ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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聖夜の煌きに、夢見るアルゴ 4

 あれから時は流れ、いよいよクリスマスがやってきた。まだ昼間だというのに街中にイルミネーションや飾りが灯り、いまや全アインクラッド人口が集まっているのではないかと思われるほどの《ミュージェン》に人だかりができていた。どこからかクリスマスソングが流れ、街の雰囲気を一気にクリスマス気分に盛り上げていく。

 

 空は曇天。だから、今日はきっとホワイトクリスマスになるだろう。

 

 街中を歩いていた俺も柄にもなく浮かれてしまう。たぶん、こんな風に人と集まって行うクリスマスは人生で初めてだろう。

 

 ふと、小町のことが気にかかった。小町はチキンを買っているだろうか。楽しんでいるだろうか。受験はちゃんと合格して、総武高校に通っているだろうか。すべては現実に戻らなければ分からない。死亡フラグっぽいことを立ててしまったからか、ちょっとばかり気になってしまう。

 

 右隣で歩くサキは、先ほどから辺りを見回して口許を緩めていた。あれから、アルゴとは会っていない。サキとも少し微妙な間柄になってしまったが、今日は特別だ。

 

 折角だから楽しみたいと思った。本当に柄じゃない。

 

 人は変わっていく。

 

 諸行無常とはよく言ったもので、不変だと思っていた俺のぼっち体質は改善された。帰ったら仲間を連れて平塚先生のところに会いに行こう。そして冒険の話を聞かせるのだ。きっと泣くぞ。素敵な先生だからな。なんであの人結婚できないんだよ……。

 

 途中、キリトとあって一緒に会場に向かう。今日はアルゴと行った喫茶店を貸切にしたのだ。さすがユキノ、NPC相手にどうやって交渉したのか今でも謎だ。きっと明かさない方が良い謎だろう。

 

 キリトもどこか浮き足立ちになっていて、時折鼻歌を口ずさんでいる。最近はこいつもぼっちが改善されているのか、アスナやクラインといることが多い。いい傾向だ。

 

 ふと、気になってキリトに小さく声をかける。当然サキには聞こえないようにだ。

 

「なんだよハチ」

 

「アスナとはどうなんだ?」

 

「な、な、ななな!」

 

「なんだ、ナシゴレンが食べたいのか? サキに作ってもらえるぞ?」

 

「違うから! なんでナシゴレンなんだよ!」

 

 どこかで聞いた流れだな。おっと、これ以上思い出すと俺が憤死するからやめよう。

 

 さすがにキリトの声が大きかったか、サキも聞き耳をたててクスクスと笑っている。

 

 キリトは焦って言い返す。

 

「違うからな! そんなんじゃないからな! 違うぞハチ! 誤解だ!」

 

 ものすごい否定である。これ、マジの否定じゃない? こんなに言われたらさすがに気がなかったとしてもアスナ可哀相だろう。

 

 む、それともあれか?

 

 若干蔑んだ目でキリトを見る。

 

「そっちの気があるのか?」

 

 具腐腐、と海老名さんの声が聞こえる。だからどんだけ地獄耳なんだよあんた。怖いよ。

 

「なんだよその気って?」

 

 かくいうキリトは首をかしげている。おや、ネットゲーマーだからこういう情報はすぐに分かると思ったんだが、意外とそうでもないらしい。それともただの初心か?

 

「いや、男色趣味があるのかと」

 

「ねえよ!」

 

 すごい否定だった。街中に聞こえるほどの怒声だった。どうどう、悪かったから怒るなよ。

 

「あんたらも仲いいねえ」

 

 サキがお腹を押さえながら笑っている。意外とサキは笑い上戸だ。このゲームの中で知った彼女のひとつだ。

 

「くっ、ハチにはいつもからかわれてばっかだな」

 

「お前って結構チョロいからな。街中で突然綺麗な美女に誘われてもホイホイついていくなよ。それは罠だ。気づいたら高額な絵画を買わされる羽目になる。ソースは俺の親父」

 

「……悲しすぎるからやめて」

 

 本気でキリトが俺の親父を哀れんでいた。親父、中学生に哀れまれるってどんな気分?

