ソードアート・オンライン Youth in Aincrad   作:ユーカリの木

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こうして、二人はコンビになる 8

「みんな、いきなりだけど――来てくれて本当にありがとう! たった今、全パーティ四十四人が一人も欠けずに集まった!」

 

 二回目の攻略会議翌日の正午、迷宮区最上階のボス部屋の前に、遂にボス攻略戦のメンバーが集まった。

 

 さすがにみな最初は緊張している様子だったが、ディアベルの声で全員の士気が一気に高まり、大きな歓声が迷宮区最上階を揺らした。すげえなディアベル。地球規模でやったら地震が起きるんじゃねえか? ぜひとも大統領にならないで下さい。地震怖い……。

 

 一同を一段と爽やかな笑顔で見渡してから、ディアベルが力強く右拳を空へと突き上げる。

 

「ニュービーも、元テスターもこのときにはもう関係ない! みんなで力を合わせてボスを倒す! そして待っているみんなに見せつけよう! 俺たちは、絶対に百層クリアできるんだって! 俺たちは、いつもひとつだってことを!」

 

 更なる歓声があがる。口笛が吹かれ、まるでお祭り騒ぎだ。

 

 ディアベルの宣言の中身に、俺は密かに笑みを零した。まったく昨日の今日で律儀な奴だ。彼と目が合う。満面の笑みでウインクされた。その行為に周りは何事かと騒ぎ始め、視線の先にいる俺――では当然なく、その隣にいるサキへと集中した。

 

 ディアベルとサキの関係を疑ったのか、ひゅーひゅーと多くの者がはやし立てる。サキは当然の不機嫌面で、「なんなの一体?」と身に覚えのないことに苛立っている様子。ディアベルもやらかした自覚があるのか、「違うからな、そういうんじゃ全然ないんだからな!」ともはや分かっていてやっているのかと疑いたくなるような下手な否定をしている。

 

 そんなどうでもいい青春劇を眺めていると、モヤットした頭が目に入る。キバオウが苦々しい顔をし、拳を握ってひとり虚空を睨みつけていた。

 

 窮鼠猫を噛む、窮余の策といった言葉が頭に浮かぶ。

 

 何もなければいいんだがな……。

 

 ――おほん。

 

 ディアベルが大きく咳払いをする。そろそろ閉めにはいるのだろう。

 

「みんな……もう俺から言うことはたったひとつだ!」

 

 右手を腰に走らせ、銀色の剣を抜き放ち、その輝きを見せ付ける。

 

「勝とうぜ!」

 

 鬨の声。俺たちを待ち受けるボスの先に、きっと勝利を刻めることを、いまは信じるのみだ。

 

「いくぞ!」

 

 号令と共に、総勢四十四人がボス部屋へと走っていく。

 

 殆どの者にとって、ボス部屋に入るのは初めてだ。当然俺もだ。

 

 空間は広い。かなり広い。見た目長方形の空間は、幅およそ二十メートル、入口から最奥部までは百はあるだろうか。ここだとテニスコート何面作れるんだよ、というくらい広い。だから、戸塚がなんかのサプライズでラケット振りながら現れてくれないかな。あと叶うのなら、

 

 ――八幡、がんばって!

 

 とか天使の微笑みで言ってくれないかなあ。

 

 そしたらハチマン、がんばっちゃう!

 

 右手に左手に何かが触れる。見ると、先が俺の指先を掴んでいた。そっと顔に視線を向けると、強張った顔のサキがまっすぐと前を見ている。いつもの気だるさは一切なく、怯えのような雰囲気が感じられた。

 

「大丈夫だ」

 

 そっと声をかけて、少し、ほんの少しだけ、サキの右手を握った。サキは変わらず前を見続けたまま、口許だけで笑ってみせた。

 

「お熱いな」

 

 反対側にいたキリトが気配で悟ったか、やはりあまり表情がすぐれないが、それでも冷やかすように囁く。

 

 それには応えず、代わりに短剣の柄で真っ黒の頭を殴ってやった。

 

 いてえ、と言いつつも、キリトは笑っていた。

 

 サキを挟んで向こう側にいたアスナも暗闇の中で聞いていたのか、過度な緊張が解けたような雰囲気を感じた。

 

 まるで遠足だな。

 

