ソードアート・オンライン Youth in Aincrad 作:ユーカリの木
第一層《はじまりの街》転移門。
私はただ待っていることしかできない。胸の前で手を組み、祈るように待っていた。
お願い、カイル、無事でいて……。
そのとき、システム音が鳴った。メッセージはカイルからのものだった。
私は慌ててシステム画面を操作してメッセージを開く。中身はこうだった。
――南南東の森エリアにある小屋で待っています。
――親愛なるユキノへ
――アポストルより愛を込めて。
怖気が走る。
あまりにも不吉なその名に、私の身体が勝手に震えた。かつて私を罠に嵌め、ラフィンコフィンのギルド結成式のためだけに処刑しようとしたアポストル。その悪魔染みた男が、カイルのメッセージに記されている。
「ま……さか」
いやいや、と頭を抱えて頭を振る。信じたくない。あの男が、あのギルドが関わっているなど信じたくない。
なぜ、なぜカイルなのだと。なぜ私たちなのだと。
震える手が仮想キーボードを呼び出す。
早く……。
早く彼にこれを知らせないと……。
きっと大変なことになってしまう……!
――ユキノは気づいていない。
彼女がウインドウに視線を移したその瞬間。
かのアポストルが転移門の傍に転送され、天使の笑みを浮かべながら悠然と街の中へと歩いていく姿を。
決して入れてはならない悪魔を止められなかったことを。
◇◆◇
万が一の状況を考えふたり一組で俺たちはカイルの捜索にあたっていた。俺とサキは大声で少年の名を呼びながら辺りを見渡すが、あるのは森とポップするモンスターだけ。向かってくる雑魚を片手間に処理しながら、俺はカイルの名を叫ぶ。
かつて、小町が家出したときのことを思い出す。
あのときの焦燥感を俺はいま感じている。
カイルとは面識は無い。だが、ここSAOで少年が殺されたとあれば、きっと事態が更に悪くなる。そんな予感がしてならないのだ。
なにより、ユキノが携わるギルドのメンバーを、彼女がいつも守る子どもを殺させるわけにはいかない。
「ハチマン、見つかったかい!?」
サキの声に俺は目線だけで応える。サキはすぐに身体を翻して捜索に戻る。俺も声を張り上げる。
時間が過ぎていく。
焦りが積もっていく。
システム音。
俺は反射的にメッセージを開いた。そして、最悪の事実を知る。脳内で軽口すら出ない。
サキが俺の異常を察知して隣に来る。首を伸ばしてウインドウを覗き込み、サキも唖然。
数瞬の間の後、俺たちは即座に駆け出す。
いまは俺たちが一番近い――!!
◇◆◇
旧《アインクラッド解放軍》本部の屋上にその男は悠然と立っていた。
黄昏時ももうじき終わり、天空が藍色に染まらんとしている時刻。一陣の風が男の被っていたフードを大きくはためかせ、取り払う。
現れたのは白々しいほどの純白の髪。海を掬ったような群青色の瞳は、見るものを透かすような光を蓄えていた。恐ろしく整った中性的な顔は男女の区別がつきにくく、唇は永遠を象徴するように優しい微笑みが湛えられている。右手の指には紅と蒼の指輪が嵌められていた。
男――ギルド《ラフィンコフィン》の副団長アポストルが、藍色の空の下、両手を翼のように広げる。眼下には、少年を探す優しき街の住人達。この世界で戦うことを諦め、しかし、それでも生に執着する強き人々。
ああ、なんと美しきかな。
いまから私は、この光景を地獄へ変える。
「さあ、惨劇の幕を開けましょう」
広げた右手でストレージを開く。青いエフェクトと共に表れたのは、血色の装丁をした古い書物。それの表紙を愛おしそうに撫でてから、アポストルは書を開く。
記されているのは赤き鱗に覆われた、一頭の竜。地獄の五十層とまで呼ばれたあの竜の巣に住まう、凶悪なモンスター。
男がシステム画面を操作すると、頁が眩いばかりに光を放った。
そして、絶対的な平和であるはずの《はじまりの街》に、一体の竜が召喚された。
◇◆◇
ユキノから連絡を受けて約五分後。俺とサキは指定された場所にたどり着いた。
場所はフィールド南南東にある森エリア。太く力強く伸びる樹木の隙間に、一軒の小さな小屋がひっそりと建っている。俺とサキは無言で小屋のドアの両脇に立つ。
ここは圏外だ。もし中に奴がいるとすれば、即座に命掛けの殺し合いが始まる。
俺とサキの目が合う。たがいに唇だけを動かし、タイミングを合わせる。
一、二、三――!
