ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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かくして役者は揃い、最終劇の幕が開く 6

 LAボーナスは、やはり《ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥ・ハペヘット》だった。名前長いわ。どうにか略せよ。

 

 片手剣ということでサキが即効でいらない発言をかます。贈与候補としてディアベルとキリトが挙がるが、今回はディアベルが辞退。どうやらキリトのエリュシデータもこの階層となると限界が近づいており、神装級の剣が必要だったのだ。

 

 新たに剣を手に入れたキリトはサキに何度も礼をし、すぐさま装備して感触を確かめていた。何度か振ったキリトの表情に満面の笑み。ご満悦の様子でなによりだ。

 

 それから更に半年の月日が流れた。

 

 場所は九十九層フロアボス部屋。

 

 フロアボス《主神オーディン》をやっとの思いで倒した俺たちは、ようやく百層へ王手をかけた。

 

 このとき、全員にシステム管理者からメッセージが送られた。内容はこうだ。

 

 ――一週間後の午前九時、百層の紅玉宮にて最終決戦を執り行います。それまで平和なひと時を味わって下さい。百層紅玉宮へのアクティベートは自動で行われますのでご安心を。

 

 すぐさまメッセージを握り潰したくなった俺だが、ひとまずここまで来れた。仲間は誰一人欠けることなく俺の傍にいて、隣には愛しいサキもちゃんといる。

 

 きっと大丈夫だと、藁にも縋る思いで踏破してきた甲斐があった。

 

 

 

 二日後、俺は八十層の主街区《カルヴァリア》の聖堂教会の小部屋にいた。教会が数多く並び建つこの都市は、別名《宗教都市》とも呼ばれている。

 

 そんなところで、俺は椅子に座ってある瞬間が来るのを今か今かと待ちわびている。まだかなあ。早く来ないかなあ。

 

 珍しく時間が過ぎるのが永遠にも感じる。室内にある壁時計の秒針がうるさい。お前はお呼びじゃねえから黙ってろ。

 

 ふいに、部屋のドアが開いた。

 

 美女だ。絶世の美女が立っている。まるで絵画の世界から現れたような、目にする者すべてを魅了する女性が俺を見てはにかんだ。

 

「どうかな?」

 

 ひらりとスカートを浮かせてサキがくるりと回る。

 

 ウエディングドレス姿のサキが、俺の前に立っていた。

 

 綺麗で、あまりにも美しくて、思わず言葉を失う。

 

 いつも結っている青み掛かった黒髪は今日は下ろし、ティアラにも似た何かをかぶり、そこから背後にベールが流れていた。装いは一般的なチューブトップのウエディングドレスだが、表面には睡蓮の刺繍が編みこまれていてとても似合っている。サキにしては珍しく大胆になったか、左足に大きくスリットが開かれていた。そこから覗く太股と、それを覆う白いレースのストッキングが艶かしくて、俺は思わずこくんと喉を鳴らした。おい、式前に俺は何考えてる。何か気の利いた一言でも言えよ。

 

「ハチマン?」

 

 サキがヒールを鳴らしながら近づいてくる。顔が熱い。心臓の音がうるさい。

 

「どうしたの?」

 

 俺の目の前で、サキがレースに包まれた手を軽く振った。意識が戻る。戻るのだが、あまりに綺麗過ぎてろくな言葉が出てこない。

 

「お、おう」

 

「なんだ、ちゃんと生きてるじゃん」

 

「死んでねえよ」

 

「突っ立ったまま死んでたかと思った」

 

 目が腐ってるし、と言って、口許に手を当ててサキがくすくすと笑う。ひとつひとつの仕草があまりにも現実味が無くて、やっぱり何も言えない。

 

「いま何考えてるか当ててあげよっか?」

 

 いたずらっ子の笑みを浮かべて、サキが顔を近づける。桜色の口紅で艶やかに彩られたサキの唇が開く。

 

「見惚れて言葉も無いんでしょ?」

 

 おいおい、言い当てられちゃったよ。こいつエスパーか。

 

「あんた限定のね」

 

 やべえ、完全に思考が読まれてる。

 

 それと、と言ったサキがスリットに手を添える。

 

「中も見たい?」

 

「おい、それはねえよ。式前に何言っちゃってんだよこいつは」

 

「そう?」

 

 悪びれもせずサキが口端を吊り上げる。

 

「さっき熱っぽい視線向けてたのに?」

 