 突如、ぼっと背後から音が聞こえた。目をやると、漆黒に満ちていたボス部屋の左右で、松明が奥へと順々に燃え上がっていくではないか。

 

 粋な演出だ。

 

 これで天から羽を生やした天使トツカエルが出てくれば完璧だな。

 

 いや、それはマズイ。

 

 むくつけき男共にトツカエルがタコ殴りにされるなんて許せない、許さない。

 

 ……緊張を解す妄想はこの辺にしよう。

 

 そろそろ動き出す頃合だ。

 

 部屋中に明かりが蔓延すると、部屋の最奥部に巨大な玉座が見えた。趣味の悪いそれに鎮座しているのは、《イルファング・ザ・コボルドロード》だろう。

 

 戦闘に立つディアベルが、剣を高く掲げる。まるで古から伝わる勇者の物語ように。

 

 剣がさっと前に振り下ろされる。

 

 それが合図だった。集ったつわものどもが、ボスに怒声をあびせながら雪崩れ込んでいく。俺たちもそれに遅れないよう、続いていった。

 

 さて、俺たちも仕事を始めよう。

 

 雑魚狩りのサポートだけど……。

 

 

 

 マジで暇だな。

 

 そう思ったのは内緒だ。

 

 だってやることないんだもん。

 

 最前列で戦う、六人パーティABCD隊と遊撃隊となったE隊をよそに、俺たちF隊四人衆は、取り巻きの更に取り巻きのセンチネルをひたすらに狩っていくだけだ。幸いなことにサキもキリトもアスナも手だれどころの実力ではないので、俺も適度にクリティカルを食らわし下がる頃には一体が屠られているのだ。

 

 ほんと、楽な仕事だ。キバオウ様、ありがとう!

 

 いま、二部隊が取り巻きの《ルインコボルト・センチネル》のタゲを取りつつ必死になって戦っている。それを外巻きににのんびりと雑魚を狩りながら観戦。なんという優越感。いいぞ、もっとやれ!

 

 ほけーっとしていた俺の背後からセンチネルが飛び掛る。視線に敏感なぼっちがそれに気づかぬはずがない。俺にも分かるような、雑魚を見つけた笑みを浮かべるセンチネルの腹部に、振り向きざま防具の隙間をついて逆手に短剣をぶち込む。タルワールを振られるまえにすぐに抜いて順手で首筋、背後に流れ左袈裟斬り。短剣を翻し、更に反対の首筋へ思い切り突き刺す。

 

「貴様らに笑みなど似合わない――」

 

 やべえ、思わず口に出しちゃったよ。だってかっこいいじゃんヘイさん。材木座を笑えねえよ……。でもいいよね! ここゲームの中だし!

 

「なに言ってるの……さ!」

 

 見る見るうちにHPバーが減ったセンチネルをよそに、一度バックステップで下がった俺に、サキの声が掛かる。俺と入れ替わりにサキが現れ、スキルでもないのに見事な三段突きを放ち、下段中段上段と突き刺していく。センチネルが堪らず顎を上げる。サキが上半身を逸らつつ槍を長く持ち、渾身の力を込めて振り下ろした。まさに神の雷とでも言えるその一撃で、センチネルのHPバーが一気に削られ、ゼロになった。

 

 ガラスとなって砕け散ったセンチネルからすぐに視線を戻し、俺とサキが武器を構え直して敵を待つ。

 

「あんた、さっきぼけーってしてたでしょ。そんなんじゃ死ぬよ」

 

「サキがいるから心配ないだろ」

 

 やべえ、変なこと言ったか……? こんな最中にも関わらずちょっと焦る。だが、サキは平然としたように返してきた。

 

「そうだね、あたしもあんたがいるから安心だよ」

 

 ふっと俺も笑う。

 

 戦闘の状況を見る。

 

 《ルインコボルト》の相手は問題なく対応できている様子。ボスである《イルファング》に関しても、HPこそ四段あるが、順調に減らしている。一見すると問題はなさそうだ。

 

 キリトはボスと直接戦えないことに悔しさこそ見え隠れしているが、さして問題がありそうな表情はしていない。アスナもキリトの指示通りきっちり動いている。

 

 何も問題はない。

 

 もちろん、現状は……だ。

 

