はばたけ!みんなと永遠のオーロ島   作:ホンバラ

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3. おともだちのしま

「ヤラッ! ネッ……、ダッ……!」

 ヤラネーダが広大な砂浜をぶっ飛んでいった。

 どーん……!

 ヤラネーダは、砂煙を立てて静止していった。

 サマーはローラたちの前に降り立った。

 まるで当たり前のように。さっきまで行方がわからなくなっていたことなど、嘘だったかのように……。

 彼女たちは呆然と見つめていた。

 ローラも、さんごも、みのりも、あすかも、それはきっと共通の想いのはずだった。

「ローラ……!」

「え……」

「やる気パワーを! お願いっ!」

 ローラは表情を引き結んでいった。

「オーライ!」

 カバンからアクアポットを取りだしていく。

「マーメイドアクアポット……!」

 倒れているヤラネーダに、ボタンをひと押し。

「サーチ!」

 画面の中で、ヤラネーダの体内に水色の〈やる気パワー〉が煌めいた。

「水色!」

 ポットを勢いよくかざしていく。

「やる気パワー! カムバック!」

 ぽわん、ぽわん……。

 柔らかな音とともに、やる気パワーが画面へと吸いこまれていった。

 ローラは、神妙な面持ちでグーサインをした。

「……よっしゃーーっっ!!」

 嬉しそうな雄叫びが上がっていった。

「ハートルージュロッド……!」

 くるくるくる、と、ロッドを取りだしていく。

 ちゅぱっ……。

 ルージュへと口づけすると、そこからはハートのエネルギーが、さらに風船のように膨らまされていく。

 ばーん……!

 小さな太陽の完成だ。

『プリキュア……!』

 サマーがロッドの先端を、太陽のエネルギーへと繋げていった。

『おてんとサマー……!』

 ぐぐぐ、と、思いきり、振りかぶって……、

『ストライクッ!!!』

 太陽のエネルギーが、勢いよく飲みこんでいった。

 そして……!

「ビクトリーッ!!」

 どーん……!!!

 ヤラネーダは、カラフルな光とともに四散した。

 ヤラネーダに取りこまれていたヤシの木が、泡の中でふわふわと宙を舞い、元の姿へと戻っていった。

 

 ぱぁんっ!

 アクアポットから、やる気パワーが開放された。

 極彩色の雨が、煌めきながら、辺りの闇を切り裂いていく。

 サマーは立っていた。

 にこやかに振り返っていく、その表情……。

「ローラ……」

 見ていることしかできなかった。

「ありがとっ!」

 白い歯が、無邪気な笑顔とともにのぞいていった。

「くるる〜ん……!」

 くるるんが砂浜の上を飛び跳ねていった。

「……まなつ」

 さんごの口がやがて開いていった。

「まなつ――!!」

 さんご、みのり、あすかが、堰を切ったようにサマーへと駆けだしていった。

「どこ行ってたんだよ、お前ぇ……!!」

「わあ、あすか先輩、顔怖いぃ!」

「あぁ……!?」

「ケガはない? 平気……?」

「うん、平気! ありがと、みのりん先輩!」

「心配したよ、もお……!」

「ああ、ごめん! わ、泣かないでよ、さんごぉ……!」

 悲喜こもごも、がやがやと弾んでいく。

 ローラはその会話に混ざることができずに、立ちつくしていた。

 実感が湧いてこなかった。

 ずっと求めていた瞬間のはずなのに、何故だかどうしていいのかわからない。そんな自分がいた。

「全く、どれだけ心配したと思って……!」

 あすかがわしゃわしゃと頭を掻いていった。

「ああ、ごめんごめん。私も、すっごく心細くて……。でも、こうして会えたんだし! 私、すっっごく嬉しいよ!」

 あすかの頬が緩んでいった。

 脳天気なやつ……。

 でもまあ、相変わらずで、よかった。

「ローラもっ!」

 サマーがにこやかに振り返った。

「ごめんね……?」

 

 例えようもない感覚だった。

 何だろう? この感じ。

 思わず顔が地面を向いてしまう。

 

