ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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これが、比企谷八幡なりの冴えたやりかた 3

 主街区の中央広場に面している大きな宮殿、黒鉄宮に連れて行かれた私は、監査官に監獄エリアに私専用に割り当てられた鉄格子の監獄へ入れられた。石壁で三方を固められた監獄の中には、四角く開けられた窓があった。窓から寂しそうに見える空の蒼穹からは、太陽が見えない。それが、私の現実を教えてくれていた。

 

「光が無い、つまりは処刑ということね……」

 

 予感めいたことを呟いてみても、私の気分は晴れなかった。

 

 アイシアには格好の良いことを言ってしまったのだけれど、本当にどうしようかしら。入って十分かそこら、私は牢獄内に蔓延る闇に飲み込まれそうになっていた。

 

 だから、大切な思い出を思い出すことにした。

 

 現実での奉仕部でのできごと。

 

 この世界で出会った、ハチマンとサキのこと。

 

 本当に仲直りができてよかった。とても、幸せだった。もっともっと、仲良くなって、遊びにでも出かけたかった。そして現実に戻って、もう一度現実の姿で出会いたかった。

 

 それすら、いまはもう適わない。

 

 明日の十時、私は処刑される。

 

 泣いても喚いても、地球が回るように、宇宙がそこにあるように変わらない事実だ。

 

 そう考えると、幾ばくか落ち着きを取り戻していくような感覚がした。

 

「きっと、彼のお陰ね」

 

 ハチマンと仲直りできたから、もう心残りはない。ずっとしこりのように残っていたそれが切除されてしまえば、私にとってはもういいのだ。

 

 ぽたりと、何かが落ちる音が聞こえた。ぽつぽつと数を増やしていくそれは、まるで室内に雨が降っているかのように連続して響いていて。

 

 私は自分が泣いていることにようやく気がついた。

 

「……たくない」

 

 死にたくない。

 

 こんなことで死にたくない。横領なんてしていない。こんな嵌められるような真似をされて死にたくない。なにもせず、抗いもせずに死にたくない。ハチマンに会いたい。サキに会いたい。由比ヶ浜さんに会いたい。

 

 ここで終わりになんて――なりたくない!

 

「誰か! 誰かいないの!」

 

 思わず叫ぶ。誰も声を返してくれなどないと知りながらも、私は声を張り上げる。

 

「誰か! お願い! 返事をして!」

 

「その声、ユキノさんかい!」

 

 声が返って来る。聞き覚えのある声。かつて、私を導いてくれた声だった。

 

 まさか、そんな、まさか――

 

「シンカーさん、なぜここに……」

 

「僕はアポストルに実権を奪われたとき、しばらくしてから投獄されたんだ。在任中に不正があったと言われてね」

 

 そんなこと知らなかった。ユリエールさんは彼と連絡が取れないことをいつも心配していた。私も何度も連絡を取ったことがある。

 

 ここ監獄エリアは、外との連絡が一切取れない仕様なのだ。であれば、彼と連絡が取れないのは当然のことだった。

 

「それより、君までここに来るなんて、一体どういうことだい?」

 

 ぽつりぽつりと私は語る。

 

「《軍》内部の資金横領の嫌疑を掛けられました。明日……処刑される身です」

 

「そんな馬鹿な! 処刑だって? ここSAOでか?」

 

「恐らく、その通りでしょう。これで当時のメンバーはもういません。名実共に彼が支配者です」

 

 シンカーが息を呑む気配。

 

「まさか、アイシア君も?」

 

「いえ、アイシアはなんとか私が逃がすよう説得しておきました。たぶん、大丈夫でしょう」

 

「そうか、まさかあの男……ここまでやるとは。すまない、君がこんな目に合っているのは僕のせいだ」

 

 謝罪するシンカーに対し、ユキノは首を振った。

 

「悪いのはあなたではありません。彼、アポストルです。謝らないで下さい」

 

「君は……強いな」

 

「私は強くありませんよ」

 

 ただ、力を貰っただけだ。ハチマンとサキに、なによりも勝る力を。

 

「ここから脱出に出来ることはありますか?」

 

「残念ながらそれは無理だ。《軍》の連中が張っているから外からの救出も見込めない。内部からはシステム的に無理だ。よければ試してみるといい。ユキノさん、武器は?」

 

「取られました。護身用の刀が一本あるだけです」

 

 そう言って、システムウインドウから刀を選び装備する。一面に嵌った鉄格子へ向け攻撃を放つが、システムメッセージが現れる。

 

 ――Immortal Object

 

 即ち、システム的に破壊されないのだ。

 

