4/7 丁礼田陽頼
本当に日記を書くのは久しぶりだ。最後に書いたのは千聖を家に迎え入れた中学三年の夏だったか?その日から昨日までは書く必要がないと思うくらいぼんやりしていた。相変わらず俺の顔には包帯、右手にはロフストランドクラッチがはまっておりもはやトレードマークとなりつつある。
それでも中学の時に比べて異なったところもいくつか存在する。
まず暴力に苛まれることが無くなった事だ。これが圧倒的だった。今まで暴力漬けだった日々が千聖の通報を境にぱったりと変わった。屈するしかない屈辱を味わわなくて良いということにはならないのだが。
もう一つ、俺達を取り巻く雰囲気が少し明るくなったことだ。周りを見ているとやたら青春だの音楽だの目標を見つけてはそれに突っ走る。俺から言わせてもらえばいずれ絶望に叩き落とされるきっかけにしかならないから見ていられない。そんな世界で少なくとも俺、花音、千聖は社会のトラップに巻き込まれることがないよう、あらかじめ釘を打ってあるから大丈夫。そこは安心だ。
後強いて言えば家の位置が変わったのと二人揃ってバイトを始めた。高校進学を期に家の位置が変わった。と言うのも高校が東京の花咲川にあるということで大移住するはめになった。そしてバイト。俺はプログラマー、花音は学校近くのファストフード店でバイトを始めた。俺は良いのだが花音が心配だ。人が多く集まる場所ということはそれだけ不条理がひしめき合ってるということ。そんなところに身を置いて大丈夫なのか。まあ花音の事だ。仮面被って何とかしてるだろう。
今日は土曜日ってこともあって花音がとあることを提案してきた。
「ねぇ陽頼君。もうこのドラムいらないよね?」
「ドラムって…花音は良いのか?小さい時に狂ったようにやってたじゃねぇか。花音のドラム聞くの結構好きだったんだが。」
「えへへ。ありがとう。でもね、もう過去とは決別したいの。」
「…そうか。もう花音のドラムが聞けなくなるのは残念だが仕方ないな。」
「というわけでこのドラムを売りに行こうと思うの。確か近くの音楽ショップが買い取りやってたの。陽頼君も手伝える範囲でいいから運ぶの手伝ってくれないかな?」
「いいぞ。そうと決まればすぐに行くぞ。」
もう純粋には音楽を楽しめなくなったという花音なりの考えだ。俺はそれに従うまで。
無事に終わるかと思いきや事件が発生した。
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音楽ショップの入り口についた俺達は運んできたスネア、ハイハット、バスドラムを店の中に運ぼうとした。これで過去とはおさらばできる。花音が清々しく感じたその瞬間だった。
「あ!ドラムをやってくれそうな人がいたわ!ねえあなた達!私と一緒にバンドやってくれないかしら?」
思いもよらぬタイミングで慣れないことを頼まれた。しかも知らない人に。見るからに元気そうな人だ。花音が困惑しているのが目に見えて分かる。
「え?ば、バンド…?私達これからドラムを売るところなんだけど…。」
「誰だか知らねえが俺達と関わるな。邪魔するじゃねえよ。」
「そんな怖い顔しないで。笑顔が一番よ!」
「…ねえ君はなんで私達をスカウトしようとするの?ドラムやりそうな人ならいっぱいいると思うんだけど…」
「あなたが一人目よ!あ、これから仲間になる人に自己紹介しなくちゃね!私は弦巻こころ!花咲川の一年生よ。ハッピーになれることを探してるの!」
「えっと…つまり笑顔になりたいからバンドをやろうってこと?」
「そう!そう言うことよ!さあ、あなた達もバンドで皆を笑顔にしましょ!」
言っていることが意味不明だった。「笑顔になりたい」か。この世界でそんなことができると思っているらしい。
「弦巻さん、あなたの身勝手にこっちも付き合っていられない。だいたいなんだよ笑顔になりたいって。それも人と関わるバンドで。無理にもほどがあるだろ。」
「無理じゃないわ!音楽には皆を笑顔にする力があるのよ!さあ!そうと決まれば私についてきて!」
「えっちょっ、こころちゃん!?」
「おい!俺まで連れていく気か!」
勝手に独断で俺達の腕を掴んで何処かへと連れていく。本当に元気な野郎だ。口を開けば「笑顔」というワードが止まらない。弦巻こころ…知れば知る程訳の分からない人物だ。
