ソードアート・オンライン Youth in Aincrad 作:ユーカリの木
そして、囚人は邪竜と戯れる 1
幸せな朝だった。起きた俺は寝ぼけ眼で窓の外を見る。まだ早朝だった。
愛しい寝息が隣から聞こえてくる。サキが俺のすぐ隣でぐっすりと眠っていた。昨日遅くまで色々と語り合っていたから夜更かししてしまったのだ。
ふたりとも本来は寝坊気味だから、いつもは先に起きているサキも今日は夢の中。美しくも可愛らしい寝顔をずっと眺めていたいが、そうするといつまでも時間が過ぎてしまうので我慢する。
ベッドからゆっくりと起き上がって、起きぬけに一杯のマッ缶。
うん、ウマイ。
注文してあった新聞をウインドウから取り出して開く。一面には、「攻略組、遂に五十層に到達!」という一面の見出しが踊っていた。クリスマス、大晦日に正月を挟んだため、攻略が少し遅い。
クリスマスから約二週間。
サキと告白し合い、恋人同士になった俺たちは、かつて彼女が提案したとおり、一緒に住むことになった。まだ場所は三十三層の《ラーヴィン》で間借りしている部屋だ。いつかコルを貯めたら、ふたりの家を買って引っ越そうとサキと約束している。
幸せな二週間だった。人生で初めて女の子とイチャイチャした。それはもう、たくさん。
正直思い出すと悶絶したくなる。こういうところは、やっぱり変わってないな、うん。慣れるかな。慣れるといいな。でも慣れるのも嫌だなあ。
そしてあの日、キリトもアスナに告白をしたそうだ。やっぱり成功し、ふたりは付き合うことになった。ふたりは同棲などしていないが、いつも磁石のようにくっついては周りからはやしたてられていた。クラインはまるで父親のようにうれし泣きし、ディアベルすら貰い泣きしていた。
ユキノも、アルゴも俺たちを友人として祝福してくれた。
アルゴとは、まだわだかまりは少しある。
それでもお互いに歩み寄って、よりよい友人同士になっていきたい。
新聞を読み終わったところで、時刻は七時半。いい時間になっていた。そろそろサキを起こすことにする。普通、眠れる美女は王子様のキスで目を覚ますものだが、生憎俺は王子様なんぞではない。ふつうに起こす。
し、したいんだけどね。まだ慣れてないんだよ。ドキドキするし。
「おい、サキ。起きろ、朝だぞ」
身体をゆすってやると、サキが「んん……っ」と悩ましい声を出す。こいつ、無自覚にこういう声だすから困るんだよなあ。男の子としてはちょっと反応しちゃう。やだ、ハチマンのえっち!
「はちまん?」
寝ぼけたサキが、ふわふわした言葉で俺の名を呼ぶ。
「おう、起きろ。朝だぞ」
「はちまん~大好き~」
いまだ夢の中にいるのか、サキが俺に抱きついてくる。子どものように間延びした声を出しながら、俺の胸に頬を何度もこすりつけてくる。
「う~はちまん~。すき~大好き~」
う、うぐっ! やばい、破壊力がありすぎる。普段の姉御口調ではなく、恋人に甘える女の子の喋り方は、普段のギャップもあいまって心臓に直撃してくる。
そう、サキは寝起きが酷いのだ。主に、甘えてくる方向ですごい。
むくっと顔を上げたサキが俺を見上げてくる。にへら、という擬音が似合う、にやけた表情だ。
「ね~はちまん。ちゅーして~」
朝っぱらから、なんちゅうこと言いやがる。俺だって超したいよ。でもやったらすげえことになるぞ。
「お前正気に戻ったらどうなるか分かってるだろうが。ほれ、起きろって」
身体をゆすってやるが、まだサキは寝ぼけている。
「ちゅーしたいよ~。はちまん、はちまん~」
もうやめて! ホントに我慢できなくなるから!
よし、これが最後だ。これで無理ならもうやってやる。あとで悶えてもしらねえからな!
