「コワスンダァァー……ッ!!!!!」
地の底まで、奈落のように落ちていく。
大地が凍えるように震える。
奥底にあふれる感情が、せき止められ、見えない心の狭間に落ちていく。
虚像の果て。凍るような息。鋭く開いた口。視線の先に、星々のような生命が、ばらばらと散るように舞う。
「ヘロン……っ!!」
ヘロンは飲まれていった。張りつめるような孤独に。でも温かい、そう思った。眠気を誘うような、生温い絶望。心は開かない。その闇から、目覚めることはない。
彼女を縛るもの、それは目に見えない、いつの間にか心を蝕んでいる、時とともに流れる『物語』そのものだった。
島に伝わる伝説と、再生と破壊を司るという聖なる炎。
廻り続けた寂しさが、その中で創られた孤独が、一体、何を癒し、救っていくというのだろうか。
「ヘロぉンっ……!!」
飲まれていく。言葉はなかった。
瞳に宿る光も、吐息さえもなかった。
闇だった。
全てを塗りつぶしていくような、影だった。
火山が震えた。
何かを、外へと送りだそうとした。
怪物たちがうごめく。
軋むような鳴き声。
青い青い影。
逃げ惑う鼓動。乱れる影が、他人のようにその繋がりを手放していく。
『ペケッ!』
バリアが張られていった。
「逃げてっ!!」
コーラルが声を張り上げる。
崩れていく。
小さな宇宙が、いとも容易く、その瞬きを失っていく。
「コワスンダーッ!!!」
触手が振り下ろされた。
プリキュアたちは飛び立った。逃げ遅れた村人たちを抱えて、離れの丘へと降り立った。
悲鳴が舞った。
空気が粟立っていく。
ひとつの物語が、いま、確かに終わりを迎えようとしていた。
怪物たちは吠えた。
ううう、と、声を震わせながら。
ただ、破壊のためにあった。
彼らは、そのためだけに存在していた。
「何だ、あいつらは……」
フラミンゴが呟いた。
「いつものヤラネーダとは違う」
パパイアがこぼす。
「どう戦えっていうのよ」
ラメールが漏らした。
得体の知れない影が、ごにょごにょとうごめいていた。
「……助けたい」
サマーの声。
「……助けたいよ」
拭いきれない傷。
声を震わせてうずくまり、動けない。
静寂。
はるか遠くから、破壊の鼓動がささやくように聞こえた。
「守ろうよ」
ぱち、と光が弾けた。
「ヘロンのことも、みんなのことも」
バリアを繋げてきたコーラルが、力強く微笑んだ。涙をこぼすサマーへ、信頼する仲間たちへ、力強く、精いっぱいの誇りをこめて。
「……私たちなら、できる」
パパイアが両手を結ぶと、こぼした。
「言葉も通じないのに、ともだちになれたくらいだからな」
フラミンゴが頭を掻いた。ああ、そうだな、私たちはそうなんだ。そんな風な笑いをこめて。
「みんなとまちでトロピカる!」
ラメールが言った。
「わたしたちのまちに」
フラミンゴが続いた。
「わたしたちのがっこうに」
パパイアが振り仰ぐ。
「わたしたちの部室にっ!」
コーラルが笑った。
「動物園も、忘れないでっ!!」
サマーは、立ち上がる。もちろん、そう言って、きっと前を見据える。
「――私たちのねがいは」
ひとつだった。
「私たちが叶えるっっ!!!!!」
「コワスンダァァーッ!!!!!」
どん! 火山が吠えた。
「行くぞおおおーーーっ!!!」
サマーは駆けだした。
「ちょっと、またあ……!?」
少女たちは駆けだした。
五つの光が、瞬いた。
※
深い深い、闇。
どろどろと、淀むような渦。光も、時も、想いも、その全てを捻じ曲げて停滞させる、気の遠くなるような、絶望の渦。
ヘロンは、その中心にいた。
中心にいながら、いつも、誰かとのはじっこを夢見ていた。
どくん。
鼓動が鳴り響く。
どくん……。
(……なに)
まぶたが動く。
目覚めはしない。まどろみ。
(……私)
後悔の渦。
(ひどいこと、言った)
どくん。
広がっていく。
どくん……。
遠くに見える、星々。
繋がり。
(そうか……)
灯火。
(私は、もう、私じゃないんだ)
……………………
微かな音色。
どこからか、聞こえた。
……………………♪
沈んでいく声音。
星々。
大きな、大きな、生命の影――。
「やああああーーーーーっ!!!!!」
サマーが、ぐっと、拳を握る。
わっ。
一瞬で、触手に弾き飛ばされた。
「うわっ!?」
フラミンゴが触手に巻きつかれた。
「危ない!」
どんっ!
