はばたけ!みんなと永遠のオーロ島   作:ホンバラ

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14. えいえんのしま

「コワスンダー……ッ!!!!!」

 地の底まで、奈落のように落ちていく。大地が、凍えるように震える。

 奥底にあふれる感情が、せき止められ、見えない心の狭間に落ちていく。

 虚像の果て。凍るような息。鋭く開いた口。視線の先に、星々のような生命が、ばらばらと散るように舞う。

「ヘロン……っ!!」

 ヘロンは飲まれていった。張りつめるような孤独。でも、温かい、そう思った。眠気を誘うような、生温い絶望。心は開かない。その闇から、目覚めることはない。

 彼女を縛るもの、それは目に見えない、いつの間にか、心を蝕んでいる、時とともに流れる『物語』そのものだった。

 島に伝わる伝説と、再生と破壊を司るという、聖なる炎。

 廻り続けた寂しさが、その中で創られた孤独が、一体、何を癒し、救っていくというのだろうか。

「ヘロぉンっ……!!」

 飲まれていく。言葉はなかった。

 瞳に宿る光も、吐息さえもなかった。

 闇だった。

 全てを塗りつぶしていくような、影だった。

 火山が震えた。

 何かを、外へと送りだそうとした。

 怪物たちがうごめく。軋むような鳴き声。

 青い青い影。

 逃げ惑う鼓動。乱れる影が、他人のように、その繋がりを手放していく。

『ペケッ!』

 バリアが張られていった。

「逃げてっ!!」

 コーラルが声を張り上げる。

 崩れていく。

 小さな宇宙が、いとも容易く、その瞬きを失っていく。

「コワスンダーッ!!!」

 触手が振り下ろされた。

 プリキュアたちは飛び立った。逃げ遅れた村人たちを抱えて、離れの丘へと降り立った。

 悲鳴が舞う。

 空気が粟立っていく。

 ひとつの物語が、いま確かに終わりを迎えようとしていた。

 怪物たちは吠えた。

 ううう、と、声を震わせながら。

 ただ破壊のためにあった。

 彼らは、そのためだけに存在していた。

「何だ、あいつらは……」

 フラミンゴが恐々と言った。

「いつものヤラネーダとは、違う……」

 パパイアが呟いた。

「どう戦えっていうのよ……」

 ラメールがこぼす。

 得体の知れない影が、ごにょごにょと、うごめいていた。

「……助けたい」

 サマーの声。

「……助けたいよ」

 拭いきれない傷。

 声を震わせて、うずくまり、動けない。

 静寂。

 破壊の鼓動が、はるか遠くから、ささやくように聞こえた。

「守ろうよ」

 ぱち、と、光が弾けた。

「ヘロンのことも、みんなのことも……」

 バリアを繋げてきたコーラルが、力強く微笑んだ。

 涙をこぼすサマーに、信頼する仲間たちに、力強く、精いっぱいの誇りをこめて。

「……私たちなら、できる」

 パパイアが両手を握ると、前を見据えた。

「言葉も通じないのに、ともだちになれたくらいだからな」

 フラミンゴが頭を掻く。ああ、そうだな、私たちはそうなんだ。そんな風な、笑いをこめて。

「みんなとまちでトロピカる!」

 ラメールが笑った。

「私たちのまちに」

 フラミンゴが続く。

「私たちのがっこうに」

 パパイアが言う。

「私たちの部室に!」

 コーラルが笑った。

「動物園も忘れないでっ!!」

 サマーは立ち上がる。もちろん、そう言って、きっと、前を見据える。

「――私たちのねがいは」

 ひとつだった。

「私たちが叶えるっ!!!!!」

「コワスンダーッ!!!!!」

 どん! と火山が吠えた。

「行くぞおおおーーーっ!!!」

 サマーは駆けだした。

「ちょっと、またあ……!?」

 少女たちは駆けだした。

 五つの光が瞬いた――。

 

 

     ※

 

 

 深い深い闇。

 どろどろと、淀むような渦。光も、時も、想いも、その全てを捻じ曲げて、停滞させる、気の遠くなるような、絶望の渦。

 ヘロンはその中心にいた。

 中心にいながら、いつも誰かとのはじっこを夢見ていた。

 どくん。

 鼓動が鳴り響く。

 どくん……。

(……なに)

