ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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そして、囚人は邪竜と戯れる 3

 午後一時。

 

 第一層修練場に集まった四人から、俺とサキは視線を向けられていた。いるのはクライン、エギル、《風林火山》の二名だ。

 

 彼らは、ディアベルにより選別されたパーティだ。人づきあいを苦手とする俺たちを考慮し、知り合いばかりのメンバーにしてくれたらしい。感謝感激雨あられだ。絶対飯驕ってやろう。

 

 俺は、ひとまず全員の力量を正確に判断したいとして、対人戦を行うためにいつもの修練場に来たのだ。クラインとは一回やっているが、何度もやることでその者の戦法が分かるのだ。

 

 とりあえず、攻略の技量を上げるにはこれを徹底的にやるのが近道だ。そこで集まってもらったのだ。

 

「とりあえず、来てくれてサンキューな。まずは俺とサキが手本を見せる。そのあとサキが全員と相手するから、まずは見ててくれな」

 

 俺とサキが距離を開けて対峙する。いつものように、互いに互いの得物を構えた。

 

「クライン、なんでもいいから合図してくれ」

 

「あいよ!」

 

 気の良い返事をしてくれたクラインが、しばらくの静寂の後、

 

「始め!」

 

 瞬間、俺が動いた。耳が捕らえたのは、集まったメンバーの驚愕の声。恐らく、消えたように見えたのだろう。サキはしっかりと反応している。

 

 背後に回っていた俺の斬撃をサキが振り向きながら槍の柄で受ける。短剣を大きく振って槍の隙間を縫うように攻撃。すべて槍で捌かれ、回転を利用した一撃を短剣にもらい、俺の身体が吹き飛ぶ。力を利用して俺も即時離脱をはかるが、サキがそれを許さない。

 

 挑発的な笑みを浮かべ、サキが突進。アスナの《リニアー》を想起させる鋭い突きが、俺の喉下に迫る! 狙い場所に気づいていた俺は短剣でそれを受け、思い切り槍を払い下げる。

 

 槍の穂先から柄にそって短剣をすべらせ、サキの首筋を狙う。自称槍殺しの一撃も、予想していたサキが全身を逸らして回避。おいおい、簡単に避けられたら槍殺しじゃなくなっちゃうじゃねえか。

 

 俺が振り返った瞬間に、サキお得意の三段突き。下段、中段、上段とほぼ同時に繰り出される連続攻撃を必死になって避けるが、上段攻撃を短剣で受けてしまう。跳ね上がる短剣。マズイ! この流れはアポストルのときと同じだ!

 

 サキが愉しそうに笑う。

 

 右手を逆手にしたサキが、振りあがった槍と共に全身を浮き上がらせながら、思い切り振り下ろし攻撃! 避けられるはずもなく、すぐさま下ろした短剣にナイフを交わらせて受ける。重い一撃! ナイフ砕けちまうよ!

 

 さらにサキが回転し、もう一撃! これも受けるが強烈なノックバック。俺の身体が一気に後ろに持ってかれる。

 

 攻撃を予測させないよう、サキが回転と共に槍を振り回しながら高速で肉薄。

 

 俺は刹那の逡巡。

 

 もはや勘で飛び上がると、足払いが俺の足元を掠めた。あぶねえ、いまの完全に読めなかった。超偶然だよ。

 

 重力の力を利用し、俺はサキへ向かって短剣を振り下ろす!

 

 サキも槍を戻してそれを受ける!

 

 衝撃波を生み出すような強烈な一撃に、サキも苦悶の表情。このまま一気に勝負をつけたい俺は、更なる力を加える。しかし、サキが槍を斜めにし、俺の短剣の力を横に流す。

 

 しまっ……!

