ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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かくして役者は揃い、最終劇の幕が開く 5

 羽が舞った。

 

 天界の空を想起させる七の色彩を持つ無数の羽が、突然宙に現れてゆらゆらと舞っている。金色の空から舞い降りる光を反射しきらきらと輝き、瞬間、その美しい光景にみな見惚れる。

 

 致命的な隙。

 

 ――我が怒りを知れ

 

 ケルビムの顔のひとつが声を発した。いままでのものとは異なる、訊く者を萎縮させる荒々しい声音。顔が変わっていた。今度は獅子だった。

 

 羽が俺たちの身長の高さまで舞い落ちる。初見攻撃。しかも一切の隙間なく繰り広げられる圧倒的光景。もはやどうするかが正解かも分からない。

 

 ひとつひとつの羽に十字の輝き。

 

 サキを見る。サキが頷く。

 

 ――あんただけでも避けて!

 

 瞬時にインビジブルアサルト起動。

 

 直後、視界に雷の嵐が吹き荒れた。羽ひとつひとつが雷の爆弾となって周囲全体に吹き荒れたのだ。全員のHPバーが急速に減っていき、見る限り全員のHPが僅か一ドットを残すのみ。強制的にHPを一にする、通常であれば回避不可否の全体攻撃。

 

 俺がソードスキルを終えた直後、全員が花園に膝を着いていた。サキを見る。槍を花園に突き立てた膝を落としたサキが、回復POTを呑んでいる姿が瞳に映る。全員が似たり寄ったりだ。いまは俺しか動けるものがいない。

 

 腹を括る。

 

「俺がヘイトを持つ、その間に回復しろ!」

 

 叫んで俺が疾走を開始。俊敏とサバイバル・ヘイスト全開で、獅子となったケルビムの眼前に踊る。

 

 炎の剣が閃く。俺は《二人は一緒》を交差してそれを受け止める。重すぎる!

 

 即時受け流しを判断。短剣を傾けナイフで流す。ただそれだけでHPバーが削られる。炎に炙られたのだ。

 

 そこから、荒々しい炎の剣が乱舞を始める。戦線が後退し、周囲十メートルはもはや無人の空間となっている。ならばいまはこれしかない。

 

 フローズン・ファウストを限定解放。時の縛鎖の領域が十メートルに渡って展開。いかな天使であろうと、この絶対領域の圧力に屈しないはずが無い。明らかに動きが鈍った斬撃を避ける、避ける、避ける。その間に短剣とナイフをケルビムの身体に打ち込みまくる。

 

 ケルビムの周囲を舞いながら俺はかつてないほどの集中の領域にいた。一撃でももらえば死。だからこそ到達しうる領域にいまの俺はいる。

 

 炎が俺を炙る。徐々に減っていくHPバー。攻撃を避け続けても、もうじきイエローにまで割り込む。フローズン・ファウスト終了まで残り五秒。焦燥はある、だがそれを微塵たりとも心の表層出さない。心の奥底に無理やり封じ込める。

 

 遂に、時の領域が終わりを告げる。速度が元に戻る。ケルビムの剣閃が速さが上がる。炎が掠める所為で、サバイバル・ヘイストは解除されている。

 

 だが退けない。俺が退けば全滅は必至。

 

 サキを思い出せ。キリトを思い出せ。アスナを、クラインを、ディアベルを、すべての戦いを思いだせ。そうだ、そいつらよりこいつの方が弱いだろう?

 

 ただ剣速が速いだけじゃねえか。

 

 思考を完全に回避だけに切り替える。一分か、二分か、それとも五分か。俺は永遠にも思える時間、ケルビムの攻撃を避け続ける。HPバーはレッドを割った。残り数ドット。

 

 もう俺も限界だ。あとは一撃を加えてやるのみ。やっぱこういうときはカッコいい技で決めるべきだよな。

 

 当然、俺は最も好んでいるソードスキル《オクトアサルト》を発動。

 

 ケルビムの眼前から俺の姿が瞬時に消え、直後背後に立つ。まるで遅れて斬撃が現れるように、八本の悪魔の鎌がケルビムを襲う。

 

「あとは頼んだわ」

 

 呟くように言う。技後硬直でもう動けん。だれか動いてくれなきゃ死ぬぞ俺。

 

 素早い足音。

 

「待たせたね!」

 