「これが最後だサキ。正気に戻るならいまだぞ。起きるんだ!」
サキの表情が変わる。今度は子どもが泣くような顔だ。
「うぅ……はちまん、あたしのこと嫌いになっちゃったの? やだ~。やだやだ。はちまん~嫌いにならないでよぉ~」
あ、これダメだ。完全にダメなやつだ。キスするまで戻らねえやつだ。
仕方ねえなあ、と心の中で呟きながら、内心でひゃっほいと思う。俺も俺で朝からしっちゃかめっちゃかだ。
サキの頬に手を添えて、触れるだけのキス。
ん、と声を漏らしたサキの目に光が宿る。
「……もしかして、これ、現実?」
サキがひきつった声で言ってくる。俺は無言で頷いてやった。もちろん、すっげーにやけた面を見せてやる。
「いやあああああああ!」
絶叫したサキが布団を被った。布団から出た足をバタバタとさせて、うーうー唸っている。
実はこれが俺たちのたまに起こる日常だ。主に、三日に一回くらいの割合で。つまりはこれで四回目だ。そう、起き抜けに寝ぼけたサキから催促されてキスをして、サキがこうして布団で悶絶する。
まったく可愛いやつだぜ。
俺もバタバタしたいけど、布団取られちまったしなあ。心の中だけでバタバタしよう。
やっちまった! 今日もやっちまったよ! 可愛かったなあ。すっげえ可愛かったなあ。お持ち帰りしてえなあ。あ、もうお持ち帰りしてた。ハチマンうっかり!
サキが布団の中から這い出して、むくりと起き上がる。顔を逸らして頬を染めて、
「でも……大好きだよ」
嬉しそうにサキが言った。
こっちも赤面する。ああもう、これだからこいつは可愛いんだよ。こんな顔、誰にも見せたくねえなあ。
サキがいそいそと支度を始める。いつもサキが朝食を作ってくれているのだ。どうやら料理スキルはカンストしたらしい。彼女の美味い料理が毎日食べられるのだから、本当に俺は幸せだ。
うまいうまいと言いながら俺は朝食を食べ終え、ふたりで外に出る。転移門から五十層の《アルゲート》へ向かった。
そこには馴染みのメンバーが既に待っていた。
「やあ、おはようハチマン、サキさん。今日も頑張ろう!」
ディアベルが朝に似合う笑みで挨拶を告げる。
「よぉハチ、サキさん。いつも仲いいよなあ。羨ましい……」
ぼやくのはクラインだ。こいついい奴なんだよなあ。誰か紹介できねえかなあ。
「ハチ、サキさん。おはよう」
簡素な挨拶なのは剣を背負ったキリト。左手はしっかりとアスナの手が握られている。
「ハチくん、サキさん。おはよう。今日も一緒にがんばろうね!」
見る者を幸せにする微笑みを湛えるのはアスナ。
「うん、おはよう、みんな」
サキが左で手を振って挨拶を返す。右は俺の左と握られているからだ。
「おう、おはようさん。んじゃ、今日もきりきり働くか」
適当な声で俺が先導していく。なんか最近俺が一番前を歩いてるんだよなあ。昔は集団で歩くときは必ず一歩後ろにいたのに。変われば変わるもんだ。
「てか、お前らギルドはいいのかよ。最近俺らとばっかつるんでるけど」
後ろのアスナ、クライン、ディアベルに聞く。俺とサキとキリトはソロだから良いが、あいつらはギルドに入っているのだ。特にクラインとディアベルはギルドマスターだ。ちっとばかしマズイんじゃないかと心配になる。
「ああ、副官が結構優秀でね。いまは結構楽させてもらってるよ」とディアベル。
「俺ぁ明日は戻るわ。こっちも楽しいけど、あいつらを放っておけないしな」とクライン。
「私は大丈夫。団長を脅し……じゃなくて、説得したから」
ちょっと、聞こえちゃいけない言葉が聞こえてきたよ、アスナさん。こいつ怒ると怖そうだな。
隣のキリトがひきつった笑いを浮かべている。こいつ既に尻に敷かれているのか……。
そんな風に話をしながら街を抜け、フィールドへ出る。
