視界の隅には、ひとかけらのサブウィンドウが浮いている。
「それで……お話って?」
と怪訝そうな表情の転校生が言うので、俺はすかさず「ああ」とセリフを入れる。すかさずと言っても、きちんとチャート通り96プラマイ6フレームの間をおいてからだ。このプラマイ6フレームより早くまたは遅く「ああ」を入れてしまうと、その時点でバッドエンド確定なので注意が必要(二十七敗)……いや、もうちょっと敗けてたっけ?
……まあいいや、昔の話だ。0.2秒も猶予があるセリフ入力をミスる段階なんて、この漬鮪サンラク……ラブクロック全ルート制覇者の称号を持つ俺は、とっくのとうに通り越している。
(結構ブランクあるしキツいかと思ったけど、案外体が覚えてるもんだな……)
他のゲームを遊んでいる時ならぼそっと呟くような言葉を、意識して心に封じ込める。ラブクロックは会話が主体のゲームなので、下手な独り言を一つ漏らすだけでも、進行に大きく響きかねないのだ。だから、「ああ」の後に口にする言葉は……。
『発言アドバイス』
『1. これまでの――との思い出を語る』
『2. ――と距離を置きたいと申し出る』
『3. アイテム使用:〈映画の半券〉について話す』
『4. 自分は異世界転生者だと告白する』
……サブウィンドウが提示した、いくつかの候補から選ぶことになる。
「……俺たちが出会ってから、色んな事があったよな」
今回選んだのは1.だ。『選んだ』といっても、話す内容は完全な決め打ちじゃない。昔の俺が寝食を忘れてガチガチに練ったチャートの中でも、発するセリフについてはある程度アドリブが利くようにしてある。ラブクロックの言語判定システムはそんなに賢くないので、多少の表現の違いは無視されるからだ。要するに趣旨が合ってればいい。
「6月に君が転校してきて――」
ぺらぺらと、かつて何度も口にした言葉を、少しアレンジしながら喋っていく。そのアレンジは本当にちょっとしたアレンジでしかなくて、大筋はいつも変わらない。選択肢システムに沿うだけで良いとはいえ、例えばセリフを何秒言うかによって、その後のルートも変わってくるからだ。
また口を開く。セリフを言う。
「9月に――」
こういう選択肢で会話するタイプのゲームでは、自由に会話できるタイプを遊んでいる時とは違う種類の脳を使うように感じる。
(シャンフロに慣れた後だと違和感が出るかとも思ったけど、今のところ普通に順応できてるな……)
……まあ、
また口を開く。
「12月――」
(快適にやれている、が……)
頭の中で少し考えながら、口を開いてまた開く。
「君は俺に、数えきれないくらいたくさんのものをくれた。もう……君なしで俺の生活は考えられないくらいだ。――だから、伝えたいんだ」
よし一連のセリフ終了。ここまで1732フレームってとこか……精度的にはまあまあだな。
俺はいったん口を閉じると、間の取り方にフレーム単位で注意を払いつつ、サブウィンドウをちらりと見る。その中身はさりげなく更新されていて、具体的な内容はこうだった。
『発言アドバイス』
『1. 好きです』
『2. 好きです』
『3. 好きです』
「……
あ――。
「え?」
――しくじった。
転校生が不審げに首を傾げる。当たり前だ……ここまで完璧に選択肢通りの言動をしていた俺が、残り一択という場面で急に
……こりゃダメだな、
俺はアバターを操作することをやめ、放置された転校生が流れるようにイタリアへと留学していくさまを見つめる。いくつかのメッセージウィンドウが展開しては消え、日が昇ったり沈んだりする。住宅街や校舎や青空の色彩が、視界を埋めたり埋めなかったりする。
それを目前に考える。
(クソ……何であんなミスを?)
さっきのメタ発言の原因は、心の中でしたつもりの呟きが声として出されてしまったことにある。ちょうど今俺がこうしているように、考えたことはうっかり口から出ないよう意識して封じ込めている……はずなんだが、それでも俺はメタ発言をしてしまった。なぜだ?
『GAME OVER』
『エンディング2』
理由を考える。バグ……ってことは流石に無いはずだ、原因はあくまで俺のミスだろう。つい集中力が切れた……いや、集中自体はかなりしていた。第二の人格……VRゲームでそういう話をするとややこしすぎる。あるいは……単に、無意識に言った。
『どうしますか?』
『1. はじめから』
『2. ロードする』
『3. タイトルに戻る』
「……無意識、か」
現れた選択肢の前で、ただ佇む。
「無意識に口から本音が漏れる」。その本音がかなり
まあ……無理もない、か。
『3. タイトルに戻る』
押し込んだボタンは触覚フィードバックと共にヴンと鳴って、視界を暗転させるとともに、俺をログアウトさせていく。
「……やっぱ、
「明日に備えて早寝しよう」と考えたのは、直前だったか直後だったか。独特の浮遊感がおもむろに湧き出てきて、俺の全身をくまなく包んだ。