ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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そして、囚人は邪竜と戯れる 6

「それじゃあ、地龍討伐を祝して、乾杯!」

 

 ディアベルの音頭と共に、全員が杯を合わせる。

 

 地龍討伐の後、《アルゲート》に戻った後、一度解散になった。その後、俺たち仲間内だけで集まり、祝勝会を開いたのだ。当然、ユキノも参加している。アルゴも当然参加だ。

 

 集まった場所は当然サキと俺の家だ。もうここなんかの会場になっちゃったの? 俺たちの愛の巣なんだけど。参ったなあ、でもちょっと嬉しい。

 

 早速赤ら顔になったクラインがキリトに絡む。こいつ空気に酔うの本当に早いな。びっくりするわ。

 

「で、キリトよぉ、LAボーナスはどうだったンだよ。仲間内だったら言っても構わねぇだろお?」

 

 キリトが引きつった笑い。どうやらアホほど凶悪な武器らしい。確かに気になる。俺も絡みに行こう。

 

「おう、キリト。キリキリ吐けよ」

 

「そうだよキリト君。絶対に私が貰ったと思ったのに! ずるいよ!」

 

 アスナもぷんぷんと頬を膨らませてる。可愛いじゃねえか。まあ、俺はサキに首っ丈だけどな!

 

 おそるおそる、と言うようにキリトがウインドウを開き、俺たちの前まで滑らせる。全員がそれを見て驚愕。おお、俺の《デスブリンガー》やサキの《ヴァルキュリヤ》まで超えるか。すげえなこれ。

 

 銘は《エリュシデータ》であり、ブラックオパールもかくやの美しい漆黒の剣だった。やはりなかなかの化物性能だ。

 

「ごめんアスナ。レイピアじゃなかった」

 

 キリトが頭を下げる。どうやらレイピアじゃなかったのが相当気になっているらしい。それは仕方がないだろう。

 

 アスナも怒ってはいないようで、微笑みながらキリトの手に自分のそれを重ねていた。愛いねえ愛いねえと、クラインがはやし立てる。

 

「それにしても、ハチマンの計画が見事に嵌ったね。四人が駆け上っていくのはさすがに圧巻だったよ」

 

 今回地味ながらも実は活躍していたらしいディアベルが、俺の肩を叩く。実際俺も余裕がなくてサキたち三人以外を殆ど意識できていなかったのだ。

 

「まあな、二度とやりたくねえ。あれはフィクションだから出来ることだと実感したわ。現実でやる奴はいねえよ」

 

「実際やってたじゃないか」

 

 ディアベルが笑う。うるせえ。今度お前がやってみろよ、と思うがやめておく。口は災いの元だ。

 

「でも良かったわ。あなたたちが全員無事で」

 

 ユキノがやって来る。ディアベルの口が一瞬ひくついた。大丈夫だから、もうあんなことしねえよ。

 

「ディアベルさんも、無事でよかった」

 

 美しい微笑みを湛えてユキノがディアベルに向く。一瞬面食らったディアベルの頬が次第に赤くなっていく。あれ? この反応は……あれかな?

 

 俺はそっとディアベルに近づき耳打ちする。

 

「ユキノは難攻不落だぞ。好きになるなら相当な覚悟をしておけ。だがもし本気なら、相談に乗ってやる」

 

 ディアベルは目だけで頷く。

 

 おいユキノ。お前にももしかしたら春が来るかもしれないぞ。ディアベルはいい奴だ。きっと気が合うと思う。

 

 それから、ディアベルとユキノが仲良く会話を始める。俺はそろそろと抜け出す。邪魔しちゃ悪いしな。

 

 雰囲気にあてられたのか、急にサキに触れたくなって探すと、部屋の隅っこでのんびりと腰を落ち着けている。少し疲れたのだろうか。

 

「サキ、大丈夫か?」

 

「ん、大丈夫。ちょっとここからみんなを眺めていたくてね」

 