パパイアが蹴り下ろす。
ビッ!
紅く開いた口から、目にも留まらぬ閃光が、跡形もなく大地をさらった。
『ペケッ!!』
多重に展開される大きなバリア。背中合わせのコーラルとラメールが、無機の目々に果敢に立ち向かっていく。
『プリキュア! オーシャンバブルシャワーっ!!』
ぷかぷかぷか……
「コワスンダァァーーーッ!!!!!」
「きゃあああーーーっ!!!?」
光線の束が、ぎらぎらと地形を奪った。
バリアが粉々に砕けた。粒子が舞った。
『プリキュア! ミックストロピカル――!!!!!』
わっ
粒子がエネルギーへと変わり、巨鳥が羽ばたいていった。
ギィヤアァァーーーッ!!!!!
「どぅおりゃあああぁーーーーーっ!!!!!」
その口からラメールが飛びだすと、飛び蹴りで、怪物たちをなぎ倒していく。
一体、二体、三体……。
「まだまだあああーーーっ!!!」
脚が巻きつかれた。
「っ!?」
どーん!
思いきり、叩きつけられた。
ギィヤアァァーーーッ!!!
断末魔とともに、巨鳥が四散した。
巻きついた怪物たちの触手から、電流が走っていった。
凍える火花。壊れるような吐息。
「コワスンダー……」
雷鳴が、孤独な影を色濃くさせた。
「まだまだあーーーっ!!!」
プリキュアたちは立ち上がった。
「はああああーーーーーっ!!!!!」
脇目も振らず、立ち向かっていく。
「コワスンダアァーーーッ!!!!!」
怪物たちは吠えた。
彼らは、彼女らは、もうそうすることしかできないことをわかっていた。
――――――――そのときは、くる
(その、とき……?)
――――――――わたしたちはみている
大きな大きな、影。
――――――――きみたちがのぞむかぎり
ゆらゆら揺れる。
――――――――生きようとするかぎり
真っ白な、肢体。
――――――――きみたちの『物語』は生まれる
(わたし、たちの)
――――――――きみ自身の
真っ黒な、祈りと似たような――
――――――――
黒い、霧。
(……)
もやがかかったように、何も見えない。
ぞぞぞ。
這いずるような。
ぞぞぞ。
ささやき。
少女は、立ちつくしていた。
モザイクのような、真っ黒な浜辺に。
ぞぞぞ。
まとわりつくような。
こびりつくような闇。
波音。
ぞぞぞ。
(……私)
振り返った。
(どうして、海を、見ていたんだっけ)
ざっ
誰かが、こちらを見ていた。
黒い黒い、影。
闇と影で塗りつぶした、うにゃうにゃとうごめくような、霧もや。
(……)
見つめ合っていた。
警戒の色。
ごわごわと、濁っていくような、音。
灯っていった。
ぽっ
小さな小さな、吐息。
(……へ)
満ちていく灯り。
(ろ、ん?)
確かに聞こえた。
子どもの声。
――――――――
広がっていった。
祈りのように。
見下ろすと、ポケットが光っていた。
小さな灯りが、絶望の闇へと広がった。
ジャアァーーークッ!!!!!
ジンベエザメが向かっていった。ざばざばと音を立てて、怪物たちをはねていく。ほとばしる青、抗う鼓動。
「コワスンダアアーーーッ!!!!!」
破壊の鼓動。いびつな光が、その青い身体を引き裂いていく。
ぱおーんっ!!!
