はばたけ!みんなと永遠のオーロ島   作:ホンバラ

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4. さみしい夜のあとに

 真夜中の浜辺に、薄暗い霧がかかっている。

 ここは、どこだろう。

 夢のようにおぼろげなその空間の中で、ローラはふと考えた。

 一つのシルエットが、霧の向こうに浮かび上がる。

 その影が振り向くと、口元にぱっと明るい笑顔を浮かべて、こちらに語りかけてくる。

 こっちにおいでよ。

 一緒に、遊ぼう……。

 その背後から、まるで灯台の明かりのように、真っ直ぐで鋭い明かりが、夜の闇を、まるで夜明けのように切り裂いていく。

 待って……。

 どこへ行くの……?

 あなたは、だあれ?

 私を、こんなところに、置いていかないで――

 

 

「――!」

 朝の光が柔らかく満たす小屋の中で、ローラはひっそりと目を覚ました。

 温かい朝陽が、屋根のすき間から、まるで木漏れ日のように辺りを満たしている。

 ローラの周りには、民族衣装や、あおぞら中学校のジャージの上下服が、まるで布団代わりに使っていたかのように、雑然と散らばっていた。

「……」

 ローラは、温かい光を浴びながら、しばらくその静かな空間に、ひとり身を浸していた。

 

 

     ※

 

 

 じりじりとした日差しが、黄土色の砂浜に吸い込まれていく。

 穏やかな波音が、心地よい潮風に運ばれて、ローラの耳に入り込んでくる。

 ローラは、小屋の入口に掛かった織物をかき分けると、外の日差しを全身に浴びた。

 ザワッ……

 ローラの足が、音を立てて砂浜に埋もれた。

 ローラは、太陽の光に手をかざすと、思わず、自分の口からため息が漏れるのを感じていた。

 遠くから、村人の男が、何やら声を上げるのが聞こえた。

 数人の男たちが、巻き縄や、モリのようなものを肩にかけて、まばらに砂浜を横切っていくのが見える。

「……」

 

「ローラっ」

 身体が反応する。

 真っ白な日差しに、その衣装を映えさせたまなつが、背後でこちらを見つめていた。

「おはよっ!」

 