 いまは斧と盾で戦っているボスだが、HPが残り一本になると、武器が変化するらしい。得物はベータ時点でタルワール。そこから攻撃パターンが一気に変わるため、要注意とガイドブックにも載っていた。

 

 だが、今回もそうであるとは限らない。

 

 他の武器である想定はしておいた方がいいだろう。

 

 

 

 どうやら戦線は順調なようだ。

 

 ボスのHPゲージは二本目を割り、ついに三本目もあと少しといった具合だ。コボルト狩りを終えた俺たちが取り巻き狩りに加わると、俺たちだけで相手ができることが判明し、取り巻きに関わっていた隊がボス戦へと向かって行った。

 

 こいつらを始末したら俺たちもボスに向かわねばならない。

 

 やだなあ。でも手は抜けないよなあ。働きたくねえなあ。

 

 そんなやる気の見えない俺とは逆に、キリトがソードスキルで《ルインコボルト》の長柄斧を跳ね上げる。既に疾走を開始していたアスナが、閃光のように喉元一点を正確無比に貫く。怯んだ《ルインコボルト》がアスナに敵意を向けるが、すぐさま俺が肉薄して背後に踊り、首狩り一閃。さすがに首を落せなかったが、ヘイトは完全に俺に向いた。

 

 以前サキの前で何度かこれをやって実際に敵の首を飛ばしたんだが、あまりにもホラー過ぎて禁止令が出ていたのだ。

 

 今度は俺に向かって《ルインコボルト》がソードスキルを発動する寸前、サキが穂先で思い切り長柄斧を横に弾く。《ルインコボルト》が驚愕と共に身体を開く。それを読んでいたキリトが、二連撃ソードスキル《バーチカルアーク》を炸裂。縦に二重に斬られた《ルインコボルト》はあっけなく消滅した。

 

 これで《ルインコボルト》は完全に狩り尽くした。あとはボスの魔の四本目を凌いで倒すだけ

 

だ。他の隊は既にボスを取り囲んで逃げ場はない。

 

 そのとき、コボルト王が咆哮した。部屋全体の大気を震わせる声を放った王は、斧と盾を捨て、腰に挿した得物を抜き放った。その美しい姿は、人を斬るのに最適な反りを持ち、波紋も見事な――

 

 あん? 

 

 あれ、刀じゃないのか? いや、長さからして野太刀か? どっちでもいい。

 

 キリトを見る。引きつった顔に、額は汗にまみれている。

 

 マズイ!

 

「ディアベル! そいつはタルワールじゃねえ! 下がらせろ!」

 

 俺の言葉にディアベルがいち早く反応し、全隊を下がらせたそのとき。ひとつの影が前に出た。剣にソードスキル特有の光を蓄えたその男は、キバオウだった。

 

「覚悟せえやあ――!」

 

 コボルト王のHPはまだ四本目に差し掛かって半分も減っていない。はっきり言って無謀の他ない。なぜだ、無理やりにでもLAボーナスを取りに行こうとしているのか? よりにもよってディアベルにそれをさせようとしていたお前が?

 

 狼にも似た獰猛な王の口が、にやりと鋭い牙を見せて笑った。

 

 一瞬だった。野太刀の刀身を赤いエフェクトで染めたコボルト王が、地面すれすれの軌道から大きく切り上げた。格ゲーでいうところのエリアルコンボの始動技か?

 

 更に上下と鋭い追撃が加えられる。圧倒的な筋力から繰り出された連撃技に、衝撃波が室内を荒れ狂う。八つ裂きにされたキバオウが高く放りだされ、地面に激突する。

 

 ヤバイ。

 

 突然のことに誰も動かない。動けない。

 

 そのとき、動いたのは俺とキリトだけだった。

 

 滑り込むようにキバオウの下にたどり着き、俺がキバオウの背を持ち上げ、キリトが用意していたポットをキバオウに飲ませようとして拒絶される。

 

 見る見るうちにキバオウのHPゲージが黄色く染まり、レッドゾーンに差し掛かる。既に回復の意味はない。そういうことだろう。

 

「なぜ……」

 

 訊いたのはキリトだ。

 

 キバオウが喉奥で奇妙な声を漏らしながら、憎しみの滾る声で息も絶え絶えに、言った。

 

