どこかで辻褄を合わせなければならない。
そんなことはとっくに分かっているのだ。
「……どうしよう」
言葉を漏らした斎賀玲の足元。広がる芝生の緑をかき分けて、影となった彼女の立像が横たわっていた。その背はたいして高くなく、というか低くて、しかも
あるいは。
縮小していく影はそのまま、彼女自身に突き付けられた
「……どうしよう」
宛先のない言葉が繰り返されていく。
彼女の身体はざっくり洗練された組み合わせの衣服たちに包まれていて、あまりの洗練ぶりに、その裏側に潜んでいる夥しい量の
裏を返せば――いっけん一人の斎賀玲でしかないものも、その裏側にたっぷりの悩みを隠している。
「……どうしよう」
先ほどからのその言葉は、彼女が積年の想いを寄せている――とある
斎賀玲は俯いた状態から首を捻って、地面と平行にちらりと視線を飛ばした。視線は青々とした芝生を飛び越え、公園の隅に設けられた砂場の、半ば崩れた砂城を横切った。突き進んだ先には門がある。生垣に囲まれたそれの周囲を、視線はかるく撫でつけて――。
誰も、いなかった。
陽務楽羽にあたる人間は。
そこには。
「……どうしよう」
斎賀玲は天を仰いだ。雲間から覗く日光が視界を刺して痛かった。この「公園の門のほうを一瞥して、楽羽の姿がまだ見えないことを確認して、天を見上げる」という何十回と繰り返してきた作業が、回数を増すたびに緊張を伴ったものになっているという実感があった。ついでに――作業の最後で見上げる太陽の光も、見るたびに強くなっていく。焦っていた。斎賀玲は焦っていた。自分が身の振り方を決め終えないままに想い人が来てしまうのでは、という不安が拭えず、とは言え進展もないままに、不安がどんどん現実味を帯びていく光景に焦っていた。しかし一方で楽羽がこのまま現れないのもとうぜん嫌で、どこかには終わりが必要だった。
「……どうしよう」
でも、答えは出ないのだ。
斎賀玲は携帯端末を取り出した。日光が強いせいでバックライトが抑えられていたので、明度設定を大きく引き上げたうえで覗き込んだ。やけくそになったみたいに光りまくるディスプレイが映しているのは、ダイレクト・メッセージの送受信画面だった。もはや見飽きたその平面から、重要な文字列を拾い上げていく。
10時ちょうど。
集合時間。到来まであと30分ある。
――××公園。
集合場所。緯度と経度まで正確に調査したから、場所を間違えているということはあり得ない。
やっぱり、完璧だった。今日という日に斎賀玲が取ったここまでの行動は完璧だった。
「……どうしよう」
――服の写真。
楽羽が当日着てくるという組み合わせ。それを見て本人かどうか判断してほしいということらしい。
完璧な時間に起き、完璧な交通手段を取って、完璧な場所に到着した。もちろんこのまま、完璧に楽羽と邂逅できることになるだろう。
「……どうしよう」
――
もう少しで発生する邂逅に与えられた、名目。
本当は違うと斎賀玲は知っている。彼女が今から遭遇するのは陽務楽羽ではなくサンラクだし、サンラクが今から遭遇するのは斎賀玲ではなくサイガ-0だ。現実とゲームの自分の間に等号を結んでから会いたかったのに、サンラクの側からオフ会を申し出られては断れなかった。自分と現実で会いたいと思ってくれているという事実への少なくない嬉しさもあった。承諾、してしまった。その先に何があるか考えてもいないのに。
「……どうしよう」
楽羽は自分がサイガ-0であることに気づくだろうか? いや仮に気づかなかったとして、同じ高校に通っている限り、問題が先送りになったに過ぎない。誤魔化すべきか? 誤魔化すとしてどう誤魔化す? 嘘をついて、完全な偶然を装う? あくまで他人の空似で押し切る? 岩巻さんがどうと詭弁を弄してみる? それとも誤魔化さず真実を言う? あるいは。
逃げてしまう?
「……それは、だめです」
斎賀玲は何度目かもわからない逡巡を何度目かもわからないその言葉で切り捨てると、また視線を動かした。視線は青々とした芝生を飛び越え、公園の隅に設けられた砂場の、半ば崩れた砂城を横切った。突き進んだ先には門がある。生垣に囲まれたそれの周囲を、視線はかるく撫でつけて――。
いた。
陽務楽羽が。
そこには。
「……っ」
最初に陽務楽羽がいると認識して、それから彼女がサンラクが着ると言っていた服に身を包んでいることに気づいた。タイムリミットがやってきたのだ。見慣れぬ公園をきょろきょろと見まわしている少女を前に、斎賀玲はまた上空に視線を逸らしそうになって、やっぱりやめて、とは言え楽羽を直視することもできず、とりあえず……。
目を閉じた。
数秒後に暗闇は晴れ、彼女を第一歩へと送り出す。
楽羽は武田氏に会ってなくてもおかしくなく、武田氏に会ってない場合そこまでネットだけの知り合いと会うことに躊躇しない理論