ソードアート・オンライン Youth in Aincrad 作:ユーカリの木
遂にこの日がやってきた。
午前九時半、俺は部屋の中で武器の最終点検を行っていた。投げナイフの残量を確認し、《デスブリンガー》の耐久値が最大になっていることも目視しておく。回復ポーションに結晶の数もストレージに入るだけ納めた。
あとは気合を入れるだけだ。リビングにいたサキが入ってくる。同じく点検をしていたのだろう、青を基調とした完全武装の格好で俺の傍による。
「キスして」
サキが瞼を閉じてねだる。俺は無言で唇を重ねた。
「もう一度して」
再びのキス。
「ん、ありがと」
サキが俺の手を取る。俺もサキの柔らかい手をぎゅっと握った。温もりと共に僅かな震えが伝わってくる。
「まああれだ、なんだかんだ言ってもフロアボスじゃねえんだ。死にはしないだろ」
「そうだね」
サキが俯く。やはり緊張しているのだろう。肩に頭を預けてサキが言う。
「ねえ、一応さ。願い事しない?」
「願い事?」
「そう、ちゃんと無事に帰ってこれたら、お互いに相手に好きなことをする」
言葉の意味が捉えられず、俺は問い返してしまう。
「あー、どゆこと?」
だから、とサキがもじもじとする。あ、これ聞かないほうがいいんじゃないかな俺。嫌な予感がするぞ。
「えっちぃこと」
やっぱそれかー。俺気づいてたわー。なんか似たようなやりとりこの前したもんなー。
「その問いに対する解は言った気がするんだけど?」
一応理性全開で答える。俺の理性ちゃん、がんばれ! もうひと踏ん張りだよ!
「そういう、ことじゃなくてさ」
真っ赤にした顔でサキが続ける。やはりもじもじと、だけど真剣に。
「この身体、好きにして……いいとか、そういう、あれ……」
頭がぷっつんした。俺いま、理性ちゃんがノックアウトされた音が聞こえたよ。
思わずサキを抱きしめる。思い切り抱きしめる。
サキの慌てる声。
「ちょ、いまじゃ、なくて……」
ああちくしょう。可愛いな。絶対死なせたくない。それだけもう一度確認できれば、俺はきっと頑張れる。
「サキ、お前は俺が守る。絶対に死なせない」
俺の真剣な声にサキの動揺が止まる。背に腕が回される、互いに抱きしめ合う。
「ん、あんたもあたしが守るよ。だから大丈夫だね」
互いに離れる。ふたりで噴出す。フィールドボスでこれでなら、フロアボスのときは一体どうなることやら。
「それじゃ、行こうか」
サキが手を差し出す。俺はそれを掴み、二人で家を出る。
五十層主街区《アルゲート》の前には、地龍討伐隊の面々が集まっていた。俺たちの姿を見つけて声をかけてきたのはキリトだ。
「よう、朝から腐った目してるなハチ。眼球取り替えて水晶玉にしたらどうだ?」
酷い言い草だ。まるでキリトじゃなく、かつてのユキノを相手にしているようだ。絶対にこいつ昨日の俺とユキノの影響を受けてやがる。
「お前……昨日のこと根に持ってるだろ」
当たり前だ! とキリトが怒る。しかしすぐに表情を普段の装いに戻す。
「まあ、これくらいやらないとちょっとさ」
キリトも緊張しているのだろう。かつてない強さを誇った四体のフィールドボス。その主である最後のフィールドボスがどれだけ強いかは、想像もつかない。フロアボスのことは知らん。後で考える。
「ハチくん、サキさん、おはよう」
キリトの影から出てきたアスナが笑いかけてくる。笑みはやはりどこかぎこちない。サキも気づいたのだろう。一歩足を踏み出す。
「おはようアスナ。こっちきな」
サキが手招きしてアスナを呼ぶ。近寄ってきたアスナをサキが抱きしめる。まるで妹にでもするように頭を撫でた。
「大丈夫、あたしたちなら大丈夫」
「うん、ありがとう、サキさん」
離れたアスナがいつものように微笑んだ。
「よう、結構そろってるな」
この野太い声はエギルだった。まったく、朝から頭が眩しいぜ。
「エギルか、今日は頼むな」
キリトがエギルに声をかける。
「おう、お前も頼むぜ《黒の剣士》様」
「なっ、だからやめろってそういうの!」
あれれー、おっかしいぞー。俺がニヤニヤと笑う。
前はそういうのノリノリだったくせに。俺がさんざん馬鹿にしたからだろう、軽度の厨二病から抜け出したようだ。実にいい傾向だ。俺も昔の俺を殴りたいときがあるしな。
そうこうしている内に、ディアベルとクラインもやって来る。
これでうちのパーティは全員揃ったことになる。クラインは別だけど。
クライン側のパーティはというと、どうやら血盟騎士団団長が出てきたようだ。
二十代半ばの学者然とした、細面の顔立ち。額の上には鉄灰色の前髪が流れている。長身で痩せ気味の身体。ゆったりとした真紅のローブに包まれており、まるで魔術師のような装いだ。これが防御力抜群と言われる剣士様なのだから驚きだ。
アスナから話は聞いてはいたものの、実際に目にするのはボス戦くらいだから、直接言葉をかわしたことはない。
そんな団長ヒースクリフが、俺のもとにやってくる。なぜに?
