ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

7 / 59
こうして、二人はコンビになる 7

 夕刻、再びトールバーナーの噴水広場に四十四の戦士達が集まったのは、翌日のことだった。今度こそボス部屋を見つけたことで、本格的な攻略会議が始まったのだ。

 

 昨夜から、サキとの関係に変化はない。きっと気を使っていつも通りを装ってくれているのだろう。なら、俺もかくあるべきだと、いつもの調子で行くことにした。

 

 オッス、オラ頑張るぞ! おう、この方向性はなんか違うな。

 

 さて、以前と同じ場所に腰を下ろした俺たちは、噴水の前に現れるであろうディアベルの姿を待っていた。辺りを見ると、モヤットボールの姿も見受けられる。

 

 目が合うとモヤっと威嚇された。

 

 嫌われてるなあ……。

 

 今度は、サキに続いて援護射撃をしてくれたエギルとばっちり目があった。外国人らしい嫌味の無いウインクをされた。やだ、惚れちゃいそう……。海老名さんにエギ×ハチとか言われちゃう! 勘弁してくれ……。

 

 目の保養のために隣のサキを見る。気だるげに頬杖をつくサキの顔に、緊張感はあまりない。すらりと伸びた鼻梁が夕日を受けて影のコントラストを生み、まるで稀代の彫刻でも見ている気がした。

 

 ふいに、サキと目が会う。

 

 会議が始まりそうだから声には出さず、「どしたの?」口だけで言う。

 

 見惚れていた、などと言えるわけも無く、俺は首を横に振り、なんでもないと答える。

 

 サキの奥にいるアスナにはばっちり見られていたのか、座れば牡丹といった様子で可憐に笑われた。恥ずかしい……。

 

 逆に、左隣のキリトはというと、やや緊張した面持ちで前方を睨みつけるように見ていた。まだわだかまりは解消できていないのだろう。待つと決めた以上、やはり俺からは無理に聞き出さないが、あまりにも遅い場合はあれだな。泣かぬなら、泣かせてしまおうホトトギスだな。殺しちゃまずいしな、うん。

 

 そこで、ようやくディアベルが現れた。先日と同様に噴水の淵に飛び上がり、振り返ってイケメンスマイルを解き放つ。イラッ☆

 

「みんな、今日も忙しいなか来てくれてありがとう! ひとりも欠けずに集まってくれて、俺嬉しいよ! さあ、今日は本格的な会議をしよう!」

 

 ティアベルの会議開催宣言が下される。昨日よろしく、やはり前方の集団がどっかんどっかんしていた。やっぱり地下アイドルのファンなんじゃねえかなあ。あのノリにはついて行けん。

 

「今日、遂に、遂にボス部屋を見つけた! 今日はその情報の共有と、パーティ作成、そしてそれぞれの役割を決めようと思う!」

 

 その後、新たに配布されたガイドブックを片手に、ディアベルが直に拝んできたというボスの容貌と名前を誇らしげに語っていく。英雄っていうより吟遊詩人みたいなやつだな。

 

 ともあれ、ボスは身の丈二メートルにもなる巨大コボルドで。名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》と言うらしい。武器は曲刀。取り巻きは、人間と同じように鎧を着て、ハルバードを得物とした《ルインコボルド・センチネル》が三匹いるらしい。更にその取り巻きの《センチネル》とかいうやつがたくさんいるらしい。

 

 聞くからに逃げたい相手だ。やっぱ働きたくねえなあ、と思いつつガイドブックをパラパラと捲る。

 

 やはりアルゴの情報収集能力と信頼性は確からしい。問題は、ベータテスト時代といまこの時代がまったく同じものかということだ。ベータテストと本稼動で内容が変わることがままある。テストを踏まえ、改善した上で本格稼動をするのだから、当然と言えば当然だ。

 

 そして、茅場を考えるに、こういう急所染みたところで調整を変えている可能性は非常に高い。安易に情報を鵜呑みにすると足を掬われるだろう。

 

「キリト、この情報になにか問題ありそうか?」

 

 誰にも聞かれないよう、そっとキリトへ耳打ちする。

 

