「えっへっへ~。すぺしゃる大盛りごは~ん」
まなつが山盛りのご飯を掲げて笑う。
「……何よそれ」
ローラは思わず笑ってしまう。
ここは夏海家のキッチン。時刻は午後七時を回り、今日も夕食の時間が始まろうとしていた。
「ローラの分もよそってあげるね!」
ローラの茶碗が奪われた。
「あ……!」
みるみるうちにローラの茶椀も山盛りになる。
「ちょ、自分でやる……! ねえ、まなつぅ……!」
しゃもじを取り合う二人を見て、まなつの母・碧は口をゆるませた。
「二人とも、今日もたくさん遊んだのねえ」
まなつはしゃもじの手をゆるめない。
「うん! だから、ご飯ももりもりいけちゃうよ!」
「ちょ、盛りすぎだって……!」
ローラは背後でわたわたと慌てていた。
「今日は何して遊んだの……?」
碧はおかまいなしに尋ねた。
「えっとねえ。まず、あすか先輩とお相撲ごっこでしょ? あと、さんごのお店で新作のコスメを試してえ……。あ! マリンモールにできた新しいケーキ屋さん、めちゃ美味しそうだったぁ!」
「ほんとぉ? 今度行ってみるわ!」
まなつと碧は、息の合った親子の会話を繰り広げる。
ローラは、自分の茶碗をこっそりと取り返す。
「……」
ご飯から、もくもくと湧き上がる湯気。その温もりが、ご飯の量を減らそうとしたローラの腹の虫を刺激した。
「それからねえ! ……あれ?」
まなつはローラの茶碗を見つめていた。
「……何よ」
山盛りのままの湯気に、真っ赤な顔が浮かぶ。
「私だって、腹ぺこなのおっ!」
まなつは嬉しそうに笑った。
「私と同じっ!」
ローラは何も言えなくなってしまう。
「もおっ!!」
やぶれかぶれになる。
「それでっ! どうなったのよおっ!?」
「ああ、それからねぇ! 新作コスメを試した後はぁ、みのりん先輩から、本屋さんで、おすすめの本をぉ」
「違うわよ! 私は忘れてないんだからっ!」
「ああ、そうだ! ローラったらねえ。ペットショップで、逃げた動物たちから追いかけられちゃってぇ」
「まなつが、おっきなくしゃみで脅かしたせいでしょおっ!?」
「あはは、ごめぇん」
「軽くトラウマなんだからね! 夢に出たら、責任取ってもらうんだから……っ!」
あーだこーだと言い合う二人を、碧は優しく見ていた。
「それは、災難だったわね」
振り返ったローラが「いえ」と言った。碧の向かい側へと、山盛りの茶碗とともに座っていく。
「ここで暮らすようになってから、陸の動物にもずいぶんと慣れましたから」
碧は、どこか引っかかったように「陸の?」と尋ねた。
ローラは、しまった……、と思った。
「ロっ、ローラは、ふるさとじゃ、陸の動物見たことなかったんだってぇ!」
「そっ、そう! 海の近くで育ったもので!」
ローラが、実は人魚の国から来たなどという事実は、知られるわけにはいかない。
「あら、そうだったの? なら、今度、動物園にでも連れて行ってあげたら?」
碧はきょとんとした。
「ローラ、まだ行ったことなかったでしょう?」
ローラの瞳が輝いた。
「……行ってみたい!」
まなつが身を乗りだした。
「じゃあ、今度みんなで行こうよっ!」
「あ……、それ賛成っ!」
ピンチはいつの間にか去っていたらしい。
「私、本物のゾウが見てみたい! まなつは?」
「えーっとねぇ。私は、お猿さん!」
「あはは、まなつにぴったりぃ!」
「えー、そうかな? ウキキッ!」
「あははっ、似てるう……!」
「ほらほら。ご飯が冷めちゃうわよ? 大盛りが」
碧はキッチンへと歩いていった。
「あっ! そうだった……!」
テーブルへと向き直っていく。
「さあ、今日のおかずは自信作よ……!」
色とりどりの料理が並べられた。
「わぁ、おいしそぉ~っ!」
温かな笑顔がこぼれていった。
いつも通りの日常――。
いつも自分のそばにいてくれる、大切な人たち――。
そんな変わらない時間を、二人は大切にかみしめた。
「さあ、召し上がれ……」
「いただきまぁーっす!!」
「ふふ、どうぞ」
賑やかな食事の時間が、今日も始まった。
「くるる~ん!」
まなつの部屋。
