ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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かくして役者は揃い、最終劇の幕が開く 3

 幸せな朝だ。

 

 澄み切った雲ひとつない晴天に、窓から差し込む冬の柔らかな日差しが寝室を照らし、ほのかに温もりを与えている。室内のどこかしこにも福音の輝きが見て取れる。

 

 本当に、幸せな朝だ。

 

 隣には毛布に包まり夢の中にいる愛しい女性。青みがかった黒髪をシーツに散らして、すやすやと胸を上下させている。

 

 朝は基本的に憂鬱な気分にさせられる。どうにも身体の動きは鈍いし、いつだってやることは満載だ。働きたくない精神がまだどこかに残っている俺としては、朝というのはどうにも苦手だ。

 

 だが、今日は違う。

 

 下らない最後の防壁を取っ払った所為か、どこか身体は軽やかで、心も気分も気持ちが良い。

 

 まあ、俺も男になったということだろう。色々な意味で。

 

「ん……っ」

 

 サキが身じろぎ、目を瞬かせる。俺を見上げ恥ずかしそうに、にへらと笑った。

 

「おはよ」

 

「おう、おはようさん」

 

 毛布から抜け出したサキが俺に抱きつく。当然のようにお互い何も着ていないから、ちょっとマズイ部分がダイレクトに俺の腕に当たっている。

 

 おい、待て。朝っぽらから何しやがる。もう欲望くんが理性ちゃんをフルボッコし始めたぞ。どうしてくれるんだ。

 

「サキ、できれば服着てくれ」

 

「やだ。このままぎゅってして」

 

「俺の彼女が欲望に忠実すぎる……」

 

 思わず嘆いた俺に、サキが笑って言う。

 

「欲望くん応援してたから、賭けはあたしの勝ちだよね?」

 

「え、いつ賭けなんてしてたんだ? 俺知らないんだけど」

 

「あたしが勝手にしてた。いま決めた。だからあたしの勝ち。ぎゅってして?」

 

 ふふふ、と嬉しそうに笑って俺の肩に頭をこすり付ける。あらやだ、俺の彼女の頭がおかしくなってる。そうだった、こいつ朝弱いんだった……。

 

 まあいいや。どうせ何もかもサキには知られちまったし、いまさら恥ずかしがることもない。

 

 俺は身体をサキに向けて腕を回す。好きな女と裸で抱き合う。実に幸せな時間だ。なのだが、そろそろやることがある。正直早めに動いておきたいから、そろそろ幸福から抜け出す時間だ。

 

 終わりにしようと告げるために、サキの背中を軽く叩く。一度だけ力を篭めたサキが、俺から離れる。頬を染めながら毛布で身体を隠してウインドウを開き始める。俺も服を着つつ、メッセージウインドウを開いた。宛先はアルゴだ。

 

 服を着終えたサキが、横から俺のウインドウを覗く。

 

「アルゴに何か用?」

 

「ちっとばかし面倒事を依頼するつもりだ。できればログに残したくない類のな」

 

 サキの表情が真面目なものに変わる。

 

「あたしは訊かない方がいい?」

 

 そこら辺をすぐに察してくれるのはありがたい。俺は頷いて答える。

 

「できれば知っている奴は可能な限り少なくしたい。正直に言えばアルゴにも訊きたくないんだが、残り十一層。そこまで時間があるとは言いがたいからな。アルゴ以外に宛がない。そもそも俺自身が攻略に掛かりきりで時間が取れない」

 

 サキの瞳に不安の光。

 

「結構まずかったりする?」

 

 問題ない、と言おうとしてやめる。サキにだけは嘘をつきたくない。なるべく平静を込めて言う。

 

「これに失敗すると、俺の予想だとほぼ間違いなく詰む」

 

 サキが息を呑む。無言で頭を俺の肩に預けてきた。自然と俺の手が伸び、サキの美しい髪を梳く。サキは気持ち良さそうに吐息を漏らして力を抜いた。

 

「じゃあ訊かない。あんたを信じる」

 

「秘密事するみたいで悪いな」

 

「気にしないで。あんたを愛してるし、あんたも愛してくれてるから大丈夫」

 

「ん、そうだな。愛してるしな」

 

 きょとんと、サキが俺を見て目を丸くする。珍しいものでも見たみたいに、俺の頬をつんつんと突く。

 

「あんた、そういうの恥ずかしくなくなったんだね。ちょっと前まで照れてたのに」

 

「そりゃアレがコレでそうなったら羞恥もなくなるだろ」

 

「ん、じゃあもう恋じゃないね」

 

 サキの言葉に呆然。なに言っちゃってんのこいつ。俺はいつでもサキに首っ丈だぞ。え、いつの間にか嫌われちゃったの? ハチマンショック!

