ソードアート・オンライン Youth in Aincrad 作:ユーカリの木
結局、その日はフィールドの三割近くを踏破して家路に着いた。やはり中距離専用天使がいやがり、なんとそいつらは魔法を使って攻撃してくるのだ。卑怯にも程がある。どこがソードアートなんだよ。ここだけマジックアートじゃねえか。
その後、情報をアルゴに流したお陰か、続々と他のパーティもフィールド攻略へと乗り出し、瞬く間にフィールドを制覇した。フィールドボスも確かにいままで以上の強敵だったが、士気の高まった攻略組が全力で撃破した。
ここまでで約五日。怖れていたほどではないと、攻略組にはある種の余裕めいた空気が生まれ始めていた。俺たちなら百層目指せると、この腐った世界を攻略して現実に戻れるのだと、誰もがその夢を再認識し、希望を胸に光らせていた。
そして更に五日を経て、遂に迷宮区最上階の九十層フロアボス部屋の前まで辿り着いた。その門扉はいままでのものとは異なり、かなり異質であった。門の左には、十戒が刻まれた石版を収めた箱――ユキノ曰く契約の箱と呼ばれ、別名は聖櫃というものらしい――があり、その上には四つの翼を持つ天使を模した金細工が置かれている。
右にはゆっくりと回転し、炎を纏った剣が配置されている。あまりにも奇妙すぎる門だ。これもユキノ曰く、命の木への道を守らせるべくエデンの園の東に配置された智天使を参考にしているのではないかとのことだ。どうにも宗教染みている。
俺たちはすぐさま転移結晶で主街区《ティマイオス》へ戻り、情報をアルゴへ連携。翌日には攻略会議を開くこととなった。
翌日、《ティマイオス》にある円形状の開かれた会議場に、攻略組が集まった。首魁はもうお馴染のディアベルとクラインだ。
「そんじゃま、攻略会議を始めるか」
クラインの掛け声と共に、全員がアルゴお手製ガイドブックを開く。俺も事前に目を通しているが、確認するために再度ぱらぱらと頁をめくる。
「今回のボスはやはり天使、しかも智天使と呼ばれる上位天使らしいね。ボス名は《ケルビム》だ」
ガイドブックに目を落としたディアベルが皆に告げる。これもユキノ情報だが、全九階級ある内の第二位、それが智天使ケルビムだ。あいつ宗教関係詳しすぎるだろ。ていうかなんでいきなり二位が出てきちゃってるんだよ。普通最下位から出すだろ。出し惜しみしろよ……。
更に続けると、詩篇によれば、ケルビムは神の乗り物であり、王座でもあるとのことだ。まったくどんな攻撃してくるか想像がつかん。
「残念だが、NPCからは有力な情報が出てこない。皆が口を閉ざしていて情報収集が難航しているようだ。ということで、今回は俺の妻であるユキノからの情報を提供させてもらうよ」
今日は事情が事情なため会議に参加していたユキノが、ディアベルの科白に頬を染める。ふっ、初心な奴め。俺はそんな領域とっくに越えちまったぜ。
「旧約聖書、つまりは宗教の話になってしまうんだけれど。ケルビムというのは、命の木を守るため、エデンの園の東に神より配置されたある種の守護者らしいんだ。門の前に回転する炎の剣があったのは耳にしているだろう? たぶんそれがケルビムの武器なんじゃないかというのがユキノの予想だ。次にケルビムの特徴だけど、四方にそれぞれ顔を持ち、たぶん死角と言うものは存在しない。移動速度もかなり速いだろう」
全員が難解な表情でディアベルの言葉を訊いている。抽象的過ぎてよく分からないのだ。誰も彼もが聖書に通じているわけではない。
ただ訊く限りの情報を整理すると、今回の敵は天使だから空を飛び、死角が無く、きっと超速く動き、しかもやたらファンタジックな剣で攻撃してくるといったところか。実に意味が分からん。ただ一部だけ切り出すなら、今回はアスナが貢献しそうな案件だな。
近くに座るアスナに、俺はそろっと声を投げる。
「《流星の魔法少女》の活躍時だ。頼むぞアスナ」
「それ言わないでって言ったよねハチくん……」
濃縮した殺意の目で睨まれた。超怖い。間にキリトが挟まっていなかったら多分殴られてた。ボッコボコにされてた。右にいるサキのため息が聞こえた。いいじゃん。みんな神妙にしてるんだから空気を和ませただけだ。方法が俺らしさに溢れてるだろ。
それから、と今度はクラインが口を出す。
「そのケルビムって奴なんだが、たぶん《シェキナーの弓》を持ってる。RPGやってりゃ訊いたことくらいあるだろ?」
攻略組の何人かが頷く。かくいう俺も知っている。大抵超強い弓だ。
ディアベルが暗い表情で告げる。
「それなんだけど、ユキノ曰く、太陽の三六万五千倍明るい聖なる光輝な弓らしい」
なんだって?