 キリトは一瞬逡巡するも、一度目を伏せて囁き返して来た。

 

「いや、大丈夫だと思う。面倒な偵察もしなくてよさそうだし。この通りなら死人ゼロで倒せるんじゃないか?」

 

「そうか。分かった」

 

 全員がガイドブックに目を通したのだろう。偵察の件もそうだが、情報の信憑性をどうするか、すべての視線がディアベルに集まる。これは重圧だろうな……。

 

 ディアベルは顎に手をやり、十秒程度考え込むと、一度大きく頷いて再び声を張った。

 

「みんな、今はこの情報に感謝しよう! それじゃあ早速だけど、パーティーを作ろう! まずは仲間や近くにいる人とパーティを組んでくれ!」

 

 なん……だと。

 

 ハチマンは、パーティこうげきをくらった。こうかはばつぐんだ!

 

 まさかここで、はーい二人組み作ってー、という学校の黒歴史が炸裂されるとは。やばい、ここは体育でいつもやっていた、「あ、俺体調悪いんで迷惑掛けるんで、ひとりで壁打ちしてます」作戦で行こう。壁と戦ってなんになるの……。

 

 頭を抱えるか否か考えているところで、パーティ申請が来る。申請主はサキだった。

 

 そうじゃないかか、俺にはサキがいるじゃないか。

 

 麗しき依頼主と雇用主の関係だ。

 

 サンキュー、愛してるぜサキサキ!

 

 なるべく無表情を作って承諾すると、パーティになると見えるHPバーが続々と増えていく。キリトとアスナだ。ひとまず四人パーティになったらしい。

 

 総勢四十四人であるから、四人パーティがふたつあれば、これ以上増やす必要も特にないだろう。

 

 よかった、これで「だれかーあまった比企谷と組んでやってくれないかー?」「えーやだー」とか一連のトラウマが回避できた!

 

 五分程度して、すべてのパーティができあがったようだ。ディアベルはそれらをパーティ同士で固まるように告げ、広場の中に六人パーティが六組、四人パーティが二組できあがったのが見て取れた。

 

 うわー、周りからの視線がヤバイ。何がヤバイって、今日に限ってアスナもフードを取っているから、明らかに冴えない俺と結構な美男子のキリトが、綺麗どころを二人占めしているように見えるのだ。

 

 ふたりにフード被れって言えばよかった……。

 

 フードと言えば、さっきから昨日の奴を探しているのだが、さすがに姿形、輪郭が曖昧であった以上、それらしき姿は見つけられない。殺気を辿ろうにもどこぞの漫画の主人公でもないので分かりはしない。でも……奴の霊圧が……消えた……? とか言ってみたい。是非叩きのめした後で言いたい。

 

 その後、ディアベルが各パーティに対して役割を割り振っていく。途中キバオウの介入があってか、俺らには取り巻きを狩るパーティのサポート役を受けることになった。つまり、対して働かなくていい。なんだよ、キバオウ最高じゃねえか! モヤットボールって言ってごめんね!

 

 そんなキバオウに感謝の祈りを捧げていると、オッスオッスと当人がやってきた。

 

「ええか、明日はワイらの影に引っ込んどれよ。ジブンらは、わいのパーティのサポなんやからな。でしゃばんなや?」

 

「おう、頼んだぞキバオウ。期待してるぞ!」

 

 元気に嫌味なく返答すると、あからさまにキバオウが嫌な顔をする。なぜだろう。感謝の気持ちを伝えたはずなのに。やっぱり目か? 目が濁っているからなのか?