「やあ、ハチマン君。こうして君と話すのは初めてかな?」
「ああ、そうだろうな。俺は基本人見知りなんでな」
ふっ、とヒースクリフの口許が緩む。
「なるほど、アスナ君に聞いていた通りだ。君は信頼に足る人物以外は一線を引いているようだね」
「普通そうなんじゃねえの? 誰だって話したことないやつと腹割って話さねえだろ」
確かに、と頷いたヒースクリフだったが、
「まあ、そんな話をしにきたわけではないよ。こちらのパーティは私がリーダーを勤めさせて頂くこととなった。そちらは君かな?」
「やるわけねえだろ。そういうのはディアベルの仕事だ」
「そうかな? 私には君にも適正があると思うのだがね?」
「さてな。俺はお前やディアベルみたいにカリスマ性はなくてな。基本集団の中じゃ一歩後ろを歩く性質なんだよ」
「ふふ、そうかい? 君と会話ができて楽しかったよ、では」
軽く微笑んだヒースクリフがディアベルの下へ行く。なんなんだあいつは。苦手なタイプだな。人を透かしてみるような奴は好きではない。
嫌な目にあったと思っていると、丁度リンドと目があった。相変わらず俺を見るとしかめっ面をしやがる嫌な野郎だ。
けっ、と思いながら視線を逸らす。サキが手を握ってきた。どうやら顔に出ていたらしい。俺も握り返す。暖かい感触が心を落ち着かせる。
ようやくあちらのパーティも全員が集まったようだ。
ヒースクリフが一歩前に出る。今回は彼が仕切るようだ。ディアベルでいいじゃねえか。まあ、アスナがいるギルドだから許すか。
「諸君。地龍討伐協力に感謝する。今回の敵はフィールドボスだが、諸君も察している通り並のフロアボス並、もしくはそれ以上に厄介な相手であろう。しかし、我々ならば勝利できると信じている。では参ろう」
固い挨拶だ。やっぱディアベルの方がいいじゃねえか。あれ、俺こんなにディアベル好きだったっけ? おかしいな。
ヒースクリフたちに続き、俺たちも歩み始める。
山岳地帯を抜け、結界が施されていた中央地帯へ向かう。匂い袋のお陰だろう、敵と遭遇することもなく、難なくフィールドを抜けていく。
道中、あちらのパーティに会話はない。誰も彼もが緊張しているのだ。
もちろん、こちらのパーティは関係ない。適当に雑談させてもらう。
「キリト、LAボーナスは任せる。だからブレスに突っ込んでいけよ」
「おいハチ。それは俺を殺したいのか?」
キリトが突っかかってくる。おいおい、昨今問題のキレる若者かね君は。
「そんなこと考えてるわけねーだろ。俺とサキがやりたくねえんだ。消去法でお前しかいねえだろ。だから頑張って死んでこい《黒の剣士》様」
「言ってることが酷い認識ないだろお前!」
もうキリトは激オコぷんぷん丸だ。いまからそんなに気力使って大丈夫? お兄さん心配だよ。
「あはは、向こうはあんなに緊張してるのに、こっちはハチくんがいるから賑やかだね」
アスナも笑いながら会話に加わってくる。
「あれだけ昨日騒いだのにまだ足りないのか? まったく、若さってのはいいねえ」
エギルが苦笑している。だが、今朝に見えた緊張は見受けられない。馬鹿会話も馬鹿にしたものじゃない。
「ハチマンは相変わらずだね。口から生まれてきたんじゃないかい?」
ディアベルも参加してくる。おおう、俺に喧嘩を売る気か? いい度胸じゃねえか。
「おうディアベル。お前いつも洗濯されてるのか? 相変わらず性格真っ白だな。羨ましいぜ」
「今日もハチマン節は冴えてるな。ユキノさんがいなくてよかった」
昨日を思い出しているのか、ディアベルの目が遠くを見ている。あまり思い出すのはやめよう。俺も胸が痛い。そういや、昨日なにかを誓った気がするな。なんだろう。忘れた。
「ハチマン、もしかして緊張してる?」
サキが顔を寄せて耳打ちしてくる。やはり気づかれていたらしい。脳内会話を表に出している今日は、結構やばい。
少しな、と返す。
サキは少しだけ歩む速度を緩め、最後尾まで俺を導いていく。アスナが何かを悟ったのか、ぷりぷりしているキリトの背を押す。ごめんねキリト、ちょっと当たっちゃったよ。
