ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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いつの世も、地獄を作るのは人である 4

 転移結晶で《はじまりの街》に戻った俺たちは、即座に辺りを見回した。誰もいない。普段はいかばかりかいるはずの人の気配がまったく無い。

 

 だが、俺の視界がひとりの少女を捉えた。ユキノだ。彼女が建物に寄りかかるようにして座り込んでいる……!

 

 すぐさま俺とサキ、ディアベルがユキノへ駆け寄る。ユキノは俺たちに気づいてもいないかのように、目を見開き、身体を震わせ、放心状態になっていた。ディアベルがユキノの両肩を掴んで揺さぶる。

 

「ユキノ! ユキノ! オレだ、ディアベルだ! 一体何があった?」

 

 ユキノの瞳に僅かながら光が宿る。視線がディアベルを捉えると、その美しい瞳に涙が溢れた。

 

「ディアベル……。街が、街が……」

 

 両手で顔を覆ったユキノが嗚咽する。こんなユキノの姿、俺は見たことが無い。彼女がここまで動揺、狼狽する姿が、事態の酷さを物語っているようだ。嫌な予感しかしない。訊きたくなどない。だが、訊かなければならない。

 

「ユキノ、俺だ。ハチマンだ」

 

 ユキノの瞳が俺を移す。ああ、ああ……と涙を零しながら俺を見る。

 

「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」

 

 ユキノが謝罪ばかりを口にする。俺はユキノのあまりの精神状態の酷さに唖然としそうだった。

 

こいつをここまで壊したのはなんだ? 俺がちんたらやっている間に、この街に一体なにが起きた?

 

 サキが俺の腕を抱く。サキもユキノの状態を不安がっているのだ。

 

 喉の奥で悲鳴が上がりそうになる。落ち着け。冷静になれ。お前がこの状況を把握しないで誰がする?

 

 俺は膝をついてユキノと視線の高さを合わせる。ディアベルには悪いが、いまは俺が話させてもらう。

 

「謝るな。お前は悪くない。なにもだ。教えてくれ、この街に何が起きた?」

 

 ユキノが手を下ろす。しばらく嗚咽していた彼女は、やがて、つっかえつっかえ言葉を口にする。

 

「竜が、街に現れて……。誰かが、逃げろって扇動して……。みんな、フィールドへ逃げて。アポストルが、元《軍》の屋上に居て。でも、ここは圏内だから、攻撃されても、大丈夫で……。私、必死に叫んで、なのに、誰も訊いてくれなくて……私、私がもっと、もっとしっかりしていれば……!」

 

 ユキノには珍しく、脈絡のない喋り方。だが、俺はいま言葉だけで状況をすべて察した。状況は最悪の一言に尽きた。奴が描いたシナリオも、おおよそ想像がつく。想像などはしたくないが、情報が揃えばできてしまうこの頭がいまは憎い。

 

 無言で俺が立つ。

 

「ユキノ、みんなはどっちへ向かって行った」

 

 ユキノが指を指す。

 

 指し示した方向へ、俺は何も言わず全力で駆け出した。背後からディアベルとサキの声が聞こえる。いまはそれすら振り切ってただ走った。

 

 俺が予想したシナリオはこうだ。

 

 アポストルは何らかの理由でカイルがユキノと関わりを持つ少年であることを知った。以前のことでユキノと俺に執着していただろう奴は、カイルを誘拐し、あの小屋へ連れて行った。恐らくそこにラフィンコフィンの仲間がいたのだろう。

 

 そしてカイルのシステムウインドウからユキノへメッセージを投げ、俺たちをそこへ導いた。奴らはその間にカイルを転移結晶で連れ去り、アポストルは《はじまりの街》へ戻った。

 

 奴は、アポストルは、俺やサキと同じなんらかのユニークスキルを持って、街の中に竜を放った。圏内であるから、本来プレイヤーは殺せない。殺せるのはデュエルのみのはずだ。だが、恐らく街中にはラフィンコフィンの連中が紛れ込んでいた。そして扇動した。逃げろと。逃げなければ殺されると。街中は初めての光景にパニックに陥り、促されるままフィールドへ逃げた。

 

 そこで待ち受けているものは何だ?

