!!!!!!!」
どす黒いオーラが広がった。残りのヤラネーダたちが、一つの身体をなして、巨大な怪物となり果てた。
淀むような暗黒。雄々しいくじら。
見えない時に抗う少女たちを、あってはならないかのように、飲みこもうとする。
ばちっ!!!
相容れない、二つの力。
彼女たちが守りたいと願うものは、同じであったはずだ。ただ今は、彼女たちを枠に当てはめようとする何かが、目に見えない何かが、あまりにも大きくて、理不尽すぎるだけだった。
「ぐううう……っ!!」
ジンベエザメが押されていく。じりじりと追いつめられる。
「プリキュアぁぁーーーーーっ!!!」
ヘロンは振り向いた。
「がんばれぇぇぇーーーーーっ!!!!!」
アニが叫んでいた。
「プリキュアぁぁーーーっ!!!」
声は継がれていった。
「がんばれえぇーーーっ!!!」
「プリキュアぁぁぁーーーっ!!!!!」
もう一つの、目に見えない力が、確かにそこにはあった。
「……」
ヘロンは戸惑っていた。
変わっていいはずが、憧れていいはずがなかった。
脈々と継がれてきた『何か』は、みんなを滅ぼすようにはできていない。
いや、私自身が、そうなってほしくない。
この戦いが、何を紡ぐのか、どこへ向かうのか、今は、誰にもわからない。
それでも、何かを大きく変えてまで、大切な何かを曲げてまで、それを得ようとは思わない。
脈々と継がれてきた『何か』は、みんなの魂をかたどる『何か』は、無理やりその形を変えて、やがて失われてしまうべきではなかった。
「……やめて」
そう言おうとした。
「……や、めて」
言葉が出なかった。
胸がつかえていった。
魂が、自ら望んで、塞いでいるようだった。
大好きだったから――。
それと同じくらい、プリキュアのことが大好きだったから。
ずっと、見てきたから。
憧れてきたから。
彼女たちを追い求める度に、この不確かな孤独を、愛することができたから――。
「はああああーーーーーっ!!!!!!!!!!」
「ヤラネエダアアアアア!!!!!!!!!!」
ばちっ!
黒いくじらが競り勝った。
ジンベエザメが、光とともに弾けていった。
人びとの鼓動。
温かな光。
ひらめくような、夢の灯り。
まなつのねがい石が、人びとの灯火と重なった。
『プリキュア!!! ぎんがビートダイナミック――!!!!!!!!!!』
ぱおーーーん!!!!! ジャアアーーーク!!!!!
鳴き声とともに、星雲が降り立った。
銀河の煌めきを、宇宙服をまとった象とジンベエザメが、踏み鳴らし、泳ぎ、駆けていく。
星々が過ぎ去る。彼らの身体に乗り移る。
流星のような煌めきが、まなつたちの身体を、限りなく開いた余白へと運んでいった。
「今日も元気だっ!!」
プリキュアたちが降り立った。
「ビクトリーーーっ!!!!!」
どっかーーーんっ!!!!!!!!!!
黒いくじらが弾けていった。
七色の光を放ち、きらきらと光を撒いて。
青空へと舞い上がった。
自由だった。
彼ら、彼女らの魂は、この世界の、ありとあらゆることから自由であるべきだった。
ヤラネーダの結界が消えた。
彼らを縛りつけるものは、もう何もなかった。
「……プリキュア」
アニが口を開いた。
「プリキュアあぁぁぁーーーーーっ!!!!!」
子どもたちは駆けだした。
心を輝かせながら、沢山の笑顔が、少女たちを囲んでいった。
ひとつひとつの生命が、まなつたちの眼に、きらきらと輝いて見えた。
私たちが、望んだもの。
私たちが、守ったもの。
その先に待つ未来は、一体、どんな色をしているだろう――。
「まなつ!」
アニが見上げた。
「大きくなったら」
未来を夢見る子どものように。
「まなつたちみたいになりたいっ!」
サマーから笑みがこぼれた。
「なれるよ!」
白い歯をのぞかせて。
「ぜったいっ!!」
ヘロンは見つめていた。
「……」
遠くに浮かんでいる、子どもたちの笑顔が、ひどく勝手にゆがんでいた。
何かが、抜け落ちてしまった気がした。
大切な何かを、奪われたような気がした。
私が生きる場所は――?
いやだ。
これでおしまい――?
いやだ。
めでたしめでたし――?
いやだ。
いやだいやだいやだ。
「ヘロン……!」
サマーが振り返った。
ヘロンは駆けだしていった。
「待って……!?」
サマーが追いかけた。
ヘロンは駆けていった。
何かから、隠れるように。
外れていくように。
厚い雲が湧き立った。
青空に、暗い影が落ちていった。
「ヘロン……!」
手が繋がれた。
温かな手だった。
小さな手。
小さな、小さな――。
ぽっ。
雨だった。
初めて聞くような雨だった。
いつの間に、こんな。
ざー……。
こんな――。
「関係ないから!!」
サマーは叫んだ。
「ヘロンが、誰であろうと、関係ないから……」
迷いを、恐れを、振り払うように。
「私たちが、守るからっ!!」
振り仰ぐ。
「何度だって、話すからっ!!!」
ぽっ。
頬が濡れた。
「だから……」
聞かせて、と呟いた。
「ヘロンの、いま、一番大事なこと……」
ざー……。
何も聞こえなかった。
虚しい歌が、ただ響くようだった。
「……勝手だよ」
ざー……。
「どうして、来たんだよ」
それは憧れだった。
「もう、私を見ないでよっ!!」
絶望だった。
「私は、ひとりでいなきゃ、だめなんだあっ!!!!!」
わっ。
黒い霧が広がった。
瞬く間に、村全体、島全土を閉ざしていった。
中央の火山が、胎動するようにその身を震わせた。
まるで、海が、大地が、おびえているようだった。
雷鳴がとどろいた。
ごごご、と、地鳴りが広がった。
地割れが起き始めた。
その中から、『破壊』が姿を現した。
「コワスンダー……」
怪物たちはそう鳴いた。火星人の破壊兵器のような、嘘から飛びだしてきたような肢体。凍るような目。冷たい息。鋭い触手。無機を表すような、青々とした光が、そのいびつな輪郭を浮かび上がらせる。
「ヘロン……っ!!」
ヘロンは飲まれていった。
深い深い絶望に。
抗いきれない憎悪や、諦めに。
今まで知られることのなかった、数々の寂しさや、悔しさたちに。
もう響かない。
届かない。
その心が開くことはない。
「コワスンダー……ッ!!!!!」
怪物たちが吠えた。
この物語の終わりを告げるように。
小さな宇宙を、明るいはずの未来を、跡形もなく飲みこんでしまうように。
もう響かない。
届かない。
彼女の孤独は、叶わない願いとともに、けして終わらない絶望と繋がれているようなものだった。
「ヘロぉン……っ!」
涙がこぼれた。
もう届くことはなかった。
その夢から覚めることは、永遠になかった。
自らの手で、彼女の灯火は、その閉じかけた幕を、静かに下ろそうとしていた。