「……ローラ?」

 抑えていた感情が、ふつふつと湧き上がってくるのを感じた。

「何よ、それ……」

 もう、止まらない。

 止まらないや――。

「馬鹿ぁっ!!!!!!!」

 

 沈黙が舞いこんでいった。

 やる気パワーの雨が降り止むと、辺りには静寂が落ちていった。

 見たこともない表情だった。

 いつものような温かさを、その時だけは感じなかった。

 光が弾けるように、サマーの変身が解けていった。

 まなつは、真っ白なワンピースに、簡素な刺繍が施された、まるで民族衣装のような格好をしていた。

「……」

 全員が言葉を失っていた。

 いろいろなことが起きすぎて、どうすればいいのかわからなかったのだ。

 

 ウオオォォーーーーーッ!!!

 

 大勢の雄叫びが聞こえてきた。

 遠くから、言葉にならない声。

 自由を取り戻した、そんな喜びに満ちたような……。

「何だ……!?」

 あすかが身構えていった。

「みんなのやる気が、戻ったんだ……」

 まなつの口が開いていった。

「……どういうこと」

 みのりが尋ねていった。

「ついてきて! 案内するよ……!」

 まなつは、心配しないでいいよ、と言う風に笑っていった。

「おともだちのしま!!」

 

 

     ※

 

 

 暗闇に、ざくざくと足音が響いていった。

 波音が打ち付けるように、彼女たちの音を包みこんでいく。

「おい、そろそろ街道の明かりが見えてくるはずじゃ……?」

 あすかが砂に足を取られながら尋ねていった。

「ちょっと、人里には思えない……」

 みのりが暗闇の中を見回していった。

「ここって、本当にあおぞら市……?」

 さんごは不安を隠せないようだった。

「もうすぐだよ……! 私もさぁ、いきなり来たときは怖かったんだけどねぇ!」

 まなつは意気揚々と笑っていった。まるで会話が噛み合っていかない。

 ローラは後ろからそんな四人を見つめていた。

 その明るい表情と、けして交わることはなかった。

「……あっ」

 まなつが声を上げた。

 浜辺の奥に、たいまつの炎が揺れていた。ひとつ、ふたつ、みっつ。どうやら、わらわらと沢山近づいてくる。

「マナァっ!!」

 一人の少年が、やがてまなつへと抱きついていった。

「マナァ! あはは……!!」

 少年は、まなつと同じような服装をしていた。

「よかった……! やる気が戻ったんだね! よかったぁ……!」

 二人は、くるくると回ったり、じゃれ合ったり……。

 あすかたちは呆然とその様子を眺めていた。

「……なぁ」

 あすかがやっとの思いで口を開いた。

「なにいー?」

「その子は……?」

 十歳くらいに見える少年は、警戒したのか、まなつの背後へと身を隠してしまった。

「ああ、アニだよ?」

 いや、誰なの??

 言葉がまるで出てこない。

 アニはじっとまなつの背中をよりどころにしていた。

「……マナ」

 アニが不安そうに見上げていった。

「大丈夫だよ、オトモダチっ!」

 まなつは安心させるように笑っていった。

「オトモ、ダチ?」

 アニは視線を戻していった。

 状況が飲みこめないのは、この場合は、あすかたちも全く同じだったのだが。

「マナァーーっ!!」

 たいまつの灯りが、ひとつ、またひとつとやって来た。今度は、十、二十を超える子どもたちが、ざわざわとまなつたちを取り囲んでいく。その親と思われる大人たちも、やがて慌てたように駆けつけてきた。

「ええ……!?」

 さんごとみのりが、あわあわと周りを見回していった。

 大小入り混じった人影が、ざわざわと、たいまつの灯りに揺れながら、取り囲んでいった。

 マナ!

 マナァ!

 マナぁー!!