 愛しい声と共に、サキがケルビムに槍を振りかぶる姿が見えた。直後、俺の身体が吹っ飛ばされる。否、スパークル・メテオラによって飛翔してきたアスナに身体を抱えられたのだ。

 

「ありがとうハチくん! 格好良かったよ!」

 

「ありがとよ。でもキリト以外にそういうのは言ってやるな」

 

 アスナに抱えられたまま空を飛ぶ。景色が一瞬にして後方に過ぎ去っていくさまは圧巻だ。そして、怖い。超怖い。こんなのいつもやってんのかよアスナ。そりゃ地面にぶつかるわ。頼むから追突しないでね。それだけでいまの俺死んじゃうからね!

 

 当然アスナも手馴れたもので、ケルビムから遠く離れた地点に俺を優しく下ろしてくれる。俺は回復POTを飲み干し、HPの完全回復を待つ。アスナはそれまで俺の傍にいてくれていた。一応の護衛だろう。

 

「あれから何分経った」

 

「五分くらいかな。みんな驚いてたよ。あれがハチくんの本気なんだって」

 

「俺はやればできる男なんだ。いつもやらないだけだ。もう一生分働いた。働きたくねえ」

 

 俺の科白にアスナがくすくす笑う。

 

「嘘言っちゃって。いつも頑張ってるの、みんな知ってるよ」

 

 俺たちの視線の先では、サキにキリト、ディアベルにクラインが猛然とケルビムの剣舞に立ち向かっている姿が見える。

 

 HPバーを見る。まだ半分までしか回復していない。時間が惜しい。すぐさま攻撃に加わりたいが、その欲求をじっと堪える。

 

「もう一度羽攻撃が来るとやばいな。もう二度とあんなことできねえ」

 

「ひとつだけ方法があるよ」

 

 俺の苦悩にアスナが微笑みで応え、回答を告げる。なるほど、納得だ。さすが魔法少女。そこに痺れはするけど憧れは……しねえな。俺男だし。

 

「やれんのか?」

 

「やってみせるよ」

 

「んじゃ、そんときは頼むわ」

 

 HPが完全に回復しきる。武器の状態を確かめ、つま先をとんと花園に叩き付ける。

 

「いくか」

 

「じゃ、やるよ!」

 

「ちょ、アスナさああああああああああん」

 

 アスナが再びスパークル・メテオラを発動。そのまま飛ぶかと思いきや、また俺の身体を抱えやがった。ちょ、またそれで行くの? もう勘弁して欲しいんだけど!

 

 怖い、超怖い。ハチマン、女の子の腕の中でちびりそうだよおぉぉぉ。

 

 ひぇぇぇと、景色がぶっ飛んでいく様を眺めていると、アスナが急に俺の身体を離す。ケルビムの後方に投げ捨てられた俺は、そのまま花園で受身を取り、背後に回る。そこにはサキの姿があった。

 

「アスナとの愛の逃避行の感想は?」

 

 サキが笑って訊いて来る。俺も攻撃に加わりつつ応える。

 

「超怖い。二度とやりたくねえ。俺もうジェットコースターにも乗れなくなっちまったよ」

 

「今度はあたしにやってもらうかな、っと!」

 

 ヘイトを向けられたサキが、さすがの槍捌きで炎の剣を受け流す。ケルビムのHPバーは残り二本。

 

 ――我が怒りを知れ

 

 再びの荒々しく響く声音と共に、羽が舞い散る。全員の顔に絶望。だが、アスナが即座に動く。スパークル・メテオラを再発動。俺たちの周囲に存在する羽を片っ端から貫いていく。俺たちもそれに加わる。全員も瞬時に行動の意味を悟り、周りの羽へ攻撃していく。そしてダメ押しとばかりにディアベルが頭上に《アブソリュート・シールド》を展開。入れるだけの攻略組がその中に入る。俺はサキを無理やり押し込み、タイミングを見計らう。

 

「来い! アスナ!」

 

 キリトの声。

 

 アスナが爆雷直前にシールドの中に滑り込む。俺は再びのインビジブル・アサルトを始動。数を減らした羽が、それでも雷撃を放つ。

 

 俺がソードスキルを終えて見た光景は、攻略組の半数がHPを完全に残したまま立っている兵たちの姿だ。残り半数はさすがにHPをイエローにまで減らしているが、初見のときより状況は好転している。

 

「一気に削れ!」

 

