「……ちょっともう一度、始めからやり直そうか」
「そ、その……っ。……ソウ、シマショウカ」
再度、電源が入れられる。
JGEの舞台となった新東京国際展示島……更にそこからハシゴして向かった、ハイパー銭湯「浮島」からの帰路。十数時間前に乗ったときとは真逆の方向に進むリニアの車内は、他にも様々な変化を見せていた。夜を迎えた空気は透き通って冷え、照明の色合いもどこか暖かい。
もっと、個人的な話をするなら……。
……荷物が、増えた。
「じゃあさっきと同じように……まずは、俺が
両腕に抱えた顔文字メットはその代表格。同じクジ引きの景品でも、そもそも嵩張らない
……十数時間前までリュックは空っぽだったし、紙袋はそもそも存在しなかった。薄灰色の表面にプリントされたクソゲーメーカーのロゴを眺めていると、今日という一日で経験した様々な思い出が蘇り、少し感慨に浸ってしまう。あとこの紙袋と親を同じくする
「は、はい!
いや、変わらないものももちろんある。例えば俺の隣席に腰掛けているのは行きと同じく玲さんだし、俺が通路側で玲さんが窓側という位置関係も、シートに座った玲さんの挙動がいつもよりさらに不安定なのもそのままだ。
何というかこう……隣から見る限り、リニアに乗ってる最中の彼女は
あっほらまた……。
「しゅぴょろぺ」
本当に同じ物理エンジンで動いてます?
マイナスにマイナスを掛ければプラスに転じるが、バグにバグを掛けてどうなるかは便秘を見れば一目瞭然だ。肉体のいろいろな部分を不規則に振動させる玲さんの姿に記憶の中のモドルカッツォがうっすら重なって見えた。帰れ。
……思考が逸れたな。
「えーっと……大丈夫だよね?」
「ダイジョブデス」
「被っちゃって、いい?」
「イイデス」
本当は
俺は脳内でチャートを組み上げつつ、顔文字メットがしっかり起動しているのを確認したうえで、抱えていたそれを頭に装着した。
少し狭くなった視界を通して玲さんを見る。ここからはどちらにせよ、この人の
「しぇ、失礼しました……っ! えと、まずは『微笑み』を!」
「(・ω・)」
「『満面の笑み』」
「(*^∀^*)」
「『怒り』」
「(`∧´*)」
「『驚き』」
「(゜Д゜)」
「……えと、普通、ですね」
……その「普通」ってやつが具体的にどのへんなのかを……知りたかっただけの、はずなんだがな。
なるほどねと呟き、頭から外したヘルメットを今度は玲さんへと手渡す。
……そう、本来の目的は
別に自分で被った状態で鏡を見るとか、適当に携帯端末のインカメで写真を撮るとかでもよかったが……やっぱりこういうガジェットは、生身の他人が装着してるのをこの目で見てこそ面白さの本質が分かる。実況動画より自分で遊ぶ、それがポリシーだ。
「被ブブブブブりましたタタっ」
そう思ったから……顔文字メットを玲さんに被ってもらって。まあ着脱のたびに一瞬チャタるのはスルーするとして。俺が伝えた表情を取ってもらい、その表情を読み取ったメットがどんな顔文字を表示するか観察する。やりたかったのはただ、それだけのはずだ。
それだけのはずなんだが……。
「じゃ、『微笑み』」
「(♡ω♡)」
「『満面の笑み』」
「(*♡∀♡*)」
「『怒り』」
「(♡∧♡*)」
「『驚き』」
「(♡Д♡)」
「うん、壊れてるね」
俺は端的にそう結論付けた。
玲さんの肉体に秘められたバグ
大方……玲さんの顔が基本的に赤めなのを『紅潮している』と誤判定してるとか、そんなところなんじゃないか?
「あのっ、具体的にどんな顔文字が……!?」
「……さあね?」
「∑(♡□♡;)」
……それもともと青ざめてる表情の顔文字では? 赤と青が混ざって紫ってか、勝手に人をチアノーゼにするんじゃないよ。人間にそんな器用な表情管理ができると思ってる辺り、やっぱり所詮は景品ってとこだな。
無駄な思考を紡ぎながら、視線を少し横に逸らす。流れていく窓越しの夜景は、やっぱり朝のリニアとは真逆の、きわめて冷たい色をしていた。
俺はそのことに安堵していた。