真夜中の浜辺に、薄暗い霧がかかっている。
ここは、どこだろう。
夢のようにおぼろげなその空間の中で、ローラはふと考えた。
一つのシルエットが、霧の向こうに浮かび上がる。
その影が振り向くと、口元にぱっと明るい笑顔を浮かべて、こちらに語りかけてくる。
こっちにおいでよ。
一緒に、遊ぼう……。
その背後から、まるで灯台の明かりのように、真っ直ぐで鋭い明かりが、夜の闇を、まるで夜明けのように切り裂いていく。
待って……。
どこへ行くの……?
あなたは、だあれ?
私を、こんなところに、置いていかないで――
「――!」
朝の光が柔らかく満たす小屋の中で、ローラはひっそりと目を覚ました。
温かい朝陽が、屋根のすき間から、まるで木漏れ日のように辺りを満たしている。
ローラの周りには、民族衣装や、あおぞら中学校のジャージの上下服が、まるで布団代わりに使っていたかのように、雑然と散らばっていた。
「……」
ローラは、温かい光を浴びながら、しばらくその静かな空間に、ひとり身を浸していた。
※
じりじりとした日差しが、黄土色の砂浜に吸い込まれていく。
穏やかな波音が、心地よい潮風に運ばれて、ローラの耳に入り込んでくる。
ローラは、小屋の入口に掛かった織物をかき分けると、外の日差しを全身に浴びた。
ザワッ……
ローラの足が、音を立てて砂浜に埋もれた。
ローラは、太陽の光に手をかざすと、思わず、自分の口からため息が漏れるのを感じていた。
遠くから、村人の男が、何やら声を上げるのが聞こえた。
数人の男たちが、巻き縄や、モリのようなものを肩にかけて、まばらに砂浜を横切っていくのが見える。
「……」
「ローラっ」
身体が反応する。
真っ白な日差しに、その衣装を映えさせたまなつが、背後でこちらを見つめていた。
「おはよっ!」
まるで、まだ、夢を見ているみたいだな……。
ローラは、次第に、自分の感情が、言いようのない安らぎに満ちていくのを感じていた。
「みんなは? 見なかった……?」
まなつが、辺りを見回しながら尋ねた。
「さあ。私も今起きたとこ……」
「だよね~。みんなどこ行っちゃったのかなぁ?」
「おーい……!」
遠くから、あすかの声が響いてきた。
ジャージ姿のあすかとさんごが、向こうから歩いてやってくる。
「あすか先輩、さんごぉ! どこ行ってたのお?」
「ちょっと、村の方にな」
「村の人たち、何か準備してたよ?」
「ええー! なになにぃ? キャンプにでも行くのかなあ!」
「そんなわけないだろ……」
「何か、みんなすごい楽しそうにしてたけど」
「ほら! やっぱりキャンプじゃないのお!?」
「何でお前はそう楽観的なんだ」
「……ねえ」
不思議な安心感に満たされていたローラが、ふとあることに気付いた。
「みのりは……?」
その問いに、まなつとさんごが、あれぇ? と辺りを見回した。
しばらく、一同は周囲を見渡していたが、やがて、あすかが何かを見つけたように微笑んだ。
「あそこだ」
まなつたちは振り向いた。
ほどなく離れたヤシの木の陰に、ちょこんと座っているみのりの姿が見えた。
「あ! あんなとこに! ……みのりんせんぱぁーい!」
まなつの叫びに、いつまで経っても返事は帰ってこなかった。
それどころか、みのりの姿勢は、まなつの叫びが響いてからも一向に変わらない。
「あれぇ?」
「どうしたのかな」
まなつたちは、一斉にみのりのもとへと歩いていった。
海風が、ヤシの葉をざわざわとなびかせて、辺りにしなやかな葉音を響かせている。
みのりは、まばらに揺れる木漏れ日のもとで、少し顔を俯かせ、すーすーと穏やかに寝息を立てていた。
「おお……」
「眠っちゃったんだ」
膝元には、読みかけの本が開かれ、波風にぱらぱらと音を立てて、しおりが挟んであるページがめくられていく。
「……ん?」
まなつが、あることに気付いた。
風になびいたみのりの前髪が、その目元をふわりと露わにした。
「めがね、ない?」
あ……。一同が声を上げて、きょろきょろとみのりの周りを見回した。
それらしきものは、周辺には置かれていない。
そのさらに周りにも、めがねに該当するような、特徴的な形状は見当たらない。
「イメチェンしたのかなあ?」
まなつが首を傾げて言った。
「いや、それじゃ本読めないから」
あすかが呆れたように応える。
ああでもない……、こうでもない……。
わたわたと話している一同の背後で、小さな草影が、ガサガサと音を立てた。
ドサッ……!