 

 奴らがやりそうなこととは一体なんだ?

 

 ――ひとつしかありえねえだろうが……!

 

 虐殺。

 

 やつらはこのSAOで初めての人殺し集団。レッドプレイヤー。

 

 ならば、やることは虐殺ただひとつ。

 

 俺はこのとき、自身の甘さを呪った。かつて、三度もこの状況を覆せるだけのチャンスがあった。

 

 ひとつ、アポストルと対峙したとき。奴を捕らえられなかったのは俺の責任だ。

 

 ふたつ、初めてPohと対峙したとき。奴を野放しにしたは俺の責任だ。

 

 みっつ、包帯男と対峙したとき。奴をすぐさま殺して戻ってくれば、あるいは街を救えたかもしれない。

 

 すべてだ。すべてが俺の甘さに繋がっている。過去の過ちがいまの現状を引き起こしている。

 

 たった数時間だ。

 

 数時間前まで、俺は仲間と結婚式について語り合っていた。未来の幸せに、今の幸福に酔っていた。それが、ただの数時間で地獄へ突き落とされた。

 

 これが、本当のSAOなのだと言わんばかりに。これこそが、このゲームの本質なのだと訴えかけられているかのように。

 

 狂いそうだ。

 

 狂ってしまいそうだ。 

 

「うがあああああアアアア――――!!」

 

 走りながら咆哮する。

 

 何か叫ばないとおかしくなりそうなんだよ!

 

 転移門から数十秒。サバイバルヘイストの恩恵を受けた俺の疾走は、瞬く間に俺の身体をフィールドと圏内の境界へと運んだ。

 

 そして――

 

 きっと見てはならないものを見てしまった――

 

「これは、なんだ……?」

 

 呆然と呟く。

 

 眼前で繰り広げられている光景が、あまりにも非現実的すぎて、俺は我を失いそうになった。

 

 人が死んでいた。

 

 人が人を殺していた。

 

 赤竜が人を殺していた。

 

 人が硝子片となって宙を舞う。

 

 人が死んでいく。次々に死んでいく。叫び声が、慟哭が、助けを求める声が、辺りに響いて轟いて、そして人が殺されていく。無残に、残酷に、残忍に、情け容赦なく、ラフィンコフィンのメンバーが、赤竜が、街の住人を殺し尽していく。

 

 地獄だ。

 

 これは地獄だ。

 

 これを地獄と言わず、なんと呼ぶ……?

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああ――――――」

 

 身を引き千切るような絶叫が、俺の口から迸った。

 

 身体が自然と動いていた。《デスブリンガー》が血を欲しているかのように、怪しく、紅く光った。

 

 まずは竜を殺す。単なる短剣ソードスキルで容易く殺す。

 

 そのまま、俺は無意識にソードスキルを発動。もはや何も考えず、この場をただ止めるためだけに、決して人に向けてはならないソードスキルを連続使用する。

 

 インビジブルアサルト――瞬間移動をしながらの二連撃。

 

 ふたりの首が飛ぶ。

 

 シャドーエッジ――目にも留まらぬ速さで繰り出される十二連撃。

 

 三人を八つ裂きにする。

 

 オクトアサルト――インビジブルアサルトの倍近い距離を瞬時に移動し、その間に居るすべてに対して凶悪な八連続攻撃を叩き込む必殺技。

 

 四人を死の嵐に巻き込む。

 

 そこで、ようやくラフィンコフィンのメンバーが俺に気づく。だが、すぐに彼らの視界から俺の姿が消える。

 

 インビジブル――完全に透明となり、敵から姿を認識されなくなる。

 

 ラフィンコフィンの背後に回り、俺は狂ったようにソードスキルを放つ。

 

 アサシネイション――インビジブル状態時に使用可能な凶悪な四連攻撃。最初の三連斬りで一気に四人を斬り刻む。最後の一撃、防御不可の特性を付与された突きで、ひとりを完全に貫き殺す。

 

 ラフィンコフィンの残りメンバーが俺に殺到する。周囲を囲まれ、普通であれば絶対絶命の状態。だが、俺は更にスキルを重ねる。

 

