【TURN END】
風が素顔を撫ぜるのが分かる。
あ~……あれ?
こう……何だ。俺はどこにいる?何をしている?どうして?いや違う、そうだ。思い出しそうな気がする。俺はいわゆる放心状態ってやつになってるんだ。考え事をしてたらいつの間にか授業が進んでたとか、一番上の選択肢を連打してたらいつの間にかゲームオーバーとか、そういう感じだ。何でそんなことに?というか、放心状態だったら現実の状況が分かるものじゃないか?いや、わかってる。というか
よ、よし……放心状態、あるいは白昼夢的な何か。それは分かった。何でそんなことになって……いや、これも思い出してきたぞ。そうだ、
そう、
……なるほどね。
よし、こうしよう。白昼夢が覚めるまでの間、具体的にどんなトラウマについて考えていたのか探るんだ。推理ゲーの証拠収集パートに近い……推理ゲーと言えば、証拠の判定をオブジェクトベースでやってたから「偽造」が可能だったのって……おっと、話がそれた。
よし、頭を回せ。自分が
◆
【CHAIN6: 恋したものを失う】
風が素顔を撫ぜるのが分かる。
ああ、そう……そうだ。視点が低かった。何かの情熱を帯びた太陽が見えた。俺は金髪の幼女として、サバイバル・ガンマンの大地に佇んでいたんだった。
俺の頬には涙の跡が浮かんでいて、少し気を抜けばまた決壊しそうに思えた。
……涙。涙だ。周囲には誰も居なくて、大地を汚す血潮は存在せず、洗浄されたみたいに綺麗な、草とか木々が広がっている。モンスターの鳴き声が聞こえるのがせめてもの救いだった。これらを複合すれば答えは出る、このサバイバル・ガンマンは
……確かに、これはあまり思い出したくない記憶だ。俺はこのゲームを気に入っていたから。今でも、好きなゲームを聞かれれば真っ先に答えたくなりつつ社会的状況を鑑みて別の選択肢で取り繕うくらいに気に入っているから。サービスが終わったときは本当に悲しくて、こうして涙を流したりもした。仮想空間で再現された涙は、ちょっとおかしな質感だった。それでも悲しみを表すには十分で、俺の頬を伝ってぽたぽたと、悲哀を象徴するように地面を濡らしていくんだった。
……とはいえ、だ。
こう……ぶっちゃけ、別にトラウマって程ではなくない?みたいな感じがあるんだよな。俺はそもそも一つのゲームにそこまで定住しないタイプだし、鯖癌が恋しくなることはあっても……まあ、運営がやってたことが明確にアウトゾーンに置かれる行為だったのは事実だから。実際、今鯖癌をどう形容するかと言ったら……多分『古巣』とかそういう感じになる。思い出すだけで白昼夢になるようなトラウマじゃない気がする。
え?それじゃあなんで―――
◆
【CHAIN5: 失ったころに恋をする】
風が素顔を撫ぜるのが分かる。
……なるほどな。
よし……思い出してきたぞ。俺はトラウマを
多分、さっきの鯖癌は
俺は勢いよくショットガンを突き出していた。その銀色の重心に設定されたメタリックマテリアルが、日光を鋭利に跳ね返し、緻密な部品をこれでもかと晒し……そして、
なるほど、どうやら
えっと……えぇ?微妙にチープな爆発エフェクトが青空に花火を散らした。……えぇ?このゲームは確かにクソゲーだけど、別にトラウマを作るタイプじゃないというか……むしろ気軽に楽しめるってのがポイントな気がするんだよな。いや実際そうだよ、発射される銃弾には手ブレも何もない。ちょっと弾が掠っただけでも直撃と同じだけのダメージが入る。極めつけが……「衛生兵を使えば無限回復可能」だろ?……こんなのにどうやってトラウマを感じるんだ?