 

 すると、今度はアスナがやってきた。遭遇率高すぎだろおい。途端、キリトがうろたえ始める。だからどっちなんだよお前。

 

「サキさん、キリトくん、ハチくん、こんにちは。一緒していい?」

 

「当然だよ。こっちに来な」

 

 男前なサキがアスナを隣に誘導する。キリトのいまの反応を考えてのことだろう。さすがサキ、カッコいい。惚れちゃいそう。告白して玉砕して一週間鬱になるまである。玉砕したくねえ……。

 

「今回はハチくん主催なんだよね。珍しいよね」

 

「自覚あるからやめてね。ハチマン傷ついちゃうから」

 

「そうかなあ。でも昔みたいに人を拒絶しなくなったよね。最初の頃なんか、あからさまに私のこと避けてたから、嫌われたと思ってたよ」

 

 ああ、そんな時代もあったなあと思う。理由は単純だ。女の子怖い。

 

「初心な男をからかうんじゃねえよ。そういうのはキリトだけにしとけ」

 

「キリトくん、やっぱり初心なんだ? 戦ってる姿はカッコいいのに」

 

 アスナが楽しそうに言う。雰囲気にあてられているのだろう。

 

 対するキリトはまたも慌てる。

 

「う、しょうがないだろ。そういう経験ないし」

 

 どういう経験だよ。女の子と会話した経験のこと? 昔の俺じゃねえか。奉仕部で雪ノ下と話すまで、同級生の女子とどんだけ会話してこなかったと思ってんだよ。こういうことなら俺の右に出る奴はいねえ。出直して来い。

 

「あんまりキリトをからかうんじゃないよ、ハチマン」

 

 頭に手を置かれてサキにやんわりとたしなめられる。やばい、一旦意識してこういうことされると結構くるものがある。無心だ。無心になれ。ただでさえちょっと気まずいのに……って、なんでいまそれを思い出すかな俺は!

 

「お、おう」

 

 アスナが笑う。

 

「あはは、ハチくんも初心だ!」

 

 キリトも、ざまあみろとでも言うように鼻を鳴らす。ちくしょう。

 

 四人で話している内に、ようやく目的の喫茶店につく。店の外ではユキノが待っていた。

 

 流した黒髪を風にたなびかせ、凛とした瞳で空を眺める姿は世を儚げに見る美女のそれだ。ややあって、ユキノがこちらに気づき、にっこりと微笑む。

 

「みんな、今日は来てくれてありがとう。是非楽しんでいってくれると嬉しいわ」

 

「ユキノ、他の奴らはもう中にいるのか?」と俺が訊く。

 

「ええ、ディアベルさんと《ブレイブ・ウォーリア》、クラインさんと《風林火山》の方々がもう来ているわ」

 

 そこで言葉を切ったユキノが、俺だけに聞こえるように、そっと耳打ちする。

 

「アルゴさんも来ているわ。普段の様子に戻っているから、何かあったのかもしれないわね」

 

「おう、今回はサンキューな」

 

「気にしないで。友人でしょ」

 

 微笑んだユキノが離れる。一瞬サキを見て、小さく首を振った。なんのことだろうか。

 

 中に入ると、ユキノが言っていた大勢の人が既に集まっていた。店内はクリスマス一色というように飾り付けがされ、中央にはツリーまであった。洒落た音楽が流れ、まさにリア充のイベントになっていた。

 

 早速クラインが近づいてくる。手には既にチキンがあった。こいつ、もう食ってんのかよ。

 

「遅かったじゃねえか。もう始めちまうところだったぜ」

 

「まだ五分まえじゃねえか。お前どんだけ楽しみにしてたんだよ」

 

 俺が呆れながら返す。向こうで《ブレイブ・ウォーリア》や《風林火山》の面々と話していたディアベルもこちらを見つけ、やってくる。

 

「やあ、みんな。今日は楽しもうじゃないか」

 

 手に持ったシャンメリーのグラスがやけに様になっている。

 

 今度はアルゴがとてとてとやってきた。少し恥ずかしそうにして、でも嬉しそうに瞳を光らせて見上げてくる。

 

「ちょっと久しぶりだね、ハチマン」

 

「お、おう」

 

 いつもの装いに戻ったアルゴだが、俺の方がまだ慌てふためいている。そんな姿を見てアルゴが笑った。背伸びして俺の耳元に顔を近づける。隣にいるサキの雰囲気に険を持った気がした。

 

 ――また、今度の続きをしようね。

 

 顔が熱くなった。

 

 にゃはは、と完全に猫のように笑ったアルゴが奥へと進んでいく。その後ろ姿を呆けて見ていた俺の頬に指が当てられれる。

 

「デレてる。かっこわるい」

 

 サキの低い声が囁かれる。今度は一気に心臓が縮まる。なんなの君たち、ホントに不整脈で俺を殺したいの?