くるるんが、古びた瓶を転がしながら楽しそうに遊んでいた。
※
時刻は午後十時を回って。
静まっているリビングには、バスルームからシャワーの音が響いていた。洗面台では、ローラが眠そうな顔で歯磨きをしている。まなつはソファに座りながら、がっしりと備え付けのクッションを抱えて、向かいのテレビを見つめていた。
『海底へと沈んだ、未知の古代文明――』
テレビから重苦しいナレーションが響く。
『これらは、その時を超えたメッセージなのだろうか?』
「まだ寝ないのぉ……?」
ローラがあくびをしながらやって来た。
まなつは、がちがちと歯を鳴らしながら、それ! それ! と、テレビに映る、かすれた文字が刻まれた小石群を示していった。
『はたまた、地球外からの人智を超えた警告なのか……』
不気味なエイリアンの絵が浮かび上がった。
「ぎいやあぁぁぁっ……!!?」
「怖いんだったら見なければ……?」
ローラが呆れたようにあくびをした。
「でも、それでも、気になるんだよお……っ!」
まなつが涙目で訴えた。
『これは、間違いなく世紀の発見でしょう……!』
どこぞの外国教授が、小石群のひとつを手に取って嬉しそうにはしゃいでいる。
「もしかして、昼間の?」
ローラが思い出したように尋ねた。
「くるる〜ん!」
まなつの隣で、くるるんが、まるでお気に入りの玩具のように瓶を愛でている。
まなつは「うん」と頷くと、その瓶を取っていった。
「これ、いったい誰が送ってくれたのかなあ、って」
見つけた時と同じように、変色した紙が納まっていた。
「学校の誰かが、ってわけじゃなさそうよね。そうとう年季が入っているみたいだし」
ローラがまなつの隣へと座っていく。
「会ってみたいなあ。その、誰かさんっ!」
まなつは寝転がっていった。
「わ、ちょっとぉ……!」
灯りに瓶がかざされていく。
「あ~あ。ローラが、これがどこから流れてきたのか、わかったらなぁ」
いびつな光が揺らめいた。
「無茶言わないで……! 世界に、いったいどれだけの海流があると思ってんのよ。長いこと海の上を彷徨っていたとなれば、いくら私だってわかんない!」
「へへ、ですよねえ」
ローラはテレビに向き直ると、遠くを見つめるように、目を澄ませていった。
「私だって、海のことが全部わかるわけじゃない……。まなつだって、この世界のこと、全部知っているわけじゃないでしょ?」
「うん……」
ローラは、わからないことが当たり前よ、と言うようだった。
「それだって、その知らないところから来たのよ」
テレビには、どこまでも広がる大海原が映っていた。
「きっとね」
※
「放課後ぉーーっ!!」
高らかなチャイム音……。
あおぞら中学校の屋上にある、『トロピカる部』の部室で、まなつの声が響いた。
「全員、集合ぉーっ! 番号ぉーっ! 1! 2! 3! 4ぃーっ……!」
「自分で言っちゃうんだ……」
隣のさんごがツッコんだ。
「……あれ?」
カウントが合わないことに気付く。
「あすか先輩は?」
さんごが補足するように言った。
「しばらく受験勉強でお休みだよ」
みのりが本を読みながらさらに補足する。
「昨日、そう言ってた……」
「えー? そだっけ?」
まなつの目がつぶらな点になった。
「まだ顔を出してくれてた、ってだけでも奇跡よ……」
ローラが呆れたように振り返る。
「そっかあ。でも、やっぱり寂しいなぁぁ~」
まなつが机へとうなだれる。
「仕方ないね……」
さんごも気持ちは同じだった。
「私も来年はそうなる。その次はあなたたち……」
みのりの眼鏡が光っていった。
「ひぃぃ~……っ!?」
「何だか緊張するね……」
いびられる(?)一年生の二人は、ただただ身を縮こませていった。
「まあ、時間は短いようで長い。まだまだ先の話……」
「先のことなんてわからないわ、心配するだけムダよ」
「くるる〜ん!」
「あ! わからない、と言えば……!」
まなつがカバンから何かを取りだした。
「……それって」
みのりが目を見開いた。
「昨日の……」
さんごが呟いた。
