ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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聖夜の煌きに、夢見るアルゴ 2

「やっと終わった」

 

 あたしは裁縫を終えると、大きく伸びをした。

 

「喜んでくれるといいんだけどね」

 

 最近はハチマンとの距離が徐々に近づいてきている気がする。かつてはどこか遠慮があった彼も、最近はよく家に来るようになった。まるで通い夫みたいだ。特に何をするでもなく、会話をしたり、ただ黙って一緒にいたりという風に、熟年夫婦のような生活をしている。

 

 デートはたまにする。私だけが意識しているのかもしれないが、きっと、彼も意識してくれているんじゃないかと期待している。

 

「クリスマスか……」

 

 あたしはぼやく。誘わないといけない。ふたりで一緒に過ごそうと。でも勇気が出なくて、いつものように時間ばかりが過ぎていく。その点、やっぱりユキノはすごいと思う。

 

 ユキノと言えば、彼のことは完全に吹っ切ったようで、よくあたしの相談に乗ってくれる。普通なら振られた男に関する相談など受けたくはないだろうに、ユキノはあたしを気遣っていつも話を聞いてくれ、時にはアドバイスをしてくれたりもする。まあ、そのアドバイスがたまにずれていたりするのは愛嬌だろう。

 

「さて、今日はやることもないし、街でもぶらつこうか」

 

 もしかしたらハチマンに出会えるかもしれないし。そのときはクリスマスのことを誘おう。

 

 それが主目的なくせに、理由をつけてみる。

 

 ハチマン風に言えばあれだろう、理由を他に預ける、という奴だ。

 

 まったく、彼はいちいち細かくて潔癖なのだ。いいじゃないか。それくらい。潔癖も過ぎれば、心が壊れてしまう。だから、こうやって何かしら理由を作って人は動くのだ。

 

 行こうか。ひとり呟いてあたしは外へ出る。場所はそうだな、最前線の街にでも出かけよう。フィールドや迷宮区へはよく行くが、主街区を探索したことはあまりないのだ。

 

 ユキノも誘おうかと思ったが、いまのいまでは彼女も難しいだろう。なにせ、やんちゃな子ども達を相手に日々格闘しているとのことだから。また別の機会にお茶をするでもしよう。そのときは驕らせてもらおう。

 

 街の転移門から《ミュージェン》へ行き、街を散策する。

 

 街はクリスマス一色になっていて、あたりを見渡すたびに必死になって現実を思い出そうとする姿が随所に見受けられた。

 

 みな、この世界に慣れてきてしまっている。現実を忘れてしまうほどに。だから、こうして現実のイベントを必死で盛り上げ、現実へ帰還する夢を思い出すのだ。

 

 だが、いまはそんなことはどうでもいい。どうやったらハチマンを誘えるのかを考えなければならない。これは難しい問題だ。実に実に難しい問題だ。

 

 ふと、喫茶店が目に入った。ひとりで入ることになんの抵抗もない私は、外から店内を見てよければ入ろうかと、窓の内側に目をやる。そして、見てはいけないものを見てしまった気がした。

 

 ハチマンとアルゴが、ふたりで同じジュースを飲んでいる。

 

 まるで、恋人同士のように。

 

 アルゴは乙女の顔をしている。ハチマンを好きと言った彼女は、全力で彼を奪うと言った。あたしはそれにまともに答えられず、後になってようやく彼女に想いを伝えた。

 

 だから、彼女のいまの行動は問題などない。

 

 ハチマンも、恥ずかしそうにしながらも、少し嬉しそうにストローを口にしている。

 

 あたしはハチマンと付き合っていない。事実、そうしたことを外から言われることはあるが、想いを交し合ったわけではない。男と女ではあるが、抱き合ったりキスをしたこともあるが、所詮はそれだけ。好きと言いあったこともない。友人以上、恋人未満の関係だ。

 

 だからこれは、何の問題もない。

 

 問題なのは、あたしの心だけだ。

 

 ふらつく。

 

 ショックなのだろうか。

 

 ショックに決まっている。

 

 あたしは、初めてアルゴに嫉妬した。

 

 前に言っていたジュースとは、このことなのだろう。

 

 なら、こうしたことは今回だけではないのだ。きっと、何回もあった。

 

 じゃあ、あたしは一体、なんなのさ。

 

 汚い感情が渦巻いてしまう。必死で推し留めようとして、泣きそうになる。

 

 あたしはハチマンが好き。でも、ハチマンはアルゴが好き……?

 

 あたしは走りだす。無我夢中で走って、走って――

 

 一体どこへ行けばいいの?

 

 身体に衝撃。地面に尻餅をつく。

 

「いたた、大丈夫かい? って、サキさんじゃないか」

 

 遠くにディアベルの声が聞こえる。ああ、彼とぶつかったのか。そんなことはどうでもいい。

 

 あたしはゆっくりと立ち上がる。声をかけるのも忘れてそのまま行こうとし、先へ進めない。腕が何かに引っ張られている。強く引いても動かない。

 

 そこであたしはようやく後ろを見た。

 

 ディアベルが心配顔であたしの腕を握っていた。

 

「サキさん、サキさん? 聞こえてるかい?」

 

「あ……ああ」

 

「よかった。全然返事をしないからびっくりしたよ。それより、一体どうしたんだい? オレでよかった話を聞くよ?」

 

 ああ、そうだね。聞いてもらおうかな。もう、なんでもいいや。聞いてくれるなら、この苦しみを吐き出せるのならば。なんだっていいや。

 

 一瞬見たディアベルの顔は、悲痛そのものといったようだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎていく。開始は昼前だったというのに、もう夕食を食べ終える時間となったところだった。