「こんの、裏切りもんが……。ディアベルがやらな、ワイが、やるしか……ホーリィ、はん……」

 

 キバオウは最後まで言い終えることはなかった。倒した敵と同じく、キバオウの身体がガラスの割れる音と共に、ポリゴンの破片となって宙を舞ったのだ。命の輝きのように七色に光るそれを、俺たちは呆然としながら眺めていた。

 

 いま、俺たちは目の前で人が死ぬ様をみたのだ。

 

 恐慌が走った。

 

 レイドのほぼ全員が、メンバーの死の衝撃に堪えられなかった。自分の「死」が明確に眼前にあることでうろたえた彼らには、《イルファング・ザ・コボルドロード》の相手は無理だ。

 

 王は、腹心の配下を殺された無念を晴らんごとくに唸りを上げ、固まった集団に突進して来る。

 

 マズイマズイマズイ!

 

 俺とキリトは遠い。サキもアスナも動いているが間に合わない。

 

 どうする。

 

 どうする!

 

 ライトエフェクト。

 

 そして衝撃音。

 

 ディアベルが王の浮き上げ攻撃をそのあまりある集中力で持って、ソードスキルで弾いたのだ。

 

「ヒヨるなみんな! スイッチ!」

 

 ディアベルの怒声が走る。レイドメンバーの動揺が見る見るうちに収まっていく。

 

 まだ遅い。

 

 コボルト王の次の攻撃が来る。ディアベルもパリィをしようと体勢を戻すも間に合わない。

 

「はああ――ッ!」

 

 戦乙女サキによる全力の突進系スキルがコボルト王の喉下を貫く。王が初めてたたらを踏んだ。俺とキリトはもう動いている。アスナも追撃を加えている。

 

 俺は叫ぶ。

 

「ディアベル! 五人で行けるか!」

 

「ハチマン! よし、行くぞ!」

 

 動揺しているだろう心を必死に押し殺したディアベルが叫び返す。

 

「みんな、手順はセンチネルと同じだ! 行くぞ!」

 

 キリトも同様に声を張り上げる。

 

 コボルト王が両手で握る野太刀から左手を離し、まるで抜刀術のような体勢を取る。

 

「……ッ! 俺が弾く!」

 

 キリトがソードスキルを発動させる。地面に倒れ込むように前傾姿勢になったキリトが弾丸もかくやと瞬時に駆け抜ける。

 

「おおぉぉ――!」

 

 咆哮と共に繰り出されたキリトのソードスキルは、もはやボスの視認不能な速度で繰り出された攻撃を見事に弾き返した。

 

 強烈なノックバックに襲われた両者が距離を広げ、隙だらけになる。

 

 追いついたアスナが加わり、併走するサキが同時に喉下を貫いた。一気にHPバーが減る。追いついた俺も飛び上がり、今度は首を真っ二つにする勢いでソードスキルと共に喉下に横一閃。まだHPバーは削りきれない、落ちながら前転して立ち上がる。目ざとく反応したコボルト王をディアベルの長剣が注意を引く。

 

 即席パーティでありながらも、なんとかボスの攻撃を凌ぎ、順調とはいえないがじりじりとHPを減らしていく。

 

 不意に、コボルト王の眼光が瞬いた。横に伸ばした野立ちに、赤いライトエフェクトが宿る。瞬時にモーションを推測。横一線の横薙ぎか? それはまずい。いま全員が王の周囲を囲んでいる。

 

 紅一閃。

 

 五人全員が吹き飛ばされ、更に悪いことに一定時間ろくに動けないスタン状態に陥る。おいおいそりゃないだろうが。

 

 更に血のように赤いライトエフェクトが発光する。その先には俺。

 

「ハチマン!」

 

 サキの慟哭も空しく、野太刀が振り下ろされようとし――

 

「ぬあぁ――らぁッ!」

 

 俺の頭上に届く寸前、巨大な塊が野太刀と激突した。髪がたなびくほどの衝撃。そして降り立って俺の前に仁王立ちしたのは、チョコレート色のスキンヘッドの男。

 

「エギルだったか……」

 

「すまない、俺としたことがビビっちまった。あんたらだけに任せはしない。俺たちがここで支える! あんたらは下がって回復しろ! いくぞ!」

 