誰かが転ぶような音が、その後へと続いた。
一斉に、まなつたちは振り返った。
そこには、小柄で、いかにもやんちゃそうな表情を浮かべた、小学生くらいの男の子が、砂場から上体を起こし、苦笑を浮かべていた。
しまった……!
そう言いたげに、少年はまなつたちを振り返ると、一目散に駆けだしていった。
その前には、さらに二人の少年たちが、慌ててかぶりを振って、我先にと駆けだしていく。
走り去る少年たちの手元には、明るい……、何やら、光を反射させるものが煌めいていた。
「めがね……、どろぼおーっ!」
まなつが、その正体を見るなり、突風のように、木立へと続いていく道を駆けだしていった。
「おい、まなつ待てっ!?」
あすかの制止が空しく響いた。
「まてえーっ……!」
まなつと、少年たちの後ろ姿が、だんだんと、奥へ奥へと、遠くなっていった。
残されたあすかたちの間を、ざわざわと、ヤシの葉のこすれ合う音が通り抜ける。
もはや、彼女たちにできることは、目の前で眠っている、子供のいたずらの被害者を起こすことしかありはしなかった。
※
「まてぇーっ……!」
大きな丘の勾配を、まなつが勢いよく駆け上がっていく。
その先を、三人組の少年たちが、どたばたと、忙しなく声を上げながら逃げ登っていく。
彼女たちの背後には、丘のふもとに小さく連なっている集落と、その向こうへと、どこまでも遠くへ広がっている大海原が、まるで巨大なパノラマのように横たわっていた。
三人組の少年たちは、まなつのずいぶんと先を、手慣れた足つきでぐんぐんと駆け上がっていく。
と思えば、まなつは、その野性的なスピードで、その差が広がることをけして許さない。
両者の間は、つかず離れず、大きな変化が見られなかった。
「く……、すばしこいやつらめ」
あすかが、軽く息を吐いて立ち止まると、はるか先を行くまなつたちの背中を見据えた。
その後ろから、さんごとローラ、そして、二人に肩を借りたみのりが、よろよろと、その身体を引きずってくる。
「……私の、……めがねぇ」
ぜえ、ぜえ……。荒い息が続いている。
「大丈夫ですか……?」
さんごの問いに、答える余裕はなかった。
「ねえ……、プリキュアに変身しちゃ、ダメなわけ……?」
ローラが、疲労のあまりにおかしな提案をした。
「駄目だ。こども相手だぞ……!」
あすかが、少しだけむきになった。
「でも、そのこども相手にこれじゃあね……!」
ローラの皮肉に、あすかは顔をしかめると、やがて困ったように声を上げた。
「おい、何やってる! 早く捕まえろお……!」
ずいぶんと先にいるまなつに、その叫びが届いた。
「よしきたっ!」
まなつは、にっと笑うと、クラウチングスタートのように、その体勢を屈めた。
「……よーい……」
場が一瞬、静まった――
「どんっ!!」
直後、爆発的な勢いで、まなつの身体が坂道を駆け上がっていった。
「うりゃりゃりゃりゃあーッ!」
ぐんぐんと、まなつと、少年たちとの距離が縮まっていく。
少年たちの表情が、それに伴って、だんだんとゆがんでいった。
「捕まえ……、たぁっ……!」
少年たちに、まなつの手が触れようとした、その瞬間――
「あっ――!?」
ドサッ!