 まぶたが動く。目覚めはしない。まどろみ。

(……私)

 後悔の渦。

(ひどいこと、言った……)

 どくん。

 広がっていく。

 どくん……。

 遠くに見える、星々。

 繋がり。

(……そうか)

 灯火。

(私は、もう、私じゃないんだ)

 

 

……………………

 

 

 優しい音色。

 微かに、聞こえる。

 

 

……………………♪

 

 

 沈んでいく声音。

 星々。

 大きな、大きな、生命の影――。

 

 

 

 

 

「やああああーーーーーっ!!!!!」

 サマーが、ぐっと、拳を握る。

 わっ。

 一瞬で、触手に弾き飛ばされた。

「うわっ!?」

 フラミンゴが触手に巻きつかれた。

「危ない!」

 どんっ!

 パパイアが蹴り下ろす。

 ビッ!

 紅く開いた口から、目にも留まらぬ閃光が、跡形もなく大地をさらった。

『ペケッ!!』

 多重に展開される、大きなバリア。背中合わせのコーラルとラメールが、無機の目々に、果敢に立ち向かう。

『プリキュア! オーシャンバブルシャワーっ!!』

 ぷかぷかぷか……

「コワスンダァァーーーッ!!!!!」

「きゃあああーーーっ!!!?」

 光線の束が、きらきらと、地形を奪っていく。

 バリアが砕けた。粒子が舞った。

『プリキュア! ミックストロピカル――!!!!!』

 わっ。

 粒子がエネルギーへと変わり、巨鳥が羽ばたいていった。

 ギィヤアァァーーーッ!!!!!

「どぅおりゃあああぁーーーーーっ!!!!!」

 その口から、ラメールが飛びだすと、飛び蹴りで、怪物たちをなぎ倒していく。

 一体、二体、三体……。

「コワッ、スンッ、ダッ……!!?」

「まだまだあああーーーっ!!!」

 脚が巻きつかれた。

「っ!?」

 どーん!

 思いきり、叩きつけられた。

 ギィヤアァァーーーッ!!!

 断末魔とともに、巨鳥が四散した。

 巻きついた怪物たちの触手から、電流が流れていった。

 弾ける火花。凍るような吐息。

「コワスンダー……」

 雷鳴が、その影を色濃くさせた。

「まだまだあーーーっ!!!」

 プリキュアたちは立ち上がった。

「はああああーーーーーっ!!!!!」

 脇目も振らず、駆けだしていく。

「コワスンダアァーーーッ!!!!!」

 怪物たちが吠えた。

 彼らは、彼女らは、そうすることしかできないことをわかっていた。

 

 

     ※

 

 

――――――――そのときが、くる

 

 

(……その、とき?)

 

 

――――――――わたしたちは、みている

 

 

 大きな大きな、影。

 

 

――――――――きみたちが、のぞむかぎり

 

 

 ゆらゆらと揺れる。

 

 

――――――――生きようとするかぎり

 

 

 真っ白な、肢体。

 

 

――――――――きみたちの『物語』が生まれる

 

 

(……わたしたち、の)

 

 

――――――――きみ自身の

 

 

 真っ黒な、小さな瞳――。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 黒い霧。

 もやがかかったように、何も見えない。

 ぞぞぞ。

 這いずるような。

 ぞぞぞ。

 ささやき。

(……)

 ヘロンは立ちつくしていた。

 真っ黒な、モザイクのような浜辺に。

 ぞぞぞ。

 まとわりつく。

 こびりつく、生き物のような闇。

 波音。

 ぞぞぞ。

(……私)

 揺れる人影。

(どうして、海を見ていたんだっけ)

 ざっ。

 振り返った。

 誰かが、こちらを見ていた。

 黒い黒い、影。

 鉛筆で塗りつぶしたような、うにゃうにゃとうごめく、霧もや。

 二人は、見つめていた。

 警戒の色。濁っていくような、影。

 ほわ――

 青白い灯り。

 小さな小さな、吐息。

「……へ」

 ぞぞぞ。

「ろ、ん?」

 広がった。

 満ちていくような灯り。

 温かな、ねがいの光。

 見ると、ポケットが光っていた。

 青白い光が、闇の中へと染み渡った。

 

 

 

 

 

 ジャアァーーークッ!!!!!