 

「俺たちもう別れちゃうのかよ。泣くぞ。大声で泣き喚くぞ。俺が泣くとしつこいんだぞ?」

 

 んーん、とサキが首をゆっくりと左右に振る。

 

「恋が愛に変わったんだなーって。言葉じゃなくて、感情からそうなったんだって思って、嬉しい」

 

 ふふふ、と笑ったサキが俺の首筋に口付けする。髪の感触が頬に触れてくすぐったい。もうしばらく寄り添っていたいが、攻略のための時間も無駄にはできない。

 

「準備しよっか」

 

「おう」

 

 サキと立ち上がって俺たちはリビングへ入る。軽い朝食を済ませてアルゴを待っていると、しばらくして彼女がやって来た。

 

「おっはヨ~! 今日もアルゴちゃんがやってきたゾ~。にゃんにゃん♪」

 

「段々お前のキャラが分からなくなってきたわ。いいから何かひとつに統一してくれ」

 

 俺の問いにアルゴが顎に人差し指を当て、軽く天井を仰ぐ。

 

「鼠と猫と暴力娘、どれがいい?」

 

 新しい選択肢が増えたな。三番目は昨日開花した奴か……。

 

「個人的には猫がいい。うちもネコ飼ってたしな。だけど普通にしてくれ。慣れん」

 

「分かったヨ」

 

 サキは隣で苦笑していた。

 

 とてとてとアルゴがテーブルに付く。

 

「で、なんの用ダ? メッセージじゃなくて面と向かって話したいなんテ」

 

「ログに残したくねえんだよ。会話するのもできれば避けたい」

 

 それだけでアルゴは悟ったようだ。ひとつ頷くと、俺の隣にやって来る。俺は横目でサキを見る。サキも頷いて、リビングから寝室へ行く。

 

「あれ、サキちゃんは?」

 

「サキにも訊かせられん。可能な限り知る奴は少なくしたい」

 

 途端にアルゴの表情に影が走る。

 

「……嫌な予感しかしないヨ。帰っちゃ駄目?」

 

「アルゴに帰られると俺が詰む」

 

 はぁ、とアルゴの長息。

 

「分かったヨ。ハー坊の依頼ならノーとは言えないよ」

 

「ヤバイと思ったらすぐに手を引け。お前が殺られたらそれも俺にとっちゃ詰みと同じだ」

 

「これでも情報屋だよ。引き際は弁えてるヨ」

 

 アルゴの心強い返事を受け取り、俺はウインドウを操作する。

 

「決して言葉にするな。少しでも察知される可能性は徹底的に排除する。いまから指す言葉を記憶して、探し出してくれ」

 

 そして、俺はアルゴに依頼を告げる。

 

 アルゴの表情には苦悩と諦観。

 

「ハー坊……これは望み薄だゾ」

 

「わーってる。でもこれしか希望が無い」

 

「……分かったヨ。情報屋の名に掛けて必ず探し出す」

 

「なるべく直前が良い。すまんが上手い事やってくれ」

 

「了解」

 

 しゅたっと小町のように敬礼したアルゴがにっこりと笑う。

 

「悪い。面倒な役割任せちまって」

 

「気にするなヨ。オレっちもみんなが好きだしナ。誰か一人でも欠けるのは絶対に嫌だヨ」

 

「頼む」

 

 微笑んでアルゴが頷いた。

 

 さて、話は終わったことだし、サキを戻そう。寝室をノックすると、しばらくしてサキがリビングに入ってくる。

 

「終わった?」

 

「ああ、アルゴに何とかしてもらう」

 

「ん、そっか。頼んだよ、アルゴ」

 

「オレっちに任せナ!」

 

 アルゴが胸を張って応えてくれる。

 

「それじゃあ、すぐにでも行動を開始するヨ。今日の攻略は気をつけてナ!」

 

 それだけ言って、アルゴは家を出て行った。俺は急に疲れが出たように額を押さえる。この想像に至ったのはつい最近だ。攻略に必死で思考がまともに紡げなかった。キリトに言ったことが全然実践できていなかったのだから情けない。