 

「な、なんやジブン……意味分からへんわ……」

 

 ふん、と憎らしげに頬を歪めた顔を突き出し、キバオウがまたオッスオッスとパーティの元に戻っていく。しかし、このオッスオッスって擬音も多用するとつまらないな。次は変えてみようか。

 

 なんて、下らないことを考えていると、

 

「……何、あれ」

 

 アスナが剣先よりも鋭い物騒な視線をキバオウの背中へ向けていた。

 

「ま、あんなもんじゃないの?」

 

 涼しげに言ったのはサキだ。さすが分かってらっしゃる。あの手の人間はそう簡単に自分の意見を曲げないのだ。ましてや、昨日コテンパンにやられたのだから、俺の爽やか笑顔程度では態度を緩和してはくれまい。

 

 ところで、とキリトが話題を変える。思うところがあるのか、口調が少し上ずっている。

 

「ハチたちの実力を見たいんだが、これからどこかでMob狩りしないか? サキさんも実際には見たことないし、アスナも迷宮区で少ししか見てないから、全員の実力を把握しておきたいんだ」

 

 えーめんどい、と条件反射で答えようとするのをぎりぎりで止めた。やはり働きたくない精神は常時発動しているらしい。

 

 キリトの言うことは一理どころ二里くらいはある。こうしてパーティになった以上、サキはともかく二人の実力は把握しておきたい。切れるカードは多いに越したことはないのだ。

 

「あたしは賛成だけど、どこでやるんだい?」

 

「迷宮区周辺の森でいいんじゃないか?」

 

 サキの問いにキリトが返す。

 

「森か……」

 

 昨日のことがあったためか、ため息と共に俺は呟く。それを拾ったアスナが、身を乗り出して訊いて来た。

 

「ハチ君、森になにかあるの?」

 

「いや、なんでもない。気にすんな。森へひと狩り行こうぜ」

 

 三者三様に頷き、森での実力確認を行うことになった。

 

 さすがに行動の早い三人は、スローライフを自称する俺を引き連れてさくっと森へ向かう。お願いだから引っ張らないで! ふ、服……服がのびちゃうから!

 

 

 

 四人がそれぞれMob相手の戦闘を終える頃になると、夜の帳もすっかり下りて、月が爛々と輝く時間になった。

 

「サキさんはやっぱりすごかったけど、ハチ、お前あれなんだよ」

 

 キリトが半ば呆れた表情をする。なに? 俺的に真面目にやったんだけど、やっぱりダメだった?

 

「あれってなんだよ、あれって。言葉はちゃんと使えよ。だから最近の若者はって言われるんだぞ」

 

「変なところで細かいな、ハチは……。あれっていうのは、クリティカルのことだよ。なんであんなクリティカルを連発できるんだよ」

 

「あ、それ私も思った」

 

 アスナも乗ってくる。俺としては普段通りにやっているだけだから何のことやらといったところだ。なにせサキだってクリティカルを連発しているのだ。正直、そういうゲームだと思ってたんだが……。なに? 違うの?

 

 頭を掻く。

 

「あー、あれだ。まず相手の弱点部位を探す。それっぽいところに刃を通す。クリティカルが発生する。以上、ハチマン講義終わり」

 

「それができたら苦労しないからな!」

 

 大声でキリトに突っ込まれる。とりあえず、俺とサキの戦闘方法は効率的だということがよくわかった。やはり対人戦の訓練が効果を上げているのだろうか。もっと続けよう。でも最近サキに負け越してるんだよなあ。やっぱ長物相手に短剣とか不利すぎんだろ。

 

「そういうお前だってなんだよあの反応速度は」

 

 キリトも俺から言わせれば十分化物だ。俺やサキのような技術はなく荒削りだが、稀に見る反応速度で敵の攻撃を寸前で読み、最高のタイミングでカウンターをぶち込むのだ。絶対に戦いたくない。

 

「それにアスナもだね。あんたのソードスキル、《リニアー》だっけ? 速すぎるよ」

 

 サキが感嘆の声を上げる。

 

「そ、そんなこと……」

 

 アスナが謙遜してもじもじしているが、サキの言葉には俺も同意だ。あれは光だった。超光速。こいつとも絶対戦いたくない。

 

 なんだよ、ここにいる連中全員敵に回したくねえやつらばっかじゃん。 

 

 さて、周りはまだ、やんややんやと騒いでいるが、俺もそろそろ動かなければならない。

 

「サキ」

 

「うん?」

 

「なにも訊かず、このまま宿に戻ってくれ。誰が来ても絶対に開けるな。何かあれば俺を呼べ。すぐに行く」

 

「……ん、分かったよ。行ってらっしゃい」

 

 サキが不安げに、それでもすぐに笑顔になって俺の背を叩いた。発破を掛けてくれたようだ。お陰で気合が入る。

 

「んじゃ、キリト、アスナ。悪いが俺は先に戻るわ。お前らも今日は早く帰れよ」

 

 返事も聞かずに全力疾走。ちょうどタイミングよく、アルゴからのメッセージが届く。中身を読んで腹の奥に力を入れる。

 

 最近あいつを酷使しすぎてる気がするな。今度労わってやるか。それまでは使い倒させてもらうがな!