 ジンベエザメが向かっていった。ざばざばと音を立てて、怪物たちをはねていく。ほとばしる青。抗う鼓動。

「コワスンダアアーーーッ!!!!!」

 つんざく咆哮。幾つもの光線が、青い身体を引き裂いていく。

 ぱおーんっ!!!

 象が飛びだした。ジンベエザメの光をまとい、破壊の鼓動を踏み抜いていく。

「はあああーーーっ!!!!!」

「コワスンダアアアーーーッ!!?」

「まなつぅーーーっ!!!!!」

 声が響いた。

「がんばれえぇぇーーーっ!!!!!」

 アニが叫んでいた。

「ローラぁぁぁーーーっ!!!!!」

 夢を見る子どもたちが。

「さんごちゃぁーーーんっ!!!!!」

「みのりぃぃーーーっ!!!!!」

「あすかぁぁーーーっ!!!!!」

 寂しさを抱えた、ひとつひとつの、小さな生命が。

「プリキュアぁぁぁぁーーーっ!!!!!!!!!!」

 廻り続ける。

 進み続ける。

 あまねく星々。

 はじっこを求め続ける、孤独を内に秘めた、生命の輝きが。

「ヘロぉーーーーーンっっ!!!!!」

 サマーが叫んだ。

「ヘロぉーーーーーンっっ!!!!!」

 プリキュアたちが叫ぶ。

 へろん。

 それは、誰かの名前。

 誰かの言葉。

 廻り続けた、永い永い、目の前の〈あなた〉の物語。

 かたどられた意味が、こめられた想いが、言葉に乗って、闇の中へと響き渡った。

 

 

 

 

 

 ほわ――

 青白い灯り。

 手の中の、小さな欠片。

 純粋で、開いた余白。

 ねがい。

 ことば。

「へろん」

 笑みだった。

 アニの顔が見えた。

 うごめく霧もやが、石がまとう灯りに、柔らかく映えた。

 点々と、影が現れた。

 海の彼方を見つめて、押し黙っていた。

 ゆっくりと振り返った。

 村人たちの顔だった。

 アニ。

 サラ。

 ラウラに、ミネリ。

 シュレオ、カブロス――。

 この地に記憶を刻んでいった、数々の、あまねく生命。

 微笑んでいた。

 ヘロンを見つめて、微笑んでいた。

 白銀の海。

 闇の中で、きらきら光る。

 ゆらゆら揺れる。

 その先の地平が、瞬いた。

 丸みを帯びた、細やかな線に、七色の光が瞬いていた。

 ヘロンは駆けだしていった。

 村人たちが、地平を見据えていった。

 無我夢中で、つまずきながらも、それでも駆け続けていった。

「プリキュアぁぁーーっ!!」

 心からの声。

「まなつぅ……っ!!」

 瞬いていく。

「さんごぉ……っ!!」

 黄色、赤、紫。

「みのりぃ、あすかぁ……っ!!」

 水色、白、虹色――。

「ローラぁぁぁ……っ!!」

 彼女だけの。

「プリキュアぁぁ……っ!!」

 誰も縛ることができない。

「みんなぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!!!!!!!」

 わっ

 光――。

 

 島が光っていった。

 いま、必死に戦っている誰かも。

 声援を送っている誰かも。

 みんな、同じように。

 初めからいたかのように、

 いなかったかのように。

 白い光へと包まれていった。

 

 

     ※

 

 