「はい、見たいです。超見たいです。だから許して下さい」

 

 全力で頭を下げた。もはやサキ相手に隠し事はできないと悟った瞬間だ。

 

 あはは、と笑ったサキが隣に寄って腕を取った。そのまま頭を俺の肩に乗せる。

 

「とりあえず、言ってほしい言葉があるんだけど」

 

 サキが上目遣いに俺を見る。その視線があまりに熱っぽいから、俺は頬を赤くしてそっぽを向いた。

 

「き、綺麗だ。すごく」

 

「ん、あんたが直視できないくらいってことだね。嬉しいよ」

 

 俺の頬に軽く口付けしたサキが離れる。俺の前に立ったサキが、後ろに回した手を組んで前かがみになる。

 

「あんたもかっこいいよ」

 

「そ、そうか? いつもと変わんねえぞ?」

 

 俺は自分の姿を見下ろす。普段の臙脂のコートは純白のそれになり。インナーはまんま黒。ボトムは白に変えている。正直それだけだ。タキシードを一度着てみたのだが、サキがあまりに腹を抱えて笑うので、結局いつもの装いの色彩を変化させただけにしたのだ。

 

「マフラーはしないの?」

 

「さすがに式でそれはねえだろ」

 

「あんたに似合ってたよ。今日なら、黒にしたら?」

 

「おい、そんなことしたら余計に囚人服みたいになっちゃうじゃねえか」

 

 なんだって良いんだよ、とサキが微笑む。

 

「あんたなら、なんだっていい。あんたが隣にいるだけであたしは幸せだから」

 

 ぱふっ、とサキが俺の胸に飛び込んでくる。俺の頭に手を回して爪先立ちになると、淡い口付けをした。喜びに満ちた表情でサキが相好を崩す。

 

「今日、やっと結婚式するんだよね」

 

「おう。話をしてから長かったけどな」

 

 俺たちは今日、結婚式をする。キリトとアスナ、ディアベルとユキノたちと共に、ここ聖都カルヴァリアで結婚式を挙げるのだ。

 

 本当に長かった。あの悪夢の虐殺劇さえなければ、もっと早く式を挙げられていたというのに。マンダトリーの野郎、必ず首を狩ってやる……。

 

「怖い顔してる。もっと笑って」

 

 思考が表情に出ていたか、俺の頬を撫でたサキが口許を緩めて言う。

 

「まえ言ったこと、覚えてる?」

 

 覚えている。覚えているとも。生まれて初めて嬉しさで泣いたあの言葉を、俺は一瞬たりとも忘れたことはない。

 

 きっとあのとき、俺は心底サキに惚れた。こいつしか目に入らなくなった。それから色々なことがあって想いを交し、そしていまここにふたりで立っている。

 

「痛いも苦しいも、楽しいも嬉しいも、みんなみんな二人で共有しよう。ふたりで戦えば、きっときっと、大丈夫だから。あたしはあのときそう言ったよ」

 

「覚えてる」

 

「だから笑って。もっと微笑んで。あたしも笑うから。あんたも笑って。これは嬉しい出来事だよ?」

 

「ああ、そうだな」

 

 俺を見つめるサキの瞳が、喜びに潤む。

 

「ハチマンが好きだよ」

 

 知っている。俺も同じだから。

 

「ハチマンを愛してるよ」

 

 分かっている。どうしようもなく俺もそうだから。

 

「あんたの言葉で教えて。あたしをどう思ってる?」

 

「サキが好きだ」

 

「うん」

 

「サキを愛してる」

 

「ありがとう」

 

 サキが抱きついてくる。俺はその背にそっと手を回した。愛しくて、とても大切だから、力を込めずに柔らかく抱きしめる。サキが甘い声で鳴く。それだけで胸が高鳴る。

 

「この世界は最低だったけど、あんたとこうして一緒になれたことは何より幸せだよ」

 

「そうだな。俺もそう思う」

 

「現実に戻ったら、あたしと付き合ってくれる?」

 

「それだけで満足できるほど人間できてねえよ。どんな手を使ってでも結婚する」

 

「気が早いね。でも嬉しい」

 

「できれば式にも出たくない。いまのサキを衆目に晒したくない。俺が独占したいまである」

 

 ふふふ、とサキが笑った。

 

「素敵な口説き文句だね。でも大丈夫。あたしはあんたのものだよ。あんただけのものだから。誰があたしを見てようと、あたしはあんたしか見てないよ」

 