いや、しかし。
俺は怒っていた。悲しみが生む怒りだった。
……思い出したかもしれない。この回想はアナグラムみたいなものだ。記憶が多少前後していて、詳細に思い出すまでは本質的な閃きが出ない。
このゲーム自体は、確かにただのバグゲーでしかないが……
連想した理由は……多分「銃を撃つゲーム」とかそんな感じだろうか?そうだとしたらかなり適当だ。これだけアバウトだと、次に何が来るか予想することもできない。いったい―――
◆
【CHAIN4: 恋することを失う】
風が素顔を撫ぜるのが分かる。
……さて、最後から数えて3つめのトラウマだ。まあなんというか、ここまでで一番
「【「███の████……███に████に████♥」███な██が██に██する!██の██で███████♥♥♥ ███が███の███!███♥♥♥♥♥】!」
何せこれだからな。
俺の目の前に佇むナッツクラッカーが、ものすごい勢いで口から淫語を垂れ流していた。同時並行で神秘的なエフェクトが迸り、周囲に幻想的な効果をまき散らして……火球、水流、閃光。そういったもので構成された混沌を生み出していた。当時の俺はなすすべもなく、ただ、自分の価値観に存在していた……ある種の神秘のようなものが打ち砕かれていくのを、受け入れるほかに無かったんだ。
……確かにトラウマではある。間違いない。こいつの取った諸々の……口にするのも憚られるような行動のせいで、スペル・クリエイション・オンラインは崩壊の一途を辿り、俺の脳内には謎のミームが生息するようになり、なんかこう……とにかく、何かが変わってしまった。言うなれば重大な分岐イベント、しかも事前にセーブの有無を聞いてこないタイプだ。
女が笑っていた。
……こいつは
その笑みは、間違いなくどこかしらが狂ったものだった。しかも、大気越しに伝染するようなタイプの狂い方だった。俺が対抗策としてデスメタルを覚え、二種類の発話困難呪文によるマシンガントークバトルを繰り広げたのだって……今にして思えば、あまり狂っていないとは言いづらいやり方だった。
……ナッツクラッカー。もしもこいつがいなかったら、
◆
【CHAIN3: 失われている恋をする】
風が素顔を撫ぜるのが分かる。
……まだ続くのか。蘇り始めた記憶から考えても、「一つのトラウマからの連想で、複数のトラウマを思い出してしまった」というのは間違いなさそうだ。でも……そんなレベルで強い「一つのトラウマ」なんてものがあっただろうか?俺がやったゲームの中だと……うーん、臓物の森?あれは全編トラウマみたいなゲームで二度とやりたくないけど、なんだかんだクリアまでは行けたしなあ。個人的には肝臓のキャラデザはまだマシな方だと思うし……うーむ。
……とりあえず、前を見てみよう。
どこまでも広い宇宙が、携えた星々と共に俺を待ち構えていた。宇宙と言っても……ユニバース・ストームのようなわちゃわちゃした感じじゃなく、冷たくて空虚な感じのもの。きっとアプデ前のギャラトラだろう。宇宙に散らばって輝いていた星たちは、無駄な正確さでその配置を作りこまれており……有志の検証によれば、星を描画するためにわざわざ独自のグラフィックシステムを搭載しているほどだということだった。
船内に轟いていた空調の音と、それによって発生した僅かな風を身に浴びながら。俺は……まあなんというか、
ああ、そうか……アプデ前のギャラトラは結構虚無性の高いゲームだった。基本的に人類は虚無よりは虚無じゃないものを好む。俺はクソゲーハンターを自称しているが、別に虚無に浸ると気持ちいいというわけでもない、このゲームをやるときもまあまあ辛かった。
……でも、別にトラウマになるほどでは……いや違う、俺は
