ソードアート・オンライン Youth in Aincrad 作:ユーカリの木
私はアルゴと何も話さず店に戻った。ただあんまりな出来事に言葉を失っていたのかもしれない。
彼は足を踏み出そうとした。欺瞞の壁を越え、闇の向こう側へ、なにがあるかも分からない恋の山道を登ったろうとしたのだ。なのに、結果がこれではあまりに報われない。
ふたりで店の扉を開けた瞬間、唖然とした。《ブレイブ・ウォーリア》と《風林火山》が内部で乱闘騒ぎを起こしているのだ。ディアベルもクラインも仲裁しようとしているが、まったく止まる気配がない。アスナも参加しようとしているがキリトに止められている。当の本人は、いまにも剣を抜きそうな気配だ。アイシアは訳が分からずにおろおろとしていた。
そしてサキは、呆然としたように床に崩れていた。
一体なにが起こったというの?
我を忘れそうになる寸前、アルゴが動いた。
「なにやってんのサ!」
部屋を響かせる大音量の金切り声。
全員の注目がアルゴに集まる。
私も動く。折角の彼の決意の場が踏みにじられてしまったこの場所を、何としても元に戻さなければならない。
「全員、動くのをやめなさい!」
室内の動きが止まる。まるで凍てついた凍土のように。
「これは一体どういうこと? ディアベルさん、クラインさん来なさい。この事態の説明をしなさい。私の納得のゆくように」
ディアベルとクラインが前にでる。ふたりとも何も言いたがろうとしない。いや、言えないのだろう。
「分かったわ。奥に行きましょう。そこで話しましょう」
それと、とふたりの背後にいる者たちへ、絶対零度の視線を浴びせて告げる。
「少しでも動いたら、殺すわよ」
アルゴと共にふたりを連れて行く。
奥まった小部屋の中で、私は詰問する。
「一体何があったのかいいなさい。生半可な答えで許されるとは思わないことね」
クラインが奥歯をかみ締めながら、ディアベルを指差し言う。
「こいつのギルドの連中が、ディアベルとサキが付き合ってるだのなんだのってはやし立てやがって。そんでよ、んなわけねえし、ハチとユキノさんはどっか行っちまうし、こいつは顔青くしてるし、絶対マズイって思ってよ。うちの連中と止めようとしたんだよ。そしたらまあ、あのありさまだ」
私は頭を抱えた。彼の気を少しでも紛らわせようと、多くの人を関わらせすぎたことが仇となった。付き合う云々についてはディアベルに聞かなければ分からない。
「ディアベルさん、その話について意見を」
あ、ああ……とディアベルが答える。
「付き合っている事実は無いよ。オレがサキさんとなんて、彼女に失礼だ。たぶん、あの日のときを見られて誤解されたんだと思う。ギルドの仲間はサキさんをとても好きだったからね」
「あの日、何があったの?」
ディアベルが顔を曇らせる。アルゴも同様だ。
なるほど、そういうことか。
「なにかは分からない。ただ、サキさんはすごくショックを受けたようで、倒れそうになったところをオレが支えんだ。ただそれだけだよ。誓って本当だ」
ああ、と私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。ディアベルとクラインが心配そうに声をかけてくるが、無視した。
本当に、下らないすれ違いだ。それが重なって、ただタイミングが悪かっただけでこうなった。言ってみれば、誰も悪くない。悪いとすれば、それは恋愛の神様だ。
だから、いまからする行為は私のエゴだ。こうしてやらなければ気が済まない、ただの自己満足。わがままだ。
「ふたりとも、悪いけれど、歯を食いしばりなさい」
そして、私はふたりの頬を順に叩いた。ふたりは文句を言わず、受けて当然だというような顔をしていた。
すぐ隣で足を踏み出す音がした。
今度はアルゴが店に戻ろうとしているのだ。慌ててとめる。
「なにをする気?」
「サキちゃんを殴りに行く」
