ソードアート・オンライン Youth in Aincrad 作:ユーカリの木
枯れ果てた大地に火球が迸る。俺とサキは両サイドへ跳んだ。大地に触れた火球が弾け、爆炎が広がる。熱波を浴びながら俺は疾走。サキも逆サイドから併走する。
敵は二体の火竜。三時と九時に一体ずつだ。俺は三時へ疾走し、サキは九時へと走る。
三時方向の火竜が唸り声をあげ、近づく俺へ狙いを定める。もはや短剣のそれと同等の爪を俺へと振りぬく。直前、上体を下げた俺は、すぐさまバク宙の要領で火竜の腕に飛びのり、さらに跳躍。弱点のひとつである両目に短剣とナイフを突き刺した。
火竜が苦悶の咆哮。俺はすぐさま体重を乗せて竜の両目を切り裂き落下。同時、もうひとつの弱点である鱗のない腹に短剣による振り下ろしを加える。
ゴォ、と炎が収斂する音を耳が拾う。火竜が炎の息吹を吐く前兆だ。顔を上げると、竜が禍々しい形相で、俺を睨んでいた。眼はもうないけどね。
口腔が開かれる寸前、俺は開かれた火竜の腕へ飛ぶ。腕を踏み台にして火竜の背後に飛び乗り、最後の弱点である頭上へ八連撃スキルをぶちかます! これで死ね! さっさと死ね!
HPバーを削りきり、火竜の身体が硝子となって霧散。すぐさまサキの援護へ向かおうとし、既にサキがこちらに来ていることに気づく。
「もう終わってたのか。早いな」
サキは構えていた槍を器用に回し、石鎚を地面に突く。相変わらず様になっている槍捌きだ。
「伊達にあんたに鍛えられちゃいないよ」
でも、とサキが呟く。
遠くから足音。数は恐らく二体。目を向けると見えるのは黄竜か。
「ビンゴだね」
俺も頷く。
「まったくだ。アルゴさまさまだな」
今回はサキと二人でのパーティだが、あることを試していたのだ。
サキがストレージに仕舞っていた匂い袋を取り出す。人間には分からないが、竜の苦手な匂いを放つ薬草の入った布袋だ。これを首にかけると、聞こえてきた足音が遠ざかっていくのが分かる。
さっきからこれを付けたり外したりをして、本当に情報が正しいのか裏取りをしていたのだ。朝から夕方まで、知っているだけの全種類に試してみたが、すべてが逃げるように去っていくのを確認できた。
間違いない。これでこのフィールドは楽に攻略できる。
「そうだね。竜狩りも結構楽しいけど」
さらりと怖い台詞を吐くサキ。この子、知らない間に戦闘狂になっちゃったりしてるのかな。やだ怖い。絶対に怒らせないようにしよう。
「さて、帰ろうか。さすがに奥まできちゃったし、今日も結晶を使わない? 万が一ってこともあるし」
一応万が一は警戒しておいたほうがいい。マップを開くと、大体フィールドの最南端付近まで来ている。
「そうだな。そうしよう」
サキの提案に俺も乗る。
ふたりして転移結晶を取り出そうとした瞬間、頭上に影。
空を見上げると、崖の上から蛇のように長い赤い何かが猛然襲い掛かってくる。俺もサキも瞬時に飛び退く。同時、先ほどまで俺たちがいた場所が、爆炎に包まれた。
現れたのは、赤く長い蛇のような竜。いや、龍か! ワニのような凶悪な頭。その頭部から伸びる二本のツノ。鼻の両側から細長いヒゲが風になびく。竜とは異なる短い両手両足が、砕いた地面を握っていた。
そしてなにより、三メートルほどであるが宙に浮いている。
「サキ、行けるか?」
冷や汗を流しながら俺は問う。
「やってみないと分からないね」
サキも既に戦闘態勢に入っている。
クソ! 確かに匂い袋は竜に効果があった。だが、龍には利かなかった。そういうことか!