 当然だ。でなければ牢獄など成立しない。

 

 私はもう、どうしていいか分からない。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 午後二十二時、第三十三層ラーヴィン、サキの部屋リビング。

 

「ディアベル、どうだ」と俺

 

「こっちは問題ないよ。いつでも行ける」ディアベルがガッツポーズを返した。

 

 俺はクラインへ視線を飛ばす。

 

「そっちはいけそうか?」

 

「任せろ。俺のギルドだかンな」

 

 頼りにしてる、と言葉を投げ、アスナを見る。

 

「交渉はできたか?」

 

「たぶん大丈夫だと思う。サキさんと一緒に頭下げたから」

 

「渋ったから槍ぶん回したけどね」

 

 おっかねえよサキさん。でもよくやった。

 

 そして、最後にキリトへ向ける。

 

「キリト……暇だった?」

 

「さんざんっぱら動かしておいて言うことがそれか!」

 

 え、だって交渉ごととか不得意でしょ君? サキは圧力的外交得意だからいいけど。

 

「キー坊、せっかくハチマンが振ってくれたんだかラ、ボケないとダメだヨ……」

 

 アルゴの残念そうな声。まったくだ。これだから最近の若者は……って、俺も最近の若者でした。

 

 ぐぬぬ、という苦悶の顔をしたキリトが、遂にそっぽを向いた。どうやら怒らせてしまったらしい。仕方ない、最終兵器を使うか。

 

「アスナ、キリトへこう言ってやれ。大丈夫、キミはやれば出来る子だよ! って」

 

「それ余計にダメージでかいからな!」

 

 おっと、キリトが復活した。どうやらアスナが弱点のようだ。

 

 アスナはというと、何がツボにはまったのか、先ほどからお腹と口許を抱えて身をくの字に折り曲げていた。ちょっと、その格好スカートからちらちらと見えてはいけないものが見えそうで見えなくて、男として断固として抗議させて欲しいんですけど!

 

「で、これで行けると思うかい?」

 

 緩んだ空気をディアベルが締める。さすがギルドマスターだけはある。

 

 頭脳の半分がギャグに費やされていた俺は、思考を一気に戻す。

 

「分からん。だが、ただ直行するよりはマシだろう。それより俺が聞きたい、これ大丈夫?」

 

 笑いを治めたアスナが座り直る。表情は真剣だ。

 

「ハチ君が考えて、私たちがそれを支持した。絶対失敗しない。大丈夫だよ」

 

「言いたいことを言われちゃったね」

 

 サキが苦笑して、俺の背後に回ると両肩に手を置いた。暖かい感触が内心焦っていた俺の心を落ち着けてくれる。

 

「あたしたちは、必ずあんたの期待に応える。見てみな、ここにいるメンバーを」

 

 その後をクラインが引き継ぐ。

 

「《勇者》ディアベルに《黒の剣士》のキリト、《閃光》のアスナさんに、《戦乙女》のサキさん、そして《暗殺者》ハチマンだぜ。最前線最強のメンバーがいれば負けることはねえだろ?」

 

クラインさん、それ言ってて恥ずかしくない?

 

 それになんだよその大仰な名前。俺は暗殺者かよ。うわ、やだ似合う。目の腐ってるところとか特に。それにクラインはないのかよ。スキルに抜刀術とかあれば、《抜刀斎》とかつけてやりたい。小さい頃、傘で飛天御剣流の真似をしたことは男の子なら誰でもあるはずだ。

 

 さて、と俺は結論をまとめる。

 

「決戦は明日の午前八時。やつらがユキノを処刑場へ移送する時間をやらず、本作戦で助け出す。ディアベル、クライン。お前らの役どころに掛かってる。何としても奴の違法性を引き出せ」

 

 ディアベルが大きく頷き拳を握る。

 

「分かっている。任せてくれ!」

 

「これでも一応会社員だかンな。任せてくれ」

 

 真面目にクラインが返した。頼りにしてる。

 

「キリト、アスナ、お前らは遊撃隊だ。状況に応じて動いてくれ。特に最悪の場合は、即座に俺を呼べ。その場合は……分かってるな?」

 

「分かった、任せてくれハチ」

 

「大丈夫、みんなで決めたんだもん。きっと上手くいくよ、ハチ君」

 

 キリト、アスナが自信をもった顔で言ってくれる。

 

「そして、サキは俺と隙を見てユキノを救出する」

 

 いまだウインドウと戦い続けるアルゴへ向く。

 

「アルゴ、各隊の情報統制を頼む。これはお前にしかできない」

 

