ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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いつの世も、地獄を作るのは人である 2

「まったく、あんなことを訊くなんて、私もどうかしてたわね」

 

 夕日も沈もうとする黄昏時、《ラーヴィン》からの帰り道で私はひとり呟いた。いつもは感じる周りからの視線など、一切気づかないほど恥ずかしい思いだ。

 

 あれでは、まるで抱いてほしいと公言しているようなものではないか。実際そうなのだけれど……。

 

「嫌だわホント……これが恋というものなのね」

 

 思うように心が制御できない。突如荒波にもまれたかと思うと、ふとした瞬間柔らかなシルクに包まれているような心地よさを感じる。愛しいと、永遠に隣にいたいと願ってしまう。そんなこと、少し前までは彼以外に感じるとは思わなかったのに。

 

 まだまだ心が未熟ということなのかしらね。

 

 ふと、システム音が鳴った。ユリエールからのメッセージだった。《ラーヴィン》の転移門の前で立ち止まり、私はメッセージを開いて目を通す。心がざわついた。一気に焦燥感が押しあがり、勝手に手が震えた。

 

 メッセージの内容は端的だった。

 

 ――カイルが帰ってこないの。

 

 頭に空白が滑り込む。

 

 あの、心優しい少年の笑顔が視界に現れる。誰よりも優しく、きっと私たちに感謝してくれているんだろうと思われる、あの素敵な少年の姿が目に浮かぶ。

 

 しっかりしなさい!

 

 自分を叱咤し、私はすぐさまウインドウを開き、フレンドリストからカイルの名前を見つけ、検索を開始。

 

 ――検索不可

 

 検索を拒絶されている? なぜ!?

 

 考えている場合などではない。私は転移門から第一層《はじまりの街》へ転移する。すぐさまギルド本部へと全速力で駆け抜けると、本部前にユリエールの姿があった。

 

「ユキノ、カイルが、カイルが戻ってこないの……!」

 

 ユリエールが泣きそうな声で言う。ギルドで作ったお約束事では、十七時前には必ずギルド本部に戻ることにしている。カイルは今までそれを破ったことがない。

 

「分かってる。知っていることを話して! いますぐに!」

 

 瞳を上下左右に動かしながら、おろおろとユリエールが話す。

 

「午後二時くらいかしら。買い物に行くと言って出て行ったの。なかなか帰ってこなかったから心配してたんだけれど、どこかで遊んでいると思っていままで待ってたんだけど……」

 

 こんなことならすぐにでも探しに行けば良かった、とユリエールが嘆く。

 

 気持ちは分かる。私はその間、暢気に女子会などしていたのだから。だけれど、後悔するのは後でいい。いまはカイルの捜索が先だ。

 

「シンカーさんは?」

 

「いま探しに行っているわ。付近の人たちにも捜してもらっているんだけれど、見つからないの……!」

 

 とすれば、考えられるのはあとひとつ。最も考えたくない可能性だ。

 

「ユリエールはここでみんなをお願い。私も捜索に加わるわ」

 

「わ、分かったわ……! カイルをお願い!」

 

 ユリエールが本部の中に入っていく。私はすぐさまウインドウを開き、ディアベルへメッセージを投げる。こういうときに頼れる人がいるというのはとても嬉しい。あとは、ハチマンとサキにも同様に連絡する。

 

 ディアベルからすぐに返信が来た。動けるギルドメンバーを総動員して来てくれるらしい。愛しさが零れそうだ。でも、そんな場合じゃないと気を引き締める。すぐにハチマンとサキからも返信がある。内容は同じだ。

 

 私が転移門の前まで行くと、丁度彼らがやって来たところだった。本当に行動が早い。

 

「ユキノ、とにかく状況を教えてくれないかい?」

 

 ギルドメンバーを引き連れたディアベルが、硬い表情で訊いてくる。ハチマンとサキも同じだ。

 

「ええ、そうね。午後二時頃、私たちが預かっている子ども、カイルというのだけれど、その子が買い物に出かけたそうよ。その後、姿を見た人がいないの」

 