 エギルが声を上げると、パーティーメンバーもそれに応じるようにコボルト王へ向かっていく。野太刀を盾で受け、受け流し、猛攻を必死に防いでいく。

 

 五人が五人、その熱い想いと共に回復ポーションを飲み下し、立ち上がった。ボスから一旦離れて集まる。

 

 俺は、知らず手が震えていた。胸から込み上げる言葉にできない感情が、身体を震わせていた。サキが何も言わず手を握ってくれる。それだけで身体の異常は止まり、平時の落ち着きを取り戻す。

 

 サキを見る。サキも俺を見る。互いに頷き、武器を構える。

 

 キリトも、アスナも、ディアベルも、全員が同じく武器を構え、スイッチの瞬間をいまかいまかと待ち構える。

 

「ハチマン、ラスト頼むよ」とディアベル。

 

「LAアタックは譲ってやるよ。決めて来い」とキリト。

 

「絶対、ハチ君の攻撃は届かせるから」とアスナ。

 

 そして、サキが俺をじっと見つめて、最高の笑顔で言った。

 

「ハチマン、あんたのかっこいいところ……あたしに見せて」

 

 ま、そこまで言われちゃ、しょうがねえ。働きますか。

 

「おう」

 

 俺が短く返すと、

 

「スイッチだ! あとは頼んだ!」

 

 エギルが最後のパスを投げる。

 

 そして、ディアベルが最後の指令を出す。

 

「キリト君と俺はボスのスキルを弾く! 女性陣はハチマンの援護! そしてハチマンは盛大に決めろ! 散会!」

 

 キリトとディアベルが最前に、次にサキにアスナ、最後尾に俺が追従する。

 

 コボルト王が再び抜刀術に似た構え。キリトとディアベルもそれぞれライトエフェクトを発光させる。

 

 両者が激突。キリトがボスのソードスキルを弾き、ティアベルが防具を吹き飛ばす。

 

 二人が同時に叫ぶ。

 

「スイッチ!」

 

 アスナが王の喉下に突進し細剣を直撃、サキが威嚇するように槍を振り回して首筋を一閃。そして両者が飛び退く。

 

「ハチ君!」

 

「ハチマン」

 

 わあってるよ。

 

「テメエの顔も見飽きたぜ」

 

 飛び上がった俺は、ソードスキルの動きに任せるまま、《イルファング・ザ・コボルドロード》の首を跳ね飛ばした。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 You god the Last Attack!!

 

紫色のシステムメッセージが、俺がLAボーナスを獲得したことを音も無く知らせる。そして何より、ようやくボスを倒したのだという実感を湧かせた。

 

 四人が集まってくる。ディアベルが俺に飛び掛るように抱きつき、キリトは、にやりと笑って俺の肩を叩く。アスナも「お疲れ様」と可憐な笑顔で健闘を湛えてくれる。

 

 サキが隣に立つ。睡蓮の微笑みで耳元に唇を近づけ、

 

「かっこよかったよ、ハチマン」

 

 俺にだけ聞こえるように、小さく囁いた。一瞬で顔が熱くなった。

 

 だからそういうのやめてって。好きになって告白して玉砕して崖から落ちちゃうだろうが。今度は崖なのかよ……。

 

 新たなメッセージが視界に現れる。獲得経験値、分配されたコルの額、そして獲得アイテム。

 

 同様のものを受け取った全員が、ようやく勝利を認識したのか、一気に表情が変わる。

 

 どっと地鳴りのような歓声があがり、近くにいるものと抱き合ったり、拳を天に突き上げたりと、三者三様の喜びを全身で表現する。

 

 そんな中、ゆっくりとした力強い歩みで近づいてくるものがひとり。両手斧使いのエギルが、笑顔と拍手をしながら俺の下まで歩いてきた。

 

「五人とも、見事な勝利だ。Congratulations! あんたの勝利に祝福だ」

 

 男らしい、嫌味の無い深い笑みだ。柄にも無く、俺も嬉しくなってしまう。

 

「あんたのお陰だ。助かった」

 

「なに、俺たちは俺たちの役割を果たしただけだ。今回は本当にあんた等のお陰さ」

 

 まったくいい男じゃないか。女なら惚れてるまである。

 

 ぞくっと背筋に腐のオーラが撫でられたように感じた。まさか、海老名さんのやつ、ゲーム越しにでも感じ取りやがったのか……。なんて恐ろしい子……!

