ソードアート・オンライン Youth in Aincrad 作:ユーカリの木
ああ、ああ、ハチマンが行ってしまう。
フローズン・ファウストによる強制縛鎖によって、あたしとディアベルの動きを鈍らされ、ハチマンが振り切った。垣間見えたその瞳は、いつも以上に混沌とした濁りに満ちていた。
転移結晶によってハチマンの姿が掻き消える。あたしは手を伸ばしたままの体勢で固まる。ディアベルも動けない。
貴重な数瞬を動揺で費やしてしまう。
「サキさん! ディアベル!」
キリトの声が聞こえた。はっとして街の方を向くと、キリトにアスナ、エギルが駆けつけてくるところだった。
「なにがあった! ふたりとも、一体なにがあった!?」
エギルがあたし達のそばにしゃがみ込み、普段出さない大声で問う。あたしもディアベルも、すぐには声が出せない。ハチマンのあんな姿を見てしまって、なにも考えられなくなってしまう。
「ハチはどうした? 一緒じゃないのか?」
キリトの言葉に、あたしとディアベルの身体がびくんと動く。キリトの眉が上がる。エギルと同じようにあたし達と目線の高さを合わせ、静かに問う。
「なにがあった?」
ようやく、唇が動かせるようになった。
ぽつぽつと、起こったことを話す。言葉を重ねるごとに、三人の表情が苦くなっていく。そして最後に、ハチマンのことを伝えた。そこで、全員の表情が固まった。
「おい、おい、おいおいおい!」
エギルが目を剥く。いつも落ち着いているエギルが、身体をわなわなと震わせている。
「マズイ、マズイぞ! ハチマンのあの性格だと、あいつ……! おい、急いで追うぞ!」
そう、そうなのだ。あのハチマンが、すべてを背負おうとしてしまう彼が――
壊れてしまう――!!
あたしは立ち上がる。少し遅れてディアベルも立ち上がる。全員の表情はもう崩壊寸前だ。
「場所はどこだ!」キリトが声を張り上げる。
「検索する、待って!」焦燥の声でアスナが答える。
「まだかアスナ!」キリトが吠える。
アスナが苦悶の表情でウインドウを操作していく。
「出た! ここよ!」
アスナが全員に見せるように検索画面を滑らせた。視線が画面に集中する。
場所は分かった。かつて攻略を終えた階層だ。画面の中で、ハチマンの位置を示す光点がものすごいスピードで動いている。俊敏に特化したステータスとサバイバル・ヘイストを全開にした全力疾走で、ハチマンがあたし達には分からない目的地へ向かって猛スピードで向かっている。
追いつけない。この場にいる誰もがきっと思った。
それでも、それでも……。
「行くよ、みんな!」
あたしはそんなもの信じない。絶対に追いついてみせる。
全員が頷き、転移結晶を取り出す。
ああ、神様。
今までろくに祈ったことがないけど、どうかお願いします。
どうか、どうかハチマンを……私に助けてさせて下さい。
◇◆◇
そこではある歌が歌われていた。艶やかな声で、まるで心底愉しいとでも言うように、ある歌が歌われていた。
「Eeny, meeny, miny, moe」
地面にしゃがみ込んだPohが、まるで指揮棒でも振るように初期装備のダガーを左右に揺らしながら歌っている。
「Catch a tiger by the toe」
それは英語圏で歌われる歌だった。だが、他のメンバーは皆知っているかのように一様に口許を歪めて笑っている。
「If he hollers, let him go」
これは、ラフィンコフィンで行われる遊びのひとつだった。
歌の意味は単純だ。
子どもの数え歌。
――どちらにしようかな、天の神様の言うとおり……
「Eeny, meeny, miny, moe」
ダガーの動きが止まる。指し示している先は、カイルの右腕だった。