 まるで、まだ、夢を見ているみたいだな……。

 ローラは、次第に、自分の感情が、言いようのない安らぎに満ちていくのを感じていた。

「みんなは? 見なかった……?」

 まなつが、辺りを見回しながら尋ねた。

「さあ。私も今起きたとこ……」

「だよね~。みんなどこ行っちゃったのかなぁ?」

「おーい……!」

 遠くから、あすかの声が響いてきた。

 ジャージ姿のあすかとさんごが、向こうから歩いてやってくる。

「あすか先輩、さんごぉ! どこ行ってたのお?」

「ちょっと、村の方にな」

「村の人たち、何か準備してたよ?」

「ええー! なになにぃ? キャンプにでも行くのかなあ!」

「そんなわけないだろ……」

「何か、みんなすごい楽しそうにしてたけど」

「ほら! やっぱりキャンプじゃないのお!?」

「何でお前はそう楽観的なんだ」

「……ねえ」

 不思議な安心感に満たされていたローラが、ふとあることに気付いた。

「みのりは……?」

 その問いに、まなつとさんごが、あれぇ? と辺りを見回した。

 しばらく、一同は周囲を見渡していたが、やがて、あすかが何かを見つけたように微笑んだ。

「あそこだ」

 まなつたちは振り向いた。

 ほどなく離れたヤシの木の陰に、ちょこんと座っているみのりの姿が見えた。

「あ! あんなとこに! ……みのりんせんぱぁーい!」

 まなつの叫びに、いつまで経っても返事は帰ってこなかった。

 それどころか、みのりの姿勢は、まなつの叫びが響いてからも一向に変わらない。

「あれぇ?」

「どうしたのかな」

 まなつたちは、一斉にみのりのもとへと歩いていった。

 海風が、ヤシの葉をざわざわとなびかせて、辺りにしなやかな葉音を響かせている。

 みのりは、まばらに揺れる木漏れ日のもとで、少し顔を俯かせ、すーすーと穏やかに寝息を立てていた。

「おお……」

「眠っちゃったんだ」

 膝元には、読みかけの本が開かれ、波風にぱらぱらと音を立てて、しおりが挟んであるページがめくられていく。

「……ん?」

 まなつが、あることに気付いた。

 風になびいたみのりの前髪が、その目元をふわりと露わにした。

「めがね、ない?」

 あ……。一同が声を上げて、きょろきょろとみのりの周りを見回した。

 それらしきものは、周辺には置かれていない。

 そのさらに周りにも、めがねに該当するような、特徴的な形状は見当たらない。

「イメチェンしたのかなあ?」

 まなつが首を傾げて言った。

「いや、それじゃ本読めないから」

 あすかが呆れたように応える。

 ああでもない……、こうでもない……。

 わたわたと話している一同の背後で、小さな草影が、ガサガサと音を立てた。

 ドサッ……!

 誰かが転ぶような音が、その後へと続いた。

 一斉に、まなつたちは振り返った。

 そこには、小柄で、いかにもやんちゃそうな表情を浮かべた、小学生くらいの男の子が、砂場から上体を起こし、苦笑を浮かべていた。

 しまった……!

 そう言いたげに、少年はまなつたちを振り返ると、一目散に駆けだしていった。

 その前には、さらに二人の少年たちが、慌ててかぶりを振って、我先にと駆けだしていく。

 走り去る少年たちの手元には、明るい……、何やら、光を反射させるものが煌めいていた。

「めがね……、どろぼおーっ!」

 まなつが、その正体を見るなり、突風のように、木立へと続いていく道を駆けだしていった。

「おい、まなつ待てっ!?」

 あすかの制止が空しく響いた。

「まてえーっ……!」

 まなつと、少年たちの後ろ姿が、だんだんと、奥へ奥へと、遠くなっていった。

 残されたあすかたちの間を、ざわざわと、ヤシの葉のこすれ合う音が通り抜ける。

 もはや、彼女たちにできることは、目の前で眠っている、子供のいたずらの被害者を起こすことしかありはしなかった。

 

 

     ※

 

 

「まてぇーっ……!」

 大きな丘の勾配を、まなつが勢いよく駆け上がっていく。

 その先を、三人組の少年たちが、どたばたと、忙しなく声を上げながら逃げ登っていく。

 彼女たちの背後には、丘のふもとに小さく連なっている集落と、その向こうへと、どこまでも遠くへ広がっている大海原が、まるで巨大なパノラマのように横たわっていた。

 三人組の少年たちは、まなつのずいぶんと先を、手慣れた足つきでぐんぐんと駆け上がっていく。

 と思えば、まなつは、その野性的なスピードで、その差が広がることをけして許さない。

 両者の間は、つかず離れず、大きな変化が見られなかった。

「く……、すばしこいやつらめ」

 あすかが、軽く息を吐いて立ち止まると、はるか先を行くまなつたちの背中を見据えた。

 その後ろから、さんごとローラ、そして、二人に肩を借りたみのりが、よろよろと、その身体を引きずってくる。

「……私の、……めがねぇ」

 ぜえ、ぜえ……。荒い息が続いている。

「大丈夫ですか……?」

 さんごの問いに、答える余裕はなかった。

「ねえ……、プリキュアに変身しちゃ、ダメなわけ……?」

 ローラが、疲労のあまりにおかしな提案をした。

「駄目だ。こども相手だぞ……!」

 あすかが、少しだけむきになった。

「でも、そのこども相手にこれじゃあね……!」

 ローラの皮肉に、あすかは顔をしかめると、やがて困ったように声を上げた。

「おい、何やってる! 早く捕まえろお……!」

 ずいぶんと先にいるまなつに、その叫びが届いた。

「よしきたっ!」

 まなつは、にっと笑うと、クラウチングスタートのように、その体勢を屈めた。

「……よーい……」

 場が一瞬、静まった――

「どんっ!!」

 直後、爆発的な勢いで、まなつの身体が坂道を駆け上がっていった。

「うりゃりゃりゃりゃあーッ!」

 ぐんぐんと、まなつと、少年たちとの距離が縮まっていく。

 少年たちの表情が、それに伴って、だんだんとゆがんでいった。

「捕まえ……、たぁっ……!」

 少年たちに、まなつの手が触れようとした、その瞬間――

「あっ――!?」

 ドサッ!