いい情報を得たから早速逃げ帰りたいが、赤龍がそれを許さない。
蛇のように身体をしならせた突進。俺とサキは両サイドにそれを避ける。しかし、俺の前に赤い壁。咄嗟に短剣とナイフを交差させる。
衝撃!
ナイフが砕けるも、なんとか短剣で防ぎきる。しかし、HPバーは僅かに削れ、俺の身体もふっ飛ばされる。
何がおきた? 尾を叩きつけられたのか?
赤龍の突進を避けたサキだったが、今度は火炎ブレスに手を焼いている。低空だが宙を自在に移動しながら飛びまわる赤龍のブレスに、サキは避けるしかない。
マズイ。こいつは最悪だ。
すぐさまナイフを装備し直し疾走を開始。
ひとまず注意を逸らそうと投擲スキルでナイフを投げる。龍の身体に命中するも弾かれる。おいおい、固いな。もちっと柔らかくなろうぜ。二本しかないヒゲがはげるぞ!
すぐにナイフを再装備。サキを襲う龍を追う。俊敏特化の速度が龍に追いつき、すぐさま跳躍。龍の身体に乗って走る。龍もそれに気づいたか上昇を開始。まるでジェットコースターのように宙で一回転し、俺を振り落とす。逆さになった俺の目の前に開かれた龍の口腔。アホみたいに凶悪の牙が並ぶ口で俺を噛み千切ろうとしてくる。
よけらんねえ!
寸前、跳躍していたサキが俺を掴んで龍の噛み砕き攻撃から救った。ふたりで地面に転がり落ちると同時に併走。止まったら殺られる!
背後からは依然として殺意に満ちた龍の威圧。超怖い。逃げたくて仕方が無いが、このまま追われ続けたらいずれ捕まる。
俺はサキを見る。サキも俺を見る。俺が視線を上下させる。サキは頷く。恋人同士だから可能なアイコンタクト。こんなときじゃなきゃ抱きしめたい。
瞬時に俺たちは反転。サキが走り高跳びの要領で、迫り来る赤龍の頭に着地。再び上昇をしようとした赤龍の顎下から、俺が短剣を無理やり突き刺して疾走する!
サキも頭上で槍を振り回しながら上下で愛の併走!
赤龍が苦痛の咆哮を上げ、今度は左右に身体を捻らせる。腕が持ってかれ、俺の身体が横殴りに吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされてばっかじゃねえか俺。サキは前宙してこれを回避。三度サキとともに走る、走る!
赤龍のHPバーは三分の一を削っている。龍の狂眼に怒りの炎が灯る。口腔に光。さすがにヤバイと感じ、急速に進行方向を曲げる。憤怒の息吹が大地を駆け抜ける。燃え続ける炎の中から現れるのは赤龍。
学習しやがったのか、蛇行しながらの赤龍の前進。火球を何発も飛ばしながら来る威容は、怖すぎる。俺もサキも逃げるのをやめ前進。超絶な集中力で火球を避るも何発かもらう。意識がHPバーへ行きかけるが無視。暇がねえ。
赤龍が巨大な口を開く。再び火炎ブレスの前兆。今度は俺が飛び上がる。赤龍の注意が俺に向く。行け、サキ!
サキがスライディングするように顎下に回り、そこから槍で思い切り顎下から頭までを貫く!
赤龍の瞳に苦悶と混乱。ナイフを捨てた俺が、圧し掛かるように飛び乗り短剣を両手で赤龍の頭を貫いた!
強制的に赤龍の口を塞ぐ。
赤龍の口中に残っているのは火炎ブレス。それが弾け、赤龍の体内から炎が吹き出す!
サキが槍を振り抜く。
爆発に巻き込まれる寸前、俺は短剣を抜けないと判断。握る手を離してその場から飛び退く。
燃える龍となった赤龍の口腔が爆散!