「サキ、どうしたんだよ」
「キスしよ」
言ったと同時に口を塞がれる。蕩けそうな感触に脳が痺れた。一気に緊張が溶ける。やはりサキには適わない。
「ん、まだする?」
「したいところだけど、クラインがちらちら見てるからやめとく」
大分距離離れてるはずなのによく気づくなクライン。いい奴だからきっと彼女できるよ。
「それじゃ戻ろっか」
再びサキが俺の手を引いて集団の中心へ行く。
「サキさんにいいことされたか?」
キリトがにやつきながら言ってくる。バレてたか。隣を見るとアスナが微笑んでいる。
「まあな。さっきはすまんな」
「いいさ、慣れてる。いつも通りだろ?」
そう言ってキリトは笑った。
「まえもあんな風にやりあったよな」
思い出す。確かサキ絡みで俺のアイデンティティが破壊されていたときだ。タバスコとフォークを持ってキリトと戦ったのは面白い思い出だ。なにやってんのあのときの俺……。
「その節は迷惑かけたな」
「いいさ。面白かったしな」
「キリト、お前は緊張とかしねえの?」
「ハチがいるからな。大丈夫だよ」
おっと、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
「キリトがデレたか。デレトって呼んでいい?」
「今日は妙にハイテンションだなハチ。またサキさんにいいことされて来たらどうだ?」
苦笑ぎみにキリトが言う。確かに、今日はちょっとおかしいかもしれない。さすがに三体目の龍となるとかなりげんなりしているのだ。
サキをちらりと見る。サキはアスナと会話に花を咲かせているようだ。ディアベルもエギルとなにやら話をしている。
向こうとは大違いだな。だからクライン、あんまりこっちを見るなよ。リンドがちょっと不貞腐れてるぞ。
「哀れだなクラインの奴……」
キリトが心底可哀相な人を見る目でクラインを眺める。
「それは分かるが、言ってやるな。どうせ耐えられなくてすぐこっちに来る」
それはすぐに現実となった。クラインが徐々に歩みを遅らせているのだ。おい、ちょっと露骨過ぎない?
遂に俺たちがクラインに追いつく。どんだけ鈍足なんだよお前。
「ハチぃ、キリトぉ、向こう無言でつれえよぉ」クラインの嘆き声。
「しょうがないだろ。恨むならディアベルを恨め」と俺がディアベルに投げる。
「し、仕方なかったんだ。パーティの都合上、うちは軽装備多いんだからさ」
ディアベルがクラインへ釈明している。その内ただの会話となり、六人パーティが七人パーティになってしまった。おいおい、いいのかよこれ。
ふいに、視線を感じた。ヒースクリフがこちらを見ているのだ。俺を一瞥すると、口許に笑みを浮かべていた。
なんだよ、と思いを込めて睨み返すが、笑みしか返って来ない。以心伝心をする仲じゃないからか、何がしたいのか良くわからない。
まあいいや、無視だ無視。
しばらく歩いていると、迷宮区を囲うように崖が切り立っている場所が見えてくる。幅約五十メートルで、奥行きは大体二百メートルくらいか? まあ、アホみたいな広範囲攻撃を仕掛けてきそうだから、部隊としては精々二パーティが限度か。
ヒースクリフを先頭にし、俺たちは崖と崖の間へと入っていく。中腹まで差し掛かったところで、迷宮区の上空から何かが落ちてきた。
咆哮。
焦茶色をした地龍が遂にその姿を現した。やはり見た目はほぼ他の龍と同じだが、背にはコウモリのような翼が一対生えている。そして何より、その巨大さは圧巻だ。他の龍の二倍以上はある。早速帰りたくなってきた……。
「総員、戦闘準備!」
ヒースクリフの鋭い叫びが全員の動揺をぶち破る。俺の右手に構えた《デスブリンガー》が煌々と輝いている。どうだ、奴の血が欲しいか? とか言っている場合ではない。
地龍が竜巻のようにうねり上がり、急降下。俺たちに向かって飛翔してくる。
即座にパーティごとに散会。巨体が俺たちのすぐ傍を通り抜ける。それだけで尋常ではない風が吹き荒れ、俺たちの身体を吹き飛ばす!
