ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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第三章
聖夜の煌きに、夢見るアルゴ 1


 三十三層のサキの部屋で、暖かいマッ缶を飲んで一息つく。隣では裁縫スキルで編み物をしているサキの姿があった。窓の外を見ると、空は澄み渡るような快晴。街路樹の葉はすべて枯れ落ち、乾いた風が寂しげな枝を揺らす。きっと、山なみも茶色くなり、山頂は白く雪化粧が施されているに違いない。

 

 そんな冬の季節。一週間後にはクリスマスが控えていた。巷ではクリスマスイベントでの蘇生アイテムがどうとか、異性といかにして過ごすかが話題の焦点になっている。

 

 俺はさっきからどう切り出そうかと迷い、甘ったるくも濃厚で痺れるドリンク、マッ缶を飲み続けている。サキの努力によって生み出されたそれは、俺のソウルドリンクとして、彼女がストックをし続けてくれている。ほんと、サキがいなかったら俺はマッ缶欠乏症で死んでいたかもしれん。

 

 がたがたと風の音がする。さっさとしろとはやし立てられているようで、気が気ではない。

 

 そう、クリスマスに一緒に過ごそう。ただそれだけを言えばいいのだ。文字におこせばなんてことはない一言。ただ、それを好きな人に言葉にするだけで、一体どれだけの気力が消費されるというのか。具体的にはマッ缶五本分くらいは消費する。

 

 さて、そろそろ切り出そう。俺も男だ。

 

 声を掛けようとして、やはり止まる。

 

 裁縫を続けるサキの姿があまりにも様になっていて、ただただひたすらに優しいその光景に、声をかけて止めてしまうのがあまりにももったいない。そのまま眺めていたいのだ。

 

 やがて、視線に気づいたサキが振り返る。ん、と吐息と共に首を傾げる。可愛い。そして自覚するとそんなことでも顔が赤くなるのを感じる。一体この数ヶ月間俺は何をやっていたんだろうか。以前とサキの関係が逆転しているかのようだ。

 

「い、いや、なんでもねえよ」

 

 まごつきながら答える。動揺がまるで隠せていない。

 

 サキはくすくすと笑って、「そうかい」と言って、また裁縫に戻る。

 

 長閑な時間だった。永遠に続けばいいと思うほどに。

 

 かつて、俺は一瞬を切り取って時が止まれば良いと感じたことがあった。

 

 だが、それもいまでは考えを変えていた。

 

 止めるのではなく、サキと共に歩んで生きたい。同じ歳を重ね、ずっとずっと一緒にいたいと思うようになった。

 

 なにこれ、乙女なの? ちょっと、小町ちゃん。お兄ちゃんどうすればいい? 乙女みたいになっちゃったよ。

 

 そのとき、再び脳裏に小町が降り立った。

 

 ――お兄ちゃん、そういうときは、愛してるでいいんだよ。

 

 だからなんで毎回それなんだよ! それが言えたら苦労しないんだよ! だって帰還してからって決めちゃったんだもん! でも好きなんだもん! しょうがないじゃん!

 

 ――お、お兄ちゃんがデれた! お兄ちゃんのいまの反応、小町的に超々ポイント高いよ!

 

 だめだ、脳内小町も役に立たねえ……。

 

 もうあれだ、気分転換しよう。ちっとばっか外の空気を吸えばなにか変わるだろ。

 

 立ち上がって部屋のドアへ手を掛ける。

 

「帰るのかい? 悪いね、あまり相手できなくて」

 

「かまわねえよ。サキ見てるだけで満足だしな」

 

 ……。

 

 いま、俺は何をいいやがりましたか?

 

 サキを見る。サキの顔が久しぶりに真っ赤になっている。おおう、お久しぶりです。元気してましたか?

 

 じゃない! やばい、恋について考えていたら感情がストレートに出ちゃったよ。

 

 ここは、逃げるが勝ちだ!