「そう! 古代文明からの、未知のメッセージ!」
古びた瓶が握られていた。
「古代文明?」
「メッセージ、だったっけ?」
「みんなで考えれば……、これが何なのか、どこから来たのか、絶対にわかると思うんだっ!」
「そんなに上手くいくの?」
ローラの疑わしそうな視線を振り払う。
「いくいくっ! みのりん先輩だっているんだしっ!」
さんごが苦笑した。
「わからなすぎて、放っておいてたもんね……」
みのりが待ってましたという風に口を開いていった。
「ボトルメール自体は、そう珍しいものじゃない。過去にも、海流調査を目的に、多くのボトルメールが海へと流されてる。古いものだと、ゆうに百年前を超しているものも」
「え~! そうなのぉ!?」
「そういうニュース、見たことある! 偶然拾ったボトルが、開けてみたら、遠い国からの古いメッセージだったとか……」
「へええ〜……!」
ローラが不服そうに言った。
「勝手に海で実験するなんて……、不法投棄もいいとこよ」
「ローラ……」
さんごのロマンが崩れていった。
「でも実際、そうらしい」
みのりが眼鏡を上げた。
「ええ~、そうなのぉ!?」
「当然よっ!」
(以下、マシンガントークにつき、台本調……)
みのり「海に影響を与えてはいけない、そういった条約にこの国も加入している。勝手に物を流したり、捨てたりすれば、それはもちろん犯罪として罰せられる」
さんご「そうなんだ……」
まなつ「ええ、じゃあ、願い石もダメだったのかな……?」
みのり「願い石……?」
さんご「あ! バタ足の!」
ローラ「ちょっと、思い出すとこそこ?」
さんご「あは」
みのり「いや、石は平気よ。だってゴミじゃない」
まなつ「そっかぁ! さっすがみのりん先輩! 犯罪博士っ!」
さんご「言い方が……」
ローラ「普通わからない?」
みのり「因みに、お祭りだったら、灯篭流しや、ひな流し、ああいうのも厳密にはアウト。流した後、ちゃんと回収してるみたい」
まなつ「すごおいっ! 大博士! 大きょーじゅだあっ!」
みのり「実は昨日、気になって調べたの」
ローラ「熱心ねえ」
さんご「みのりん先輩、すごいやる気……」
まなつ「じゃあ、今日の部長は、みのりん先輩、いや、みのりん博士に決まりだねっ!」
みのり「え……、私……?」
ローラ「それ、代理ってこと?」
まなつ「そだよー?」
さんご「でも、あすか先輩、しばらく来れないみたいだし……」
まなつ「じゃあじゃあ、ニュー部長の誕生じゃあん!」
みのり「え」
まなつ「トロピカってる~っ! 今日からお願いしますね! みのりん先輩! いや、部長! いや、博士っ!?」
みのり「いや、どれ?」
ローラ「どれにしろ、急すぎよ」
さんご「だね……」
ローラ「まあ、博士だろうと、部長だろうと、この部じゃどうせ変わらないんだし。やってみたら?」
まなつ「『きょうじゅ』もありますよっ!」
ローラ「いや、ない」
みのり「……私」
しれっと出ていこうとする。
ローラ「(捕まえて)おい」
みのり「教授がいい、です」
まなつ「じゃあ私、『係長』!」
ローラ「ない……っ!」
さんご「じゃあ『キャプテン』とか、『リーダー』はどうかな?」
ローラ「それもないっ! てか、さんごまで……!?」
まなつ「いいねえそれ! じゃあ、さんごはどうする?」
さんご「私? 私は、ヘアメイク!」
まなつ「ヘアメイクう!?」
みのり「係長にヘアメイク、どんな部活……?」
まなつ「さんごにぴったりぃ! トロピカってるー!」
さんご「えへへ、そうかな……」
まなつ「じゃあ、さんごは『おしゃれリーダー』ね!」
みのり「『おしゃれリーダー』?」
さんご「じゃあ、みのりん先輩はどうするの?」
まなつ「んー、ただの『教授』じゃつまんないから……」
さんご「『アオゾラリアン教授』は!?」
まなつ「わぁ、カッコいいかも!?」
みのり「だったら、まなつはどうなるっていうの?」
まなつ「んー、そうだな、ただの係長じゃあ……」
さんご「『トロピカ係長』!」
まなつ「わあ、何それえっ!」
みのり「トロピカってる、係長?」