 

 キリトもアスナは笑いながら奥に入っていく。背後にいたユキノは、疲れたようにため息していた。え、なに? やっぱ俺が悪いの?

 

 ユキノもディアベルとクラインに連れられ店の奥に行く。隣にいるのはサキのみ。

 

 でも、とサキが小さく言う。

 

 頬に柔らかく暖かい感触。はっとしてみると、サキが悪戯が成功したような笑みを浮かべて俺を見ている。ほんのりと染まった頬がにやけていた。

 

「あんたも男なんだね。安心したよ」

 

 さあ行こうかと、サキに腕を取られて俺たちも奥へ行く。

 

 ツリーを囲むように四つのテーブル置かれ、それらには、さまざまな料理や飲み物が置かれていた。既に全員がグラスを持って、俺を見ている。え、なに? なにか一発芸でもしたほうがいいの? よーし、ハチマンがんばっちゃうぞ! 必殺、昔の雪ノ下の真似をやってやる!

 

 こほん、とひとつ咳払いをしてやろうとすると――

 

「ハチマンくん、変なことはやらなくていいから、乾杯の音頭をお願いね」

 

 俺の考えを察したか、雪ノ下が先手を打つ。

 

 エスパーめ。

 

 サキからグラスを手渡され、軽く掲げてみせる。

 

「えーと、乾杯」

 

「おい! なんか言えよ!」

 

 えー。なんで全員同じこと言うんだよ。以心伝心じゃねえか。

 

 しかたねえなあ、と言って咳払い。

 

「全員、今日は集まってくれてサンキューな。まあ、なんだ。みんなここまで生きてこれてよかった。でも死んだ奴もいる。俺たちは、現実に帰るためにここまで上ってきた。あと半分くらいだ。現実を夢に抱いて亡くなった奴らのためにも、俺たちはこのまま先へ進もう。そんだけだ。

 

 じゃあ、メリークリスマス。

 

 乾杯」

 

 乾杯! と全員がそれぞれにグラスをあわせる。そこからはもうお祭り騒ぎだ。こいつら酒入れてんじゃねえのってくらいにノリノリになりやがっている。こういうときの俺のポジションは決まっている。隅っこでのんびりとグラスを傾けるのだ。ハードボイルドっぽくて格好いい。

 

 ってわけにも行かず、早々にディアベルに捕まる。

 

「やあ、楽しんでるかい?」

 

「その台詞はやめろ。ある嫌いな奴を思い出すから。で、どうした?」

 

 ははは、とディアベルが笑う。

 

「ようやくここまで来たなっていうのと、ハチマンとの仲も長いなってね」

 

「だな。お前みたいな爽やかイケメン野郎とここまでつるむとは思わなかったわ」

 

「最初に君との会談を思いだす限り、そんなことないと思うけどな」

 

 思い出す。俺が好き勝手に言いたい放題言った奴だろう。確か、結構恥ずかしいことを言った気がする。視線でサキを捜すと、ユキノやアルゴ、アイシアたち女性陣と仲良く会話をしていた。

 

「俺の意見をゴリ押ししただけだ。褒められたもんじゃねえだろ」

 

「そんなことない。オレはあのとき、君の言葉に心を動かされた。君には人の心を動かす力があるんだ。それは信じても良いことだと思うよ」

 

「んな大層なもんじゃねえよ。だけど……」

 

 ツリーを見る。あの華やかなツリーに飾られているプレゼント箱に、きっと中身は無い。俺がかつて所属していた奉仕部には、一体何があったのだろう。でも、いまここには、きっと例えようのない何かが、宝石箱のようにたくさん詰まっているのだろう。

 

「そうであればいいなと思う」

 

「ハチマンがデレたね」

 

「デレてねえよ。いつでも捻くれてんだよ」

 

 笑いながらディアベルは、「また話そう」と言って仲間たちの下へ戻っていく。

 

 今度はキリトがやってきた。

 

「ハチ、今日は誘ってくれてありがとうな」

 

「お前を呼ばないわけにはいかんだろ、《黒の剣士》様」

 

「言ってくれるな。《魔眼使い》」

 

「マジで恥ずかしいからやめてくんない? まだ《暗殺者》の方がマシだわ」

 

 ったく、ネットゲーマーってのはどうして二つ名とか好きなのかねえ。大体、魔眼ってなんだよ。ちょっと腐ってるだけだろうが。

 

