ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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そして、囚人は邪竜と戯れる 8

 死を間近にして意識が加速する。奉仕部に入ったあの瞬間から今この時までを一気に映像が駆け巡る。

 

 そうか、俺は走馬灯を見ているのか。

 

 あらゆるすべてがいま、遅く見えている。

 

 まるで俺だけが加速して、すべての時の流れがゆるやかになっているように。

 

 おいおい、なんの魔法だよこれ。

 

 いつから魔法使いになっちゃったんだ?

 

 厨二病は卒業したと思ったんだけどなあ……。

 

 システム音が鳴っていた気がした。

 

 おいおいこのタイミングかよ。

 

 あと数秒で死ぬぞ俺。

 

 ウィンドウの端には、あるスキルが表示されており、習得するかどうかの選択を迫られている。

 

 そのスキルは――《暗殺者》

 

 あのね、こんなタイミングで出されても困るんですよ。分かる? 俺、いま、死ぬの。オーケイ? ていうかまんま俺のあだ名じゃねえか。嫌味かこれ!?

 

 そんなことを考えていてもシステムは勝手に習得させている。たぶん、俺が無意識にYes選択したのだろう。やだ、俺夢遊病?

 

 次々に現れるウインドウ。その透けた背後には、瞬間後には噴射されそうなフイヤン・ロンの白いブレス。

 

 折角の走馬灯中だ。きっといまなら少しくらい内容を見れるだろう。

 

 System message――パッシヴスキル、《サバイバル・ヘイスト》を習得、起動。

 

 System message――アクティブスキル、《インビジブルアサルト》を習得。

 

 何でもいい、この状況を切り抜けられるなら使ってやる!

 

 ウインドウの描かれた動作の通りに俺も身体を動かす。エフェクトが輝き、初めて使用するスキルが発動する。

 

 《インビジブルアサルト》

 

 同時、フイヤン・ロンのブレスが始動。

 

 俺の視界が白く染まる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「ハチマン!」

 

 あたしは叫んでいた。

 

 あと数十跳躍は離れた場所で、今まさにハチマンが未だ見ぬフイヤン・ロンのブレスの直撃を受けようとしている。

 

 あのハチマンも固まっている。

 

 フイヤン・ロンの両脇には、事態を察知したディアベルとエギルが向かっているが間に合わない。あたしも全力疾走しているのに届かない。

 

 ハチマン、ハチマンハチマンハチマン!

 

 システム音が鳴る。

 

 うるさい! 邪魔だ!

 

 なのにウインドウがあたしの視界を塞ぐ。

 

 邪魔だって言ってんでしょ!

 

 怒りに震えているのに目線が移ってしまい「《戦乙女》のスキルを習得しますか」というメッセージであることを知る。

 

 あたしは無意識に習得を望み、ボタンを押した。

 

 ウインドウが再び現れる。

 

 System message――パッシヴスキル、《神々の威光》を習得、起動。

 

 System message――アクティブスキル、《エインヘリャル》を習得。

 

 ウィンドウに記された動きに導かれるまま、あたしは槍を構えた。

 

 そして――フイヤン・ロンのブレスが放たれる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 そのとき、ディアベルもエギルも目を疑った。

 

 フイヤン・ロンのブレスは放たれた。まるでレーザーのようなその一撃は周囲を焦土と化し、ふたりを十メートルは吹き飛ばした。輻射熱と衝撃波だけで満タンだったHPが半分は減るほどの威力。ハチマンはその直撃を受けたはずだった。

 

 ハチマンの死を覚悟した。もう彼は帰ってこないのだと、信じたくも無い事実を実感してしまった。

 

 だというのになぜ。

 

 なぜハチマンはフイヤン・ロンの傍に立っているのだ。

 

 馴染みのマフラーをたなびかせ、真紅の短剣を握って悠然と立っている。

 

 そしてなぜ、ハチマンを守るように無数の光り輝く翡翠の槍が浮いているのだ。

 

 槍の一撃を受けた邪龍フイヤン・ロンが、僅かだが硬直している。

 

 一体、何が起きている?