 音を立てて、まなつの身体は勢いよく宙を舞い、一瞬で大地へと帰還した。

 何の因果か……、まなつが踏んだ地面には、誰かが捨てたバナナの皮が置かれていたのだ。

 ぱさっ。

 バナナの皮が、呆然となっているまなつの表情へと舞い降りた。

「そんな、ばなな」

 少年たちが、ぎゃははと笑い声を上げて、再び坂を駆け上がっていった。

「もうっ、何してんのよお!」

「くっ、悪ガキどもめっ!」

 思わず悪態をつくあすかたちの背後で、みのりがふるふると肩を震わしていた。

「みのりん先輩?」

 さんごに、その不可解な振動が伝わった。

「ふふふ。わかった……。いいだろう……」

「……みのり?」

 いぶかしむローラとさんごをよそに、どうやら、みのりは、いろいろと限界らしかった。

「目に物見せてくれる……! 三人まとめて、ただで済ませてやるものかああーーーっ!」

 足をバタバタとさせて、みのりが坂を駆け上がっていく。

「おいっ!?」

「一体、何の本、読んでたんですか……!?」

 二人がツッコんでいる間にも、みのりは、驚くほど遠くにまで登っていた。

「追うぞっ!」

 あすかが、我に返ると、とっさに駆けだした。

 ローラとさんごも、頷くと、急いでその後へと続いていった。

 仰向けに転がっているまなつの隣を、声を震わしたみのりが、音を立てて走り抜けていった。

「ごめんなさいぃ!!?」

 まなつが、恐怖の表情で跳ね起きた。

「何してんの! 行くわよっ!」

 ローラが、その頭をぺしりと叩いて、軽やかにその隣を走り抜けていった。

「……夢っ!?」

 まなつが目を開くと、その空ろな瞳にようやく明るい光が戻ってきた。

 

 

     ※

 

 