 

 知らずため息していると、サキが隣で俺の肩を支えてくれた。

 

「言えないのはつらいね」

 

「仕方ねえよ。相手はシステム管理者だ。ぜんぶ見られてると思っておくくらいが丁度いい」

 

「ん、じゃあ時間が来るまでめいいっぱい甘えて」

 

「悪いな」

 

 サキの胸に顔を埋める。頭に腕を回したサキが優しく抱きしめてくれる。あと少し、あと少しだけは、こうして愛する女性の胸の中で抱かれていたかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 色彩を七色に変化させる空の下、九十層主街区《ティマイオス》に仲間たちが集まっていた。最前線の中でも最も過酷な急先鋒を担うのは、俺たちだ。

 

 俺とサキの前には、キリト、アスナ、ディアベル、クラインが集っている。全員がユニークスキル持ちである、考え得る現行最強パーティだ。

 

 全員が表情を強張らせ、しかし、決死の覚悟を抱いてこの地に立っている。向かうは百層の紅玉宮ただひとつ。ならば所詮ここは通過点に過ぎない。

 

「んじゃ、いつもどおり適当に行きますか」

 

 普段通り、俺は適当に声をかける。どうせいきり立ったところで力が強まるわけでもない。普段通りにやればいい。

 

 短剣をくるくるともてあそびながら、俺は皆を先導する。その横ではサキが紅槍を肩に担いでいる。後ろではキリトとアスナが笑って武器を握り、ディアベルとクラインも気合を入れて付いてくる。

 

 主街区とフィールドの境界には巨大な門があった。神と天使が彫られ、見る者を魅了する金色に染め抜かれた門扉を潜り、俺たちはフィールドへと歩みを進める。

 

 眼前に広がったのは、七色に瞬く空と、半透明に透ける翡翠の道。約二十メートルほどの幅を持ち、その両端には何かを象徴するような、これまた金色の樹木が等間隔に連なっている。金色ばっか詰め込めば神々しく見えるとか悪趣味すぎるだろ。空もいちいち色を変えやがるから目が痛いんだよ。やっぱ茅場の野郎センスがなさ過ぎる。

 

 なんて下らないことを考えながら先へ進む。どうにもいままでの層とは趣が違いすぎて落ち着かない。人の領域ではなく、神の領域に誤って足を踏み入れてしまったような、言い知れぬ畏れのようなものを感じてしまう。神社とかの雰囲気にちょっと似てるかもしれない。

 

 ふいに、前方に十字の煌き。

 

「来るよ!」

 

 サキが紅槍を回して構える。全員が即座に散らばり戦闘態勢に入る。全員が定位置に陣取る。

 

 前衛はサキとディアベル、中衛をアスナと俺、後衛はキリトとクラインだ。特に中衛には速力が高く、臨機応変に対応し得るスキルを持つ俺とアスナが中核となっている。

 

 直後、閃光が走った。ディアベルとサキの呻き声。危険度は最大級と判断。即座にフローズン・ファウストを展開。

 

 再びの十字の光。第二射が掃射される。時の縛鎖となった領域に入った瞬間、俺たちはその姿を捉えた。ただの弓矢だ。しかし、恐ろしく早く鋭い。フローズン・ファウストを展開していてなお避け切れず、ディアベルの盾に激しい火花が散る。

 

 第三射が掃射。ディアベルが咆哮を上げながらスキルを発動。《アブソリュート・シールド》と呼ばれる青白く輝く半透明の巨大な盾が、ディアベルの眼前に出現。敵の矢を寸前で遮る。さすが、あらゆる攻撃を三十秒間徹底的に防ぐ最強の盾。待機時間が恐ろしく長いが、こういうときは役に立つ。

 

 俺はアスナを見る。アスナも頷き、即座に細剣をソードスキルの構えに動く。

 

 俺が叫ぶ。

 

「俺とアスナが出る! ほかはディアベルの背後で待機だ!」

 

 フローズン・ファウスト終了まで残り十秒。それだけあれば俺ならば肉薄できる。

 

 アスナがスパークル・メテオラを発動。流星となって空を駆ける。俺もサバイバル・ヘイストを駆使して疾走。十字の光が煌くが、もう四度目だ。光った直後に動けば避けられる。

 