振り向いた彼女の表情は、憤怒に燃えていた。彼女はサキが何も言わなかったであろうことを怒っているのだ。違うと、そんなことは無いと否定しなかったことを怒っているのだ。私もそうだ。だが、いまの彼女にそんなことはできない。
「やめなさい!」
「やめない! ハチマンにあんな顔をさせたんだよ! ディアベルも、サキちゃんも、他のみんなも絶対に許さない!」
アルゴが叫ぶ。
「ハチマンは私が守る!」
彼に対する彼女の強い思いが伝わるようだった。だけど、それでもこの手は離せない。行かせるわけにはいかない。こんな結末で、彼が乗り越えようとしたものを台無しになんてできない。
「お願いよ。私にやらせてちょうだい。お願いだから」
アルゴの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。本当に彼が好きなのだろう。心の底から、きっと愛している。
でもね、私は彼の味方なの。彼が思うように動いてほしいの。だから、いま彼女を動かすわけにはいかない。最低な気分だ。
だけど、アルゴは私の手を振り切って店内へ飛び込んでいった。最前線で飛びまわる情報屋に筋力値で適うわけが無い。
慌てて追うも、既にアルゴはサキに詰め寄っていた。
「立って! 来て!」
サキはただ放心していて、アルゴの声に答えない。
乾いた音。
アルゴがサキをひっぱたいて思い切り腕を引く。
「いいから来て! でないと私が奪うよ! それでいいの!?」
私は、自分の愚かさに驚かされた。アルゴはただサキを叱るだけじゃない。きっと諭すつもりなのだ。誤解を解けと。そして進めと。
のろのろとサキが立ち上がる。あんなサキを初めて見る。顔は虚ろで全身に力が入っていない。艶やかな青みがかった黒髪が、いまや死んでいるようにも見えた。
そして、アルゴはサキを引いて店内を出て行く。
誰も何も言わない。
なにかが決定的に間違った場を、必死に元に戻そうとするように。
いつの間にか、隣にクラインが立っていた。
「ユキノさん。ハチのことはオレに任せてくれねえかな。こういうときは男同士の方がいいだろ?」
「え、ええ……ありがとう。頼めるかしら」
「了解だ。おい、お前ら。ちゃんとみんなに謝罪しとけよ!」
クラインも店内を出る。
キリトとアスナも近づいてくる。
「ユキノさん、ハチは大丈夫か?」
「サキさん、本当につらそうだったよ。一体何があったの?」
こんな場では答えられず、私は黙って首を振る。それだけで通じたように、ふたりは小さく頷いた。
私は、店内を見渡してから天井を仰いだ。
そして、一筋の涙が零れ落ちる。まるで、流れよ涙と言わんばかりに。
比企谷くん。
……ごめんなさい。
◇◆◇
あたしは何もできなかった。
ディアベルとその仲間が会話しているのを、丁度私は聞いていたのだ。そこで、こちらに向かっているハチマンの顔が変わったのを見て、気が動転した。
違う、そうじゃないと言いたかった。あれは誤解だから、彼とはなんでもないから。
言えなかった。
本当にパニックになったとき、人はまともな声を出せないのだろう。喉の奥で悲鳴を上げて立ち竦む私の前で、アルゴが彼とユキノを追った。
あたしにはできなかった。感情を処理することでやっとだった。
そして、あたしはいまアルゴに手を引かれて街中を歩いている。時刻はまだ午後三時を回ったところで、大勢の人だかりがあちこちにできている。それらを完全に無視して、あたしたちは歩いた。
雪が降っていた。凍えるように冷たい雪だ。
ホワイトクリスマスなんて、そんなロマンチックなことは考えていられない。
ただ、なにをどうしていいのか分からない。
気づいたらあたしはアルゴの部屋の中にいた。考えごとをしている間に連れられたのだろう。この前と同じように椅子に座らされ、対面にアルゴが座る。
アルゴは怒っていた。瞳も、口も、表情も身体も、なにもかもすべてが怒っていた。
