ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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ただひたすらに、彼ら彼女らは支えあう 5

 あれから、疲れたと言って寄りかかってきたハチマンを支えて、あたしたちはログハウスに戻った。寝室へ彼を連れて行くと、まるで恋しいものでも見つけたようにベッドにダイブした。行動は以前のままだ。相変わらずこういうところは変わっていない。

 

「ああ、俺は布団ちゃんと枕ちゃんと結婚したい……」

 

 枕に顔を押し付けたハチマンが、布団と枕を愛おしそう愛撫しながら感慨深げに言う。どうしてそれをあたしにできないんだろうか……。

 

「一応、あんたの嫁がここにいるんだけど」

 

「そうだった……。いっそサキが布団になってくれると最高だな」

 

 まどろみ掛けているのだろう。普段なら言わないような科白をハチマンが言う。あたしはにやりと笑った。

 

「する?」

 

「抱き枕になってくれるのか?」

 

 くわ、っと欠伸を漏らしたハチマンがあたしを見る。あたしはなるべく妖艶な笑みを浮かべて首を振る。

 

「ん、裸で抱き合うの」

 

 ハチマンが目を剥いた。まるで眠気などいっぺんに吹き飛んだように。

 

「……え? なに? なんつったの?」

 

「あのね、あたしこれでも女だよ。女だって、したいときあるんだよ?」

 

 もうたまらなくて、いっそ全部脱いでしまえとシステム画面から装備ウインドウを呼び出す。ハチマンが慌てる。

 

「ちょ! 待て待て待って! 俺復活したばっか! いきなりえっちぃこととかやめて! 混乱しちゃうから! ていうかもう既にいっぱいいっぱいだから!」

 

「やだ」

 

 一言だけ言って、装備一斉解除ボタンを押す。あたしらしからぬ、躊躇ない行動。服を脱ぎ捨てたあたしはそのままハチマンへと歩み寄る。ばっ、と乙女のように両手で目を隠したハチマンが声を上げる。

 

「ちょ、待って! 心の準備とか色々あるから! ていうか前言ったよね? 覚えてないの?」

 

「覚えてない」

 

「俺の彼女の記憶力が残念すぎる!」

 

 ハチマンが叫んだ。知らない。知ったことか。

 

 あたしはベッドに乗ってハチマンに馬乗りになる。なんだか襲ってるみたいで興奮する。あたし、実は変態なの?

 

 顔を覆ったハチマンが、それでも指の隙間からあたしの身体を見ている。特に胸が気になるらしい。やっぱそういうとこは男だね。目を丸くしたハチマンが、それでもあたしから視線を離さない。

 

 頑張って理性ちゃん! あとちょっとだけで良いから頑張って!

 

 ハチマンが必死に呟いている。だから理性ちゃんって誰よ。いまはあたしだけを見て欲しいんだけど。

 

 そっとハチマンの身体に覆いかぶさるよう、あたしの胸を押し付ける。ハチマンが喉の奥で唸る。指からはみ出た彼の顔はもう真っ赤だ。

 

「ちょ、無理、限界! 俺いま理性が吹っ飛ぶ寸前!」

 

 まったく、面倒な男だよ。

 

 そっと、ハチマンの耳に顔を寄せて囁く。

 

「もうごちゃごちゃ色んなこと考えないで。あたしを見て。あたしだけを感じて。あんたもあたしに溺れて。あたしはあんたにいつだって溺れてるから」

 

 ハチマンが喉を鳴らした。

 

 だから、と精一杯の気持ちと色気を込めて言葉を贈る。

 

「あたしを抱いて」

 

 ぷつん、と何か糸が切れた音が聞こえたような気がした。

 

 手を離したハチマンがあたしを見る。あたしもハチマンを見つめる。そのまま吸い込まれるように口付けをしようとして――

 

 

 

「やっほ~! 今日もアルゴちゃんが来たヨ~!」

 

 

 

 うん、そのとき空気が止まった気がしたね。

 

 振り向くと、寝室の扉を開けたアルゴが、顔面を笑顔にした状態で固まっている。あたしたちも同じだ。

 

 客観的に見てみよう。

 

 寝室のベッドで、裸のあたしがハチマンの上に覆いかぶさっている。いまやもう唇は触れる寸前。どう考えても……ごにょごにょしそうな雰囲気だ。というか絶対する感じだ。

 

 つまり……

 

「し、失礼しましたああああああああ!!」

 

 アルゴが反転。脱兎のごとくに部屋から逃げ出した。

 

 あたしとハチマンは沈黙。

 

 空気を壊されたどころではない。冷静になって、どれだけすごいことをしていたのか改めて気づいた。あれ、やだ、あたし、なんて大胆なことしてたの!?