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 あぶねえ。なぜか生きてるよ俺!

 

 超ラッキーだ。なにいまのスキル。一瞬過ぎて殆ど実感が湧かないんだけど。

 

 とりあえずまずは逃走の一手だ。

 

 すぐさま周囲に視線を走らせ、再び異常を察知。フイヤン・ロンへ向かって無数の翡翠の槍が殺到しているのだ。まるで魔法だ。というかあんなんありかよ。卑怯じゃねえか。ソードスキルちゃうやん、と思わずキバオウ語になるほど驚愕。

 

 まあいい、いまの俺も多分似たようなもんだ。

 

 とりあえず槍に注意を向けている間に俺は逃げる。人生逃げるが勝ちというではないか。マジで怖かった。ちょっとちびったかもしれない。ハチマンお家帰りたい!

 

 フイヤン・ロンから離れて近くの岩場へと跳躍。そこでサキが苦悶の表情を浮かべ膝を折っている姿を見つける。

 

「サキ!」

 

 俺の声にサキがすぐさま反応。泣きそうになりながらも自制したか、すぐさま俺に並ぶ。ともかく今は状況把握のためにフイヤン・ロンから少しでも離れたい。

 

「何が起きた」

 

「新しいスキルを習得したみたいだよ!」

 

「偶然だな。俺もだ。それで生きてるっぽい!」

 

 ようやくフイヤン・ロンから大分離れ、岩場の影に隠れる。俺とサキは情報を共有することにする。まずは俺だ。

 

「《暗殺者》のスキルを獲得したらしい。とりあえず、《インビジブルアサルト》っていう瞬間移動を二回しながら攻撃するスキルらしい。しかもその最中無敵らしいな」

 

 超厨二性能だ。さすがに笑っちまうわ。誰だよこんな壊れスキル作ったやつ。茅場じゃねえか!

 

 サキが苦笑い。

 

「呆れた性能だね、あたしのもそうだけど……」

 

 サキが周囲に目をやりながら続ける。

 

「あたしのは《戦乙女》。さっきのは《エインヘリャル》で、ストレージにある槍の数だけ、現在装備している槍を実体化して周囲に展開できるらしいよ。で、さっきみたいに動かせるみたい。かなり思考力使うから頭おかしくなりそうだったけどね」

 

 なるほど、それで膝をついてたのか。そっちもそっちで狂った性能どころか、ソードスキルのなんたるかを超越してやがる。これ作った奴やっぱ馬鹿じゃねえの?

 

 なにはともあれひとまずは。

 

「お互い生きててよかった……」

 

 触れ合うだけのキス。

 

 すぐさま離れて戦線を確認。

 

 未だにフイヤン・ロンは暴れ狂っている。

 

 さっきのレーザーブレスを一分間隔で連射してやがるのだ。ありえねえ。凶悪すぎるだろ。

 

 サキと顔を見合わせる。互いに頷きあい、移動を開始する。

 

 俺のパッシヴスキル《サバイバル・ヘイスト》が勝手に起動。一秒ごとに速力と跳躍力が上がり、十秒後に最大値二.五倍になる狂ったスキルだ。敵から一撃をもらうと効力は初期値に戻るが、それまでは持続するなんともサバイバルなスキル。

 

 さすがに全力を出すとサキを置いていってしまうため、意図的に速度を抑えてサキと併走。

 

 フイヤン・ロンの下半身へと到達。そこにはディアベルとエギル、クラインにキリトとアスナが武器を振るっていた。

 

「悪い! 待たせた!」

 

 一言だけ言って俺も攻撃を開始。ひとまずさっきのスキルは使い勝手がよく分からないから一時封印。使い慣れたスキルを使用する。

 

「心配させやがって!」

 

 エギルが泣きそうになりながらもスキルをぶち込む。

 

「話は後だ! 来るぞ!」

 

 ディアベルが叫ぶ。

 

 フイヤン・ロンが、まるで探していたかのように八つ目の狂眼を俺へと向ける。奴の首が急激に伸びる。さすがに俺も反応できない速度。

 

 巨大な大顎が開き、俺をまさに噛み砕かんと襲い掛かる!

