ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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かくして役者は揃い、最終劇の幕が開く 7

 紙吹雪が散っている。《はじまりの街》に住まう住人達が、あちこちの建物の屋上から紙吹雪きを撒いているからだ。第一層の主街区には全プレイヤーが集い、明日の決戦へ向けた最後の祭りを楽しんでいる。

 

 かつて茅場晶彦が宣言した中央広場では多くの出店が並び、その中心ではプレイヤー達が楽器を持って音楽を奏でている。道路では見世物の行軍が行われ、奇抜な衣装をしたプレイヤー達が大道芸を行っている。ある者は見物し、ある者は踊り、ある者は食べ歩きをし、ある者は涙して明日を祈っている。

 

 プレイヤーは街中にごった返していて、あちこちから響く喧騒で耳が痛いくらいだ。

 

「賑やかだね。こんなお祭りは初めてかも」

 

 艶やかな髪に紙吹雪き散らしたサキが、俺の腕に身体を押し付けながら言った。

 

「そりゃあ最後の日だからな。騒ぎたくもなるだろ」

 

 人の波濤を避けながら先導する俺が応える。それにしても人が多い、というか多すぎる。よく見るとNPCまで混ざっているのだ。昨今のAI技術はやはりすごいらしい。シンギュラリティも近いかなあ、なんてどうでもいいことを考えながらサキとふたりで歩いていく。

 

 時折露店に顔を出して食べ物を買い、ふたりで食べ歩きをする。頬についた生クリームをサキがぺろりと舌で舐め取る。サキがはにかんで爪先立ちして口付けしてきた。祭りで気分が高揚しているせいだろう、街中だというのにサキと何度もキスをした。

 

 本当は仲間たちと来ていたというのに、気づけばみんないなくなっていた。だからこれはもうデートだ。結婚後の初デート。だから胸がはち切れんばかりに甘酸っぱいくらいが丁度いい。

 

 時刻はまだ正午を回っていない。なのに、街中の喧騒は途絶えることがなく、夜中までこれを続けるのかと疑問を投げたくなるくらいのはしゃぎっぷりだ。俺も心が浮ついてしょうがない。

 

「いまごろアスナとユキノもこんなことやってるのかな」

 

「だろうな。クラインとエギルとアルゴは三人で露店冷やかしてるんじゃねえか? 特にアルゴとかならやりそうだ」

 

 サキが笑う。

 

「かもね。クラインもきっと似たりよったりだから、エギルが大変そう」

 

「あいつ、完全に俺たちの父親役になってたからな。迷惑かけ通しだ。現実に戻ったらまた礼言わないとな」

 

 俺の腕を力強く胸に押し付けたサキが、願うように言う。

 

「あとちょっとで帰れるよ」

 

「だな。あとはアルゴがなんとかしてくれれば完璧、と思いたい」

 

 たどり着いた最悪の想像に俺は顔をしかめる。すぐさまそれを察知したサキが頬にキスをする。勝手に顔が緩む。

 

「あれからアルゴからは?」

 

「特には。相当慎重に動いてるんだろ。今日中には連絡くれると思うけど、なかったら正直明日を迎えるのが怖い」

 

 少し、声が震えていた。いつだって最悪の状況は想定している。命の掛かったこの世界では、臆病くらいが丁度いい。だけど、その場面をいざ明日に控えると、やっぱり恐ろしくて身がすくむ思いがした。

 

「ハチマン、あっち行こう?」

 

 サキに連れられ、人気の無い路地に行く。俺の腕から離れたサキが、両手を広げて抱きしめてきた。そのまま俺の頭を抑えて胸に柔らかく押し付ける。幸せな感触が顔に広がっていく。

 

「大丈夫だよ。あんたにはあたしがいるから。あたしがいる限り、絶対にあんたを幸せにしてみせる。だから心配しないで。あたしはここにいる。ここにいるよ」

 

 サキの声音と共に、心臓の音が訊こえてくる。波立った心を落ち着かせるその音に抱かれて、俺は全身の力を抜いてサキにもたれかかった。

 

「ああ、サキがいるなら、きっと大丈夫だ」

 

 サキの背に腕を回す。泣きそうになるのを必死でこらえた。あと一日。それだけ頑張ればすべてが終わる。だからもう少し、もう少しと足を進めるだけだ。

 

「元気でた?」

 

「ん、もう少しほしい」

 

 顔を上げてサキを見つめる。たぶん、俺から初めてねだるように目を閉じた。サキの唇が触れる。ずっとこうしていたいくらい気持ちよくて、すべての悩みが吹き飛ぶようだ。

 

「つらいの無くなった?」

 

「ああ、もう大丈夫だ」

 

「そう、よかった」

 

 サキが俺の腕を引く。大通りに戻ってデートの続きをしよう。

 

 

 