「了解だヨ。うまくやって見せるネ」

 

 ウインドウに目を向けたまま、笑って言った。

 

 いい仲間を持ったと思う。サキと再会し、アルゴと出会ってから、俺のぼっち生活は一変した。サキは当然だが、アルゴにも感謝している。

 

 サキへの想いがあるからあのジュースは勘弁だが、アルゴには今度何か高いものでも驕ってやろう。

 

「アイシア」

 

 そして、最後の依頼をする。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 翌午前八時、《ブレイブ・ウォーリア》を従えたディアベル、そして《風林火山》を率いたクラインは、第一層《はじまりの街》に現れた。

 

 もはや下層には来ることのなくなったディアベルにとっては、故郷に久しぶりに戻ったような感覚を覚えさせた。だが、一時の感傷を振り払い、仲間に声を掛けて《軍》の本拠地へ向かう。街の住人は、最前線で戦うトップギルド、しかもそのふたつが現れたことに驚いたように、あちこちからディアベルらを見ていた。

 

 ディアベルは、そんな彼らに何でもないという風に笑顔を振り撒きながらも、内心は緊張で荒れ狂っていた。なぜならば、かつて自身を陥れた男と面会するのだ。あるいは、また奴の術中に嵌ってしまうかもしれない。

 

 だからこそ、ハチマンからこの大役を任されたときは尻込みしたのだ。オレには無理だと、言ってしまいたかった。だが、彼の信頼しきった瞳を見たとき、ディアベルは首を横に振ることなどできなかった。

 

 ハチマンとの交流は長い。その中で、彼の性質の中で最も厄介なものは、人を信頼しないことだ。いつも隣にいるサキや情報屋のアルゴ、キリトやアスナを除き、彼は徹底的に人を避け、人を疑う。そして人を頼らない。すべてを自分で片付けようとするきらいすらある。

 

 そんなハチマンが、本当の意味で初めて頼ってくれた。

 

 ディアベルは、ハチマンのことを友人だと思っている。

 

 ハチマンが、昨夜初めて友人だと認めてくれたような気がしたのだ。

 

 だからこそ、その信頼に応えなければならないとディアベルは胸に誓ったのだ。

 

 そうこうしている内に《軍》本拠地前に着く。警備をしていた《軍》のメンバーが何事かというようにディアベルの前まで駆け寄ってきた。

 

「失礼ですが、何用ですか?」

 

 クラインと目が合う。彼は頷き、一歩後ろに下がった。

 

 ディアベルは短く息を吸う。覚悟は決めてきた。すべては、ハチマンのために。

 

 ディアベルはストレージから書類を取り出し、彼らに見えるように掲げる。それは、ギルドマスターらがサインしたある同意書だ。

 

 声を張り上げる。

 

「我々《ブレイブ・ウォーリア》ならびに《風林火山》は、本日、午前十時に行われるという処刑について、意義を申し立てるためにここに参った。本件については、最前線で戦う全ギルド合意の下、行っている。団長のアポストルと話をしたい」

 

 これが、ハチマンが計画した、たったひとつの冴えたやりかた。

 

 案六とディアベルがやろうとしたことの合成だ。即ち、最前線ギルドに事情を説明し、処刑の反対に関する同意を得る。そして、その代表として《ブレイブ・ウォーリア》と《風林火山》がこうして《軍》へ申し立てをしに行く。

 

 戦うのでもなく、投票という曖昧さを行うでもない、徹底的に安全を考慮した作戦だ。これを考え付いたハチマンは心底すごいと、ディアベルは思う。

 

 あの逼迫した状況下、同級生が処刑されんという心理的重圧の中で、彼は思考に思考を重ね、この結論に辿りついた。

 

 まったく、尊敬に尊敬を重ねさせてくれるよ、ハチマン。

 

 クラインが引き取る。

 

「本件は、SAOであって然るべきではないものであるオレ達は考えている。即刻ギルドマスターのアポストルを召喚しろ!」

 

「おやおや、これは一体何の騒ぎですか?」

 

 突然、本拠地の入口から声が届く。男か女か、聞いているだけでは分からない、曖昧な声質。されど、聞けばすんなりと胸に染みるような、不思議な声だ。

 

 入口から一人の人影が現れる。簡素の白いローブに身を包んだ人物。この世の汚らわしさの一切を排除したような純白の髪、深海を押し固めて作ったような、深く蒼い瞳。中性的で人間味の欠けた顔は、稀代の天才彫刻家が生涯に一度作れるか作れないかの珠玉の一品のよう。蒼と紅の指輪を嵌めた手を翼のように広げて、一歩一歩、空を滑るように歩いてくる。