「検索はかけたか?」とハチマン。

 

「ええ、でも検索が拒否されているようなの」

 

「目撃者はどうだ?」と続けてハチマン。

 

 私は首を振る。

 

「分からないわ。私も知ったのがついさっきだから」

 

「街は探したかい?」サキが不安顔で訊いてくる。

 

「ええ、付近の方も協力してくれているそうよ。でも見つからないらしいの」

 

 なるほど、とハチマンが顎に手を添えて続ける。

 

「考えられるのは三つだ。ひとつ、転移門から別階層へ行った。ふたつ、フィールドへ出て行った、みっつ、誰かに連れ去られた」

 

 ハチマンが状況を整理していく。

 

「性格上、ひとつ目とふたつ目は考えられるか?」

 

「いいえ、それはないわ。とても素直で良い子なの。ギルドのお約束事は絶対に守る子よ」

 

「ならふたつは排除していい。可能性は最後のひとつだ。検索拒否も第三者によるものの可能性が高い」

 

 つまり……。

 

「ゆう……かい……?」

 

 私の声に、ハチマンが渋い顔をする。ディアベルも、サキもハチマンを見ている。

 

「フレンドリストにはまだ名前がある。間違いないな?」

 

 最悪の可能性が頭を巡る。

 

 急いでウインドウからフレンドリストを開き、カイルの名前を探す。あった! まだある!

 

「あるわ。まだあるわ!」

 

 ハチマンが手で顔を覆う。思考を巡らせているのだろう。やがて、手を下ろして私を見る。すぐ首を振って、ウインドウを開き、仮想キーボードを叩き始める。じっとウインドウを見つめているが、なにやらイライラした様子で今度はストレージから回線結晶を取り出した。

 

「アルゴ、俺だ。頼むから応答してくれ。大至急だ」

 

 ハチマンが繋がっているはずであろうアルゴへ連絡を取っている。

 

 しかし――

 

「くそっ! なんで今日に限って繋がんねえんだ。おいサキ、なんか知ってるか?」

 

「情報屋の仕事で動くから、しばらくは連絡取れないって訊いてるよ」

 

「……分かった。キリトとアスナ、クラインにエギルも呼ぶ。人手は多い方が良いだろ」

 

 ハチマンがキーボードを連打していく。私はふらふらと倒れそうになる。後ろから優しく受け止められる。ディアベルだった。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。カイル君は絶対にオレたちが見つけ出す!」

 

 ディアベルの力強い声に、私は勇気づけられ、小さく頷く。

 

 ややあって、ハチマンが更に渋い顔。

 

「キリトとアスナ、エギルはすぐ来る。だがクラインと連絡がつかねえ。なにやってんだあいつ……」

 

 ハチマンの視線がサキへ行くが、彼女は力なく首を振った。

 

「そこまでは分からないよ。でももしかしたらクラインと一緒に動いているのかも」

 

「まあいい。いないなら仕方ねえ。いまいるメンバーで捜索を始める」

 

 そのとき、転移門からキリト、アスナ、エギルが転送されて来た。三人とも焦ったように私たちの下に駆け寄ってくる。

 

「ハチから話は訊いた。俺たちも手伝う」

 

 キリトが三人を代表して協力を申し出てくれる。

 

 ハチマンが頷く。

 

「助かる」

 

 ハチマンの視線が私に向いた。

 

「ユキノ、お前はここで待ってろ。捜索は俺たちで行く。ひとつ心当たりがあるんでな」

 

 私は驚く。本当にこういうときの彼の頭の回転速度は驚嘆に値する。私よりもよっぽど頭が良い。

 

「ほ、本当に?」

 

「ああ、だから安心しとけ。必ずなんとかしてやるよ」

 

 行くぞ、と言って、ハチマンが全員を先導してフィールドへ向かう。私はひとり、その場でただ帰りを待つことしかできない。

 

 ああ、神様。

 

 どうかお願いします。

 

 カイルを、カイルを助けてください……!

