「特に花音と陽頼よ!」
突然の名指しで思わずビックリしちゃった。それもバンドメンバーがいる前で。完全に逃げ道を塞いできた。
「おいおい…何も名指しすることはねぇだろ……。」
「そ、そうだよ!陽頼君は顔に出てるけど、私は笑顔だよ?何で私まで…。」
「前にも言ったはずよ?あなた達は心の底から笑っていないのよ。世界を笑顔にする前にまずはあなた達が笑顔にならなくちゃ!」
「あー…こころの言っていること何となく分かるかも。」
「ふえぇっ!?み、美咲ちゃんまで!?」
「花音先輩、なんか無茶していませんか?無理して笑ってるって言うか…。!ごっごめんなさい!陽頼先輩みたいにまた失礼なこと聞いちゃって…」
「ううん、大丈夫だよ!私、別に無理なんかしてないよ…。」
「いいえ!無理して笑っているわ!私そう言うの見分けることが出来るの!」
この事が本当だとしたら仮面を被り続けてきた私にとってどこまで驚異となるか、想像できないほど恐ろしい。だけどこの人、作田の時とは違って一切繕ってる感じがしない。
つまり…本気で言っている。
本気で私どころか陽頼君まで笑顔にしようとしているらしい。でも何のために?こころちゃんに何のメリットがあって?…考えれば考えるほどなぞは深まるばかりだった。
「ねえこころちゃん、一ついいかな…?」
「ん?何かしら?」
「こころちゃんは、何のメリットがあって私達を、世界を笑顔にしようとしているの?」
「損得勘定なんてしないわ!私は誰かが笑ってるのを見たいだけなの!」
何の屈託もない笑顔で話すこころちゃんに陽頼君が切り込む。
「俺からも一ついいか?」
「どんどん言って欲しいわ!もうこの際不満は全部吐きましょ!そうすれば絆が深まるはずよ!」
「絆か…なら聞く。何で笑顔の価値を分かっていない俺を引き入れるようなことしたんだよ。世界を笑顔にするんだろ?なら俺や花音みたいなまるで笑顔と程遠い人物を仲間にする意味が分かんない。」
(陽頼君…切り込むんだ…。)
「そこの奥沢さんだってそうだろ。北沢さんと瀬田さんは賛同しているかもしれないがこの場にいる6人中3人が巻き込まれたくないと思っている。もっと良いメンバーを探しても良いと思うのだが。」
「それ、私も思ってました。こころ、なんで私達なの?」
「だってあなた達退屈そうじゃない。なおさら引き入れたくなったの。一緒にバンドすればあなた達を笑顔にすることが出来ると思ったの!」
「そうか…分かった。」
「分かってくれたのね!嬉しいわ!」
「話しても無駄ということが分かった。」
「ど…どうしてよ!皆笑顔になりたいはずよ!」
「そうさ陽頼…自分達も笑顔になれて周りの人も幸せになる…素晴らしいことじゃないか。」
「ハア…どうやら勘違いしているようだな。」
「勘違い?ひよくんせんぱい何言ってるの?」
「世の中…全員が笑顔になりたいって思ってねぇってことだ。」
「そんなことないわ!」
「現に俺がそうだからな…」
「陽頼が…?どうしてよ!?」
「この世がどれだけ不条理に満ちているのか分かっていないみたいだな。俺はその事を心得ている。だから笑う必要がないんだよ。」
「どういう…ことなの?」
「弦巻さん、俺はね…身を滅ぼさないために笑ってないんだよ。笑っていればいる程叩き落とされた時に立ち直れなくなる。いつかあなたも世間知らずの自分自身に失望する日が来る。そんな軽々しく笑顔だなんて言わない方がいい。」
「…」
陽頼君の説得が部屋に沈黙をもたらした。こころちゃんの明るい雰囲気とは正反対な陽頼君の威圧。返す言葉もないのは当然だと思う。それも夢も希望も全く感じられない現実。
陽頼君の言っていることは正しい。でもその話は身をもって体験しないと分からない話。やっぱり説得しきることは出来なかった。
「花音、貴方はこの場に残るのか?」
「うーん、言いずらいけど私もこころちゃんの言っていることに賛成出来ないかな。」
「花音まで…どうしてなの。」
「私も陽頼君の言っていることに賛成なの。私に心の底から笑ってなんて言われても出来ないよ。正直こころちゃんの意見は理解出来ないかな。」
「そんな…。」
「と、言うことだ。ドラムとマネージャーはもっと意欲のある人にやってもらうことだな。俺達は帰らせてもらうぞ。」
「ごめんね、皆。でも悪く思わないで。」
立ち上がって出口に差し掛かったその時だった。
「陽頼!花音!」
突然こころちゃんが声を上げる。
「私決めたわ!いつかあなた達を仲間に引き入れる!それで…あなた達の笑顔を取り戻して上げるわ!」
満面の笑みで決意表明をした。
本当にそんなこと出来るの?でもその宣言には何か真っ直ぐなものが伝わってきた。
「こころん…。すごいね!私も協力する!」
「ここまで力強いとはね…君は太陽のようだ。こころ。」
(うわー…もしかして私、凄いことに巻き込まれちゃった?)
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帰宅後私はリビングのソファーで今日あったことを思い出していた。皆を笑顔に、なんてあんな自信満々で宣言するまで明るさに満ち溢れた人を私は見たことがなかった。それとこころちゃんが集めた4人の味方。不覚にも楽しそうと思えた。もし私があの輪の中に加わったら?そんなことを考えて思考が渋滞する。
でも私は知っている。楽しそうという意識に取り込まれてしまえば最後。いつか来る絶望に押し潰されてまた地獄を見る。私は騙されない。絶対に。
「変なことに巻き込まれたな。」
「そうだね。それでも一時的にあの場を抜け出せて良かったよ。あのまま入っていたら私達、また同じ過ちを繰り返すことになってたかもね。ありがとう、陽頼君。」
「まあ、一緒に花音も助かって万々歳だ。だが完全に断ち切れたわけじゃない。まだ用心する必要があるな。」
「そうだね。……おいで。」
「ああ。」
今日も陽頼君を胸に抱いて不条理を忘れる。この世界で生き延びるにはもうこうする以外道は残ってないんだから。
読了、ありがとうございました