 

 上体を崩した俺の脇腹に、サキの石鎚が突き刺さった。ノックバックによって吹っ飛ぶ俺。数メートルは地面を転がり、ようやく止まる。

 

 やべえ、負けた。サキ強い。最近めっきり勝てなくなったなあ……ハチマン情けない。

 

 そんなことを考えていたところで、クラインがようやく終了の合図を出した。

 

「終了!」

 

 サキが得意げに槍を回し、石鎚を地面に突ける。俺は疲れた顔で短剣を仕舞って立ち上がる。疲れた。サキとの勝負は楽しいが、やっぱり神経使うんだよなあ。

 

 まあ、とりあえずは、

 

「こんな感じでやってくれ。大丈夫だ。俺らも最初は酷かったが、きっとなんとかなるだろ」

 

 全員を見回すが、みながみな唖然としている。なに? そんな鳩がライフルぶっ放された顔して。

 

 一番最初に立ち直ったエギルが一言。

 

「そりゃ無理だろハチマン」

 

 えー……俺そんな無理言ったか? これくらいは普通だと思うんだがなあ。

 

 苦笑したクラインが説明する。

 

「俺たちゃ基本Mobと戦う前提でレベル上げばっかやってンだよ。技術も磨いてるハチたちの動きなんざ、早々真似できねえンだよ」

 

 おいおい、ここに嘘つき野郎がいるぞ。

 

「お前だってこの前俺に勝ったじゃねえか。なに言っちゃってんの?」

 

 すると、それが意外だったのか、他のメンバーがクラインを見る。

 

 バツが悪いのか、クラインが頬を掻いた。

 

「ありゃあおめえの意表をついたからだろ。その後全部負け越したじゃねえか」

 

「それでも勝ちは勝ちだろ。つまり、クラインが出来るなら誰でもできる。Q.E.D.証明終了だ」

 

 完璧な理論に、他の者たちも納得顔だ。なぜかクラインが落ち込んでいるか知るか。普段の行いだ、普段の。

 

「んじゃ始めようか」

 

 サキがノリノリの表情で槍を構えた。

 

「さっ、最初は誰が相手だい? たっぷり可愛がってあげるよ」

 

 やべえ、笑ってるのに怖い。サキ超怖い。みんなドン引きしてるよ。

 

 そして、地獄の時間が始まった。主に、俺とサキ以外に……。

 

 まあ、なんだ。がんばれ! 俺は内心で苦笑しつつ、彼らの健闘を祈っておいた。

 

 

 

 その後、たっぷりとサキにしごかれた彼らは床に伸びてヒイヒイ言っていた。エギルは片膝をついてなんとか堪えている。やっぱ見た目通り頑強だな。

 

 ちなみに、サキは心底楽しかったとでもいうように立っていた。マジでリアルランサーだなこいつ。

 

 その場で解散となり、俺とサキはそのまま家路に着く。途中、サキの下にメッセージが飛び込んできた。どうやらユキノからのようで、できればいまから会いたいとのことだった。

 

 特に問題がなかったため俺も了承し、俺たちは《ラーヴィン》の家へ向かった。

 

 しばらくしてユキノが来る。表情は普通だが、目には負の感情に揺れていた。

 

「ごめんなさい、急に来てしまって」

 

「いや、構わないよ。でも突然どうしたのさ」

 

 料理中のサキが問うと、ユキノが安堵したように息を吐く。

 

「いえ、ただ心配だったのよ。ここ五十層はクォーターポイントで、しかもあなたたちがふたりでフィールドボスと戦ったなんて聞いたから、いてもたってもいられなくなって……その、ごめんなさい」

 

 ユキノが頭を下げる。どうやら心配してくれていたらしい。俺たちは良い友人を持ったものだ。

 

「気にすんな。心配させたみたいで悪かったな。ほれ、飯食おうぜ」

 

 俺に促されるままユキノがサキ専用席の隣に座り、サキの料理を待つ。

 

「それで、今回は大丈夫そうなの?」とユキノ。

 

 俺はなんと言ってよいのやら思案していると、サキが返した。

 

「なんとかしてみせるさ。みんながあたしらを支えてくれてるからね。あたしらはそれに応えないと」

 

 俺なんかよりもよっぽど男前な回答じゃねえか。格好良すぎだろサキ。

 

 それでも、ユキノは心配そうだった。ユキノは最前線におらず、下層で孤児院で子どもたちのために動いている。本来の彼女の性格からすれば、攻略組にいてもおかしくはないのだ。だからこそ、不安なのだろう。そして友人の俺たちの安否が、他ならぬ俺たちと他の者たちに掛かっている。そこに自分が関われないのが怖いのかもしれない。

 

「まあ、なんだ。いまもこうして生き残ってるし、大丈夫だ。それに、また学校に戻って奉仕部やりてえしな。なあ、サキ」

 

「そうだね。そのときはあたしも入部させてもらうよ」

 

 ええ、とユキノがようやく微笑んだ。

 