「サキちゃん。あれはどういうことなの? どうして否定しなかったの?」
声に出せない。言葉がでない。ハチマンに誤解させてしまったことが、もうお前なんていらないと言われてしまいそうで、身体を抱きしめるようにする。震えが止まらない。そんなこと、彼が言うはず無いのに、最悪な想像ばかりが浮かんでしまう。怖くてたまらない。
「サキちゃん!」
アルゴが大声を出す。
「……怖かった」
「なにがさ!」
「ハチマンに嫌われたと思って、怖かった。なにも言えなかった。身体が、言う事を利かなかった……」
はあ、とため息したアルゴが額を押さえる。呆れられたのだろうか。まったくだよ。あたしもあたしに呆れている。こんなことでこんな風になるなんて、以前のあたしじゃ考えられない。昔ならむかついて殴って罵倒して、それで終わりだ。なのにいまは、ハチマンが関わるだけで感情が大きく揺れ動く。どれだけハチマンが好きなんだろう。きっと、簡単な尺度ではもうはかれない。
彼が幸せになってほしい。でも、わたしも彼の隣で幸せになりたい。アルゴと話したときからずっとその思いがあったのに、土台が崩れ出すと途端に何も動けなくなる。
あたしは弱くなった。
「サキちゃん、この前言ったよね。あたしがハチマンを幸せにするって。あんたじゃ無理だから引っ込んでろって。あれはウソ?」
そんなことない。あれは心からの言葉だ。
「違うよね? だってサキちゃんは、ハチマンを愛してるもんね」
え? と顔を上げる。アルゴは、泣きそうな顔で笑っていた。
「サキちゃんの好きは、きっともう愛なんだよ。すごく強いけど、だけどずっとずっと続くもの。私のは激しい炎って感じかな。もちろん冷める気はないけどね!」
「そう、なのかな?」
「ハチマンと熟年夫婦みたいなやりとりしてて、なに言ってるの」
アルゴが苦笑する。
「そうだよ。だからきっとだいじょう……ぶ、とは言いたくないんだけどなあ」
途中で尻すぼみになるアルゴの言葉に、私は笑った。
ああ、本当に彼女が友人でよかった。きっと、ひとりでは落ち込んだままだった。だから、もう大丈夫だ。
「アルゴ、ありがと。あんたのことは好きだよ」
驚いたアルゴは、ややあって、ニシシ、と久しぶりにあの笑いをする。
「オレっちもだよ、サキちゃん」
でも、
「あんただけには負けない」
「サキちゃんにだけは負けないよ」
さあ、ハチマン。遅くなったけど、随分と遅くなっちゃったけど。あたしは腹を括ったよ。あんたに想いを告げる。だから、どんな答えでもいいからあんたの言葉を聞かせて欲しい。
でも、できれば。
想いが通じたってほしいと思う。
◇◆◇
適当に宿を取り、俺はベッドに死んだように倒れこんだ。
そして布団に包まって頭を抱える。足をバタバタと全身でもだえる。
ああ、俺はなんであんな反応を……。
ありえねえだろ。どこの悲劇のヒロインだよ。いくら本気で好きだからってあそこまで落ち込む男がいるか! アホじゃねえの。バカじゃねえの。
「バーカバーカ! アホ! クズ! オタンコナス! ハチマン! ってハチマンは悪口じゃねえ!」
がばっと起き上がる。頭はもう冴えている。どれだけ自分が身勝手だったかも分かった。ようはあれだ、嫉妬したのだ。嫉妬して、呆然として、勝手に想像を膨らませて自爆したのだ。どこの思春期少年だよ。純情にも程がある。
くそ、やはり恋愛経験値が低すぎたか……。
なあ小町、俺どうしたらいい?
脳内小町が現れる。しかし、その姿はいつもとは異なり、背には翼が生え、頭には光の輪。さらには後光すら背負っている。どこの天使だこいつは。
天使小町が、厳かに告げる。
――お兄ちゃん。こういうときはね、愛してるでいいんだよ。
なんでいつもそればっかなんだよ。すっごい登場してきたんだからもう少しまともなこと言ってくれよ。お兄ちゃん小町の将来が心配だよ!
――めんどくさいなあ、ゴミいちゃんは。小町的にスーパーウルトラ超ポイント低い!