 フローズン・ファウスト――サバイバル・ヘイストの熟練度を最大まで上げたときに現れたスキル。スキル起動と共に、十メートル圏内にその効力が適用される。

 

 その効力は加速と減速。サバイバル・ヘイストの真逆の効力を強制的に敵へ適用させる。その効果、数値にして通常時の〇.四倍まで速度と跳躍力を落す。逆に、俺は二.五倍まで上昇。

 

まるで映像をスローモーションにしたように動きが鈍くなった連中の首に、俺は《デスブリンガー》を通していく。

 

 いとも簡単に首が飛ぶ。首が飛ぶ。首が飛ぶ。

 

 次々と死んでいくラフィンコフィンのメンバー。

 

 死の舞踏――トーテンタンツ。

 

 ……。

 

 後に、総勢二十五名いたとされるラフィンコフィンのメンバーを、このとき俺は――

 

 殺し尽した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「ハチマン!」

 

 ユキノから話を聞いたハチマンが、あたしの声を振り切ってひとりで走っていった。あたしとディアベルはすぐさま彼を追う。だけど、俊敏に特化したステータス、そして《サバイバル・ヘイスト》による恩恵によって、見る見るうちに距離が離され、ハチマンの姿が見えなくなってしまう。

 

 彼をひとりにしてはいけない。あたしの本能が狂ったように叫んでいる。

 

 早く、早く、なにより早く、彼の傍に駆けつけなければならない。

 

 ハチマンの叫びが聞こえる。

 

 早く、もっと早く!

 

 なんでこの身体はこんなにも遅いの! ハチマンが苦しんでいる。決して行っては行けない場所にひとり行こうとしている! なのに、あたしはどうしていま、ハチマンの隣にいないの!?

 

 フィールドまではあと半分。

 

 そこで、未だかつて無いハチマンの慟哭があたしの身体を震わせた。

 

 ああ、ああ、ああ、ああ、ああ……!

 

 駄目だ、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!

 

 彼をひとりにしては駄目だ!

 

 あたしが走る。ディアベルが必死についてくる。

 

 やっとの思いでフィールドと圏内の境にたどり着く。

 

 そして、あたしは見てしまった。

 

 もはや藍色に染まった空の下、白のマフラーが縦横無尽に走っている。紅の斬閃が荒れ狂い、次々とプレイヤーが結晶となって淡い光を撒き散らしている。怯える住人。ラフィンコフィンに囲まれるハチマン。

 

 そして、ラフィンコフィンらの動きが急に鈍くなる。そして、加速したハチマンが暴れて狂う。一気にラフィンコフィンが霧散して消える。

 

 あたしは動けない。ディアベルも隣で固まっている。

 

 ハチマンが、紅の短剣とナイフを握り、あたしがクリスマスにプレゼントしたマフラーを風になびかせて立っている。

 

 やがて、ハチマンによる二度目の慟哭がフィールドに響いた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアあああああああああっ――――! アアアアアアアアアア――――! ああああああああああああああああああああああああ――――!」

 

 聞いたこともない悲しい声が聞こえた。心を苦しみと悔恨で揺さぶるような、切ない声だ。

 

 それが、自分の口から出ているものだと、俺は気づかなかった。

 

 心が痛い。胸が苦しい。俺はやってはならないことをした。人を殺した。殺意のまま、身体の動くまま、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して、殺し尽した――!

 

「あああああああああああああああああっ――――――! ひいいいいいいいあああああああああああああああ――――!」

 

 俺は泣いていた。俺がいた世界は、こんなにも悲しいものなのかと。絶望のまま狂ったように叫んで、慟哭して、喚きながら泣いた。

 

 頭を抱える。うずくまる。誰かが近づいてくる。分からない。誰の声だ。分からない。聞こえない。俺の声ですべてがかき消される。真っ暗な闇の底に落ちてしまったかのようだ。

 

 誰でもいい。誰でもいいから、俺をこの闇から救い出してくれ――!