象が飛びだした。ジンベエザメの光をまとって、孤独な影たちを踏み抜いていく。
「コワスンダアアーーーッッッ!!!!!?」
「まなつうぅーーーっ!!!!!!!!!!」
声がとどろいた。
「がんばれえぇぇぇーーーっ!!!!!!!!!!」
アニが叫んでいた。
「ローラあぁぁぁーーーっ!!!!!!!!!!」
夢を見る子どもたちが。
「さんごちゃあぁぁーーーん!!!!!!!!!!」
「みのりいぃぃぃーーーっ!!!!!!!!!!」
「あすかあぁぁぁぁーーーっ!!!!!!!!!!」
寂しさを抱えた、ひとりひとりの小さな生命が。
「プリキュアああぁぁぁーーーっっっっ!!!!!!!!!!」
廻り続けた。
「プリキュアあああぁぁぁーーーっっっっ!!!!!!!!!!」
進み続けた。
溢れてしまいそうになる、孤独を抱えて。
壊れてしまいそうになる、その中心に
「……みんなあああぁぁぁぁーーーっっっっっ!!!!!!!!!!」
あまねく星々が。
この小さな宇宙の、あまねく無数の星々たちが――。
「ヘロおぉーーーーーンっっっっ!!!!!!!!!!」
サマーが叫んだ。
「ヘロおぉぉーーーーーンっっっっっ!!!!!!!!!!」
少女たちが叫んだ。
へろん。
それは、だれかの名前。
だれかのことば。
きっと廻り続けた、目の前の〈あなた〉の物語。
かたどられた意味が、こめられた想いが、幾つもの灯りとなって、闇の中へと吸いこまれていった。
――――――――
青白い灯り。
ほわ
手の中の、小さな欠片。
だれかの声。
だれかの言葉。
「……へろん」
笑みだった。
アニの笑顔が見えた。
ねがい石の灯りが、暗闇の霧もやに、人影を映していった。
人影は次々と現れた。
誰もが、水平線の彼方を見つめ、祈るように立ちつくしていた。
次々と振り返っていった。
村人たちの顔。
アニ。
サラ。
ラウラ、ミネリ。
シュレオ、カブロス。
この地に記憶を刻んでいった、数えきれないほどの、瞬く生命――。
「――」
微笑んでいた。
ヘロンを見つめて、微笑んでいた。
金色に輝いていった。
白銀の海。
闇の中で、きらきら光る。
ゆらゆら揺れる。
彼方の地平が、瞬いた。
幾つもの灯りが、私を呼んでいた。
脚が動きだした。
この想いを、抑えることができなかった。
はるかな海を見据えていった。
村人たちの顔には、笑みが浮かんでいた。
「プリキュアあぁぁぁーーーっ!!!!!!!!!!」
胸が熱くなった。
「まなつぅっ!!!!!!!!!!」
瞬いていった。
「さんごぉっ!!!!!!!!!!」
紫、黄色、赤。
「みのりぃ、あすかぁっ!!!!!!!!!!」
水色、白、虹色――。
「ローラあぁぁぁっ!!!!!!!!!!」
私だけの――。
「プリキュアぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」
広がっていく、
どこまでも、どこまでも、満ちていく、
輝く――。
「……みんなああぁぁぁーーーーーっっっっ!!!!!!!!!!」
灯火――
島が輝いていった。
いま必死に戦っている誰かも。
言葉を紡ごうとする誰かも。
みんな、同じように。
とても優しくて。
とても温かな。
真っ白な灯りへと包まれていった。
※
「……うう」
目が覚める。
何やら、明るい空間。
いつの間やら、眠ってしまっていたような気がした。
雲海が、はるか眼下を過ぎ去っていく。どこまでも大海原が開かれていく。寝覚めの鼓動に、波風が重なっていく。ばたばたと、私の身体を揺り起こすように。
「まなつ」
「……」
笑みだった。
温かな笑み。
柔らかな目。
つぶらな瞳。
ずっとずっと見つめ続けた、目の前の、憧れの夢。
見とれていた。
大人の
でも、知っていた。
その瞳には、幼さの欠片が残っていた。
彼女は駆けだしていった。
まなつは、抱きしめられた。
「――」
子どもの頃の匂いがした。
「へ……」
吐息。
温もり。
「ろ、ん?」
大丈夫だよ。
そう聞こえた。
「まなつたちの、せかいにも、届くよ」
どん!