 

 すぐに町にたどり着くと、街の外れにある小さなパブに入る。ここのパブは、酒は出ない、店内の内装は微妙、飲み物は不味いと最悪な場所だが、パブのくせに個室があるのだ。逆に言えば密談するには格好の場所なのだ。

 

 場所を指定してきたのはアルゴだ。ある人物と渡りを繋いでもらっていたのだ。

 

 あの野郎、金を要求しないで「今度デートしてくれヨ」なんて言ってきやがった。意味分からん。ぼっちとデートなんぞしても楽しくないぞ。もちろん拒否したんだが、「アー、手が滑ってあの一覧がハー坊のところだけ漏れちゃいそうダー」とか言いやがった。速攻でオーケイした。あの鼠、いつか絶対沈めてやる……!

 

 アルゴから指定された個室へ入ると、目的の人物がひとり、下座に座っていた。俺は気にせず上座へどかっと腰を下ろす。

 

「急に呼び出して悪いな。ディアベル」

 

 そう、俺が呼び出したのは他でもない、攻略会議の首魁であるディアベルだ。

 

 色々なことがありすぎて時間が取れなかったが、今日やっと接触することができたのだ。

 

「ハチマン君、だったよね? 気にしないでくれよ。攻略のことで話したいことがあるんだろう? 大歓迎さ」

 

 相変わらず爽やかな笑みを浮かべたディアベルが、テーブル越しに手を差し出した。握手したい、ということだろう。一応礼儀として手を合わせておく。筋力値が高いのか、思いの他ぎゅっと握られる。

 

 手を離すと、

 

「どうする? まず何か頼むかい? ここあんまり美味しくないけどね」

 

 ディアベルが悪戯っぽい笑みを浮かべてウインクする。最近ウインクをよく受けるな……。

 

「適当でいい。できれば本題に入りたいんだ」

 

「了解、適当にこっちで頼むよ」

 

 メニューを開いたディアベルが慣れた手つきで注文を終える。こいつ、意外とここに入り浸ってるのか?

 

 すぐにNPC店員がやってきて、グラスを俺とディアベルの前に置く。中身は透明な液体だ。どうみても水にしか見えない。

 

 いぶかしんでディアベルを見ると、彼は苦笑いを浮かべてこう言った。

 

「ここ、水が一番まともなんだよ……」

 

「ひでえ店だなおい」

 

「ははは、一緒に来た知り合いは、こんなんで金とるんかい、って怒ってたよ」

 

 メニューを見ると、確かに水の文字があるのが見えた。しかも金取んのかよこれ。ディアベルにコルを渡そうとするも、彼はそれを固辞した。

 

 曰く、ボス戦の同士なんだから、これくらい驕らせてくれとのことだ。

 

 水だけど。

 

 気前がいい奴だ。これから話すことを考えると、申し訳ないくらいだ。だが、話さなければ最悪の結末を迎える可能性もある。

 

「本題に入るぞ。ディアベル、お前、キバオウと通じてるな?」

 

 ディアベルの表情は変わらない。これくらいで変わるようなやわい男じゃないだろう。予想済みだ。

 

「俺がキバオウさんと通じてる? よく分からないんだが、どういうことだい?」

 

「LAボーナスってシステムがあるのは知ってるか?」

 

 ここで初めてディアベルの眉が揺れた。おうおう、すぐに動揺しやがったな。答えはイエスかい?