 

「じゃ、じゃあな! また後でな!」

 

 俺はそれだけ言って、サキの部屋から出る。途端、凍てついた風が吹き荒ぶが、そんなことは構わず俺は走る。

 

 青春は走ることだと、そんな言葉があったような気がする。だったら俺はいま、青春をしているのだろう。これは初めての青春だ。

 

 現在、最前線は四十層を超え、ついに四十九層にまで迫った。

 

 俺は最前線で狩りをすることに決め、四十九層の主街区《ミュージェン》まで足を伸ばすことに決める。

 

 《ラーヴィン》の転移門から《ミュージェン》へ飛ぶと、石造りのにぎやかな街が視界に入ってくる。よく見れば知った顔――《ブレイブ・ウォーリア》の面々もいくらか見受けられ、俺は速攻でステルスヒッキーを使用した。

 

 だってあいつら、いまだに勧誘してくるんだもん。こええよ。ストーカーの域超えちゃってるからね。

 

 っべーよ、っべー、と戸部語を駆使しながら俺はひっそりと街を進む。そのとき、アルゴが向こう側から歩いてくる姿が目に入った。さすがにスルーするのも悪く感じ、片手を上げて軽く挨拶をしてやる。まったく、他人に挨拶するなんて俺も変わったもんだ。現実に帰ってお兄ちゃんの成長を見せたら小町に泣かれるかもしれない。やだ、なんて感動的なシーン。

 

 俺の姿に気づいたアルゴが、ぱっと華やぐ笑顔を見せてとてとてと俺の元に寄ってくる。

 

「ハチマン、会いたかったヨ。どうしたんだこんなところデ?」

 

「や、特に理由はない」

 

 しばし思案顔をしていたアルゴが、はっとして俺を見る。

 

「オレっち、んんっ、私に会いに来てくれたの?」

 

 途中で言い直しても聞こえてますからね。こいつ、乙女モードに入ると一人称から口調まで変えやがるから、かなりドキリとするんだよね。しかも、最近は遂にトレードマークのペイントも取ったからか、鼠じゃなくてネコのように見えてきているのだ。あだ名も《鼠》ではなく《猫》になったようだ。俺も家にカマクラもいるし、猫はわりと好きだ。懐かれてないんだけどね……。

 

「ホントに適当にぶらついてただけだよ。最前線にでも潜るかって感じで」

 

 アポストルの一件依頼、俺の評価はそれなりに持ち直したそうだ。少なくとも、アルゴらと共にいても彼女達の評価が下がることがない程度ではあるが……。どうせ日陰者ですからね。

 

 へえーと何か悪巧みでもするような顔をしたアルゴが言う。

 

「ハチマン、お姉さんとの約束覚えてる?」

 

 ん? 約束? なにかあったか……? 普段世話になっている分はこの前返したし、そもそも情報屋だから金取るしこいつ。そもそもそんな話あったっけか?

 

 はて、といった様子の俺を見て、アルゴはそっと俺の耳元へ顔を寄せた。

 

「私とデートしてくれるって約束、覚えてないの?」

 

 しゅんと、心を痛めるようで、どこか甘い声でアルゴが囁く。

 

 うっ、これはなかなか、破壊力がある。悪い気はしないな、うん。

 

 昨今、《猫》のアルゴとなってからというものの、彼女の人気は俺とは違ってうなぎ上りだ。しかもいまはクリスマス一週間と相まってか、彼女と一夜を過ごそうとする男どもが多く、辟易としているそうなのだ。

 

 それを、なに? 俺? なんで? なんでじゃないよね。こいつあからさまに俺へ好意向けてるよね……。

 

 ああ違う違う、とアルゴが顔の前で手を振る。

 

「今日暇なのかなって。だからデートしよう?」

 

 胸の前で手をもじもじとさせ、頬を赤らめ、目を伏せつつ時折上目遣いで俺を見る。

 

 ハチマンに あざとい こうげき が あたった

 

 こうかは ばつぐんだ!