 ひとり不貞腐れている俺の隣で、キリトが小さく言った。

 

「ありがとな」

 

「あんだよ」

 

「一層のことだよ。ハチの言葉のお陰で、俺は助かった。救われたよ。何かあればハチマンを頼ろうって思えたんだ」

 

 一層でアスナと初めて出会った日のことだ。懐かしいものだ。

 

「そう言いつつ、ろくに頼ってこねえじゃねえか」

 

「ハチマンは忙しいからな。自分のことは自分でやらないと、友達って言えない気がしたんだよ。だから俺も頑張ることにしてたんだ」

 

「……そうか」

 

 少し、泣きたくなった。こうして言葉にされると胸に込み上げるものがあった。

 

 いつも何かを手伝ってもらってばかりな気がしたが、俺にもこいつらに出来たことがあるのだ。それが今日、分かった気がした。

 

「アスナはどうだ。最近、無理してないか?」

 

「たぶん、大丈夫だと思う」

 

 一時期、アスナは狂ったように最前線に向かっていたときがあった。たぶん、いつまでたっても先が見えない現状に焦燥感が募ったのだろう。だから俺とサキもディアベルも、そしてキリトもあいつを心配していた。何が彼女を変えたのか分からない。だが、きっとキリトがうまくやったのだろう。いまのアスナを見ていると、チラチラとこちらを見ているのだ。視線は俺なんかではなくキリトだ。

 

 俺はキリトの背を叩き、顎で促す。

 

「行って来い。アスナ、待ってるぞ」

 

 あ、ああ、と返してキリトがアスナの下へ向かう。彼女は途端に嬉しそうにし、彼を向かえた。青春だな。

 

 いつの間にか、ユキノが隣にいた。グラスを持って軽く俺に傾ける。俺もそれにグラスを合わせた。

 

「メリークリスマス」

 

 互いに言って、笑い合う。

 

「アルゴさんはもう大丈夫よ。あなたと話したいって言っていたわ」

 

「そうか……」

 

「あなたの方はどうする? サキに伝える?」

 

 グラスの中身を見ながら答える。ユキノには以前話し合ったときに、サキへの想いを伝えていた。そして、すべてが終わったら想いを告げることも伝えている。

 

 だから問うているのだ。この雰囲気を利用するのか、そのまま意思を貫き通すのか。

 

「一週間考えてたんだ」

 

 ええ、とユキノが相槌する。喧騒が、いまはどこか遠い。

 

「ここの俺はハチマンだ。だが、現実の俺は比企谷八幡なんだよ。同じようで、きっとどこか違う、そんな気がするときがあるんだ。あっちに戻ったら、実はすべてが元通りに戻っちまって、サキとの関係も以前のようになっちまう。そんな馬鹿馬鹿しいことも考えたこともある」

 

「ええ。分かるわ、その気持ち」

 

「この世界は、現実よりも死に近い。その更に死に近い最前線に俺もサキもいる。あいつの帰りたい願いを叶えるために、あいつの意思を尊重し、俺はそれに応え様と必死になった」

 

「ええ、私も怖いくらいに感じている。あなたたちよりも安全なところにいるから、心配なの」

 

「すまん。俺もいつ死んだっておかしくない。だから、いま、俺は……」

 

 唇が震えた。

 

 きっと、こんな簡単なことを口にするのに、一体どれだけ時間がかかったのだろうか。

 

「いま、幸せになりたい」

 

 そう、とユキノが微笑む。

 

「だったら、ちゃんとアルゴさんに答えを告げなさい。そして、サキにあなたの思いの丈をぶつけなさい。きっと、あなたは幸せになれるわ」

 

 だって、とユキノが言う。

 

「あなたは私が惚れた男だもの」

 

 ぽんっと優しく背中を叩かれる。

 

「さあ、かっこよく決めてきなさい。これは、部長命令よ」

 

 ユキノが笑う。俺も笑う。こんなときにそんなこと言うなよ。泣きそうになるだろうが。

 

「ああ、了解。部長」

 

 俺は歩く。まずはアルゴに言おう。そして、サキに想いを告げよう。

 

 ――そのとき、俺の足が止まった。

 

 ある会話が聞こえてきたからだ。それは、《ブレイブ・ウォーリア》のメンバーがディアベルに話している内容だった。

 

「ディアベルさんってサキさんと付き合っているんですか?」とギルドメンバー。

 

 その発言内容に驚いたように、ディアベルが返す。

 

「なんでそんな話になるんだ?」

 

「え、だって、この前、中央広場で抱き合っていたじゃないですか」

 

「な、なんでそれを――」

 

 ディアベルが俺を見る。驚愕に染まる彼の顔。たぶん、俺の目は大分腐った目をしていたのだろう。

 

 止まった俺の足を怪訝に感じたのか、ユキノがやってきて俺の顔を見る。

 

「こっちに来なさい。早く!」

 

 ユキノに連れられ、俺は店を出る。ただ呆然としていたと思う。

 

 サキが、ディアベルと? なに? なんの冗談? ハチマンびっくりして笑えないよ?