 

「知ってはいるけど。それはこのSAOでシステムとして組み込まれている、ということかな?」

 

 ほお、そう来たか。面白い。

 

「その通りだ。MMOに詳しそうだからLAボーナスの説明は省くが、SAOのボスにはこのボーナスがある」

 

「なるほど、初耳だな。情報ありがとう。それで、キバオウさんとの関係に何か繋がるのかい?」

 

「キリトというプレイヤーを知っているか?」

 

 ディアベルの頬が引きつる。少しは表情隠せよ。そんなんじゃ交渉の場で負けるぞ。

 

「いや、知らないな……」

 

「キバオウがキリトの武器、強化したアニールブレードを買い取ろうと交渉をしている。いや、いたというのが正解か。キリトがそれを蹴ったからな。なんでだろうな」

 

「さあ、分からないな」

 

「キリトは、今日直に見たが確かに最強プレイヤーの一角だ。そいつの武器を買い取ろうとするのは、はっきり言ってボス戦攻略の観点からすればアホの所業だ。分かるよな?」

 

「そうだろうね。君の言うとおりの実力ならば、ぜひともその強化した武器を持って前線で戦って欲しいくらいだ」

 

「そうだろうな。だが実際は違う」

 

 ディアベルが短く息を吸う。

 

「キバオウはキリトパーティを取り巻き狩りパーティのサポートにした。これがどういうことか分かるか?」

 

 人は息を吸うときもっとも無防備になる。これもあるサイバーパンク小説から仕入れた情報だ。やはり読書は人の知識を豊かにするね! 

 

 案の定、ディアベルは慌てた。

 

「な、何がいいたいんだい?」

 

 おいおい、と俺は馬鹿にした笑みを浮かべる。

 

「LAボーナス。最強プレイヤー。そして、そいつから剣を奪おうとし、できなかったらボスに直接触れないパーティへ配置する。これがどういうことなのか、本当に分からないのか?」

 

 苦悶の表情を浮かべたディアベルは、数秒間黙りこくり、ようやく口を開いた。

 

「LAボーナスを取らせないため、だろうね」

 

「その通り。このくらい即答して欲しいもんだな」

 

「それで、オレとキバオウさんがどう繋がるというんだい……?」

 

「おいおい、忘れるなよ。LAボーナスは一般には知られていない情報だぞ。知っているとしたらベータテスターくらいだ。そして、キバオウはベータテスターではない。可能性はあるが、あれだけ煽って実は自分もそうでした、ってなったときのことを考えればまずあり得ない。するとどうだ。キバオウにLAボーナスを教えたやつがいる。そして、どうしてもキリトには取らせたくなかった。さあ、なんでだろうなあ」

 

「だから、オレと通じてるっていうことにはならないんじゃ」

 

 あくまでシラを切るなら、こちらも切り札を切ろう。

 

「お前、数日前キバオウと一緒にいたな? しかも、随分と長く話し込んでたそうじゃないか。いまこの場所でな」

 

 今度こそ、ディアベルの顔が真っ青になった。

 

「いや、それでも、オレとキバオウさんがそんなことを話した証拠には……」

 

「そうだな。証拠はない。だが、キバオウがあの場でやったことがまずかった。会議以前。お前とキバオウが通じていることを公表すれば、一体どうなるだろうな?」

 

 最悪、四十四名の攻略集団が空中分解する。そして、ディアベルとキバオウはその責を負わされるだろう。逆恨みで処刑にあうのか、それとも地下に潜って暮らす羽目になるのか、それは分からない。ここには司法も警察機関も存在しない。民意ひとつで人の処遇など簡単に変わる。それは恐ろしいことだ。ディアベルもバカではない。これくらいは簡単に理解できるから、いま眼前でワナワナと身体を震わせているのだ。

 

 さて、随分と脅してしまったし、ここら辺でフォローでもしておこう。

 

「別にな、俺はお前がLAアタックを取ろうが取るまいが、はっきり言ってどうでもいい。別に責められることじゃないとも思ってる」

 

 顔を上げたディアベルが俺を見る。その表情には悔恨が表に出ていた。きっとどうしようもない理由があったのだろう。

 

「だが手段が良くなかった。他人を利用し、あまつさえ陥れようとする方法は、間違っている」

 