「可愛い過ぎてこのままお持ち帰りしたい」

 

「あんたも欲望に忠実になってきたね」

 

「理性ちゃんは旅に出たよ。もう面倒みきれねえってさ」

 

「そっか、あんたの目はあたしに釘付けだね」

 

 サキが身体を離す。一歩二歩と後ろ向きに進んで、柔らかく、あの薄紅色の睡蓮の微笑みを浮かべて、俺に手を差し出した。

 

「さあ、行こう? みんな待ってるよ」

 

「ああ、行くか」

 

 その手を取って、俺たちは歩き出す。

 

 扉を開き、真紅の絨毯が敷かれた廊下をふたりでゆっくりと進む。幸せをかみ締めるように、一瞬一瞬を切り取り心に刻み付けるように。視界のすべてが華やいで見えて、どこもかしこも俺たちを祝福しているかのように思えた。こんなこと、現実で感じたことなど一切なかった。

 

 この世界はとても過酷で、俺は奈落の底に一度叩き落された。

 

 それでも、仲間たちが、サキがいたから俺はこうして這い上がり、いま、幸せの絶頂にいる。この二年半が無駄だったと、すべてが絶望に満ち闇に覆われていたなどと、決して言えない。なぜなら二年半の宝をすべてかき集めた存在が、すぐ隣に寄り添ってくれているのだから。

 

 歩む先に、正装をしたクラインとアルゴが扉の両脇に立っている姿があった。ふたり共に笑顔で俺たちを眺めている。

 

「お二人さん、いよいよだな!」

 

 クラインが満面の笑みで俺たちに声をかける。

 

「サキちゃん、すっごく綺麗だヨ! ハー坊もなかなか決まってるゾ!」

 

 アルゴが胸の前でぱちぱちーと小さく拍手してくれる。

 

 感謝で胸に熱いものが込み上げる。このふたり、そして神父役を買って出たエギルが、僅か一日という短い期間ですべてを整えてくれたのだ。

 

「おう、色々サンキューな。何から何までやってもらって」

 

 クラインが首を左右に振る。

 

「気にすンなよ。ダチ同士が結婚すンだぜ? これくらいは当然だ」

 

 アルゴは、ふふん、と胸を反らす。

 

「ちゃ~んと感謝するんだゾ! そして幸せになれヨ!」

 

 おう、と俺が答え、サキが目じりに涙を溜めて頷いた。

 

「そんじゃま、行ってこい!」

 

 クラインの掛け声と共に、ふたりが扉を開ける。

 

 瞬間、教会が震えるほどの拍手が俺たちを待ち構えていた。参列者の中には、攻略組の面々、第一層で俺が助けた住人たち、うわさを訊きつけ駆けつけてきたプレイヤー達が、溢れんばかりの拍手で俺たちを祝福している。

 

 照れくさくなって俯きそうになるが、一度瞑目して背筋をぴんと伸ばす。折角の晴れ舞台だ。それなりに格好良く決めておきたい。

 

 バージンロードをふたりで歩く。ここには両親はいないから、正式な手順なんて無茶苦茶だ。それでも、ふたりでこの道をゆっくりと歩いていく。

 

 ステンドグラスに照らされた祭壇の前に、神父姿をしたエギルが立っている。なかなか様になってるぞ、と口だけを動かして言ってやる。いいから黙って歩け、とエギルに返された。

 

 両脇には、キリトとアスナ、ユキノとディアベルが俺たちを待っていた。

 

 ディアベルと目が合う。とりあえずこれだけは伝えておかなきゃならん。

 

 ――とりあえず一発殴らせろディアベル。

 

 ――だから君はユキノのなんなんだよ……。

 

 ――親友だっつってんだろ。俺みたく目でも腐ったか?