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「なぜユキノを残したりしたんだい?」

 

 街中を走っている最中、ディアベルから話しかけられる。俺の顔はますます渋くなっただろう。あいつに言えるわけねえだろ。

 

「ラフィンコフィンが近々動くっつー噂が流れてるのを前にアルゴから聞いた。あいつが動いているのは、たぶんそれ絡みだろ」

 

 ラフィンコフィンの名を言った瞬間、この場全員の雰囲気が急にピリピリしたものとなる。

 

《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》――かつて俺たちが辛酸を舐めさせられた相手だ。

 

 レッド集団とも称される、殺人をも厭わない最悪の人殺し集団。ここを単なるゲームと位置付け、殺人を快楽行為へと変換している狂った連中だ。

 

 拠点不明、構成員数不明。

 

 分かっているのは、以前戦った相手Pohがギルドマスターを勤め、その側近にあのアポストルがいること。その他に幹部が数名、名前と姿がわかっているだけだ。

 

 そんな連中が、近々でかいことをやろうとしている。アルゴから聞いた噂はそれだ。たぶん、アルゴはそれの情報収集に動いているのだろう。クラインと《風林火山》は恐らくはその護衛か?

 

 いまはカイル少年のことに思考を費やす。

 

 第三者に連れ去られたとして、誘拐目的はなんだ? 奴らは関わっているのか? 誘拐ならば身代金要求でもする気か? この広くも狭いSAOの世界で、そんなことをするメリットなど無い。それに、あのギルドにそこまでの資金はない。そう、金銭的な面で誘拐を行う理由など本来は無い。ならば、考えられる可能性はひとつ。

 

 嫌な予感がする。

 

 嫌な、嫌な予感がする。

 

 こういう予感がしたとき、いつも外れていない。

 

「ハチマン」

 

 サキに呼ばれる。心配に揺れる瞳が俺を見つめている。俺はなんでもないとアイコンタクトを返すことしかできない。

 

 分からない。何が起きているのか、まったく分からない。

 

 ただ、何か恐ろしいことが起きようとしているのではないかという、漠然とした不安が身体に圧し掛かっていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 第一層。フィールド東南東の森林エリアの一角に、ひっそりと隠れるように建てられた小さな小屋。周りは樹木に覆われ、その姿は傍から探してもすぐには見つからない、ある種隠れ家のような場所だった。

 

 カイル少年は、そこで三人の人物に囲まれていた。

 

 ひとりは、カイルをここに連れてきた天使のような人。周りの人からは笑うようにホーリィと呼ばれていた。

 

 もうひとりは、頭陀袋のような黒いマスクを被った、少年らしき人物。全身をぴったりとした黒の衣装で包み、右手には緑に濡れた刀身が怪しい、細身のナイフが握られている。

 

 さらに、髑髏を模したマスクをつけ、眼窩の奥を赤く光らせた男が、エストックをカイルへ向けていた。

 

 カイルは怖かった。どうしてこんなことになったのか、わけが分からなかった。

 

 ただ、あの三人へのプレゼントを買いにきただけだというのに。

 

「では皆さん、手はず通りにお願いしますね」

 

 ホーリィが透き通る声で言う。頭陀袋の男がケラケラと笑っていた。カイルを心底怯えさせるような、無邪気だが狂気を含んだ笑い声だった。

 

「あいよ、ホーリィ! それよりさ、それよりさ、こいつの腕、斬って良い? いいよね? いいじゃんかよ~」

 

「おやおや、いけませんねえ」

 

 ナイフを振り上げた頭陀袋を止めたのはホーリィだ。

 

「私はホーリィではありません。ちゃんとアポストルという名前があります。まったく、昔からあなた達は偽名で呼んで……少し悲しいですよ」

 

 止めたのはただの呼び名のことだった。少年など、まるで眼中にでも無いというように。

 

 応えたのは髑髏の男だ。しゅうしゅうと、擦過音の混じった声だ。

 

「今さら、だろ。お前は、ホーリィで、いい。アポストルは、名前が、長い」

 

