ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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いつだって、川崎沙希は心配している 4

「比企谷くん! 待って! お願い!」

 

 雪ノ下が叫ぶ。なのに、その足が動かせないのか、手を伸ばした不恰好のままその場に崩れ落ちる。

 

 あたしは、ただ一言だけが頭の中で回っていた。

 

 ハチマンが、逃げた。

 

 あり得ないと思った。普段面倒臭そうに何事にもやる気が感じられず、働きたくないと明言しているハチマン。なのに、困った人がいれば放っておけず、自分を犠牲にして助け出す。方法はあまりいいとは言えないが、どんな形であれ、逃げずにいつも困難に立ち向かっていた。

 

 その彼が逃げた。逃げたのだ。

 

 一体、どれだけ彼は追い詰められていたのだろう。どれだけ苦しかったのだろう。

 

 予想でしかなかったことが、いま確信を持って言える。

 

 ああ、ハチマンはやっぱりSAOに逃避しに来たんだね。

 

 当然だ。当時の彼の立場からすれば、学校に来るほうがおかしい。まともな神経をしていれば精神をやられてしまうに違いない。そんなことがなかったのは、彼が強く、そして孤独に慣れすぎていたからだ。そしてきっと、自身への責任を強く痛感していたから逃げることはなかった。

 

 だけど、人はそこまで頑強ではない。最初は小さな傷だったものが、徐々に大きく広がり、取り返しがつかない傷になることがある。

 

 いまのハチマンは、きっとそれすら超えている。

 

 あたしはバカだ。大馬鹿者だ。

 

 アルゴに恋愛を焚き付けられて分からなくなって、それで余計に焦り、デートに来て浮かれていた。そんな場合じゃなかった。彼の話を聞くべきだった。もっともっとたくさん話して、彼の痛みを肩代わりできるくらい、信頼を勝ち取らなきゃいけなかったんだ。

 

 雪ノ下が立ち上がる。目じりには涙が浮かんでいた。

 

「あんたは……、ハチマンをこれ以上傷つけたいのかい? それとも、別の何かをしたいのかい?」

 

 雪ノ下は涙を拭うと、弱々しい目であたしを見た。あの、すべてを見透かす様な眼光はなりを潜めている。彼女は、変わったのだろうか。

 

「謝罪したいの。彼に、謝りたいの」

 

「一体なにをだい?」

 

「彼へ理想を押し付けてしまったことを。彼に言ってしまった言葉を」

 

 意味は分からない。ただ、一瞬であたしの頭は沸騰した。

 

 気づいたら、手が動いていた。

 

 パン――と乾いた音が響き、ようやく、あたしは雪ノ下の頬を平手で叩いたのだと知った。

 

 雪ノ下は叩かれた状態のまま顔を動かさず、何かが晴れたかのように、口許を少しだけ緩めた。

 

「きっと、もっと痛かったのよね……」

 

「ハチマンのことかい?」

 

 ええ、と雪ノ下が言う。

 

「ここでの生活で、私がどれだけ子どもだったかを知ったわ。そして、考えたの。彼がしたことを、私がしたことを。どれをとっても、私は彼に酷いことをした。彼の優しさに甘えていた。そんなことでは、彼に逃げられてもしょうがないわよね……」

 

 雪ノ下も、思うところがあったのだろう。そして、やはり変わったのだ。このゲームに飛び込んだことにより、角が取れたように見えた。

 

「雪ノ下、さっきあたしたちがこのゲームにいることを知っているようなことを言ってたね? 実際知ってたのかい? もしそうなら、どうして会いに来なかったんだい?」

 

「ええ、第一層の攻略後に知ったわ。ある悪魔のようなプレイヤーの話を、プレイヤーネームと一緒にね。そのとき、すぐに悟ったわ。彼だって。そして、彼と行動を共にするプレイヤー名を聞いて、あなたのことはもしやと思ったの」

 

 思い出すように雪ノ下が言い、そして続ける。表情がどんどん暗くなっていく。

 

「私は、姉さんから無理やりこのゲームをやらされたのよ。それで、閉じ込められた。最初は恐ろしくてたまらなかったわ。敵と戦うどころか、《はじまりの街》から出ることすらできなかった。生きていることが苦痛でしょうがなかったし、自殺も何度考えたか分からないほどよ。でも死ねなかった。私には考えなければならないことがあったから」