地龍はそのまま方向転換。地面に足を落ち着けたかと思うと、俺たちに向かって再度憤怒の咆哮!
「かかれ――!」
ヒースクリフの声が響く。怒声を上げて全員が地龍に殺到する。俺たちも地龍へ向けて疾走を開始。俺は圧倒的な俊敏力で先頭へと抜け出し、地龍へ突進系単発スキルをぶち込む! 奴のHPバーは三本。全然削れていない!
単発スキルで削れない以上、下手な隙ができる大技は避けたい。
舌打ちしつつ自力での連続攻撃に切り替える。遅れてサキが到着し、俺の姿を見てスキル攻撃から通常攻撃に変更。遠心力を乗せた鋭い槍の一撃が地龍を斬り裂く。さすがにこれには堪らず地龍が大口を開ける。
ようやくキリトとアスナが到着し、他の者も続々とやって来る。
さあ、本格的な戦闘開始だ!
遂に憤怒の炎が地龍の瞳に着火。地龍の口が開かれ、光が迸る。情報にあった水晶の円錐攻撃! 朝空に煌きながら襲い掛かるその様はまさに流星群に相応しい。
俺は完全に見切ってかわしまくる。サキも同様に避けながらも、槍を回して弾いていく。全員が龍のただの一撃で逃げ惑っている。ヒースクリフはただ盾を掲げているだけだ。なんつー防御力だよ。
水晶の攻撃が止む。龍の上体が捻り始める。
マズイ! あの巨体で尾での横薙ぎをするつもりだ!
「全員跳べ!」
俺が叫ぶ。全員が瞬時に反応。高速で振りぬかれた尾を全員が完璧なタイミングで跳んで避ける。さすが攻略組の精鋭。やるじゃねえか。
巨体が身体を戻す間に、全員が一斉に攻撃を再開。徐々に地龍のHPを削っていく。
しかし、一本も削れぬまま地龍が上昇を開始。あっという間に崖の頂点まで浮き上がると、大気を震わせるような雄叫びを上げた。
翼が広がる。情報にあった地震を発生させる羽ばたきが大きく行われる。直後、地面に震動。下から突き上げるような衝撃に俺たちがその場でうずくまる。
再びの龍の口が開き、羽ばたいたまま円錐攻撃。おいおい、これは即死コンボじゃねえか!
サキが地面を転がりながら俺の下へ来て、空へ向けて槍を回しまくる。円錐の殆どを捌くが、何本かが身体に突き刺さる。他の者たちも武器を振り回すが、俺たちのHPバーが容赦なく削られていく。
一分もない、たかが三十秒程度の攻撃で、俺たちほぼ全員が瀕死状態。即座に結晶で回復。俺もサキのお陰でHPは問題ないが、POTで回復。
羽ばたきが止む。地龍の口腔に赤い輝き。
「ブレス攻撃! 散会!」
ヒースクリフによる叫びで全員が左右に逃げる。直後、俺たちが居た場所へ向け、猛烈な熱波と共に溶岩が勢いよく噴射!
真っ赤に燃える熔けたマグマが荒れ狂う!
俺たちは必死になって逃げ回る。ダメージは無いが輻射熱により身体が燃えるように熱い。周囲は灼熱地獄と化し、もはやマップの三分の一以上はブレス攻撃の範囲となっていた。あまりにも厄介だ。
地龍は依然として降りてこない。チキン野郎め、さっさと降りて来いよ。
マップを分断するブレス攻撃の後、今度は地龍が甲高い声を張り上げる。まるで超音波のようなそれに全員が耳を塞ぐ。俺とサキも耳を傷める苦痛に喘ぐ。直後、視界に違和感を感じた。崖に何かが走っている。
亀裂だ。
おい、こんなの情報にねえぞ。なに偵察してんだ!
崖に入った亀裂が縦横無尽に駆け巡り、俺たちの頭上に岩を降らす。大きさは確かに一メートルか二メートルほどだが、超音波攻撃で落ちてくるとは聞いてねえ。
だが、動くならば今しかない!