「ひゃっひゃっひゃ! じゃーん! 今回は、右腕~!」
ジョニーが嗤う。ザザも口許が緩んでいる。
「んじゃ、今回はこっちだ」
Pohがダガーを一閃する。カイルの右腕を斬り飛ばした。
少年の悲痛な絶叫。
Pohが嗤う。ジョニーが喜ぶ。ザザが赤目を怪しく光らせる。
ただ、カイルだけが泣いていた。
「は~い! ヘッド! 次はオレがやる! いいだろ!」
回復POTをカイルへ無理やり飲ませていたジョニーが無邪気に言う。Pohは肩をすくめて立ち上がった。
「やりすぎるなよ? Boyは大切なゲスト様だからな。俺たちはホストとして、失礼の無いようおもてなしをしなきゃならねえ」
「分かってるって!」
頭陀袋に空いた穴から覗くジョニーの目が、舐めまわすような視線をカイルへ向ける。カイルは思わず逃げようとして、逃げられなかった。瞬時に背後に回ったザザによって身体を押さえられたからだ。
ジョニーが近づく。手にはPohから渡された初期装備のダガー。決して殺さぬよう、生きたまま四肢を切断するラフィンコフィンの残酷な遊戯。
それが、僅か八歳の子どもに対して行われていた。
煉獄すら生温い地獄の光景が、この美しい洞窟の中でただひたすらに行われていた。
唯一の救いは、これがゲームだということだ。少年が感じる痛みは殆どなく、切断された四肢は回復POTによって時間こそ掛かるが元通りになる。
だが、それだけだ。
恐怖が刻まれる。どうしようもないほど、心の奥底にまで絶望が浸透していく。少年の心を悪戯に壊していく。
ジョニーが歌う。無邪気に、残酷に、愉快に、日本語で歌い始める。
PohはそれをBGMに自前のダガーを装備しなおし、宙でまわして唇に笑みを浮かべる。
やがて、歌が終わる。
「は~い! 今度は左足だ!」
切断音。カイルの泣き叫ぶ声。ジョニーがケラケラと嗤い、ザザも実に愉快そうに感嘆の声を上げる。
ここに救いはなかった。ただ悪意だけがあった。
ふと、Pohの視界に青色に歪んだ光が生まれた。中から這い出てきたのは、純白の髪を持つ、中性的な容貌の男だった。
Pohはダガーで遊ぶのをやめて男、アポストルに声を投げる。
「よう、ホーリィ。回廊結晶とは、随分と高いもん使ったな」
「ああ、当然ですよPoh。これからが最高のフィナーレです。最前列で鑑賞したいに決まっているじゃありませんか」
唇に美しい微笑を湛えたアポストルが、実に実に喜びに満ちた声でPohへ返した。
それで、とアポストルの視線がカイルへと移る。HPこそグリーンであるが、いまは左足が無くなっている。
「実に愉しそうなことをしていますね」
ああ、とPohが頷く。
「これがオレたちのおもてなしってやつだ。他じゃ味わえないフルコースを堪能してもらってる」
お前が教えてくれたお遊戯だよ、とPohが付け加えた。アポストルがアルカイックに微笑む。
「刻限までまだ少しあります。楽しんでいただきましょう」
「だ、そうだ。副長からの指示だぜ。お前ら、Boyにもっとおもてなしをしてやれ」
Pohが口角を吊り上げてふたりに命じる。
「オッケー!」
ジョニーが元気よく答える。
「じゃあ、次は、二本ずつ、行くか」
ザザが赤目を怪しく光らせる。
歌が始まる。残酷な未来しかない、愉快な曲調の歌が始まる。
Pohはそれを満足げに聞きながら、目線をシステム端へと移す。
「あと八分ってとこか。奴は来ると思うか?」
「ええ、来るでしょう。それがあなたの希望なのでしょう?」
ああ、とPohが答える。ダガーを握る手が歓喜に震えていた。
「奴と殺り合いたくて仕方がねえ。それでずっとウズウズしてたんだからよ。だから、この脚本を書いてくれたお前には礼を言うぜ、ホーリィ」
カイルが泣き叫ぶ。