 ――そのとき、俺の腰に引っさげた巾着袋から、幸福を壊す音が鳴った。

 

 

 

 回線結晶による通信音だ。サキに断って俺は結晶を取り出し耳に当てる。

 

「アルゴか? どうした?」

 

「ハー坊……ごめん。私、もう駄目かも……」

 

 怖気がした。

 

「おい、おい! いまどこにいる! すぐに行くから場所を教えろ!」

 

 アルゴが笑った。諦観が滲んだ笑い声だった。

 

「無理だよ。だって目の前にいるんだもん……」

 

「いいからすぐに逃げろ! 大通りに出て奴を撒け! 頼むから死ぬな! お願いだから俺たちの前からいなくなるな!」

 

「ごめん、ごめんね……ちょっと、今回は無理みたい。失敗しちゃった……」

 

 おい、おい、おいおいおい!

 

「アルゴ! 泣き言はいいからさっさと逃げろ!」

 

「ハー坊……いままで、楽しかったよ。ありがと――」

 

 ぷつん、と通信が切れる。目の前が真っ暗になる。アルゴが、アルゴが、奴に殺された……。

 

 そんな馬鹿な話があるか!

 

 すぐさま意識を掴み取ってウインドウを開き、フレンドリストからアルゴの名前を探し出して居場所を検索。

 

 ――検索拒否。

 

 頭がおかしくなりそうで、今度は別画面を開いてアルゴへメッセージを送る。即座に返信が返って来る。安堵してメッセージを開き、また視界が眩む。

 

 ――プレイヤー名“アルゴ”は存在しません。

 

 やめろ。やめてくれ……。

 

 なんでフレンドリストに名前があるのにメッセージが送れねえんだよ!

 

 もう何かしていないと気が狂いそうで、俺はサキを引っ張って黒鉄宮へ向かう。サキは何も言わないで着いてきてくれる。

 

 やっとの思いで黒鉄宮にたどり着く。すぐさま中に入って巨大な石碑からアルゴの名前を探す。見つからない。どこだ、どこにある!?

 

「あ……」

 

 見つかった。

 

「ああ……」

 

 否、見つけてしまった……。

 

 足が崩れる。その場に膝をつき、額を床に打ち付ける。もう何も見えない。涙で視界が完全に消えた。

 

 

 

 ――石碑にあったアルゴの名前には、死亡したプレイヤーと同じく、横線が刻まれていた。

 

 

 

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――!!」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 どうやって二十二層のログハウスに帰ったか覚えていない。ただ、サキがずっと声を掛けていてくれたことだけは耳にしっかりと残っている。

 

 俺は椅子に座り項垂れていた。街中が祭りで祝福ムードの中、ただここだけが御通夜のように沈鬱とした重い空気が蔓延している。

 

 サキが呼んだのだろう。次々と仲間たちがログハウスに入ってくる。そして力尽きたように座る俺の姿を見て、みなが俺に呼びかけてくる。それでも、俺は返事をする気力が出ない。

 

 アルゴが死んだ。

 

 俺のせいでアルゴが死んだ。

 

 その言葉だけが、頭の中でずっと流れ続けている。

 

「ハチ!」

 

 部屋の空気すら切り裂く大音量の怒声が響く。クラインだ。

 

 俺はゆっくりと顔を上げた。怒りに顔を歪ませたクラインが、俺の顔を見て今度は泣きそうに顔を壊した。きっと、俺の顔が涙でぐしゃぐしゃになっていたからだろう。

 

「どうしたんだ。何があった? なんでアルゴがいねえ?」

 

 クラインの声音が静かに響く。俺はそれに答える言葉など持たない。だけど、声を発しようとしない俺の言葉を待って、全員が静かに俺を見つめている。隣に座るサキが立ち上がり、俺の後ろに回って両肩を抱く。もう、言う他なかった。

 

「アルゴが死んだ」

 

「は?」

 

 一番に声を上げたのはキリトだった。全員が同じように、俺の言葉の意味が理解できないのか不思議そうに首を傾げている。

 

「おいおい、冗談はやめてくれよ。アルゴだぜ? あんな殺しても死ななそうな奴が、そうそう死ぬわけないだろ」

 

 キリトが苦笑しながら続ける。

 

「なあ、どうせどっかに隠れてるんだろ。さすがに悪趣味な冗談だぜハチ」

 

 キリトの表情に影が差す。俺が何も答えないからだ。

 

「おい、ハチ。冗談って言えよ。ハチ、頼むから冗談だって言ってくれ」

 

 俺は返す言葉を持たない。これ以上、何も語るべきことがないからだ。キリトが近づいてくる。いまにも背に挿した剣を抜きそうな形相で俺の前に立つ。

 

「なんで死んだ。なんでアルゴが死んだんだ! 何があった! まえハチが言ってたやつか? そうなのか! いいから答えろハチ!!」

 

