ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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これが、比企谷八幡なりの冴えたやりかた 4

 アポストルの絶望的な宣告。それを受けた俺は、

 

「は――は、ははは、あ――はっはっはっはっはっは!」

 

 それはもう大笑い。びっくりするほどの大笑い。いままでこれほど笑ったことなんてないほどの大笑い。周囲はドン引き。サキですら顔を引きつらせている。そうだよ、だって言ってねえもん。

 

 いっぱい食わされた、とでも言ってやればいいのか?

 

「ふざけんな」

 

 ドスの利いた声で言って、アポストルの左頬を思い切り殴りつけた。ノックバックによって吹き飛ばされたアポストルが、自分の頬を撫でる。むかつくからもう一発殴りたいが、予想以上に時間がない。

 

 通信結晶に声を掛ける。

 

「アルゴ、状況は?」

 

「問題ないヨ。場所は十九層。西にある丘だヨ。アイシアに感謝しないとネ」

 

「よし、こっちは最短で向かう。キリトとアスナを現地召集。それと、サンキューな」

 

「お礼はアイシアにネ」

 

「あいよ」

 

 通信を切った俺は振り返る。誰も彼もが放心状態だ。なにせ、アポストルですらぽかんとしている。そうだよ、お前のそんな顔を見たかったんだよ。だが生憎俺は優しくなくてな。てめえなんかに裏を教えるわけねえだろうが。

 

「サキ、クライン。何呆けてやがる。場所はわかった。さっさと助けに行くぞ」

 

 まだ動かない。衝撃でわれを忘れているのか。サキだけがややあって俺のところにやってくる。

 

なに? 俺が笑ったのがそんなに意外なの? いいから動けって。ハリーハリーハリー……!

 

「さっさと動けっつってんだよウスノロ! ユキノを殺してえのかテメエら!」

 

 俺の恫喝で、ようやく目を覚ましたか、ディアベルとクラインが己を取り戻す。

 

「ディアベルはここで指揮しろ! 話は後だ。十九層、西の丘にユキノがいる! それとやつらに今真っ最中で襲われてるところだ!」

 

 それだけ言って俺は転移門へ駆け出す。サキは一瞬遅れて、クラインはやや遅れて走り出す。

 

 転移門から《ラーベルグ》へ転移する。どこもかしこも暗いゴーストタウンを西へ走りぬけていく。

 

 そう、俺は端から信じていなかったのだ。処刑が十時に行われるなど。

 

 やつらにとって、邪魔する存在は不可欠だ。だからあるひとつの罠を仕込んだ。それが時間だ。それさえ読みきれば、あとは簡単。黒鉄宮に夜中から張っていればいいだけだ。あとは都合よくユキノが逃げていくところさえ見つけられれば、可能であれば身柄を押さえる。無理ならば後をつけてアルゴに情報を提供する。

 

 いわば、俺たちも、アポストルも、互いに陽動だったのだ。やつの目的がなんであるか分からないが、ここまであからさまに動いて邪魔されないとは思っていなかっただろう。頭の切れそうな奴がやる、クソッタレな罠だ。

 

 だがそれも見破った。本当ならばユキノが連れ去られたときに確保したかったが、状況がそれを許さなかった。下手に俺たちが動けばこちらの動きがバレ、相手側の動きが変わる可能性があった。つまり、状況を可能な限りコントロールするには、今回のような不恰好な方式を取るしかなかったのだ。

 

 しかもだ、正直言って、これも俺はあり得なくはない程度の保険だったのだ。まさかそれが功を奏したのだから、人生たまにはいいことあるものだ。

 

 だからユキノ、頼むから、そっちも頑張って耐えてくれ……! 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 振りぬかれたダガーをすんでのところで避け、刀を振る。黒ポンチョがそれを軽々とかわし、回転しながら一閃。それを刀で受け、刀身を滑らせながら小手を狙う。ダガーを上に放り投げた黒ポンチョが腕を上げてそれをかわす。僅かにそれた注意の隙間を縫って、腹部に鈍い衝撃が走る。レベルの差か、HPバーが大きく減って後ろへ下がる。宙から落ちるダガーを取った黒ポンチョが、口笛を吹いた。