超音波が止むと同時に俺が叫ぶ!
「お前ら行くぞ!」
俺はそのまま全力で跳躍、エギルとディアベル以外が俺と同じように跳ぶ。俺は岩の側面に足をつけ、更に次の岩へ向けて跳んでいく!
そう、よく漫画であるあれだ。落ちてくる岩を跳んで登っていくアレだ。それを実践しようというのだ。まじ狂ってる。誰だよ考えたの。俺だよちくしょうが!
俺とサキ、キリトにアスナが跳んでいく。ぶっつけ本番なのに全員が空を駆けていく!
岩を跳ぶごとに無駄に緊張が走り、しかしやめるわけにもいかず無我夢中で駆け抜ける!
そして俺たちは遂に崖まで登りきった。
四人全員だ。
逆に向こうのパーティは全員が失敗したようで、逃げ惑っている。
というか、よくできたなこれ。マジで死ぬかと思った。二度とやりたくねえ。
地龍が俺たちの存在を捕捉。瞬時に俺たちへ向けて突進を繰り出す!
「飛び乗るぞ!」
もはやこれしか方法は無い、というか瞬時に考え付くか!
掛け声もなく全員同時に跳躍。鱗に覆われた地龍に着地すると同時にしがみつく。急に俺たちを見失った地龍が空を高速移動しているのだ。全員が必死に鱗にしがみつき遠心力と慣性に耐え続ける。
やがて、地龍がフィールドの真ん中で止まる。俺たちを探すのを諦めたか、地上へ向けて円錐攻撃を開始した。よし、今が好機!
全員無言で見合わせ頷く。俺とサキが右翼、キリトとアスナが左翼へ向けて風となって走る!
思い思いに全力のソードスキルを翼の根元へ叩き込む! 叩き込む! これでもかとぶち込んでやる!
地龍のHPバーが削れると同時、奴の翼の耐久値も減っていく。ようやく地龍が俺たちの存在を察知。すぐさま高速移動を開始!
急な動きについていけず、俺たちはそのまま空に放り出される。くそ! 間に合わなかったか!
宙でサキと目が合う。サキの瞳は死んでいない!
サキが《ヴァルキュリヤ》振りかぶる。俺との距離は約槍一本分。
心の中で全力でサキへ叫ぶ。
――やれ!
――あいよ!
サキの声が聞こえた気がして、靴底に衝撃!
エギルがやったように、サキが槍の穂先を俺へぶち当てる!
俺は弾丸となって飛翔。再び地龍と邂逅する。思わず「無様」と笑いながら飛び乗り、地龍の背を走る、走る!
両翼の中央で回転しながら斬りまくる。
堕ちろ! 堕ちろ! 堕ちろ! 堕ちて亡びろ!
遂に翼の耐久値が限界を超える。翼が結晶となって霧散。龍が苦痛の雄たけびを上げながら地面へと落下を開始。俺は地面へ激突寸前で地龍から跳び降りる。
轟音!
遂に地龍を地面に落としたのだ。土埃の中、全員が喜びの絶叫。
俺は地面に転がりながらサキを探す。すぐ傍にはサキがいて俺の腕を掴む。抱きしめてキスしたくなるが我慢。
一拍の静寂。
土埃が晴れ、地に落ちた龍と俺たちが再び対峙する。
地龍が咆哮! 俺たちも吠えながら地龍へと殺到。
やりたい放題やりやがって、さっさと殺してやる!
俺たちによる猛攻が地龍のHPバーを削っていく。地龍も水晶攻撃で応戦。しかし、伊達に俺たちも何度も受けてはいない。地に落ちた場所からの攻撃なんぞ、空からに比べれば幾分避けやすい。放射上に広がるそれらを、横に思い切り逃げて避ける。
斬って斬って斬りまくる。
地龍の口腔に鈍い光が混じる。さすがにこれは皆逃走を選択!
地龍による溶岩ブレスがフィールドの三分の一を灼熱地獄に変える。ひとり逃げ遅れたが、HPバーがレッドゾーンに割り込んだだけで死んでいない。行ける、行けるぞ!
俺とサキ、キリトにアスナが先頭で連続攻撃をぶちかます!
さあ、さっさと堕ちろ! 堕ちて死ね!
突如、地龍の角が白く輝く。周囲に鈍い音が響く。
くそ、今度も結界か!?