そんなことなど関係ないとでもいうように、アポストルがうんざりとしたようにPohへ言った。
「でしたら、そのホーリィというのはやめていただきたいのですが。皆が私のことをそう呼ぶんですよ」
「白々しくていいじゃねえか。お前みたいな奴が、聖なるかな、なんてな」
「まあ、割と気に入っている偽名ではありますがね」
不意に、雑談に興じていたふたりの耳に、足音が届いた。しゃがみ込んでいたPohが立ち上がり、アポストルが両手に針を装備した。
「奴か? 随分と速過ぎる気がするが……?」
Pohの瞳に疑惑の色が混じる。アポストルも同様に、表情には疑問。
やがて、ふたりの前に足音の主が姿を現した。
◇◆◇
「テメエら、何やってやがる……!」
クラインが怒りを押し殺した声で言った。その後ろに隠れるように、フードを被ったアルゴがいる。
クラインの眼前には、Pohとアポストル。その背後には幹部であるジョニーとザザがいた。幹部ふたり間に挟まれるように、手足を失った少年が泣きながら転がされている。
「クライン、それにアルゴか……」
Pohがクラインと後ろに隠れるアルゴの姿を見て、残念そうに言った。アポストルも額に手をあてて嘆いている。
「おい、脚本と違うぞ? どうなってんだ?」
Pohの視線がクラインからアポストルへ向かう。アポストルはただ微笑みながら首を振る。
「どうしたものやら。筋書きとは異なることが起きているようです」
「何やってやがるって訊いてンだよ!」
一向に返事の無い二人に対して、クラインが怒声を浴びせた。
舌打ちしたPohが肉厚ダガー、メイトチョッパーを肩に担ぐ。
「脚本に従って招いたゲスト様をおもてなししてるのさ」
さも当たり前だというように、Pohが答えた。クラインの右手が勝手に刀の柄に触れた。あまりの怒りに手が震え、刀がこれに呼応しカタカタと音を鳴らす。
「で? 何しに来たんだクラインさんよお? 情報屋までいやがるし」
「テメエらを探してたンだよ」
ほぉ、とPohが面白そうに唇を歪める。
クライン、アルゴの両名は、この一週間ラフィンコフィンを追い続けていた。
ことの発端はアルゴが掴んだ情報だ。ラフィンコフィンが近々盛大に動く。確かな筋から得られたこの情報を受けたアルゴは、まずクラインへと情報を流した。なぜなら、アポストルやPohと因縁があるハチマンを極力関わらせたくなかったからだ。クラインはこれを呑み、一部ギルドメンバーを動員してアルゴの情報収集に協力した。
そして、必死の情報収集の結果、今日何かが行われることが判明した。それを阻止するべく、クラインとアルゴはたったふたりで敵の本拠地まで向かったのだ。判明したときには、既に時間がなく、決死の覚悟でふたりは来た。ただ、仲間を、標的にされていたハチマンとユキノを助ける一心でここに来た。
だというのに、目の前で起きている光景はなんだと、ふたりは思った。
大勢が集まっていると思われた場所には、四人とひとりの少年しかいない。なにより、少年に対し明らかな拷問行為が行われている。平然と、歌でもうたいながら、遊びに興じるように。
狂っている。
クラインの眉間に皺が寄る。アルゴですら、怒りに震えていた。
そんなふたりを見て、Pohはひゅーと口笛を吹いて答えた。
「ジョニー、ザザ、遊んでさしあげろ」
その瞬間、拷問で遊んでいたふたりが、クラインらに向けて走り出した。クラインが叫ぶ。
「下がれアルゴ! オレがやる!」
クラインが右足を前にした前傾姿勢。アルゴが言うとおりにその背後に回る。ジョニーとザザが嗤い声を上げながらクラインへと殺到する。
その瞬間、クラインが動いた。刀を納刀したまま前方へ突進。ふたりとすれ違う寸前で螺旋回転をし、抜刀。瞬時にふたりの身体を斬り裂いた。