 

 知らず、ディアベルは喉を鳴らした。初めて会ったときはフード越しで会った故、彼の顔をこうも明確に見たことはなかった。こうして見ると分かる。その美貌もそうだが、外見と雰囲気が一致していない。なにかが、どこかがずれている。

 

 ハチマンは彼をこう称した。

 

 外見は良くても中身はぐちゃぐちゃだと。まさにその通りだと思った。

 

 クラインも隣で圧倒されたように、小さく唸った。

 

 物腰の柔らかに、アポストルが言う。

 

「それで、ギルド《ブレイブ・ウォーリア》のディアベルさんと、《風林火山》のクラインさん、一体大勢のギルドメンバーをお連れして一体何の御用でしょうか。差し出がましいようですが、礼儀が良いとは言えない時間帯ですが」

 

 腹の底まで浸透するような声に、ディアベルは一歩足を退きそうになった。しかし、それをぐっと堪えて逆に一歩を踏み出す。ここで退くようであれば、ハチマンから信頼を与えられるに値しない。

 

 クラインも同様に前に行く。

 

 腹に力を入れ、決して飲み込まれまいとディアベルが告げる。

 

「失礼は承知。しかし、事は急を要します」

 

「急とは?」

 

 滑り込むようにアポストルに遮られる。

 

「残念ながらこちらにも用事がございましてね。ああ、内容はさすがにお答えできかねますが。そうですね、午後でしたらお時間を作ることも可能ですよ。ええ、ええ、存じておりますとも。皆様方は最前線で果敢にも戦い、アインクラッドの民を現実へと導くお方々。そんな方々に大変恐縮ではありますが、こちらにも都合というものがあるのです」

 

「待て、こちらから話をさせて欲しい」

 

 ディアベルが遮る。話の主導権を握らせてはならない。

 

「ええ、ええ、あなたの意見は尊重したいと考えております。しかし先に申しあげたとおり、こちらも時間がないのですよ。曰く、時は金なりと申します。おっと、ここではコルですかね?」

 

「そんなことはどうでもいい。まずは話を聞けよ!」

 

 遂にクラインの堪忍袋の緒が切れた。迂遠にもほどがあるのだ、この男は。こちらの会話を封殺しようとしている。

 

「乱暴な口調はいけませんよ、クラインさん。言葉とはその者の品位が現れるというものです。あなたのような勇猛果敢な方であっても、人と接するときはそこを考える必要がありますよ?」

 

「そんな敬語だの言葉遣いだの話は結構だってンだよ! いいか、俺たちはあんたらがユキノという女性を処刑しようとしていることを掴んでいるンだ! 即刻処刑を取りやめ、身柄を俺たちに移せ!」

 

 アポストルの端正な顎に指が添えられる。まるで彫像のような姿に、一瞬男でありながらディアベルは見惚れてしまった。

 

「はて、色々と疑問があるのですが、まずはひとつ。なぜこちらのことで外部のあなた方に感傷されなければならないのでしょう? 基本、ギルド外部に悪影響を及ぼさない限り、不干渉が不文律では?」

 

 今度はディアベルが会話を引き取る。予定と違ったが、クラインがこじ開けた穴はなんとしても死守する必要がある。

 

「処刑がこのSAOに合っていいはずがない。我々に人を裁く権利など、ましてや、死刑にする権利などあるはずがない! 先も申し上げた通り、これは我々最前線を戦うギルドの総意だ!」

 

 なるほど、とアポストルはディアベルがかざす同意書を眺める。

 

「あなたがたは、ではあなたがたが彼女を裁くというのですね。ならば、彼女が横領した資金、全額我々に返して頂きたい」

 

 くっ、やはりこう来たか。ディアベルは内心で焦る。ハチマンから言われていた選択肢の中に、アポストルが告げたことがあったのだ。はっきり言って、これも最悪な選択肢の中のひとつだ。

 

 冤罪を主張しようにも証拠がない。ならば、処刑を違法として連れ出すしか方策がない。しかし、ならば《軍》が横領されたと主張するものをどうにかしなければ、敵は梃子でも動かないだろうというのがハチマンの見解のひとつだ。

 

 ハチマンはこれに同意をしろと言った。その間に横領の冤罪証拠が見つかればよし、見つからなければ俺が払うと。何年掛けても俺が払いきってやると。

 

「分かった、同意しよう。我ら《ブレイブ・ウォーリア》の名に掛けて、全額支払うと誓おう」

 