 

 急に恥ずかしくなって、あたしは服を着直す。ハチマンもうんうんと唸りながら布団を被る。そして、足をバタバタしながら悶え始めた。

 

「見られた、見られた見られた見られた見られた見られた! もうハチマンお嫁に行けない! 行けないよおおおおおおお!」

 

 ちょっと、嫁に行くのはあたしだよ。あんたは女なの?

 

 しばらく暴れていたハチマンだったが、ようやく落ち着いたか布団から顔を出して一言。

 

「……おうち帰りたい」

 

 あたしは思わず項垂れる。

 

「ここがあたしたちの家だよ」

 

 そこで、ようやくいつもの部屋と違うことに気づいたか、ハチマンの視線がきょろきょろと動く。

 

「え、なにここ? どこの富豪の別荘だよ。なに? ロトセブンにでも当たったの?」

 

 発想がユキノと同じなんだね。さすが奉仕部員。それを喜べばいいのか嘆けばいいのやら、もう何がなんだか分からなくて、あたしは額に手を置いた。

 

「みんながあたし達に贈ってくれたんだよ。経緯はあとでちゃんと話すから。とりあえず、みんな呼ぼうか?」

 

「お、おう。え? アルゴも来るの? あの子絶対みんなに言っちゃうよ? 俺の黒歴史がまた増えるよ?」

 

 ふぇぇ嫌だよぉと、きっといつも脳内で繰り広げられている会話が今日は駄々漏れだ。さすがにかなり混乱しているらしい。

 

 はあ、とため息してあたしは再びハチマンの傍に寄る。

 

「あんた、あたしと抱き合うのが黒歴史だって言いたいの?」

 

 あたしの言葉にハチマンが即座に返答。

 

「いや、四六時中抱き合っていちゃいちゃしたい。できればもう最後までしたい。やりまくりたいまである。俺の理性ちゃんはいつだって欲望くんにフルボッコされてる」

 

 とりあえず、理性ちゃんとやらは女の子で、欲望くんとやらが男の子。ふたりは日々壮絶な戦いを繰り広げているらしい。非常にどうでもいい情報だ。さっさと負けなよ理性ちゃん。頑張れ欲望くん!

 

「ならいいじゃない。みんなそんなもんだよ」

 

 そっと頬にキスをする。

 

 ぽおっと幸せそうに顔を赤くしたハチマンは、無言で頷いた。

 

「それじゃ、夕方になったらみんなを呼ぼうか。みんなハチマンが戻って来るのを待ってたんだよ」

 

「お、おう、そうか……色々迷惑かけたみたいだな」

 

 ハチマンの顔が少し強張る。どうせまたぞろ面倒なことを考えているのだろう。なら、こういうときは一発かましてあげればいい。

 

「ちゃんとお礼を言いなよ。それと」

 

 

 

 ――夜になったら、さっきの続きをしようね?

 

 

 

 ハチマンの顔が爆発した。寝室を出て扉を閉めると、中から絶叫が届いてきた。

 

 あたしはくつくつと喉の奥で笑ってウインドウを呼び出し、みんなにメッセージを送る。アルゴからは、邪魔したことを謝る旨の返信が即座に届く。まったく、あの子はいつだってあたしの邪魔をするんだから。困ったものだ。でも親友だから許す。

 

 ハチマンが休んでいる間、あたしは指定した時間までにと全員分の夕食の準備に取り掛かる。そういえば昼食を食べ損ねたな、と思い出して寝室をノックするが、当のハチマンは、

 

「いま理性ちゃんを全力で応援中だから勘弁してくれ!」

 

 とのことだった。思わず笑みを零しながら夕食の準備を再開する。早く負けないかなあ理性ちゃん。あたしは欲望くんを応援しよう。頑張れ、欲望くん!

