はばたけ!みんなと永遠のオーロ島   作:ホンバラ

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1. ずっと、変わらない

「えっへっへ~。すぺしゃる大盛りごは~ん」

 まなつが山盛りのご飯を掲げて笑う。

「……何よそれ」

 ローラは思わず笑ってしまう。

 ここは夏海家のキッチン。時刻は午後七時を回り、今日も夕食の時間が始まろうとしていた。

「ローラの分もよそってあげるね!」

 ローラの茶碗が奪われた。

「あ……!」

 みるみるうちにローラの茶椀も山盛りになる。

「ちょ、自分でやる……! ねえ、まなつぅ……!」

 しゃもじを取り合う二人を見て、まなつの母・碧は口をゆるませた。

「二人とも、今日もたくさん遊んだのねえ」

 まなつはしゃもじの手をゆるめない。

「うん! だから、ご飯ももりもりいけちゃうよ!」

「ちょ、盛りすぎだって……!」

 ローラは背後でわたわたと慌てていた。

「今日は何して遊んだの……?」

 碧はおかまいなしに尋ねた。

「えっとねえ。まず、あすか先輩とお相撲ごっこでしょ? あと、さんごのお店で新作のコスメを試してえ……。あ! マリンモールにできた新しいケーキ屋さん、めちゃ美味しそうだったぁ!」

「ほんとぉ? 今度行ってみるわ!」

 まなつと碧は、息の合った親子の会話を繰り広げる。

 ローラは、自分の茶碗をこっそりと取り返す。

「……」

 ご飯から、もくもくと湧き上がる湯気。その温もりが、ご飯の量を減らそうとしたローラの腹の虫を刺激した。

「それからねえ! ……あれ?」

 まなつはローラの茶碗を見つめていた。

「……何よ」

 山盛りのままの湯気に、真っ赤な顔が浮かぶ。

「私だって、腹ぺこなのおっ!」

 まなつは嬉しそうに笑った。

「私と同じっ!」

 ローラは何も言えなくなってしまう。

「もおっ!!」

 やぶれかぶれになる。

「それでっ! どうなったのよおっ!?」

「ああ、それからねぇ! 新作コスメを試した後はぁ、みのりん先輩から、本屋さんで、おすすめの本をぉ」

「違うわよ! 私は忘れてないんだからっ!」

「ああ、そうだ! ローラったらねえ。ペットショップで、逃げた動物たちから追いかけられちゃってぇ」

「まなつが、おっきなくしゃみで脅かしたせいでしょおっ!?」

「あはは、ごめぇん」

「軽くトラウマなんだからね! 夢に出たら、責任取ってもらうんだから……っ!」

 あーだこーだと言い合う二人を、碧は優しく見ていた。

「それは、災難だったわね」

 振り返ったローラが「いえ」と言った。碧の向かい側へと、山盛りの茶碗とともに座っていく。

「ここで暮らすようになってから、陸の動物にもずいぶんと慣れましたから」

 碧は、どこか引っかかったように「陸の?」と尋ねた。

 ローラは、しまった……、と思った。

「ロっ、ローラは、ふるさとじゃ、陸の動物見たことなかったんだってぇ!」

「そっ、そう! 海の近くで育ったもので!」

 ローラが、実は人魚の国から来たなどという事実は、知られるわけにはいかない。

「あら、そうだったの? なら、今度、動物園にでも連れて行ってあげたら?」

 碧はきょとんとした。

「ローラ、まだ行ったことなかったでしょう?」

 ローラの瞳が輝いた。

「……行ってみたい!」

 まなつが身を乗りだした。

「じゃあ、今度みんなで行こうよっ!」

「あ……、それ賛成っ!」

 ピンチはいつの間にか去っていたらしい。

「私、本物のゾウが見てみたい! まなつは?」

「えーっとねぇ。私は、お猿さん!」

「あはは、まなつにぴったりぃ!」

「えー、そうかな? ウキキッ!」

「あははっ、似てるう……!」

「ほらほら。ご飯が冷めちゃうわよ? 大盛りが」

 碧はキッチンへと歩いていった。

「あっ! そうだった……!」

 テーブルへと向き直っていく。

「さあ、今日のおかずは自信作よ……!」

 色とりどりの料理が並べられた。

「わぁ、おいしそぉ~っ!」

 温かな笑顔がこぼれていった。

 いつも通りの日常――。

 いつも自分のそばにいてくれる、大切な人たち――。

 そんな変わらない時間を、二人は大切にかみしめた。

「さあ、召し上がれ……」

「いただきまぁーっす!!」

「ふふ、どうぞ」

 賑やかな食事の時間が、今日も始まった。

 