音を立てて、まなつの身体は勢いよく宙を舞い、一瞬で大地へと帰還した。
何の因果か……、まなつが踏んだ地面には、誰かが捨てたバナナの皮が置かれていたのだ。
ぱさっ。
バナナの皮が、呆然となっているまなつの表情へと舞い降りた。
「そんな、ばなな」
少年たちが、ぎゃははと笑い声を上げて、再び坂を駆け上がっていった。
「もうっ、何してんのよお!」
「くっ、悪ガキどもめっ!」
思わず悪態をつくあすかたちの背後で、みのりがふるふると肩を震わしていた。
「みのりん先輩?」
さんごに、その不可解な振動が伝わった。
「ふふふ。わかった……。いいだろう……」
「……みのり?」
いぶかしむローラとさんごをよそに、どうやら、みのりは、いろいろと限界らしかった。
「目に物見せてくれる……! 三人まとめて、ただで済ませてやるものかああーーーっ!」
足をバタバタとさせて、みのりが坂を駆け上がっていく。
「おいっ!?」
「一体、何の本、読んでたんですか……!?」
二人がツッコんでいる間にも、みのりは、驚くほど遠くにまで登っていた。
「追うぞっ!」
あすかが、我に返ると、とっさに駆けだした。
ローラとさんごも、頷くと、急いでその後へと続いていった。
仰向けに転がっているまなつの隣を、声を震わしたみのりが、音を立てて走り抜けていった。
「ごめんなさいぃ!!?」
まなつが、恐怖の表情で跳ね起きた。
「何してんの! 行くわよっ!」
ローラが、その頭をぺしりと叩いて、軽やかにその隣を走り抜けていった。
「……夢っ!?」
まなつが目を開くと、その空ろな瞳にようやく明るい光が戻ってきた。
※
丘の頂上からは、遠くに、ぼんやりと浮かんでいる水平線が見えた。
波風のすきまを漂いながら飛んでいる水鳥たちの、があがあと鳴く声が微かに響いてくる。
「……はあ、……はぁ」
長い勾配を登りきったさんごが、荒い呼吸を整えながら、原っぱの上へとへたり込んだ。
「着いた、よお」
その後ろから、ローラと、へろへろのまなつが、一緒になってゆっくりと登ってくる。
「へええ……」
ローラの肩を借りているまなつから、気の抜けた声が漏れた。
「まったく、ほんとに……、しょうがないんだからあ……!」
ローラが、まるで子供の世話を焼いているかのように、その声を張り上げた。
先に到着していたあすかが、腕を組みながら、神妙に何かを見つめていた。
その視線の先には、三人の少年たちの足元で、息を切らしながらしゃがみこんでいる、みのりの姿があった。
「……」
少年のうちの、一番背の高い男の子が、まるで見かねたように、みのりのもとへと近づいていった。
ぱしっ。
みのりが、その気遣うように伸ばされた手を、顔も上げずに払いのける。
「いいから」
少年の表情には、驚きと、戸惑いの色が浮かび上がった。
「……どういう状況?」
ローラの問いに、腕を組んでいたあすかが冷静に答えた。
「怒りながら、疲れてる」
やがて、呼吸を落ち着けたみのりが、その顔を上げた。
視線は、少年の瞳を、まっすぐにとらえている。
「……どうして、こんなことしたの」
少年は、困惑したように、その表情を曇らせた。
「それは私の大切なもの。返して」
みのりが手を差し出すと、おずおずと、少年は、その手に持っていためがねを差し出した。
素早く、みのりが、それを取り去っていく。
手持ち無沙汰にしていた後ろの二人の少年にも、ぴんと緊張の糸が張りつめた。
みのりは、めがねをかけることはせずに、再び顔を上げた。
「……これが何なのか、気になっていたの?」
戸惑いながら目線を落とすと、少年は、みのりが持っているめがねを静かに見やった。