 

 なんて、馬鹿馬鹿しいことを考えながら、ディアベルをどかせていると、

 

「――なんでだよ」

 

 突然、搾り出したような声が、俺たちの背後で響いた。鎮魂の儀に木霊す泣き声のようなその響きに、広間の歓声が消え失せ、水を打ったような静寂が支配する。

 

「なんで、キバオウさんを見殺しにしたんだ!」

 

 声の主は、軽装姿シミター使いの男だった。視線の先にはディアベル。さっぱり記憶にない。ろくに関係が無かったから顔を覚えていないのだ。

 

 ディアベルを見る。眉間にしわ寄せ、眉を下げて苦しんでもいるような後悔を浮かべている。

 

 やはりキバオウと何かあったのか。

 

 不穏な空気を感じ取り、まずいな、と俺は思う。やはり起こるのか……。

 

「何が言いたい?」

 

 俺は若干目つきを悪くしながら返す。折角の勝利のときに何を言い出しやがる、という風を装って。

 

「俺は知ってるんだ。こいつ、ディアベルがLAボーナスって奴を取るためにキバオウさんを利用していたことに!」

 

 俺の目が細まる。

 

 こいつ、何を言ってやがる?

 

 言い方はどうあれ、このシミター使いが言っていることは事実だ。だが、肝心なことはそこではない。なぜこいつが知っているかだ。

 

「そ……それは……」

 

 ディアベルがすべてを告白すべきか迷ったように、視線をうろうろとさせている。動揺している。たぶん、自分からすべてを打ち明けるつもりだったのだろう。ベーターテスターだと。LAボーナスが取りたかったのだと。そうして、自分から懺悔をするつもりだったのだ、この男は。

 

 あの日、ディアベルと話した日に、彼はこう言った。

 

 ――これは、俺が負うべき責なんだ。

 

 なんて高潔な奴だ。まったく頭が下がる。だから、こんな風に誰かに糾弾されて打ち明けるものではないはずだ。

 

 ディアベルのうろたえにレイドメンバーたちがざわめく。最前列で的確な指示をしたリーダーディアベルから、いまこの瞬間、卑怯なディアベルへと評価が暴落しようとしているのだ。

 

「どういうことだ……?」「ディアベルさんがそんなことするのか?」「だけどキバオウさんが最後突っ込んだのって、やっぱりLAボーナスが目的だったんじゃないのか……?」

 

 疑問は次の疑問を呼び、やがては疑いへと変わる。

 

「俺は知ってるぞ! こいつ、こいつはベータテスターだ! だからキバオウさんに嘘を吹き込んだんだ! あのガイドブックを作ったやつだってきっとグルだ! ふたりしてキバオウさんを嵌めたんだ!」

 

 シミター使いが、最後の一線を越えた。

 

 俺は、やるせないため息を吐いた。頭が痛くなって、なつかしくもない、昔の嫌な記憶を思い出しそうになって、頭を振った。

 

 ――知っている。

 

 俺はこの光景を良く知っている。

 

 小学生の頃、ある女子のリコーダーが無くなったことがあった。クラスメートはまっさきに俺を疑い、周りははやしたてた。教師はクラスメートの言葉を鵜呑みにして、俺に全責任をおっかぶせた。悔しかった。悔しくて、情けなくて、人はこんなものなのかと、ひとり家のベッドで俺は泣いたのだ。

 

 やっぱり、人は変わらない。

 

 どこまで行っても腐ってやがる。

 

 どいつもこいつもそ知らぬ顔で生きている癖に、なにかひとつ落ち度があるとよってたかって石を投げる。

 

 これが民意だ。これが民主主義だと大きく旗を掲げ、正義面をするのだ。

 

 クソ食らえ。

 

 そんなもの許せるか。

 

 たしかにディアベルは悪いことをした。裁かれなければならないのかもしれない。だが、それには深い理由があった。熱い理想があった。このゲームに捕らわれた全員を救うという、高潔な目的があった。

 

 それだけは、何者にも汚すことは許されない。

 

 許せない。

 

 サキを見た。反論しようとしているのか言葉がでず、どうしていいのか分からないように俺を見ている。

 