 どの口が言うのだ。俺が一番言ってはいけない台詞だ。だが、いまは言わなければならない。

 

「ディアベル、お前は間違っている。だが、これは俺の主観だ。お前の言葉で理由を聞きたい。聞かせてくれないか? 他言はしない」

 

 ディアベルが黙る。

 

 俺も黙って言葉を待つ。

 

 キリトのときとは違う。今日はこの場で吐かせなければならない。納得しなければならない。私利私欲で動いていたとしたら、非常に厄介なことになりかねないのだ。ベータテスターとニュービーの対立行動が起こり得る芽だけは、絶対に潰さなければならない。

 

 ようやく、ディアベルが口を開き、ぽつぽつと語りだした。

 

「俺は……みんなで攻略したかったんだ。ベータテストのとき、LAボーナスを巡って醜い争いがあった。こぞってボスを倒そうとし、そのせいで死んでボスを倒せなかったことだってあったんだ。普通のゲームだったらいい。でもこのゲームは、この世界は、人の命が掛かっているんだ! だから、俺がやらなきゃいけないと思った。俺の知識と技術のすべてをみんなのために、集団の先頭に立つ騎士として、あらゆる手段を講じてもやらなければならないと思ったんだ。

 

 必ず、みんなで現実に戻るために!」

 

 最後の言葉を、ディアベルは拳を握って、涙交じりの目で語った。

 

 こいつの言葉に、その瞳に、その表情に、嘘は感じられない。きっと本心だ。

 

 ああ……。

 

 俺は項垂れる。

 

 まったく、なんてやつだ。

 

 手段は褒められない。はっきり言って悪辣だ。だが、それでも、こいつはみんなのためというお題目を守るために、すべてを賭けて望んでいたのだ。

 

「そうか……」

 

 それしか言えなかった。

 

 欺瞞と断じ、しかし何かを感じずにはいられなかった葉山の想い。それが今、問い直されるように目の前に展開される。

 

 人は、誤ったとされる問いを何度でも繰り返される。まるで悪夢のように。

 

 俺はどうする。

 

 手法こそ最悪だが、その想いを、その情熱を、勇気を笑うことなど、ましてや両断することなどできない。

 

 俺とて、サキのためになるのであれば、あらゆる手段を講じるだろう。それがどんな悪事であれ、染める覚悟はある。

 

 だからまたしても、共感してしまったのだ。

 

 こいつは――すごい奴だ。

 

「悪かったな、ディアベル。責めるような言い方をして。お前の気持ちは、痛いほど分かった……」

 

「すまない、本当にすまない……」

 

 ディアベルがテーブルに届かんとするように、深々と頭を下げる。男がなけなしのプライドを捨てて、この俺に頭を下げているのだ。何も感じないはずがない。

 

 謝るなよ。

 

 俺も身勝手を押し付けようとしているだけだ。さも正義を貫いているように、真実をベルベッドで隠しているだけだ。

 

 これは一方的な糾弾劇なのではない。

 

 ただ、お互いの主張をぶつけ合う会話だ。ただ、その投げあい方が、ドッヂボールのように、当たると痛いだけだ。

 

「俺があんたに会った理由はただひとつだ」

 

 ならば、俺も応えなければならない。ここで何も言わなければ、きっと俺は男を名乗れない。こんなこと、ここに来るまで一度だって感じたことがあっただろうか。

 

「俺は、ある人を現実に返すためにここにいる。だけどいま、ベータテスターと新規プレイヤーの仲は、はっきり言って最悪だ。ベータテスターが闇討ちにあったって噂すらある。俺は、ベータテスターは希望だと思ってる。俺たちは何も知らないニュービーだが、情報を持っているベータテスターが先頭を切って戦ってくれている。情報を提供してくれている。そうした積み重ねで、俺はここに座っている。俺はそれを忘れていないし、他のプレイヤーも忘れてはいけない。

 

 俺は、ふたつの対立を無くしたい。俺は、あいつを早く現実に戻したいんだよ。あいつが、家族に会いたがってるんだ。寂しいと、涙を流しているんだよ。そんな姿、俺は見たくない。あいつの笑顔を、本当に笑った顔だけを俺は見たいんだ……」