蹴破るように扉を開き、突進しようとしたところで俺は気づく。中に誰もいない。埃が被ったような小さな部屋の中には、何一つ物が置かれていない。ゆっくりと辺りを見渡し、隠れ部屋などがないことを確認する。
サキも同様に確認していく。
ふと俺が気づく。部屋の中央に一枚の紙が落ちていた。爆発しないよな、と一応警戒しながら紙を拾う。紙には文字が書かれていた。目を通して驚愕、そしてあまりの自分の馬鹿さ加減を呪いたくなった。
サキも覗き、同じく苦い表情を浮かべている。
――鬼さんこちら♪ 手のなるほうへ♪
怒りのままに紙を握り潰す。耐久値が切れたか、俺の拳の中で硝子片となって砕け散った。炎となって燃えるがままの怒りに震え、俺は壁に寄りかかる。
俺たちをここに集めた目的はなんだ?
馬鹿にしているのか?
それとも明確な意味がある?
駄目だ、無駄に焦って思考が回らない。
「陽動……」
ぽつりと、サキが呟く。
はっとして俺は顔を上げた。
アホか俺は。なんでそんな簡単なことに気がつかなかった!?
そもそも、あのアポストルが関わっていると、メッセージに書かれていたときになぜもっと思考しなかった!?
壁を思い切り叩きつける。
これは俺の甘い思考力が招いたことが原因だ。この時間ロスの最中、奴らは既に次の段階に動いている。急がなければならない。
時間が惜しい。
転移結晶をストレージから取り出そうとした瞬間、サキが鋭く叫んだ。
「来るよ!」
俺は咄嗟に愛用の紅色の短剣《デスブリンガー》とナイフを構える。サキが槍を突きの構えのまま突っ込んだ。
部屋の外から剣戟の音が連続して鳴り響く。
即座に俺も向かうと、九時方向から殺意を感じ、咄嗟にナイフを掲げる。
左手に衝撃と同時、敵の姿が視界に入る。短髪で軽装の男が俺に短剣を向けていた。さほど特徴的ではないと思われたが、額から顎にかけて、なぜか目と口以外覆うように包帯が巻かれている。まるでどこぞの厨二病患者のようではないか。くそったれ、嫌なこと思い出した。
そのままナイフで敵の得物を左に受け流す。崩れた敵の体勢に真紅の短剣を滑り込ませた。一撃を加えると、包帯男が軽業師のようにバク転を何度も繰り返す。
さっと俺は自分のHPバーを見るが、オレンジになっていない。既に敵がオレンジなのだ。
すぐさま敵に注意を戻すと、包帯男が短剣を構えたままニヤニヤと笑っていた。生理的嫌悪感を催すような表情だ。
敵を注視すると、包帯男のむき出しの肩に、刺繍のようなものが刻まれていることに気づく。
重なったふたつの黒い棺桶に、にやりと笑う気色悪い笑みを浮かべた顔。骨だけの左腕。
「ラフィンコフィンか……」
背後では剣戟音が続いている。サキがもうひとりとやりあっているのだろう。そちらは特に心配せず、俺は包帯男へと意識を集中させる。サキは大丈夫だ。きっとすぐに片が付く。あいつ、俺より強いんだからな。
包帯男はニヤついたまま動かない。
意図を察し、俺は再び怒りに燃えそうになった。こいつ、時間稼ぎが目的か!
瞬時にソードスキルを発動。絶対不可避の《インビジブルアサルト》を選択。人間の限界を超えた光の速度で俺が包帯男へ斬撃を見舞う。
一撃目!
包帯男が驚愕の表情を示し、ノックバックにより身体が後退。
俺はすぐさま方向転換し、包帯男の背後に止まる位置へ移動を修正。二撃目は食らわせず、首筋に短剣が止まる位置で俺はソードスキルを止めた。
「動いたら殺す」
腹の底からドス黒い声を出す。
包帯男のHPは既にレッドゾーンに割り込んでいた。当然だ。この《暗殺者》のスキルは総じて攻撃力が異常に高い。まともにプレイヤーに当てれば確実に殺せる、まさに暗殺スキルなのだ。
だから、早く降参しろ……!