 俺の唇にかすかな笑み。自戒の笑みだ。それを何と受け取ったか分からない。目を剥いたキリトが俺の胸倉を掴んで無理やり立ち上がらせた。

 

「なんとか答えろ!!」

 

「……俺のせいでアルゴが死んだ。それ以外に言える言葉がひとつも無い」

 

「このッ……!」

 

 怒りに顔を歪めたキリトが、手を背に回して剣を抜き放つ。

 

「やめてキリトくん!」

 

 アスナの声と共にキリトが金色の剣を俺の首筋に突きつけた。その剣に、俺の顎から滴る涙がぽつぽつと落ちる。そしてそのすべてが熱によって蒸発していく。

 

「なんでだよ。なんで何も言ってくれないんだよ。俺たち仲間だろ。親友じゃないか。第一層からずっと一緒だったじゃないか!」

 

 キリトが泣きながら訴えてくる。

 

「ハチがいたからずっと走ってこれたんだぞ? お前がいなかったら、俺はずっとひとりだった。ベータテスターって闇に囚われて、きっと罪悪感を永遠感じながら、それでも最前線でひとり戦ってたはずだ。クラインとだってこんな風に仲良くなれなかった。アスナとだって結ばれなかったかもしれない! それなのに、いまじゃこんなに仲間がいる。全部ハチのお陰なんだよ!」

 

 俺は黙ってそれを訊き続ける。そうだ、俺だってそう思っている。こいつが一番の親友だって、俺も思ってる。だから言えない。言うことが出来ない。万策尽きてなお、俺はこいつらを金庫の中に大事に仕舞っておきたいからだ。

 

「頼むから……なんとか言ってくれよハチ……!」

 

 物言わぬ俺に耐えられなくなったか、キリトが剣を落としてその場に膝を付いた。遂に、キリトが身体を抱えて泣き出した。俺は力が抜けてその場に倒れそうになるも、サキが俺の背中を受け止める。アスナがキリトの傍に駆け寄って彼の背をさする。

 

 ああ、本当にこの世界は意地が悪すぎる。

 

 よくもまあ、何度も幸せから地獄へ突き落としてくれるものだ。

 

 心底意地悪で、胸糞悪い。

 

 キリトの泣き声とアスナの慰める声が響いて、みなが動けずにいる。そんな中、ただひとりが冷静な声音で言葉を紡いだ。

 

「サキ、少しの間、彼とふたりで話したいの。いいかしら?」

 

 ユキノだった。凛とした瞳をまっすぐに俺へと注いでる。

 

「あ、うん、分かったよ。寝室を使って」

 

「ありがとう。すぐに戻るわ。ディアベルも、悪いけれどここにいて」

 

 俺の隣まで近づいてきたユキノに引っ張られて、寝室に連れて行かれる。ユキノが扉を閉め、俺をベッドに座らせた。俺の前に立ったユキノが、目線を合わせるように膝をついて俺を見る。

 

 そして、そっと俺の右手をとって、その上に指を走らせた。

 

「なにも言わないでちょうだい。あなたは大事なものを守ろうとした。精一杯努力して、きっと頭が痛くなるほど考え、そしてこうした結果になってしまったけれど、私はあなたを否定しないわ。きっとサキもそうよ。あなたを支えてくれる。それだけは覚えておきなさい」

 

 ユキノが立ち上がり、俺の手を持って立ち上がらせる。ぽんと俺の背を叩き、寝室の扉を開けた。

 

「さあ、行きなさい。まだやるべきことがあるでしょう?」

 

 ああ……そうだな。

 

 俺はユキノに促されるまま寝室を出てリビングに入る。全員が俺を見る。サキが震える瞳で俺を見つめる。だけど何も言わず、俺は玄関へ向かう。

 

「ハチ!」

 

 キリトが俺を呼び止める。俺は立ち止まって振り返る。

 

「キリトくん。彼を止めないであげて。どうか、どうか進ませてあげて」

 

 ユキノがいまにも駆け寄ってきそうなキリトの前に立ちはだかって告げる。そして今度はサキを見る。

 

「サキも、お願いだから何も訊かないであげて。彼の決意を無駄にしないで」

 

「分かってる。でもユキノ……あんたはなにか知ってるのかい?」

 

 ユキノが左右に首を振る。

 

「なにも。なにひとつ知らない。でも、きっとそういうものでしょう?」

 

 サキが涙を流しながら、それでも微笑んだ。

 

「そうだね。きっとそういうものだね」

 

 ひとつ頷いたサキが俺に視線を注ぐ。

 

「行っといで。そして必ず帰ってきて。あんたが帰る場所は、あたしの隣だよ」

 

「ああ……すぐ戻る」

 

 俺はログハウスを出て歩き出す。

 

 せめて、一筋の希望さえ見つかれば良いと願いながら。

 

 

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