 

 周囲でははやし立てる声。ユリエールの悲痛な叫び。

 

 私は、あれから無理やりこの男と戦わされている。幼少時、剣道もならったことのある私にとって有利とも言える戦いではあった。だが、実戦は違った。命掛けの戦い。こちらの意思を読んでいるかのように動く男。そしてなにより、先のやり取りのように、予想外の動きをするトリッキーさ。すべてが恐れを助長させるものでしかない。

 

「やるね。あんた。これは名前を名乗らないのは失礼かもな」

 

 ダガーを肩に乗せた黒ポンチョが名前を告げる。

 

「俺はPohだ。あんたの処刑人だ。精々覚えておいてくれ。さて、Show timeの続きと行こうか!」

 

 Pohと名乗った黒ポンチョが一気に近づいてくる。こちらの左小手を狙うダガーを、手を抜いて交わす。すぐに閃いたダガーが首筋、胴、喉へと連続で流れていく。それを紙一重で、いや、すべてをぎりぎりでかすり傷にしながら猛攻を耐えていく。

 

 HPバーはどんどんと削られ、いまやイエローゾーンへ突入している。

 

 僅かに視線がそれたのがまずかった。

 

 鈍い金属音と共に、私の愛刀がダガーに弾かれ、宙を舞った。

 

 ドス、と音と共に地面に刀が突き刺さる。

 

 咄嗟に、私は身を翻して逃げようとした。だが、それもすぐにPohに捕まえられる。

 

「Catch me if you canってか? 鬼ごっこって年齢でもないだろうが」

 

 歌うような台詞と共にPohに無理やりひっぱられ、今度は首筋を掴まれる。

 

 ハラスメントコードに引っかかりそうになったところで、思い切り突き飛ばされた。

 

 地面に転がった私の眼前に影が落ちる。

 

「さて、そろそろCurtain call。幕引きといこうか」

 

 黒ポンチョPohのダガーが、高く、高く掲げられる。

 

 怖い。怖い。恐ろしい。負けたくない。なのに、怖くて手が震える。こんな恐ろしいことはいまだかつてなかった。いやだ。死にたくない。比企谷くん……。

 

 助けて、比企谷くん……!

 

 

 

速く速く。もっと速く。

 

 やがて街を抜け、丘が見える。その先、まだ霞のようにしか見えないが、人影の集団が見える。

 

 頭の中の回路が切れ、ソードスキルの構えを取る。もやはなじみとなったそのスキルは、突進系単発スキル。

 

 人が囲った簡易コロシアムの中で、黒ポンチョ姿の男にいままさに殺されんとしているユキノの姿。

 

 絶叫する。

 

「ユキノ――!」

 

 人垣を吹き飛ばし、間一髪、黒ポンチョの攻撃を短剣で受け止めた。次いで、サキが外側からやりを振り回す。応戦を開始した人垣の集団に、遅れてやってきたキリトとアスナが参入する。

 

「比企谷くん!」

 

「間に合った。なんとか間に合った」

 

 ダガーを受け止めたまま、俺はなんとかそれだけを言ってみせた。ダガーが思い。相当筋力パラメータに差があるな、こいつ。

 

 黒ポンチョが短剣を弾いて後ろに下がる。

 

「Bad Timing。こいつが奴の言っていた男か。なるほど、目が腐ってやがる」

 

 うるせえよ。

 

 こちとら頭ぶち切れ寸前なんだ。

 

「殺すぞてめぇ!」

 

 俊敏特化した俊足で短剣を斬りつける。ダガーで受け止めた黒ポンチョが受け流して横薙ぎ。それを跳躍でかわし、逆手に切り替え脳天に突き落とす。その刃先を受け止めた黒ポンチョが引く。

 

 逃がすか!