赤龍のHPバーがゼロになり、硝子となって砕け散った。
俺は地面に転がり落ち、なんとか立ち上がった。こちらのHPゲージも、気づけばイエローゾーンまで減っていた。
サキも、よたよたと槍を杖代わりにしてやって来る。
俺は手を掲げる。サキも手を上げる。ふたりして手を叩きあい、互いの健闘を湛えあう。
「死ぬかと思った。死んだと思った。俺帰る。おうち帰りたい」
「あはは……さすがに急だったから、しんどいねえ」
それより、とサキが心配そうに見つめてくる。
「短剣はどうしたの?」
あー……と頭を掻く。さっき思いっきり爆発に巻き込まれてたんだが、大丈夫だろうか。
「分からん。ちょっと見てくる」
赤龍が消えた場所を見ると、短剣の残骸が消えていくところだった。やべぇ、結構お世話になってたのにお亡くなりになっちまった……どうしよう。
サキが隣に来る。俺の顔を見て、やはり察したようだ。
「もしかして、壊れた?」
「おう、壊れちまった。まあ、生きてるだけマシなんだが……」
「じゃあ丁度いいね」
うん? どういうこと?
意味が分からずサキを見ていると、サキがウインドウを開いて俺に見せてくる。それはあの赤龍がドロップした短剣だった。LAボーナスはサキになったのか。システムが良く分からん。
よく見てみると、銘は《デスブリンガー》と記載されている。あの赤龍の鱗で鍛えられたか、禍々しい紅の刀身が特徴的な短剣だ。ステータスを見る限り、俺が使っていた短剣より二周り以上性能がいい。しかも素晴らしいことに要求ステータスが俊敏特化。なんという俺得武器。こんな幸運あるんだろうか!
「く、くれるのか?」
サキが笑う。
「当然じゃないか。売ってどうすんのさ」
「おおう、サンキュー愛してるぜサキ!」
「はいはい、あたしも愛してるよ」
サキに抱きつく。笑いながら抱き返され、しばらくふたりで抱擁。だがすぐに新手が現れるかもしれないと考え、俺たちは今度こそ転移結晶で《アルゲート》へ戻った。
《アルゲート》に戻ると、心配顔のアルゴが転移門の前で俺たちを待っていた。俺たちの姿を見ると、一気に駆け寄ってくる。一体どうしたんだ?
「よかっタ、無事だったんだネ! よかったよォ……!」
殆ど泣きかけているアルゴをサキが慰める。嗚咽するアルゴから話を聞く限り、どうやら俺たちが遭遇した赤龍はフィールドボスの一体だったらしい。だからあんな凶悪だったのかよ。よくふたりで倒せたな。
よく見ると、アルゴから何件もメッセージが届いていた。よほど心配していたのだろう。
「調べた限りフィールドボスは四体いてネ、それぞれ特定の場所で匂い袋を使って竜を排除すると、出現するみたいなんダ」
アルゴの言葉にピンと来る。
「あー、もしかしてそれが俺たちが昨日死にそうな目に合った竜の巣窟か?」
「たぶんそうだヨ」
「あと、迷宮区前を守っているやつも別でいるみたいだヨ。この情報を知ったときは心配でしかたなかったヨ……」
アルゴがシュンと項垂れる。アルゴは自分の情報に絶対的な自信を持っている。だから、今回のように不完全な情報を渡し、俺たちを危険に晒したことを悔いているのだ。こうして駆けつけてくれるなんて、いい奴だなあ。ほんと友人として嬉しい限りだ。ハチマン喜んじゃう!
サキもそれは同じのようで、微笑んでアルゴを撫でる。
「大丈夫だよ、ちゃんと生きてるし。あたしらがそうそう負けるわけないの、知ってるだろ?」
「うん、でもゴメンねえ二人共」
ひとしきり慰め終わったあと、俺たちはアルゴへ今日の情報を提供して別れた。サキもさすがに疲れたと言っていたから、今日は外食をすることにする。
適当に店を見繕って入る。ちょっとした洋食店だった。肉の香りが漂ってきて食欲が湧く。疲れたから腹減った。ついでにサキ成分も足りない。あとでイチャイチャして補充しないと!