 

「やらせるかあああああああああああああ!」

 

 寸前、ディアベルがフイヤン・ロンと俺との間に踊りでる。

 

 おい、なにやってやがる!

 

 フイヤン・ロンがディアベルを大顎に捕らえ攫っていく。

 

 おい、ふざけんな! なんでディアベルを食いやがる! 

 

 待て、待て、待て待て待て待て待ちやがれ!

 

「うるうううおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ディアベルの怒号。

 

 死ぬな、死ぬな、死ぬな死ぬな死ぬな!

 

 お前にはユキノがいるんだよ!

 

 あいつを泣かせるな!

 

 俺たちを悲しませるな!

 

 泣きそうになりながら視線を集中させてディアベルのHPバーを見る。

 

 減っている。

 

 じりじりとあいつの命が減っていく……!

 

 頼むよ神様。

 

 あいつだけは殺さないでくれ――!

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ふいに、違和感に気づく。

 

 HPの減少が遅い。初見で見たときよりも遥かに遅い。

 

 なぜだ?

 

 俺は動揺を殺してフイヤン・ロンの頭を追う。サキも併走。全員もこれに続く。

 

 フイヤン・ロンの頭部を正面に捉えるところまで行く。驚いた。ディアベルが両手両足でフイヤン・ロンの噛み砕きを阻止しているではないか。

 

 あの野郎!

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 ディアベルの怒声が響く。フイヤン・ロンの大顎が閉じていくのを全力で凌いでいるのだ。

 

 早くなんとかしないとディアベルが持たない……!

 

「サキ!」

 

 すぐさまサキが俺の意図を察知。その場に立ち止まり意識を集中するかのように石鎚を地面に叩きつける。

 

 フイヤン・ロンの頭部はもはや俺たちが届く距離ではないほどの高さまで上昇している。ならば、もはや頼れるのはサキの新たなスキル《エンヘリャル》だけだ。

 

 サキの周囲に都合十二本の翡翠の槍が具現化される。それらすべてが一糸乱れぬ統率を取って、フイヤン・ロンの狂眼へと殺到!

 

 フイヤン・ロンもこれには堪らずディアベルを吐き出し首を逸らす。ディアベルの身体が宙に放り投げられる。現在のHPを見てもこのまま激突するだけでディアベルが死ぬ!

 

 速度MAXの《サバイバル・ヘイスト》の力を受け、俺が風となって疾走!

 

 尋常ではない速さで岩場を駆け抜け、ディアベルの身体を受け止める。ディアベルと共に地面を数メートル転がる。止まると同時、用意していた回復結晶を使用する。

 

「この馬鹿野郎! なにやってんだよテメエ!」

 

 起き上がったディアベルに怒声を浴びせる。

 

「ユキノを泣かせる気か!? テメエ何様のつもりだ!」

 

 ディアベルが苦笑する。本当に、こんな戦場で俺たちは何をやっているのだと自分でも思う。なのに感情が止まらない。止められないのだ。

 

「死ぬと思ったぞ。マジで死ぬかと思って怖かったぞ。頼むからやめてくれよ!」

 

「おいおい、言いたい放題だな。オレだってさっきそう思ったんだから、おあいこにしてくれよ」

 

 ディアベルが言う。さっきの攻防で気力をかなり使ったのか、ディアベルは剣を支えにして立ち上がる。

 

「……悪い」

 

 俺もそろそろ限界だ。

 

 いくら新しいスキルを手に入れようが、こうも死を間近にして戦い続けていると神経が限界を迎えてくる。

 

 憎き邪龍フイヤン・ロンのHPバーを見る。

 

 遂にHPバーは三本目に到達。レッドゾーンまであと僅か。

 

「ここがふんばりどころだね」

 

 ディアベルが拳を突き出す。意図を悟って俺も拳を突き出して叩きつける。

 

「倒すぞ。生きて帰る」

 

「だな、ユキノさんに告白しないといけないし」

 

 だからそうやって死亡フラグ乱立させるのやめてね! ホント心配したんだからね!