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「さあ着いたわ!ここが私のおうちよ!」
「は?これが家!?」
「こころちゃん…嘘でしょ?」
着いたのは言葉負けしないほどでかい豪邸だった。ここが家というのだから信じられない。早速弦巻さんの財力を見せつけられた気がするのだが気のせいか。弦巻さんは俺達をこの家に入れようとするのだがここでふとあることが脳裏をよぎる。
作田の事だ。ケースは違うが家に入れて安心させようとしている。やっていることが同じなのだ。あの事件から二年たった今でも作田のしたことが忘れられない。センサーというのはすぐに知覚し、電波信号を送るものだ。
「中に入って!」
「う、うん…。」
「おい待てよ花音。」
「えっ!?ど、どうしたの…?」
「この人、やっていることが作田の時と全く同じだ。今日はなにもされないかもしれないがいずれ俺達は痛い目を見ることになる。忘れちゃいないだろうな…。」
「それは…。」
「ん?二人ともどうしたのかしら?」
「俺達はここで引き返す。バンドメンバーは他で探すことだな。」
「待って陽頼君!」
「ん?何だ?」
「もしこころちゃんが私達を襲う気ならこんな大きい家に連れ込むなんてことしないと思うよ。これだけ大きい家ならきっとこころちゃんのパパが大きい会社を経営してるはずだから評判に気を使って襲うなんてこと出来ないと思うの。」
「襲う…?あなた達さっきから何の話をしているのかしら?」
「あ、ああごめんね。私達の話なんだけど…」
「まあ良いわ!中に入って企画説明よ!」
(花音…貴方はこれで良いのか。過ちを繰り返すことになっても。)
疑いが一向に晴れない。むしろ深まるばかり。この笑顔の裏には何が隠されているのか。俺には読み取れなかった。
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「うわぁ…広いなぁ…。」
「で?何をする気だ。」
「まあまあこっちの席に座って!あなた達仲良いわね。恋人かしら?」
「ふえぇっ!?な、何言ってるの…?」
赤面する花音。俺も心臓が飛び出るかと思った。
すると弦巻さんはホワイトボートを引っ張ってきた。
そして案の定花音は作り笑いをしている。他人と会話するときの常套手段だ。今回もこの笑顔で乗りきれると踏んだのだろう。
「私、笑顔を振り撒くガールズバンドを作るの!バンドには5人必要で今は私とあなたの2人がいるわね!」
「2人って…私まだ入るって決めた訳じゃないんだけど…。」
「ガールズバンド?ってことは俺はいらねえだろ。なんで連れてきた。」
「あなたにはこのバンドのマネージャーをやってほしいの!」
「マネージャーってか…。というかなんで俺達が加入する前提で話進めてんだよ。おかしいだろ。」
「あなた達には笑顔が足りないのよ!音楽で一緒に笑顔になれば皆ハッピーよ!…そういえばまだ名前を聞いてなかったわね。名前は何かしら?」
「私は松原花音。気軽に花音って呼んでね。」
「丁礼田陽頼だ。どうとでも呼べ。」
「花音に陽頼ね。覚えたわ!私はね、皆を笑顔にしたいの!」
「う、うん…知ってるよ。」
花音の苦笑いが止まらない。理解できない気持ちはよく分かる。
「でも皆を笑顔にする前にまずは一緒に笑顔になる仲間が必要よ!明日から一緒に仲間探ししましょ!」
「笑顔って…私もう笑ってるよ?なんで私を加えたの?」
「だってあなた達本当に笑ってないじゃない。」
「「!?」」
「陽頼はずーっとムスッとしてるし花音は笑ってるふりをしてるだけじゃない。心の底から笑ってないわよ?」
「…」
「だからよ!バンドで一緒に笑顔になりましょ!そうと決まれば明日から仲間探しよ!張り切っていくわよ~!!」
俺が笑ってないのはさておき花音の仮面の下を見破りやがった。しかもあっさりと。花音はこれまで作り笑いを見破られたことがなかったのだがこんなにも簡単に見破られた。
底が知れない女に巻き込まれこの世界の洗礼を受けるトリガーを引いてしまった俺達。これこらどうなるのか全く先が見えなかった。
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志無様
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