 

 冗談はさておき、正直暇を持て余していたのは事実だ。ユキノとの邂逅以降、無理なスケジュールを立てることがなくなった俺は、基本週休二日で休んでいるのだ。つまり、土曜と日曜だ。今日は土曜日だから、今日明日はまるっきりスケジュールが空いている。現実なら家でごろごろしたり漫画やラノベ読んだり、ゲームしたりアニメみたりと色々あるのだが、ここでは何もやりようがなくて困っているのだ。

 

 ならば、休日にアルゴと遊んでもいいだろう。何を遊ぶのかは分からないが……。だってここ、ゲームだし。一般的に見れば遊んでる真っ最中のはずだし……。

 

「ま、確かに以前約束してたしな。いい加減約束を果たすか……」

 

 俺のまさかの返答に、アルゴが驚いたように目を丸くする。

 

「ほ、ほんとに? 嘘じゃなくて? からかったりしてない?」

 

「マジもマジ、大マジ。今日は付き合うぞ。なにせ俺は暇だからな!」

 

 サキを誘う勇気もないし……。ハチマン情けない……。

 

 うぅーとアルゴが身体を縮めると、身体を大の字にして飛び上がった。

 

「やった! 遂に念願かなったよ。じゃ、じゃあ、今日は恋人同士ね! ハチマン、いいよね?」

 

 おっと、こいつ調子に乗りやがったぞ。

 

「ねーよ。とりあえず友達デート的なアレだ。そんなんが小町の雑誌に書いてあったような気がするから、アレだ。それにしよう」

 

 うう……とアルゴは項垂れるも、すぐに持ち直したように満面の笑みで俺に迫る。

 

「でも、デートだもんね。デート的な感じでいいんだよね?」

 

「お、おう? いいんじゃねえの? デートでデート的な感じってなんだよそれ」

 

 するりとアルゴが動いた。俺の左側に立ったアルゴが、俺の腕をとってそのまま抱え込んだ。つまり、腕組だ。アルゴさんのそこそこ主張しているお胸様がぎゅっと俺の腕に当てられる。その柔らかな感触が腕いっぱいに広がり、背の差もあってかアルゴの頭が肩に乗せられ、これもなかなかにイイ。

 

 や、やばい。サキのもいいが、アルゴのもなかなか……。

 

 こ、小町! お兄ちゃんこういうときどうすればいいの! 助けて!

 

 もはや恒例となった小町への助けを俺は求める。そして、脳内小町が現れ、蔑んだ視線で俺にこう言った。

 

 ――所詮胸なんだ……小町的に超々ポイント低い。

 

 こ、小町に嫌われちまったよ。死にたくなってきた……。

 

 徐々に優柔不断男になってるんじゃないかと思い始めてきながらも、せめて今日はアルゴとのんびりとしようと予定を話す。

 

「で、どうすんだ?」

 

「ハチマンはどうしたい?」

 

「家」

 

 はぅ……とアルゴが顔を伏せる。やば、昔の癖で家に帰りたい衝動にかられてついつい言ってしまった。だが、この反応は一体なんぞや?

 

「い、家デートはもう少し色々重ねてからが、いいかな……」

 

 つまりはあれだ、家であれしてあれする、ということだと勘違いをしたのだろう。ハチマンうっかり! というかゲームじゃできないでしょアルゴさん……。

 

「ちげーから。とりあえず、どっかアルゴの行きたいところに行こうぜ。俺はひとりで出かけるときはワクワクしながら綿密に計画を立てるが、誰かと行くときは誰かに着いて行くスタイルだ」

 

 ふふ、とアルゴが笑う。心をくすぐるような笑い方だった。

 

「ハチマンらしいね」

 

 腕に篭められていた力が増し、アルゴがより近く密着する。

 

「お、おい……」

 

「私も恥ずかしいから、ハチマンも耐えて。だから、私を見て」

 

 心臓がきゅっとするような声で、アルゴが言った。本当に、惚れそうになった。俺はサキが好きだというのに、アルゴに惹かれそうになった自分がいる。

 

 恋愛感情など数年持っていないせいで、節操がなくなったのだろうか。

 

「ハチマン……いこ?」

 

 アルゴに促され、歩みを進める。仕草ひとつ、声ひとつが可愛らしくて仕方がない。このまま狂ってしまいそうだ。恋愛経験のなさをこれほど恨んだことはない。

 

「で、ど、どこ行くんだ?」

 

 どもった……。

 

 アルゴが笑っている。とても嬉しそうに。

 

「ハチマン、もしかして緊張してる?」

 