 

 俺とディアベルが奴に向かって走る。

 

 俺は《サバイバル・ヘイスト》を全開にして全力疾走。もはや使い勝手がどうのなど言っていられない。もう全力で殺す。生き返っても殺す。地獄の果てまで殺し続けてやる!

 

 ブレスを吐いた直後、フイヤン・ロンが俺に気づく。どうも俺を意識してやがるのか、再び大顎を開いて俺に襲い掛かってくる。

 

 しかし、二度目の攻撃だ。そんなものは――

 

「読めてんだよ蛇野郎!」

 

 《インビジブルアサルト》を発動。視界が白く染まり、フイヤン・ロンの大顎を斜めに斬り裂く!

 

 一撃目。

 

 瞬時に方向転換し、首を真っ二つにする向きへ切り変え、更に二撃目!

 

 フイヤン・ロンが苦痛の雄叫びを上げる。

 

 HPバーがレッドゾーンに割り込む。

 

 全員が警戒する。

 

 フイヤン・ロンが上体を起こし咆哮。やはり今回も八本の角が紅色に発光。ちったあ変えろよ。他に思いつかねえのかよ!

 

 突如、視界に赤が混じり始めた。まるで小さな炎が横殴りの雨となったような、そんな錯覚。フィールド全体に焔の霧が吹き荒れ狂う。

 

 反射的にHPバーを見る。見る見るうちにHPが減っていく。目算で約二分後にはHPゼロだ。

 

 おいおいおい、ふざけんなよ!

 

 超絶範囲攻撃かよ!

 

 しかも逃げ場無しとか馬鹿にしてんのか!

 

 手持ち結晶はもう無い。高いんだよあれ!

 

 残りPOTを飲みつつフイヤン・ロンへ向かう。

 

 キリトとクライン、アスナもこれに加わる。ディアベルはさすがに力尽きたか、剣を地面に刺して膝をついたまま。エギルも疲労困憊というように座り込んでいる。サキは《エインヘリャル》により神経をすり減らしすぎたか、肩で息をしながら岩に背を預けてこちらを見ている。

 

 ――あとは任せたよ。

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 

 ――任せろ。

 

 そう心で返して進む。残り一分三十秒。他の連中も似たりよったりだろう。

 

 ならば進むしか未来は無い!

 

 フイヤン・ロンが俺たちに気づく。大顎を開いて急速接近しつつ口腔に炎。

 

 全員が驚愕。俺だけなら逃げられるが、後ろの三人は確実に食らう。

 

 やばい、やばいやばいやばい。

 

 一瞬の逡巡の間、割り込んできたのはヒースクリフだ。盾を思い切りフイヤン・ロンへ叩きつけ、大顎を塞ぐ。さすがにすぐには止まらないが、土埃を上げながらヒースクリフがフイヤン・ロンに押されながらも、遂に動きが奴の止まる。まさか人ひとりで龍の突進を止めやがるとは、ふざけた防御力だ。

 

「こちらは任せろ! 君たちは攻撃を!」

 

 ヒースクリフが俺たちにすべてを託す。

 

「全力攻撃だ!」

 

 俺が叫ぶ!