ちょっと、桁がおかしくないですかユキノさん!?
クラインが疲労と諦観の混じった様子で頬を掻く。やだなあ、訊きたくないなあ。
「あーなンだ。多分当たったら即死とか、そンな攻撃だろなぁ。しかも直視したらしばらく視界が眩むとか、そンな感じ?」
全員が一斉に項垂れる。なんだよそれ。いや、以前のクォーターポイントでも即死攻撃系はあったけど、なんだよ三六万五千倍って。目が眩むどころじゃない。網膜焼けちまうよ。まさか茅場め、これも再現してるとか言うんじゃねえだろうな。
沈鬱な空気となった場を払拭するように、ディアベルが両手を叩く。
「ま、いまから悩んでも仕方ない。もう少し情報部隊には頑張ってもらう予定だから。攻略まで期間を置こう。今回もクオーターポイントと同レベル、いや、それ以上の難所だと思って立ち向かおう!」
全員がそれに答え、ひとまず会議は解散となる。
嫌だなあ。帰りたいなあ。
やっぱり働きたくない精神が表に出てきてしまう。だって死にたくねえんだもん。サキと離れ離れになるのは嫌だなあ。
さて、このあとどうするか。このまま帰宅するか、それともレベル上げか、あるいは対人戦闘訓練を行うか。考えながらサキと並んで歩いていると、背後から肩を叩かれた。
「ハチマン、たまには男同士でどうだい?」
ディアベルが親指で背後をくいっとやりながら、爽やか笑顔で言ってきた。指した先にはキリトにクライン、エギルがいる。ちらりとサキを見ると、微笑んで頷いてくれた。
「そだな、行くわ。サキ、悪いけど先帰っててくれ」
「ん、いいよ。行ってらっしゃい」
俺の頬に口付けしたサキが手を振ってくれる。それに片手で返して歩を進めた。隣に並んだディアベルが不思議そうに訊いてくる。
「サキさんとはどこまで行ったんだい?」
「いきなり下衆なこと訊いてくるなお前……」
濁った目で見てやると、ディアベルがごめんごめんと謝りつつも続ける。
「さっきの流れがあまりにも自然で、ハチマンも慌ててなかったからね。ちょっと気になったんだ」
「まあ、やるとこまでやった感じだ」
ぶっ、とクラインが噴出す。訊いてたのかよ。
「おま、ここゲームだぞ!?」
クラインが慌てた様子で言う。あれ、こいつ知らないの?
「倫理解除コードっていうのがあるんだよ。それでまあ、アレがコレでそうなるんだ」
キリトの声が最後になるにつれて萎んでいく。元中学生だしな。そんなもんだろ。というか、こいつもこいつでなんで知ってるんですかねえ。アスナにでも訊いたか?