 

 広場のベンチの前まで連れて行かれ、そこでユキノが止まった。俺も促されるままに立ち止まる。

 

 一陣の風が吹き、ユキノの髪が流れる。俺は何も言わず、ユキノの前で棒立ちしていた。そんな俺を叱咤するように、ユキノが両肩を揺さぶる。

 

「どうしたの? なにを聞いたの? 黙ってないで言いなさい」

 

「あ、あー……」

 

 え、なにこれ、しゃべれないんですけど。そんなにショックなの俺? アホじゃないの。たかが恋愛じゃねえか。想いが一方通行なんて漫画とかアニメとか小説とかでよくあるじゃねえか。なに被害者ぶってんだよ俺は。俺だってしてることは同じじゃねえか。こんなことで傷ついていい道理がない。

 

 ほら笑え。笑えよハチマン。

 

「ハチマンくん!」

 

 ユキノの平手打ちが俺の頬を叩く。

 

 一瞬空白が滑り込んで、ようやく思考が回り始める。

 

「叩いてごめんなさい。でも教えて。一体なにを聞いたの?」

 

 ああ、と呟いて俺はぽつぽつと語る。

 

「サキが、ディアベルに抱きしめられてただの、付き合ってるだの、なんか、そんな話だ。あー……まあ、あれだ。あいつイケメンだしな。俺じゃ太刀打ちできねえし。まあ、そんなこともあるだろ」

 

 ユキノが再び俺を揺さぶる。必死の表情で。

 

「違うわ。そんなはずはない。それは嘘よ」

 

「ディアベルは否定してなかったし、そうなんじゃねえの?」

 

 まあよかった。失敗するとか怖くて考えてなかったから、言わなくてよかったかもしれない。そういや、この前なんか編んでたし、奴にやるのかもな。あいついい奴だし、祝福しないと。結婚式は呼んでくれるかなあ。あれ、早いかそれは。

 

 あーやばい。泣きそうかも。

 

 ユキノも泣きそうになっている。目じりに涙を浮かべている。

 

「お願いだから私の話を聞いて! ほんとに世話が焼けるんだから!」

 

 悪いな。俺は結構ポンコツっぽいわ。

 

 背後から足音。ユキノが息を呑む。

 

「ハチマン、ユキノちゃん、どうしたの?」

 

 声の主はアルゴだった。

 

 俺の前に回ったアルゴの表情が変わる。

 

「なにがあったの?」

 

「そ、それは……」

 

 アルゴの言葉にユキノが口ごもる。彼女にしては珍しい光景だ。そして、たぶん俺も珍しい顔をしているのだろう。もう何も言えない。

 

 あー、やべえな。本気で恋して失恋すると人ってこうなるのか。

 

 ハチマン、とアルゴに呼ばれ、抱きしめられた。

 

 垣間見えたユキノの表情は、もう泣いていた。

 

「どうして……なんで……」

 

 ユキノが悔しそうに呟く。

 

「なにがあったのかは知らないよ。だけど、ハチマンが苦しそうなのは嫌だよ」

 

 アルゴの声が染みる。涙が溢れそうになるのを必死で堪える。ここで泣くのは最低だ。だから俺は歯を食いしばった。

 

「悪い、少し一人にさせてくれ……」

 

「うん……」

 

 アルゴが俺を離す。

 

「でも、何かあったら言ってね。すぐに、必ず駆けつけるから」

 

「わりぃな。それとユキノも、色々サンキューな。あと、台無しにしてすまん」

 

 俺はふらふらとした足取りで転移門の方へ向かう。いや、いつもの宿は面倒だ。もう、ここのどっかでいいや。なんかなんも考えたくねえ。

 

 雪が降る。恋に破れた俺に、しんしんと雪が降る。寒くて、冷たくて、痛くて染みる雪が降る。

 

 ああ、しんどいなあ。

 

 

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