 

 そして、夕刻前になるとリビングへ全員が集まった。迷宮区攻略をしていたはずのキリトとアスナまで揃っているのだから、どれだけみんながハチマンを心配していたかが分かる。全員がいまかいまかという表情で、寝室にいるハチマンが出てくるのを待っている。アルゴだけが、恥ずかしげに頬そめて、ちらちらとあたしを見ていた。

 

 あたしは唇だけ動かして、黙っていて、とアルゴへ伝える。彼女は勢いよく首を縦にぶんぶんと振った。

 

 やがて、ハチマンがいつもの姿で寝室から出てくる。全員の視線がハチマンへ集まり、

 

「おかえり!」

 

 全員がハチマンに声を掛ける。彼は恥ずかしそうにしながら頭をがりがりと掻いて、小さく答えた。

 

「おう。その、なんだ……ただいま」

 

 クラインが感極まったようにハチマンへ飛びつく。

 

「よかったぜぇ、本当によかったぜえ!」

 

 キリトとアスナ、アルゴにディアベルがそれに続く。エギルが包み込むように、大きな両腕で全員をその腕に抱く。

 

「おい、苦しい! ちょ、キリト! 脇腹突くな! アスナもくすぐったいから腹に頭こりつけるのやめてね! あ、アルゴ! さっきの耳元で言うんじゃねえよ、みんなに聞こえちゃうだろ! おい、さっきからさり気なく頭叩いてんじゃねえよディアベル! クライン! 頬にヒゲ面こすり付けんな! 痛えんだよ! てめえらエギルを見習え! 復活したばっかで俺を殺す気か!」

 

 ハチマンが呻く。だけど、その声はやっぱり嬉しそうだ。

 

 抱擁の環に加わらなかったユキノが、あたしの傍に寄ってくる。そして両腕を広げてあたしを抱きしめた。

 

「良かったわね。本当に、よかった」

 

「うん、うん、ありがとうユキノ」

 

 そこには歓喜だけがあった。すべてがようやく元通りになったかのように、抜け落ちた最後のピースがいま嵌る。

 

 これで全員が揃ったのだ。

 

 ようやく抱擁が終わったか、全員が思い思いにテーブルに着く。当然中心はハチマンで、隣にはあたし。

 

 全員の視線がハチマンへ集中する。彼はうっ、と小さく呻いてあたしを見るが、微笑みを返すだけにしておく。ぬぅ、と唸りながらも、ハチマンが口を開く。

 

「まあ、あれだ、心配かけてすまんかった。この通り、とりあえずは復活だ。いままで迷惑かけて悪かった。それと、色々とサンキューな」

 

 ハチマンの言葉に代表してクラインが答えた。

 

「なあに、構わねえよ。サキさんにも言ったけど、お前らには感謝してんだぜ。だからこれは俺たちからお前らへの感謝の気持ちだ。気にすんなよ、な?」

 

 そっとハチマンを見る。いつもは濁っている瞳が、珍しく澄んで光っているように見えた。彼が俯く。

 

「おう、サンキューな」

 

 そこから、いつものように作っておいた夕食をテーブルに広げ、食事会が始まる。みなハチマンに話したいことがたくさんあったんだろう、口々に彼が意識を失ってからのことを話していく。彼はそれに対し、いつものように適当な相槌を打ちながらも、情報を整理しているかのように時折瞑目していた。

 

 そして、あらかた話も終えたところで、クラインが控えめに口を開いた。

 

「ハチ、これからどうしたいンだ? オレらとしちゃあ、ふたりにはここでゆっくりして貰いたいんだがよお」

 

 全員が頷く。あたしはハチマンを見る。彼は少しだけ黙ってそれを受け止め、時間を置いてからゆっくりと首を横に振った。

 

「俺は前線に戻る」

 

 ああ、やっぱりそうだろうね。そんな目をしてたから。

 

「ハチ、いいのか? また戦うことになるぞ?」

 

 キリトが心配そうに言う。だが、ハチマンはそれに対しても首肯する。やがて、ぽつりぽつりと語り出す。彼が考えて考えて、そして達した結論を。

 

「あれから考えてた。奴らを皆殺しにしてから、まどろんだ夢の中で、絶えず考えてた。俺は奴らを皆殺しにした。ひとり残さず、徹底的に、殺意を持って首を落とした。どんな理由があれ、俺は人殺しだ」