 

 更に追撃。黒ポンチョへ肉薄して短剣とナイフの連撃を見舞う。純粋に昇華した体術は実に十二連撃を黒ポンチョへ殺到させる。何発か受け止められるも、確実にやつのHPバーを削る。

 

 実に愉快というように、黒ポンチョがその獰猛な口を開いた。

 

「Good! すげえなお前。お前とはもっとじっくり殺しあいたい」

 

 黒ポンチョが懐から何かを取り出す。瞬時にナイフを投げるも間に合わない。ナイフが黒ポンチョの胸に刺さる寸前、地面に奴がなにかを叩きつけた。瞬時に広がる煙。灰に染まる視界。

 

 黒ポンチョの声。

 

「撤退するぞ!」

 

「煙幕弾か!」

 

「Good bye、《暗殺者(Assassin)》! 次は愉しもうぜ!」

 

 直後、転移結晶の輝きがあちこちから放たれる。サキやキリト、アスナの声が響く。

 

 煙が晴れた頃、そこには奴らの姿はなかった。全員転移したのだ。

 

「逃げやがったか……クソッたれが」

 

 膝を落して地面を叩く。だが、すぐに頭を切り替える。ユキノは無事なのか?

 

 振り返ってユキノを見る。身体のあちこちに傷のエフェクトがあるが、彼女は無事だった。生きていた。それだけで、いままで張り詰めていたものが一気に解けたのを感じた。

 

 やべえ、疲れたか……。

 

 ユキノが近づいてくる。サキが俺の背に手を当てる。キリトが、アスナが何事かと走り寄ってくる。

 

「サキ、すまん。落ちる……」

 

 それだけ言って、俺の意識は沈んでいく。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 目が覚めると、そこはサキの部屋だった。起きた瞬間に後頭部に感じる柔らかくも暖かい、幸せな感触。頭上には、ふたつの双丘がそびえていた。俺の身じろぎに気づいたか、頭上からサキが顔を落す。

 

「起きた?」

 

「わりぃ、寝てたみたいだな」

 

 サキが頭を撫でてくれる。相当疲れていたのが、それだけで嘘のように身体が快調になっていくのを感じた。まったく、現金な身体だ。しょうがないじゃない、だって男の子だもの。

 

 さすがにこのままというわけにもいかず、俺は身体を起こす。

 

 ベッドの上で、振り向いてサキと対面にすわり直す。

 

「で、あれからどうなったんだ?」

 

「ユキノは救出したよ。いまはアルゴが匿ってくれてる」

 

 そうか、と頷く。アルゴが力を貸してくれるのなら安心だ。

 

「アポストルは逃がしてしまったみたいだよ。どうやらあの後、やつらが第一層へ向かったらしくてね、乱戦中にアポストルが逃げたみたいだ。あとでディアベルが謝罪に来ると思うけど、許してやって」

 

「そりゃしょうがないだろ。あいつらはやば過ぎる」

 

 俺の言葉に感ずるものがあったか。サキも身体を抱きしめながら頷く。

 

「そうだね。人を殺すのに躊躇してなかった、そんな感じがするよ」

 

「悪いな、連れてったりして……」

 

 咄嗟の判断で俺はサキを連れて行った。しかし、あのとき、黒ポンチョの男がすんなり引かなければ、多勢に無勢でサキが死んでいたかもしれない。その発想に至ったとき、俺は震えた。

 

 俺は何を考えてたんだ。ユキノが窮地に陥ったとはいえ、サキをその窮地に蹴飛ばしたらなんの意味もねえじゃねえか……。

 

 ふいに、サキの体温が身体全体に広がった。彼女に抱きしめられたのだ。

 

「あんたの考えてること、当ててあげようか?」

 

 何が言いたいのか分からず、俺は首を傾げる。首元でくすくすとサキが笑った。

 

「あんた、あたしを連れてったこと後悔してるんだろう?」

 

「エスパーかよ」

 

「あんた限定のね」

 

 そう言って身体を離したサキが微笑む。

 

「今回あんたは頑張ったよ。なるべく全うな方法でね。多少は奇策があったし、あたしにも黙っていたのはちょっと怒ったけど、それでも、ユキノを助けてくれた。ありがとう。あんたは頑張ったよ」

 

 それにね、とサキが続ける。優しい笑顔で。

 