 全員が、まなつと同じような服装をしていた。

 まなつは笑いながら、彼らと話し合っていた。何故だか、聞きなれない言葉と通じ合っているようだ。

 あすかたちは、彼らの好奇の視線にさらされていた。

 じろじろ、きょろきょろ……。

「おいっ!!」

 あすかがたまらず声を上げた。

「大丈夫だよっ!」

 まなつが振り返る。

「おともだちっ!!」

 心から彼らを信じている、そんな笑みだった。

 

 

     ※

 

 

 明るい夜空へと、足音が響いていった。

 浜辺の集落を、村人たちに囲まれて、まなつたちが歩いていく。

 砂浜の上に建っている、簡素な木造の家々。油を満たしたランプが、その軒下で、頼りなげな灯りを浮かべていた。

 ローラたちの視線は、留まるところを知らなかった。村人たちとともに、やがて大きな家の中へと入っていく。そこには、大勢の子どもたちが、まるでヒーローの帰りを待っていたかのように集まっていた。

「マナァー!」

「あはは! みんな、ただいまぁ……!」

 あすかたちは目を疑った。

 優に千人を超すであろう村人たちが、歓迎の眼差しで、こちらを見つめていたのだ。

 まなつは、彼らと屈託なく語り合い、笑い合っていた。

 聞きなれない言葉と、自分たちが普段使う言葉が違和感なく絡み合っている光景は、何だか不思議な感じがした。

 白い顎ひげをたくわえた初老の男が進みでていった。

「あ! カブロスさん! ただいまぁ!」

 カブロスと呼ばれた男は、まなつの後ろのあすかたちを見ると、やや戸惑いの表情を浮かべていった。そのしわがれた表情は、普段、どこか近寄りがたそうな威厳を備えている。

「カブロスさん! この村の村長さんだよ!」

 まなつが紹介していった。

 カブロスは、やがて聞きなれない言葉で話しかけていった。

「大丈夫! おともだちっ!」

 まなつが笑うと、カブロスは、かかか、と愉快そうに笑いだしていった。

 あすかたちを、招待席のような、織物が敷かれたテーブルへと案内してくれる。

 そうこうしているうちにも、続々と村人たちは集まってきていた。

 聞きなれない言葉が、あちらこちらと、縦横無尽に駆け巡っていく。

「本当にどこなんだ、ここは……」

 あすかが呆然と呟いた。

「聞いたこともない言葉」

 みのりが面食らったように見回していく。

「絶対、あおぞら市ではないね……」

 さんごが当たり前のことにツッコんだ。

 あすかたちは観念したように、テーブルへと座りこんでいった。

 子どもたちのテーブルで、まなつが腕相撲の試合をしていた。

 激しい音を立てて、アニに勝利を収めていく。

 優しい笑顔が浮かんでいった。

 二人の屈託のない笑い声が上がっていく。

「……」

 ローラは、テーブルの隅で、どこか寂しそうにそっぽを向いた。

 

「わっ」

 一人の少女が座りこんでいた。

 少女は、ローラの膝上のくるるんを見つめていた。

 両者のにらみ合いが続いていた。

 くるるんが緊張したように固まっている。

「……あの」

 ローラはしびれを切らした。

 少女は、さっとくるるんを持ち去っていった。

「え、ちょっと……!?」

 くるるんが、腕の中で表情をゆがめていく。

 少女は、新しい玩具を手に入れたかのように、まなつのもとへと駆け抜けていった。

「……あれ?」

 まなつが振り返った。

「そっかぁ! サラは、くるるんのことが気に入ったんだね!」

 サラがくるるんを手渡していく。

 まなつは、腹話術のようにその背後へと回りこんでいった。

「こんばんは、サラちゃん! 私、くるるん!」

「くるる~ん!!」

 

 本当に喋った……??

 