 優しい眼差しでリビングを見渡している。

 

 ディアベルとユキノが楽しそうに会話をし、キリトとアスナ、アルゴにクライン、エギルが馬鹿馬鹿しい会話を繰り広げている。

 

 賑やかで、楽しい空気が部屋の中に広がっている。まるで楽しさが身体に満ち溢れるようで、幸せだった。

 

「仲間っていいね」

 

 サキが愛おしそうに言う。俺もそれに頷いて返す。

 

 かつてぼっちだった俺たちが、こうして多くの仲間と一緒に杯を交し合っている。何度行ってもこの幸せは慣れそうにない。心が浮ついて、サキの手を握る。サキも握り返してきて、我慢できずに触れるだけのキスをした。

 

 ちゃっかりと見ていたユキノが、微笑んでウインクしてくる。俺たちも軽く手を振ってやる。あいつも楽しそうだ。ディアベルを気に入ったのだろうか。もしそうなら、俺は嬉しく思う。

 

 俺たちが好きなやつらが好き同士になるのは、とても喜ばしいことだ。

 

「ユキノ、ディアベルに惚れるかな?」

 

 サキが俺の肩に頭を預けて言う。

 

「さてな。分からんけど、そうなれば良いと思う」

 

「そうだね。ディアベルもユキノも、あたしは好きだな」

 

「俺もだ」

 

 サキもこうやって感情を表に出すことが多くなった。たぶん、俺もだろう。

 

 ふと、俺たちの前に影がさした。

 

「おう、二人きりのところ悪いが邪魔させてくれ」

 

 エギルが疲れた顔でやってきた。どうしたんだと訊くと、

 

「あいつら若すぎる。あのノリはちっとばっか疲れたよ」

 

 俺の隣にどさりと座ったエギルが、大人らしい苦笑を浮かべて言う。

 

 俺もサキも笑った。エギルなら邪魔じゃない。

 

「気にすんな。俺もサキもお前となら話したいしな」

 

「悪いな。お前達は普段大人らしい対応してくれるから、オレも結構楽に話せるんだよ」

 

「たまにハチマンがまぜっかえすけどね」

 

 サキも会話に加わり笑いを誘う。

 

「にしても、ようやくここまで来たな」とエギル。

 

「あとはフロアボスだ。さすがに出ないわけにはいかないが、戦いたくねえ」俺がぼやく。

 

「ほんとにね。きっとあいつらより強いんだろ」サキも少しげんなり顔だ。

 

 三人でため息が揃う。面白くて三人で笑う。なんか大人の雰囲気だ。エギルが混じるだけでこんな感じになるんだな。

 

 お、とエギルがあることに気づく。どうやらディアベルとユキノを見ているようだ。相変わらずユキノは楽しそうにしていて、ディアベルは時折顔が赤くなっているが、やはりこちらも嬉しそうだ。

 

「あいつら、良い雰囲気だな。青春を感じるよ」

 

 エギルが昔を思い出すように言う。

 

「俺からすれば、姉を嫁に出す気分だがな」

 

「あたしも、姉を嫁に出す気分だよ」

 

 俺たちの言葉にエギルが笑う。

 

「おまえらはユキノさんの姉弟かよ」

 

 まったくだ。なんだか最近そんな感じなのだから仕方がない。友人、というよりは親友を飛び越えている気がする。なんなら姉弟でも良い。ユキノも丸くなったし、良い奴だしな。

 

「なあ、お前らは絶対に生き残れよ。いや、ここにいる全員もそうだ」

 

 エギルが真面目な顔をして言う。

 

「本当はオレたち大人が前に出てやらなきゃならないことを、お前達に押し付けている。オレもなんとか食らいついてはいるが、いつか限界が来るかもしれない。そうしたら、お前たちと肩を並べて戦うことができなくなるかもしれない」

 