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ハチマンが泣いている。あのハチマンが、苦しみに喘いで泣き叫んでいる。聞くものを苦しみに喘がせるような声で泣いている。

 

 あたしは居てもたってもいられずに、ハチマンへ駆け寄って抱きしめた。ディアベルも続いて彼を抱きしめる。

 

「ハチマン! ハチマン! あんたの所為じゃない! あんたは悪くない! だから大丈夫! 大丈夫だよ!」

 

 ハチマンは聞こえていないというように首を振り、声を振り絞っている。あまりの光景にあたしも泣いていた。ディアベルすら涙している。

 

「ハチマン! 落ち着くんだ! オレだ、ディアベルだ! 君の大事なサキさんもいる! 君の傍にいるんだ! 落ち着いて、落ち着いてくれ!」

 

 ハチマンの慟哭が止まらない。何も見えていないように、助けを求めるように手を伸ばしてもがいている。あたしは必死になってその手を掴んで握った。

 

「ハチマン、もう大丈夫だから。みんな助かったから。あんたが助けたんだよ。ねえ、ハチマン。あんたがみんなを救ったんだよ」

 

 ディアベルが声を震わせながらあたしの言葉に続く。

 

「そうだ! 君が救ったんだ! あの悪魔どもから君が人々を救ったんだよ! 誇らしいことじゃないか! 君は悪くない! 悪くなんてないんだ!」

 

 届かない……!

 

 あたしたちの声がハチマンに届いてくれない!

 

 一体どれだけの絶望をその身に宿してしまったんだろう。どうしてあたしはそのとき隣に寄り添うことができなかったんだろう。どうして! どうして!!

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 そのとき、この場にそぐわない拍手の音が聞こえた。

 

 あまりに場違いなその音に、俺は声を止めて顔を上げた。

 

 奴がいた。

 

 あの、すべてを企んだ奴がいた。

 

 憎らしいほど白々しい純白の髪。海を掬ったような群青色の瞳は、悪魔のような光を湛えて怪しく揺れている。恐ろしく整った中性的な顔はもはや人のそれではなく、唇は快楽に浸るように吊りあがっていた。

 

「あ――――アポストルうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――――!!」

 

 叫ぶ。喉がかれるほどに叫んだ。

 

 アポストルが笑う。笑う。これほど愉快なことは無いとばかりに。

 

「すばらしい虐殺劇でした! これほど美しい劇は見たことがありません! やはり演者が素晴らしければ、物語はかように素敵なものになるのですね。ああ、自分が憎い。この感情を余さず伝えられる語彙がない自分がもどかしい。ああ、感謝しますハチマン」

 

 祈りを捧げるように、アポストルが俺を見る。

 

 

 

「あなたに出会えて、本当に良かった――」

 

 

 

 殆ど壊れかかっていた理性の糸が、このとき、本当に切れた気がした。

 

「貴様だけは殺してやる……!」

 

 即座に殺しに掛かろうとして、俺の身体が止まる。なんでだ、なんで止まるんだよ。殺させろよ! あいつならいいだろ! あんな邪悪な奴、殺したっていいだろうが! なんで止めるんだよ! 誰だよ邪魔をするのは! もう誰でもいいから殺してやるよ! いいから離せよ!

 

 暴れても暴れても、身体が動かない。何かに邪魔をされて動かない。

 

 その間、アポストルが素晴らしいものでも見るように、口角を吊り上げて嗤っている。

 

「ああ、ハチマン。あなたはなんて素敵な役者だ。フィナーレまであと少しです。私は待っています。この場所で待っています。制限時間はあと十分です。急ぐことです。疾く、行くことです。カイル君が、あなたのことを待っています。Pohと共に、あなたを待っています」

 

 アポストルが転移結晶で消える。残されたのは、アポストルが落とした一枚の紙。

 

 俺は無我夢中でフローズン・ファウストを展開。無理やり拘束を振りほどき、紙を拾って綴られた内容を見る。

 

 場所が書かれていた。

 

 かつて攻略した、危険なフィールドの場所が書かれていた。

 

 俺はすぐさま転移結晶を使う。

 

 もう、なにもかも終わらせてやろう。ただそれだけの誓いを握り締めて。

 

 

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