 

 ――こんなところで何言ってるんだよ。いいからさっさと来てくれ。

 

 言葉もなく、読唇もなく、目だけで通じ合う。仲間同士、もはや以心伝心だ。

 

 ディアベルを殴る瞬間をワクワクと待ちながら歩いていると、サキに脇腹をこづかれる。

 

「お願いだからちゃんとやってね。でないと嫌っちゃうよ」

 

「分かった。ちゃんとする。だから嫌わないでくれ」

 

「ん、なら愛してる」

 

「おう」

 

 ふたり、歩を進める。

 

 ここに来てから、いつも足場が不確かだった。確かなはずの地面はいつも砂上の楼閣で、目の前は暗闇に満ち、心は後悔と罪悪に溢れて崩れ落ちそうだった。

 

 それを取り払ったのはサキだ。

 

 足場を強固なものにし、一筋の光を与えてくれ、心の闇を取り払ってくれた彼女を、俺は永遠に愛しく思う。

 

 二組の隣に並ぶ。エギルが潤んだ目でしっかりと眺めてくれている。

 

 ここから先の手順だって、作法に則っていない。ただ牧師が誓いをそれぞれに問い、俺たちがそれに答える。そして外に出て女性陣が受け取ったブーケを投げる。ただそれだけの式。それでも、ここには仲間たちの想いがあり、アインクラッドに満ちた希望があり、そして俺たちの愛がある。

 

 歓喜に胸が震える。

 

 なあ、小町。

 

 お兄ちゃんな、ゲームだけど結婚式してるぞ。

 

 ちゃんと幸せだ。

 

 お前はどうだ、小町。

 

 あれから前に進めているか?

 

 立ち止まってないか?

 

 幸せに暮らしているか?

 

 せめて、些細でもいいから、その胸に確かな希望と幸福を込めて歩んでいってくれ。

 

 そうしたら、俺はいつだってお前を支えていってやる。

 

 いつの日か、俺にとってのサキのように、最愛の人が現れるまで、必ず見守っていてやる。

 

 エギルが問う。

 

 ――健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?

 

 サキたち女性陣が誓う。その後の問いに、俺たち男性陣も誓う。

 

 エギルが泣きそうになりながら告げる。

 

 ――では、誓いのキスを。

 

 それぞれが向き合う。俺はサキを見つめ、サキも俺を見つめる。他の誰でもない、視界にはサキしか映らない。仲間を除くその他万物すべてが、俺にとっては無意味だというように、俺にはサキしか見えない。

 

 サキがそっと目を伏せ顔を近づける。俺はその唇に、自らのそれを重ねた。

 

 再びの歓声。

 

 顔を離したサキの頬は羞恥で真っ赤になっているけれど、やっぱり嬉しそうに俺に微笑んだ。俺も多分、似たようなものだと思う。

 

 エギルが三組の新郎新婦の手に己の手を重ね、結婚が成立したことを宣言する。

 

 参列席からの祝福が鳴り響く。

 

 無情の喜びに目が潤む。視界が七色に瞬いて、まるで夢でも見ているような気になる。それでも、俺の腕にそっと自らの手を添えたサキの存在が、これが夢でなく現実であると教えてくれる。

 

 アルゴがそっとやってきて、女性陣にブーケを渡す。

 

 再び、俺たちはバージンロードを歩く。俺とサキが先頭に、次にキリトとアスナが、最後にディアベルとユキノが外へとゆっくりと進んでいく。参列席から、次々に「おめでとう」と声をかけられる。生憎人前に姿を現すことのなかった俺の見知った人はいなかったが、他メンバーは有名人だからか、知人友人らから声をかけられていた。

 

 まあ、俺はサキがいればそれでいい。

 

 教会を出て、青空の下に立つ。外には大勢の人たちが集まってきていた。アインクラッド初の盛大な結婚式を見ようと訪れたプレイヤー達だ。

 

 サキ、アスナ、ユキノがそれぞれ前に立ち、集まった人たちの前でブーケを投げた。

 

 蒼穹の下、風に揺られながらブーケが宙を舞う。

 

 いつか、時よ止まれと思ったことがあった。幸せの一瞬を切り取り永遠に味わっていたいとこいねがった。

 

 それは、いつしかサキとの未来を歩む望みへと変化し、幸せを増やしていけたらいいと思った。

 

 いまはどうだろうか。

 

 時は止まってほしくない。

 

 でもいま感じる幸福は永遠に味わっていたい。

 

 矛盾だらけだ。

 

 いつだって人は矛盾を抱えて生きている。

 

 ここに来てからの俺だってそうだ。

 

 指針を失い、目的を取りこぼし、ただ理由を預け、どうしようもなく同じところをぐるぐると回っていた。

 

 それでも、いまは少しだけ違うと思いたい。

 

 サキと共に歩みたい。現実に帰りたい。すべては俺の中に理由があって、少しずつでも、きっと前に進んでいる。

 

「サキ」

 