「そうね。サキ、あなたにも是非入部してほしいわ。由比ヶ浜さんはもう大学生になってしまうだろうし。この三人でなら大抵は解決できそうね」

 

「まあね。半分はそうだけど、半分はハチマンと一緒にいたいだけ」

 

 さらりと赤面物の台詞を言うサキ。ユキノは苦笑している。

 

「そうね。あなたたちのそんな姿を見ているのも、いいかもしれないわね。きっと、いまからすればそんな光景は、とても平和なんでしょうね」

 

 未来を羨望するように、ユキノの瞳が遠く眺める。

 

 それよりもだ、と俺が言う。なによりも重要なことがある。

 

「小町と同級生になれるかもしれねえ。それだけで俺は胸が熱くなる。小町も絶対に奉仕部に入れる。これは決定事項だ!」

 

「あなた……どんなときでも小町さんのことは忘れないわね」

 

 額に手を当てたユキノが、呆れながらも笑っていた。

 

「シスコン」

 

 サキも笑って言ってくる。

 

「当然だ、小町は天使だからな! あと戸塚にも会いたい。大学生になった戸塚がどれほど可愛くなったか気になるしな。だから絶対に死ねん!」

 

「やはり戸塚くんもなのね。一応彼、男の子なのだから、可愛いは失礼だと思うのだけれど」

 

 今度こそ呆れ顔のユキノが俺をたしなめる。知ったことか! あいつは俺にとって天使なんだ!

 

「じゃあ、ハチマンにユキノ、あたしに小町、ついでに大志も入れようか」

 

 サキの言葉に俺は却下を言い渡してやろうとし、止める。

 

 あいつ悪い奴じゃないしな。それに、将来はきっと俺の義弟になるから、まあ、仲良くしてやるか。

 

 すると、料理中のサキが振り返って不思議そうに俺の顔を見る。 

 

「あれ? 絶対拒否すると思ったんだけど? どしたの?」

 

 さすが俺の恋人、そこまで読んでらっしゃったか。だが悲しいかな、一手足りんよ。

 

「将来の義弟だ。ここは俺も大人になろうと思ったのさ」

 

 突如サキの顔が爆発。もう真っ赤になる。

 

 あら、とユキノにしては珍しいにやけ顔になる。

 

「いまのはプロポーズかしらね?」

 

 当然だ、と言いたいところだが、プロポーズはちゃんとする。しかるべき年齢になり安定した収入を得てからだ。

 

 あ、あうぅとサキは呻くだけで、まともに言葉を発せていない。

 

 楽しそうにユキノが続ける。こいつ、表情が豊かになったな。

 

「現実は年齢のことや生活があるからともかく、この中でならいいんじゃないかしら?」

 

 ん? どういうことだ?

 

「結婚システムがあるじゃない。どうかしら?」

 

「け、けけ、結婚!?」

 

 サキがまたしても爆発してらっしゃる。今日は爆弾投下が多いようだ。

 

 かく言う俺は、

 

「そういやあったなそんなシステム。なんだっけ、ストレージが全部一緒になるんだっけか?」

 

「そう聞いているわ。実際にしているのは現実で夫婦の人だったり、付き合っている方が多いそうなのだけれど。ふたりならいいんじゃないかと思うわよ?」

 

 ふふふ、と口許に手をあてたユキノが笑う。

 

 おー。その発想はなかった。ストレージの中身なんざいつも見せ合ってるし、特に困ることなどない。してしまおう。五十層をクリアしたら盛大に結婚式とかやりたい。

 

「よし、決めた。サキ、今度プロポーズするからな。覚悟しておいてくれ」

 

「う、うぅー……うん」

 

 恥ずかしそうにしながらも、サキが嬉しそうに頷く。

 

「式をするなら私も呼んでね。かならず駆けつけるわ」

 

「当然だ。呼ばねえわけねえだろ。そうだ、キリトとアスナたちも一緒にやってもいいかもな」

 

「あら、それは楽しそうね。ふたりの花嫁姿が見られるなんて、素敵だわ」

 

 そんなところで、サキが料理を運んでくる。俺もユキノも配膳を手伝い、テーブルにサキの手料理を並べていく。さて、冷めないうちに頂くとしよう。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 一週間かけて対人戦闘訓練、対竜戦闘訓練を行ったところで、ようやく偵察を行うこととなった。ディアベルにはその旨をメッセージで送り、「気をつけてくれよ」と返事を受ける。

