ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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いつの世も、地獄を作るのは人である 6

「以上が、今回の事件の顛末になります」

 

 血盟騎士団本部、団長の執務室。椅子に座したヒースクリフの前でアスナがそう言って説明を締めくくった。その両隣には、証人としてクライン、そしてディアベルが立っている。

 

 窓から差し込む柔らかな春の日差しが、ヒースクリフが珍しく浮かべた陰鬱な表情を照らしている。

 

「何人死んだのかね?」

 

 アスナが事務的に答える。そうしないと、叫んでしまうかというように。

 

「第一層で暮らす住人のおよそ二百名余りがラフィンコフィンによって殺されました。こちらはまだ調査が完了していないので、正確な人数は不明です。そして当のラフィンコフィンは、先に話した通り、Pohやアポストル、幹部含めこちらが把握できる構成員二十九名の死亡を確認しています」

 

「これでも悲惨だが、これだけで済んだのは、ハチマン君の功績だな……」

 

 ヒースクリフが嘆くように言った。

 

 その言葉に反応したのはクラインだ。

 

「功績? 功績だと? ふざけんな! あいつが、あいつがどんな思いでやったのか、テメエは分かってンのか!」

 

 クラインの怒号が執務室に激しく響く。

 

「奴らを野放しにしたのはオレたちだ! オレたち攻略組が、やつらを全うに探して処罰することをしなかったから、こンな胸糞悪い事件が起きた! あいつは、あいつはそれを一人で解決した! しちまった! できるだけの力を持っちまってた!」

 

 クラインが捲し立てる。

 

「あいつの叫びを聞いたか? あいつの嘆きを全身で聞いたか? 聞いてねえだろ!!」

 

 ヒースクリフが顔をひきつらせる。

 

「そんなに、酷いのかね?」

 

「当たり前でしょ!」

 

 アスナが叫んだ。わなわなと全身を震わせ、自身の身体を抱きしめる。

 

「もう私たちの声すら届かない……! 起きるたびに泣き叫ぶの……。寝ているときも悪夢にうなされているみたいに苦しそうで、起きればサキさんの名前を呼んで狂ったように泣いている。あんなハチくんの姿を見て……見て、もうこんな世界は嫌だ!」

 

 遂にアスナが泣き出した。ディアベルがアスナの身体を支える。ここにキリトはいない。エギルと共にサキとハチマンの元にいるのだ。

 

「大丈夫、必ずハチマンは元に戻る。きっとすぐに、働きたくねえ、って言いながら戻ってくるさ。いや、戻してみせる!」

 

 ディアベルが言う。まるで自分でも信じられないかのように、白々しく響く言葉だった。

 

 怒りを無理やり静めるように、クラインが長い、長い息を吐いた。

 

「オレからひとつ要求をしたい」

 

「……なんだね?」

 

 ヒースクリフが額を押さえて返す。

 

「あいつら、ハチとサキさんを前線から外せ」

 

「期間は?」

 

 ヒースクリフの言葉に、再びクラインの怒りが着火する。

 

「テメエは状況分かってンのか!?」

 

「伝聞での限り、彼が酷く精神的に落ち込んでいるのは分かる」

 

「だったらっ! だったらもういいじゃねえか! あいつらに休ませてやってもいいだろうが! これ以上あいつ等を酷使するのか? もう擦り切れちまってンだよ! ハチも、サキさんだって!」

 

 息も絶え絶えにクラインが叫ぶ。

 

「あいつら、現実じゃまだ高校生だぞ! 子どもなんだぞ! 大人の責任をこれ以上おっかぶせんなよ!!」

 

「分かっている。分かっているとも……そんなことは百も承知だ」

 

「だったら……!!」

 

 ヒースクリフも退かない。退くことができない理由があった。

 

「彼らが前線を退いてから一ヶ月。事件の後処理を鑑みても、明らかに攻略スピードが落ちている。ボス戦攻略もそうだ。いつも先頭をきって戦い、類稀なる洞察力で道を切り開いていった彼らがいない。それが何を示すかも、クラインくん、分かっているだろう?」

 

「下手すりゃ、通常のフロアボスでも死人が出るって言いたいンだろ」

 

 ヒースクリフが首肯する。

 

「彼らの存在はあまりに大きかった。誰もが知らず知らずの内に依存してしまっていた。彼らがいれば大丈夫だと。その責任は当然我々にもある」

 