 思わず顔を見たくなって、俺は声をかける。すぐに振り向いたサキが、薄紅色の睡蓮の微笑みで応えた。

 

「ハチマン。いま、あたし、幸せだよ」

 

「ああ、俺も幸せだ」

 

「ハチマン、愛してるよ」

 

「サキ、愛してる」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 二次会は仲間内だけで行われることになった。場所は当然にように二十二層の俺たちの家だ。リビングに集まった全員が杯を掲げ、やっぱり俺を見ている。だからなんで俺を前に立たせようとするんだよ。大人がやれよこういうのは。

 

 とはいえ、まあ慣れたものだ。

 

「今日は色々とありがとよ。いい思い出が作れた。まずはアルゴ、クライン、エギルに最大限の感謝を捧げる。それと全員結婚おめでとさん。んじゃ、乾杯」

 

 全員が歓喜に満ちた顔で杯を合わせる。さっそく俺の隣を陣取ったサキは、服装は変えずウエディングドレスのままだ。スリットから見えそうで見えないもどかしさが堪らない。

 

 じっと見ていたからだろうか、頬を染めたサキが俺に顔を寄せて囁くように言う。

 

「この格好でする?」

 

「おまっ……時と場所を考えろよ」

 

「だめなの?」

 

 上目遣いで涙まじりに言われたら欲望くんがフル稼働しちゃうだろ。帰ってきてくれねえかなあ理性ちゃん。

 

 俺は力なく息を吐いて了承の意を示した。すぐさまサキが俺の肩に頭を乗せる。

 

「結婚おめでとよ!」

 

 早速クラインが俺に絡んでくる。だからなんでこいつは酒飲んでないのに雰囲気で酔えるんだよ。まあ、今日は許す。こいつには色々世話になったな。

 

「それよりサキさん、こいつの面白い話を訊きたくねえか?」

 

「ん? なんだい?」

 

 反応したサキにクラインがにやけ面を晒す。おい、ちょっと待て。嫌な予感がするぞ。視線の向こうでキリトがにやついている。こういうときのこいつらはろくなこと喋らないってハチマン知ってるよ!

 

「まえ、フェイクアイテム事件があったの覚えてるだろ?」

 

 おい、やっぱりそれかよ。ちょっと黙れクライン。それマジで恥ずかしい奴だから。

 

 俺が腐った目を向けるもクラインは止まらない。逆に、サキの表情に憂鬱さが現れる。

 

 ――フェイクアイテム事件。これは偽造アイテムを使用し、あるアイテムを別のアイテムに見せかけるある種の詐欺事件だ。サキはある日、大量の米を仕入れたようだったが、実際に使用した途端、単なるクズアイテムへと変化し、大いに嘆いていたことを覚えている。そう、この場の誰よりも、俺とアルゴが一番よく覚えている。

 

 助けてくれ、とアルゴに目をやるが、ニシシと笑うだけで何も言ってくれない。

 

 クラインが俺をにやにやと眺めながら話し始める。

 

「こいつ、サキさんがそれに騙されたと知るや否や、アルゴと結託して一週間で詐欺組織を全滅させたらしいぜ」

 

 ちょっと、やめて! それサキに内緒にしてた話だから!

 

 俺の心中など関係なしとばかりに、キリトが続きを話す。

 

「ある日喫茶店に行ったらハチとアルゴが神妙な表情で顔つき合わせててさ。声かけようと思ったんだけど、すごい剣呑な雰囲気だから近くに座って話を訊いてたんだよ」

 

 おい、あのときいたのかお前! 気づかなかったぞ。いつステルスヒッキーを習得しやがったんだよ!

 

「で、話してる内容を訊いたら驚いたぜ。ハチが、「やつらを潰す。サキを泣かせた罪は万死に値する。協力しろアルゴ」って言って、アルゴもアルゴで「親友を騙したツケは百万倍にして返してやるヨ。是非協力させてくレ」なんて言っててさ。訊いてる俺がビビッたよ」

 

「で、気づけば詐欺集団は消えちまい、事件は解決。ありゃあ圧巻だったよなあ」

 

 クラインが当時を思い出したように言う。おい、その言い方だと殺したみたいに思われちゃうだろうが。ちゃんと黒鉄宮の牢獄にぶちこんだだけだぞ。ちょっと仲良く話したら簡単に入ってくれたぞ。回廊結晶高かったんだからな!