 

 全員が声を揃え、違うと、ハチマンはみなを救ったと言う。しかし、ハチマンはそれを片手で制する。

 

「確かに、俺は住人を助けることができた。でもな、あの行為は厭われるもんじゃねえ。償いはすべきだ。だから俺は、俺は……」

 

 その瞳に涙を蓄え、ハチマンが己の決意を口にする。

 

 

 

「アインクラッドを攻略する。ここで死んでいった奴らのためにも。ここで生きて現実を夢見る奴らのためにも。なにより、サキのために。俺はこの塔を攻略して現実に戻る。それがいまできる俺の償いだ」

 

 

 

 全員がその決意の強さに言葉を失う。ハチマンがあたしを見る。彼は済まなそうに目を細めて言った。

 

「すまん、サキ。勝手ばっか言っちまって。着いて来てくれるか?」

 

 答えなど、当の昔に決まっている。

 

「あんたの隣があたしの居場所だよ。あんたが行くなら、あたしも行くよ」

 

「おう、ありがとな」

 

 くっそ、とクラインが男泣きをする。

 

「こんにゃろう。いちいち俺を泣かせやがって! ふたりが戻ってきてくれりゃ、こんな塔すぐにでも攻略できンぜ!」

 

「悪いな。お前の行動無駄にしちまって」

 

「気にすンなよ。ダチだろオレたち!」

 

 ハチマンがまぶたを閉じ、自然に微笑む。

 

「そうだな、そうだったな」

 

 よしっ! とキリトが手の平にこぶしを叩き付ける。

 

 アスナは、すぐに団長に連絡しないと、と仮想キーボードを叩き始める。

 

 ディアベルもエギルと一緒に喜んでいた。

 

 ユキノとアルゴは、やっぱり心配そうにしていたけれど、ハチマンの意思の強さは知っているから、何も言わず、応援するようにその相貌を崩す。

 

 あたしはハチマンの手を握る。彼も握り返してくれる。

 

 さあ、あたしたちはようやく戻ってきた。この現実に。この悪夢の塔へと続く扉の前に。

 

 覚悟しなよアインクラッド。

 

 あたしたちが、あんたを全力で攻略してやる……!

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 それから二日間、あたしたちは、ひたすらにレベル上げをしていた。そして朝早い時間に三人の人物がログハウスを訪れた。ひとりはアスナ、そしてもう一人は血盟騎士団団長ヒースクリフ、最後は副団長補佐のマンダトリーだ。

 

 先頭に立っていたヒースクリフが玄関の扉を開けたあたしに、まず頭を下げる。

 

「朝早くに申し訳ない。君たちのことはアスナ君から訊いていてね。いまの時分にしか話をする時間が作れそうにない故、この時間にさせてもらったのだが、構わないかね?」

 

 あたしはそれに首を振って答える。

 

「アスナから訊いてるから大丈夫だよ。それより悪いね、こんなとこに来てもらって」

 

 では失礼して、と中に入る三人をリビングへ通す。テーブルには既にハチマンが座って待っていた。三人を席に促し、あたしもハチマンの隣に座る。

 

「よう、ヒースクリフ。久しぶりだな。それと、マンダトリーだっけ? 初めましてか。アスナは……まあいいや」

 

「ちょ、ハチくん酷い!」

 

 適当な扱いをされたアスナが、リスのように頬を膨らませて怒る。

 

「別にいいだろ。隣近所なんだし」

 

「そうだけど、なんかもうちょっとあるでしょ!」

 

 ぷりぷりと怒るアスナと欠伸をするハチマンの間に入ったのは、マンダトリーだ。

 

「まあまあ、今日はそんな話をしに来たんではないんですから」

 

 ヒースクリフが立ち上がり、一歩後ろに下がる。マンダトリーとアスナも同じくヒースクリフに習う。

 

「まずは謝罪を。我々血盟騎士団のギルド員が君たちに多大なるご迷惑をお掛けしたことを心より謝罪する。申し訳ない」

 

 三人が頭を下げる。

 