 アスナを見る。人の業を見慣れているのか、苛立った様子で俯瞰している。

 

 キリトを見る。俯きこぶしを握り悔しそうにしながらも、何かを決心したように顔を上げた。

 

 ……こいつ。

 

 やらせてはいけない。こいつにだけは、やらせてはならないと、俺は思った。

 

 理由を見つけた。

 

 決心はした。

 

 ただ、サキだけが心配だった。

 

 キリト、と本人以外に聞こえぬよう、声をかける。キリトは、はっとしたように首だけで反応した。

 

「サキを……頼む」

 

 この場を納めるにはどうすればいい。

 

 ディアベルを正当な形で謝罪させ、ベータテスターを理不尽な糾弾から守る方法はなんだ。

 

 俺は、できればこの方法を取りたくなかった。

 

 これが最後の保険だ。

 

 サキにも話していない、絶対に反対される踏んで伏せていた最後の切り札。

 

 現実に帰るそのときまで、できればサキの隣にいたい。

 

 でもそれは過ぎた願望だ。

 

 うたかたの夢だ。

 

 ならば、そろそろ夢から覚めてもいいだろう。

 

 俺にはこの方法しかないのだから。

 

 さあ、ワンマンショーの開催だ。

 

「ちっ、やっぱり役に立たねえなあディアベル」

 

 どす黒い一言を放つ。

 

 その声が、その内容が、ざわめきと全員の視線を俺に釘付けにする。

 

 あのときを思い出す。文化祭の、あの顛末を。

 

 かつての観客は四人だった。今回は、総勢四十二名だ。

 

 随分出世したものだな俺も。

 

「あーあ、バレちまったんならしょうがない。俺だよ俺。ディアベルの野郎がベータテスターだって秘密を握って、脅したところまでは良かったんだが。抱き込んだのがキバオウってのは問題だった。まさか俺を裏切ってLAボーナスを取りに行くなんてな。まったく、バカを仲間にするもんじゃねえな」

 

「は、はちま……」

 

 サキの声が途中で止まる。

 

 キリトの囁き声が続く。

 

「ダメだ、止めたらダメなんだ……! あいつは、あいつは……!」

 

 きっと、キリトが口を塞いだのだ。あいつは、俺の頼みを忠実に守ってくれている。あいつも似たようなことをしようとしたのだ。俺の考えが読めている。さすがぼっちだ。今度飯驕ってやるから行こうぜ。

 

 ……俺が、行けたらな。

 

「まさかお前みたいなカスに見破られるとは思わなかったぜ、シミター君? まっ、いいや。雑魚どもともこれでおさらばだ。俺は好きにやらせてもらうぜ。まずはそうだな。役立たずのアルゴでも殺しに行くか。そしたら、次はお前だ、ディアベル」

 

 ダメ押しとばかりに、ボスからドロップしたばかりの品《コート・オブ・ミッドナイト》なるアイテムを装備する。丈の長い艶のある漆黒のコートが俺の身体を包み込む。

 

「じゃあな。もし俺に文句があるなら追って来い。ただし、そのときは決死の覚悟を抱いて来い」

 

 こういうとき、某ランサーさんの言葉はかっこよく響くよな。そんな場違いなことを考えながら、ひとり俺は二層へと繋がる扉を押し開けた。

 

 呆然とするサキを置いて――

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 狭い螺旋階段をしばらく上ると、再び扉が現れた。

 

 それを苛立ちぎみに開けると、とてつもない絶景がいきなり目に飛び込んだ。急角度の断崖の中腹に扉の出口があったのだ。

 

 そこから道なりに少しあるいて、俺は岩陰に力なく崩れ落ちた。

 

「あーあ、やっちまった。もう戻れねえな、こりゃ」

 

 自戒の言葉が胸に刺さった。

 

 もうサキには会えない。

 

 アスナにも会えない。

 

 キリトは分かってくれるのだろうが、迷惑はかけられない。

 

 ディアベルには酷いこと言っちまったな。キバオウにも、他の連中にも。

 

 だが、これが俺だ。

 

 真正面から卑屈に、最低に、陰湿に。これが俺の本質だ。誰にも知られることのなかったそれが、いまやっと周知の事実に変わっただけだ。現実と何も変わりない。

 