 クラインが声を張り上げケルビムへ前進。羽攻撃の難を逃れた攻略組が必死の攻撃を繰り出していく。ケルビムもそれに応戦するが、数の暴力で押されていく。

 

 そして、遂にケルビムの最後の顔が現れる。

 

 雄牛だ。

 

 獰猛な雄叫びを上げたケルビムが、その手から炎の剣を投げる。翼をはためかせ前傾姿勢になった途端、花園を抉りながら突進を開始した。速度は鷲の時よりも数段遅い。全員が瞬時に飛び退く。

 

 だが、今度は直進ではなかった。明らかに狙いを定めて、進行方向を曲げながら突進を繰り返す。止まる隙など無く、攻撃の間すら与えない突進の連打。そして、宙を舞っていたはずの炎の剣が閃く。ケルビムを守護がごとく意思をもった剣舞を初め、飛び退いたプレイヤー達を斬り刻んでいく。

 

 超めんどくせえよ! なんだよこいつ!

 

 突進回避後に俺へ襲い掛かってきた炎の剣をサキが弾く。紅の槍を回しながらサキが俺の脇に立つ。

 

「おい、これどうすりゃいいんだ」

 

 もう俺の吐息に疲労が混じっている。サキも肩で息をしていた。

 

「奇策ある?」

 

「避けると同時にインビジブル・アサルトくらいしか思い浮かばねえよ。そのあと炎の剣で殺されるまである」

 

「参ったね。その案はあたしの心が死ぬから不採用だね」

 

 ふたりして苦笑いだ。

 

 前方ではアスナがスパークル・メテオラを駆使してなんとか攻撃を加えようとしているが、炎の剣が絶妙にこれを防いでおり、攻めあぐねているようだ。キリトもクラインも回避に必死で攻撃などできそうにない。

 

 いや、ディアベルだけが猛然と襲い来るケルビムを前に棒立ちしていた。おい、なにやってんだ。さっさと避けろ!

 

 ディアベルに不適な笑み。盾を花園に付き立て、前傾姿勢でケルビムの到来を待つ。

 

「おい、そういうことか! あの野郎、ケルビムを真っ向から受け止めるつもりだ!」

 

 俺が叫びながら走る。次いでサキが気づき後に続く。キリトもクラインもすぐさまケルビムの背後へ疾走する。

 

「うるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 人にあるまじき野獣の咆哮を上げたディアベルがケルビムと激突!

 

 土埃と花びらを散らしながら十メートルは身体を後退させられるが、それでも決死の表情でこれを受け止め続ける。

 

 やがて、ディアベルとケルビムの動きが止まる。完全なる静止。力と力が拮抗し合う。

 

「いまだ、やれええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 ディアベルが再度咆哮。

 

 全員が持ちうる最強ソードスキルをケルビムの背後から畳み掛ける。サキは舞ってきた炎の剣を縦横無尽に駆け回って捌き続ける。《アインクラッドの巫女》の再誕だ。やべえ、超かっこいい! 兄貴と呼ばせてください! でも俺の嫁だ! 超最高!

 

 無防備なケルビムの身体を滅多斬りにし、HPバーが急速に減っていく。

 

 ケルビムのHPバーが残り一本となった。 

 

 不意に、ケルビムが空高く飛び上がったかと思うと、身体を覆っていた翼を広げ、その全貌を露わにする。

 

 全員がその光景に驚愕する。

 

 前面に向けているのは人の顔。上半身は美女の裸のそれだが、扇情さなど微塵も感じない。下半身が異様すぎる。人、獅子、雄牛、鷲が交じり合って渦巻き、下に行くにつれすぼまっていく。もはや生物の範疇を超えている。

 

 これが天使というのだから、天界はさぞかし化物の巣窟なのだろう。絶対に行きたくねえ!

 

 そして、ケルビムの両腕が肩に輝く弓を取って構えた。

 

 いよいよ、桁外れな光輝を持つ《シェキナーの弓》の使用が解禁される。

 

「おい、どうすンだ! 目でもつぶりゃあ良いのか!?」

 

 クラインが叫ぶ。

 

「アホか! んなことしたら一方的に殺られるぞ!」

 

 俺が叫び返す。

 

 というか、遠い。空高く飛びすぎだ。

 

 遥か上空からケルビムが眼下にいる俺たちに向かって弓を構えている。そしてその中心に急速に光が集まり、巨大な矢が形成されていく。

 

 まずい。まずいまずいまずい。最大級の危機だ。

 

 どうすりゃいいのかまったく分からねえ!