「《風林火山》も同意すっぜ」

 

 クラインも同じように同意を示す。

 

 アポストルが両手を翼のように広げた。

 

「素晴らしきかな。彼女には彼女の罪を償わんとする者たちがかのように大勢いらっしゃるのですね。なんと素晴らしきかな。ええ、ええ、あなたがたの誠意、しかと受け取りました。であれば、すぐにでも契約を致しましょう。横領額――」

 

 二十億コルを。

 

 なん……だと。

 

 このとき、ディアベルは想像の予想外を超えた額に驚きを隠せなかった。ハチマンは予想は億単位と言った。だが、いくらなんでもそれは……。

 

「分かった、払うぜ」

 

 呆けたディアベルに代わり、クラインが引き継ぐ。

 

「で、まさか一括とは言わねえよな。さすがにそんだけの額になると、こっちだって早々出せねえンでね。悪ぃが分割にしてくれ」

 

 はて?

 

 そのとき、アポストルが不思議そうな顔をした。

 

「なぜそのような台詞が出てくるのでしょう? 一括で払うのは当然ではありませんか?」

 

「なにィ?」と眉をひそめたクライン。

 

「大方、返済の間に冤罪の証拠でも捏造して借金を無くす腹でしょう? いけませんねえ。いけませんいけません。それは悪です。罰せられるべき悪徳です。仮にもひとりの罪人を救おうとするあなたがたが悪に染まるなどと、断じて許されるべきものではありません」

 

 蒼と真紅の指輪を嵌めたアポストルの両手が、空を仰ぐように広げられる。

 

「ああ、聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、神よ、悪しき者に神の裁きを」

 

 そのとき、ディアベルの視界に光が踊った。ディアベルも、クラインも、この場に集ったギルドの面々すべての身体が、強力なノックバックで吹き飛ばされたのだ。何が起きたのか分からなかった。

 

 まさに神の御業。刀剣でのソードスキルなどではない、システムにありなどしない魔法を見た気がした。

 

「い、いまのは一体何なンだよ……!」

 

 すぐに起き上がったクラインが抜刀。圏内戦争が始まろうとしている。

 

 まずい。最悪の事態だ。

 

 ディアベルは声を震わせ、大喝する。

 

「やめろクライン! 刀を引け!」

 

 アポストルの視線が、いまだ立ち上がるクラインへ視線を向ける。そして、両腕を下ろしたと同時、一瞬垣間見えた閃光と共に再びクラインが吹っ飛んだ。

 

 呻き声を上げながらもクラインがノックバックに堪える。

 

 なんだこれは、一体何が起きている。ディアベルの焦燥が頂点に達する。

 

 

 

「見えたか、サキ」

 

 黒鉄宮を張っていた俺とサキは、ディアベル達の同行を観察していたのだが、話の流れがマズイ方向になった途端、全員が吹っ飛んだのだ。遠くから見ても瞬時には理解し難い攻撃。

 

 まるで、光が雨となって横殴りに降って来たようなものだ。

 

「まあね、あんたは? 分かってるんだろう」

 

 だが、奥義というものは何度も見せるものではない。なにせ、大魔王の必殺の構えすら見破られたのだ。人間に見えぬ道理はない。

 

「あれは針だ。投擲スキルの派生スキル――エクストラスキルってやつか? それにしちゃ聞いたことないな」

 

「あれ、避けれるかい?」

 

 もはや対決姿勢を崩そうとしないサキが言う。正直、この流れになってしまえばお終いだ。どちらにせよ、あの取引が成立しなければ、黒鉄宮の監獄の鍵が手に入らない。

 

 どこのだれだよ、たったひとつの冴えたやりかたとか言ったやつ。ばっかじゃねーの。バーカバーカ! 俺だよ……。恥ずかしいなあ。あのときの自分を殴りたい。

 

 と、頭の中でコントをやっている場合ではない。

 

「俺のステータス知ってるだろ。俊敏特化だ。速さこそ正義だ」

 

「つまりは避けられるってことだね」

 

「まあ、たぶんな。半分くらいサキに任せたいんだが」

 

「捌けるかいあんなの。できて一割程度だよ」

 

 そんだけできるだけでも十分化物ですよ、サキさん。

 

 仕方なく懐から結晶を取り出す。これはアルゴと俺が開発した通信機だ。ファンタジーなのに通信機というのも時代錯誤な気がしてならないが、あって困るものではないから気合で作ったのだ。その代わり、えらく材料費が高く量産できなかったが、なんとか人数分をそろえられた。材料集めてくれたキリトには感謝だ。ちなみに、原理は結晶同士を回廊結晶の要領で互いに繋いで声を届けるというもの、だと思う。たぶん。きっと。恐らく……。だって偶然できたんだもん。