 

 そこで、雪ノ下は一旦言葉を切った。

 

「考えること?」とあたしが聞く。

 

「ええ、彼のこと。彼がしたこと。その意味。その後の彼の態度。そのときまで、私は悪くないと思っていたのよ。まあ、今はその話は置いておくわ。

 

 私がようやく動けるようになったのは、彼の噂を聞いてからよ。彼がここにいる。でも一ヶ月の間で先に話したことに満足な結論がでなかったの。彼と話すのは、私がちゃんと自活して、そしてちゃんとした答えと言葉を用意できたときにしようって決めたのよ。

 

 ただ、実際に会いに行こうとすると怖くて、なかなか会いにいけなかったのだけれどね」

 

 本当に今日はびっくりしたわ、と雪ノ下は曖昧に笑った。

 

 あんたは、とあたしは自然と口にしていた。

 

「あんたは、ハチマンと話したいかい? あのハチマンが雪ノ下を避けた。それでも、話したいかい?」

 

 凛とした眼差しになった雪ノ下が、まっすぐに私を見て頷いた。

 

「ええ、話したい。ずっと、そのときを待っていたのだから」

 

「あいつがそれでも嫌だと言ったら」

 

「せめて一言、謝罪だけでも。そうなったら、もはやそれ以上は望まないわ。彼の前から姿を消すだけよ」

 

 そうかい、とあたしは考える。

 

 雪ノ下とハチマンを会わせて良いものかと。

 

 これは、ある意味でチャンスなのかもしれないと思った。現実の奉仕部に不和を抱え凍てついたハチマンの心を、もしかしたら溶かせるかもしれない。あたしではできなくても、雪ノ下ならそれができるかもしれない。

 

 ズキン、と胸が針で刺されたように痛んだ。

 

 本当は、きっと気づいていた。

 

 表に出せなかったのは、雪ノ下がいるから、由比ヶ浜がいるからなのだ。

 

「分かったよ。ハチマンと話してみる。雪ノ下、フレンド登録を」

 

「いいの? こう言ってはあれだけど、あなたからしたら、私は彼を傷つけた人間で、敵なのに……」

 

 あたしは首を振って答える。

 

「あたしはあいつが思うままにしてくれればいいよ。傷ついたのなら、あいつが許す限り、あたしが隣で寄り添うよ」

 

「そう……あなたは、そうなのね……」

 

 フレンド申請をした際、雪ノ下のプレイヤーネームが表示される。

 

「あんた、ユキノっていうんだね」

 

「ええ、残念ながら私もこういうことは疎くて。やっぱりあなたも?」

 

「これが人生初のゲームだからね」

 

「それは、災難ね」

 

 ふたりして、ようやく笑う。ユキノが表情を戻す。

 

「サキさん、お願いしていいかしら。私はいつでもいいから。彼が会っていいというなら、連絡を頂戴。待っているから」

 

「ああ、確証は持てないから絶対とは言えないけれど、努力はするよ」

 

「その言葉だけで十分よ」

 

 ユキノが深々と頭を下げる。黒髪がユキノの肩を流れて滑り落ちる。

 

「どうか、お願いします」

 

 本当に、こいつは変わったね。見違えるようだ。

 

 人は変わっていく。大人になることは、何かを無くしていくことだと聞いたことがある。それは無邪気さだったり、好奇心だったり、発想力だったりと、決していいものばかりではない。だけど、あたしはこう思う。

 

 人が持っている悪い部分を昇華して、よりよい人間になっていくこともまた、大人になることなのだと。ユキノはきっと良い成長をしたのだろう。

 

 なら、あたしは彼女の想いをきちんと受け止め、あたしの仕事をしよう。仕事なんて言ったら、まるで奉仕部みたいだけれど。相手がユキノとハチマンなら、丁度いいのかもしれない。

 

「その依頼、受けたよ」

 

 くすり、とユキノが笑った。

 

「まるで奉仕部ね」

 

 かつて雪ノ下が作った理念からはずれているかもしれない。だけど、これがあたしのハチマンへの恩返しだ。

 

 

 