ジョニーとザザの表情に驚愕。三分の一ほど削られるHPバー。その致命的な間に、クラインは動いていた。背後からの刀での袈裟斬り、そして刀を切り返しての斬り上げ。V字型に引かれた斬閃が、ふたりのHPを更に削り、レッドゾーンまで追い込む。
圧倒的な強さ。その様を見て再びPohが口笛を吹く。
「すげえな、これが抜刀術とやらか。初めて見る」
「ええ、とても美しい」
アポストルもこれに同意する。
クラインがジョニーとザザの首の間に差し込むように刀を伸ばし、Pohへ視線を投げる。
「こいつらを退かせろ。テメエとサシでケリをつけてやる」
Pohが肩をすくめる。まるで心底残念だというように。
「誠に恐縮だが、先約があるんでな。アポストルとそいつらと遊んでくれ」
アポストルが微笑む。ジョニーとザザも笑った。
クラインだけが意味が分からないというように眉をひそめる。
「ダメだクライン!」
アルゴが叫んだ。クラインは咄嗟にその場にしゃがむ。首のあった場所へ針と、そしてジョニーとザザによる斬撃が走った。クラインは心底驚いた。ふたりを確実に殺せる状態にしていたにも関わらず、躊躇なく動いた。まるで、死など怖れていないかというように。
クラインが舌打ちして、上体を下げたまま紅色の刀身を横一閃。ジョニーとザザの足首を切断! 急所を外したことでHPバーが死亡ぎりぎりまで割り込むが、ふたりの動きは止まらない。
「クソッ!」
悪態をついたクラインの後頭部に針が刺さる。僅かな痛みと共に身体が前方に吹っ飛ばされる。即座にクラインは左手を地につけて回転し、地面に降り立つ。すぐ傍にはアルゴが武器を構えている。
「おいおいおい、テメエら命が惜しくねえのか?」
クラインの声に、Pohが呆れたように答えた。
「なに言ってやがる? 死を与える者が死を怖れてどうすんだ?」
アポストルが微笑む。まさにその通りだと言う様に。
訳が分からずクラインが叫ぶ。
「あンだって!?」
アポストルが告げる。
「我々がただ快楽のため、殺戮に興じているとお思いで? 確かにそれもありますが、我々はあなた方を救っているのですよ。この狭く苦しい世界の中で、救いを与えているのですよ」
Pohが首を振った。
「そりゃ見解の相違だな。それが本音か疑わしいが、オレは別だ。どっちにしろ一緒にしてもらっちゃ困る」
「寂しいこと言いますねえ。同士だというのに」
ふたりのやりとりの意味がクラインには分からない。アルゴも固まっている。ジョニーとザザが這うように近づいてくる。HPバーは依然として数ドットしか残っていない状態だ。だというのに、まるで水を得た魚のように、目を爛々と輝かせている。狂気の光だ。
「オレは死に肉薄するほど感じる快楽を得られりゃいい。なら、死を怖れる必要はない。それだけだ」
メイトチョッパーで肩を叩きながら、Pohが当たり前のことでも告げるように言う。
「狂ってるヨ。あんたラ」
アルゴが震える声を出す。クラインも同じ気持ちだった。
さて、とPohが言う。
「そろそろ時間だ。ホーリィ、新たなゲスト様を迎える必要がある。こいつらを掃除しろ」
「承知」
アポストルがストレージから血色の装丁をした古い書物を取り出す。
ユニークスキル《魔獣使い》を習得したときに得た、Mobを収納する書物だった。ここSAOには、ビーストテイマーと呼ばれる、Mobを従える一部のプレイヤーが存在する。それを極限まで発展させたのがこのスキルだった。
所有者が倒したMobを書の頁に封じるのだ。その数、全二百。一度に召喚できる数はMobの強さと熟練度に応じて変動するが、敵の虚をつくには最高のスキルだった。
書物がアポストルの意思に呼応するように怪しく光る。