「……うう」

 目が覚めた。

 何やら、明るい空間。

 いつの間にか、眠ってしまっていたような気がした。

 雲海が過ぎ去っていく。はるか眼下に、青々とした海が見えた。

 不思議な浮遊感。一面に広がる、青い波。

「まなつ」

 優しい笑み。

 温かな声。

 静かな目。

 ずっとずっと見つめ続けた、目の前の、夢の欠片。

 まなつは見とれていた。

 目の前の女性に。

 知っていた。

 その幼さの欠片を、覚えていた気がした。

 抱きしめられていた。

 懐かしい匂い。

 その吐息。

 鼓動、温もり――。

「へろん」

 思わず言葉が漏れた。

 大丈夫だよ、と応えた。

「まなつたちの世界にも、届くよ」

 海原に、小さな島が見えた。

「時間を越えて、海を越えて」

 どん! 火山から、七色の光が舞い上がる。

「あの島は、きっと、ゆりかご」

 何にも染まらない、まだ赤子のような世界へと。

「誰かからの、お星さまみたいな、贈り物」

 誰も知らない物語を、この小さな宇宙から、広い世界へと届けるために。

 過ぎ去っていく。

 一面の海だけが、どこまでも。

 中心でもあり、はじっこでもある、生まれたばかりのこの世界を、満たすために。

「へろん?」

 ローラが起き上がった。

 さんごたちも、起き上がっていく。

 ぽかんとして、目の前に佇む女性に、目を見張る。

 彼女は消えかけていた。

 もう、会うことはできないような。

 こうして、笑うことはできないような。

 その時は、もう近づいていた。

「……みんなとは、ここでお別れ!」

 涙がつたった。

「だけど、また、会えるからっ!」

 紐解かれていく。

「何度だって、話すからっ!!」

 彼女の身体は、自由を手にしようとしていた。

「嬉しいことも、悲しいことも」

 ひとつの物語が終わる。

「悔しいこと、とかも」

 新しい物語が始まる。

「ぜんぶ」

 過ぎていく。

 光の速さで。

 誰も追いつくことができない、時の流れの、彼方で――。

「へろん」

 まなつは呟いた。

 温かい手が、繋がれた。

「……行こっ!!」

 振り仰ぐ。

 見ていた景色が、あっけなく、理屈もなく、ひっくり返っていった。

 

 

 

 

 

 街にいた。

 振り返ると、まなつたちがいた。

 村人たちがいた。

 まなつが、気勢を上げて、少女の手を引いていった。

 

 夢のような時間だった。

 様々な人、様々な場所。

 誰かの笑顔、誰かの言葉。

 声、音、歌。その、ひとつひとつに連なる、輝く生命。

 反発し、調和し、求め合って、それらは奇跡のように保たれていた。

 商店街に行った。

 遊園地にも行った。ジェットコースターに乗った。

 動物園に行った。

 大きな象に、みんなで圧倒された。

 水族館に行った。

 大きな水槽、そのうねるような青い身体。

 私の心が、みんなの生命が、どこまでも輝いていく。

 学校に行った。

 メイクのお店にも行った。

 慣れない景色が、確かな躍動が、私の中に、はっきりと返ってきた。

 大きなモールの、ケーキ屋さんに行った。

 美味しいケーキを食べた。

 ずっしりとした瓶と、甘い香りが、私に、確かな未来を予感させた。

 この日のことを、私は、忘れないと思う。

 そこにあった景色を、あなたの中の輝きを、私は、けっして忘れないと思う。

 夕陽が、顔をのぞかせていった。

 砂浜が、夜の準備に、薄闇をまとっていった。

「……これ」

 みのりが言った。

「たぶん、持っていった方がいい」

 真新しい紙。入部希望、そんな文字がちらりと見えた。

「学校から持ってきてたのか」

 あすかが呆れたように笑った。

「これで、いつでも遊べるね!」

 さんごが嬉しそうに微笑んだ。

「ヘロン、字は書ける?」

 ローラが尋ねた。

「この、入部希望、ってところにぃ……」

「わかるよ」

 まなつを遮って、ヘロンが笑った。

「ねえ」

 ヘロンは呟いた。

「自分のことばで伝える、って」

 にい、と口元をゆがめる。

「すっごく『トロピカってる』!」

 幻のような身体。

「……マ、な」

 光のように、満ちていく。

「ミ、ん、ナ」

 流れ星が、ちらりと見えた。

 おうろ。

 そう言った。

 その意味は、きっと、私たちだけの宝物だった。

 おともだち。

 最後に、そう呟いた。

 幾つもの輝きが、湧き上がっていった。

 みんなとの記憶、ふわふわと揺れるシャボン。

 七色の光が、輝く夜空へと吸いこまれていった。

 

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