 

 《アルゲート》の転移門に六名全員が集まり、どれも緊張した面持ちで挨拶をする。かくいう俺とサキだけは、げんなりとした顔なのだが……。だってまたアレだよアレ。やだなあ、帰りたいなあ。

 

 そんな顔をしていると、クラインが絡んでくる。

 

「ま、おめえらのその顔を見ると安心するわ。今日もしっかり頼むぜえ!」

 

 エギルもこれに加わる。

 

「そうだな。ふたりで龍を倒したんだ。俺たち全員なら大丈夫だろう」

 

 他二名も頷き、俺とサキも仕方なしに頷いてみせる。経験者は俺たち二人だけなのだ。今日は精々先導してやろう。

 

 全員匂い袋を装備し、いざフィールドへ。

 

 竜に遭遇することもなく、担当である最北端の竜の巣窟へ向かう。どうやらこの巣窟は、迷宮区を中心として東西南北に置かれているようだ。一回アルゴらが迷宮区へ偵察へ向かったらしいが、結界らしきものが張られていて踏み込めないのだそうだ。

 

 この話をユキノにしたとき、どうも四聖獣みたいねと言っていたことを思い出す。

 

 ユキペディアさん曰く、「東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北は玄武」だそうだ。

 

 実際南は赤龍であるから関係ないかもしれないが、一応色はあっている。とすると、玄武だから黒? それとも亀っぽいから緑かな?

 

 まあ、今日は偵察任務だから出現したら速攻で逃げればいい、あとは遠巻きに眺めるだけだ。逃げれるかな? 逃げれるよね……。やだなあ、帰りたいなあ。

 

 迷宮区を迂回しながら、ごつごつとした山岳地帯を歩いていく。何回か休憩を挟むと、盆地のように崖に囲まれた広いフィールドが見えてくる。

 

 そこで、ふと違和感を感じた。他の面々も同じようで、どやどやと騒ぎ始めている。

 

 遠くで何かが渦巻いているのだ。そう、まるでそれは竜巻のようで……。

 

「くっそ、《聖龍連合》か!」

 

 俺が呟く。マジで行きやがったようだ。でも待てよ? 《聖龍連合》が戦ってくれるなら俺ら何もしなくていいんじゃね? やった、ありがとうリンド!

 

「一応様子見だけでもしとこうぜ。さすがにここで帰って翌日死んでました、じゃ目覚めわりぃだろ」

 

 クラインの発言により俺の計画がおじゃんになる。おのれクライン……。

 

 だが、クラインの言も一理ある。なんだかんだ言ってあそこも巨大ギルドだ。サキをいち早く現実へ帰還させるためにも、有力ギルドの主力を失うわけにはいかない。

 

「んじゃ、見に行きますか」

 

 俺の掛け声と共に全員が走り出す。

 

 戦線状況を確認するためだったのだが、状況は最悪の一言に尽きた。フィールド内には竜巻が四本荒れ狂い、あちこちで岩の破裂音が聞こえる。フィールド内は阿鼻叫喚の地獄絵図といったところで、《聖龍連合》のメンバーが逃げ回っている。

 

 敵を見る。やはり予想通りの緑龍で、姿形はほぼ赤龍と同じ。ただ、赤龍は地面と平行するように浮いていたが、緑龍は地面と垂直に、まるで天へと昇るように浮いている。その狂眼が光るたび、姿を消した竜巻が再び現れる。巨大な口を僅かに開き、大きく息を吸った途端、岩の破裂音。空気の圧縮弾か! 透明だから見えねえぞ!