 残念な理由ですね、とアポストルは薄く微笑んだ。

 

「まあ、いまはそれで良しとしておきます。ではお願いしますよ。特にジョニー。やりすぎないようにして下さいね」

 

「は~い、ホーリィ!」

 

 ジョニーと呼ばれた頭陀袋の少年が、まるで軍人のように敬礼をした。すぐにケラケラと笑い、ナイフを宙に飛ばして遊び始める。まるで残酷さなど知らない無邪気な子どもだ。

 

「お前は、どうする? あれで、上手く、いくのか?」

 

 髑髏の男がアポストルに訊く。赤い目がぼうっと疑惑に光っている。

 

 アポストルはただ微笑んでいた。その表情以外など知らないというように。

 

「ザザ、ひとつ良いことを教えてあげましょう」

 

 まるで教師のような口調でアポストルが髑髏の男ザザを見つめる。

 

「事実などより、人は恐怖にこそ踊らされるのです」

 

 ザザが呵々と笑う。愉悦でも感じているように。

 

「さすが、副長。考えることが、悪魔、染みている」

 

「残虐性は、人の性質のひとつですよ。誰しもが持っている」

 

 薄く笑むアポストルが言う。

 

「お前の、口上は、長くなる。さっさと、行け」

 

 ザザがうんざりしたように言った。アポストルがまなじりを下げる。

 

「まったく。Pohは喜んで聞いてくれますよ。あなたたちも少しは私の話を聞いてほしいものです」

 

 アポストルが懐から書物を取り出す。血色の装丁をした、不気味な古い書物だった。それを見たジョニーがざわめく。

 

「やった! またアレが見れるんだよね! だよね! オレあれがいいな! この前狩った奴!」

 

「オレたちの、仕事は、こいつを、アジトへ、送り届ける、ことだ。奴の、活躍は、見られない」

 

 え~、とジョニーが心底残念そうな声を上げる。だが、すぐに声の調子が戻る。視線をカイルへ向けてケラケラと笑う。

 

「ま、いっか! おもちゃがあるもんね!」

 

 びくっとカイルが一歩下がる。だが、すぐ後ろにはアポストルがいた。両肩にアポストルの手が置かれる。ようやくカイルの存在に気づいたかというように、よろこび、笑った。

 

「ああ、カイル。大丈夫ですよ。彼らはとても良い方々です。たまに我を忘れてしまいますけどね。ですが、きっとあなたにとっても素敵なことが起こりますよ。そう、あなたの大切なユキノさんに、とても素敵なプレゼントを与えてあげることができますよ」

 

 そう、だから……とアポストルがカイルの左腕を取る。ジョニーが動く。

 

「私たちも、精々楽しみましょう」

 

 ジョニーが辛抱堪らんというように、振り上げたナイフを落とした。カイルの左腕が切断される。HPバーが一気にレッドゾーンまで減る。初めての経験に、カイルは呆然とし、すぐにぽろぽろと涙を流し始めた。

 

 怖くて、怖くて怖くて怖くて、どうしようもなく怖くてたまらなかった。

 

「ひゃっはっはっはっは! 斬ったよ~斬っちゃったよ~。ひっさしぶりだな~! 子どもの腕を斬るのは初めてだ! たっのしっいな~」

 

 ジョニーが短剣を抱きしめながらうっとりと笑う。

 

 ザザの赤目に喜びの光が灯る。

 

「ああ、怖いですねえ。恐ろしいですねえ。それが恐怖というものです。カイル君、あなたは今日、初めて死の恐怖を感じるのです。これが私があなたに与えられるプレゼントです」

 

 アポストルが笑う。笑う。笑う。

 

 狂気に任せて初めて笑う。

 

「さあ、祝祭の始まりです! 皆、快楽のまま殺しに殺し、私を楽しませてください!」

 

 ひゃっほーい、とジョニーがジャンプする。

 

 ザザもエストックを高く掲げ呵々と笑う。

 

 カイルだけがこの場から決定的に取り残されている。

 

 

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