 

 長く、語ってしまった。恥ずかしいことも言ってしまった。それでも、語れて良かったと思った。頭を下げさせてしまった相手になら、これくらいの恥はかいていい。

 

 ディアベルが顔を上げる。俺の言葉に感ずるものがあったように、男泣きをしていた。

 

「ハチマン君、君って奴は……本当に、すまない。そして、ありがとう。すまない……すまない……!」

 

 ディアベルは謝り続ける。

 

 違和感はあった。何か、何かが抜けているのではないかと。だが、それを言及することができなかった。ここまで言わせ、謝らせてしまった相手に、俺はこれ以上追及する言葉を持たなかった。

 

 三十分ほど経ってディアベルと別れた。彼は対立構造だけは生まないと、そして、LAボーナスも無理に狙わないと誓ってくれた。いまはこれだけで良しとするしかないだろう。

 

 違和感は拭えない。ディアベルは、本当にあんな行為に手を染めるような奴なのか。性根がいい奴などいないと分かっている。だが、ディアベルに限ってそんなことは無いと、テレビの街頭インタビューでよく聞く言葉が、頭の中でリピートするCDのように聞こえて仕方が無いのだ。

 

「あのフード野郎がキーマンなのか……?」

 

 どう考えてもそれしかない。だが、構図がよく見えない。ディアベルはキバオウとの関係と裏を認めたが、第三者の関与は口にしなかった。

 

 ディアベルは知らなかった? それとも、何かしら口封じされていた?

 

 材料が足りない気がする。

 

 いや、足りているのに気づいていないだけな気がする。

 

 一体なんだ……。

 

 思考の渦に巻き込まれていると、ポーンとシステム音が響く。サキからだった。中身を開き、思考が吹っ飛ぶ。

 

 ――たす

 

 二文字。たった二文字。続く言葉も二文字でしかあり得ない。

 

 たすけて。

 

 ――失敗した。失敗した失敗した失敗した失敗した!

 

 俺は失敗した!

 

 なぜサキをちゃんと宿まで送り届けなかったんだ! キリトとアスナがいるから安心していたのか! どこまでアホなんだ俺は! お前が守らず誰が守るっていうんだ!

 

「が――アアアあああッ!」

 

 街中で思い切り咆哮する。驚いた視線がいくつも飛んでくるが知ったことか。こうでもしないと頭おかしくなりそうなんだよ!

 

 急いでサキの居場所を検索。ストーカーみたいで今まで一度も使っていなかった機能だが、今回は躊躇なく使う。

 

 居場所は町の南方。なぜそんなところにいるのか分からなかったが、居場所がわかった以上、進む以外にない。

 

 ステルスヒッキーも《隠蔽》も《索敵》も忘れ、身体の思うがまま走る。草原を駆ける。パーティを組んだままだからこそ見えるサキのHPバーが、僅かに削れた。

 

 急げ、急げ。

 

 また少し減る。

 

 焦るな、落ち着け。

 

 足を速めた先、月明かりに浮かぶふたつの人影を見つける。ひとつは光の映えるサキの青い髪。もうひとつは、昨夜と同じフード野郎。

 

 接近されたサキが、フード男の乱舞に押されている。槍の柄を回転させながら受けているが、要所要所で身体に傷を負っている。

 

 サキはオレンジになっていない。やはり先に手を出され、一撃わざともらったのだろう。オレンジ相手であれば攻撃してもオレンジにならない。やはり、あいつは俺と違って優秀だ。

 

 分かっているのに。

 

 頭が沸騰した。

 

 何も考えず、ソードスキルのモーションを取る。突進系単発スキルを無心でぶちかます。サキとフードの間に割って入った俺は、サキを背に庇う形でフード野郎に対峙する。

 

「は、ハチマン……」

 

 息切れするサキの声。

 

 生きていて嬉しいと感じるも、すぐに思考から排除。

 

 フード野郎を渾身の呪いを込めて睨みつける。本気の殺意が全身にみなぎる。

 

 月光でフードの中身が晒される。髪は白々しいほどの純白。目元は影って見えないが、顔の下半分を見る限り恐らくは男。しかし、あまりにも中性的で性別を感じさせない。

 

 冷静に観察をするが、怒りは爆発寸前だった。

 

「サキに手ぇ出したら殺すつったよな。あ? 今殺す。すぐ殺す。ここで惨めに死ね!」

 

 俺が飛び出す寸前、男が身を翻した。すぐさま逃走に切り替えたのだ。そんなもの許すはずがないだろうが!