 

 しかたねえな、と口の中で呟いて俺が足を進める。サキもそれに続き、遅れてクラインらが続く。

 

「やつらを救出するぞ。逃げられれば御の字。無理なら緑龍を殺る。いいな?」

 

 俺の声に、全員が答える。

 

「おう!」

 

 その言葉と共に全員が疾走。俺は真っ直ぐにリンドの下へ、サキとエギルは緑龍へタゲ取りに、クラインらは他のメンバーの下へ向かった。

 

 土埃を上げながら荒れ狂う竜巻を迂回し、透明な空気弾を音で予測して避ける。リンドが殆どHPバーを失った状態で逃げまわっている姿を発見。懐から回復結晶を取り出しリンドへ投げる。

 

「使え!」

 

 リンドが俺に気づき、結晶を受け取り回復する。リンドの前に俺がたどり着く。

 

「引け! お前らに勝てる相手じゃない!」

 

「ふざけるな! まだ戦える!」

 

 リンドの怒声。こいつは現実を前にしてまだ分からないのか? 死に掛けてんだぞ。夢見てんじゃねえよ。

 

「いいから仲間引き連れて引け! 俺たちがタゲ取りしてるからさっさと消えろ!」

 

「うるさい! お前は黙っていろ!」

 

 叫ぶように言って、リンドが緑龍へと走り出す。クソ。だから嫌なんだよ頑固者は。

 

 クラインらの姿を捜す。クラインと他二名は、一人一人説得しているようだ。ひとりは逃がせたようだが、まだ見えるだけでリンドを含め五人残っている。六名編成で来ているのであれば、まだ誰も死んではいない。それだけが救いだ。

 

 俺も走り出す。サキとエギルだけではタゲ取りが不安だ。攻撃タイプが赤龍と違うせいでこの前の方法は使えない、というか使いたくもない。

 

 俺はサキの下へ行く。救出はクラインたちに任せる。

 

 空気弾が連発して向かってくる。殆ど見えないも同然だが、空気を圧縮しているせいか風景がやや歪んで見えるのだ。これならば十分避けられる。そのまま風となって疾走し、サキの下へたどり着く。サキとエギルは、起立したままの龍の尾に向かって必死に攻撃を当てている。だが、タゲが移らない。一体なぜ……。

 

 しかし、リンドがたどり着いた途端、緑龍の視線がこちらに向く。再び大口が開く。口腔に収束した風。この位置はヤバイ。

 

 咄嗟に回避を選択するが間に合わない。

 

 豪風が吹き荒れる。俺とサキ、エギルにリンドがフィールドの端まで一気に吹っ飛ばされる。カマイタチが紛れ込んでいるのか、全身に赤い傷エフェクトが無数に走る。HPバーが一気に削れ、レッドゾーンすれすれまで割り込む。《デスブリンガー》の能力によりダメージを緩和しているはずがこの威力。装備前なら確実にいまので死んでいた。

 

 起き上がってすぐさま全員の安否を確認。皆HPバーが赤くなっていたが生きている。すぐさま回復結晶で全快。皆も同じように回復する。だが、リンドだけが膝をついたままだった。こいつのアイテムは既に使いきられているのだ。

 

 俺は叫ぶ。

 

「リンド、いいから引け! 死にたいのか!」

 

 フィールドではまだ《聖龍連合》が逃げ回っている。クラインたちも必死になっているが、なかなか仲間を連れ出せない。説得にも時間が掛かっているようだ。

 

 まずい、早く折れろ! 折れてくれ!

 

 だが、リンドもまた叫ぶ。

 

「こいつは俺たちの獲物だ! 横から殴っておいて何を言いやがる!」

 

「助けてやったのにその台詞はないねえ」

 

 ドスの利いたサキの声。そのご尊顔を拝めると、やはり怒っていらっしゃる。しかしリンドも引かない。

 

「救助など求めてはいない!」

 

「あ、そ」

 

 サキがつまらなそうに告げる。構えた槍を回して肩に担ぎ、緑龍を指差す。

 

「じゃ、やれば? で、死ねばいいんじゃない? 仲間たちと一緒に」

 

「お、おい!」

 

 エギルが止めようとするが、俺が抑える。サキは現実を教えているのだ。ここでリンドを甘やかすのは間違っている。

 

 みな忘れている。ここでは人が本当に死ぬのだ。ドロップアイテム目当てで死ぬなんざクソ食らえだ。

 

「さあ、早くいきなよ? ブルってんの? 情けない。早く行きなって。仲間たちが泣いてるよ? ほら、どうしたの? 早く、早く、早く!」

 

 サキが煽る。

 

 リンドの顔面が蒼白になる。

 

 サキが皮肉をこめて笑う。

 

「行けって言ってんでしょ。あたしらは帰るよ。あんたらが自分らでやるって言ったんだしね。あーあ、明日の新聞が楽しみだねえ。一面はこうかな? 《聖龍連合》緑龍へ挑み全滅。独りよがりの成れの果てってね。ああ、愉快愉快。明日が楽しみだ。期待してるよ。だから――」