 

 俺が、キリトが、アスナが、クラインが、最強のソードスキルをフイヤン・ロンへぶち込む。そして遂に、フイヤン・ロンのHPバーがゼロになった。

 

 壮絶な断末魔を上げて、フイヤン・ロンの身体に亀裂が走る。

 

 焔の霧が止んだ。

 

 終わった……と思った刹那――

 

 フイヤン・ロンが死力を尽くした最後の炎を俺に向かって吐き出さんと動く。

 

 俺のHPはあと僅か。

 

 かすりでもすれば殺される。

 

 気が緩んで足が動かない。

 

 終わってしまう――

 

 

 

「ハチは殺させねえよ」

 

 

 

 クラインの抜刀。神速にまで達した抜刀術が、龍の顎を真っ二つに切断する!

 

 邪龍フイヤン・ロンの最後の攻撃はクラインに阻まれ、その巨体が硝子となって砕け散った。

 

 終わった……のか?

 

 俺は呆然と立ち竦む。

 

「終わったンだな……」

 

 クラインがどさりと地面に座り込んだ。

 

「終わったな」

 

 俺の肩を叩いたのはキリトだった。さすがにキリトも疲労で立っているのもやっとな状態のようだ。

 

 その傍に、アスナが座り込んで声も出せない様子だ。

 

 疲れた。本当に、疲れた。何度死ぬかと思ったか分からない。ディアベルにも、クラインにも命を救われた。幾度仲間を失う羽目になるかと想像したか分からない。

 

 だがようやく、俺たちの仲間は全員生き残って《邪龍フイヤン・ロン》を攻略した。それでも、一体何人死んだ……?

 

 ヒースクリフが近づいてくる。さすがに奴も表情には疲労感が滲み出ていた。

 

「被害数は十二人だ」

 

 喉の奥で唸った。そんなに死んだのか……。

 

 被害は主に《聖龍連合》に多かったようだ。なんとか《ブレイブ・ウォーリア》、《風林火山》は奇跡的に犠牲者はゼロ。

 

 だからといって、素直に喜ぶ気は起きない。

 

 まだ半分だ。あと五十層ある。

 

 これを幾度繰り返せばいい。何度人の死に耐えればいい。いつ、仲間が死ぬか分からない。気が狂いそうだ。

 

 ふと、俺の背中に柔らかい温もりが触れる。

 

「ハチマン、大丈夫だよ」

 

 サキだった。重い身体を起こして俺のために来てくれたのだ。

 

「大丈夫、ハチマンは頑張ったよ。あんたの責任じゃない」

 

「別に、俺の責任とかそんなんじゃねえよ。ただ、これがあと五十回も続くと思うとな……」

 

 クォーターポイントだから強い、というのも正直俺は信用していない。実は五十階以上はすべて鬼畜難易度でした~とか言われても納得してしまう。

 

 でもまあ、いまは考えるのをやめる。

 

 せめていまだけは、サキの温もりだけを感じていたい。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 俺たちは帰ってきた。再び俺とサキの家に。

 

 こうして帰ってこられることが不思議なくらい凶悪なボスだった。被害者も多かった。なにより、精神的な疲労感が半端ではなかった。誰も彼も祝勝会という雰囲気にはならず、《アルゲート》まで戻ったあと、すぐさま解散となった。

 

 俺とサキは、帰った途端にすぐにベッドに倒れこみ、ふたりして泥のように眠った。

 

 翌日、一時間あまり二人で抱き合ってたのは、さすがに友人たちにも秘密だ。

 

 さて、時刻は午後一時。

 

 世間様は昼食を終えただろう時間に、俺たちは集まっていた。場所は当然俺とサキの家だ。うん、まあ、いいよもう。慣れたし。

 

 いつものメンバーが杯を持ち、なぜか全員俺を見ている。だからなんでいつも俺を見るの? いいじゃんかディアベルでさあ。

 

 まあ、今回の主賓はある意味でディアベルなのだから、見逃してやろう。

 

「とりあえず、フロアボス戦お疲れ様。かなり死ぬ思いっていうか、何回かマジで死に掛けたけど、みんな生きて戻ってこれてよかった。んじゃ、乾杯」

 