……思い出してきた。アプデ前のギャラトラはあまりに孤独なゲームで、プレイヤーたちはせめてゲーム外で繋がろうと、ポータルサイトを作ったりした。まあ、実際のところ大して役には立たなかった。例えば位置情報を共有しようとしても、大半の奴はそもそも位置情報を得るためのマップをまともに埋めてないか、埋めたのにリセットされるか、埋めたのにリセットされたからもう一度埋めたらまたリセットされていた。
結果としてwikiは更新されず、掲示板はどうでもいい雑談で盛り上がった。あの頃は今みたいな人が多いゲームでもなかったから、基本的にはそれも閑散としたものだった。でも、ある時だけ……ある時だけ、掲示板の議論がノンストップで行われたことがあった。
『UFOを見た』という報告があった時だ。
鮮明になってきた記憶の中。コックピットのメインモニタに、随分ポリゴンの少ない円盤状の謎オブジェクトが映りこみ、結構な領域を占有していた。
このゲームはNPCにイライラするゲームで……しかも、登場する敵も計り知れなくて。でも、このUFOだけは違った。無能な味方にも有能な敵にもならず、コックピットの隅っこで、傍観者として俺たちを見守り続けた。『守護神』なんて呼ばれていたし、擬人化イラストもたまに流れてきた。でも、俺はパンドラの箱を開けてしまった。その真実を確かめようとしてしまった。
結果として守護神は死んで、ただ、バグによって発生したポリゴンの島が残るだけだった。
そうだ……確かに、これはかなりのトラウマだった。存在しないものを存在すると思い込んだ瞬間、人間はそのまま思い込み続けるしかなくなってしまう。小数点以下の確率で落ちるドロップアイテム。実は存在する生存ルート。多分スぺクリとの繋がりも『幻想の喪失』とかそんなところだろう。
……これ以上考えると、さらに別のトラウマが―――。
◆
【CHAIN2: 恋は失われていた】
風が素顔を撫ぜるのが分かる。
晴れ空が澄み渡っていた。それをバックに、大きな大きな観覧車がゆっくりと回転し、
俺は影の反対側に立って、あー……具体的な会話内容は覚えてないか。とりあえず相手は『お忍びで庶民生活を楽しむ某国の姫』だ。確かセリフとしては「庶民はこの丸い乗り物で享楽を得るのですね!」みたいなことを言ってた気がする。観覧車って乗り物扱いでいいのか?
それで俺は……四苦八苦していた。簡単な話、姫にピザられては困るからだ。鬼門である遊園地イベントでも姫は最高難度、こいつはことあるごとに周囲のものに興味を示すキャラなので、それをピザに見立てて留学しがちだ。何が某国の姫だよ。
それでまあ……うん。多分、「観覧車……というのですね?なんだかピザみたいな見た目ですね!」みたいなことを言ったあたりだろう。だいたいそういうことだ。ここの周回は本当に苦痛だったから、分かりやすいトラウマと言える。
さて、ギャラトラとの繋がりは……まあ『丸い円盤が回転している』とか?だんだん具体的になりつつある。推理がクライマックスに近づいている証拠……いや、どうだろう。これは勘でしかない。
ただ……これは俺の記憶だ、俺の勘の信憑性は、普段より高いものになってしかるべき―――
◆
【CHAIN1: 恋を失う】
風が素顔を撫ぜるのが分かる。
そうか。
そうだったのか。
どうせゲームのトラウマだ、そう決めつけたのは間違いだった。
俺は絶叫マシンに乗っていた。シークレットブーツの感触を覚えている。隣には親戚の女性、ジェットコースターマニアの小夜里 津柚さんが座っていた。自分の恐怖で脳が一杯で、彼女がどんな表情をしていたのかはわからなかった。でも、どうせ笑っていたんだろうと思う。
ジェットコースターのローラーが、不安を掻き立てるように軋んでみせた。マシン全体がグラグラと揺れる音もした。どちらも、俺の心の中に存在した諸々の感情が失われていく音に他ならなかった。
俺の目尻には涙が浮かんでいた。
……いや本当、今にして思えば、小学一年生のころの俺が分からない。どうしてよりにもよって小夜里さんにその……まあ、当時の主観で言うところの