 

「アルゴ、状況が変わった。これより戦闘に入る。そっちの状況はどうだ?」

 

 結晶からアルゴの声が届く。

 

「こっちも全力でやってるけど、まだ少し時間がかかりそうだヨ。そっちの方が早いかもしれない」

 

「頼むぞ。なんとか奴をボコっても鍵をストレージから出させなきゃ意味ねえんだ。結局は冤罪を晴らすか奴の要望を叶えるしか方法がない」

 

「了解だヨ」

 

 通信結晶を仕舞い、俺はぼやく。

 

「キリトとアスナ好みの方法論になっちまったな」

 

「いいじゃないか。ゲームらしくて。たまには小難しい理論なんて忘れちまいな」

 

「たったひとつの冴えたやりかた! とか格好つけちまったのにこれじゃなあ」

 

 くすくすとサキが笑う。

 

「黒歴史追加だね」

 

「まったくだ」

 

 サキが槍を取り出して言う。

 

「狙いはアポストルでいいかい?」

 

「問題ない。積年の恨みをここで晴らす」

 

「じゃ」

 

「行くぞ!」

 

 そう言って俺たちは飛び出す。俊敏をフル活用した速度であっと言う間にアポストルを射程に捕らえる。周囲を圧倒していたアポストルが視界に俺を捕らえる。アポストルが腕を動かした瞬間、閃光が走る。首を逸らすことでそれを避ける。速ええ。アスナの《リニアー》並だな。卑怯だろそれ。

 

 俺は突進系単発スキルをアポストルへ向けるが、跳躍してそれを避けた。

 

「一体なんの真似ですか? 《魔眼使い》」

 

 着地と同時、アポストルが感情のない声で言う。

 

 その隙を逃すことなく、サキが踊り出る。アポストルの手から無数の光。槍を回していくつか弾くが、すべては捌ききれない。ノックバックでサキが吹っ飛ぶ。俺はその横を走ってアポストルの足元を大きく短剣で払う。読んでいたアポストルが片足を上げるだけでそれを避ける。

 

 無数の閃光。

 

 攻撃直後であるため全弾頂き、俺の身体も思い切り吹っ飛ぶ。だが、HPバーは減らない。これは単なる戦いではないのだ。

 

「ハチマン! サキさん!」

 

 ディアベルが叫ぶ。状況の移り変わりに精神が対応しきっていないのだ。やっぱ真面目だな。

 

クラインと《風林火山》は既に戦闘態勢に入り、周囲を囲んでいた衛兵達に斬りかかる。

 

「ディアベル、クライン、案二だ! 状況開始!」

 

 叫んで俺が疾走。彼らは意識から除外する。

 

 針が乱舞。俺の前に躍り出たサキが今度はすべてを捌ききった。ちょっと、どんどん人外染みてきてるんですけどこの人。こんな人好きになっちゃって、将来尻に敷かれないかな俺。

 

 初めて瞠目したアポストルが大喝した。

 

「皆よ、いまこそ聖戦のときです!」

 

 全体に染み渡るような声。だが、誰も来ない。アポストルの顔に初めての表情。

 

 焦燥だ。

 

 懇切丁寧に説明してやる必要もない。これがキリトとアスナ、そしてサキにやらせた役目だ。だれが俺たちだけだっつったよアホが。全ギルドの有力者を既に集めてんだよアホが。今ごろそいつらに軒並み邪魔されてんだから、来るわけねえだろアホが。

 

 よし、こんだけ心の中でアホって言えば少しは溜飲が……。

 

「下がるわけねえだろうが!」

 

 俊敏特化をフル活用した俊足。またしてもアポストルの針がきらめく。

 

 なめんなよ。

 

 もう軌道は見えてんだよ。

 

 針の軌道外に左右に避け、あるいは飛んでかわしていく。

 

 一瞬にして間合いを詰め、アポストルの腹部へ投げナイフを突き立てる。軽すぎるノックバック。だがそのまま身体を右に流して首筋を短剣で切り裂き、右回転しながら奴の背を逆袈裟に斬る。更に腰の捻りを利用して奴の右首筋に背後からナイフを突きたて、最後は回転して跳びあがり、両目に短剣と投げナイフを突きたて――

 

 失敗。奴が頭を下げる。

 

 視界の下部からきらめきが走る。

 

 大量の針軍が俺を打ちのめし、大量のノックバックで高く飛ばされる。

 

 だが――

 

「まだ終わりじゃねえんだよ!」

 

 飛ばされながらも、俺の左手が閃く。投擲スキルによって投げられた投げナイフがアポストルの右手に直撃。ノックバックにより針を取り落としたアポストルの瞳に懊悩。

 

 そして、遂にサキの出番が来る。

 

 サキが回転しながら遠心力を増大し、渾身の振り下ろしをぶちかます!