「今日から本格的にぼっちに戻ったな。ああ、懐かしいな、この感覚」

 

 ふと、足音が聞こえた。俺の後から第二層に向かってきた連中だろうか。早すぎる。あのあとディアベルが謝罪会見でも開くとでも思ったんだが、うまくいかなかったんだろうか。そうだとしたら、悪いことをしたな。だが、生憎そこまでは面倒見切れない。これが俺の精一杯だ。

 

 何かを探しているように、足音が近づく。俺は岩陰に隠れたままなので、一見してすぐにはバレない位置にいる。

 

 少し静かにしていてくれ。いまは一人でいたいんだよ。

 

 少し、疲れた。

 

 久しぶりに本気を出したものだから、手が震えてたまらないんだよ。

 

「やっと、見つけた……」

 

 なのに、どうして。どうしてお前が来るんだよ……。

 

「サキ……」

 

 顔を真っ赤にして眉を吊り上げたサキが、肩で息をして俺を見下ろしている。その顔は怒ってるな。やっぱり呆れたのだろうか。

 

 あのとき俺が恐怖したように。

 

 やはりサキも、あの二人のように俺に絶望しているのだろう。

 

 俺は項垂れる。

 

 断罪の言葉を訊くために。

 

 関係を断ち切るために。

 

 言葉を……待つ。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 待っても言葉が来ない。

 

 怖くなって見上げる。声すら掛けられなかったのだと思って。

 

 なのに、まだサキはいた。

 

 その吊り目に大きな涙をいっぱいに蓄えて。心配そうに、心苦しそうに顔を歪めて立っている。そして、俺の目線に合わせるように膝をつくと、あろうことか俺を抱きしめた。

 

「あんた、いつもあんなことやってたんだね。ようやく、分かったよ」

 

「なんの……ことだ……?」

 

 掠れた声で返す。本当に、なんのことだ?

 

「ずっと、あんたを見てた。あんたに助けられたあの日から、あんたにちゃんとお礼を言いたくて、ずっと見てた。文化祭のときも、修学旅行のあとも、あんたがどんどん小さくなっていくような気がして、何があったんだって、なんであんなに言いたい放題言われなきゃならなかったんだって、ずっと思ってた。それが今日、ようやく分かった」

 

 ぎゅっと、サキが俺を強く抱きしめる。

 

「あんた、ずっと頑張ってたんだね。ひとりで、周りから白い目で見られても、言い訳ひとつしないで、ずっと頑張ってきたんだね。偉かったね。辛かったね。あんなやり方しかできなくて、それでもなんとかしなきゃって、ずっと頑張ってたんだね。気づいてやれなくて、ごめんね」

 

「サキ……」

 

 込み上げるものがあった。嬉しさがあった。驚きがあった。

 

 なにより、ずっと見られていたことが、どうしようもなく、愛おしく感じた。

 

 サキが身体を離す。

 

「ハチマン。だけど、もうこんなことはやめて。あんたが傷つくとあたしも痛い。あんたが辛いと、わたしも辛い。でも、あんたが笑うと、私も楽しいんだ。だから、あんたにはずっと、笑っていて欲しい……」

 

 だから、とサキが続ける。

 

「ちゃんと、私たちはコンビになろう。痛いも苦しいも、楽しいも嬉しいも、みんなみんな二人で共有して、このゲームをクリアしよう。ふたりで頑張ろう? ふたりで戦えば、きっときっと、大丈夫だから……!」

 

 涙が、遂に涙が零れた。

 

 決して流すまいとしてきた滴が頬を伝い、顎に滴り、サキの胸に落ちる。

 

 これは、悲しみからの涙ではない。生まれて初めて、嬉しくて泣いたのだ。

 

 こんなに幸福なことが、いままであっただろうか。

 

 分かったなんて勝手なことを言われたくない。

 

 いままでずっとそう思ってきた。そうやって壁を作ってきた。

 

 だが、いま、サキが言ってくれたことがすべてを吹き飛ばした。

 

 本当に、幸せとはこういうことだろうか。

 

 瞬間を切り取りたいとは、こういうことだろうか。

 

 だから、俺は再び願う。

 

 ――時よ止まれ、汝はいかにも美しいから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

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