クラインとアルゴの背筋に怖気が走った。
「さあ、フィナーレと行きましょう」
書物から光が溢れる。
その瞬間、アポストルの首が、何の前触れもなく飛んだ。
「な……に……?」
宙を舞うアポストルの顔に驚愕が生まれる。その掠れ始めた視界が捉えたのは、どす黒く混沌に揺れた腐った瞳。白いマフラーに深い臙脂のコート、黒のボトム姿の少年。右手に握られているのは、もはや血色にしか見えない短剣《デスブリンガー》。
「死ね。すぐ死ね。さっさと死ね。地獄に堕ちろ」
そして、アポストルの身体が斬り刻まれる。いままでの恨みをすべて晴らすかのような、圧倒的な斬撃量。
これにはさすがのPohも驚いていた。
「おい! こいつどっから現れやがった!?」
Pohの言葉に、クラインとアルゴだけが答えを知っていた。
インビジブル。そしてアサシネイション。加えてのシャドーエッジ。《暗殺者》のスキルをこれでもかと駆使した、殺意に溢れた連続攻撃だった。
「は、ハチ……なのか?」
クラインが怯えるように言う。アルゴも信じられないと首を振った。
いま眼前に立っているのは、見知ったハチマンなどではない。やる気がなく、夢は専業主夫だと声高に叫び、口癖は働きたくねえ。それでも何かがあればすぐに行動して誰かを助ける。そんな愛すべき友人の面影がどこにも見つからない。
いまここにいるのは、すべてを狂気にゆだね、全身から殺意を迸らせたひとりの悪鬼だ。
そこに、回復を済ませたジョニーとザザが殺到した。ハチマンの汚れた眼光がそれを捉えていた。ジョニーが細身の短剣を、ザザがエストックをハチマンへ向ける。
勝負は一瞬で決まった。
クラインの目には、ふたつの線が見えた。ハチマンの身体が白く発光し、紅の線が二度走ったのだ。
「い、インビジブルアサルト……」
アルゴが呆然と呟く。
ジョニーとザザの身体が真っ二つになる。HPバーが一瞬にしてゼロとなり、結晶となって砕け散る。
あっけない幕切れだった。アポストル、ジョニー、ザザが一瞬にして殺された。
誰もがハチマンの殺意に言葉を失う中、ただひとりだけが笑っていた。
「待ってたぞハチマン! テメエと殺りあうのが心底楽しみだったんだ! さあ、殺ろうぜ!」
Pohが狂気の笑みを浮かべ、メイトチョッパーを構える。
「It's show time!!」
Pohがハチマンへ走る。だが、すぐにその歩みが遅くなる。Pohの瞳に驚愕。
「フローズン・ファウスト……カ」
再びのアルゴの呟き。
「さっさと死ね」
ハチマンの投げやりな声。
そして、ハチマンの姿が掻き消える。瞬間後、ハチマンの身体が、十メートルは移動した場所に何事もなかったように、マフラーを揺らして立っている。
八本の斬閃が荒れ狂う。その光に、Pohの身体が八つ裂きにされた。
「オクトアサルト……!」
もうやめてくれと言うように、震えた声でアルゴが言った。
「Oh、強すぎるじゃねえか……」
PohのHPバーが急速にゼロになる。身体にヒビが入る。硝子の結晶に舞い散る寸前、Pohが呪うように口にする。
「俺たちを、殺し尽しやがったテメエも、立派な、殺人鬼だ」
そして、Pohの身体が消えた。
ハチマンが振り返る。よく見れば、その濁った瞳からは溢れんばかりの涙が流れている。クラインは動けない。アルゴも動けない。
ハチマンだけが動くことを許されているように、ゆらゆらと身体を揺らし、その場に崩れ落ちた。
「ハー坊!」
「ハチ!」
アルゴとクラインが駆け寄る。ハチマンは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
やがて、この世すべてを一心に呪うかのような慟哭が、洞窟の中に響き渡った。