 丘の頂上からは、遠くに、ぼんやりと浮かんでいる水平線が見えた。

 波風のすきまを漂いながら飛んでいる水鳥たちの、があがあと鳴く声が微かに響いてくる。

「……はあ、……はぁ」

 長い勾配を登りきったさんごが、荒い呼吸を整えながら、原っぱの上へとへたり込んだ。

「着いた、よお」

 その後ろから、ローラと、へろへろのまなつが、一緒になってゆっくりと登ってくる。

「へええ……」

 ローラの肩を借りているまなつから、気の抜けた声が漏れた。

「まったく、ほんとに……、しょうがないんだからあ……!」

 ローラが、まるで子供の世話を焼いているかのように、その声を張り上げた。

 先に到着していたあすかが、腕を組みながら、神妙に何かを見つめていた。

 その視線の先には、三人の少年たちの足元で、息を切らしながらしゃがみこんでいる、みのりの姿があった。

「……」

 少年のうちの、一番背の高い男の子が、まるで見かねたように、みのりのもとへと近づいていった。

 ぱしっ。

 みのりが、その気遣うように伸ばされた手を、顔も上げずに払いのける。

「いいから」

 少年の表情には、驚きと、戸惑いの色が浮かび上がった。

「……どういう状況?」

 ローラの問いに、腕を組んでいたあすかが冷静に答えた。

「怒りながら、疲れてる」

 やがて、呼吸を落ち着けたみのりが、その顔を上げた。

 視線は、少年の瞳を、まっすぐにとらえている。

「……どうして、こんなことしたの」

 少年は、困惑したように、その表情を曇らせた。

「それは私の大切なもの。返して」

 みのりが手を差し出すと、おずおずと、少年は、その手に持っていためがねを差し出した。

 素早く、みのりが、それを取り去っていく。

 手持ち無沙汰にしていた後ろの二人の少年にも、ぴんと緊張の糸が張りつめた。

 みのりは、めがねをかけることはせずに、再び顔を上げた。

「……これが何なのか、気になっていたの?」

 戸惑いながら目線を落とすと、少年は、みのりが持っているめがねを静かに見やった。

「なら……、ちゃんと私と話をしなきゃ!」

 みのりが上げた声に、一瞬、周囲の空気が固まった。

「興味があるのは、別に……、悪いことじゃない」

 みのりは、まるで、自分自身に苛立っているかのように、その言葉を続けた。

「そりゃあ、あなたと私じゃ、言葉は通じないかもしれないけれど」

 みのりは、めがねをかけると、その表情に、少しだけ幼い怒りをにじませた。

「私だって、もう子供じゃない」

 少年は、みのりににらまれるがままに、じっとその場に立ちすくんでいた。

「――はっ」

 まなつが、ローラの隣で、ぱっちりと目を覚ました。

「……見て見て! すごおーい!」

 あすかたちは、とたんにまなつを振り返った。

 丘の頂上からは、どこまでも広がっている海が、その水平線の彼方まで一望できた。

「海……、いっぱぁーい!」

 ばさばさと音を立てて、海風が、彼女たちのいる原っぱを通り抜けていった。

 彼方まで広がっている一面の海原には、幾つもの白い波頭がうねって、どこまでも、海に躍動するような生命感を与えている。

「本当に、周りには島ひとつもないんだな……」

 あすかが、遠くに、ぼんやりと浮かんでいる水平線を見ながら呟いた。

「……あれ」

 さんごが、はるかふもとに見える小さな集落を指して、声を漏らした。

「……何だろう」

 さんごが示す先には、もくもくと、湯気のようなものが湧き立っていた。

 カン、カン、カン……!

 何かを打ち鳴らすような音が、その後に響いてきた。

 それを聞くやいなや、隙を見てはじゃれ合っていた二人の少年が、急いで坂道へと身を躍らせて、その姿を消していく。

「おいっ!?」

 あすかが声を漏らしたが、もう二人には届かなかった。

 カン、カン、カン……

 村からの音が、響いていた。

「何が始まるの……」

 ローラが、少し不安そうに呟いた。

 まなつは、その隣で、うきうきとしていた。

「あれはね、朝ごはん! 私たちも、行こっ!」

 そう言うと、まなつは、坂道へとその身体を躍らせていった。

「ちょっと、まなつ!?」

 もう、ローラの声は、彼女の耳には届かなかった。

「もお……、待ってよお!」

 ローラが、まなつの後を追うように駆けだしていった。

「おい、二人ともっ!?」

 あすかが叫んだが、もう遅かった。

 ほんの一瞬のうちに、原っぱを吹き抜けていく海風が、彼女たちを、どこか遠くへと運んでいってしまったかのようだった。

「……」

 ひとり残されていた少年が、やがて坂道の方へとその身を翻した。

「待って……」

 みのりが、とっさに少年の腕をつかんだ。

「あなた」

 少年は、戸惑いの色を浮かべて、痛そうに、みのりにつかまれている腕を見つめていた。

「名前、は……」

 みのりが、言いながら、その手にかかった力を緩めていった。

 

 ……何をやってるんだろう。

 ……私、こんなこと……。

 

 

『シュレオーーッ!!!』

 

 

 声が響いたのと、少年の腕が自由になったのは、ほとんど同時だった。

 丘を下っている少年たちの声が、坂道の方から響いてきたのだ。

 少年は、とっさに振り返った。

 だが、少しだけ迷ったように、その顔を、再びみのりの方へと傾けた。

 しばらくの間、少年とみのりは、お互いの表情を見つめながら、その場に立ち尽くしていた。

「……」

 みのりは、やがて少年が振り返り、坂道へとその姿を消していく間にも、その場を動くことができなかった。

 頭がぼんやりとして、上手く状況を表す言葉が出てこない。

「まったく、どいつもこいつもお」

 あすかが、髪をわしゃわしゃと搔いていた。

「私たちも、行きましょう!」

 さんごが促すように言っている。

「ああ。……おい、みのり!」

 あすかが呼びかけたが、みのりは振り向かなかった。

「……みのり?」

 みのりは、動けなかった。

 