「ならオレがなる」

 

 クラインが一歩前に出る。ヒースクリフの表情に疑問。

 

「なに?」

 

「オレがなるっつってんだよ。テメエら臆病者どものために先頭きって戦ってやるよ。どんなことだってやってやる。それなら構わねえンだろ?」

 

 そこで、アスナを慰めていたディアベルの声が重なる。

 

「オレもなるよ。オレだって彼らに甘えていた。地龍戦の時だって無理強いさせてしまったんだ。これはオレの責任でもある。だから、今度はオレたちの番だ! オレ達が攻略組の希望になる!!」

 

「私もよ……」

 

 しゃがみこんでいたアスナが立ち上がる。服の袖で涙を拭い、決意を新たにした表情で足を進める。

 

「私もなる。ハチ君とサキさんの代わりになる! キリト君だって、きっと同じ気持ちのはずだよ!」

 

 クラインがふたりの言葉に目を潤ませながら、ヒースクリフに告げる。

 

「もう一度だけ言う。ふたりを前線メンバーから外せ! もう、休ませてやってくれ!」

 

 普段欠片も動じることのなかったヒースクリフの瞳に極限の懊悩が走る。やがて、息を吐いて彼らに言った。

 

「……よかろう。各ギルドには私から通達しておく。本日より、ハチマン、サキの両名に対し、本人の許可なく前線メンバーに加えることを禁ずる。これで良いかね?」

 

「ああ、問題ねえ」

 

 クラインが頷く。

 

「そうか、では解散しよう。私もこれから忙しくなる」

 

 会議の終わりを告げたヒースクリフが立ち上がる。

 

 それぞれが、それぞれの思いへ向けて足を動かしていく。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 同刻――三十三層主街区《ラーヴィン》にあるハチマンとサキの部屋。

 

 歌が歌われていた。聴くものを眠りに誘う、やさしい歌が歌われていた。

 

 ――ねんねんころりよ おころりよ

 

 聞こえてくるのは春の陽光で明るい寝室。歌っているのはサキだった。ベッドに横たわるハチマンの傍で、彼の頭を撫でながら、ゆっくりと歌っている。

 

 ――ぼうやはよい子だ ねんねしな

 

 ハチマンは時折うなされるように腕を宙に突き出すも、サキがその手を握ると安心したように再び夢の世界へと戻っていく。

 

 ――ぼうやのお守りは どこへ行った

 

 サキが歌う。ハチマンの悪夢よ去れとばかりに。

 

 ――あの山こえて 里へ行った

 

 目じりには時折涙を浮かべながら、それでも拭って声を震わせずに歌う。決してハチマンを起こさないように。現実の悪夢を見せないように。

 

 そして、リビングにはキリト、エギル、アルゴがいた。三人は沈鬱とした表情でその歌を聴いている。

 

 つい先ほどまで、彼らは暴れるハチマンを抑えていた。ハチマンが起きたとき、丁度視界にサキがいなかった。恐ろしい勢いでサキの名を呼んで荒れ狂うハチマンを、三人がかりで押さえ込んだ。そして、サキの必死の呼びかけでようやく眠りにつかせたのだ。

 

 こんな生活が、もう一ヶ月近く続いている。

 

 あの日、ハチマンは壊れてしまった。

 

 ラフィンコフィン総勢二十九名を殺害したハチマンは、罪悪に耐え切れずその場で発狂。クラインとアルゴ、そして遅れて駆けつけたサキたちは、この世の終わりを見たように感じた。

 

「ハチは、俺たちの英雄だ」

 

 キリトが小さく呟く。ハチマンの眠りの邪魔をしないように。

 

「ハチが全部解決した。俺たち攻略組が全員でやるべきことを、ひとりでやらざるを得ない状況に追い込まれて、それでも解決した」

 

 キリトの表情には苦悩があった。アルゴが一筋の涙を流す。

 

「オレッちがもう少し早く情報を集めることができたラ……」

 

「責任の所在なんていいんだ」

 

 エギルが静かに、しかし聞く者の心に深く染みる声で言う。

 

「いまは、あいつを元に戻す。それだけを考えよう」

 

 歌が響く。

 

 眠りに誘う、やさしい歌がうたわれる。

 

 たったひとりの少年と、それを支える少女のために、出来ることはなにがあるのか。

 

 それがアインクラッド攻略に新たに加わった問題だった。

 

 

 

 

 

 

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