 

 左の針で受け止めようとしたアポストルだったが、針が弾かれ、しかし軸線のずらされたにサキの一撃が肩へ直撃。

 

「アホが。長物を針なんぞで受け止めきれるわけねえだろーが」

 

 強烈なノックバックにより膝をついた白髪に、サキが下段中段上段とソードスキルかと思わせる得意の三段突き。

 

 死ね、白髪! と俺は心の中で叫ぶ。アニメで見た連続攻撃をちょっとアレンジして教えたらマジで覚えやがったサキのお得意技だ!

 

 跳ね上がった白髪へ向け、上がった槍の握りを右だけ逆手にする。体重の込めた強烈な振り落としに、白髪が脳天から地面に叩きつけられる。更に回転したサキの二度目の振り下ろしを背中に受け、遂にアポストルの意識が消失した。

 

 槍を手の中でもてあそんだサキは、石鎚を地面についてほっと息をついた。

 

「えっと、この一撃、手向けと……なんだっけ、ハチマン?」

 

 サキがうろ覚えの台詞を言おうとして、途中で止まる。ていうか違うからそれ。心臓狙ってないでしょ。

 

 しかし――

 

 やべぇ、こいつマジでランサーになりやがった……。

 

 

 

 鬨の声があがる。

 

 ギルド《ブレイブ・ウォーリア》と《風林火山》の面々が取り巻きを抑えている間に俺たちがアポストルを倒したお陰か、取り巻き連中はすぐに白旗を上げたのだ。根性ねえなあ。いまどきの若者は銃剣もった神父さんレベルの狂信者はいないのか? まさか本当に洗脳されていたわけでもあるまいし。

 

「お疲れ、ハチマン。結局君たちにお株を奪われてしまったね」

 

 俺の肩を叩いたディアベルが、爽やか笑顔を浮かべた。集まっていた住人のいくらかの女性は、その笑みを見た途端キャーキャー騒ぎ始める。イケメンめ。羨ましくなんてないんだからね!

 

「んなことねえよ。それより、出てきちまって悪かったな。しかも結局冴えない作戦だし」

 

「つーかおめえもサキさんも、対人戦はマジですげえのな。俺ぁびっくりしたぞ」

 

 絡んできたクラインを引き剥がしながら、俺は答える。

 

「そりゃ鍛えてるからな」

 

「マジか! 俺も鍛えくれよ! こう、男ならバシッと決めてえンだよなあ」

 

 ひとり思案に明け暮れているクラインは放っておく。なんならディアベルに任せよう。

 

 さて、とアポストルの襟首を掴んで、なんとか持ち上げる。筋力パラメーターぎりぎりでよかった。これで持ち上がらなかったらかっこわるい……。

 

「こいつと強制デュエルして殺せばいいんだよな」

 

 フフフ、と不適な笑みを浮かべて、俺はアポストルに手を伸ばす。その手を呆れ顔のサキが掴んだ。

 

「冗談が過ぎるよ、ハチマン。あたしのことはいいからさ」

 

「ちぇ、まあ冗談だよ冗談」

 

 ホントだよ? サキに傷を負わせたことなんて覚えてないよ。ハチマン嘘つかない。

 

 さすがに悪乗りが過ぎたか、サキが割りと本気で怒っているのを見て取って、アポストルを床に下ろす。

 

 再度回線結晶を取り出し、アルゴに連絡を取る。

 

「キリトとアスナの方はどうだ?」

 

「大丈夫みたいだね。あっちもすぐに白旗を上げたみたいだネ。これで一件落着かナ?」

 

「気が早いぞ。まだユキノを助けてない」

 

 回線を繋いだままクラインを呼ぶ。

 

「ユキノさんだろ。行ってくるわ」

 

 話が早くて助かる。クラインはその足で黒鉄宮へ向かっていった。しばらくサキ、ディアベルとどうやってこいつから鍵を奪おうかと思案しているところで、アルゴから緊急連絡が入った。

 

「大変だヨ! ユキノがいないみたいダ!」

 

 張り上げた声が、サキとディアベルにも通じる。

 

「なんで! 処刑は十時のはずじゃ!」サキが嘆くように叫ぶ。

 