が、包帯男が動く。虚を付かれて俺の動きが固まる。反転した包帯男が俺の腹部に短剣を突き刺す。たまらず俺は下がる。HPバーが僅かに削られるが、致命傷ではない。現実だったらヤバかった。
包帯男が再度後退する。しかし、すぐに俺へと斬りかかれる距離だ。奴のHPバーは更に減って、あと数ドットといったところだ。奴も動いたときに俺の短剣に触れてダメージを受けたからだ。まるで正気じゃない。気が狂っているとしか言いようが無い。
包帯男が、ゆらゆらと、俺を馬鹿にするように動く。その表情に死への恐怖は微塵もない。なんだこいつら。死んでもいいって言うのか!?
マズイ。呑まれている。思考を戻せ。最適解を探し出せ!
殺さずにこいつをどうやって止める……!?
「ハチマン!」
包帯男の背後から声。ディアベルがギルドメンバーを率いてやってきたのだ。さすがに包帯男の表情に懊悩が滲む。すぐさま奴がストレージから転移結晶を取り出し、一層主街区の名を告げて転送される。俺はその間、動けなかった。人を殺すことを躊躇した。だがこれでいい。人が人を殺して良い訳が無い。俺は奴らと同じ土俵には立ってなどやらない。
「ハチマン! 一体何があった!」
ディアベルが俺のすぐ傍で立ち止まる。思わず背後を見ると、サキが悔しそうな表情で槍を持って俺の下まで走ってくる姿があった。
「ハチマン、あいつに逃げられたよ……!」
「俺もだ。クソ……!」
俺たちの言葉に、ディアベルが混乱したように首を傾げる。
「一体何があったんだい? 説明してくれないか!?」
俺がそれを手で制する。そうだ、いまは嘆く時間すら惜しい。
「嵌められた。ここに来てもカイルはいなかった。どこか別の場所に転送させられたんだ。たぶん今、はじまりの街がやばい!」
「街が? なにを言って……圏内だぞ?」
ディアベルが分からないといったように言う。まったくだ。俺も分からない。だが、アポストルだけは何をするのかまったく想像がつかない。
「まずは戻るぞ! ユキノが心配だ」
ユキノの名前を出すと、全員の表情が強張る。ユキノは今まさに《はじまりの街》にいるのだ。もしかしたら、アポストルに何かされている可能性が高い。マジで俺なにやってんだよ!
「時間が惜しい。転移結晶で戻るぞ!」
俺の声と共に、全員が転移結晶を取り出し使用する。
転送の瞬間、俺は祈った。
過去のなによりも切実に祈った。
――ユキノ、頼むから無事でいてくれ……!
◇◆◇
一体何が起きているか分からなかった。
突如街に赤竜が現れたかと思うと、街中に竜の咆哮が轟いたのだ。転移門にいた私も訳が分からずその場に固まってしまったほどだ。
「逃げろ逃げろ! 殺されるぞ!」
どこからか声が聞こえる。
「早く逃げるんだ! 街に竜が攻めて来やがったんだ!」
聞き馴染みの無い声が、あちこちから聞こえてくる。住民を逃がそうと必死だというように。
住人は声を聞き家から飛び出し赤竜の姿を見ると、途端に混乱に陥った。そこへ更に声が重なってくる。
「フィールドへ逃げろ! そこなら街よりまだ安全だ!」
その瞬間、住人達が一斉にフィールドへ駆け出していく。安全な圏内である《はじまりの街》から、危険なモンスターが生息するフィールドへ我先にと逃げ惑う。
待って。待って待って待って……!
何かがおかしい。
絶対に、何かが決定的に間違っている!
転移門にいた私は頭がおかしくなりそうになりながらも、必死になって考える。
「考えなさい、雪ノ下雪乃。あなた、これでも学年一位なんでしょ!」
口に出して己を叱咤する。
この街は圏内だ。システム的にプレイヤーへ絶対にダメージが当たらない安全な場所だ。例外はデュエルによる殺害のみ。であれば、もし、たとえもし、なんらかの理由でモンスターが発生したと仮定しても、それはなんら問題ないのではないだろうか?
仮に。仮にこれが罠だとしたら?
いま街中から聞こえてくる「逃げろ」という声が、この竜の存在が、すべてが巧妙に仕組まれた罠であったとしたら?
一体、フィールドに向かう住人の前に、何が待ち受けているのだというのだろうか……?