「で、どうだったんだい?」
やけにディアベルがしつこく絡んでくる。エギルは苦笑しつつも聞き耳を立てていた。
「や、どうもなにも、なんで話さなきゃなんねえんだよ」
「まあいいじゃないか。親友だろう?」
肩に腕を回したディアベルがとてもしつこい。酒を飲んだ親父くらいしつこい。こいつ、さては……。
「お前、まだなのか」
ディアベルがそっぽ向きやがった。
「ここだと、と前置きさせてもらうけど。そういうこと」
「ユキノ泣かせたら殴るからな! 右の頬を殴って左の頬も差し出せよ!? あと結婚式も絶対殴るからな!」
「だからお前さんは、ユキノさんの父親なのか兄なのか弟なのか親友なのかはっきりしてくれ」
エギルがいつかの会話を繰り出してくる。
「もう全部だ全部」
「節操ないなお前さん……」
呆れ顔でエギルが言った。同級生かつ部活仲間で親友ならこれくらい当然だろ。え、違うの?
「まあまあ、で、どこ行くんだ? 俺あんまこの階層好きじゃないんだけど」
キリトが無理やり話題を変える。答えたのはクラインだ。
「ここによお、神様行き着けっていう設定の飲み屋があンだよ。そこ行ってみようぜ」
ほう、神様行き着けとかあるのかよ。それ北欧神話とかギリシャ神話とか、そこら辺の設定じゃないのか? 茅場の方がよっぽど節操ねえじゃねえか。
クラインに案内されつつ、相変わらず目に優しく無い街を歩く。空もチカチカするしあたりは金ぴかが多いし、床は翡翠に輝いてるし、神って趣味悪いのか?
着いた先は、一見すると教会のような建物だった。さすがに尖塔に十字架は飾られていなかったが、ちらちらと金が混じっていることを我慢すれば、ここではまともな部類だ。
中に入ると、床全面が紅の絨毯で敷き詰められた内部が姿を現す。部屋の奥には神を象ったこれまた金の像が鎮座されており、その両脇を守るように天使が置かれている。それらを神の威光の如き光が、ステンドグラスから舞い降り七色に照らしていた。
……。
ひとつ言わせろ。偶像崇拝禁止はどこいった。どこまで節操ねえんだよ茅場の野郎。ユキノがこれ見たら卒倒すんぞ。
軽く頭を抱えている俺をよそに、クラインが進んでいく。俺たちも後を着いて店内に目をやる。
驚愕。
明らかにどこぞの神話の神様っぽい風貌をした豪気な男どもが、どんちゃん騒ぎをあちこちで繰り広げているのだ。もはや唯一神どころの話じゃねえ。多神なのか唯一神なのかはっきりしろ。滅茶苦茶じゃねえか。茅場の野郎、絶対分かっててこれやってるだろ。なにか神に恨みでもあんのか?
クラインがどんどんと進んでいき、明らかにビップルーム的な部屋に案内される。個室もあるのかよここ。
当然ここも豪華絢爛であちらこちらに輝く像やら絵画やらなにやらが置かれていたが、もう見たくない。目も頭も痛くなりそうだ。
中央のテーブルを囲むように並ぶ紅のソファーに、俺たちはそれぞれ腰を落ち着ける。高級店だからか、沈む感触といい良い感じの反発感といい、なかなかに良い椅子だ。だが二度と来たくねえ。
クラインが扉を閉め、それぞれがウインドウからメニューを注文する。おい、ここコーヒーが無いじゃねえか。なに頼めばいいんだよ。
「おいキリト。コーヒーねえぞ。なに頼めばいいんだよ」
「ジンジャエールでいいんじゃないか?」
「それはあるのかよ。ならマッ缶があったっていいじゃねえか」
「相変わらずあの甘ったるいコーヒー好きなんだな……」
キリトがげんなりしたように言った。おい、こいついま千葉県民全員を敵に回したぞ。現実に帰ったら覚えてろよ。県民全員でボコりに行くからな。
全員が注文を終え、適当に会話をしているところでそれぞれの品が届く。とりあえずとばかりにディアベルが乾杯の音頭を取り、俺はジンジャエールを飲む。マッ缶の方が絶対美味い。
一拍。
切り出したのはキリトだ。神妙な顔をして、俺を眺めながら言った。
「ハチ、なに隠してるんだ?」
「なんのことだ?」
俺は平然と返す。が、全員がいぶかしんだ目で俺を見ていた。やだ、そんな熱い視線で見つめられるとハチマン照れちゃう。
一度吐息したクラインが、キリトの後を引き継ぐ。