 ユキノと別れたあたしは、その足で《ラーヴィン》へ戻った。居場所検索をしなくても、ハチマンがいるところなんて大体想像がつく。曲がりくねった路地に入り、ひっそりとしたNPC民家に入る。人の目を気にしなければならない彼は、このひっそりとした家に一部屋間借りしているのだ。

 

 中に入り、ハチマンの部屋の前でノックする。

 

 返事はない。

 

 それでも彼の荒い息遣いが中から聞こえてきた気がした。

 

「サキだよ。入るからね」

 

 一声かけて、扉を開ける。

 

 ベッドしかないこざっぱりとしたワンルームの中、ハチマンが部屋の隅で蹲っていた。はじめて見る弱々しい姿だった。自分の殻に閉じこもったように膝を抱え、頭を落している。何かひとつ間違えれば壊れてしまいそうな姿に、あたしの胸は酷く軋んだ。

 

「ハチマン、あたしだよ。近寄って、いい?」

 

 ハチマンがようやく顔を上げる。酷い顔だった。いつも濁っている目は一段とドス黒さを増し、顔色は悪く、頭は掻き毟ったようにボサボサだった。

 

「……なんだよ」

 

 あたしに向けたことがないような、低い声だった。あたしは慎重に言葉を選ぶ。

 

「つらい?」

 

「つらくねえ」

 

「苦しい?」

 

「苦しくねえ」

 

「自分が嫌い?」

 

 ハチマンの言葉が止まった。ぐっと堪えるような苦悶の表情を浮かべ、片膝をだらりと落す。シャツが皺になるくらいに胸を掴み、息も絶え絶え、彼は言った。

 

「嫌いだ……消えちまいたいくらい、俺は俺が嫌いだ」

 

 あの、自分が大好きだと公言していたハチマンが、遂に言ってしまった。自分が嫌いだと。

 

 誰だって、自分が嫌いだと思うときはある。彼にだって、そんな日はあるのだ。ただ、それが今であるだけだ。特別なことじゃ、きっとない。

 

「なにが嫌いなの?」

 

「なんでサキに言わなきゃなんねえんだよ」

 

 初めての拒絶に、わたしは一瞬だけ躊躇しそうになった。だが、いま一歩踏み込まなければ、きっとあたしとハチマンとの距離も、ずっと離れてしまう。二度と隣にいられなくなる。

 

 あたしは、一歩足を踏み出す。ハチマンが怖れるように、後ずさろうとして、壁際にいることに気づいたか、急に怯えるように眉を下げる。

 

「あたしはね……あんたのことをもっと知りたい」

 

 さらに足を踏み出す。ハチマンは限界だというように目を閉じて、叫ぶ。

 

「これは俺の問題だ。俺だけの問題だ。俺が解決しなきゃなんねえんだから、サキは関係ねえだろ!」

 

「あるよ、関係」

 

 ハチマンの前まで来て、あたしは膝を落す。手を伸ばし、そっと彼の頬に触れた。

 

「やめろ!」

 

 手を叩かれる。もう、あたしは驚かない。今度は抱きしめる。二度と離さないように。

 

「あんたの隣にいたいから、あんたを理解したい。まえ言ったよね? 痛いも苦しいも、楽しいも嬉しいも、みんなみんな二人で共有しようって。ふたりで戦えば、きっときっと大丈夫って。だからあたしを信じて。あんたが何を思っていても、何を考えていても、何を言っても、あたしは絶対にあんたを嫌ってなんかやらない。ずっと傍にいる。だから、言って」

 

 胸の奥に冷たさが触れた。後から嗚咽が耳に届く。

 

 ハチマンが泣いている。声を押し殺して、苦しみに涙を流している。

 

「お、俺は……俺は……」

 

 ぽつりぽつりと、彼は語った。奉仕部で過ごしてきた毎日、そして、奉仕部が解決してきたすべての事件の真相。そして――

 

「俺は、ここに来て、茅場のあの宣告を受けても、帰る理由が分からなかった。あそこに俺の居場所はない、だったらどうすればいいんだって思った。

 

 そんなときだ、お前と再会したのは。お前は現実に帰りたいって言った。俺は丁度良く来たその依頼に飛びついた。その依頼をこなすうちに、俺も現実に帰る理由が見つかるんじゃないかって、お前に帰る理由を押し付けたんだ。

 

 ずっと黙ってたんだ。嫌われたくなかった。拒絶されるのはもう嫌だった。ずっと、誰かに傍にいて欲しかった。

 