「くるる~ん!」

 まなつの部屋。

 くるるんが、古びた瓶を転がしながら楽しそうに遊んでいた。

 

 

     ※

 

 

 時刻は午後十時を回って。

 静まっているリビングには、バスルームからシャワーの音が響いていた。洗面台では、ローラが眠そうな顔で歯磨きをしている。まなつはソファに座りながら、がっしりと備え付けのクッションを抱えて、向かいのテレビを見つめていた。

『海底へと沈んだ、未知の古代文明――』

 テレビから重苦しいナレーションが響く。

『これらは、その時を超えたメッセージなのだろうか?』

「まだ寝ないのぉ……?」

 ローラがあくびをしながらやって来た。

 まなつは、がちがちと歯を鳴らしながら、それ! それ! と、テレビに映る、かすれた文字が刻まれた小石群を示していった。

『はたまた、地球外からの人智を超えた警告なのか……』

 不気味なエイリアンの絵が浮かび上がった。

「ぎいやあぁぁぁっ……!!?」

「怖いんだったら見なければ……?」

 ローラが呆れたようにあくびをした。

「でも、それでも、気になるんだよお……っ!」

 まなつが涙目で訴えた。

『これは、間違いなく世紀の発見でしょう……!』

 どこぞの外国教授が、小石群のひとつを手に取って嬉しそうにはしゃいでいる。

「もしかして、昼間の?」

 ローラが思い出したように尋ねた。

「くるる〜ん!」

 まなつの隣で、くるるんが、まるでお気に入りの玩具のように瓶を愛でている。

 まなつは「うん」と頷くと、その瓶を取っていった。

「これ、いったい誰が送ってくれたのかなあ、って」

 見つけた時と同じように、変色した紙が納まっていた。

「学校の誰かが、ってわけじゃなさそうよね。そうとう年季が入っているみたいだし」

 ローラがまなつの隣へと座っていく。

「会ってみたいなあ。その、誰かさんっ!」

 まなつは寝転がっていった。

「わ、ちょっとぉ……!」

 灯りに瓶がかざされていく。

「あ~あ。ローラが、これがどこから流れてきたのか、わかったらなぁ」

 いびつな光が揺らめいた。

「無茶言わないで……! 世界に、いったいどれだけの海流があると思ってんのよ。長いこと海の上を彷徨っていたとなれば、いくら私だってわかんない!」

「へへ、ですよねえ」

 ローラはテレビに向き直ると、遠くを見つめるように、目を澄ませていった。

「私だって、海のことが全部わかるわけじゃない……。まなつだって、この世界のこと、全部知っているわけじゃないでしょ?」

「うん……」

 ローラは、わからないことが当たり前よ、と言うようだった。

「それだって、その知らないところから来たのよ」

 テレビには、どこまでも広がる大海原が映っていた。

「きっとね」

 

 

     ※

 

 