その台詞がハチマン的に超ポイント低いな……。ほんとこいつ受験合格したのか? さすがに浪人は困るぞ。
ふんっだ、と不貞腐れた小町は、羽をはばたかせて天へと消える。段々脳内小町がおかしくなっていく。ま、俺がおかしいだけですけどね。ハチマン知ってた。
しばらくの間、ひとりうんうんと唸っていると、ドアがノックされた。
「おい、ハチ、いるか? 俺だ、クラインだ。入れてくれ」
なんだよ。クラインかよ。いま俺アイデンティティクライシスなんだよ。まったくめんどくせえなあ。どうせあれだろ、心配して来てくれたんだろ。まったく、いい奴だな。今度飯驕ってやろう。
布団を蹴飛ばして立ち上がる。ドアを開くと、おなじみのヒゲ面が立っていた。
よっ! と片手を上げたクラインは、まじまじと俺の顔を見つめている。
「落ち込んでると思ったのに、意外と普通だなハチ。でも相変わらず目は腐ってンなあ」
「いますぐ帰るか斬られるかどっちか選べ」
短剣の柄を掴んだ俺に、クラインが慌てて両手を上げる。
「うそうそ、うそだって。ちっと中に入れてくれよ。男同士で話そうぜ!」
言って、俺の許しも得ずにクラインがどかどかと部屋の中に入り、テーブルの前にどかりと座った。ストレージからなにやらチキンやらケーキやらシャンメリーやらを大量に取り出し、テーブルにおいていく。
なんなのこいつ。パクってきたの?
「さあ、二次会の開始だ! つっても、普通はまだ一次会も始まってない時間だけどな!」
窓の外を見る。まだ時刻は三時を過ぎたといったところだろう。雪が降っているせいで暗ぼったいが、一次会の始まる時間でもない。まあ、ゲームなんだから別にいいだろう。
俺もクラインの前に座る。
「適当に持ってきたンだよ。おめえ、ろくになにも食ってないだろ? 感謝してくれよな」
「おう、感謝する。このチキンとケーキとシャンメリーを作ってくれた人にはな」
「言ってくれるねえ。死にそうな顔してた癖に」
「うっせえ。経験値少ないんだよ。仕方ねえじゃねえか」
クラインが笑う。大笑いだ。このヒゲ面め。ヒゲ削ぎ落とすぞ。
「いいよなあ。青春じゃねえか。そういうもんは学生のときしかできねえもンだ。かくいう俺も学生の頃はなあ……」
長々とクラインの恋愛話を聞かされる。まったく、こいつは一体何しに来たんだ。まあいいや。チキン食べよう。クリスマスはやっぱりチキンだ。美味いんだよなあ。ケンタのチキン食いてえなあ。
「ってな具合だ。だからま、落ち込むんじゃねえよ」
「え? なに? いま俺チキンに首っ丈なんだけど」
「こいつ……」
項垂れて落ち込むクライン。まあ、感謝くらいはしてやろう。
「その、なんだ……ありがとな」
クラインが目を丸くする。
「ハチが……デレた」
「ちげえよ。なんでみんなして俺をデレさせようとすんだよ。なに? 俺のこと好きなの? ちげえよ、俺は捻くれてんだよ」
「デレたデレた。ハチが遂にデレやがった!」
もうクラインは大はしゃぎだ。シャンメリーを持ってやっほっほーいと踊ってやがる。騒がしい奴だ。
すると、またノックが鳴る。
今度は誰だと扉を開けると、今度はキリトだった。
「ハチ、だいじょう……ぶ、そうだな。なんだよ、心配したんだぞ」
「まあ、アレがいるから落ち込んでらんねえよ」
顎で背後を示すと、踊り狂うクラインの姿がキリトの瞳に映る。キリトも事情を察したようだ。ため息したキリトもテーブルを囲む。
「お、キリトじゃねえか。おめえも男同士の会話に混じれ混じれ!」
「酔っ払ってるのかよクライン。一応ハチの部屋だぞここ」
「いいんだよ。こまけぇこと気にすんなよキリの字。二次会だ二次会!」
今度はキリトに絡んでやがる。めんどくせえなあと思いながらも、俺もテーブルを囲む中に加わる。
「で、キリトよぉ、アスナさんとはどうなんだよ」
クラインがいきなり核弾頭をぶちかます。キリトは顔を真っ赤にして俯いた。
ほほー、こいつ、アレだな。やっぱ惚れてんだな。