「どうせまたぞろ面倒事抱えてンだろ? オレらにも話せって」
エギルとディアベルが無言で頷く。全員が、訊くまで絶対に帰さないという雰囲気をかもし出していた。
ああ……そういうことか。
こいつら、俺が何か抱えてると察してこの場を設けたのか。一応平静を装っていたつもりだったんだがなあ。やっぱ人間強度が下がると近しい奴にはバレちまうのか。
軽く俯く。ちょっと泣きそうだった。
だが、言えないことだってある。近しいからこそ、大事だからこそ、そっと金庫に入れてしまいたいくらい大切だから、俺は言葉にすることができない。
「訊くな」
「それは俺たちじゃ頼りないってことか?」
キリトが不安気に訊いてくる。違う。そうじゃない。そういうことじゃないんだよ。
「言えねえんだ……察してくれ」
俺の返答に、皆が息を呑んだ。
「つまり……状況は相当に悪いと考えていいのかい?」
少し掠れた声でディアベルが言った。俺は頷きも否定もせず、ただこう返す。
「分からん」
沈黙。
「あー、なんとなく分かった」
しじまの中で、ひとりクラインが天井を仰いでぽつりと言った。
「おめえら、相手を考えてみろ。そういうことだろハチ?」
ぎくりとした。まさにその通りだったからだ。こいつ、やっぱこういうときは鋭いな。
俺の一瞬の挙動を読み取ったか、エギルが俺の傍まで来て両肩に大きな手を乗せた。父親のような暖かく力強い手だ。
「分かった。もう何も訊かんよ。ただこれだけは覚えておいてほしい。オレたちはいつだってお前さんの味方だ。何があろうとだ。だから、もしなにか話せるときが来たら、あるいはどうしようもなくなったら、オレたちに話してくれ。必ずお前さんを支える。仲間ってもんはそういうものだろう?」
力なく頭を落す。頬を伝い顎から滴るものは、きっと涙だ。こんなことを言ってくれるやつらがいるんだから、本当に世界も捨てたものじゃないらしい。
ここは地獄だ。誰もがきっと口を揃えて言うだろう。だけど、現実よりも過酷な世界に落ちてなお、俺は幾度も幸福を経験している。現実ではきっと見つけられなかったものを見つけることができた。だからきっと、ここは現実よりちょっときついだけの、俺には少しだけ優しい世界なのだと思う。
「……おう、あんがとな」
◇◆◇
第九十層フロアボス《ケルビム》討伐の日がやって来た。その日は、どこの階層も嵐が吹き荒れ、雷が迸る壮絶な空模様だった。まるで、主に楯突く愚か者への《ケルビム》の怒りが具現化したように。きっと誰も彼もが神の怒りを畏れていた。
第九十層主街区《ティマイオス》は、下界の天気など関係ないように、いつもと同じ七色に瞬く空が広がっている。
攻略組全員は、街の中央にある広場に集まっていた。全員が緊張の面持ちで黙りこくった様子で並んでいる。異質な街の雰囲気も相まってか、クォーターポイントの時ですらなかった胸を締め付けるような空気になっていた。
「みんな、準備はいいか!?」
そんな中でも、ディアベルが訊く者の勇気を奮い立たせる声音を張る。いつの間にか俯いていた攻略組も、すぐに顔を上げてディアベルを見て力強く頷く。俺はサキと手を繋いで互いを見合う。目と目で通じ合って、額をあわせた。
「死ぬなよ」
「あんたもね」
触れるだけの軽いキス。
「さあ、出陣だ!」
声を張り上げたディアベルが、回廊結晶を使用する。もはや、九十層から先、回廊結晶無しにボス部屋まで全員が無事に辿り着くのは困難だ。
全員が青白い渦巻きの中へ足を進めていく。俺もサキと共に歩き出した。
転送された先は、かつて見た異様な門。回転する炎の剣、そして聖櫃が両脇に鎮座した、いと高き聖域へと続く境界門。隙間から染み出した空気は驚くほど澄み切っていて、しかし冷たくも感じる。
これから俺たちは、神が座す智天使へと殴りこみに行く。まさに神への謀反の始まりだ。
翡翠の床へ、ディアベルが剣を打ち立てる。鐘を叩いたような不思議な音が響き渡る。
「オレから言えるのはこれだけだ。全員、死ぬな! 行くぞ!!」
門を開いて出陣するディアベルに、攻略組が続く。ボス部屋に入った途端、扉が閉まり空気が一変した。