「なら……、ちゃんと私と話をしなきゃ!」
みのりが上げた声に、一瞬、周囲の空気が固まった。
「興味があるのは、別に……、悪いことじゃない」
みのりは、まるで、自分自身に苛立っているかのように、その言葉を続けた。
「そりゃあ、あなたと私じゃ、言葉は通じないかもしれないけれど」
みのりは、めがねをかけると、その表情に、少しだけ幼い怒りをにじませた。
「私だって、もう子供じゃない」
少年は、みのりににらまれるがままに、じっとその場に立ちすくんでいた。
「――はっ」
まなつが、ローラの隣で、ぱっちりと目を覚ました。
「……見て見て! すごおーい!」
あすかたちは、とたんにまなつを振り返った。
丘の頂上からは、どこまでも広がっている海が、その水平線の彼方まで一望できた。
「海……、いっぱぁーい!」
ばさばさと音を立てて、海風が、彼女たちのいる原っぱを通り抜けていった。
彼方まで広がっている一面の海原には、幾つもの白い波頭がうねって、どこまでも、海に躍動するような生命感を与えている。
「本当に、周りには島ひとつもないんだな……」
あすかが、遠くに、ぼんやりと浮かんでいる水平線を見ながら呟いた。
「……あれ」
さんごが、はるかふもとに見える小さな集落を指して、声を漏らした。
「……何だろう」
さんごが示す先には、もくもくと、湯気のようなものが湧き立っていた。
カン、カン、カン……!
何かを打ち鳴らすような音が、その後に響いてきた。
それを聞くやいなや、隙を見てはじゃれ合っていた二人の少年が、急いで坂道へと身を躍らせて、その姿を消していく。
「おいっ!?」
あすかが声を漏らしたが、もう二人には届かなかった。
カン、カン、カン……
村からの音が、響いていた。
「何が始まるの……」
ローラが、少し不安そうに呟いた。
まなつは、その隣で、うきうきとしていた。
「あれはね、朝ごはん! 私たちも、行こっ!」
そう言うと、まなつは、坂道へとその身体を躍らせていった。
「ちょっと、まなつ!?」
もう、ローラの声は、彼女の耳には届かなかった。
「もお……、待ってよお!」
ローラが、まなつの後を追うように駆けだしていった。
「おい、二人ともっ!?」
あすかが叫んだが、もう遅かった。
ほんの一瞬のうちに、原っぱを吹き抜けていく海風が、彼女たちを、どこか遠くへと運んでいってしまったかのようだった。
「……」
ひとり残されていた少年が、やがて坂道の方へとその身を翻した。
「待って……」
みのりが、とっさに少年の腕をつかんだ。
「あなた」
少年は、戸惑いの色を浮かべて、痛そうに、みのりにつかまれている腕を見つめていた。
「名前、は……」
みのりが、言いながら、その手にかかった力を緩めていった。
……何をやってるんだろう。
……私、こんなこと……。
『シュレオーーッ!!!』
声が響いたのと、少年の腕が自由になったのは、ほとんど同時だった。
丘を下っている少年たちの声が、坂道の方から響いてきたのだ。
少年は、とっさに振り返った。
だが、少しだけ迷ったように、その顔を、再びみのりの方へと傾けた。
しばらくの間、少年とみのりは、お互いの表情を見つめながら、その場に立ち尽くしていた。
「……」
みのりは、やがて少年が振り返り、坂道へとその姿を消していく間にも、その場を動くことができなかった。
頭がぼんやりとして、上手く状況を表す言葉が出てこない。
「まったく、どいつもこいつもお」
あすかが、髪をわしゃわしゃと搔いていた。
「私たちも、行きましょう!」
さんごが促すように言っている。