 エギルがつらそうに言う。俺もサキもエギルの言葉を聞き、少し泣きそうになる。

 

 お前が責任を感じるなんて必要は無い。これは出来る者がやればいい。大人だから、子どもだからではないのだ。そう言いたいのに、エギルの声がそれを止める。

 

「だから、お願いだ。無茶をするな。決して死んだりするな。俺も生きる。だからお前達も生きて、生きて……」

 

 嗚咽するようにエギルが願いを口にする。

 

「どうか、現実で会おう。オレはお前たちと出会えたこの奇跡に感謝する」

 

 俺は頷く。サキは泣いていた。

 

「ああ、必ず。現実で会おう、エギル」

 

「あたしも……エギルと会うために死なないよ」

 

 ああ、ああ、とエギルが泣いて俺たちを抱きしめる。大人の力強い抱擁が俺たちを包み込む。やっぱり、エギルが居ると安心する。こいつと知り合いになれてよかった。

 

 だからここに集う全員と出会えた奇跡に、いまは感謝を捧げよう。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 地龍討伐から、攻略組は勢いを増して火山地帯である迷宮区を攻略していった。まさかの僅か二日という期間で五十層という難所を進めていき、遂にボス部屋の前まで到達した。

 

 さすがに偵察もすぐには行わず、会議に会議を重ねて行われることとなる。その間、アルゴ率いる情報部隊がフィールドへ展開し、再度情報を収集。他の攻略組の面々は、己の力を高めるためにひたすらレベル上げに邁進していった。

 

 皆が皆、二度目のクォーターポイントでのボス戦攻略のために動き出している中、俺たちは……。

 

「ハチぃぃいいい!」

 

 キリトの怒号が響く。黒剣《エリュシデータ》が勢いよく縦に振りぬかれた。俺はそれを真正面に受けずに斜めに受け、攻撃を流す。流れたキリトの身体に《デスブリンガー》を滑りこませるが、驚異的な反射神経でキリトがこれを避ける。

 

 左からの横薙ぎ。両の首筋へと流れた三連撃をすべて流し、俺は一度体勢を立て直す。こいつもできるようになってきたなあ。

 

 そんなことを思いつつ、案の定突進してきたキリトの突きを半身で避ける。遠心力を加えた一撃を首筋へぶち込むが、それをキリトが背に回した剣で受け止めやがる。あっれー、クラインには通用したんだけどなあ。だめじゃねえか龍巻閃。

 

 筋力パラメータを全開にしたキリトが短剣を弾き、振り向きざま剣で足を払う。予想していた俺は攻撃を悠々と跳んでかわし、頭上からキリトの頭部を狙う!

 

 と見せかけて屈んでからの腹部への突きへと移行。

 

 さすがにキリトもそれは読めなかったか、剣を上段に備えた状態で止まっていた。

 

 俺の短剣が既にキリトの腹に刺さっていたのだ。

 

「よし、これで俺の十連勝だな」

 

 短剣を抜いて軽く投げる。くるくると回って落ちるそれを俺は掴んだ。

 

 キリトが剣を地面に刺して膝を着く。悔しそうに地面に拳を打ちつけていた。

 

 そう、今日俺たちは対人戦闘の訓練を朝から行っていたのだ。俺たちだけではない、背後ではサキとエギルが互いに武器を打ちつけ合っている。以前は一方的だった試合も、今日はエギルもそこそこ頑張っているようだ。特に、サキの三連突きの初撃を避けたのは驚いた。まあ、二撃目は貰ってたけど。頑張れエギル!