俺とクラインの視線に耐え切れなくなったか、遂にキリトががばっと立ち上がり、言った。
「そうだよ好きだよ! 悪いか!」
おお、言った。言い切りやがった。オラ、さっきのクラインの踊った気持ちが少し分かるぞ。これはちょっと楽しい。
「よ! キリの字! 認めたな!」
「そうだよ。可愛いんだよ! 笑った顔とか、頬を膨らませて怒った顔とか! たまに優しいとことか! 好きなんだよ! いいじゃないか!」
絶叫しつつ言いまくってる。いい感じに混乱してやがるな。いいぞ、もっとやれ。
今度はキリトがクラインを指差して言う。
「クラインはどうなんだよ。この前、ユキノさんがいいとか言ってただろうが」
ほお、と俺は呟きクラインを見る。たぶん、俺の目は品定めをしている職人さながらの目つきになっていただろう。
「黙れクライン、お前にユキノを救えるか!」
おっと、これは娘を思う山犬の台詞だった。ハチマンうっかり!
「お、ノリノリじゃねえかハチよぉ。で、ユキノさんって実際どうなんだ。同級生なんだろ?」
学生時代を思い出す。まあ、言うなればこうだろう。
「眉目秀麗。才色兼備。文武両道。とりあえず思いつく四字熟語が当てはまる完璧超人だな。人付き合いに難があったが、ここに来て柔らかくなったし、元々高い競争率がよけい高くなってるだろ。クライン、諦めろ。お前じゃ無理だ」
俺はクラインの肩を叩いてやる。お前じゃあの雪ノ下さんに気に入られる様がまったく思い浮かばない。その時点で無理だ。
悔しそうにクラインが唸る。
「くそぉ、無理かあ。それにしても、サキさんもやっぱ綺麗だよなあ。普段はヤンキーみたいなのに、ハチの前だとデレるし。見てると胸が熱くなンだよなあ」
「あー、それ分かる」
同調したのはキリトだ。
「最初に初めて会ったときは美人で驚いたよ。しかもハチと強い信頼関係で結ばれてる感じがしてさ。いい仲だなって羨ましかったよ」
「ま、同級生だしな。そんなもんだろ」
言って、俺はクラインへ向く。
「てかてめえ、サキに向かってヤンキーとはなんだ。確かにメンチきられると怖えぇけど、あいつは頭良くて家事が得意で、妹の送り迎えもしてて、優しくてスタイル良くて、家族に迷惑かけないためにバイトするくらい良い女なんだよ!」
「ベタ惚れじゃねえか!」とクライン。
「完璧超人だな」とキリトが苦笑い。
そうだ、サキは完璧なのだ。あとちょっと人間関係が不器用なだけだけど、黙っておく。
三度のノック。今度は誰だ。もういいよ。誰でも来ちまえよ。
扉を開けると、すまなそうな顔をしたディアベルだった。ディアベルは俺の顔を見るやいなや、
「すまない! すべて俺の責任だ! サキさんとは何も無い! 信じてくれ!」
と頭を下げやがった。
気にすんな。いまはそんな空気じゃないのだ。
「んなこといいからこっちこい」
言って、俺はディアベルを連れて行く。
「よっ! ある意味今日の主役じゃねえか。こっち来いこっち来い! 男同士の恋愛談義でもしようぜぇ」
バカみたいにはしゃぐクライン。キリトも笑ってディアベルを迎える。
「俺も恥かいたんだからディアベルも吐けよな」
え? え? え? とディアベルが混乱顔。気持ちは分かるがいまは悩みなんぞほっぽっておけ。
「食え、飲め、はしゃげ、そしててめえも恥をかけ!」
思い切り突き飛ばして、俺はディアベルもテーブル囲みに巻き込む。クラインが横から思いっきりディアベルの肩を抱く。
「さあ吐け! きりきり吐け! おめえは誰が好きなんだ!」
「よ、酔ってるのかクライン? シャンメリーだよこれ。ハチマン、これは一体……」
ディアベルはまだ困惑顔。だが、そんなのは許さない。
「まどろっこしいんだよおめえ。さっさと吐けっつってんだろーが」と俺。
「そーだそーだ!」とキリトにしては珍しいはしゃぎっぷり。
「え、ええー……」
ディアベルが急に恥ずかしそうにする。こいつ、いやがるな!