店内で空き席を捜していると、キリトとアスナがこちらに気づいた。
「あ、ハチくん、それにサキさん! こっちこっち」
アスナが大きく手を振って呼びかけてくる。俺たちもそれに答え、ふたりの席まで行く。男と女に分かれて座ると、キリトが心配そうに声をかけてきた。
「アルゴから聞いたぞ、大丈夫だったんだな」
「おう、死ぬかと思った。二人でフィールドボスとは戦いたくねえな。さすがに死ぬかと思った」
アスナが苦笑する。
「でも生きて戻ってきて良かったよ。ハチくんたちなら大丈夫だとは思っていたけどね。それで、どんなボスだった? 次そのボスに戦いに行くときの参考にしたいんだけど」
「ん? 倒したぞ?」
俺の言葉に二人が固まる。え、なに? フリーズしたの? おいおい、回線大丈夫かこのゲーム。
キリトが額に手をあて、搾り出すように声を出す。
「は、ハチ。一応もう一度訊かせてくれ。倒したのか? ふたりで? フィールドボスの龍を?」
「しんどかったけどね」
俺の代わりにサキが答える。
キリトとアスナは唖然としたように、再び固まる。だからラグってんのかよ。インフラ大丈夫かこのゲーム。ネットワーク障害は死活問題だぞ。
「す、すごい! すごいよふたりとも!」
アスナが大はしゃぎで俺とサキの手を取ると、ぶんぶんと上下に振った。お、おう。まだサキ以外の女の子に触られると恥ずかしいから、そゆことするのやめてね。ほら、キリトちょっと拗ねちゃったじゃん。
手を離したアスナは、すごいすごいと連発する。まあまあとキリトがそれを制して訊いてくる。
「で、どんなボスだったんだ? あと三体と迷宮区前に一体いるんだろ? 参考にしたいんだ。龍とか言われても、竜と何が違うのか良く分からないんだよ」
俺とサキは、互いに見合わせる。ふたり目で語り合う。言うなればこれだろう。
「日本昔話のオープニングに出てくるような奴だ。空飛びやがるし速いし、しつこいほど追いかけてくるし、ブレスはレーザーだし、乗ったら乗ったで振り落としてくるし、食おうとしてくるし、とりあえず最悪。二度と戦いたくねえ」
うわあ、とキリトとアスナが嫌そうな顔をする。そりゃそうだ。あんなもん初見殺しとかいうもんじゃねえ。次戦っても確実に勝てるとは思えん。
「で、どうやって倒したんだ?」とキリト。
「ブレス発動直前に、あたしとハチマンが上下から槍と短剣ぶっさして口を閉じさせたのさ。で、ブレスが龍の体内で炸裂して爆発」
サキが疲れたように言う。確かに、あれは咄嗟の判断で、しかも二人して同じことを考えていたから出来た芸当だ。でなきゃ無理だった。恋人万歳!
「すげー……よく思いついたなそんなの」
キリトは純粋に感動したようだ。
確かに、あれは奇跡という他ない。気づいたら身体が勝手に動いていたのだ。上手くいったときは正直痺れた。だが、もう一度やれと言われても怖すぎてやりたくない。下手したらブレス直撃だからね。いま超幸せだから絶対に死にたくない。
「次はお前らでやってくれ。俺たちはしばらく龍と戦いたくない」
「おい、そんな話聞いたら絶対ふたりじゃ戦いたくないって。絶対ハチたちを連れてくからな!」
キリトが真顔で言う。アスナもそれに頷く。
「ぜんぶは大変だろうけど、私たちもちゃんと手伝うし、他のギルドの人たちも参加してくれるだろうから、頑張ろう!」
やー、でもなー。あれ大勢で行くと逃げ場なくなってブレスで全滅な気がするんだよなあ。少人数で突破するのが賢い戦略だと思う。
そんなことを言うと、キリトとアスナも思案顔だ。
それに、とサキが続ける。
「ドロップ品がかなりの化物性能でね。たぶん他の龍も似たりよったりだと思うよ。《聖龍連合》あたりにバレると多分面倒なことになるよ」