地面が震動する。竜が転移門へ向けて走ってくる。大量の住人が私を通り過ぎてフィールドへ逃げていく。
私は竜越しに、何か白いものを見たような気がした。
旧《アインクラッド解放軍》本部の屋上に、誰かが立っている。それは、白髪の人物だった。記憶を辿る。そんな人物、私はひとりしか知らない……!
「アポストル! やっぱりあなたの仕業なのね!」
竜が眼前まで迫る。悪魔の五十層のフィールドに存在し、ディアベルらを苦しめたといわれる赤竜が私の目と鼻の先までやって来る。
恐怖を押し殺し、私は動かない。
やがて、竜の前足が私の身体を薙ぎ払った。
未だかつて無いほどの衝撃。
十メートルは吹き飛ばされ、私の身体が建物に思い切り身体を叩きつけられる。呻き声を上げながらも、すぐさまHPバーを見る。減っていない。かけらも、微塵も、HPは減っていない……!
やっぱりここでは人を攻撃しても死なない。殺せない! なら、いま逃げる選択は絶対に間違っている!!
「戻って! みんな! お願いだからいますぐに街に戻って!」
声を張り上げる。しかし、その声も竜の咆哮にかき消されてしまう。
それでもやめない。ここで止めたら、絶対に最悪なことが起こってしまう。その予感に促されるまま、いままで出したことのない怒声すら発して呼びかける。
だというのに、届かない。
竜が、圧倒的な恐怖が、常識を超えて人を突き動かしている。
恐怖の前では、事実など無意味だった。
――無力。
その一言が、私の身体を動けなくした。
◇◆◇
そこは青白い巨大な水晶が多数浮かぶ、不思議な場所だった。視界のあちこちに光輝く水晶がふわりふわりと上下に揺れ、僅かに背後が透けて見えていた。
大多層の迷宮区とは異なり、そのフィールドは足場がずっと続いているわけではなく、巨大な水晶を綺麗に割ったその表面が足場となっている。
だから、フィールドを移動するためには浮いた水晶を都度飛び移らなければならず、足を踏み外せば底の見えぬ深遠に捕らわれシステム的死に陥ってしまう。
そんな、危険な場所だった。
カイルは、ジョニーとザザに連れられてフィールドをずっと歩いていた。水晶を飛び移るときはザザに抱えられる。着地と同時に乱暴に下ろされ、水晶の端までまた歩かされる。モンスターが現れればジョニーが率先して倒し、数が多ければザザもこれに加わる。
幾度かそれを繰り返したところで、巨大な壁にぽっかりと空いた穴に辿りついた。ジョニーが鼻歌を歌いながら穴へと先導し、ザザがカイルの右腕を掴んでそれに着いていく。
中は鈍く青い輝きに満ち溢れ、きらきらと星が瞬くような一見すると、とても綺麗な場所だった。カイルは、状況の酷さも忘れ、思わず見入ってしまう。あの三人と一緒に来たい場所だと思わず思った。
ジョニーの足が止まる。大きく腕を振って声を張り上げる。
「お~いヘッド~! 連れてきたよ~!」
声の向こうから、人影がゆっくりと歩いてくる。水晶の光に当てられ姿を見せたのは、黒いポンチョに目深に伏せられたフード姿の男だった。
だらりと力なく下げられたその右腕には、中華包丁もかくやの巨大な肉厚ダガー。表面は血に濡れた様に黒ずんだ赤に塗れ、見る者を恐怖に陥れるような威容さをかもし出していた。
カイルは思わず喉の奥で悲鳴を上げた。まるで、その男が死神のように思えたからだ。
「Poh、連れて、来た」
ザザが掠れた声で、黒ポンチョへ重ねて告げた。
「Good job! 良い仕事だふたりとも」
Pohが張りのある艶やかな声でふたりに応える。Pohの視線がふたりからカイルへ移る。まるで食品を値踏みするかのような視線で見られ、カイルは恐怖で身体が震えた。
「Welcome to our home! ここに足を踏み入れたのは俺たち以外にはお前が初めてだろう。なに、遠慮することはない。くつろいでくれ」
言葉とは裏腹に、その声には言いようのない異質さが含まれている。例えるなら、家に入ってきた虫に対して言っているかのような、そんな声だ。いつでも殺せる者に対して告げるような、そんな軽々しい声。
カイルは敏感にその声に反応した。身体の震えがより一層大きくなる。ジョニーも、ザザも恐ろしかった。それでも、この目の前にいる男Pohに比べればまだまともな方だ。この男は、あまりにも狂っている。