――「シュレオ」――。

 

 その、名前のように聞こえる響きが、頭の片隅で、何度も霧のように浮かび上がっては、消えていった。

 

 

     ※

 

 

 大広間の食堂には、村人たちがざわざわと集まっていた。

 それぞれのテーブルには、家族や友人たち、他にも老若男女を問わない寄りあいが身を固めて、思い思いに時間を過ごしている。

 まなつたちは、部屋の隅のテーブルにその身を固めていた。

 子供たちにわらわらと囲まれて、食卓に並べられている料理を、いちいち気にするように見つめている。

「いただきまぁーっす!」

 まなつが、両手を合わせると、元気にはにかんだ。

「イタダキマァーッス!」

 まなつの隣に座っていたアニが、その真似をして、元気よく口を開いた。

 がつ、がつ、がつ……

 二人は、素手のまま、目の前の料理にありついた。

「……」

 あすかたちは、その様子を尻目に、再びテーブルに並べられた料理を見た。

 机上には大きな葉っぱが一枚敷かれ、その上には、緑がかったご飯が、ほくほくと湯気を立てている。

 その隣には、木製の器に、何やら大きな海草類が浮いた、濁った色のスープがなみなみと揺れていた。

「どしたのー? おいしいよー?」

 まなつが、ご飯を口に含みながら、あすかたちを見やった。

「……何で、食べれるわけ?」

 ローラから、思わず言葉が漏れた。

「美味しそうとは言えない、かも」

 さんごが苦笑する。

「ええ~、もったいなあーい」

 向き直ると、まなつは再び料理へとありついた。

 ……食べようか、食べまいか。

 あすかたちは、しばらくの間、机上から立ちのぼる湯気に、それぞれ頭を悩ませていた。

「……」

 みのりは俯いていた。

 頭にかかっているもやは、あれから時間が経った今でも、いまだに晴れない。

「……何だ? さすがのみのりも、気が引けてるのか?」

 あすかが、少しだけからかうように声をかけた。

 みのりは、我に返ったように声を上げた。

 だが、すぐに口をつぐむと、一言だけ「いや」と静かに呟いた。

「……?」

 明らかに、何かを言い淀むみのりを、あすかは特に追及することもなく、ただ見つめていた。

「ごちそうさまぁーっ!」

 まなつが、空っぽになった器を勢いよく掲げた。

「ゴチソーサマァーッ!」

 アニがその後へと続いた。

「はやっ!」

 ローラが驚愕するのもつかの間、アニは口元をごしごしと拭って、まなつの肩をいたずらにつんつんとつついた。

 まなつが、嬉しそうに笑顔を見せた。

「よぉし、行こっか!」

 テーブルを立つと、砂浜へと続いている出口へと、二人は勢いよく駆けだしていく。

「え……?」

 ローラが、思わず席を立った。

「ごめーん! ちょっと行ってくるー!」

 まなつが振り返ると、大勢の子供たちが一斉にわいわいと立ち上がって、その後を追いかけていった。

「ちょっと、まなつ……!?」

 子供たちの行列が、綿々と出口へと連なって、やがてすっかりとその姿を消していった。

 閑散となったテーブルには、あすかたちが、ただ呆然と座っていた。

「……何なのよ」

 ローラが、俯きながら、小刻みにその身体を震わせていた。

「もおっ!」

 その頬は真っ赤に染まって、誰に当てるでもない声が、勢いよく辺りに響いた。

 

 

     ※

 

 