「放課後ぉーーっ!!」

 高らかなチャイム音……。

 あおぞら中学校の屋上にある、『トロピカる部』の部室で、まなつの声が響いた。

「全員、集合ぉーっ! 番号ぉーっ! 1! 2! 3! 4ぃーっ……!」

「自分で言っちゃうんだ……」

 隣のさんごがツッコんだ。

「……あれ?」

 カウントが合わないことに気付く。

「あすか先輩は?」

 さんごが補足するように言った。

「しばらく受験勉強でお休みだよ」

 みのりが本を読みながらさらに補足する。

「昨日、そう言ってた……」

「えー? そだっけ?」

 まなつの目がつぶらな点になった。

「まだ顔を出してくれてた、ってだけでも奇跡よ……」

 ローラが呆れたように振り返る。

「そっかあ。でも、やっぱり寂しいなぁぁ~」

 まなつが机へとうなだれる。

「仕方ないね……」

 さんごも気持ちは同じだった。

「私も来年はそうなる。その次はあなたたち……」

 みのりの眼鏡が光っていった。

「ひぃぃ~……っ!?」

「何だか緊張するね……」

 いびられる(?)一年生の二人は、ただただ身を縮こませていった。

「まあ、時間は短いようで長い。まだまだ先の話……」

「先のことなんてわからないわ、心配するだけムダよ」

「くるる〜ん!」

「あ! わからない、と言えば……!」

 まなつがカバンから何かを取りだした。

「……それって」

 みのりが目を見開いた。

「昨日の……」

 さんごが呟いた。

「そう! 古代文明からの、未知のメッセージ!」

 古びた瓶が握られていた。

「古代文明?」

「メッセージ、だったっけ?」

「みんなで考えれば……、これが何なのか、どこから来たのか、絶対にわかると思うんだっ!」

「そんなに上手くいくの?」

 ローラの疑わしそうな視線を振り払う。

「いくいくっ! みのりん先輩だっているんだしっ!」

 さんごが苦笑した。

「わからなすぎて、放っておいてたもんね……」

 みのりが待ってましたという風に口を開いていった。

「ボトルメール自体は、そう珍しいものじゃない。過去にも、海流調査を目的に、多くのボトルメールが海へと流されてる。古いものだと、ゆうに百年前を超しているものも」

「え~! そうなのぉ!?」

「そういうニュース、見たことある! 偶然拾ったボトルが、開けてみたら、遠い国からの古いメッセージだったとか……」

「へええ〜……!」

 ローラが不服そうに言った。

「勝手に海で実験するなんて……、不法投棄もいいとこよ」

「ローラ……」

 さんごのロマンが崩れていった。

「でも実際、そうらしい」

 みのりが眼鏡を上げた。

「ええ~、そうなのぉ!?」

「当然よっ!」

 (以下、マシンガントークにつき、台本調……)