そこは広大な花園だった。見渡す地平線すべてに色彩豊かな花々が咲き乱れ、ひとつひとつが神の奇跡で出来ているかのように、眩いばかりに輝いている。空はこれほど神々しい色は無いと思われるほどの金色。大気は重くもなく軽くもなく、ただただ静謐に満ちていて。どこかしこにも神の威容が感じられ、身体の芯が震えるように畏れを感じる。
ここが神の領域の一歩手前。
全員の動きが止まる。誰もがきっと、神意を感じた。人の身で、この聖域に存在することが不遜であると感じるほどに。
ただただ沈黙する俺たちの前に、金色の空から一筋の光が花園に落ちた。溢れる光の中からゆっくりと回転して現れたのは、異形の天使。
頭は四つに分かれ、それぞれが絶世の美女、雄雄しい獅子、力強い雄牛、鋭い眼光の鷲が四方を向いている。両肩には高貴な光を湛える巨大な弓。背からは二対の翼が生え、ふたつの翼で身体を覆っている。
神意の篭る澄んだ音がひとつ響いた。直後、俺たちの上空から環を描いて回る炎の剣が落ち、異形の天使の脇で静止する。
ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥ・ハペヘット。これが剣の名だ。まったくユキペディア様々だ。
視線を凝らす。
五本のHPバーと共に《智天使ケルビム》の名が現れる。
全員が得物を構える。しかし動けない。俺も動こうとしているのに、身体が何かに絡みつかれているかのように、まったくもって動けない。
かつてないほどの焦燥。なんだ、何が起こっている!?
ケルビムは微動だにしない。しかし、美女の艶やかな唇が開いた。
歌だ。
歌をうたっている。
男でも女でもなく。大人でも子どもでもなく。この世の清らかさをかき集めたように澄んだ声音。聴く者の心を神への崇拝へと導く聖歌。
――我ら奥密にしてヘルヴィムを像り、聖三の歌を生命を施す三者に歌いて、この世の慮りをことごとく退くべし
――神使の軍の見えずして担い奉る万有の王を戴かんとするためなり
――アリルイヤ
――アリルイヤ
――アリルイヤ
ユキノがいればこれが一体なんの歌なのか分かっただろう。だが、内容などどうでもいい。歌が終わった瞬間、俺たちの身体に自由が帰ってくる。全員が再度武器を構え直す。
「てめえら、戦闘開始だ!」
クラインが敵を殺さんばかりに声を張り上げた。
神域の花園を荒しながら、俺たち攻略組は人類代表として神の御使いへと戦争を吹っかける。ケルビムがそれを女の顔でじっと睥睨している。
まずはディフェンダー部隊が先行。今回は情報が少なすぎて攻撃が分からない。即死攻撃を即座に脱することが出来る訓練を全員が受け、徹底的に業を磨き上げた攻略組が進軍する。
ケルビムまで約五十メートルを切ったそのとき、奴の開かれた上部の翼が大きく羽ばたいた。
――聴け、神罰の音色を
歌うような声音と共に、花園から約一.五メートル上方に数え切れないほどの十字の輝きが現れた。それは夜空に瞬く星のように無数。ケルビムを中心として、約二メートルの間隔で同心円を広げるように十字が配置されている。
「十字から離れろ! 頭を下げて絶対に触れるな!」
ディアベルが叫ぶ。俺たちは十字の間に身を寄せる。
直後、天空から無数の光が十字へ向かって降り注いできた。光が十字に着弾すると同時、大気を破裂されるような轟音が鳴り響く。光と音が絶叫する中で、俺はこの技の全貌を垣間見た。
最初の十字は狙点だ。これに目掛けて空から雷を放ち、さらには上下左右に雷を反射させている。一辺を二メートルとする正方形に高さ一.五メートルをかけた、体積にして六立法メートルのみが安全地帯となる凶悪な超範囲攻撃だ。
だが、一度見てしまえば怖れることはない。光を見たら十字の間に入ってしゃがめばいいのだから。サキを見る限り、幸い雷に触れた紅槍は無傷のようだ。
開幕の一撃は凌いだ。ならば進軍するのみ。
ディフェンダーが怒号を上げて急速全身。俺とサキはケルビムの挙動一切に神経を集中しながら足を進める。
ディベンダー部隊がケルビムへ刃を振り下ろす。身じろぎひとつせず、ケルビムは攻撃を受けるがままだ。じりじりと減っていく敵のHPバー。
何もしてこないのか?