《聖龍連合》は攻略組に位置するギルドで、かなり強力なメンバーが揃っているが、結構危ない奴らなのだ。レアアイテムのためならば他者を邪魔する。下手をすれば斬りつけてくることまである。
今回のドロップ品、《デスブリンガー》の能力を見ると、サキの言うとおり性能は化物だ。攻撃力もそうだが、俊敏が無駄に上がり、クリティカル確率が大幅アップするのだ。しかもドラゴン属性に対する防御力も上がり、かつ同属性に対してダメージアップ機能までついている。しかも禍々しく赤いというか紅いから、俺の深みのある臙脂のコートと合っていて、形状も超かっこいい。
なにこれ。ホント色々な意味でバランスブレイカーだよね。もうこれをくれたサキ大好き。超愛してる。だから今度いい槍を仕入れたら絶対にプレゼントする。
「ま、それでも情報はアルゴに提供したし、すぐに出回るだろ。ドロップのことも含めてな。どうするかは会議でもするんじゃね? 俺はそれに任せるつもりだ」
そのつもりでアルゴにすべて情報を提供したのだ。正直もう戦いたくない。サキも同感のようだ。
キリトとアスナは戦いたがっているようだが、あんなの一生に一度でいい。ここのフロアボスとも戦いたくないなあ。
そろそろ腹減ったと俺が嘆き、四人でそれぞれ料理を注文することとなった。
◇◆◇
翌日、フィールドボス攻略会議が《アルゲート》の中央にある会議場で開かれることとなった。すり鉢状の会議室には、全攻略組のトップギルドの面々。それに俺やサキ、キリトといったソロプレイヤーも座している。
会議の中心には、いつものように我らがディアベルだ。その手には、アルゴから購入した最新版ガイドブックがもたれている。会議に参加している面々も、机の上にそれを置いていた。かくいう俺も持っている。
中身を見ると、既に俺が昨日伝えた情報が詳細に記載されていた。もちろん、ドロップ内容も含めてだ。あの野郎、徹夜しやがったな。今度みんなで労わってやろう。
ディアベルが大声を出す。
「みんな、今日も集まってくれてありがとう! フィールドボスの攻略会議を始めたいと思います!」
本を掲げてディアベルが続ける。
「ガイドブックにあるように、今回のボスはかなり強敵のようだ。あるふたりのプレイヤーが奇跡的に倒せたといって良いほどの難敵だ」
会議室内がざわめく。倒したプレイヤー名と数は記載されていないから、初めての情報に驚いているのだろう。あちこちから「二人でとかマジかよ」「誰だよそいつら、すごくねーか?」「いや、ふたりで倒したんだから案外雑魚なんじゃねーか? なら楽勝だろ」とざわざわと勝手に騒いじゃっている。雑魚じゃねーよ。難敵だよ難敵。マジで舐めて掛かると死ぬぞ。
パンパンと音が鳴る。ディアベルが両手を叩いて注目を集める。
「断っておくけれど、決して弱いボスじゃない。詳細は記載されている通り、はっきり言って並のフィールドボスじゃない。下手をすればフロアボスに匹敵するほどの強さだ。HPだけはフロアボスよりも少ないようだが、決して油断してはいけない!」
ディアベルが声を張る。
「しかもこのブレスが厄介だ。レーザーのように横一線を殲滅するほどと記載されている。また、火球攻撃もかなり乱射してきたそうだ。他の龍も似たり寄ったりだろう。下手に大勢で行くと全滅しかねない」
そこでディアベルが言葉を切る。
「ここで、俺は少数精鋭による選抜隊を組むことを提案する!」
一瞬、会議室が静寂に満ちる。だが、次の瞬間、さきほどよりも大きい喧騒が発生した。
当然だ。誰だってあんな凶悪ドロップ品は欲しいに決まっている。だからこそ会議は荒れる。ディアベルも分かっていたのだろう。その表情に焦りはない。ただ疲れたような色が伺えた。やっぱ毎回司会をやるのは大変だよな。今度飯驕ってやろう。
ディアベルが俺とサキを見る。あれ? なに? どしたの?