 先日襲ってきたあの憎らしい長髪の男、クラディールはどうやら血盟騎士団のメンバーだったらしい。その話を訊いたアスナは、即座にヒースクリフに連絡を取り、オレンジギルドである《タイタンズハンド》と共に即座に指名手配。現在、全力で身柄確保に動いているらしい。

 

「まったくだよ。危うく犯されかけたんだからね」

 

 女として最悪の経験をされかけたあたしとしては、皮肉のひとつも言いたくなるものだ。

 

 あたしの言葉に三人が再び頭を下げる。

 

「本当にごめんなさい、サキさん。これはあたしたちの責任でもあるから」

 

 アスナの謝罪に、ハチマンは複雑な表情をする。彼も別に彼女に対して怒っているわけではない。

 

「まあ、あれだ。正直奴は八つ裂きにしてやりたいところだが、奴の処理についてはひとまず置いておく。とりあえず今回の件を交換条件に、ひとつこっちの要求を呑んでくれりゃ不問にしてやるよ」

 

 ヒースクリフが顔を上げる。

 

「構わない。何なりと言ってほしい。我々にできることであれば全力で応えよう」

 

 んじゃ遠慮なく、とハチマンが告げる。

 

「俺たちを前線に戻してくれ」

 

 ヒースクリフとマンダトリーの表情に驚愕。普段表情を変えないヒースクリフの驚き顔を見られて、あたしとしては溜飲が下がった気分だ。実におもしろい。

 

「い、いいんですか? いや、こちらとしては大変ありがたいと言いますか、むしろお願いしたいくらいだったんですけど……」

 

 マンダトリーが慌てたように言う。ハチマンはそれに難しい表情を浮かべる。悔恨の念でも抱いているのだろう。一度あたしを見て小さく息を吐くと、彼は三人に宣言する。

 

「俺の償う場所をくれ。いまの俺には攻略に貢献するくらいしか、俺が殺した罪を償う術を知らなくてな。だから前線に戻してくれ」

 

 ヒースクリフが、再度問う。

 

「確かにアスナ君から訊いてはいるが、本当に良いのだね? 前線に戻るということで」

 

 ああ、とハチマンが答える。

 

「俺とサキは攻略に戻る。レベル的にはまだちとキツイけどな。これは俺にとっての償いだ。だから俺は最前線に戻る」

 

 ヒースクリフがひとつ頷き、今度はあたしを見る。

 

「あたしも同じだよ。夫の隣があたしの居場所だからね。ハチマンが行くなら、あたしも行く。現実に戻るよ」

 

 そうか、とヒースクリフが息を吐き出した。何か思案するように一度瞑目すると、まぶたを開いてあたしたちを見据える。

 

 ヒースクリフが厳かに告げる。

 

「よかろう。現刻をもって、ハチマン、サキ、両名の最前線復帰を血盟騎士団団長ヒースクリフの名の下に承認する。各ギルド長には私から伝えておこう」

 

 あたしとハチマンが頷く。

 

「なんか、わがまま言っちまって悪いな」

 

 ハチマンの自戒の言葉に、ヒースクリフが首を振った。

 

「クライン君の宣言以来、誰もが君たちに追いつこうとしていた。ばらばらだった攻略組がひとつとなり、決死の覚悟で塔を駆け上った。未だかつて無い速度でね。しかし、皆心のどこかで君たちを待っていた。その君たちが戻ると言うのだ。感謝以外の言葉など我々は持たないよ」

 

 アスナとマンダトリーが、ヒースクリフの言葉に肯定を示す。

 

「すまん、そう言ってもらえると助かる」

 

 話は終わった。なら、あたしたちがすべきことは攻略ただひとつ。

 

「もうじき、七十層のフロアボス攻略会議が行われる。そこで君たちの帰還を正式な発表としよう。それでいいかね?」

 

「ああ、それでいい」

 

「あたしもいいよ」

 

 あたしたちの返答に満足げに頷いたヒースクリフが、そっと窓の外を見上げた。

 

 視線の先には、二十二層の美しい景色と、青々とした空がある。遥か蒼穹を貫くアインクラッドでも幻視しているのか。ただ、彼の瞳に一瞬映った彩光の中に、歓喜と呼ばれる色が現れていたような気がした。

 

 そして、同じく感慨深げに視線を飛ばしたマンダトリーの瞳にも、ヒースクリフと同じ色が宿っていた。

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