 子どもたちは、笑顔を浮かべて、わいわいとくるるんの周りへ押し寄せてきた。

「くるる~ん……!」

 くるるん、大人気である。

「えへへ! みんな、くるるんと仲良くしてあげてね!」

 まなつはそう言うと、あすかたちのもとへとやって来た。

「どしたのー? みんな、なんか元気なくなーい?」

「いや、元気、っていうか……」

 あすかが応えていった。

「ここは、本当に、どこ?」

 さんごが呆然と尋ねた。

「……うーんとねぇ」

 まなつは腕を組んでいった。

「ごめん。わかんない!」

 たはは、と笑っていく。

「でも、みんな悪い人たちじゃないよっ!」

「いや! それはそうなんだが……!」

 あすかが、そうじゃない、という風にツッコんだ。

「いつまでも、ここにいる訳にはいかないよ」

 さんごが言った。

「あおぞら市のみんなが心配してる……」

 みのりが正論を述べる。

「そっかぁ……! どうしよう……!?」

 まなつの表情がゆがんでいった。

「え、どうやって来たのかわからないのか……!?」

 あすかが驚愕した。

「うぅ、わかんない……。何か良い匂いがしたと思ったら、突然、あの浜辺に……」

 身体が縮こまっていく。

「……マナ?」

 アニと子どもたちがやって来た。

 まなつたちの、その不安げな表情を見上げながら。

 

「わかんないんだったら、しょうがないでしょ」

 ローラの言葉が響いていった。

「ぐずぐず考えたって仕方ないわ……。わかんないんだったら、ここにいればいい。わかるまで、ずっとね」

 まるで、まなつ一人に言い放つように、その淀んだ目を見つめている。

「そっかぁ……、ローラ……! ありがとう……っ!」

 まなつの表情が、だんだんと明るくなった。

 ローラは、今度こそ、一切の口をつぐんでいった。

「……?」

 まなつは、ローラの顔を不思議そうに見つめていた。

 ぐい、ぐい。

 アニが、まなつの袖を引っ張った。隣で、元気を取り戻したことを、しっかりと感じ取っていたらしい。

「ん! よーし! やるかぁー!?」

 まなつたちは、もといたテーブルへと走って戻っていった。

「あいつ、本当にわかってるのか……?」

 あすかが呆れたように呟いた。

 さんごとみのりも、ため息をつくか、苦笑しか浮かべられない。

 ローラは、たいまつの灯りを、どこか曇った表情で眺めていた。

 広間がしんとなると、村人たちを代表するように、カブロスが進みでていった。

 演説を始めるかのように、何やら聞きなれない言葉を話しだしていく。

 あすかたちは聞き入っていた。だが何を言っているのか、さっぱりわからない。

 「マナ」や「オトモダチ」といった言葉が、ただただ断片的に聞こえてくる。

 演説を締めくくるかのように、カブロスが杯を掲げていった。それに応えるように、広間中の村人たちが、持っていた杯を掲げていく。

 カブロスは、何かを唱えだしていった。

 村人たちが、一斉に歌い始めていく。

 あすかたちは、もう戸惑うことしかできなかった。

 まなつは、何故か、子どもたちとともに、その歌を楽しそうに歌い上げることができていた。

 初めて聞くはずなのに、どこか懐かしさを感じさせるようなその歌は、昔から、この場所で歌い継がれてきた、民謡のようなものなのかもしれなかった。

 その歌声が、明るい夜空にまで響き渡っていくと、この特別な夜を、どこまでも温かな祝福で満たしていった。

 

 

     ※

 

 