「うっせえ」

 

「ハチマンはモテなかったの?」

 

「ぼっちだぞ。推してはかるべきだろ」

 

 ふーん、とアルゴが思案気味に言う。

 

「みんなハチマンのいいところ、知らないんだね」

 

 俺にいいところなんかあるのか? アルゴの言葉に俺は首を傾げる。その姿をまたくすくすと笑って、アルゴは「教えてあげない」と言った。

 

 そんな悩ましい感情を抱えながら、アルゴとふたり街へ繰り出す。ゲームの仕様か、あたり一面完全にクリスマス仕様になり、昼間なのにも関わらずキラキラとイルミネーションが輝いている。街の中央広場など、まだ明かりは灯っていないものの、中央にもみの木がそびえ立ち、天辺には夜空から盗ってきたんじゃないかと思われるほどの大きな星の飾りが鎮座しているのだ。そこからイルミネーション用の配線が各建物に伸ばされていた。どんだけ気合いれてんだよこれ。

 

 周囲は赤と緑に満ち溢れ、街を歩く人々もどこか浮き足立っている。プレイヤーメイドの店では、サンタの衣装を着た売り子がチラシを配っている。何枚か受け取ると、クリスマスパーティに関するチラシだった。どうやら何名かで集めて合コンをするらしい。ケッ、リア充イベントに俺が行くわけねえだろうが。

 

 アルゴを見ると、彼女もそわそわしたようにあたりを見て、時折感嘆の息を漏らしている。見てきてもいいんですよ? そろそろ周りの視線も厳しくなってきたし。

 

 そもそも、ここSAO内には女性が極端に少ない。だからこそ、男女でのカップルなど数は少ないし、こうしてふたり腕を組んで歩けば、常に嫉妬と恨みと呪いの視線をこれでもかと浴びるのだ。しかも今回、相手は人気沸騰中のアルゴだ。男としては居た堪れない。なぜなら俺も本当ならそちら側の住人なのだ。

 

 意識をずらして視線に耐えていると、ぎゅっとアルゴがさっきよりも密着する。

 

「あ、アルゴ、なにがどうしてこれでそうなった?」

 

 台詞がしっちゃかめっちゃかになった俺に、アルゴは頬を俺の肩にこすりつける。

 

「見せ付けてるの」

 

 やめて! 俺の心臓が、心臓が死んじゃうから!

 

 なんでこう、男心の中心を的確に捉えてくるかなこの猫は。これ以上一緒にいたら俺、心不全になるんじゃないかな。やだなあ、ゲーム中で心不全だなんて。死ぬならせめて戦って死にたいぞ。俺もそろそろゲームに毒されつつあるのかもしれないな。

 

「あ、喫茶店に入ろうよ。あそこ美味しいって評判なんだよ」

 

 アルゴが指差したのは、こじゃれた喫茶店だ。店に掛けられた看板には、なにやらフランス語らしき名前が書かれている。ぐぬぬ、読めん。

 

 行こ、と言ってアルゴに腕を引かれて店内に入る。カランカランと鐘が鳴り、NPCに案内されて席に対面で座る。アルゴはぷくーっと膨れ面。どうやら隣同士に座りたかったらしい。やめてくれ。俺の心臓が持たないから。

 

 互いにウインドウを開いてメニューを選ぶ。さっきマッ缶を飲んだから、他のでも飲もうかとメニューに目を走らせていると――なぜだ。なぜここにもあるんだ……!

 

 ハチマン、とアルゴから控えめな声が届く。

 

 分かってる。分かっているとも。それ頼むっていうんだろ?

 

 メニューはこうだ。

 

 ――ふたりのトキメキ胸キュンジュース。

 

 前と何が違うんだよ。ちょっと名前変えただけじゃねーかよ。なんでここにもあるんだよ。店長呼べ店長をさあ!

 

「ハチマン。二人で飲みたい。飲みたいよ……」

 

 お願い口調などではなく、直接的にアルゴが言ってきた。上目遣いに、ちょっと目元は潤んでいて、口許は恥ずかしそうに力が少し入っていて。頬はやっぱり赤らんでおり、胸の前で指同士をちょんちょん突いている。

 

 あざとさの役満である。しかもこれをアルゴがやればW役満か。点数いくらだっけっかなぁ、と思考をあさっての方向に飛ばそうとして、アルゴの瞳の吸引力には逆らえない。ダイソンなの?