まなつ「トロピカってる〜っ!! でも、何の係の係長かなあ?」
さんご「何だろう」
ローラ「知らないわよ……」
まなつ「もお! みのりんせんぱあい!」
みのり「言いがかり」
スペースキャプテンだの、おしゃれ番長だの、続々と理解しがたい名称が飛び交った。
ローラ「何なの? 部長の話はどこにいったの……? もお! あすかあっ!!」
まなつ「やっぱり、あすか先輩のツッコミがなきゃ寂しいよぉ~!!」
ローラ「だ〜、うっさぁい!! だったらボケなきゃいいでしょおっ!?」
みのり「まだ時間ある、卒業式まで」
まなつ「そっか、そうだね! ねえねえ、なんか卒業祝いにプレゼントあげない!?」
さんご「あっ、それいい!」
みのり「ダンベルとか、筋トレ道具……」
まなつ「高校でもテニス頑張ってください、みたいなね! いい! トロピカってる!」
ローラ「何か他にないわけ? だって、卒業祝いよ?」
まなつ「ええー? じゃあ、お菓子? 紅白饅頭とか?」
ローラ「なんでそーなる……」
さんご「川に永遠の友情を誓って、何かを流すとか?」
まなつ「えー! ドラマみたいでカッコいい!」
さんご「でも、何を流せばいいのかな」
まなつ「ん~、トロピカルメロンパン!」
みのり「捕まるよ」
ローラ「汚いわっ! 水質汚染、海を代表して、私が許さないんだからぁっ!」
べらべら、だらだら、ぶらぶらと……。
ムダなようにも思えるが、彼女たちにとってはかけがえのない時間が過ぎていった。
「くるる~ん!」
議論が白熱する中、くるるんが瓶を転がしていった。
※
「じゃあ、また明日ねーっ!」
まなつの声が響いた。
「ばいばーい!」
「じゃあ」
さんごとみのりが分かれ道の方へと歩いていく。
「いやぁ、今日も楽しかったね~……」
まなつが声を弾ませた。
「まあ、いつもと変わらない気もするけど……。悪くはなかったわ」
ローラが髪をかき上げる。
「くるる~ん!」
くるるんの声。ローラはカバンからアクアポットを取りだすと、画面をのぞきこんでいった。
「あ、くるるんも楽しかったー?」
ぷかぷか泳ぐくるるんに、まなつも顔を近づけた。
「くるる~ん!」
くるるんは画面から顔を出すと、あるものを手渡していった。
「結局、全然話せなかったぁ!!」
古びている瓶だった。
「ま、いつも通り……。別にいいじゃない」
ローラは、この何一つ予定通りにはいかなかった一年を思いだしていた。
「うう~、でも、気になるんだよお~」
まなつがとぼとぼと歩いていく。
どことなく哀愁があるその背中が、ローラのツボをくすぐった。
夕方のチャイムが鳴った。
とても昔の曲なのだが、まなつたちには毎日聞きなじみのある曲だった。
聞いていると、不思議とどこか切ない感じがした。
「あ~あ……。今日もおしまいかぁー」
まなつが名残惜しそうに漏らした。
「今年も、そろそろおしまいだね〜」
ローラが透き通るような表情で振り向いた。
「おしまい?」
「うん……。でもね! 年末にも、楽しいことがたくさんあるんだよ? クリスマスに、あと、大みそか! みんなで美味しいもの食べて、一緒に遊んだりしてえ……!」
まなつは気付いた。
「あれ? これじゃ、いつもと同じだね……!」
ローラは口を閉ざしていた。
「でもね! 絶対に――」
「――終わったって」
ローラは立ち止まっていた。
「……変わらないわ」
時間が止まったように立ちつくしていた。
「……私たち、このままよ」
アクアポットが強く握りしめられる。
「……ずっと」
まなつは見つめていた。
ローラは、あふれだしそうになる感情を必死に抑えつけていた。
「……ローラ」
見向きもしなかった。
静寂だけが流れていった。
「へへ」
まなつは微笑んだ。
「ローラ、ちょっと、付き合って……!」
身体が進んでいった。
「え……、ちょっと……?」
迷いなく進んでいくまなつと、その手が繋がれていた。
※
「ねえ、家と真逆じゃない! どこまで行くの……?」
「……ここ、だよっ!」
まなつはその脚をようやく止めていった。
息を切らして、ローラが顔を上げていく。