 全員が杯を合わせる。思い思いに雑談を開始するかと思いきや、今度は視線がディアベルとユキノへ向けられる。あれだ、昨日はそんな雰囲気ではなかったし、こうして場を設けてやったのだ。というより、ユキノからの依頼だった。

 

「ほれ、ディアベル前に出ろ」

 

 クラインがディアベルの背を押す。

 

「ユキノちゃんも出ろヨ」

 

 アルゴもユキノを前に押し出す。

 

 ふたりに全員の視線が集まる。ディアベルが赤くなる。ユキノもほんのりと頬を染めているが、彼女らしく瞳は凛としている。

 

「昨日の続きをしましょう」

 

 ユキノが言った。

 

「それなりに覚悟をしてああしたのだから。男らしいところを見せてちょうだい」

 

 ディアベルが一瞬面食らい、だがすぐに彼らしい表情に戻る。

 

 軽く息を吸ったディアベルが、想いを言の葉に込めて、告げる。

 

「ユキノさん。オレは君が好きだ」

 

 ユキノが微笑んだ。今まで見てきた何よりも美しいと感じる微笑。

 

「ええ、ありがとう。私もあなたが好きよ、ディアベル」

 

 だから、とユキノが続けた。

 

「あなたもしてちょうだい。昨日、私があなたにしたように」

 

 そう言って、ユキノが瞳を閉じる。ディアベルが硬直し、でもすぐにそれを解いて一歩前に出た。彼女の両肩を掴んでゆっくりと顔を近づけていく。

 

 そして、見るものを幸せにするような、淡い口付け。

 

 ふたりが離れ、恥ずかしそうに笑う。

 

 ややあって――

 

「いよっしゃああああああ!」

 

 切り裂くようなクラインの声。俺も人知れず「うっし」と拳を握っていた。サキはアスナやアルゴと一緒にきゃーきゃー言っている。エギルも嬉しそうに拍手している。キリトも珍しいにやけ面を晒していた。

 

 しかしあれだ、まじで姉を嫁に出す弟みたいな気分だ。ハチマンちょっと泣いちゃうよ。

 

 そろそろと隅っこへ行く。サキはどうやら興奮が続いているようで、珍しく女性陣とはしゃいでいる。そんなときもいいだろう。

 

 クラインはキリトと一緒にディアベルに絡んでいる。ユキノはずっと幸せそうだ。

 

「よかったな」

 

 エギルが俺の隣に腰を下ろす。

 

「おう、結婚式の時はディアベルを殴りに行かないとな」

 

「だからお前はユキノさんの父親か兄か弟かはっきりしろ」

 

 呆れ顔をしながらも、エギルの口許は緩んでいる。

 

「それより、昨日はサンキューな。なんか助けに来ようとしてくれたみたいでよ。色々と、なんだ、心配かけた……すまん」

 

「生きていればなんでもいいさ。大人が何を言っても、子どもは無茶をするものだしな」

 

 俺の頭にエギルの手が乗る。大きい、まるで父親のような手だ。

 

 ところで、とエギルが話を変える。

 

「結局、ハチマンはどうやってあのブレスを避けたんだ? あれだけは未だに分からない」

 

「あれだ、あとでみんなに話すが……新しいスキルを獲得した」

 

「というと、サキさんもか?」

 

「だな。俺が《暗殺者》、サキが《戦乙女》だ」

 

 エギルが考えこんでいるように一度黙る。

 

「ふたつ名と一緒だな」

 

「まったく恥ずかしい限りだ」

 

 ようやくあらかた祝いが終わったか、今度は俺とサキへと視線が向く。みな考えていることはエギルと同じだろう。

 

 俺が立ち上がり、サキが傍に寄ってくる。

 

「まあ、なんだ。あれだろ。聞きたいのは俺たちのスキルだろ?」

 

 俺の言葉に皆が一斉に頷く。ユキノとアルゴは、実際に見ていないから首を傾げていた。

 