 

 更に端ではディアベルとクラインが次の出番を待っていた。アスナはギルドの用事があると言って、残念なことに来ていない。最近あいつも急がしそうだな。やっぱソロ最強だな。なにも縛りがないから楽だし。

 

「な、なんで勝てないんだ……」

 

 キリトが呟くように嘆く。さすがに十連敗は応えたのだろう。俺もそろそろアドバイスくらいしても良さそうか。

 

「お前は反射神経に頼りすぎなんだよ。だから奇策で来られるとすぐにつまずく。もちっと考えろ」

 

「考えるって、何を?」

 

「相手の動きだ。ここはゲームだが、基本的に物理法則を反していない。なら、人間の身体の動きもこれに縛られるわけだ。関節の稼動域、体勢とか。あとは敵の心理状態だな。どう動こうとしているのか、何をしようとしているのか。これらは必ず身体の初動に出るから、見極めて反応する。ここら辺を考えて、あとはひたすら肉体の詰め将棋だ」

 

 どこかで読んだ漫画の知識をひけらかす。あの剣鬼格好良いよなあ。単分子刀とか俺も欲しい。超斬れそう。

 

 なるほど、とキリトは呟いている。なまじ剣道をかじり、反射神経が良すぎるため思考するということがなかったのだろう。いい機会だ。よく考えるといい。

 

 そろそろ交代だとキリトへ伝え、俺は修練場の隅へ行く。なぜだろう、すみっこにいるとすごく安心できるんだ。ぼっちの名残かな。

 

 代わりにディアベルとクラインが出てきて二人が対峙する。

 

 キリトと並んでふたりの対決を観戦。俺は途中から疲れてきて、空をぼんやりと眺めていた。

 

 対決が終わったのか、隣にサキがやって来る。エギルは死にそうな顔をしているが、その顔はどこか晴れやかだった。良い成果があったのだろう。

 

「そっちはどうだった?」

 

 サキが俺とキリトに訊いてくる。息がまったく上がっていない。さすがだなサキ。

 

「俺の十連敗……」

 

 俺の代わりにキリトが答える。声は落ち込んでいたが、未来に通じるような声でもあった。サキが口許に笑みを浮かべる。

 

「収穫はあったみたいだね」

 

「まあね。ハチの説教で俺が考え無しだってことがよくわかった」

 

 あれ説教なのか……。諭してたつもりなんだけどなあ。最近の若者はよく分からん。

 

「あんたも随分と立派になったねえ」

 

 サキが俺の脇腹を指で突いてくる。ちょ、そこくすぐったいからやめて!

 

「ここに来て二日目からほぼ毎日お前とやってるからな。そりゃ色々考えるだろ。負けたくねえし」

 

「それもそうだね」

 

 サキが昔を想起するように表情を和らげる。

 

 で、と俺はエギルを見る。

 

「そっちはどうだ?」

 

「多少進歩したぜ」

 

 エギルがサムズアップ。そいつはよかった。下手に落ち込まなきゃなんでもいい。技術もそうだが、要は自信がつけられればいいのだ。

 

 五十層のボスなんぞ軽く捻ってやるという自信が、きっとなによりも必要だ。それにはレベルだけでは足りない。自分にはこんなことができるんだという、圧倒的な過去の経験と自信が必要だと俺は考えている。

 

 まあ、それでここまで生きてきてるしなあ。

 

 剣戟の音が止む。どうやら一回目の決着が着いたようだ。

 

 そろりと目をやると、ディアベルが項垂れていた。おっと、今回はクラインが勝ったのか。あいつも成長速度速いなあ。やっぱ自力抜刀術がかなり強いらしい。初見で反応できたのは俺とサキとキリト。そして防御できたのは俺だけだったようだ。

 

 よし、俺強い! 自信持っちゃうぞー! 

 

 サキにはフルボッコにされるんだけどね……。

 

「んじゃ、キリト。あたしとやろうか?」

 

 サキがキリトを誘う。キリトは力強く頷いて、ふたりで歩いていく。キリト、頑張れよと心の中で応援しておく。本当は彼女を応援したいが、たまには男同士の友情を優先してもいいだろう。

 

「昨日は変なこと言っちまったな」

 

 エギルが恥ずかしそうに頭を掻いていった。俺は頭を振る。

 

「構わねえよ。あれだ、仲間だしな」

 

 そうか……とエギルが感慨深く呟く。

 

「あのハチマンにそこまで言われるほど、俺も信頼されたってことか?」

 

 ちょっと、そういうこと真顔で言うのやめてくれる! まだそういうの慣れてないの! ハチマン恥ずかしい!