クラインもキリトも気づいたのだろう。急にニヤニヤと笑い出し、手をわきわきとし始める。
「さあ、言ってもらおうか。ちなみに俺はサキが好きだ。愛しているといってもいい」
俺もいっそのことぶっちゃける。
「俺はアスナが好きだ。もう今度告白する!」
キリトの大胆告白。
「俺は……いねえよぉ」
クラインはマジ泣き。
同情するようにディアベルがクラインの肩を叩く。クラインはディアベルになきついた。なんだこれ。超楽しい。ぼっち最強とか言ってた頃がほんと懐かしいな。こんな風景がいつまでも続けばいいと心底思う。
「で、ディアベルはどうなんだよ」
普段物静かのキリトはもうノリノリだ。ある種、恥の壁を乗り越えたのだろう。後は進むだけだと、ばくしん中だ。
頭を掻いたディアベルがもう降参だと片手を上げる。
「わかったよ。言うよ言う。本当はサキさんが好きなんだよ」
「ンだとゴルラァ!」
俺の怒声にディアベルが苦笑。くそう、イケメン面め。余裕の表情しやがってからに。殴るぞこんちくしょうめ。
「分かってるって。君とサキさんの仲は俺が良く知ってる。オレが好きなのは、君と一緒にいるサキさんなんだよ。だから、横から奪うなんてことは絶対にしないから!」
爽やかスマイルでサムズアップするディアベル。やだ、素敵! 抱いて!
でもよぉ、とクラインも泣き止んだのか話に参加してくる。
「最近アルゴも可愛いよなあ。ペイント取りやがったし、なんか猫みたいで愛くるしいっていうか、可愛がりたいっつーかよお。いいよなあ」
「《鼠》のアルゴからは想像つかないよな。俺もたまにドキッとする」
うんうんとキリトも頷く。確かにアルゴは可愛くなった。一人称や口調が乙女バージョンになったときなど悶え死にそうになるまである。
「アルゴさんもハチマン一筋だからね。クライン、君じゃ適わないよ」
ディアベルの突っ込みにクラインが再び泣く。ディアベルさん、クラインに当たり強くないっすか?
「そういえば、俺たちの仲も長いよな」
ふと、言ってみる。こんなことを俺が言うなんて思ってもみなかったのか、みな真顔で俺を見つめている。照れるからやめてくんない?
「ハチが、デレた……」半笑いでキリトが言う。
「ハチマン……今日はデレ過ぎじゃないか? 捻デレかい?」驚いた顔はディアベルだ。
「ハチは今日はずっとデレデレだぜ!」
意味不明なのはクライン。なんでこいつシャンメリーで酔えるんだよ。アルコール入ってないぞ。
「ディアベル。捻デレとか言うな。小町のことを思い出して泣くぞ。大泣きするぞ!」
「ハチは相変わらずシスコンだなあ」
苦笑するキリト。
笑うディアベル。
妹を紹介してくれと懇願するクラインにはボディーブローを食らわせてやる。
俺はずいぶんと良い仲間を持ったようだ。
時間が過ぎていく。夕方を超え、夜の帳が下りてもなお、会話は尽きない。長い年月をかけて培ってきた友情の間では、話題などたくさんあるからだ。こんな風に話すことができるようになった俺は、やっぱり成長したんだろうか。
そうであればいいなと思う。
明日はクリスマスだ。
昔から欲しいものがあった。手を伸ばしても得られなかったそれを、いまここで手に入れた。だからこれはきっと、ちょっと早いクリスマスプレゼントだ。