「ああ。……おい、みのり!」
あすかが呼びかけたが、みのりは振り向かなかった。
「……みのり?」
みのりは、動けなかった。
――「シュレオ」――。
その、名前のように聞こえる響きが、頭の片隅で、何度も霧のように浮かび上がっては、消えていった。
※
大広間の食堂には、村人たちがざわざわと集まっていた。
それぞれのテーブルには、家族や友人たち、他にも老若男女を問わない寄りあいが身を固めて、思い思いに時間を過ごしている。
まなつたちは、部屋の隅のテーブルにその身を固めていた。
子供たちにわらわらと囲まれて、食卓に並べられている料理を、いちいち気にするように見つめている。
「いただきまぁーっす!」
まなつが、両手を合わせると、元気にはにかんだ。
「イタダキマァーッス!」
まなつの隣に座っていたアニが、その真似をして、元気よく口を開いた。
がつ、がつ、がつ……
二人は、素手のまま、目の前の料理にありついた。
「……」
あすかたちは、その様子を尻目に、再びテーブルに並べられた料理を見た。
机上には大きな葉っぱが一枚敷かれ、その上には、緑がかったご飯が、ほくほくと湯気を立てている。
その隣には、木製の器に、何やら大きな海草類が浮いた、濁った色のスープがなみなみと揺れていた。
「どしたのー? おいしいよー?」
まなつが、ご飯を口に含みながら、あすかたちを見やった。
「……何で、食べれるわけ?」
ローラから、思わず言葉が漏れた。
「美味しそうとは言えない、かも」
さんごが苦笑する。
「ええ~、もったいなあーい」
向き直ると、まなつは再び料理へとありついた。
……食べようか、食べまいか。
あすかたちは、しばらくの間、机上から立ちのぼる湯気に、それぞれ頭を悩ませていた。
「……」
みのりは俯いていた。
頭にかかっているもやは、あれから時間が経った今でも、いまだに晴れない。
「……何だ? さすがのみのりも、気が引けてるのか?」
あすかが、少しだけからかうように声をかけた。
みのりは、我に返ったように声を上げた。
だが、すぐに口をつぐむと、一言だけ「いや」と静かに呟いた。
「……?」
明らかに、何かを言い淀むみのりを、あすかは特に追及することもなく、ただ見つめていた。
「ごちそうさまぁーっ!」
まなつが、空っぽになった器を勢いよく掲げた。
「ゴチソーサマァーッ!」
アニがその後へと続いた。
「はやっ!」
ローラが驚愕するのもつかの間、アニは口元をごしごしと拭って、まなつの肩をいたずらにつんつんとつついた。
まなつが、嬉しそうに笑顔を見せた。
「よぉし、行こっか!」
テーブルを立つと、砂浜へと続いている出口へと、二人は勢いよく駆けだしていく。
「え……?」
ローラが、思わず席を立った。
「ごめーん! ちょっと行ってくるー!」
まなつが振り返ると、大勢の子供たちが一斉にわいわいと立ち上がって、その後を追いかけていった。
「ちょっと、まなつ……!?」
子供たちの行列が、綿々と出口へと連なって、やがてすっかりとその姿を消していった。
閑散となったテーブルには、あすかたちが、ただ呆然と座っていた。
「……何なのよ」
ローラが、俯きながら、小刻みにその身体を震わせていた。
「もおっ!」
その頬は真っ赤に染まって、誰に当てるでもない声が、勢いよく辺りに響いた。
※
まなつは、外の小屋に並べられている木の桶を取って、両腕を振りながら、元気に砂浜を歩いていた。
その心は弾み、胸の奥からは、いくらでも楽しく、温かい気持ちが湧き上がってくる。
同じように、桶を取った子供たちが、続々とまなつの周りへと集まってきた。