 サキ……俺、こんな弱くなっちまったよ。もう、ぼっちじゃいられねえよ。

 

 どうすりゃいいんだよ。雪ノ下と会ったとき、怖かった。また何か言われるんじゃないかと、あのときの続きがまた繰り返されるんじゃねえかって。

 

 だから、逃げちまった。あいつの言葉を無視したんだ。

 

 最低だ。

 

 俺は、本当に、本当に……最低で、

 

 俺は俺が、大嫌いだ……!」

 

 ああ、あんたの表情の理由が分かったよ。

 

「あんたは、あたしに罪悪感を感じていたのかい?」

 

「そうだ。行動の理由を人に預けたんだ。そんなもん、褒められたもんじゃねえだろ」

 

 なんて潔癖なんだろう。理由を人に預けるなどよくあることだ。そうしなければ動けない人だって、きっといる。だから――

 

「そんなことであたしは嫌いになってなんてあげない」

 

 は? とハチマンが顔を上げる。びっくりした表情を浮かべて、そして混乱したように目をきょろきょろと動かす。

 

「なんでだよ。こんなの、欺瞞だろ」

 

「あんたは小難しく考えすぎなんだよ。まだ高校生のくせに、どうしてそんなことに頭を使うんだよ。もっと楽しいことに思考を割いたらどうだい?」

 

「俺の思考にまでケチつけんなよ……」

 

「いいや、つけるね。あんたはちょっと頭が回るくせに、どうでもいいことばかり悩んで、同じところをぐるぐる回る犬みたいなもんだ」

 

「ひでえ言い草だな。泣くぞ」

 

 はん、と笑ってあたしは言う。

 

「泣いてんじゃん」

 

「痛いところばっかついてくるな……」

 

 ハチマンが苦笑する。さっきよりも、表情は固くない。

 

「あたしは優しくするとは言ったけど、厳しくしないとも言ってないよ」

 

「詐欺じゃねえか」

 

「だからさ、おあいこ」

 

 そう、これであいこだ。ハチマンは欺瞞であたしを助けた。あたしはハチマンばかりに苦労を背負わせ、その重さに気づけなかった。過去に気づけなかった。だから、これであいこだ。

 

 あとは、たくさん甘やかそう。

 

 ハチマンの頭を抱えて胸に押し付ける。強く、強く抱きしめる。悩みよ晴れろというように、頭をやんわりと撫でる。

 

「いいよ、あんたを許す」

 

 ハチマンが求めているものは、まだ私には理解できない。でも、口にしなければ何も変わらない。

 

「あたしはあんたの隣にいるよ。だから、欺瞞だのなんだの、そんな小難しいことであたしを避けようだなんて思わないで。仮にね、あんたがどっかいっても、あたしがすっ飛んでくよ」

 

「呪いの人形みたいじゃねえか。こええよ」

 

「あんたも言うじゃないか。でも、元気でた?」

 

 胸からハチマンの頭を離す。

 

「たぶん、な」

 

「無理してない?」

 

「まあ……な?」

 

「そっか、じゃあ」

 

 そっと、顔を近づける。恥ずかしくて堪らない。嫌かもしれない。こんなこと、やっちゃダメなのかもしれない。でも、いまなら理由はある。

 

 ――あなたの悩みを全部吹き飛ばすほどの衝撃を与えてあげる。

 

 ほら、ハチマン。人はこんな簡単に何かに理由を預けるくらい、弱いんだよ。だから、あたしも人のこと言えないよ。

 

 そして、唇を合わせた。

 

 アバター越しでも、ハチマンの唇は柔らかい。

 

 ん、と吐息が混じる。

 

 目を剥いたハチマンの姿が面白くて、にやりと笑って唇を離す。

 

 ばっと擬音がつきそうな速さで、ハチマンが口許を覆う。

 

「な、な、な、な……」

 

「ナシゴレン食べたいの? 作ろうか?」

 

「なんでナシゴレンなんだよ。ちげえよ、それじゃねえよ、さっきのだよ!」

 

「もっかいしたいの?」

 

「ぐ……」

 

 ハチマンが答えを窮したように押し黙る。先ほどの感触を思い出してくれたのか、顔は真っ赤だ。たぶん、あたしも真っ赤だ。

 