 極限の集中力の中、俺は最小限の動きで光の矢を避ける。避ける。避けまくる。二百メートルは踏破したところで見えたのは、十字路の中央に浮遊する二体の天使。一対の翼を羽ばたかせながら、弓兵となった天使が俺たちに向けて弓を引く姿が見える。敵まで目算で二十メートル。あと数歩足りない。

 

 天使が俺に弓を引く。即座に一体へ向けナイフを投げるが、もう一体の攻撃がさすがに近すぎて避けられない。

 

 瞬間、空から流星が降って来た。大気を切り裂く高音と共に、アスナが一体の天使を頭から足までを一気に貫く。もう一体の天使の胸にナイフが突き刺さり、動きを僅かに止める。その隙間を縫って、俺が三歩進める。

 

 すぐさまオクトアサルトを発動し、最後の一体へ向けて死の嵐を殺到させる。八本の斬閃が天使の身体を微塵に砕く!

 

 HPバーが一瞬にしてゼロになり、二体の天使が硝子となって霧散した。

 

 息を吐いたアスナと共に手を合わせる。

 

「いまのは助かったわ。サンキューなアスナ」

 

「ちゃんとハチくんのタイミングを見計らってたから、あれくらい出来なきゃ私はここにいられないよ」

 

 魅力的な笑顔でアスナが言う。まったく、良い嫁さん持ったなキリト。

 

 というか、インビジブル発動しとけば良かったんじゃないかと今さらながらに気づく。でもあれ、発動すると他のスキル強制解除されるしなあ。しかも発動中は普通に斬るかアサシネイションしか使えないし。使いどころがマジで難しい。

 

 背後から複数の足音。仲間たちがようやくやって来たのだ。

 

「やったみたいだね、ふたりとも」

 

 ディアベルが声を掛けてくる。

 

「HP自体は大したことないな。とりあえず遠距離狙撃だけ厄介だ」

 

 そう返した俺は、サキへと視線を投げる。出来ないよね、でもきっと出来ちゃうんだろうなあ、とか思いながら訊いてみる。

 

「サキ、あれ弾けるか?」

 

「たぶん次からなら出来るよ。タイミングも分かったし」

 

 さらっと当然のようにサキが言う。

 

 やっぱそうかー。さすがリアルランサーサキ。矢避けの加護もしっかりお持ちらしい。

 

「んじゃ、弓兵天使の場合は俺とアスナが前衛、ディアベルとサキが防御担当だな」

 

「オレらは役目なさそうだなあ」

 

 クラインが笑いながら、残念そうにしているキリトの肩に手を置いた。まあ適材適所って奴だ。むしろ近接戦用の天使が現れたときは是非とも活躍してほしい。俺は後ろでぺちぺちとナイフ投げながら応援してるから。

 

 そんな、一瞬の油断。

 

 前後左右から眩い煌き。反応できたのは俺とサキ、そしてキリトだった。サキが前と左を、俺が右を、キリトが背後から撃たれた矢へ反射神経全開で動く。サキが四本捌ききり、俺は間に合わず両肩に被弾、キリトが剣でひとつ受け止めるももう一本を脇腹に受ける。

 

「ハチとアスナは右をやれ! ディアベルとサキさんは後衛に回って防御! 俺とクラインは気合で右の矢を何とかする!」

 

 キリトの怒声と同時に全員が動き出す。フローズン・ファウストは待機時間で使用できない。状況的にインビジブルは味方の負担が大きすぎる。ならば、サバイバル・ヘイストと己の反射神経のみで行くしかない。

 

 背後でアスナが空へと飛び立つ飛翔音。ディアベルとサキが背後から連打される矢を必死で防ぐ声。俺はもはや無心となって前へと進む。さすがに何発か被弾。緩やかなカーブを描く右の先に、再び二体の天使たち。姿を見るやいなやナイフを投擲。

 

 右の天使の胸に着弾し、動きが固まる。先ほどと同じタイミングでアスナが急降下。俺も同時にオクトアサルトをぶっ放す。ふたつの炸裂音が響き、二体の天使が結晶となって霧散。

 

 僅かな技後硬直の間。

 

 道の先から再び複数の天使の姿。今度は剣と盾を持ち、鎧姿の武装天使たちが宙を滑りながら向かってくる。数は四体。

 

 まずい、初見Mobをアスナとふたりで相手にするのは厳しすぎる。

 

 撤退か、先へ進むか。

 

 一瞬の逡巡。

 