 

「ハチマン……」

 

 サキが妙に色気のある瞳で俺を見つめてくる。なに、どうしちゃったの? いまの話全然面白くないよ?

 

「好き、大好き!」

 

 殆ど泣きながらサキが抱きついてくる。周りがヒューヒューとはやし立ててきた。おい、お前ら後で地獄に落すから覚えてやがれ。こういうのは黙ってるのが格好いいんだよ!

 

「でもあのときのハー坊怖かったなア」

 

 アルゴが当時を思い出すようにしみじみと言う。

 

 おい、アルゴまで追い討ちかけるつもりか。この裏切り者め!

 

 アルゴが二度咳払いをして、俺の声真似をする。

 

「おいテメエら、俺の女をよくも騙してくれたな。この罪は重いぞ? テメエらの死で贖えると思うなよ! 今すぐ牢獄に入るか一生斬り刻まれる拷問にかけられるか五秒以内に選べ! ってネ。オレっち後ろにいたけど思わずビビっちゃったヨ♪」

 

 抱きついているサキが思い切り頬を寄せてくる。ちょ、胸が、胸がですね、とてもいい感じに当たって柔らかくて幸せでもう何も考えられないよぉぉ。

 

「愛してる、愛してるハチマン!」

 

 ちょっと、もうやめて! 恥ずかしくて俺死んじゃうから!

 

 そんな想いが通じたか、サキが身体を離す。いや、なぜか腕を俺の首に絡めている。おい、待て。嫌な予感しかしない。

 

「する。もうしたい。我慢できない」

 

 おい。

 

 俺が答える間もなく唇を奪われる。こいつ、また舌を入れてきやがった。みんな見てるから勘弁して!

 

 一分どころか五分以上濃厚な口付けを交わしたサキが、上気した顔で俺の手を取って立ち上がる。待って、俺をどこに連れて行こうとしてるの!?

 

「みんな、いまからちょっとうるさくなるけど、気にしないで」

 

 サキが俺を寝室に連れて行こうとしながら仲間たちに言う。

 

 どーぞどーぞ、と全員が手の平を上にして両手を前に出す。

 

「おまえら! ちょっと待て! なんでこいつらにサキの嬌声を聞かれなきゃなんねえんだよ。俺以外に聞かせるか! 超エロいんだからなこいつの声!」

 

「ハー坊、自爆してるゾ……」

 

 アルゴが、やれやれと首を左右に振って言う。ぐぬぬ……。

 

 何も言えない間に俺は無理やりサキに寝室へと連れ込まれる。その間、アルゴは我関せずというように、ユキノに耳打ちをしたかと思うと、ふたりでそのまま外へ出て行った。ちょっと! 誰か助けて! こんな公衆の面前でするのハチマン恥ずかしい!

 

「じゃあ、二次会は私たちの家で続きをしよっか!」

 

 顔を真っ赤にしたアスナが大きく手を叩く。全員がそれに神妙な顔で頷き立ち上がると、めいめいが玄関へ向かって歩き出す。

 

 ナイスだアスナ! もう魔法少女って言ってからかったりしないからね!

 

 寝室のドアの縁にしがみ付きながら、俺はアスナに全力でお礼を込めた視線を投げる。それを受け取ったアスナが、ぶいっ! とVサインをしてきた。超可愛い。でもなんか期待している目をするのやめてね。実は外に行ったと見せかけて壁に耳を当ててたりしたら、いくらアスナでも怒るからな!

 

「ハチマン、早く早く……」

 

 サキが全力で俺を引っ張る。

 

「分かった! 分かったから胸押し付けるな! 太腿で俺の足を挟むな! 欲望くんがさっきからフル稼働してんだよ!」

 

 嘆きむなしく、俺はサキによって寝室のベッドに放り込まれた。その上にサキが跨り、俺の胸に手を置いた。

 

「ごめんね、無理やりみたいにしちゃって……」

 

 ぽおっと女の貌をしながらも、サキが謝ってきた。思わずため息が出かかったが、寸でのところで無理やり飲み込んだ。なんというか、以前指摘したことが現実になってきている。お互いまだ若いもんね。しょうがないよね。とか思ってないと欲望が暴発しそうだ。

 

「んなこと気にするな。まあ、あれだ。そんなサキも好きだしな」

 

 かあ、と顔を赤くしたサキが微笑んだ。その笑顔が、この先ずっと見られればいいと俺は思う。

 

 

 

 

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