 ああ、よかった。嫌だって言われたらさすがに落ち込むところだ。この反応なら、まあ、嫌われてはいないだろう。

 

「なんで、こんなことしたんだよ……」

 

 ハチマンがやっと口を開く。心底疑問だというように。

 

「びっくりしたでしょ?」

 

「は?」

 

「頭の中、全部ふっとんだでしょ?」

 

「かなりな」

 

 良かった。思った通りの効果が得られたようだ。ならあたしは、飛びっきりの笑顔でこういえばいい。

 

「そんだけだよ」

 

 いまは封印しておこう。ようやく気づいたこの想いを。ハチマンが想いを振り払って問題を解決して、あたしの整理がついたら、そのときは動こう。

 

 たったひとつの初恋のために。

 

 ハチマン、と呼んでまた抱きしめる。

 

 今度は優しく、子どもをあやすように背中を撫でながら。

 

「疲れてたんだね」

 

「そんなつもりはねえけど、そうかもしれん」

 

「吐き出したかった?」

 

「そうだな。ずっと誰かに言いたかったな」

 

「そう、それならよかった」

 

「色々、すまん。泣いたりしちまったし。かっこわりいとこばっか見せたな」

 

 ううん、とあたしは首を振った。

 

「いつも格好いいところばかり見せてもらったし。いいさ。それに、あんたの珍しい姿も見れたしね」

 

「誰にも言うんじゃねえぞ」

 

「言わないよ。もったいないし」

 

「サキ……」

 

 さっきよりいくらか暗い言葉で、ハチマンがあたしの名を呼んだ。怖がっているような、そんな声だった。

 

「何も、言わないのか? 現実でのこと」

 

「言って欲しいのかい? あんた、どうせ分かった気になられるの、嫌な性質でしょ?」

 

 言っていて、支離滅裂になっている気がした。あんなに言っておいて今さらだろう。

 

「サキなら構わねえよ。コンビ組んでるしな」

 

「そうだね。あたしなら、たぶん、やっぱり怒るんじゃないかな」

 

 ぐっとハチマンの身体の力が入ったかと思うと、そうか、と言って急に力が抜けた。

 

「でも、ちゃんとあんたの話を聞きたいって思う。どうしてそうなったのか聞いて、やっぱり、各方面に怒りに行っちゃうかな。あたしだし」

 

「最後の一言の説得力がすげえな」

 

 ふたりで笑う。

 

「言えるとしたら、そんなところかな。あたしはあんたのやり方は否定できないし」

 

「どうしてだ?」

 

「あたしもぼっちだしね。自分のやり方には、結構自信あるし、あんたもでしょ?」

 

「まあな」

 

「あんたの場合、なまじ結果出してるしね。ただ、もう少しやり方を変えて欲しい、とは思うな。なるべく、あんたが傷つかないように。嫌な思いをしないように」

 

 それは難しいな。くぐもった声でハチマンが言った。

 

 分かっている。あなたのそれは、すぐに変えることができないほど、ハチマンの中に根ざしている。いままで生きてきた結果で作られた行動なのだ。

 

「そうだね、あたしが手伝ってあげる。それに、ユキノは変わったよ」

 

 雪ノ下の名を告げると、ハチマンの身体がびくんと動いた。

 

「あの子、柔らかくなってたよ。以前とは別人みたいになってた。だからさ、もう一度、ちゃんとした形で会ってみない?」

 

「会えないだろ。逃げちまったし……。あいつ、そういうの嫌いだろ」

 

 首を振る。違うんだよ、ハチマン。

 

「あんたに会いたがってた。どうしても会いたくて、あたしに頭を下げたんだよ、あの子」

 

「マジかよ……」

 

 ハチマンが絶句する。気持ちは分かる。だから、それだけ本気ということなのだ。

 

「だから、もしあんたが心の整理をつけて、ちゃんと会えるようになったら。会おうよ。ひとりじゃ怖いなら、あたしも一緒にいくから」

 

 ハチマンはしばらくの間黙っていた。たっぷり時間をかけて、彼が出した結論は、やっぱり彼らしく前に進むものだ。

 

「しょうがねえな。部長が頭下げたんなら、下っ端も行かざるをえないか」

 

 まったく、捻デレだなあ。

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