 まなつは、外の小屋に並べられている木の桶を取って、両腕を振りながら、元気に砂浜を歩いていた。

 その心は弾み、胸の奥からは、いくらでも楽しく、温かい気持ちが湧き上がってくる。

 同じように、桶を取った子供たちが、続々とまなつの周りへと集まってきた。

 小学生や、幼稚園生、その見た目から想像できる年齢層は様々で、そこには男の子と女の子の違いなど、何も存在しない。

 まなつとアニは、互いの笑顔を見やりながら、その子供だけの一団を、まるで遠足にでも連れて行くかのように、どこまでも続いている浜辺へと、その無数の足跡を刻んでいった。

 

 

     ※

 

 

「まあ、あいつは腹が減ったら戻ってくるさ……」

 あすかが、呆れたようにその肩をすくめた。

 ローラは、納得できないのか、まだぶつぶつとその隣で不平をこぼしていた。

「みのりん先輩?」

 さんごが、未だに俯いているみのりに気づいた。

「え」

「どこか、具合でも悪いんですか?」

 あすかたちが、ゆっくりと振り向いた。

 みのりが、戸惑ったように口を開く。

「いや……」

 みのりは、一瞬ためらったが、まるで何事もなかったかのように、その言葉を続けた。

「この村の、伝統料理だから。……ただ、食べるのがもったいないだけ」

 あすかが、料理を見ているみのりを見て、呆れるように笑った。

「何だ……、そういうことだったのか?」

 さんごが、にこりと微笑んだ。

「みのりん先輩らしいです」

 みのりの表情は、それでも、どこか晴れなかった。

 しかし、そのことに気づける者は、もうここにはいなかった。

「何よ……」

 ローラが、恨めしそうに、机上の料理をにらみつけていた。

 一同が振り返る。

 ローラは、緑色のご飯をつまんで、じっくりとその顔を近づけていた。

「こんな、ヘンテコ料理い!」

「お、おい……?」

「わわ、ムリはよくないよお……?」

 ローラは、ご飯を、ゆっくりとその口元へと運んでいった。

 意を決したように、その口が、ぎぎぎと開かれていく。

「伝統料理が……」

「おいっ……!?」

 ぱくっ。

「……」

 周囲の空気が、一瞬、固まった。

 もぐ、もぐ、もぐ。

 じっくりと噛みしめているローラの表情が、とたんに変わった。

「!?」

 続けて、ローラは、もう一口ほおばった。

 続けて、もう二口。

 ……三口。

 もぐ、もぐ、もぐ……。

「……ローラ?」

 一同が見守る中、口を動かしているローラの表情が、次第に緩んでいった。

 その頬は徐々に上気し、思わずその手が口元へと伸びていく。

「ローラ……」

 さんごが不安そうにその手を伸ばした時、やがてローラの口が開かれた。

「……いける」

 一同から、間の抜けた声が漏れた。

 誰も、ローラの口から出たその言葉が、最初は理解できなかった。

「おいしい」

 テーブルの隅では、小さな子供たちから、かいがらクッキーを与えられたくるるんが、ご機嫌な鳴き声を上げて、ころころと机上に転がっていた。

「くるる~ん!」

 

 

     ※

 

 

 まなつとアニを先頭とした子供たちが、でこぼことした白い岩場を、えっちらおっちらと越えていく。

 小さな子供たちが転びそうなところは、大きな子供の先輩たちが、その背中を支えて、手をつなぎながら、その先を懸命に登っていく。

 先頭を行くまなつが、ふと前方を見上げると、屈託のない笑みを浮かべて、「着いたぁ!」とその声を上げた。

 その視線の先には、どどど……と、打ちつけるような音を立てて、規模は小さいが、その白い筋を確かにくねらせて、滝が流れていた。

 子供たちが、わあっと目を輝かせて、その手に持っている木の桶を揺らしながら、一斉に滝へと群がっていく。

 ざぶ、ざぶ、ざぶ。

 滝にも負けない、滝つぼの水を汲みだしていく音が、岩場の周りに、その生命の音を響かせていく。

 ざぶ、ざぶ、ざぶ……。

 子供たちの、命を燃やす瞬間が、まるで切り取られたように、辺りの自然へと力強く溶けこんでいった。

 

 彼ら、彼女らは、確かに、今この瞬間を、支え合いながら生きていた。

 

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