「あんたの隣に居続けるってあたしは誓った。だから、あんたがあの場に連れて行かなくても、あたしは勝手について行ったよ。だから、あんたが責任を感じることじゃない」

 

 サキの言葉があまりにも愛しくて、自分勝手な責任を感じていたことが愚かしく感じた。

 

 思わず、俺はサキを抱きしめた。もしかしたら、本当の意味で俺からは初めてかもしれない。

 

「んっ……あんたにされるのは初めてだね」

 

 恥ずかしくなってすぐに話す。女の人の身体ってやっぱり柔らかいよね、とか考えてないと頭が羞恥心で沸騰しそうだった。

 

「まあ、あれだ、サンキューな」

 

「ん、どういたしまして」

 

 それから、ユキノにアルゴ、キリトにアスナ、ディアベルとクライン、そしてアイシアがやってきた。ディアベルは地面に額をこすりつける勢いで頭を下げたが、俺はそれを笑って許した。俺とて奴らを取り逃がしたのだ。ディアベルを怒る筋合いなの欠片もない。

 

 それから、ユリエールのことが話された。

 

 彼女はシンカーを人質にとられ、《軍》の資金をPohとやらに横流しをしていたそうだ。当然、それを黙認していたのはアポストルだ。アポストルは元から奴らの仲間で、資金源として《軍》を利用していたというのがことの発端だ。

 

 ユキノ曰く、Pohというあの黒ポンチョは、殺人ギルド《ラフィンコフィン》を立ち上げるための一種の祭りとしてあれを行ったという。それも、アポストルの入れ知恵によってだ。

 

 ともあれ、ユキノは救われた。結局、あれだけの事件を起こした《軍》は解散されることとなり、在籍していたメンバーは他のギルドへ引き抜かれたり、独自にギルドを興したりすることとなった。ユリエールは事情も鑑みて無罪放免となったが、本人の責任感から孤児院ギルドを作ることになった。まだ小さい子ども達が《はじまりの街》にたくさんいるそうだ。救出されたシンカーもユリエールに付き合うこととなり、ギルドに参入した。先の圏内騒動も、シンカーらの言葉によりギルド間の抗争にまでならずにすんだ。マジでよかった。あれ下手したら俺が言ってたSAO大戦になってたよね。

 

 とにかく、これでひとまずユキノの横領冤罪事件は終止符を打った。

 

 小さな祝勝会を開き、みなが帰ったあと、俺とアルゴはサキの部屋に残っていた。まだ話しておきたいことがあるからだ。

 

「やつら、《ラフィンコフィン》って言ったな。アルゴ、やつらの情報を集めておいてくれ。なんか妙に気に入られちまったみたいでな。また殺りあうことになりそうだ」

 

「了解だヨ。まったく、ハチマンも面倒事ばっかりふっかかるねえ」

 

「んなことねえよ。俺の人生は平々凡々だ。そして将来の夢は――」

 

「専業主夫」

 

 サキとアルゴの声が揃う。だが、俺は不敵に笑って言ってやった。

 

「公務員だ」

 

 そのとき、世界が止まった気がしたね。サキとアルゴが氷ついてやがるんだもん。超面白い。というか、さっきから「ハチマンが、働こうとしている」だの「ついに頭がおかしくなったんだヨ」とかこそこそ言い合うのやめてね! これでもちょっと真剣に考えたんだから!

 

 もしも、もしもである。

 

 この事件がなかったら、俺はサキとこうした関係を築くことができたのであろうか。

 

 かつて、ifなど考えても仕方がないことだと思っていたことがある。

 

 だが、いまは少しだけ違う。

 

 かつての選択を悔やみ、あのときこうしていたらどうなっていたかと考えることがある。

 

 だから、もしこのゲームに捕らわれなかったのなら、サキとこうして仲良く話すことはなかっただろう。そして他の者たちも、きっと一生出会うことはなかったのだろう。

 

 たったひとり、孤独に生きていくことになったかもしれない。

 

 だから俺はこう思うのだ。

 

 いまだけ、ほんの少しだけは、このゲームを作り、こうして閉じ込めた憎き茅場晶彦へ、僅かばかりの感謝の意を示そうと――

 

 

 

 

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