「みんな、注目!」
怒声を発したディアベルに、喧騒が止む。
「ここである二人に来てもらおう!」
あ、このパターン嫌な予感がする。サキを見る。どことなく表情が強張っている。俺も口許がひくついている。おい、ディアベル。やめろ、やめてくださいお願いします。
「ハチマン、サキさん! 来てくれないか!」
やっぱりかよこんちくしょう! お前、元ぼっちを人前に出させるとか正気かよ! もう飯驕ってやんねえからな!
キリトとアスナに促され、俺たちは仕方なく中央まで歩いていく。視線が痛いよ。サキ、恥ずかしいのは分かるから俺の指を掴まないで。視線に殺意が混じってきてるから。
俺たちがディアベルの隣に立つと、彼は俺たちを見て言った。
「彼らがその龍を倒したふたりだ! みんな、ふたりの実力は知っているだろう! この彼らが死にそうだったと言うほどの相手だということをまずは認識してほしい!」
やめて、みんな見ないで! ハチマン恥ずかしくて死んじゃう!
隣のサキなんか、もう赤面状態で顔を覆いそうになっている。やばい、可愛いけど俺もいまはつらい。
さあ、話してくれよ、とディアベルが俺を促す。
仕方ない、適当にだけど話してやるか。俺は一歩前に出る。
「あー、ハチマンだ。とりあえず言っておく。あれはヤバイ。正直ガイドブックに書かれてる戦法で倒せたが、失敗すれば俺は死んでた。だから言っておく。あれは絶対に真似をするな。真似したら死ぬぞお前ら。それと、少数精鋭ってのは俺も賛成だ。大部隊で討伐しに行くとブレス避けられなくて確実に何人か死ぬ。あと言っておくけど、俺は絶対に参加したくないぞ。あんなんと二度と戦いたくないからな」
これで良いか? とディアベルを見る。ディアベルは乾いた笑いを浮かべていた。いいじゃねえか。いきなり前に出されてもなんも準備してねえんだから、これくらいしか言えねえよ。
だが、会議室は、しん、としたままだった。誰もが声を失ったように俺を見ている。
え、なに? 引いちゃったの? ちょっと悲しいぞ。まあ別にいいけど。
ディアベルが引き継ぐ。
「彼が話してくれた通りだ。あの《暗殺者》がこうまで言っているんだ。サキさん――あの《戦乙女》の彼女も同意見と聞いている。どういうことかはみんな、分かるよな?」
会議室のあちこちから、同意する声が聞こえてくる。ねえ、その暗殺者って二つ名やめない? 恥ずかしいんだけど。
「オレはなにもドロップを独り占めなんて考えていない。討伐隊は公平に選抜していいと思う。だが、今回は本当に命掛けであることだけは分かっておいてほしい!」
「ちょっと待ってくれないか?」
全員がディアベルの提案に同意しかけたところで、ひとつの声が止めに入る。立ち上がったのは、元ドラゴンナイツ・ブリゲード――通称DKBの団長であり、現在は《聖龍連合》に所属しているリンドだ。
しかめっ面をしたリンドが立ち上がって発言をする。
「我々《聖龍連合》は、選抜部隊からは辞退させてもらう」
会場にざわめきが波立つ。ディアベルは苦笑顔。どうせ予想していたのだろう。
「その代わり、我々は自由にフィールドボスを狩らせてもらう。ハチマンくんにサキさん、それにアルゴには情報提供頂き感謝する。以上だ」
それだけ言うと、いつも一緒にいるシヴァタとハフナーと共に会場を出て行った。
俺は隣を見る。ディアベルは気づかれないよう、小さくため息をしていたが、すぐに声を張り上げる。
「では、ここに残ったみんなで選抜部隊を組もう! もし《聖龍連合》とかち合ったとしても、決して争わないよう誓ってくれ! なにかあれば、オレたち《ブレイブ・ウォーリア》へ言ってくれ。必ず仲裁するさ!」