 すぐさま叫ぶ。

 

「キリトだ!」

 

 アスナが俺の真意を悟り、すぐさまスパークル・メテオラを発動。アスナの姿が一瞬にして後方へ光速飛翔する。

 

 キリトが来るまで約十秒といったところか。フローズン・ファウストは、まだ使用できない。それまで耐えてやるよ。楽勝じゃねえか。

 

 インビジブルを選択し、完全に透明と化す。これでうろちょろしてれば十秒程度などすぐに……。

 

 が、天使はまるで見えているかというように、四体全員が俺に向かって剣を振りかぶってくる。

 

俺は移動しているにも関わらず、完全に位置を捕捉されている。四本の剣が、それぞれ別角度から、光となって襲い掛かってくる。

 

 速い!

 

 選択肢はもはやアサシネイションしかない。現世に姿を現した俺は、向かい来る剣撃に黄金色の斬閃を高速で三度。敵の三撃を弾くも、一撃を左肩に受ける。思わず声が出るが、ソードスキルは止めず、最後の防御不可の一撃で一体を屠る。

 

 咄嗟にHPバーを見る。おいおい、レッドにまで割り込んでやがるぞ。あと一発もらうと確実に死んじまう。

 

 選択のミス。

 

 かすかな後悔が脳裏を過ぎる。

 

 致命的な隙を天使たちが逃すはずがない。意識を戻したときには、三体の天使が俺を取り囲んでいた。反射的に身をよじろうとするも身体がぴくりとも動かない。

 

 技後硬直。

 

 ……死を感じた。

 

 サキが言っていたのは、こういうことか。死の寸前、愛しい彼女の姿が脳裏をよぎる。ここで俺が死んだら、サキはきっと悲しむ。そして嘆くのだ。昨夜がなかったとしたら、誠の愛を交わせなかったことを後悔し、悲嘆にくれる。なぜ愛の証すらなく逝ってしまったのかと。

 

 そういうことか……。

 

 

 

「待たせたハチ!」

 

 

 

 空から頼もしい声が届く。アスナがキリトを連れてきたのだ。アスナが一体の兜を貫き、キリトが二体に応戦する。ふたりが三体を相手にしている内に、俺は回復結晶で即座に回復。

 

「俺はいい! アスナを頼む!」

 

 キリトの呼びかけに応え、俺はアスナが相手をする天使へと向かう。アスナは既にスパークル・メテオラの活動限界が来たか、地面に転がり落ちて固まっている。技後硬直だ。そのアスナへと襲い掛かる天使の剣を、俺は俊敏全開で突っ走って受け止める。

 

 一体相手なら負ける気はしねえ。

 

 短剣を斜めにして剣を受け流す。身体を反転。空いた脇腹へ短剣を突き立てる。たまらず天使が後方へ下がる瞬間を見計らい、一気に勝負を決めにかかる。

 

 オクトアサルトによる八閃が天使の鎧を完全に砕き、HPバーを急速に削る。残るHPは僅か一ドット。見誤った。

 

 今度は俺が動けない。

 

 しかし、

 

「はああああ――!」

 

 アスナの高速突きが天使の喉下へ命中。HPが完全に消失し、天使が硝子片となって砕け散った。

 

 残りは二体。すぐさまキリトの応援に駆けつけようとするが、俺とアスナの足が止まる。

 

 キリトがもう終えたとばかりにこちらに歩いて来ていたのだ。いるべきはずの天使の姿はどこにもない。

 

 欠伸でもするようにキリトが一言。

 

「楽勝だったな」

 

 おいおい、俺死にかけたんだぞ? こいつ、やっぱ対Mob戦じゃ最強じゃねえか。

 

「さすがキリトくんだね」

 

 俺は呆れてものも言えない。一気に脱力しかけるが、気力で踏ん張る。ここは完全に敵地だ。しかも遠距離狙撃から近接戦闘型までムカつくほど揃っていやがる。これで中距離用天使まで現れたら最悪だ。

 

 うん、絶対いるなこれ。

 

 俺たちはすぐさま敵が出現しても応戦できるよう前後に構える。しかし、敵からの攻撃気配はなく、ようやく仲間たちがやって来る。サキの姿を見て思わず抱きつきたくなるが我慢。いまは戦闘に神経を集中だ。

 

 俺たちはこのまま、ゆっくりと周囲を警戒しながらフィールドを踏破していく。

 

 

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