みのり「海に影響を与えてはいけない、そういった条約にこの国も加入している。勝手に物を流したり、捨てたりすれば、それはもちろん犯罪として罰せられる」

さんご「そうなんだ……」

まなつ「ええ、じゃあ、願い石もダメだったのかな……?」

みのり「願い石……?」

さんご「あ! バタ足の!」

ローラ「ちょっと、思い出すとこそこ?」

さんご「あは」

みのり「いや、石は平気よ。だってゴミじゃない」

まなつ「そっかぁ! さっすがみのりん先輩! 犯罪博士っ!」

さんご「言い方が……」

ローラ「普通わからない?」

みのり「因みに、お祭りだったら、灯篭流しや、ひな流し、ああいうのも厳密にはアウト。流した後、ちゃんと回収してるみたい」

まなつ「すごおいっ! 大博士! 大きょーじゅだあっ!」

みのり「実は昨日、気になって調べたの」

ローラ「熱心ねえ」

さんご「みのりん先輩、すごいやる気……」

まなつ「じゃあ、今日の部長は、みのりん先輩、いや、みのりん博士に決まりだねっ!」

みのり「え……、私……?」

ローラ「それ、代理ってこと?」

まなつ「そだよー?」

さんご「でも、あすか先輩、しばらく来れないみたいだし……」

まなつ「じゃあじゃあ、ニュー部長の誕生じゃあん!」

みのり「え」

まなつ「トロピカってる~っ! 今日からお願いしますね! みのりん先輩! いや、部長! いや、博士っ!?」

みのり「いや、どれ?」

ローラ「どれにしろ、急すぎよ」

さんご「だね……」

ローラ「まあ、博士だろうと、部長だろうと、この部じゃどうせ変わらないんだし。やってみたら?」

まなつ「『きょうじゅ』もありますよっ!」

ローラ「いや、ない」

みのり「……私」

 しれっと出ていこうとする。

ローラ「(捕まえて)おい」

みのり「教授がいい、です」

まなつ「じゃあ私、『係長』!」

ローラ「ない……っ!」

さんご「じゃあ『キャプテン』とか、『リーダー』はどうかな?」

ローラ「それもないっ! てか、さんごまで……!?」

まなつ「いいねえそれ! じゃあ、さんごはどうする?」

さんご「私? 私は、ヘアメイク!」

まなつ「ヘアメイクう!?」

みのり「係長にヘアメイク、どんな部活……?」

まなつ「さんごにぴったりぃ! トロピカってるー!」

さんご「えへへ、そうかな……」

まなつ「じゃあ、さんごは『おしゃれリーダー』ね!」

みのり「『おしゃれリーダー』?」

さんご「じゃあ、みのりん先輩はどうするの?」

まなつ「んー、ただの『教授』じゃつまんないから……」

さんご「『アオゾラリアン教授』は!?」

まなつ「わぁ、カッコいいかも!?」

みのり「だったら、まなつはどうなるっていうの?」

まなつ「んー、そうだな、ただの係長じゃあ……」

さんご「『トロピカ係長』!」

まなつ「わあ、何それえっ!」

みのり「トロピカってる、係長?」

まなつ「トロピカってる〜っ!! でも、何の係の係長かなあ?」

さんご「何だろう」

ローラ「知らないわよ……」

まなつ「もお! みのりんせんぱあい!」

みのり「言いがかり」

 スペースキャプテンだの、おしゃれ番長だの、続々と理解しがたい名称が飛び交った。

ローラ「何なの? 部長の話はどこにいったの……? もお! あすかあっ!!」

まなつ「やっぱり、あすか先輩のツッコミがなきゃ寂しいよぉ~!!」

ローラ「だ〜、うっさぁい!! だったらボケなきゃいいでしょおっ!?」

みのり「まだ時間ある、卒業式まで」

まなつ「そっか、そうだね! ねえねえ、なんか卒業祝いにプレゼントあげない!?」

さんご「あっ、それいい!」

みのり「ダンベルとか、筋トレ道具……」

まなつ「高校でもテニス頑張ってください、みたいなね! いい! トロピカってる!」

ローラ「何か他にないわけ? だって、卒業祝いよ?」

まなつ「ええー? じゃあ、お菓子? 紅白饅頭とか?」

ローラ「なんでそーなる……」

さんご「川に永遠の友情を誓って、何かを流すとか?」

まなつ「えー! ドラマみたいでカッコいい!」

さんご「でも、何を流せばいいのかな」

まなつ「ん~、トロピカルメロンパン!」

みのり「捕まるよ」

ローラ「汚いわっ! 水質汚染、海を代表して、私が許さないんだからぁっ!」

 べらべら、だらだら、ぶらぶらと……。

 ムダなようにも思えるが、彼女たちにとってはかけがえのない時間が過ぎていった。

 

「くるる~ん!」

 議論が白熱する中、くるるんが瓶を転がしていった。

 

 

     ※

 

 

「じゃあ、また明日ねーっ!」

 まなつの声が響いた。

「ばいばーい!」

「じゃあ」

 さんごとみのりが分かれ道の方へと歩いていく。

「いやぁ、今日も楽しかったね~……」

 まなつが声を弾ませた。

「まあ、いつもと変わらない気もするけど……。悪くはなかったわ」

 ローラが髪をかき上げる。

「くるる~ん!」

 くるるんの声。ローラはカバンからアクアポットを取りだすと、画面をのぞきこんでいった。

「あ、くるるんも楽しかったー?」

 ぷかぷか泳ぐくるるんに、まなつも顔を近づけた。

「くるる~ん!」

 くるるんは画面から顔を出すと、あるものを手渡していった。

「結局、全然話せなかったぁ!!」

 古びている瓶だった。

「ま、いつも通り……。別にいいじゃない」

 ローラは、この何一つ予定通りにはいかなかった一年を思いだしていた。

「うう~、でも、気になるんだよお~」

 まなつがとぼとぼと歩いていく。

 どことなく哀愁があるその背中が、ローラのツボをくすぐった。

 

 夕方のチャイムが鳴った。

 とても昔の曲なのだが、まなつたちには毎日聞きなじみのある曲だった。

 聞いていると、不思議とどこか切ない感じがした。

 

「あ~あ……。今日もおしまいかぁー」

 まなつが名残惜しそうに漏らした。

「今年も、そろそろおしまいだね〜」

 ローラが透き通るような表情で振り向いた。

「おしまい?」

「うん……。でもね! 年末にも、楽しいことがたくさんあるんだよ? クリスマスに、あと、大みそか! みんなで美味しいもの食べて、一緒に遊んだりしてえ……!」

 まなつは気付いた。

「あれ? これじゃ、いつもと同じだね……!」

 ローラは口を閉ざしていた。

「でもね! 絶対に――」

「――終わったって」

 ローラは立ち止まっていた。

「……変わらないわ」

 時間が止まったように立ちつくしていた。

「……私たち、このままよ」

 アクアポットが強く握りしめられる。

「……ずっと」

 

 

 まなつは見つめていた。

 ローラは、あふれだしそうになる感情を必死に抑えつけていた。

「……ローラ」

 見向きもしなかった。

 静寂だけが流れていった。

 

 

「へへ」

 まなつは微笑んだ。

「ローラ、ちょっと、付き合って……!」

 身体が進んでいった。

「え……、ちょっと……?」

 迷いなく進んでいくまなつと、その手が繋がれていた。

 

 

     ※

 

 