 

「命預けりゃそうなるだろ」

 

 なるべく平然を装って答える。口許は少しにやついてるかもしれない。

 

「ハチマン、何かあったらオレにも相談してくれ。こう見えても大人だからな」

 

 エギルがその厚い胸板に拳を打ち付けて男らしい笑みを浮かべた。

 

 おう、と俺は頷き、ふたりでサキとキリトの試合を見る。ディアベルとクラインは終わったようで、こちらに戻ってきていた。

 

 ふたりも声は出さずにサキとキリトの戦いを見ている。

 

 キリトもどうやら戦闘に思考を混じらせたようだ。いままでのような感覚から出される攻撃はまだあるが、随所に思考を費やした跡が見受けられる。サキもちょっと苦戦しているようだ。長い間打ち合っていたが、結局サキの虚実を交えた連撃によってキリトは敗れた。

 

 しかし、落ち込んではおらず、何かを垣間見たような男らしい笑みを浮かべていた。

 

 さて、俺も随分と休んだし、誰かとやるかね。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 一体幾度目というのか、《アルゲート》会議場で、攻略会議が行われることとなった。当然議題は五十層フロアボスについてだ。

 

 もはや恒例となったディアベルの挨拶の後、ガイドブックに沿って議題を進めていく。

 

「情報部隊と偵察隊からの情報から、今回のフロアボスは邪龍《フイヤン・ロン》であることが判明した。地龍を越えるほどの巨大な龍で、見た目は八つの目が特徴のようだ。基本的に炎による攻撃が主体なようだが、あまりにも強力な攻撃すぎて、殆ど偵察が出来ていない状態だ!」

 

 会議場がざわめく。偵察部隊がろくに偵察できない。それ程に今回のフロアボスが強力であるということだ。俺もさすがに動揺を隠せない。

 

「分かっている情報を整理しよう。まずフロアは火山フィールドで、あちこちに巨大な岩石が転がっている。また、フィールドの端はマグマで囲まれており、恐らくだが落ちると一発でHPがゼロになるはずだ。気をつけよう!

 

 次に《フイヤン・ロン》の攻撃特徴だが、先に話したとおり火炎放射のようなブレスを連射してくるようだ。それだけで殆どHPを削られたようで、これ以上は不明だ」

 

 つまり、当たればほぼ即死の攻撃を連発してくるようだ。マジ行きたくねえ。帰りたいよお。

 

 俺の懊悩など露と知らず、ディアベルが続けていく。

 

「次は情報部隊からの情報だ。やはりブレスは二種類あるようで、ひとつは先に話した通りだ。ふたつめは、ハチマンらが倒した赤龍すらも圧倒するブレスの可能性が高い。情報の詳細はガイドブックを熟読してくれ!」

 

 既に全員ガイドブックを読んでいるのだろう、無言でディアベルに続きを促す。

 

「恐らく、他にも強力な攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。HPがレッドゾーンになってからの厄介さは、他の龍で皆経験しているはずだ! みんな、気を引き締めよう!」

 

 ディアベルの一括するような大声で、全員の表情により一層濃い真剣さが灯る。こいつもいい加減慣れてきたよな、こういうの。

 

「では最後に、攻略部隊の編成を行う!」

 

 またぞろいつものように各ギルド長が集まって会議を行う。その間、俺たちにしては珍しく無言を貫いていた。

 

 三十分ほどで編成が終わり、会議は解散となった。

 