 

 食事を終えた俺とアルゴは、その足で街の中央広場へ来ていた。夜になってのイルミネーションを二人でみたいのだそうだ。

 

 少なくない人の中で、俺とアルゴは隣同士並んでクリスマスツリーを見る。イルミネーションが灯る。星から放射線上に光が現れる。夜空に七色の星が瞬くようなその光景に、俺は思わず息を呑んで感動した。

 

「きれい……」

 

 アルゴの心からの声が、耳に馴染む。

 

 寒空の下、ふたりでしばらくの間、イルミネーションを見ていた。

 

 お互いに無言だった。

 

 きっとなにかがあると、このとき俺は思っていた。

 

 だからアルゴが誘ってきたのだと思った。

 

 そして、そのときは来た。

 

「ハチマン」

 

 アルゴが俺を見上げる。顔は緊張で少し強張っていて、何かを怖れているように瞳が左右に揺れていた。

 

 俺は軽く息を吸った。

 

「なんだ?」

 

 アルゴが言う。言の葉にすべての想いを載せて、欺瞞さえ乗り越えて想いを告げられる。

 

「好き」

 

 大好き、とアルゴが続ける。

 

「私はハチマンのことが好き。大好きだよ」

 

 そう言って、アルゴが俺の胸に飛び込んでくる。俺はそれに応えることができず、ただ腕をだらりと下げていた。

 

 私を見て、とアルゴが小さく叫ぶ。

 

「サキちゃんじゃなく、私を見て。私だけを見てほしいの。好きだから……大好きだから」

 

 アルゴが離れ、涙に濡れた顔を俺に見せる。そして、再び飛び込んできた。今度は、唇を重ねられる。避けられなかった。言葉の想いがあまりも強くて、何も言えなかった。

 

 顔を離そうとして、アルゴに頭を押さえつけられる。

 

 たっぷり十秒はキスをしていた。

 

 アルゴが離れる。

 

 やがて、その瞳が驚愕に開かれる。

 

「う……あ……っ」

 

 俺の顔を見ているのか、それとも別の何かを見ているのか、アルゴの唇が震えた。

 

「ちが……私は……そんな、つもりじゃ……」

 

 アルゴがわなわなと震える。そんなつもりじゃないんだと、うわ言のように呟きながら。

 

「アルゴ?」

 

 そして、アルゴが身を翻した。

 

「おい! アルゴ!」

 

 追いかけようとするも足が動かない。先の衝撃が足にまで響いていて、一歩も動くことができない。いま追いかけなければならない気がして、一体そして何を言うんだと思った。

 

 欺瞞を壊そうと思った。

 

 来るべき日になったら、ちゃんと俺の想いも伝えようと思った。

 

 俺の勘違いならばそれでいい。

 

 だが、勘違いでないのならば、ちゃんと応える必要がある。

 

 そう、覚悟していたはずなのに、俺の身体はぴくりとも動かない。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ディアベルに連れ添われ、連れて行かれた食事処で、ぽつぽつとあたしは会ったできごとを話した。ディアベルは余計なことはなにも言わず、ただあたしの思いの丈を聞いてくれていた。

 

 そして帰り道、ディアベルはイルミネーションでも見に行こうとあたしを誘った。きっと気を使ってくれているのだろう。綺麗なものを見て忘れてしまえば、きっと明日からまたハチマンといつも通りになれる。そう信じて、あたしは彼の案に乗っかった。

 

 イルミネーションが灯り、ディアベルが子どものように歓声を上げる。こういうとき、彼は少し子どもになる。彼と第一層の頃からの長い付き合いなのだ。

 

 ふふふ、とわたしは笑う。

 

 隣で、ディアベルが快活に笑った。

 

「ようやく笑ったね。やっぱりサキさんは笑った方が素敵だよ。明日ハチマンとちゃんと話しなよ。きっと理由があるはずだからね!」

 

 そういって、彼は大きくぐっと親指を上げた。彼のこういうところは好ましいと思う。誰にでもこうして元気付けてくれるところは、私もハチマンも大いにお世話になっているのだ。

 

 長い間イルミネーションを見て、「そろそろ帰ろうか」とディアベルが言った。

 

「そうだね、もう遅いしね」

 

「あんまり遅くなるとハチマンが心配するよ。彼は君に関しては特に心配性だからね」

 

 ふふふ、と笑う。ディアベルに会えてよかった。あのときひとりだったら、一人部屋の中で閉じこもって鬱々と嫌な想いをしていたに違いない。彼には本当に感謝だ。

 

「さ、行こうか! 帰り道もイルミネーションがきっと見ごろだよ」

 

 ディアベルに促されあたしも後ろからついていく。

 

 そのとき、あたしは見た。

 

 ……見てしまった。

 

 ハチマンとアルゴがキスをしていた。

 

 長い、長いキスだった。

 

 まるで恋人同士がするような濃厚なキス。

 

 アルゴが離れ、彼女の視線が一瞬あたしと交錯する。

 

 アルゴは何かを言っていた。

 

 聞こえない。

 

 なにも聞こえない。

 

 アルゴが去っていく。

 

 あたしの何かが崩れ去っていく。

 

 倒れそうになったあたしを誰かが支える。

 

 ディアベルだ。抱きかかえられるようにされて、彼は何事かを言っている。だけど聞こえない。私はある言葉が頭の中で壊れたCDのように永遠とリフレインしていたから。

 

 ――ハチマン。

 

 ねえ、ハチマン。

 

 あなたは、一体だれが好きなの……?

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