 

 最後にサキがダメ押しの一言。

 

「死んでこい」

 

 遂に、リンドが両手を地面につけた。地面にはぽたぽたと涙が落ちている。

 

 女にここまで言われ、何も言い返せない自分が情けないのか、それとも龍に太刀打ちできなかったことが悔しいのかは分からない。だが、遂にリンドは折れた。サキが折ったのだ。

 

「わ、悪かった……助けてくれ!」

 

 身を絞るようにリンドが言う。

 

 サキがようやく普通に笑う。槍を回し、構え直す。

 

「その言葉が聞きたかったんだよ。素直になりな」

 

 ……怖えぇ、サキ怖えぇよ! 怒らせるとああなるの? 俺だったら自殺もんだぞ。絶対怒らせるのやめよう。

 

 エギルを見ると、同じようにドン引きしていた。俺のカミさんより怖ぇとか言ってるし。

 

 だが、リンドから謝罪と救助の言葉を引き出したのは満点だ。やっぱり愛してるぜサキ。お前は最高の女だ!

 

「よし、行くぞ!」

 

 俺の掛け声で三人が進む。まずはクラインの下へ。

 

「クライン! リンドが撤退を呑んだ! 逃げるぞ!」

 

「おう! 分かった任せろ! タゲを頼む!」

 

 クラインの返事。俺たちはまっすぐに緑龍へ再び挑む。

 

 俺たちが緑龍の攻撃圏内に入ると、竜巻が消え、攻撃が止む。

 

 緑龍が突然の咆哮。蛇のようにとぐろを巻くと、一気に俺たちに向かって突進。三人はそれをそれぞれ回避。俺はひげ面に短剣を斬りつける。さすがに龍だけあってHPバーの削りは短い。だが、以前より遥かに威力は高い。

 

 俺とサキが両脇で併走して龍に連撃を食らわせていく。遅れてエギルも戦斧を手に龍に一撃を加える。

 

 緑龍の憤怒の咆哮。再び上昇すると共に、その狂眼を俺たちへ向ける。タゲが完全に俺たちに移ったのだ。

 

 狂眼が光る。竜巻の合図。

 

 周囲に風が集まり轟音と共に回転を開始。神の指とも称される竜巻が四本発生。俺たちは巻き込まれまいと必死になって逃げ回る。

 

 緑龍の口が開く。空気弾が弾雨となって俺たちを襲う。

 

「うらぁぁぁ!」

 

 怒声と共にエギルが戦斧を振り回し空気弾を弾く!

 

 霧散した空気が荒れ狂うが、ダメージは皆無。すげえエギル、そんなことできるのかよ。

 

「サキ! 空気弾はエギルに任せるぞ!」俺が叫ぶ。

 

「あいよ!」サキの返事。

 

「任せろ!」エギルの力強い声。

 

 三人が前進。先頭をエギル、次に俺、しんがりはサキ。連打される空気弾をエギルがすべてぶった斬っていく。まさに鬼神のごとき活躍だ。今度飯食おうぜ!

 

 サキの射程圏内に入る。サキが構えてソードスキルを発動。神域にまで昇華させた単発系突進スキルをぶちかまし、龍の足に命中!

 

 しかしHPが削れない。

 

 俺も圏内に入り四連撃ソードスキルを見舞うが、全撃入れてもHPが減らない。これはおかしい。絶対にからくりがある。

 

 緑龍を見る。龍の角が鈍く緑色に光っている。緑龍の全身にうっすらとした空気の膜が見えた。

 

おいおい、結界かよ。そんなんあり?

 

「風が守ってやがる! たぶん角が鍵だ! だれか折れるか!?」

 

 言っていることがあまりにも無茶なのは自覚している。なにせ全長十メートルを超える龍が真っ直ぐに起立している状態なのだ。どうやってそこまで行けばいい。

 

 サキもエギルも苦悶の表情。サキの槍を見る。ダメだ、全然届かない。エギルを見る。視線が戦斧に移り、はっとする。

 

「エギル、俺をそいつで飛ばせ、三秒後だ!」

 

「なにぃ!?」

 

 エギルが混乱しているが知らん。俺は一秒後にエギルに向かって跳躍。ようやくエギルが悟ったか、戦斧を振りかぶり、平らな部分を思い切り俺の足に叩きつける!