ここ五十層のフィールドは山岳地帯だ。木々も生えていない禿山に、小さな竜がうじゃうじゃと生息している危険な場所だ。通称《竜の巣》とNPCからは言われているらしい。
しかもだ。小さな、と言っても優に三メートルは超える。でけぇよ。もう雑魚がボスじゃねえかよ。どんだけ俺らを殺したいんだよ茅場の野郎。
赤に青、緑に黄と、さまざまな竜が生息している。それぞれ炎、氷、風、雷と、強力なブレスを吐く強敵どもだ。はっきり言って強い。安全マージンを取ってはいるが、油断ならない敵だ。
まだフィールドはすべて制覇していないため、他の色の竜もいる可能性がある。
「来たぞ! 三時の方向に二体! 赤と黄だ!」
ディアベルの怒声。土埃を巻き起こしながら、ふたつの巨大なMobが現れる。全身を硬質な鱗で守られた全長約三メートルの赤竜と雷竜が、鼻を大きく鳴らしながら、巨体に似合わぬ速さで駆け抜けてくる。凶悪なトカゲを想起させる頭には、見る者を震え上がらせる狂眼。口腔には骨まで砕きそうな牙が並んでいる。赤竜は炎を、雷竜は紫電をその巨体に纏わせていた。
俺たちは即座に武器を構える。
さあ、働きますか――
午後三時を回ったところか。
二度目の新たな安全地帯を発見した俺たちは、休憩を挟むことになった。
あの二体の竜を倒し、さらに奥へ奥へと進んだところで、途端に恐ろしいほどに次から次へと竜が現れ襲い掛かって来たのだ。しかも紫の毒竜、銀の鋼竜、更には白竜と黒竜の四体の新種まで現れたので、対処に困ったのだ。
特に白と黒は凶悪だった。白は無駄に速度が早く、逆に黒はブレスに触れたプレイヤーを鈍足状態にするのだ。マジ最悪。何度死ぬかと思ったか分からない。二体揃ったえげつなさといったら、どこぞのアインファウスト・フィナーレ級だ。
本当に休む暇もなかった。というかなにこの初見殺し。フィールドでマジで殺しに掛かってんじゃねえか。なにか俺たちに恨みでもあるの?
やっぱ働きたくねえ。
そうそう人間は変わるものではないんだな、と考えていると、肩に何かが圧し掛かった。サキの頭だった。相当神経をすり潰したのか、完全に寝入っていた。
視線を逸らすと、みな一応に疲れた表情をしていた。アスナも殆ど眠りそうになっており、キリトが肩を支えていた。クラインは完全に寝そべっており、ぜいはあと荒い息を吐いている。ディアベルも手近な岩に座ってしんどそうにしている。
「こりゃねえだろぉ。あんなの俺たち以外にどう対処するってンだ」
クラインが嘆く。もっともだ。SAOでほぼ最強プレイヤー軍に匹敵する俺たち六人でこの有様だ。普通に考えたら全滅だ。レベルは安全マージンを取っていてなおこの状況。やはり闇雲に突っ込んでも攻略は難しいだろう。
ディアベルも同じ結論に至ったのか、俺を見て呟いた。
「一旦転移結晶で戻ろう。これは普通でのフィールド攻略すら不可能なレベルだよ」
「そうだな。このままだと下手すると全滅だ。このまま即戻った方がいいだろ。アルゴに情報がないか聞いてみるか」
ディアベルが首肯する。他の皆も反対意見はないようだ。
サキを軽くゆすって起こし、全員で《アルゲート》へ戻る。各自情報収集を行うとのことで、一度解散することとなる。
しんどそうなサキの腕を持って、《アルゲート》の転移門まで行く。今回はかなり活躍していたから、かなりハードだったのだろう。サキが三体の竜を相手に互角以上に戦っていたのはさすがに目を疑った。
ぐったりとしているサキが俺を見上げる。
「ごめんね、ハチマン」
「気にすんな。さすがにアレはねえよ。俺だって死にかけた。まずは情報だな」
フィールドの中に、モンスターがカーニバってるところがあるとは思わなかった。情報収集を怠ったツケだ。これは情報戦術を得意とする俺の失態だ。