「ねえ、家と真逆じゃない! どこまで行くの……?」

「……ここ、だよっ!」

 まなつはその脚をようやく止めていった。

 息を切らして、ローラが顔を上げていく。

 小さな入り江が広がっていた。

「私とローラの、想い出の場所……」

 ハート型の空洞が開いた岩が、ぽつんとそそり立っている。

「……ここ」

 夕陽を受ける海面が輝いていた。

「私が、この街に来て、初めて友だちと会えた場所」

 まなつは振り返った。

「私ね……。あの時、不安だったんだ。……本当だよ? でもローラに会って、プリキュアになって……。それから、さんごや、みのりん先輩、あすか先輩たちと出会えて……。あれから、毎日めっちゃトロピカれてる!」

 まなつはローラを見つめた。

「ローラが、私たちを繋げてくれたんだよ!」

 ローラの表情が崩れていった。

「……ローラっ!?」

 まなつが駆け寄っていった。

「……私じゃ、ないっ!」

 震える声で、ローラは言葉を継いだ。

「海風の、せいっ!」

 海を指し示していた。

 まなつは優しい笑みを浮かべていった。

「海のおかげ、だね」

 それから明るい調子で話し始める。

「そういえば、この瓶だって、海が運んできてくれたんだもんね……っ!」

「そうよっ!」

 ローラは背を向けていた。

「いつか、会えるかなあ? これを送ってくれた人とも……」

「……会えるわよっ!」

 ローラは人魚の姿に変身すると、煌めく水面へ飛びこんだ。

「うわぁっ!? どしたの、急に……?」

「うるさいっ! わかってるくせに……っ!」

「え……? 泣いてるの……?」

「はああっ!? 泣いてないっ!」

「ええ~……?」

 夕陽の輝きがじんわりと満ちていた。

 

 

     ※

 

 

 満天の星々が広がっていた。

 夏海家のリビング。そのソファでは、ローラがくるるんをなでながら、向かいのテレビを見つめていた。

 賑やかな音楽が響いていた。テレビに映る子ども番組のテーマが部屋中の空気を満たしていた。

「お母さん、今日遅いってぇ」

 歯磨きを終えたまなつが、あくびをしながらやって来た。

「そろそろ、寝ちゃおっか……?」

 ローラは微笑んだ。

「……会えるよ」

「……え?」

 頬をぽりぽりと掻いていく。

「私たちだって、会えたじゃない。……会えないわけない」

 まなつを見つめる。

「この世界に生きている限り」

 まなつは微笑んだ。

 テレビでは、昔の人形劇が放送されていた。どこかの島で、様々な人びとが、どたばたと騒ぎながら、それでも楽しそうに走り回っていた。

「そうだね」

 

 

     ※

 

 

 時刻は深夜零時を回って。

 まなつの部屋・二階のロフトでは、二人が向かい合うようにして眠っていた。窓からは、明るい夜空の光が射しこんでいた。

 透き通るような表情のローラが、寝息を立てていった。くるるんも、二人の間で心地よさそうな寝言を漏らしている。

 まなつの目には、まるで夜空のように優しい光が浮かんでいた。

 窓棚には、月明かりに照らされた古びた瓶が置かれていた。ガラスの膜に覆われながら、その色あせた紙きれが青白く映えている。

 まなつは瓶へと手を伸ばしていった。

 ローラの健やかな表情を振り返ると、にこやかに微笑んでいく。

「ちょっと、風にあたってくるね……」

 ソファを立つ音と、とたとたと足音が吸いこまれていった。

 

 

     ※

 

 

 夜の浜辺は、星明かりに満ちていた。

 穏やかな波音が、その沈黙を飲みながら、広大な海へと吸いこまれていく。

 波打ち際に、パジャマ姿のまなつがやって来た。何かに期待しているようなその笑み。その視線は、海の向こうをしっかりと見据えていた。

 砂浜へと腰を下ろしていく。持っていた瓶を開くと、ゆっくりと紙を取りだしていった。

「……あれ?」

 手が止まっていった。

「この、匂い……」

 紙と瓶とを、見比べていく。

 すぐに優しい笑みが浮かんでいった。

「……すぐに、会えるよね」

 折り畳まれた紙が、ゆっくりと開かれていった。

 大海原が、その果ての水平線までを、すっかりと露わにしていた。

 まなつの目には、『トロピカるぶ』の文字が映りこんでいった。

 にこやかに微笑むと、静かにささやいていく。

「……私の名前は、夏海まなつ」

 話しかけるように、送りだしていく。

「あなたの名前は……?」

 空っぽになった瓶が、ぽっかりと口を開けながら、そのやり取りを聞いていた。

 

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