「なんか面倒だから秘密にしておいてくれると助かるが、《暗殺者》のスキルを発現したらしい。で、昨日使ったのが《インビジブルアサルト》っつーやつだ。二回瞬間移動しながらぶった斬るスキルらしい。しかもその間は無敵付きのアホ性能だ」

 

 全員が驚く。そりゃそうだ。俺も驚いている。なんだよこの性能。朝起きて夢だったのかなーとスキルウインドウを開いたときはそりゃ驚いた。なんで暗殺者なんだよ。ちょっと格好いいとか思っちまったじゃねえか。厨二病は卒業したはずなのに!

 

 サキも俺の発言に続ける。

 

「あたしのは《戦乙女》。で、あの槍は《エインヘリャル》っていうらしいよ。ストレージにある槍の数だけ装備している槍を出して、自在に動かせるみたい。あと、《神々の威光》ってパッシブスキルもあるかな。全ソードスキルに確率的に発生させるスタン機能が追加されるみたい」

 

 おっと、後半は俺も聞いていない。それやべえな。下手すれば一方的に敵をたこ殴りにできるじゃねえか。俺、今後サキに勝てる自信が無くなってきたよ。

 

 そういや、《サバイバル・ヘイスト》のことは話してないな。面倒だからいっか!

 

「おめえら、やっぱすげえじゃねえか!」

 

 クラインが自分のことのように歓喜に震えている。キリトもアスナも驚いたようだ。アルゴは情報屋らしく目が輝いてウインドウを開いていた。ちょっと、その情報お願いだからバラさないでね! かなり面倒なことになりそうだから!

 

 それよりも、俺もクラインには言いたいことがある。

 

「クライン、昨日は疲れて言えなかったが。最後サンキューな。マジで死ぬかと思ったわ。やっぱすげえよお前の自前抜刀術」

 

 へっ、とクラインが恥ずかしそうに鼻を鳴らす。その表情は緩んでいる。

 

「おめえらが鍛えてくれたお陰さ。あれくらいは当然だ!」

 

 それと、と俺はディアベルを見る。

 

「ディアベルもありがとな。助かったよ。あの時は怒鳴ったりして悪かった」

 

 幸せいっぱいのディアベルが片手を上げて、頭を下げかけた俺の謝罪を止める。

 

「謝らないでくれよ。俺もあのときは無我夢中だったからね。それに、ハチマンでもきっと同じことするだろう? だからおあいこって奴だよ」

 

 んなことねえって。みんな俺を買いかぶり過ぎだっての。でもまあ、こいつらが死にそうにな目にあったそのときは、確かに身体が勝手に動くかもしれねえな。

 

 ふいに、アルゴが発言を差し込む。

 

「やっぱりスキル名鑑には載って無いネ。ハチマンとサキだけのスキルだヨ! まさにユニークスキルだナ!」

 

 おお、とキリトの眼が爛々と輝く。やっぱそういうの好きだよねお前。

 

「は、発動条件はなんだ?」

 

 キリトが俺とサキに迫る。ちょっと君、顔が怖いよ。というかアスナも迫ってくるし。お前らやっぱ息ぴったりだな。

 

「し、知らねえよ。死ぬ寸前にいきなりシステムメッセージが出てきやがったから、身に覚えがなさ過ぎる。あれだ、臨死体験をするとか、そんなんじゃねえの? だからキリト、お前も死んで来い!」

 

「やっぱりその結論かよ! お前いつか俺を本気で殺す気だよな!」

 

 キリトが剣でも抜くように手を背に這わせ、しかし装備していないことに気づく。あぶねえ、こいつやたら抜剣しようとしてきてないか。

 

「割とマジでキリト抹殺計画を考えた方がいい気がしてきた。俺の命のために。いつか斬られそうだ」

 

 キリトも含め、全員が笑う。まあ、これもいつものやり取りの延長だ。

 