 俺は、サキ、キリト、アスナ、エギル、クラインと組むこととなった。ディアベルは《ブレイブ・ウォーリア》を、《風林火山》は副長がそれぞれ率いることになっている。KOBはもちろんヒースクリフだ。

 

 会議も終わり、いつものようにクラインが俺たちの家で飲み会だと騒いでいるところで、ディアベルがやって来た。

 

「ハチマン、ちょっといいかい?」

 

 なんだよ、と言ってふたりで集団から離れる。ちらりとサキを見ると、心配で駆けつけていたユキノから真面目な表情で話しかけられている姿を見つける。

 

 しばらく歩いたところで、ディアベルが立ち止まる。俺は不思議に思って訊く。

 

「で、改まってなんだよ」

 

「今日、少し時間をくれないかい? 大事な相談があるんだ」

 

 いままでに見たことの無い、緊張混じりの固い表情で言われ、俺は頷くことしかできない。一体どうしたというのか。なんか嫌な予感しかしないぞ。

 

 どうやらサキもユキノから時間を作って欲しいと言われたようで、今回の祭りはそれぞれで行うこととなった。キリトとアスナも今日はふたりで消えるようだ。悲しそうなクラインをエギルとアルゴが慰めている。悪いな、たまにはこういうのもいいだろう。

 

 ディアベルと一緒に《アルゲート》を歩く。どこに行くのかと思いきや、そのままディアベルが住んでいる部屋まで連れて行かれた。え、なに? まさか俺、襲われる? やだ、海老名さんが喜んじゃう!

 

 という展開になるはずもなく、リビングに通された俺はテーブルを挟んでディアベルと向かい合う。

 

 ウインドウを開いたディアベルが訊いてくる。

 

「なにか飲むかい?」

 

「いや、自前のマッ缶があるからそれにするわ。真剣な話なら、糖分が欲しいし」

 

 これゲームだろ、とディアベルがようやく表情を和らげる。が、すぐに表情が硬くなる。どうやらよほど言いにくいことなのか、会話の切り口を探しているようだ。さっきから口を開いたり閉じたりとなかなかに忙しい。

 

 俺は何も言わず、ストレージからマッ缶を取り出してじっくりと待つ。焦る必要もないだろう。

 

 やがて、ディアベルが口を開いた。

 

「俺は、ユキノさんが好きだ……」

 

 だろうな。予感はしていた。そんな話だろうと。告白の手伝いでもして欲しいとか、なにかユキノが好みそうなものを教えて欲しいだとか、そういうものかと思っていたのだ。

 

 だがこの展開、何かがよくない。大変よろしくない。非常に嫌な予感がする。こういうときの予感は外れないってハチマン知ってる!

 

「おい、ディアベル。その先を言うな。どうせアレなんだろ。だから言ってくれるな」

 

 俺の動揺をよそに、ディアベルが口を開く。

 

「いいから聞いてくれ。真剣なんだ。だから、俺……」

 

 やめろ。お願いだから言わないでくれ。

 

「俺、五十層のフロアボスを倒したら、ユキノさんに告白する!」

 

 言って……しまった。

 

 死亡フラグが立ってしまった。

 

 項垂れそうになる。本気で俯きそうになる。だって、ディアベル死ぬとか考えたくない。

 

 しかし、こいつも本気だ。

 

 恥ずかしそうにしながらも目は凛と光り、表情には真摯が篭っている。ならば、俺もそれ相応に応える必要はある。

 

 まあ、いちいち細かいことを気にしていてもしょうがない。

 

 一度小さく息を吐く。

 

「それで、俺にどうしてほしい?」

 

 ディアベルが首を振る。そうじゃないんだと言って。

 

「ただ、決意表明をしたかったんだ。君にだけには言っておきたかった。男女なのに親友という間柄である君にだけには、絶対に言っておきたかったんだ」

 

 それに、と付け加える。

 

「オレもハチマンとこういう会話をしたかったんだ。オレは君のことを親友だと思っているからね」

 