 

 極限の逡巡、そして懊悩。

 

 刹那、サキが動いた。

 

「やあああああああああああああああああああああああああああ――――!!」

 

 青白い光に包まれたサキの身体が、あり得ない速度で飛翔。重力などものともせず、ケルビムの眼前まで肉薄すると、ソードスキルのエフェクトと共に凄まじい速度で三連撃を食らわせる。ケルビムの表情に初めて驚愕が生まれる。サキが身体を反転。全力の横薙ぎによってケルビムを花園へと叩き落す。

 

 凄まじい衝撃音!

 

 ケルビムが花びらを散らしながら、地面を抉り転がる。

 

 宙に浮いたままのサキが、これが最後だとばかりに槍投げの構えを取る。

 

 レギンレイブ・ヴァルキュリア――これが《戦乙女》による最上位ソードスキル。

 

 己のHPが三割を切ったときのみ発動可能。敵へと超高速で肉薄し、三連撃を加えた後、四撃目で吹き飛ばす。直後、全身全霊の込めた投擲で敵を貫くソードスキル。最使用時間が二十四時間とあまりに長く、かつ技後硬直が五分と長すぎるため、ラストアタックにしか使用できない、まさしく死を賭けた最終奥義。

 

「これで、おわりだああああああああああああああああああああ――――!!」

 

 サキが怒声と共に槍を投擲。真紅の閃光となった《ゲイボルグ》が、ケルビムの身体を一気に貫き、腹部に大穴を空ける。HPバーが驚くべき速度で削られていく。

 

 止まらない、止まるはずがない。サキの最強奥義を食らってHPバー一本で耐えられるなら耐えて見せろ!

 

 遂に、ケルビムのHPバーがゼロになる。

 

 力尽きたサキが上空から落ちてくる。走り出した俺はサキの身体を全力で受け止め、花園の上を転がった。

 

 落下の衝撃でサキのHPはあと僅か数ドットだ。すぐに回復POTをサキの口に入れる。動くことのできないサキは、されるがまま俺の腕の中でPOTを飲み下す。

 

 その様を見てから、俺はケルビムへと視線を戻す。

 

 ケルビムの全身に皹が入っていた。花びらが散るようにケルビムの身体が剥がれ、神意の輝きとなって空へと舞っていく。

 

 ――汝ら、神を畏れよ、神を讃えよ、己が罪を悔い改めるがいい

 

 断末の声音を響かせ、ケルビムの身体が完全に消え去った。

 

 攻略組の全員が呆然とする。

 

 やがて、いつものように鬨の声を上げた。近いもの同士で互いの健闘を讃えるように抱き合っている。俺もサキの身体を力強く抱きしめる。まだ動けない彼女は、甘い吐息で俺に返事をする。

 

「誰も死んでない! 被害者ゼロで倒したぞ!」

 

 ディアベルが喜びの声を上げる。

 

 喝采が上がる。めいめいが最後のサキのすごさを語っている。おい、見たかお前ら。俺の嫁は最強なんだぞ。だから近寄るな! 触れようとすんな! サキは俺のもんだから半径十メートル以内に近づくんじゃねえ!

 

 あらゆる殺気をかき集めた腐った眼光をあちこちに飛ばす。浮かれた彼らも俺の目にびびったか、本当に半径十メートル以内には近づいてこなかった。初めて腐った目が役に立ったかもしれん。

 

 ともかく勝った。俺の嫁の勝利だ。

 

「お前のお陰だ。さすがサキだ。愛してるぜ」

 

 ようやく技後硬直が解けたサキが、薄紅の睡蓮の微笑で応えた。

 

「ん、あたしも愛してる」

 

 自然と口付けを交わす。周囲からはやし立てる声や口笛が鳴り響く。

 

 俺はそれに答えず、サキから顔を離して金色の空を仰いだ。もうすぐ先にいるはずの奴の姿を幻視しながら。

 

 マンダトリー、俺たちは第九十層のフロアボスを撃破したぞ。ここからあと十層。全力で駆け上がってやる。

 

 だから膝を震わせて待っていろマンダトリー。

 

 必ず貴様の首を狩りに行ってやる……!

 

 

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