小さな入り江が広がっていた。
「私とローラの、想い出の場所……」
ハート型の空洞が開いた岩が、ぽつんとそそり立っている。
「……ここ」
夕陽を受ける海面が輝いていた。
「私が、この街に来て、初めて友だちと会えた場所」
まなつは振り返った。
「私ね……。あの時、不安だったんだ。……本当だよ? でもローラに会って、プリキュアになって……。それから、さんごや、みのりん先輩、あすか先輩たちと出会えて……。あれから、毎日めっちゃトロピカれてる!」
まなつはローラを見つめた。
「ローラが、私たちを繋げてくれたんだよ!」
ローラの表情が崩れていった。
「……ローラっ!?」
まなつが駆け寄っていった。
「……私じゃ、ないっ!」
震える声で、ローラは言葉を継いだ。
「海風の、せいっ!」
海を指し示していた。
まなつは優しい笑みを浮かべていった。
「海のおかげ、だね」
それから明るい調子で話し始める。
「そういえば、この瓶だって、海が運んできてくれたんだもんね……っ!」
「そうよっ!」
ローラは背を向けていた。
「いつか、会えるかなあ? これを送ってくれた人とも……」
「……会えるわよっ!」
ローラは人魚の姿に変身すると、煌めく水面へ飛びこんだ。
「うわぁっ!? どしたの、急に……?」
「うるさいっ! わかってるくせに……っ!」
「え……? 泣いてるの……?」
「はああっ!? 泣いてないっ!」
「ええ~……?」
夕陽の輝きがじんわりと満ちていた。
※
満天の星々が広がっていた。
夏海家のリビング。そのソファでは、ローラがくるるんをなでながら、向かいのテレビを見つめていた。
賑やかな音楽が響いていた。テレビに映る子ども番組のテーマが部屋中の空気を満たしていた。
「お母さん、今日遅いってぇ」
歯磨きを終えたまなつが、あくびをしながらやって来た。
「そろそろ、寝ちゃおっか……?」
ローラは微笑んだ。
「……会えるよ」
「……え?」
頬をぽりぽりと掻いていく。
「私たちだって、会えたじゃない。……会えないわけない」
まなつを見つめる。
「この世界に生きている限り」
まなつは微笑んだ。
テレビでは、昔の人形劇が放送されていた。どこかの島で、様々な人びとが、どたばたと騒ぎながら、それでも楽しそうに走り回っていた。
「そうだね」
※
時刻は深夜零時を回って。
まなつの部屋・二階のロフトでは、二人が向かい合うようにして眠っていた。窓からは、明るい夜空の光が射しこんでいた。
透き通るような表情のローラが、寝息を立てていった。くるるんも、二人の間で心地よさそうな寝言を漏らしている。
まなつの目には、まるで夜空のように優しい光が浮かんでいた。
窓棚には、月明かりに照らされた古びた瓶が置かれていた。ガラスの膜に覆われながら、その色あせた紙きれが青白く映えている。
まなつは瓶へと手を伸ばしていった。
ローラの健やかな表情を振り返ると、にこやかに微笑んでいく。
「ちょっと、風にあたってくるね……」
ソファを立つ音と、とたとたと足音が吸いこまれていった。
※
夜の浜辺は、星明かりに満ちていた。
穏やかな波音が、その沈黙を飲みながら、広大な海へと吸いこまれていく。
波打ち際に、パジャマ姿のまなつがやって来た。何かに期待しているようなその笑み。その視線は、海の向こうをしっかりと見据えていた。
砂浜へと腰を下ろしていく。持っていた瓶を開くと、ゆっくりと紙を取りだしていった。
「……あれ?」
手が止まっていった。
「この、匂い……」
紙と瓶とを、見比べていく。
すぐに優しい笑みが浮かんでいった。
「……すぐに、会えるよね」
折り畳まれた紙が、ゆっくりと開かれていった。
大海原が、その果ての水平線までを、すっかりと露わにしていた。
まなつの目には、『トロピカるぶ』の文字が映りこんでいった。
にこやかに微笑むと、静かにささやいていく。
「……私の名前は、夏海まなつ」
話しかけるように、送りだしていく。
「あなたの名前は……?」
空っぽになった瓶が、ぽっかりと口を開けながら、そのやり取りを聞いていた。