 ディアベルの言葉が胸を突いた。奥歯を強く噛んで、熱くなった目をそらす。こいつ……嬉しいことを言ってくれやがるな。まったく、泣いちゃうぞ俺。

 

「まあ、あれだ、俺も……そんな感じだ」

 

 あはは、とディアベルが笑う。緊張の解けた自然な笑みだ。

 

「まったく、ハチマンは捻デレだなあ」

 

「だからそれ言うなって。小町思い出して泣くぞ!」

 

 ったく、調子に乗りやがって。まあ、話を戻そう。ユキノのことだったな。

 

「本気だってのは分かった。だが、あいつはまあ……ちと家庭が特殊でな。結構難しい」

 

 ディアベルが首肯する。

 

「聞いているよ。雪ノ下建設の令嬢なんだってね。聞いたときは驚いたよ」

 

 ユキノのやつ、そこまで話したのか。随分と心を許しているな。これは意外と脈ありかもしれないな。

 

「それもあるが、もうひとつ。上に姉がいてな、これがなかなかの厄介な妹好きで、よく俺にちょっかいかけてきたんだよ。それも攻略しなきゃならんぞ?」

 

「なんとかする。俺は本気だ」

 

 そうか、と俺は呟く。あの人、敵に回したくないなあ。でもディアベルが本気だというなら、俺も全力を尽くそう。

 

「わかったよ。何かあれば言ってくれ、俺も力になる」

 

「ありがとう、ハチマン。ところで、彼女は何が好きなんだい? そこだけは恥ずかしがってなかなか教えてくれなくてね。できれば知っておきたいんだ」

 

 ああ、あいつの好きなものね。ふたつしかないじゃん。

 

「猫」

 

「猫?」

 

「そうだ、あいつは猫大好きフリスキーだ。だから猫に関するグッズをプレゼントすれば喜ぶぞ。あとはパンさんだな。あいつパンさんグッズに情熱を傾けてるからな」

 

「ディスティニーのやつだね。俺も結構好きだよあれ。原作も読んだし」

 

 お、こいつあいつと話合いそうじゃんか。

 

「ならそれを切り口にしろ。まあ、いきなり告白なら関係ないかもしれんが」

 

「いや、参考になったよ。ありがとう」

 

 ディアベルが頭を下げる。こいつは、本当に真っ白な奴だな。もうホワイトとか名乗っちゃっていいんじゃないの?

 

「まあ、サキのときは迷惑かけたみたいだしな。それ込みで、相談にでも話にでも付き合ってやるよ」

 

 ディアベルと俺との会話は一時間以上続いた。俺とユキノの関係を語り、いらないことまで話した気がする。他言はしないと言ってくれてはいたが、ユキノにバレたら俺が殺されそうだ。まあ、いまのあいつならそんなことはしないだろうが。

 

 さて、そろそろ夕食時だ。俺は席を立ち上がる。

 

「俺はそろそろ帰って飯食うが、お前もどうだ?」

 

「いや、止めておくよ。さすがに決戦前夜にお邪魔したくないからね。だからオレは誘ってみるよ」

 

 そうか。格好いいよお前。俺にはなかなか出来なかったことを、こいつはいとも簡単にやろうとしている。いや、違う。少しだが、表情が強張っている。きっと明日のこともユキノのことも、不安で仕方が無いのだろう。誰だって未知は怖い。知らないということは怖いことだから。誰もが未知を探求し、既知へと変えていく。そして世界はできあがっていくのだ。

 

「お前なら大丈夫だ。俺が保障する。ディアベル、お前はいい男だよ」

 

 自然と口にできた。以前の俺なら決して言えない言葉をすんなりと声に出せた。これは俺自身驚いた。だが、ディアベルはもっと驚いたようで、少し目じりに涙が浮かんでいた。

 

「ありがとう。ハチマンにそんな風に言ってもらえて、オレすげえ嬉しい!」

 