ある種、九十層という区切りにもなる層で、なにより第二位の天使との戦闘が楽なはずがない。
単調な戦闘に動きが現れる。脇に静止した剣をケルビムの手が掴んだ。瞬時にディフェンダー部隊が後退し、盾を突き立てる。ケルビムが回転を始め、俺たちに鷲の頭を向けた。その鋭い眼光が鈍く光る。
ケルビムが騎士のように剣を構える。剣が聖なる炎で揺らめく。
背筋に氷柱が突き刺さったような、壮絶に嫌な予感。
「散れ!」
思わず俺が叫ぶ。全員が一斉にケルビムの前方から逃げると同時、奴の姿が消えた。ソニックブームでも発生したか、俺たちの身体が吹き飛ばされる。咄嗟に見たHPに減少は無い。だが、ケルビムの姿が見えない。
「後ろよ!」
アスナの鋭い声。
ケルビムは背後にいた。高速の突進突きを繰り出したのだ。さらにケルビムが反転。再び剣を構えて姿を消す。
一人のディフェンダーが直撃をもらい、宙を舞った。一気に削れるHPバーは、イエローまで割り込んでいた。防御で固めた超高レベルのディフェンダーですらこのダメージ。俺が受ければ即死だ。それになにより、速すぎる! 視認すらできねえのかよ!
「アスナ! なんとかしろ!」
キリトの呼び声にアスナがソードスキルを持って応える。スパークル・メテオラが発動。ケルビムの速度にも劣らぬ速度でアスナが空を飛翔。ケルビムへ向けて急降下する。ケルビムもすぐさま反応し、炎の剣を振りかぶるも、アスナが鋭角軌道を取ってこれを避け、ケルビムに一撃を加える。すぐさま反転。二撃、三撃、四撃、五撃とまるで五芒星を描くようにケルビムを斬り裂いていく。
僅かに固まった隙を付いて、俺たちダメージディーラー部隊が動き出す。
アスナのスキル終了まで残り八秒。俊足でもって俺とキリトがケルビムに肉薄。俺は即座にオクトアサルトを発動。死の嵐が吹き荒び、ケルビムのHPバーを一気に削る。キリトも二刀流最上位スキル《ジ・イクリプス》による全二十七連撃という、SAO最大数の斬撃を見舞う。アスナが後方へ飛翔し花園へ降り立つ。ケルビムのヘイト、即ち標的が完全に俺たちへ向く。技硬直で動けぬ間に、ケルビムが再び剣を構えようとし――
「うらああああああ!」
クラインの抜刀術がケルビムの身体を横一閃。更にサキが身体をしならせた円運動による見事な槍捌きを見せ、自前の連続攻撃をケルビムに殺到させる。ケルビムの標的がふたりに移る。更に他の部隊もケルビムへ向かう。技後硬直の解けた俺とキリトもすぐさまこれに加わり、ケルビムに間も与えぬ連撃を与えていく。
ケルビムが剣を構える。それを見てすぐさま前方から俺たちが退く。アスナが飛翔し、星を描きながらケルビムにダメージを与え、俺とキリトがすぐさまこれに参加。遅れてクラインとサキが絶妙なるヘイト管理をし、ディアベル率いる全軍が奴を取り囲む。
完璧な連携によりケルビムのHPバーを削り、ようやく二本まで無くなる。
残りHPは三本。
先はまだ永い……。