 

「ぐ、こ、これで最後だぞ」

 

「……うん、ありがとう」

 

 俺の反応は前と似たり寄ったりなのに、アルゴだけ反応が違う。本当に、心底うれしそうで、でも俺に迷惑をかけているんじゃないかという不安が見え隠れしている。

 

 注文を終えると、アルゴは懐かしそうに俺を見ていた。その表情はどこか感慨深く、過去を振り返るようでもあった。

 

「ハチマンとの仲も、もう一年は過ぎたんだね」

 

「そうだな。あの登場はねえだろ、さすがに」

 

 俺も思い返す。確か、二日目の朝、こいつがいきなり背後から肩に手を置いてきたのだ。最初は面倒なやつに絡まれたものだと思ったはずが、今ではこうして一緒にお茶を飲む仲となった。共に死線を潜り抜けたこともあるし、絶対に言うことはないが命を救ってくれたこともあった。

 

 仲間なんて言葉を吐くようになってから、俺はこいつを仲間の枠に入れていたのだ。ぼっちを自称していた俺がこうまで変わった原因の一旦には、サキを筆頭に確実にこいつもいるのだろう。

 

「あのとき、何となくふたり共落ち着いているように見えてね。思わず声をかけたんだよ。私もここまで長く付き合いが継続するなんて思ってもみなかった」

 

「ああ、お互い今までよく生きてこれたな」

 

 くすくすとアルゴが笑う。楽しそうな微笑だ。

 

「それ、なんだか死亡フラグみたいだよ」

 

「マジか。俺死なねえよなあ……」

 

 ふいに、アルゴが表情を真剣なものにして、言った。

 

「死なせないよ。私が絶対にあなたを守るから」

 

 思わず目を見開く。

 

 アルゴは直球だ。変化球など一切投げず、好意をそのままストレートに投げてくる。だから、俺のような敏感系男子の癖してA.T.フィールドを分厚くはっていても、簡単に突破されてしまう。何使徒なのこいつ? ちょっと強すぎませんか。

 

「サンキューな。お前にはいつも助けられてばかりだ」

 

 こうやって言葉をかわす。まだこのままでいたいと思うのは、きっと俺のエゴだ。きっと、想いを言葉にすれば関係性は壊れてしまう。

 

 ――ああ、そういうことか。

 

 こうして実際に立場になって、海老名さんの想いが理解できてしまった。決して嫌いなわけじゃない。ただ、関係が変わるのが怖い。だが、それでも、いつかは変わらなければならないときが来る。ただ単に無理やり引き伸ばすのは欺瞞だ。

 

 欺瞞もいいことだとは思う。それでもひとりの人間が全力でだした想いを、その願いを、欺瞞でぶち壊しにしてしまうのもまた、間違っている。俺は、答えを出さなければならないだろう。

 

 いつかその日が来るそのときまでに。

 

 しばらくの間アルゴと雑談をしていると、遂に奴がやってきた。

 

 俺とアルゴの間に置かれたそれは、前回のものより多少小ぶりには見えたが、器が豪華で中身もスペシャルな感じだった。つまり、どういうことかというと――

 

 なんで器が細くてストローとストローの間隔が短いんですかねえ。これじゃあ顔近づいちゃうじゃないか。

 

「ハチマン」

 

 期待の篭った目でアルゴが見つめてくる。決めた以上、先に進むのは間違っているのだろうか。だが、僅かばかりに見てきた恋愛事情、小町の言葉、偏差値の低そうな雑誌を見る限り、いまは他のことを考えず、アルゴのことだけを考えていたい。これは、きっと間違っているのだろう。

 

 それでも――

 

「あいよ」

 

 ふたりで顔を近づけ合わせ、ふたりのトキメキ胸キュンジュースを飲む。

 

 その味は、マッ缶よりも甘く切なく、なのにコーヒーよりも苦かった。

 

 

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