 

 大跳躍。緑龍の頭部を超えて俺が飛翔する。

 

 緑龍の狂眼に驚愕。驚け、これが人間様の力だ!

 

 落下と共にソードスキルを発動! 強烈な二連撃スキルが緑龍の二本の角に命中!

 

 が、折れない。まだ足りないか。俺は宙で反転し、絶叫。

 

「エギル――!」

 

「任せっろおおおおおお!」

 

 エギルが再び戦斧を振りかぶり、落ちてきた俺を再度ぶち飛ばす。今度はさっきよりも高い。すれ違いざま緑龍と眼が合う。

 

「よう、また会ったな緑龍」

 

 ソードスキルを発動! 今度は四連撃をぶち込んでやる! 折れろ! 折れちまえ!

 

 鈍い破壊音と共に、遂に緑龍の角を叩き割る!

 

 俺は再度宙で反転して地面に降り立つ。緑龍を纏っていた風の膜が消えている。

 

「いまだ、ぶちかませ!」

 

 サキが獰猛に笑った。ソードスキルではない、純粋な槍技で眼にも留まらぬ連続攻撃を見舞う。円運動によって生み出された強大な力が、緑龍のHPバーを一気に削っていく。俺もそれに加わる。伊達に暗殺者と言われちゃいねえんだよ。サキに続いて短剣とナイフで緑龍を削っていく。エギルも加わり、三人で緑龍を取り囲んでフルボッコだ!

 

 しかし、これで緑龍も終わるわけではない。HPバーがレッドゾーンに入ったところで、緑龍が一気に上昇。もはや手のつけられない距離まで飛ばれてしまう。おい、卑怯だぞ! 降りて来い!

 

 轟! と今までで一番強大な緑龍の咆哮。

 

 フィールド全体に直径二メートルほどの半透明の球体が無数に生まれる。なんだ、なにが起きてる?

 

 俺もサキも反射的にさけるが、エギルが間に合わない。左手が球体に巻き込まれると同時、エギルの腕が内側から弾ける。

 

「What’s!?」

 

 エギルが驚愕。俺もサキも訳が分からない。

 

 球体は五秒ほどで消えていくが、次々と現れる。緑龍はまだ空にいる。いまは逃げ続けるしかない。原理は分からないが、あの球に触れると強制的に部位破壊されるらしい。直撃したら即死じゃねえか。だからなんでこんな難易度高けぇんだよここはよお!

 

「クライン! 絶対に球体に触れるな! はじけ飛ぶぞ!」

 

 付近に近づいてきていたクラインに警告。クラインも生まれた球体から飛びずさって回避。

 

 逃げる逃げる。球体から逃げ回る。

 

「エギル! HPは!?」

 

「まだ大丈夫だ!」

 

 くそ、どうせ大気のなんちゃら現象だろ。もうちょっと理系勉強しとけばよかった!

 

 五分、されど長い五分の間、俺たちは逃げ続けた。俺もサキもクラインも、かわしきれず腕を何回か破壊されたが、なんとか生きている。エギルは一度足をやられたが、瞬時に回復結晶を使い、足が再生するまでの間転がってこれを避けた。

 

 緑龍の狂眼から光が消え、ゆっくりと降りてくる。

 

 おい、いい加減覚悟はできてるだろうな。こっちは死ぬ思いして待ってたんだからな。さっさと死ね、今すぐ死ね、骨まで残さず殺してやるよ!

 

 遂に、緑龍が俺たちの眼前に降り立つ。

 

「行くぞ!」俺が叫ぶ。

 

「おう!」エギルとクラインの返事。

 

「あいよ!」愛しいサキの声。

 

 四人が一斉に緑龍へと畳み掛ける。エギルが空気弾を弾き、俺とサキとクラインが緑龍の僅かなHPを削っていく。

 

 緑龍の大口が巨大に開く。ブレスの前触れだ。やらせるかよ!

 

「サキ! エギル! ぶちかませ!」

 

「あいよ!」

 

 俺の言葉を受け、サキがエギルへ跳躍。エギルが今度はサキを吹き飛ばす。もう二度とやるかと思ったが、仕方がねえ。こっちもHPが限界なんだよ! ブレスなんぞ受けてらんねぇ!