 

「待ちやがれクソ野郎――」

 

 足を踏み出したところで、腕を掴まれる。振り向くと、サキが泣きそうな表情で俺の腕を両手で握っていた。

 

「ハチマン……ハチマン!」

 

 サキが身体ごと抱きついてくる。サキを受け止め、俺も彼女をかき抱いた。互いの頬が触れる。暖かい身体が、彼女を生きていると痛感させられる。

 

「すまん……遅くなった……」

 

「ごめん、約束破って……」

 

「いいんだ。ろくに説明しなかった俺が悪い」

 

 悪いのは俺だ。ディアベルにあれだけ語り、なんとかしたいと言った傍からこれだ。本当に呆れるほど頭が回っていない。

 

 いつもの頭脳はどうした。俺はここまで考えなしだったのか。奴の警告を冗談だと思っていたのか。ふつふつと内側へ怒りが向かうも、サキの鼓動が聞こえてゆっくりと収まっていく。アバター越しにも心臓の音が聞こえる。規則的に鳴るそれがあまりにも心地良くて、赤ん坊のように喚きたくなってしまう。

 

 サキの傍にいるとおかしくなってしまう。

 

 恥ずかしくなったり慌てたり笑ったり、そして、いつも最後は心底安心するのだ。

 

 ああ俺は、本当は――。

 

 ダメだ、その先は考えるな。

 

 思考がぐちゃぐちゃだ。

 

 万物は流転し世界の何もかもが変わったとしても、それでも俺は変わらない。かつてそう思ったはずなのに、この世界に来ての俺は、どうにもちぐはぐだ。継ぎはぎだらけで居心地が悪い。

 

 ペットボトルのキャップを斜めに嵌めてしまったような、シャツの表裏を間違えて着てしまったような、そんな居心地の悪さを感じている。

 

 依存。

 

 やはり、そうなのだろうか。俺は、川崎沙希に依存しているのではあるまいか。

 

 まさか。

 

 俺はいつだってひとりで立ってきた。なぜならぼっちは誰の助けも借りられないから。誰かに依存することなど決して無い。ありえない。

 

 思考を止める。これ以上は、さすがに不毛だ。時間ばかり無駄に掛けて、結論が墓穴の中なんて冗談じゃない。

 

 深い、深いため息をはいた。

 

 深く抱き合ったまま、サキが囁く。

 

「ハチマン」

 

「おう、どうした」

 

「あたしは大丈夫だから。あんたは、思いつめなくていいんだよ」

 

 瞠目した。

 

 心を読まれたのかと、身体を離してサキを見る。

 

 薄紅色に染めた頬を、綺麗な唇を緩ませる。

 

「あんたのこと、なんとなく分かるよ。わたしも、あんた曰く、ぼっちだからね」

 

「同士かよ……」

 

 軽口を言おうとして、口が回らない。回復は時間が掛かりそうだ。

 

「そうやって、もっと軽口をいいなよ。そして、疲れたらあたしのところに来て。慰めるし、優しくだってしたげる。いつもあんたばかりに面倒かけてるんだ。あたしも、あたしがしたいように、あんたのために動きたいんだよ」

 

「そりゃいいな。小町だってそこまで優しくしてくれないぞ」

 

「ん、あたしも弟にはここまではしてあげないかもね」

 

「ブラコンのくせに」

 

「いいんだよ。そんなときだって、あるんだから」

 

 頭が上がらない。

 

 そんなに優しくされたら、惚れちまうじゃねえか。

 

 夜の草原に、虫の音が響く。一陣の風が吹き、草原が波を打つ。夜空に瞬く星がひとつ流れて落ち、夜が深まっていく。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。