ディアベルは快活に笑ってサムズアップしてみせる。遠くからは見えないが、頬にはじんわりと汗が滲んでいた。やはり、分かってはいても動揺はしているようだ。やっぱり飯驕ってやろう。大変そうだ。
こうして、ディアベルを中心として、選抜部隊編成会議が始まった。
現在分かっている《竜の巣窟》はふたつ。うちひとつは赤龍が出現したため、分かっていないカ所は残りはふたつ。それの捜索も必要になってくる。
フィールドボスの前に更なる情報収集が必要ということとなり、これはアルゴを中心に行われることとなった。そして、残る三体の龍に関しては、各ギルドから精鋭選出することで合意。さすがにギルド混合になるため連携が必須となり、まずは練習に時間を割くこととなった。
その間、俺とサキはふたりでぼけーっと眺めていた。ふたりして「疲れたねえ」とか「帰ったら抱きしめていいか? サキ成分が足りない」とか「いいよ、あたしもしたいし……。あ、アスナがキリトの指握ってる」とか「おーキリトとクラインがはしゃいでる。部隊に入ったのか?」とか適当に会話をする。
そんな風に適当に時間を過ごしていると、ディアベルから声を掛けられた。
「ハチマン、サキさん、君たちが担当する場所が決まったよ」
「あ、お構いなく」
二人して即座に首を振る。ディアベルが呆れ顔。戦いたくねえんだよ。さっき言ったじゃねえか。
「困るよふたりとも。ふたりは最強プレイヤーの一角なんだから。もっとちゃんとしてくれないと!」
ディアベルに叱られて、俺とサキがしゅんとする。さすがにぐうの音も出ない。
サキと顔を見合わせる。互いに思いは同じだ。
仕方ねえ、やってやるか。
「わーったよ。やってやる」
「あたしも同じ。面倒かけるねディアベル」
よし! とディアベルが手の平に拳を打ち付ける。
俺たちの同意でようやく選抜部隊が決まったようだ。このまま一斉に解散かと思いきや、雑談の流れになる。なに、みんな暇なの? もう帰っていい? そろそろマジでサキ成分が枯渇しそうで限界なんだけど。ねえ、ここでキスとかしていい? うん、無理だ。恥ずかしくて憤死する。
サキを見ると、どうやらこっちもこっちで俺を見ながらそわそわしている。サキのやつ、ハチマン成分が欠けているらしい。こういうのを感じるとき、幸せだなと思う。
よし、ここは帰ることにしよう。そうしよう!
サキの手を取って久々にステルスヒッキーを発動。サキもいるため精度は格段に落ちるが、この際逃げられれば構わない。
そろりそろりと立ち去ろうとするも、当然見つかる。
「よ、おふたりさん」
現れたのは大柄のスキンヘッドのおっさん。エギルだ。攻略会議で何回か顔合わせしてそこそこの仲となったいまでは、時々こうして声をかけてくるのだ。
「ようエギル。相変わらずあったまテッカテーカだな」
俺がいつもの軽口。
「あんた……すまないね、うちのハチマンが」
サキの発言はもはや嫁だ。是非とも嫁にほしい。
俺たちの発言にエギルが大笑いする。
「いいさいいさ。元気な証拠だからな。それより聞いたぞ。付き合うことになったんだってな。実にHappyだ!」
「おう、サンキュー。だからもう帰らせてくれ。イチャイチャしたい」
もうストレートに言う。サキ成分が枯渇しちまったんだ。我慢できん。
「ははは、すまんすまん。足止めはこの辺にしておくよ。そろそろ帰りな。お疲れさん」
エギルが言いながら、さり気なくとサキを顎でさす。サキがもう我慢たまらんというようにモジモジしていた。可愛すぎて死にそうだ。
「おう、すまんな。んじゃ、またな」
返事も聞かずに俺たちは回れ右をして会議場を出る。即座に転移門まで言って《ラーヴィン》へ直行する。よーし、今日はずっと二人でいるぞー、と以前なら絶対考えないことを思いながらふたりで家路に着く。