 泣くなよ。まだ勝負前なんだから。お前、これから難攻不落の壁にぶち当たるんだぞ。これくらいで泣いてどうする。

 

「んじゃ、俺は行くよ。結果がどうあれ、何かあったら連絡してこい。何もなくても構わないから、またこうして話そう」

 

 それだけ言って、俺はディアベルの家を出た。

 

 夜になった《アルゲート》の街を一人歩く。のんびりと、ディアベルとの会話を思い出しながら。

 

 いつも人と話すたびに思う。俺は成長しているのだろうかと。恋人ができた。孤独体質は改善された。親友ができた。そいつらとなら、心の内を話すこともできるようになった。

 

 ときどき恩師を思い出す。あの国語教師を。あの人に今であったのなら、一体なんと言ってくれるだろうか。

 

 由比ヶ浜のことも思い出す。あいつともユキノのように仲直りをしたい。叶うのなら、彼女が許してくれるのなら、親友となりたい。

 

 なあ小町。お兄ちゃん、頑張ってるぜ。これでも結構成長したんだ。だから、いつまでも泣くのはやめろ。苦しむのはやめろ。ひとりにさせちまうのは申し訳ないが、お前も前を向いて頑張ってくれ。

 

 夜の街を一人で歩く。転移門まであと少しというところで、ユキノと出会った。

 

「あ、あらハチマンくん。ど、どうしたの? こんなところで」

 

 微妙に声が上ずっている。きっと、ディアベルが頑張った結果がここにある。俺は薄く微笑む。ユキノにばれないように。

 

「散歩だよ。ちっと色々と考えたいことあってな。いまから帰るところだ」

 

 そう、とユキノは安心したように息を吐く。緊張しているのだろうか。もしそれがディアベルを意識してのものなら、好意を抱いてのものなら、俺は心からその恋を応援する。

 

 だけど、まだ声には出さない。きっとこいつはサキに相談したのだろう。決戦を明日に控え、もしかしたら死んでしまうかもしれない彼と、もしかしたら何かを伝えるために。

 

 俺もユキノも、かつては孤独で孤高だった。ここに来てから、人間的には弱くなった。人と人との繋がりが強固になったからだ。

 

 でも、それでいい。

 

 人は独りでは生きていけないのだから。

 

「んじゃ、俺は帰るな。お前も気をつけろよ」

 

「ええ、それじゃあ、おやすみなさい」

 

「おう、おやすみ」

 

 ユキノと別れ、俺はそのままの足で転移門から《ラーヴィン》へ移動し、家に帰る。扉を開けるとサキが待っていた。その顔はどうやら心配顔で、家の中を右往左往と動いていた。俺に気づかないほど考え込んでいるようだ。

 

「よう、どうしたよ」

 

「あ、ハチマン、おかえり」

 

「おう、ただいま。ユキノと話してたのか?」

 

 ちょっと困ったように笑って、ややあってサキが頷く。

 

「うん、まあね」

 

「俺もディアベルに呼ばれた」

 

 え? とサキの目が見開く。

 

「もしかして……」

 

「ま、そういうことだな」

 

 俺はソファーにどかりと腰を下ろす。サキも隣に腰掛け、俺の肩に頭を預けてくる。

 

「そっか、そうなんだね」

 

 具体的な言葉はかわさない。ただ、曖昧な言葉の中でも通じるものはある。

 

 恋はすごい。世界をこんなにも色鮮やかにしてくれる。人を感情を昂ぶらせ、幸せに導いてくれている。それを教えてくれたサキには感謝をしている。

 

 さあ、明日は決戦だ。だから今日はずっと、サキと触れ合っていたいと思う。

 

 なあ、ディアベル。お前の恋も、きっと実ると思う。だから勇気をだせ。すべてを振り絞ってユキノに想いを告げろ。そうすれば明るい未来がきっと待っている。

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