 で、とキリトがクラインへ向く。

 

「LAボーナスはなんだよ。教えてくれ」

 

 突如自分へ向いた好機の視線に耐えられなかったのか、クラインが頬をひとつ掻いた。無言でウインドウを操作し、俺達へ見えるように動かす。

 

 どらどらと俺達が集合してそれを見る。

 

 驚愕。

 

 おおう、こいつはなかなか、クラインに合ってるじゃねえか。

 

 銘は《炎刀カグツチ》で、禍々しい黒ずんだ紅色の刀身をした刀だ。言うまでもなく、性能は狂っている。

 

「まあ、あれだ。よかったなクライン」

 

 俺の言葉にクラインがようやく顔をほころばせた。

 

 そこからめいめいが雑談を開始。俺はいつも通り隅っこ暮らしを再開。やっぱ隅っこって落ちつくよねー。

 

 そんなことを考えていると、杯を片手にユキノが近づいてきた。おっと、今日二人目の主賓様じゃないか。

 

 ユキノが杯を傾け、俺も持っていた杯をそれに合わせる。

 

「とりあえず、おめっとさん」

 

「ええ、ありがとう。あなたとサキさんのお陰かしらね」

 

「で、予想はしてたがあまりに突然でびっくりなんだけど。この前の夜なんかあったわけ?」

 

 サキがそろそろと近づいてきていた。どうやら聞き耳をたてているようだ。いいからこっち来いよ、と手招きする。ユキノも気づいたか、俺とサキに聞こえるだけの小さな声で言う。

 

「趣味が、合ったのよ……パンさん好きの男の人なんて初めてだったから……」

 

 唖然。

 

 マジであのアドバイスが利いたの? ホントに? こいつチョロくね?

 

 恥ずかしそうにしていたユキノだったが、突然微笑する。

 

「嘘よ。まあ、それもあるけれど。そこまで私もチョロくはないわよ」

 

 ユキノが俺にウインクする。

 

 俺の内心を読まれていた……。やはりこいつ、エスパーか。

 

 ユキノが続ける。

 

「まあ、色々話したのよ。なぜかあなた達のように自然と話せて。彼も誠実だから、すぐに気があってしまってね。気づけば好きになっていたわ。私自身、まさかこんなにすぐに人を好きになれるなんて思っていなかったから、驚いたのだけれどね」

 

「で、あれなわけだね」

 

 サキが昨日のことを思い出したのだろう。

 

 確かにあれには俺も驚いた。ユキノらしからぬ行動だったからだ。

 

 ユキノがおろおろとし始める。

 

「あ、あれはその……感情が昂ぶったというか、戦地へ向かう男の人へのなんというか……その、いいじゃない! あなたたちだってしてるでしょう! 私がしてはいけない理由はないわ!」

 

 最終的にキレやがったぞこいつ。大丈夫かなディアベル。絶対尻に敷かれるぞ。

 

 それから、ユキノとサキが会話を始める。

 

 俺も適度に会話に参加しながら、先のことに想いを馳せる。

 

 ようやく半分まで来た。

 

 あと残り半分。

 

 どうせまたぞろ鬼畜ボスやら何やらが俺達の前に立ちはだかるだろう。

 

 ひとりだった頃の俺ならば、いまどう感じていただろうか。もはや精神は磨耗し、もしかしたら既に死んでいたかもしれない。

 

 だがいまはサキがいる。ユキノがいる。そしてキリトにアスナ、クラインにエギル、アルゴもいる。

 

 なによりも信頼に値する仲間たちが、俺と一緒に戦い、前へと進んでくれる。

 

 ならば大丈夫だろう。

 

 あらゆる艱難辛苦も、こいつらとなら乗り越えられる。

 

 いまやぼっちではなくなった俺は、そんなことを思いながら窓の外を眺める。俺たちの明るい未来を示すように、午後の陽光が室内を眩く照らしていた。

 

 

 

 

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