 簡素な小屋に、穏やかな風が吹き抜けていった。

「この小屋は、勝手に使っていいの……?」

 敷物だけが広がっている部屋で、ジャージ姿のみのりがまなつに尋ねていった。

「うん。空き家だから、自由に使っていいんだって……!」

 まなつは、純白の服をひらひらと舞わせて、まだ祭りの余韻が抜けないようにはしゃぎ回っている。

「ふふっ! みんなでお泊りなんて、夏合宿の時以来じゃなーい?」

 あすかが、まるでツッコむ気が失せたかのように息を吐いた。

「まあ、そうなんだが……」

「まなつは、あの人たちの言葉がわかるの?」

 さんごが不思議そうに尋ねていった。

「ん? わかるよー?」

 まなつが不思議そうに答えていった。

「いや、どうして……?」

 みのりが速攻で追求した。

 とても英語で赤点を取っていた人間とは思えない。

「えー?」

 まなつは腕を組んでいった。

「……何となく?」

 あすかがとたんに唸り声を上げていった。

「はああ……??」

「……それよりさあ! みんなはカブロスさんからもらった服、着ないのー?」

 さんごが手に抱えている服を、まじまじと見つめていった。

「……これ?」

「いや、私たちはジャージでいいよ……」

 あすかが苦笑を浮かべていった。

「民族衣装、形状・模様が実に興味深い」

 みのりは眼鏡を光らせ、とっくに服の観察に入っていた。

「よく見たら、ちょっと可愛いかも……?」

 さんごが顔を近づけていった。

「でしょでしょー?」

 まなつがファッションショーのように、ポーズをキメ始める。

「あ、この部分の模様、もっと前面に出した方が……!」

「あっ、かわいい! さっすがさんごぉ……!」

 気になり始めたのか、あすかがやがて服へと視線を移していった。

 相変わらず、みのりは服の観察に夢中だった。上半身をすっぽりと服の内部に収めている。

 いつの間にか、いつもの部活の時間のような、柔らかな時間が流れていた。

 ローラはちっとも面白くないように、その様子を見つめていた。

「ローラも着なよぉ! 私とお揃い……っ!」

 天真爛漫な笑顔が迫っていった。

「……いい」

 ローラはそっぽを向くと、歩き始めた。

「ローラ? どこ行くの……?」

 ローラは振り向かなかった。

「風にあたってくる」

 外の闇へと、音もなく消えていく。

「……ローラ」

 まなつは闇の先を見つめていた。

 さんごたちも、やがて押し黙っていった。

「……あいつ」

 あすかが揺れるランプの灯を見ながら、そっとこぼした。

 まなつは、その先を探るように、あすかのことを見つめていた。

 

 

     ※

 

 

 瞬いている星空に、波の音が響いていった。

 ジャージ姿のローラが、とぼとぼと波打ち際を歩いていく。

「……何よ」

 呟くと、その歩みが止まっていった。

「……どうしちゃったのよ。……私……」

 自分にもわからないその灰色の感情に、暗い波の行き来が揺れた。

 

 

 誰かの脚が見えた。

 青白い身体が、ぼんやりと浮かび上がっている。

 あどけない少女が、あえかな微笑みを浮かべて……。

 

 

 ローラは振り返った。

 そこには誰もいなかった。

「……」

 繰り返す波音に、誰かの声が入り混じって聞こえてきた。

「……ローラぁー……!!」

 それは紛れもなく、まなつの声だった。

「……ローラ……!!」

 まなつは、砂利の音を立てながら、立ち止まった。

 ぜえ、ぜえ……。その身体をゆっくりと上下させている。

 ローラは背を向けたまま、黙っていた。

 振り返ったら、永遠に自分がわからなくなりそうだった。

「……ごめんね」

 まなつは呟いた。

「……私、ローラの気持ち、全然わかってなかった」

 大切な想いがあふれだしていく。

「心配させて、本当に、ごめんね……!!」

 波音が響いていった。

「……」

 ローラは口を開いていった。

「……違う」

 振り返らずに、まだ海を見つめている。

「私、今まで、あんなにも、海が恐ろしく見えたことなかった」

 海の一点が、月明かりを受けてうっすらと輝いていた。

「……でもね」

 その表情には、哀しげな笑みが浮かんでいた。

「もう、今は……」

 まなつは、何も言えずに、立ちつくしていた。

 

 まなつは、背後からローラを抱きしめていった。

 優しい沈黙が、ゆるやかに落ちていった。

 

「……どうしたの」

 ローラが、戸惑いを押し殺すかのように言った。

「……わかんない。……でも、……こうしていたいの」

 まなつは、言葉を押しだすように伝えていく。

「……」

 沈黙が解かれていった。

 波の音が、暗闇を包んでいった。

 

「……心配、したんだから」

 ローラの言葉が漏れた。

「……」

 まなつは黙っていた。

「……何で、置いていったの」

「……ごめん」

 ローラの手が、ゆっくりと重なっていった。

「……もう、一人にしないでよ」

「……うん」

 二人は、月明かりに照らされていた。

「……もう、いなくなったりしないで……」

「……ごめんね……」

 

 離れたところから、さんご、みのり、あすかが、優しい笑顔を浮かべて見守っていた。

 

 浜辺の奥。月光を受けて、青白く浮かんでいる少女が、満面の笑みを浮かべて、闇の中へと軽い足取りで消えていった。

 

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