否、水晶だ。水晶が地面から生えてくる。鋭利な円錐形をした水晶が、俺たちの足元から次々と成長していく。初見攻撃はさすがに逃げる。逃走だ。
地龍を中心として半径二十メートル圏内が水晶フィールドに変化。今回は突然の出来事に何人かが水晶の攻撃をもろに受けていた。だがまだ死んでいない。
再び地龍による円錐型水晶攻撃。だが、水晶フィールドのお陰で壁ができた俺たちは、水晶の影に隠れる。それだけで攻撃が回避できるのだからありがたい。なに、こいつ馬鹿なの?
なんて、思っていられたのは今だけだった。
突如横倒れになっていた地龍が立ち上がり、壮絶な咆哮!
地龍の前足が開き、何かを圧縮するように閉じられた。
約十メートル上空になにやら黒い物体が都合四つ現れる。俺たちを囲むようにだ。
また新しい攻撃だ。周囲の風景が歪んで見える。まるで空気が集まっているかのように収束を始める。嫌な予感。壮絶な嫌な予感。こういう予感は当たると昔から相場が決まっている。
「全員! 地面に武器を突きたてしゃがみ込め!」
ヒースクリフの怒声が走る。やはり奴も同意見か。
黒球が一気に拡大。直径一メートルほどの大きさになると、遂にその攻撃が開始される。武器にしがみ付いたはずの俺たちの身体が浮かび上がる。大気が、いや、空間が歪み、黒球に引き込まれていく。
重力だ。まさにブラックホールが眼前にできている。
重力波の地獄が産声をあげた。凄まじい力で俺たちを引っ張ろうとしてくる。俺たちは必死になって武器にしがみ付く。足が完全に浮かびあがり、全員が逆立ちのような状態になる。誰も彼もSAOで初めて見る攻撃に驚愕しながらも、だが手は離さない!
HPバーを見る。僅かだが減少を開始している。近くにいるだけでこれか! 悪魔かよこの攻撃。巻き込まれたら終わりだ。
確か、重力は……くそ、だから理系は苦手だっつってんだろ。なんでいつも俺の苦手分野で攻撃してくるんだよ。もっと国語とかで来いよ!
隣でサキが俺を見ながら呻く。
「重力は、距離の、二乗に……反比例……して、力が、弱まるんだよ!」
「こんな、ときに……よく解説できる、な!」
「あんたが、知りたそうな……顔してたから、ね!」
俺とサキが軽口を叩きあう。そんなことをしてないと死にそうだ。身体が引き千切られそうで痛すぎる。おい、SAOってあんま痛くないんじゃないの! 茅場の嘘つき!
HPバーがイエローゾーンに突入、そろそろ止まってくれねえの? このままだと死ぬんだけど……!
全員の顔に焦燥。だが武器は放さない、死んでも離さない。あのヒースクリフすら俺たちと同じように苦悶の表情を浮かべている。
遂に重力波が止まる。俺たちの身体が地に落ちる。やっぱり地面っていいよね。地面大好き。思わずキスしたくなっちまう。
全員が即座に回復、地獄の重力攻撃を食らう前に速攻で片をつけてやる!
地龍へ全員で一斉攻撃。
HPバーが一気に削られていき、奴もレッドゾーンへ突入。
地龍が力尽きるように倒れ込む。
これ以上新しい攻撃はやめてくれよと願いつつ、俺とサキが地龍の両サイドへ肉薄。遅れてキリトとアスナ、ヒースクリフもこれに続く。俺とサキが自前の連続攻撃をぶちかましながら攻撃を開始。ヒースクリフが地龍の顔面に盾を叩きつける!
アスナは顔面に連続攻撃をぶちこみ、キリトが飛翔。地龍の背に剣を突き刺す!
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!」
普段上げない雄叫びを発し、キリトがそのまま疾走。奴を両断する勢いで走る走る。俺もサキも両サイドを滅多斬りにしていく!
俺たちが尾までたどり着き振り向いたところで、地龍が前足を力なく上げ、再び重力攻撃の構え。もう勘弁してくれ!
「キリト! 男ならなんとかしろ!」俺の絶叫
「なんとかしてやる!」キリトの頼もしい返事。
キリトが反転して疾走。再び雄叫びを上げて一瞬で地龍の頭まで到達。地龍が腕を握るその寸前、キリトが回転しながら地龍の両腕を切断!
そのままキリトとアスナが渾身の一撃を地龍の鼻面へ向け叩き込む!
地龍が苦悶の表情を浮かべて、遂にその身体が硝子となって砕け散った!
しばしの静寂。
そして、鬨の声が上がった。