 

 サキが急上昇しながら槍を緑龍の顎下から頭までを貫通! 更にそのままの勢いで突進したことで緑龍の口が強制的に閉じられる。

 

 さあ、これで終わりだ。

 

 サキが槍から手を離す。

 

 緑龍の全身から亀裂が走る。緑龍の眼には驚愕と混乱。

 

 膨大な気圧に耐え切れず、緑龍の頭が破裂! 連鎖的に頭から尾までが破裂していき、最後は硝子の結晶となって砕け散った。

 

 これを見るのも二度目だな。今度はサキにやらせる羽目になるとは……。

 

 降りてきたサキを俺が受け止める。サキが生きていることが嬉しくて、思わずふたりが見ているのにも関わらずキスしてしまった。

 

「すまんサキ。危ないことやらせちまった」

 

 サキが首を振る。

 

「あの状態じゃ槍の私じゃなきゃ間に合わなかった。当然の判断だよ。それに、この前はあんたがやったし、今度はあたしだよ」

 

 そう言って、サキがキスしてくる。俺も受け止め、しばらくそのままに。

 

 お、おっほん、とクラインの咳払いが聞こえ、俺たちは顔を離す。やべぇ、超恥ずかしい。エギルは大人だからか、微笑ましいものを見たかのような表情。

 

「倒したな。さすがだふたりとも」

 

 エギルが俺たちの肩を叩く。クラインも「へっ!」と鼻をすすりながら笑った。

 

「実際エギルがいなかったらヤバかった。助かったぜホント」

 

「気にするな。あれだけ活躍できれば十分だ! お前達には負けるよ」

 

 大人らしい控えめな対応。さすがだぜエギル。やだ、格好いい。

 

 さて、と俺とサキが立ち上がる。サキが緑龍が消えた場所を見る。槍は無残にも中心がぽっきりと折れ、穂先は無残にも消えていた。やっぱりか……。

 

「サキ、LAボーナスは槍か?」

 

「ん、見てみるよ」

 

 あまり落ち込んだ様子もなくサキがウインドウを操作する。サキがウインドウを滑らせ、俺たちにも見えるようにしてくれる。

 

「こ、これは……」とクライン。

 

「すごいな。まさにサキさんにぴったりだ」エギルが驚き顔。

 

 そこに表示されていたのは、翡翠色の美しい槍。銘は《ヴァルキュリヤ》で、ステータスはやはり、尋常じゃない。まさに戦乙女に相応しい槍だ。

 

 しかし、当の本人は平然とした顔で、

 

「どうする? 売る?」

 

 とか言い出す始末だ。全員唖然とする。

 

 サキも困惑したように言う。

 

「え、だって四人で倒したんだし、分配しないと」

 

 いやいやいや、と俺たちは顔を横に振る。なんなのこの子、いい人過ぎでしょ。さっきのリンドへの煽り具合とのギャップがすごい。

 

「ぜひサキさんが使ってください! というか俺今回たいして何もしてないんで!」

 

 クラインが頭を下げる。

 

「オレはいい経験ができた。鍛錬もしてもらった。経験値もコルも得た。これだけで十分だ」

 

 エギルが男気溢れる笑顔でサムズアップ。

 

「サキが使え。みんなこう言ってくれてるし」

 

 俺は当然サキに使ってほしい。絶対似合う。

 

 そう、とサキが言ってストレージから《ヴァルキュリヤ》を取り出す。陽光に輝く翡翠の槍の感触を確かめるように何度か回し、石鎚を地面に突きたてる。その姿は、まるで戦乙女そのものだった。

 

 その後、サキは滅多に見せない薄紅色をした睡蓮の笑顔を俺たちへ向けた。

 

「ありがと」

 

 ぐはっ、という声がふたつ。クラインとエギルだ。俺はもう慣れている。

 

 嘘だ。ホントは悶えたい。

 

「こ、これは……ハチが惚れるのも分かる」

 

「いい子を彼女にしたな、ハチマン」

 

 クラインとエギルがそれぞれ感慨深そうに俺の肩を叩く。当たり前だろ。サキは最高の女だ。

 

 さあ、凱旋をしよう。ディアベルが報告を待っている。俺たちは三度転移結晶を使って《アルゲート》へ戻った。

 

 最近転移結晶使い過ぎだな。金持つかな……。

 

 

 

 

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