どこまでカイルがそれを正確に頭の中で思い浮かべられたのかはわからない。だが、カイルの本能がPohを怖れた。この世のなによりも恐ろしいと認めた。
突然、Pohがジョニーを見た。
「おいおい、左腕はどうした? まさか斬っちまったのか? あ?」
部下をたしなめる上司のような声を投げられ、ジョニーが小さくなる。
「ごめんよ~ヘッドぉ。我慢できなくてさぁ」
「大切なゲスト様だ。丁重におもてなしをしろ」
しゅん、としたジョニーがすぐさまPohに頭を下げる。次にPohの視線がザザへと向かう。
「ザザ、お前はこいつのストッパーだ。何をしていた?」
Pohの静かな怒りに、ザザの眼光が弱くなる。
「すまない……Poh。ホーリィと、ジョニーを、止められなかったのは、オレの、責任だ」
Oh! とPohが手を額に当てると、芝居がかった仕草で天井を仰ぐ。
「またホーリィの野郎か。あいつ、粋なことを思いつきはするが、たまにタガを外しやがる」
しばらくそうしていたPohだったが、すぐにHAHAHAと愉しそうに笑った。
「まあ、大して問題はないな。首尾は上々、餌はまいた。あとは釣竿に魚がかかるのを待つだけだ。奴には脚本賞でもやりたいね」
「まったく、だ」
ザザもPohに同意する。
「だよね! だよね! オレ超楽しみ!」
ジョニーは終始嬉しそうに跳びはねている。
Pohが一歩足を踏み出し、馴染んだように台詞を口にする。
「さて、It's show time――!!」
◇◆◇
街の住人達は、死に物狂いで竜から逃げた。背後からは竜の走る轟音。時折吐かれるのは地獄から舞い上がったような獄炎。誰しも死を覚悟し、それでも生に執着するべく必死に逃げた。
やっとの思いでフィールドに出たとき、彼らはあることに気がついた。
大勢の人影がフィールドにいる。
そのとき、彼らは攻略組が自分達を助けるために駆けつけてきてくれたのだと思った。そして喜んだ。これで自分達は助かるのだと。ある者は安堵し、またある者たちはその場で抱き合った。
だが、それもうたかたの夢だった。
すぐに夢の泡ははじける。
まず、先頭にいた青年の首が、なんの前触れもなく飛んだ。やったのは、フィールドにいた人影の一人だった。そこから、地獄が始まった。
「ひゃっは――――! カーニバルの始まりだ! 野郎ども! 殺せ殺せ殺せ殺せ――!」
フィールドで待ち構えていたやつらが狂った叫びを上げる。
訳も分からない住人は、そこで足を止めた。背後からは竜が追ってきて、前からは自分達を殺さんと殺到するレッドプレイヤー達。
そして、すぐにパニックが生まれた
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
最初に叫んだのはひとりの若い娘。そこから次々と慟哭の輪唱がはじまった。
「だれか助けて!」「逃げろ! 街へ戻るんだ!」「竜がいる! どうすればいいんだ!」「なんでフィールドなんかに逃げたんだよ! 街は圏内だろうが!」「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」「やめて! 殺さないで! 助けて! 誰か――」「殺される殺される殺される殺される……!」「お願いだから殺さないで!」
「殺せ殺せ!」「ホーリィが創り上げた舞台だ。盛り上がろうぜ!」「あひゃひゃ! これで三人目~♪」「はい残念、オレ五人目だぜ」「逃げろ逃げろ雑魚ども! 俺たちと竜に殺される前になあ!」「腕を斬って足を斬ってワン・ツー♪ ワン・ツー♪ 休まないで殺せ~♪」
人の世の業がそこにはあった。
待ち構えていたラフィンコフィンは、圏外へと誘き出された住人たちへと一斉に斬りかかり、次々と殺していった。最後尾で難を逃れる寸前であった住民も、背後に迫っていた竜の息吹によって焼かれて死んだ。逃げ惑う住人かと思われた者の中にも、ラフィンコフィンのメンバーは紛れていた。集団の前後、そして中から次々と殺されていく住人たち。
阿鼻叫喚とは、まさにこのことかと言わんばかりの悲惨な光景が繰り広げられていく。
誰もがこの日のことをこう振り返る。
あれは虐殺の祝祭だったと。
いつの世も、地獄を作るのは人なのだと――