小学生や、幼稚園生、その見た目から想像できる年齢層は様々で、そこには男の子と女の子の違いなど、何も存在しない。
まなつとアニは、互いの笑顔を見やりながら、その子供だけの一団を、まるで遠足にでも連れて行くかのように、どこまでも続いている浜辺へと、その無数の足跡を刻んでいった。
※
「まあ、あいつは腹が減ったら戻ってくるさ……」
あすかが、呆れたようにその肩をすくめた。
ローラは、納得できないのか、まだぶつぶつとその隣で不平をこぼしていた。
「みのりん先輩?」
さんごが、未だに俯いているみのりに気づいた。
「え」
「どこか、具合でも悪いんですか?」
あすかたちが、ゆっくりと振り向いた。
みのりが、戸惑ったように口を開く。
「いや……」
みのりは、一瞬ためらったが、まるで何事もなかったかのように、その言葉を続けた。
「この村の、伝統料理だから。……ただ、食べるのがもったいないだけ」
あすかが、料理を見ているみのりを見て、呆れるように笑った。
「何だ……、そういうことだったのか?」
さんごが、にこりと微笑んだ。
「みのりん先輩らしいです」
みのりの表情は、それでも、どこか晴れなかった。
しかし、そのことに気づける者は、もうここにはいなかった。
「何よ……」
ローラが、恨めしそうに、机上の料理をにらみつけていた。
一同が振り返る。
ローラは、緑色のご飯をつまんで、じっくりとその顔を近づけていた。
「こんな、ヘンテコ料理い!」
「お、おい……?」
「わわ、ムリはよくないよお……?」
ローラは、ご飯を、ゆっくりとその口元へと運んでいった。
意を決したように、その口が、ぎぎぎと開かれていく。
「伝統料理が……」
「おいっ……!?」
ぱくっ。
「……」
周囲の空気が、一瞬、固まった。
もぐ、もぐ、もぐ。
じっくりと噛みしめているローラの表情が、とたんに変わった。
「!?」
続けて、ローラは、もう一口ほおばった。
続けて、もう二口。
……三口。
もぐ、もぐ、もぐ……。
「……ローラ?」
一同が見守る中、口を動かしているローラの表情が、次第に緩んでいった。
その頬は徐々に上気し、思わずその手が口元へと伸びていく。
「ローラ……」
さんごが不安そうにその手を伸ばした時、やがてローラの口が開かれた。
「……いける」
一同から、間の抜けた声が漏れた。
誰も、ローラの口から出たその言葉が、最初は理解できなかった。
「おいしい」
テーブルの隅では、小さな子供たちから、かいがらクッキーを与えられたくるるんが、ご機嫌な鳴き声を上げて、ころころと机上に転がっていた。
「くるる~ん!」
※
まなつとアニを先頭とした子供たちが、でこぼことした白い岩場を、えっちらおっちらと越えていく。
小さな子供たちが転びそうなところは、大きな子供の先輩たちが、その背中を支えて、手をつなぎながら、その先を懸命に登っていく。
先頭を行くまなつが、ふと前方を見上げると、屈託のない笑みを浮かべて、「着いたぁ!」とその声を上げた。
その視線の先には、どどど……と、打ちつけるような音を立てて、規模は小さいが、その白い筋を確かにくねらせて、滝が流れていた。
子供たちが、わあっと目を輝かせて、その手に持っている木の桶を揺らしながら、一斉に滝へと群がっていく。
ざぶ、ざぶ、ざぶ。
滝にも負けない、滝つぼの水を汲みだしていく音が、岩場の周りに、その生命の音を響かせていく。
ざぶ、ざぶ、ざぶ……。
子供たちの、命を燃やす瞬間が、まるで切り取られたように、辺りの自然へと力強く溶けこんでいった。
彼ら、彼女らは、確かに、今この瞬間を、支え合いながら生きていた。