破裂するような音が聞こえた。
「ながいながい、ときを越えて、うみを越えて」
小さな島が、眼下に見える。ぐつぐつと湧く火口から、大量の光が、果てしない海へと、どこまでもどこまでも吹き上がっていく。
「あの島は、きっと、ゆりかご」
小さな目を、彼女はそっと潤ませた。
「だれかからの、お星さまみたいな、おくりもの」
生まれたてのこの世界を、あまねく星々のような生命で満たすために。
「うぅ」
少女たちが目覚めた。
いつもの服装で。
「……」
今まで見ていたことが、ぜんぶ夢だったかのように。
嘘だったかのように。
「ヘロン?」
さんごが呟いた。
目をぱちくりとさせて、彼女たちの視線が重なっていく。
もう、けっして、会えないような。
喜びへ、悲しみへと、その瞳が、動きを止めた玩具のように移ろっていく。
「みんなとは、ここでお別れっ!」
宝石のような光が降り注いでいく。
「来てくれて……、本当に嬉しかったし、楽しかった!!」
流れるように、何かに、せき止められるように。
「また、会えるからっ!!」
いなくなっていく。
「何度だって、話すからっ!!!」
けっして、嘘じゃなかった。
「いままで、話せなかったこと」
生まれたての子どものような。
「ずっとずっと、さびしかったこと……」
小さな肩。
身体。
びゅんびゅんと風を切った。
広大な海の瞬き。
ひとりぼっちの中心から、はじっこへ。
眩しいその輝きに、ずっとずっと魅かれ続けていた。
ゆりかごから、そっと生命を送りだす聖者のように。
強引に、棺へと独り占めしていたがる愚者のように。
どこまでも乾く孤独を、星々のような記憶と、温もりとで、満たすように。
――――――――♪
過ぎ去っていく。
光の速さで。
誰も追いつくことができない、時の流れの、彼方で――。
「……ヘロン」
頬がゆがんだ。
温かな手。
「行こっ!!!」
まなつが笑うと、見ていた景色が、ひっくり返っていった。
見知った砂浜にいた。
トロピカる部のみんなが、立っていた。
大好きな村人たちがいた。
あはは、と笑うと、まなつが、私の手を引いた。
夢のような時間――。
様々な人。
様々な場所。
誰かの笑顔。
誰かの言葉。
声。音。歌。
その、ひとつひとつに連なる生命。
反発し、調和し、求め合う。
それらはまるで、奇跡のように保たれていた。
商店街。
遊園地。
動物園。
鼻の長い、大きな、大きな生き物。
水族館。
大きな水槽に、大きくうねる、青い青い身体。
私の心と、みんなの生命。
どこまでもどこまでも、響き合う。
輝く――。
みんなとの学校。
きらきらした、メイクショップ。
みんなの笑顔。
たくさんの言葉。
慣れない景色。
はっきり、はっきりと、私の中に返ってくる。
たしかな躍動。
そこにあった笑顔。
大きなショッピングモール。
新しくできた、ケーキ屋さん。
ずっしりとした瓶の中に、何段も、何段も、極彩色のケーキが、誰かのねがいごとのように、誰かとの想い出を抱きしめるように、詰まっていた。
――――――――また、会えるよ
この日のことを、私は、忘れない。
――――――――この世界に生きている限り
そこにあった、景色を。
――――――――私の名前は、夏海まなつ
私の中の輝きを。
――――――――あなたの名前は?
私は、一生忘れない。
「――これ」
誰かの声が聞こえる。
「きっと、持っていった方がいい」
真新しい紙を取りだす。みのりの眼鏡に、〈入部希望〉という字がちらりと見える。
「学校から持って来てたのか」
あすかが呆れたように笑った。
「これでいつでも遊べるねっ!」
さんごが両手を結ぶ。はにかむように揺れるリボン。
「ヘロン、あなた字は?」
「この、入部希望、ってところにねえ……!」
「――わかるよ」
私は言った。
思わず、頬がゆるんでいるのがわかる。
「……ねえ」
わくわくする。
「自分の言葉で伝える、って――」
とっても、とっても――。
「『トロピカってる』!!」
幻のように。
「マ、な」
満ちていく。
「みン、ナ……」
流れ星が、ちらりと見えた。
おうろ
微かな波風に、その響きが、消えた。
『おともだち』
幾つもの輝きが湧き上がる。
みんなとの記憶。
ふわふわ揺れるシャボン。
温かな夜空に、七色の光が、舞い上がるように、祈るように、吸いこまれていく。