ガタガタと震える手でどうにかシートベルトを外そうとする俺を、小夜里さんはじっと見ていた。多分心配じゃなくて待ち遠しさの視線だったけど、それを確認するのは怖かった。俺は初恋を受け入れるしかなかったのだ。
……とにかく、これが一連のトラウマ連鎖の源泉だろう。小夜里さんとジェットコースターに乗ったトラウマを思い出し、そこから遊園地繋がりでラブクロックの観覧車を思い出し、そこから丸い円盤繋がりでギャラトラを思い出し、スぺクリを思い出し、衛生兵/桃農家を思い出し、鯖癌を思い出した。それでまあ、白昼夢というか……気絶というか。そういう状態に陥ったわけだ。そして勘によれば、もうすぐそれも覚めるはずだ。
……一つわからないことがある。トラウマが連鎖を起こしたのはまあいいとして、そもそも何でジェットコースターに乗ったことが思い出されたのか、ということだ。ジェットコースターを建設するゲームはいくつか触った。対戦機能がついてるタイプの奴で、ペンシルゴンが経営するコースターの乗り場に設定して……話がそれた。とにかく、そういうのでコースターに乗っても、こんな風にトラウマが刺激されることはない。基本的に、記憶の奥底に―――。
◆
【NEXT TURN】
風が素顔を撫ぜるのが分かる。
「あの……楽郎くん?」
玲さんの声がした。回転音と振動音と摩擦音が妨げてもそうわかったので、何となく不思議だった。
そう……か。俺は目の前の光景を見る。そこにはレールの海があって、俺たちが乗るジェットコースタ―を待ち構えている。轟音、轟音、再び轟音。今は若干スピードを落としているゾーンらしく、そこまでGを感じるようなことはない。まあ……それにしても、速度は結構出ているほうだろう。
なるほど、
「平気、ですか」
「……ああ、大丈夫だよ」
風音に遮られながら、どうにか会話を成立させる。
……実際のところ、そこまで大丈夫じゃないような気もする。一度トラウマを思い出してしまった以上、次にコースターが加速したらまた思い出してもおかしくない。ただまあ……シートベルトだのハーネスだのはしているし、別にそうハードなマシンでもないようだし。だったら―――
「あ、あの……あの。あの!」
揺れが強くなり始めた。それに負けじと考えたのか、玲さんは声を少し大きくした。
「どうしたの玲さん」
「ふっ、不安っ、でしたら、手を、繋っ、その……ねゅりゅせゃっ」
「れ、玲さん!」
ま、まずい。玲さんがバグり始めた。もしかして彼女は彼女でジェットコースターが苦手だったりするのか?……この状態で俺も放心し始めたら流石にマズいような気がする。どうする?あー……いやこれは……もういい。風が一層強くなってきた、すぐにでも口を開かなければ。
「……不安だったら、手とか繋いでおく?」
いや冷静に考えてどうなんだこれって。確かに岩巻さんが余ったって渡してきたなんかめちゃくちゃ人気らしい遊園地のチケットで折角だから二人して来ているけど……急に手を繋ごうとか言われたら、不快に思っても全然おかしくない。しまった。ピザ以前の問題を踏み抜いてしまったんじゃ―――
「え、あ、え、ああ、……、っ、は、ハイ!繋ぎ、マス!はい!」
しかし、玲さんはバグりながらも承諾した。
「……わかった」
俺は片手を伸ばして、肥大化し始める加速度を身に感じながら、彼女の手を握る。どうやら震えているようで、しかし温かくもある手だった。
視界がいよいよ加速する。
俺はなんとなく……このまま手を握っていれば、今度は過去の恋を思い出さずに済むだろう。そう思った。特に根拠は無くて、ここはもう俺の回想でもないから、きっと確実性も無い。だからそこには、繋がれた手から伝わってくるやけに高い体温と―――。
「ぎゃひゅぁ」
「玲さーん!」
それはそれとしてバグる玲さんだけがあった。