「飯、食べれるか?」
サキが力なく首を振る。
「んーん、夜までいらない。傍にいて」
「あいよ」
俺は答えてサキをつれて街を進む。転移門から《ラーヴィン》へ戻り、サキとの家に帰る。ベッドまで連れて行き、横たわらせる。サキはすぐに寝入ってしまったようで、すぅすぅと寝息が耳に届く。俺はサキの寝顔を五分ほど眺めたあと、ウインドウを開いた。
アルゴへのメッセージを仮想キーボードで叩く。今日分かった情報と、攻略組全員に対しフィールド深部まで行かないよう警告するよう依頼。合わせて、情報があれば購入も依頼。まだ五十層に到達して二日目だ。さして分かることは無いだろうが、アルゴのことだから何かしら仕入れているかもしれない。
あとは返信を待つだけだ。
一時間後、システム音と共に返信が来た。ウインドウを操作して中身を開く。
情報提供への謝辞、既に各ギルド長への注意喚起を促した旨が記載されていた。そして、肝心の情報に目を見張った。どうやらアルゴが既に情報を得ていたようだ。
「なーるほどね。確かに少し気にはなっていたが、そゆことか」
これでフィールドを回るのは多少は安全になるだろう。カーニバってるところへ誤って足を踏み入れなければの話であるが。今日遭遇したほかにも同じ竜の巣窟があれば、できればすべて把握しておきたいところだ。
しばらくはフィールドの探索か。
時間をかけて今後の戦略を練っていると、近くで毛布が動く音が聞こえた。振り向くと、サキが目を覚まして起き上がったところだった。
「よう、疲れは取れたか?」
ん、と軽く伸びをしたサキが口許を緩める。
「だいぶね。あんたが近くにいたお陰だよ。ありがとう」
「お、おう」
直球の好意にはまだ慣れない。だって初めての彼女だし……。
ベッドから降りたサキが近づいて来て、そのまま抱きつかれる。急な動きにびっくりして、俺はそのまま倒れこんだ。傍から見るとサキに押し倒されたような格好だ。なんかこの体勢、男として情けなくねえか?
頬を染めたサキが顔を近づけてくる。
まさか、寝ぼけてらっしゃる? 朝の続きなの? ハチマン心臓もたないよ?
サキが小さく口を開いて、言った。
「ちゃんと起きてる。したいだけ」
サキの色香に息を呑んだ途端、口を塞がれた。甘い吐息が間近に感じ、それだけで心が満たされるようだ。
顔を離してサキがはにかむ。
「ん、満足した」
「俺は心臓が破裂しそうなんだけど。助けてくんない?」
「あたしとするの、嫌?」
んなわけねえだろ。毎日しちゃいたいくらいだぜ。ぼっちも十七年こじらせると欲求がすごいんだぞ。
ただ色々と、初めてなのにいきなりこういうことしまくると後が怖い。理性に歯止めが利かなくなりそうなのだ。雪ノ下さんがいまの俺を見たら失望しそうだな。やだ、なにそれ超嬉しい!
「ねえよ。いまもしたいまである。ただ慣れないだけだ。だからその、なんだ……いきなりはやめてくれ」
「ん、あたしも恥ずかしいけど、したいならすればいいんだよ。だって、その……」
恋人同士だし、とサキがもじもじしながら言う。押し倒した状態でもじもじされても困る。まるで襲われてるんだぞ俺。
「ま、とにかく離れてくれ。理性が限界に近い」
「興奮した?」
いたずらっぽくサキが笑う。
「したんでもうやめて下さい。俺死んじゃう!」
それは大変、とサキが楽しそうに離れる。そのまま「着替えてくる」と言って、リビングへ向かっていった。ドアを閉める寸前、
「あ、覗いていいよ」
そんな爆弾発言を落してサキがドアを閉めた。
俺は額を押さえる。もう、ハチマン限界だよ。理性ちゃん、よくがんばったね。ありがとう!
限界になった俺はベッドに飛び込み布団を被る。そのまま、朝のサキのように全身で悶えた。