「一体どうしてなんだ! 早くこいつを起こそう、ハチマン!」驚愕のままディアベルが俺をゆすった。

 

「あ、ああ……」

 

 俺はただ焦燥感に突き動かされていた。

 

 アポストルの頭を思い切り蹴飛ばしてたたき起こす。アポストルは頭をさすりながら上半身を上げ、海色の瞳を俺へと向ける。寒々しくもむなしい、空虚な眼だ。

 

「……随分と乱暴な起こし方ですね」

 

「んなことはどうでもいい。ユキノをどこへやった?」

 

 そのとき、アポストルの口許が微笑ではなく、ニタニタと気持ちの悪い笑みになった。まるで、これが本性だとでもいうように。

 

「ふふ、くふっ! いい顔になりましたねぇ、ハチマン。まるであの時のようじゃないですか!」

 

 かつて二度戦ったフードの男は、やはりこいつだ。一度は俺を、二度目はサキに手をかけた、憎むべき相手。そして、ディアベルとキバオウ、シミター使いを掌握し、結果としてキバオウを殺した極悪人。

 

「ああ、貴様を殺したくてしょうがねえが、いまは置いておく」

 

 怒り心頭の声を出して、アポストルの襟首を掴んで持ち上げる。アポストルは変わらずニタニタとした下品な笑みを湛えている。気持ちわりぃんだよ。変質者かよ。

 

「あなたが網に掛かったのは僥倖でした。あのときの屈辱を晴らさずにはいられなかったのでね。ユキノは美しい女性です。是非とも手に掛けて絶望をこの目で見てみたかったのですよ。ああ、それも今回は叶わぬうたかたの夢。儚いものですねえ」

 

 話がすり替わり始める。アイシアが言っていたのはやはりこういうことか。

 

 いらつくままに腹を殴る。ノックバックで吹き飛ばされる寸前に、襟首を持った手に力を入れて引き寄せる。

 

「さっさと言え。ユキノはどこにいる?」

 

 今度こそアポストルが告げる。まるで、変えられることのできない、預言のように。

 

「私は確かに十時に処刑するとアイシアさんに伝えるようにしました。ですが、それが誤報であったのかと、なぜあなたは疑わなかったのですか?」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 十九層、主街区《ラーンベルグ》から西へ数分歩いたところにある、小さな丘。ユリエールに助け出された私は、そこへ連れて行かれた。曰く、そこならば安全だという言葉を信じて。

 

 そして、私たちは囲まれていた。異様な姿の男たちに。

 

 その内の一人、膝上までを包む黒ポンチョに、目深に伏せられたフード姿の男が、流暢な英語で「Good morning」と言って私に近づいてくる。殺意しか見受けられないその姿から伸びているのは、巨大なダガー。まるで血を吸って生きているかのような真紅を私に見せ、そして、ユリエールに向けた。

 

 ユリエールが震えながら言った。

 

「や、約束通りつれてきました。だから、お願いですからシンカーを、シンカーを助けてください!」

 

「Good jobだ。ユリエールさん。あんたには資金繰りから何まで世話になったな」

 

 さて、とポンチョの男が私へ再びダガーを向ける。恐ろしくて足が震えそうだった。

 

「まずはようこそ、とでも言えばいいのかな。俺たちはこれよりギルドを立ち上げる。《笑う棺桶》――ラフィンコフィン。つまりは、殺人ギルドだ」

 

「なん、ですって……?」

 

 言っている意味が分からず、私は聞き返す。内容もそうだが、それに私が関わらんとしているのは一体どんな意味がある?

 

「ホーリィのやつに、結成時にドでかい花火を上げようってンで、この場を用意させてもらった。俺たちは、あんたの処刑を打ち上げて、ギルドの結成式とする」

 

 意味分からない。

 

 逃げていたはずが、処刑される?

 

 ユリエールを見る。震えた表情で両手を胸の前に握っている。信じていたのに、裏切られた?

 

 いや、シンカーを人質に取られていた? まったく思考が回らない。恐怖で頭と身体が言うことを利かない。

 

「さて、とはいってもハイそうですかってあんたも死にたくなねえだろ? ってなわけだ」

 

 ポンチョの男が不適に笑う。

 

「俺と戦おう。俺に一撃でも当てられれば、逃がしてやるよ」

 

 誰か……。

 

 ポンチョの男がダガーを構える。周囲には、決して逃がすまいと私たちを取り囲む彼の配下らしき者たち。

 

「さあ、剣を構えろ。It's show time!!」

 

 助けて……。

 

 

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